♪世界歩き*食べ歩き♪

♪世界歩き*食べ歩き♪

路上の布売り



夕食後、街をぶらぶら歩いていた。
路上にはたくさんの出店や屋台が出ていて、ネオンの明かりがまぶしいくらい。
特に欲しいものはなかった。すぐにホテルに戻る気もせず、街の雰囲気を
楽しみたくもあり、きょろきょろしながら歩いていた。

腕にたくさんの布をかけた女性が近づいてきた。
色とりどりの美しい布。私は鮮やかな布の色にすっかり目を奪われていた。
水着の上に巻くパレオとして使えばちょうどいいかもしれない。姉や妹の
お土産にも喜ばれるかも・・・。

女性がかたことの英語で買ってくれと言う。
布のよさをアピールしたり、半ば強引に私の体に布をあて、巻き方を教えて
くれたりする。
私が習いたてのタイ語で「タオライカ?(いくらか?)」と問う。

女性の言い値は特に高いようには思えなかったが、ここはタイ。値切って
買うのが常識だ。この過程が旅行者にとっては楽しい思い出。
「ロンノイダイマイ.(まけて)」

かたことの英語とかたことのタイ語で交渉する。タイ語の数字が飛び交う。

私もがんばる。
女性もがんばる。なかなか折り合いがつかない。

そのうち、女性は唐突に「ベイビー、ベイビー」と繰り返してきた。
どうやら家に赤ちゃんがいるからお金が必要だということらしい。
そして財布の中から二枚の写真を出し、私に見せた。
旦那様の隣で微笑んでいる結婚式の写真と赤ちゃんの写真。
「スアーイ.(きれい)」
「コプクンカー.(ありがとう)」
女性が優しく微笑んだ。なんだかこの時一瞬だけ心が近づいた気がした。

でもビジネスはビジネス。相変わらずなかなかまけてくれずまとまらない。
とうとう女性は私を呼び寄せ、さっと自分のTシャツのおなかのところを
めくった。「ベイビー、ベイビー」
そこには大きな縦の傷があった。
きっと出産のときに帝王切開した跡なのだろう。

その瞬間、私は彼女の日常の中に紛れ込んだ。

愛する人と結婚して、おなかを痛めて生んだかわいい娘。
その家族を支えるために一枚でも多くの布を、少しでも高く買って欲しい。

ガツーンとやられた感じ。彼女の勝ち。
同情作戦にまんまとはまってしまった。
結局私は3枚の布を選んでお金を渡した。

ふと見ると近くに道にしゃがみ込んで交渉している友達が目に入った。
同じように鮮やかな布を抱えた女の子が傍で笑っている。
思わず「いくら?」と聞いてしまった。
すると、なんと値段は私の買った値段の半額だった・・・。
われながら野暮な質問をしたものだ。すでに買ったものの値段など聞いて
ろくなことはない。

思わず先ほど買った布売りの女性を見ると、女性はあわてたように、あの布
だったらうちも安くできる、こっちのはシルクだから高いのよ、あと2枚
買ってくれたら安くするよ・・・
私は黙って首を横に振った。
生きることは大変なことなんだ。
蒸し暑いバンコクの路上で悟ったこと。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: