coolfox's PlayGround

coolfox's PlayGround

合宿-事件編-





僕が彼と出会ったのは中学生の時だった。彼は一年生の時に転校してきた。初めて彼をみた印象は、暗い。とにかく暗い男だった。自己紹介をした時も、聞き取るのが非常に困難なほど小さい声だった。先生に何か聞かれても「はい」としか答えず、彼の方から話しかけてくることは一度もなかった。
 クラスのみんなも次第に彼と距離を置くようになった。存在が薄いのか、イジメの対象にすらならなかった。いや、クラス全員から無視されていたのだからそれ自体がイジメのような役割を果たしていたといえる。
 僕も内気で自分の意見をはっきり言えない子だったから、彼の気持ちが痛いほど分かった。幸いにして、僕には友達という心のよりどころがあったから、いじめられるようなこともなかった。
 ある時、先生がそんな彼の状況を見るに見かねてこんなことを言いだした。
「最近このクラスでイジメが行われていませんか?」
 誰もいじめているつもりはなかった。彼のことなど、どうでもよかった。
「誰か答えてください。先生は怒るつもりはありません。このクラスにイジメがあるかないかを知りたいのです」
「イジメなんて誰もしていません」クラス委員の明日香ちゃんが皆を代表して答えた。
 先生はそれ以上深く聞かなかった。
 それがよかったのか悪かったのか、忘れかけていた彼の存在をみんなが意識し始めた。
 彼に積極的に話しかけていく子が現れた。先生のご機嫌をとろうとする子供だった。その中にはクラス委員の明日香ちゃんもいた。
 なんと、彼を標的に本格的にイジメをする子供も現れた。本当ならとうの昔に始まっていてもおかしくはなかった。だが、先生の一言によって彼をよく思わない子供がでてきたのだ。
 イジメの内容は、酷いものだった。
 上履きを毎朝ゴミ箱に捨てることから始まり、机の上に落書きをする。教科書を破る。体育の時間に着替えを隠す。学校では先生の目をおそれて、彼の体を傷つける類のイジメはなかった。
 だが、放課後は違った。帰り際に彼を近くの公園へと呼び出す。まずお金を取る。彼はなぜかいつも取ってくださいといわんばかりに、大金を持っていた。大金といっても二千円である。しかし、それが二千円札となると話は別である。いじめっ子は二千円札を珍しがっていつも「寄こせ」といった。すごいのは、彼も彼で毎日二千円札を持っていたことだった。いったいどこから調達してくるのか、毎日必ず彼の財布には二千円札が入っていた。
 お金を取ると、格闘技大会と称した、体へのイジメが始まる。彼一人対いじめっ子数名。彼を倒すと次の人に交代するという、格闘技とは名ばかりの集団暴行だった。ここでも彼は文句一ついわなかった。むしろ、殴ってくださいといわんばかりに体を大の字に開いて、仁王立ちするのである。何度倒されても、起きあがる。全員が彼を殴り終わると、彼も倒れ込む。倒れた彼を放って、いじめっ子たちは立ち去る。
 僕はいつも陰からその様子を盗み見ていた。見ているだけで助けようとは思わなかった。助けに入れば、自分もイジメの標的にされかねなかった。
 そんなことがあっても、翌日には何事もなかったように、彼は登校してきた。
 いじめっ子たちも顔は殴らなかったので、見た目は何もないように見えた。
 でも、僕は知っていた。いつも隠れて彼が殴られる様子を見ていたから。彼の制服の下はきっと青く腫れあがっているに違いなかった。
 だからといって先生に告白するようなことはなかった。やはり怖かった。「お前がチクったんだろ」と言われるのが怖かった。僕も所詮いじめっ子たちと同じだ。いじめを見て見ぬふりをして、彼をいじめていたのだ。



 午前六時。
 雅人はふとんの中で朝を迎えた。変な夢を見てしまった。よりによってフジミの夢を見るなんてどうかしている。大学生活に疲れているのだろうか。
 ふとんからでて洗面所に向かう。まだ起きる予定ではなかった。一時間ほど早く起きてしまった。こんなことは珍しい。いつもは目覚まし時計がなってもなかなか起きることができないというのに。今日からサークルの合宿だから、緊張しているのだろうか。
 顔を洗ってさっぱりした後、台所でやかんに水を入れ、火にかける。大学に入学して二年。今が一番遊べる時期だというのに、アルバイトもせず、家でのんびりしている。九時に大学に行き、講義を受け、友達と食堂でつまらない会話をして家に帰ってくる。一人暮らしなので家にいてもほとんどすることはない。アルバイトをしていないので遊びに使うお金もない。アルバイト情報誌を見ても、どれもつまらなさそうに見え、電話を掛けようと思わない。
 家と大学を往復するだけの毎日。
 自分がなにをしたくて大学に入ったのか。入学当初はやる気で満ちていた。これから始まるバラ色の大学生活に夢をはせていた。経営学部に入ったのも、経営をきわめて、いつか自分も大きな会社の社長になるという大きな野望のためだった。
 だが、現実はそんなに甘いものではなかった。どの教授も自分の研究にしか頭になく、講義も大半が役に立たない。プリントを配り、それに沿って講義をするので、プリントさえ無くさなければ、テストなんてお茶の子さいさいだった。
 お湯が沸騰した。インスタントコーヒーをカップに入れ、お湯を注ぐ。軽くかき混ぜて、テーブルへと運んだ。
 自分で入れたコーヒーはおいしかった。早起きの体に濃いコーヒーが染みていった。
 テレビをつけ、チャンネルを回す。
 ……今日未明、神奈川県平塚市の路上で、刃物で腹部を刺されて死亡している男性が発見されました……
 ……小泉総理はこのように述べ、今後の北朝鮮との問題について、前向きな姿勢を……。
 いくつ回してもおもしろそうな番組はなかった。こんなに早起きしたことがないのだから、この時間に何を見るものなのかなんて分からなかった。
 やはりニュースだろうか。それとも情報番組だろうか。大学生ならどっちだろう。NHKでも見るか。
 突如、音が鳴った。ギターをかき鳴らす、ロックだった。それが自分の携帯電話の着信音だと気づくのに数秒を要した。
 こんな時間に誰だろう。
 誰かから電話がかかってくることなんてめったにない。必要な用事はいつも大学で直接伝えるからだ。
 表示は、非通知だった。ますますあやしい。変な電話だったらでない方が良さそうだ。
 それでも電話は鳴り続けていた。ロックの激しい音楽が部屋中に響いている。近所迷惑にもなりかねなかった。
 仕方なく雅人は電話をとった。
「もしもし」
「ごめん寝てた?」聞き覚えのある声だった。
「誰?」
「ん?ああ、悪い悪い。武田だけどさ」
 武田はサークルの副部長にして、雅人の同級生である。声のトーンが微妙に違う気もしたが、一応信用することにした。
「えっと、何?」雅人は声を詰まらせた。
「石沢がさぁ急に合宿行かないって、言うんだよね。何でかわかる?」
 石沢とはいつも仲良くさせてもらってる先輩だ。どうして急に休むなんて……
「わかんない。いつ連絡来たの?」
「さっき。まあいいや、たぶん来ないだろうから、待ってなくていいみたい。部長にもそう言っといて」
 と言うなり、電話は切られた。
 事情はわからないが、楽しさが少しかけたのは間違いない。



 バスを降りると、まだ夏の香りが残る風が吹き抜けていた。熱川の海にやってきたのだ。
 結局、石沢は集合場所にやって来ず、彼を残してバスに乗り込んでしまった。雅人はいまいち今朝の電話が信用できていなかったので、心配していたのだが、武田に直接電話が来たのなら間違いないだろう、ということで意見が一致したのだった。
 バスの中では終始、海で何して遊ぶかという話題で盛り上がっていた。
雅人はひとり、一番後ろの席に座り、考え込んでいた。石沢がなんで、武田だけに連絡したのか。その後、武田も石沢も連絡がつかなくなっていた。
 武田は前日に熱川入りしているはずだった。今晩の宴会の準備などをするためである。目指す目的のペンションはここから、さらにバスで2時間ほどのところにあるはずだ。
雅人は武田から預かった“行動予定表”を見つめた。武田が先にペンションのほうに行っているはずなので、ペンションにつくまでの行動は雅人に任されていた。今日は夕方まで熱川で遊んだ後、バスでペンションに向かうらしい。
 顔を上げると、ほかのメンバーたちは更衣室に向かって走り出していた。気の早いやつらだ。 



 熱川にはバナナワニがいるといううわさを聞いていたのだが、特に心配することもなく日は暮れかけていた。一行はバスの中でも騒ぎっぱなしで、うるさかった。しかし、さすがに1時間半過ぎたころには、海での疲れが出たのかようやく静かになった。
 2時間くらいと聞いていたのに、ペンションに着いたのは10時を回っていた。
「武田怒ってるかな」
 部長の野村が心配そうに言った。
「きっと、大丈夫ですよぉ」
 1年の女子が声をそろえて言った。1年の女子といっても今回は2人しかいないのだが。
「野村さん、ホントに武田いるんすか?出迎えのひとつもなしかよ」
「いると思うんだけど、ちょっと来るのが遅すぎたかな」
 雅人は自分の荷物をバスから降ろすと、みんなと並んで入り口に立った。
 ペンションは比較的新しそうな感じがした。でも、よく見るとその感じはリフォームによるものだということがわかった。所々ペンキが塗れてなかったり、痛みが激しい箇所があった。
 『ペンション・ぺがさす』
 それがここの名前らしい。色あせた看板が駐車場の入り口にかかっていた。“ぺがさす”がひらがなになっているあたりが味噌なのだろう。
「ノックしたほうがいいのかな」
 部長が変なことをつぶやいた。
「必要ないでしょ、貸切なんだし」
「だよな」
 2年の河村が代表して、ドアに手をかけた。ギギギと少しさびた音がして、扉は開いた。中は暗く、奥のほうにうっすらと明かりが灯っているようだった。
 管理人の人たちは寝たんだろうか。いや、今夜は宴会という予定になってるから、10時を回ったあたりで寝てしまうのは、おかしい。
「なんかあったんですかね?」
 野村は相変わらず心配そうな顔をしている。4人の女子たちも変な雰囲気を感じ取ったのか、顔が強張っているようだった。
「とりあえず奥まで行ってみません?」
 河村の提案に皆がうなづいて、ゆっくりと廊下を進んでいった。かなり薄暗いので、壁伝いに廊下らしきところを歩いていく。
 正面の扉にたどり着いた。だれも、一言も発しなかった。ここでもやはり、河村がノブに手をかけた。
「開けますよ?」
「お、おう」
 ゆっくりとドアが開いた。部屋は広々としていて、まぶしいくらいに明るかった。
 だが、相変わらず武田の姿はなく、管理人と思しき人影もない。ここは食堂らしく、テーブルの上には食べかけの料理が並んでいた。部屋全体においしそうな匂いが漂っており、まるでさっきまで誰かが食事をしていたかのような感じだった。
「さっきまでいたんですかね?」河村が雅人と同じことを思ったのか、そう口にした。
「まるで、なんかの幽霊船の話みたいですねぇ。料理は作り立てみたいで、食べかけだし」女子の吉野がそばにあったスープを一口なめた。「まだ温かい…」
「きっとどっかに隠れて脅かそうとしてんだぜ」野村さんが明るく言った。
「ちょっと待っててみますか?こっちから探すことないでしょう」



 何分経っただろうか。雅人は自分の腕時計に目を落とした。武田が現れるのを待とうということになってから、かれこれ2時間近く経とうとしていた。もうすぐ日付が変わる。
 野村をはじめ、ほかのメンバーたちはキッチンから勝手にお酒を持ち出し、宴会を始めていた。皆すっかり酔っ払っているらしく、目がとろんとして眠そうである。
 ここは、食堂の隣にあるリビングルームだった。部屋の中央を囲むように赤いソファが並べられており、奥の壁には大型液晶テレビが壁にかけてあった。河村が何度かつけようとしたのだが、いっこうにつく気配がなく、そのままになっていた。部屋の南側は大きな窓があり、カーテンがかけられていた。
「武田遅すぎじゃねぇ?何やってんだろあいつ」3年の三嶋が少し怒ったような声を出した。
 それは、雅人をはじめ誰もが思っていることに違いなかった。
「みんなで探してみますか。ペンションの探検もできるし」
 野村の一声のよって、皆そろそろと起き上がった。
「あたしダメ。立てないかも、フラフラするよ」そういったのはサークルのマドンナ的な存在の小川だった。
「じゃあ、おとなしく寝てれば?武田さんたちは僕らで探してくるから」
「女の子をひとり残して行っちゃうつもり?」
「じゃあ、こいつ置いてくよ。目おかしいし、こいつも酔ってんだろ」と河村が神乃をつついた。
 こうして、リビングには2年の小川、神乃ペアが残ることとなった。雅人を含む、野村(男)、河村(男)、三嶋(男)、竹之内(男)、吉野(女)、志水(女)、山田(女)の8人で武田探しのためにペンション内を探検する形になった。




 ペンションは2階建てで、中央の吹き抜けが天井までつながっている。雅人は2階に上がると、手すりから一階を見下ろした。先ほど雅人たちがいた部屋からは、うっすらと明かりがもれている。一階には他に地下の宴会場へ降りる階段などがあるらしいのだが、暗いためにどこにあるのかは、わからない。
「どの部屋からいくか?」河村が後ろから話しかけてきた。
「手っ取り早く、何人かで1部屋づつ調べよう」雅人は、パッと周りを見回して部屋の数を数えた。部屋数は5部屋のようだ。「じゃあ、野村さんと志水さんはそっちの部屋で、河村はあっち、三嶋さんは向こうをお願いします。吉野と山田はここを見て、竹ノ内さんは僕と向こうに行きましょう」
 雅人と竹之内は、ちょうど先ほど、一階を見下ろしたところの反対側にある部屋に行った。それぞれの部屋は、吹き抜けを囲むような設計になっている。部屋のドアには、それぞれに花の名前がつけられているらしく、木の板に筆で名前が書いてある。雅人たちが行った部屋には「あじさい」という札がかけられていた。2階には花の名前がついた5部屋と、トイレしかないようだ。
「何かあるのか?無いなら、早く入るぞ。」雅人がきょろきょろしていたのを見て、竹之内が言った。
「あ、いえ。何もありません。早く入りましょう」
 竹之内はドアを開けて、目線で「先に入れ」といってきた。どうも、とつぶやいて、雅人は中に入った。
 中は前面畳敷きで、入り口には一人用のトイレと、内湯がある。ぐるりと部屋を見回してみたが、特に気になる点は無いようだ。
「何もないな」
「そうみたいですね」
「そもそも、このペンションで合ってるのかよ?武田が別のペンションで待ってるとか」
 雅人も最初はそう考えた。
「武田からもらった地図では、確かにここです。途中から1本道ですし、迷うような道でもありませんし」
「じゃあ、武田が間違って、別のペンションに行ってるとか」
「それはもっとないと思います。一度下見に来ているわけですから、管理人の人とかも、顔を覚えているでしょうし」
 自分で発言していて、おかしなことを言っていると思う。地図ではここだが、武田はおろか、管理人さえもいない。かといって、他に近所にペンションがあるわけでもない。第一、雅人たちが到着したときには、食堂はさっきまで誰かがいたみたいに、食事が並べられていた。中には食べかけのものまであった。やはり、目指していたペンションはここだと考えるほかはない。
「じゃあ、とりあえず戻るか」
「あ、待ってください。念のためもっと隅々まで調べてから、戻りましょう」

 10分ほど「あじさい」の部屋を竹之内と調べたが、結局何も出てこなかった。部屋の机の上に鍵があったので、それを持ってもとの場所に戻ることにした。
 階段の前にはすでに何人か待っていた。
「何かありましたか?」吉野、山田が声をそろえて聞いてきた。
「いいや、何もない。そっちは?」
「特に変わったことはなかったですよ。あ、そうだ。机の上に部屋の鍵があったんで、一応持ってきました」
「ああ、それならうちらも見つけたよ」竹之内がポケットから鍵を取り出した。
「僕とかも見つけましたよ」河村や野村、志水ペアも鍵を出した。
「でも、これって、おかしくないですか?」山田が言う。
「おかしいって?」
「だって、普通部屋の鍵って、ホテルならフロントとか、こういうペンションなら管理人の人が鍵を保管するじゃないですか。なのに、それぞれの部屋においてあるなんて、あたしはじめて見ました」
 確かに、言われてみればそうだ。雅人は最初個人経営だから、机の上にあると思ったが、やっぱり普通ではレジがあるところ、お金を払うところで鍵を管理するはずだ。
「ここはこれが普通なんじゃない?」
「でも部長さん、やっぱり変ですよ」
「そうかな?おれはこういうとこもあるとおもうんだけど」
 二人で話し始めてしまったので、雅人はもう一度周りを見た。一人足りない。
「そういえば、三嶋さんは?」
「ああ、僕、一番だったけど、まだ来てないよ」河村が答えてくれた。
「遅いよね?僕と竹ノ内さんが一番遅いと思ったのに。三嶋さんって確か、僕たちの隣の部屋でしたよね?」竹之内を見た。
「お前が行けっていったんだろ」
「見に行きますか?待っててもしょうがないし」
 河村がそういうので、みんなで三嶋が調べている部屋に行った。
 トイレの前を通って、「あじさい」の隣の部屋に来た。扉には「ひまわり」と書かれた札がかかっている。
 竹之内が今度は誰にも聞くことなくドアを開けて、みんなに入るよう促した。雅人は一番に入った。部屋の作りは、「あじさい」とほぼ同じ。ただ、左右対称とでもいうのか、「あじさい」と金庫やテレビ、押入れの位置などは逆だった。
 雅人の後にみんな続々と入ってきた。
「三嶋さんいた?」志水が聞いてきた。
 いないと、答えるしかなかった。部屋には調べられた形跡はなく、机の上にはまだ、部屋の鍵がのっていた。
「なんだ、三嶋いないのかよ。トイレか?」
 トイレや風呂場、押入れ、馬鹿みたいだが金庫の中も調べたが、三嶋の影はなかった。そうなると、武田に続いて三嶋もいなくなったことになる。自分でいなくなったのか、誰かに連れ去られたのか、それとも他に何か理由があるのか、今はまだわからなかった。
「ここにいないんじゃ、河村が戻ってくる前に、もう下に戻ったのかもしれないぞ」吉野が言った。
「そうだな、あいつのことだから、そんなとこだろうよ」
「じゃあ、下に戻りましょう」

 ぞろぞろと一階に戻ってきた。相変わらず廊下は暗く、歩きづらい。
「あれぇ?」先にリビングに入った河村がおかしな声をあげた。
「どうした?」
「小川と神乃もいないですよ」
 雅人は女子に続いて部屋に入った。テーブルの上には宴会の残骸があるし、ソファも若干移動している。小川が横になっていたのだろう。しかしながら、三嶋も、小川も神乃いない。
「何か隠してるんじゃないだろうな、部長さんよ」竹之内が野村に詰め寄る。
「俺は何もしらないよ。この合宿の幹事は武田だし」
「お前はどうなんだよ?」
 雅人のほうを見てきた。
「僕だって何も知りませんよ。武田から行動表みたいなの渡されて、その通りにやっただけですから」
「じゃあ、なんで4人もいなくなるんだよ。武田は初めからいないかもしれないとして、神乃とかまでいないなんて、おかしいじゃんか」

 その後一階、二階ともよく調べたが、結局4人の姿はなかった。




「さて、どうする?」
 野村は雅人に訊いた。
「待つしかないんじゃないですか?あと3時間ほどで、朝ですし」
「もうそんな時間か」
「軽く寝ません?俺、疲れちゃいました」
 河村が目をこすった。
 実は雅人も早くから、睡魔に襲われていた。正直なところ、今は眠たい。武田たちがどこに行ったのかはとても気になるところだが、眠らないといけない。周りを見ても、みな眠そうである。
「そうしよう」
 それぞれが二階に上がり、花の名前がついた部屋に入っていった。
 雅人は野村、竹之内と同じ部屋で寝ることになった。布団を適当に敷いて、ごろりとなると、ようやく落ち着くことが出来た気がした。

 目覚めは最悪だった。のどはカラカラだし、全身がだるい。おまけに、窓の外は雨が降っている。風が強く、窓がきしんでいる。
 まだ、野村と竹之内は寝息を立てていた。
 時計を見た。午前10時45分。寝すぎだ。雅人は、野村と竹之内の二人を起こした。
「起きてください。もうすぐ11時になります」
 相当眠りが深いのか、かなり揺すってみたが、起きる気配はない。雅人は思い切って、平手で野村の頬を殴った。
「――痛っ」
 ようやく野村がおきた。「痛ってー。何するんだよ!」
「野村さんがなかなか起きないからですよ、いくら揺すっても起きないから」
「今、何時?」野村は頬をさすりながら訊いた。
「もうすぐ11時です。ちょっと寝すぎましたよ。もうみんな起きているかもしれないです」
「んん、もうそんな時間?体だるいなぁ」
「僕もです。なんか風邪ひいてるみたいです」
 次は竹之内を起こそうとすると、廊下が騒がしくなってきた。走り回っているようだ。
「なんだ?ドタドタうるさいな」
「なんかあったんですかね」
「また誰かいないのかもしれないな」
 雅人が様子を見ようと、立ち上がったとき、ドアが激しくたたかれた。あわてて、ドアを開けると、泣きそうな顔で志水が立っていた。
「どうしたんですか?」
「うちらの隣にいたはずの二人がいないのよ」
 隣の二人と言うと、吉野と山田の一年生女子二人。ここまでの流れから、ただいなくなっただけでは、こんなに泣きそうな顔をするだろうか。
「それだけですか?」
「それだけって?」今度は志水がキョトンとした。
「泣きそうな顔してるから、まだ他にもあるのかと思って」
「今のところはそれだけだけど、三嶋君がいなくなった部屋に、鍵がかかってて」
 鍵がかかってる?昨日の時点では確かに鍵は開いていたし、部屋の鍵も自分たちで管理していたはず。
 雅人は竹之内を置いて、野村と志水、外で待っていた河村と一緒に「ひまわり」に向かった。
 雅人はドアノブを掴んで回してみた。確かに鍵がかかってる。
「昨日、部屋を出た後、誰が鍵を?」
「私が預かってたわよ、でも……」
「でも?」
「朝起きたら、なくなってて。河村君は知らないでしょ?」
「俺は、志水さんに起こされるまで、爆睡してましたよ」
 雅人は、野村を見た。
「俺も知らないよ。俺だって、起こされるまで寝てたし」
 どうするか。ドアを壊してでも中に入るか。
「警察に電話しましょう」
 志水が言った。
「事件っぽいことは起こってないんじゃ――」
「十分起こってるわ。武田君も、三嶋君も、私たち以外みんないなくなったのよ。これで何も起こってないっていうの?」
「まあまあ、志水さん。落ち着いてくださいよ」
「落ち着いてる。大丈夫」
 野村が、携帯電話を取り出した。「電話してみよう」野村は、慎重にボタンを押していく。だが、次第に顔つきが変わっていくのが分かった。
「どうしたんですか」
「圏外だ。うそみたいだけど」
 そんなはずはない。バスの中では確かに使えたのに。
「建物の中だから?」
「たぶん天気が悪いからですよ。嵐みたいじゃないですか」
「携帯は使えなくても、ここの電話があるはず」
 雅人は、急いで一階に向かった。後から、志水と野村がついてきた。河村は竹之内を起こしに行ったらしい。

 電話は食堂の端にあった。テーブルの上は昨夜のまま、料理が放置されていた。
「ドラマとかなら、電話線か切られてるとかね」
 野村が笑った。場を盛り上げようとしてのジョークだろうが、今の雰囲気では確実に滑っている。
「ふざけないでよ」
 雅人は受話器を持ち上げた。―――反応がない。まさか、野村が言うように、本当に電話線が切られているのか。ちらりと、志水を見た。心配そうな顔でこちらを見ている。
「どうしたの?」
 言いづらい。でも、言わなくちゃいけない。ここで、隠し事しても何の意味のない。
「つながってません。ジャックはささってるから、外で切られているのかも」
 志水が、その場に崩れ落ちた。




 気がつくと、食堂に座っていた。
 横には野村が、正面には志水がいた。二人とも疲れきっているように見える。
「そういえば、河村は?」
「竹ノ内さんを起こすって言ったきりよ」
 確かに遅い気もする。時計を確認してみるが、二階で別れてからもう30分以上経っている。
「もしかして、河村君も……」
「行ってみましょう」


 二階の中央の部屋――雅人が昨夜寝ていた部屋の前。さっきまで寝ていた部屋。
「開けるぞ?」
 野村は返事を聞かずに、開けた。
 夏の部屋独特の、ムッとした空気が出てきた。それと同時に鼻を突くような、嫌なにおいも漂ってきた。
「何このにおい?鉄っぽい…」
 ゆっくりと奥に入っていく。三つ並んだ布団。一番奥が竹之内の使っている布団だった。竹之内は、真夏だと言うのに、肩まで布団に包まって寝ている。
「竹ノ内さん?」
 野村がその場所から声をかけた。だが相変わらず寝ているようだ。まるで死人のように…。
 布団に包まっている竹之内を観察してみた。……おかしい、と思った。あんなにぴったりと包まっているのに、こちらから、動きが見えない。寝息で布団が上下してもよさそうなものだが、銅像のように動かない。よくよく見てみると、目も半開きのようだ。
「竹ノ内さん?」
 再び野村が声をかけつつ、近寄る。雅人と志水も後に続く。
 近づいていくほどに悪臭ははっきりと感じられる。予感が頭をよぎった。
「おかしくないか…」
「おかしいと思います」
横たわる竹之内を間近に見て、予感は確信へと変わった。顔は白く、血の気がない。だらしなく開いた口、半開きの目、漂う悪臭。
 雅人は一気に布団を剥いだ。
「きゃっ」と軽い悲鳴が聞こえた。
 布団の中はどす黒い血で、染まっていた。
 ちょうど、横隔膜の下のところを何か鋭利な刃物でえぐられていた。そこから出血した血で、かけ布団、敷布団も真っ赤に染まっていた。
 横で、ぐうっ、と嫌な音がして、野村が部屋を駆け出していった。
「竹之内さ、ん」
志水も部屋の隅でうずくまった。
「野村さんどうしたんですか?」
 不意に入り口から明るい声がした。振り向くと、河村が立っていた。
「なんかものすごく顔色悪かったみたいで…す…」
 言いながら気がついたのか、そこで言葉は途切れた。


 食堂には、雅人、河村、野村、志水の四人が向かいあって座っていた。竹之内の死体は(確認はしていないが、明らかに死んでいた)そのまま放置してある。
 震える志水の腕を無理やり引っ張って、食堂に下りてきた。フラフラと河村もついてきた。しばらくして、野村も力なく食堂に下りてきた。
「これって、殺人だよな?」
 野村が誰にともなく訊いた。
「あれは殺人だと思います」
 誰も答えないので、雅人が声を出した。きっと雅人が答えずとも、誰もがわかっていただろう。見た目からも、事故や自殺ではない。
 自分であそこまで深い傷を作れるとは思えないし、事故にしても、どうすればあんな傷がつくだろうか。
 まわりに凶器らしい凶器も落ちていなかった。
「河村、お前どこにいたんだよ?」
 野村がじっと河村を見据えて言った。
「俺は、トイレっすよ。竹ノ内さんを起こすまえに行っとこうと思って。そしたら以外に時間かかって」
「30分近くもトイレにいたのか?」
「俺、そんなに入ってました?」
 はぁ、とため息をついて、野村は追求をやめた。とぼけているようではなさそうだった。
「どうするの」志水が不安げにつぶやく。
 どうすれば良いだろう。電話は通じない、外は嵐、二階の一部屋には死体。
 そういえば、他の6人はどうしただろうか。
 今まで、ただ消えたと思っていた、武田、小川、神乃、三嶋、吉野、山田の6人の所在が気になる。ただ寝ていたと思っていた、竹之内が何者かに殺された。ではその6人も…。
「鍵がかかっていた部屋、ありましたよね」
「ええ。どうして?」
「昨日は鍵がかかってなかったのに、今朝になって何者かによって鍵がかけられてたんですよ?このペンションの部屋はどれも、鍵がないと内からも外からも鍵がかからない構造です。中に何かあると思いませんか?」
 雅人は3人の顔を順番に見た。
「そうだな、何かあると思う」
 野村も賛成した。
「でもどうやって?鍵がかかってるんだろ」
「蹴破るんですよ、3人で」


 二階、「ひまわり」と書かれた部屋。昨日の夜、三嶋は一人でこの部屋に入り、消息を絶った。
雅人は今一度ノブを回してみた。やはり鍵がかかっていて開かない。
「せーので体当たりしましょう」
 雅人と河村と野村は手すりまで下がった。
「せーのっ!!!!」
 助走をつけ、3人は勢いよくドアに当たった。バキっと大きな音がして、ドアはいとも簡単に倒れた。
 中の引き戸は開け放たれていて、中がはっきり見えた。
 そこはまさに、地獄だった。
 消えていたみんながそこにはいた。
 ただ、誰も息はしていないのは明らかだった。
「うそだろ……」
4人はおぼつかない足取りで、奥まで入った。
昨日は何もなかったのに。
 部屋の一番奥には、小川と神乃が頭から血を流して倒れていた。小川はうつぶせに、神乃は横を向いていて、顔の原型も分からないほど殴られている。
 その手前には三嶋が倒れていた。首にはロープが巻かれ、はっきりとロープの後も見える。目は軽く飛び出していて、舌が唇からたれていた。
そして、雅人の足元には、山田と吉野が倒れていた。もっとも、それが山田と吉野だと分かる要素は、ほとんどなかった。二人は黒こげだった。寝ているところに火をつけられたのか、燃えた後で此処に放置されたのは明らかだった。
「ひどい」
 誰が言った言葉かは分からない。ひどく混乱していて、自分が発した声でさえも他人の声のように聞こえた。
 だが、いくら死体の数を数えてみても、そこにはやはり、武田の影はないのだった。


「いったい誰がこんなことを?」
 再び食堂。4人は輪になっていた。
「撲殺に、絞殺に、刺殺に、焼殺。殺人のオンパレードって感じだな」
 河村が指を折りながら言った。
「河村、そういうこと言うな。みんな死んじゃったんだぞ?分かってるのか?」
 みんな死んだ。確かに。だが、ただ死んだのではない。殺されたのだ。それは誰の目にも明らかだ。殺されたということは、殺人犯がこの中にいるということか?
 雅人は他の3人の顔を見た。誰も悲しみよりも驚きのほうが強い顔つきだった。
 志水は相変わらず、震え続けている。何かを恐れている?
「誰?」
 不意に志水が声を出した。
「誰なの?こんなことしたの」
「誰って、この中にいるって言うのかよ?」
 河村が顔を上げた。
「当然でしょ?ここにいるのはあたしたちだけ。あたしたちだけなのよ?」
「じゃあ、アリバイを調べようよ」
 二人の会話を野村が割って入った。
「アリバイ?」
「そう、アリバイ。よくドラマとかで使うじゃん。きっと、消えた順番に殺されてるんだよ。だから部屋の奥から、消えた順に死体が置かれてた。ってことは、みんなが消えたときにその場にいなかった人が必然的に犯人だよ」
 野村の言うことはもっともだ。だが、肝心な点を忘れている。
「確かにそれはいい方法です。でも、忘れちゃいけないのが、管理人と武田です。ペンションとして経営が成り立っている以上、一人以上はここのペンションの管理人がいるはずです。それに、出発の時点から連絡が取れていない武田もです。もしこの4人にアリバイがあれば、管理人か武田が犯人かもしれません」
「そうだよ、武田がいたじゃん。きっとこっそり隠れてるんだぜ」
「でも、それはあくまで、俺らの中に犯人がいない場合だ。武田は今頃家にいるかもしれないんだ」
 まずはじめに消えたのは、小川と、神乃だ。
「最初はたぶん、小川と神乃です。僕たちが部屋を探しているときにこっそりと下におりたんです」
「三嶋さんが先かもしれないわ?」
「いえ、あの時―三嶋さんがいないって気がついたときは一番先に階段まえに河村がいました。だよね?」
 雅人は河村を見た。
「ああ、俺は一番だった」
「ということは、三嶋さんを殺した後、下に行くには時間的に不可能です。あの大柄な三嶋さんが、しかも首を絞めて殺されています。分かれてみんなの姿が見えなくなってから、三嶋さんを殺害し、階下の二人を殺しにいったんでは、河村に見つかってしまいます」
「なるほど」
野村が納得したのか、小刻みに首を縦に振った。
「このときは野村さんと志水さんは二人で、部屋の捜索をしていましたよね?」
「そうだよ」
「その間お互い、独りにはなりましたか?」
「一緒だったわ」自信たっぷりに答えた。
「河村は、一人だったな?」
 ビクッと河村が反応した。
「そうだけど…俺じゃない、俺は何も」
「分かった。でも、誰も証明は出来ないんだ。それは分かるよな?」
「ああ」
「でも、逆に言えば、河村には三嶋さんを殺す時間がない。さっきも言ったとおり、下に行き、二人を殺し、『ひまわり』で三嶋さんの首を絞めて、戻ってきてもすでに人が戻っていれば、ばれてしまう。河村が一番乗りだったのなら、それが三嶋さんを殺していない証明になる」
 河村は安どの表情を浮かべた。
「じゃあ、三嶋さんのときは?」 野村が訊いてきた。「あの時、部屋には誰もいなかったし、三嶋さんの死体もなかった」
「そこはまだ分かりません。順番的には三嶋さんです。でも、僕らが部屋に入ったときには死んでいたのか、死んでいたなら死体はどこにあったのか」
 あの時は手分けをして、部屋を探したはずだ。
「あの時、手分けをしましたよね?誰がどこだったか覚えてますか?」
「確か、俺がベランダを調べた」野村が言った。
「あたしは女の子とトイレと風呂場を調べたわ」
「俺はお前たちと一緒だったよ」
 そう、雅人は竹之内、河村と一緒だった。
「ということはあの時アリバイがなかったのは、野村さんですね」
「そういうことになるな」
 野村は半ば予期していたのか、大してうろたえることはなかった。
 次は山田と吉野が消えたときだった。
「山田たちがいなくなったのに気がついたのは?」
 雅人は意識的に志水を見た。
「そう、あたし。朝起きて、隣が気になったから、見に行ったらいなかったのよ。それで、部屋に戻って河村君を起こして、二人で色々探したんだけど、見つからなくて野村君たちのトコに行ったの」
「そのときに『ひまわり』に鍵がかかってると?」
「そうよ」
「河村は起こされるまで本当に寝てた?」
「寝てたよっ!!」河村ににらまれた。
「寝てたわ。結構激しく起こしたから、熟睡してたんじゃないかしら」
 自分は志水が部屋にくるまで部屋を出てないし、野村も熟睡していた。
「ということは、山田と吉野が消えたときにアリバイがないのは、志水さんってことになります」
「野村君や竹ノ内君がこっそり出たとか?」
「二人とも完全に寝てました」
「ああ、寝てた。俺なんか殴られたんだぞ?」
 アリバイはそれぞれの事件でひとりずつ無い。それに、武田や、管理人の線も消えたわけではない。問題は、どうして消したのか、ということ。ターゲットはこれで終わりなのか。みなを殺し終えるまで、死体を見せるわけにはいかなかったからなのか。それとも別の意味があるのか。
 ただ、あの3人には殺した後、死体を移動させる時間は無かったはずだ。ひとりになった時間はわずか。時間的には殺すのが精一杯の時間なはず。一時的に隠すならまだしも、後で、再び調べたら見つかってしまうだろう。
 雅人だって例外ではない。
 たとえ武田だとしても、殺す時間があっただろうか。
 何か、忘れている気がする。ものすごく大事なことを。
 それが何であるかは、思い出せなかった。




© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: