私の問題解決の考え方 第11章2


―直ちに身体に影響はありません―


今回の原発事故の発生には、国も、東電も、関連企業も、関連学会も、マスコミも、即ち、原子力ムラが、大きく関与していました。また、原子力ムラからお金を沢山もらって国民を騙すために働いてきた広告代理店も同様に非難されるべきです。彼等の責任はきちんと追及されるべきです。

ところが、もっとも責任が重い、国も、東電も、原因は想定外の大津波であるとして、その責任を逃れようとしています。

その一方、実際に福島原発第一の管理や運転に携わっていた人達は、いろいろな事故や不具合から原発の危険な個所に気づき、安全運転のために、できる限りの努力をしていたはずです。

だからこそ、40年もの長い間、本当の大事故にならなかったのでしょう。(但し、全電源喪失を許してしまったことは許されません。)

そして、事故後も、大量の放射能で汚染された危険な環境の中で、事故収束のために必死で頑張ってくれているのです。特に、最下部の下請け会社の従業員の皆さんは身を危険にさらしながらいろいろな修復作業に当たっているのです。

本当に悪いのは、もっと上部の、多分実情や現場を知らない(あるいは、知っていても隠そうとした)人達、ちゃんとチェックしてこなかった国の原子力安全・保安院や学者達、原発は安全だと宣伝してきた広告代理店、それに危険性をきちんと指摘しなかったマスコミなど、大勢の原子力ムラの人達です。

しかし、彼等の多くは、原発は地震には耐えることができ、自動停止できたが、「想定外の大津波」に襲われたのが大事故の原因だと言い逃れしようとしているのです。

私は、彼等がやってきたことは犯罪だと思っています。

それらは、

☆世界中を怖がらせるような大原発事故を起こしてしまった。

☆危険が予測できたのに、対策を講じずに放置してきた。放置していなかったら、事故を防げたか、あるいは、被害を少なくできた可能性がある。怠慢、過失というか、不作為の罪である。

☆自分達に都合の悪いことについて嘘をついたり、ごまかしたり、隠したりしてきた(誠実でないし、正直でもない)。

☆国民の安全を第一に考えていない。

☆事故直後だって、「直ちに身体に影響はありません」と言っていた。無責任にも。原爆を落とされた後ではないのだ。放射線の影響は後からじわじわと出てくる。そして、そのとき文句を言っても、放射線のためだとは認めてもらえないのだ。

☆甲状腺ガンの数が多くなっていても、原発事故の影響ではないと言い張っている。

☆放射線が思ったより怖くないと信じさせようとしている。税金を無駄遣いし、ゼネコンを儲けさせる、いい加減な除染をして、原発近くの住民を家に戻そうとしている。しかし、実際には、まだ危険である。

☆許される放射線量の基準値をできるだけ高くしようとしている。空気中の許容放射線量は1mSv/年としたが、一日当たりでは0.23μSv/hでよいとしている(本当は0.11)。この理由として、屋内では放射線量が屋外の半分以下になるので、上記の放射線量(屋外で測定した)の値が妥当であるとしている。これは騙しの策である。(実際には、屋外で0.1μSv/hにするのは難しい。)

☆原発事故の収拾については、原子炉の内部の破損状態は分からず、水冷により、溶け出した燃料の昇温は抑えているが、使う水が汚染水になり、それを保管する場所がなくなりつつある。

☆地下水の流れ込みも汚染水を増やしている。

☆これらの汚染水は原発敷地内に急いで作ったタンクに保管されているが、様々なミスによる漏れや誤移送が続いている(2014)。(多分沢山漏れている。)

☆安倍首相は汚染が原発湾外には出ていないとしたが、実際は外海にも漏れ出ている。

☆それなのに、原発を再稼働しようとしている。

☆それだけでなく、原発の輸出をしようとしている。

☆原発(プルトニウム製造→原爆を作れる)技術を、世界大国の仲間入りをするための道具にしようとしている。

☆一方、再処理工場も、高速増殖炉も、まだちゃんと動いていない。お金だけは沢山使っている。

☆放射性廃棄物の保管場所もまだ決まっていない。使用済み燃料は、六ヶ所村に3100トン、各原発に13000トン仮置きされていて、毎年1000トンずつ増えている。六ヶ所村の処理能力は年800トンしかない。

☆原発の耐用年数は当初15(?)年とされていたのに、古いものをできる限り長く(40年以上も)使おうとしている(危険)。

☆この「国策」のために、巨額の税金の無駄遣いを長年にわたって続けてきた(原発は、正直に計算すれば、国の助けなしに経済的に成り立たない)。

☆国のチェック機能が機能していない。安全・保安院も、原子力安全委員会も役に立たなかった。(経済産業省、原子力規制委員会など(2014)も。)


☆事故を起こしても、責任を取るどころか、原発を止(や)める気もない。原発をベースロード電源としていくという閣議決定をしてしまった(2014)。

☆再生可能エネルギーを本気で促進しようと思っていない。むしろ、検討や新設をやりにくくしている。

原発を始めた中心人物の一人である、中曽根元首相は、2011年3月の事故後、こう書いています(「原発と日本人」、AERA臨時増刊2011.5.15号)。

「・・日本ではこれまで小さな原発事故はありましたが、原子炉から放射能が出るといった大事故はなかった。そこは実に注意深く進めてきました。今回はあってはならない大事故が起きてしまいました。津波の被害があまりにも大きかった。福島第一原発周辺の住民の生活、職業、子どもの将来に影響が出るような事態になったことは、本当に遺憾千万です。

日本の今後の発展とエネルギー事情を考えれば原発政策は持続しなければなりません。・・・

新規の原発建設は難しいでしょう。国のエネルギー政策は国民とともに歩むものです。今の状況が国民に理解され、納得されるまでは、軽率はできないと思います。安全の再点検を十分にし尽して再起・継続を図るべきです。」

その後も、原子力発電の創始者として自慢していて、安全の再点検を十分に行なってから、再起すべきだとしています。事故が起きたことについては、津波の被害があまりにも大きくて、遺憾千万としか言っていません。今でも、原発を始めた自分の判断は正しかったと考えているようです。

それなら、国民の安全を第一にし、放射性廃棄物の処理がきちんとできるようにしてもらいたかったです。

しかし、この人のもっともやりたいことは、日本を世界大国の仲間入り(経済的、軍事的に)させることで、国民の安全のことは第一ではなかったのです。どんなことがあっても原発を導入したかったのです。核保有国になりたかったのです。

国策の名のもとに、未熟な技術を受け入れてしまい、きちんとしたチェック機能がないままに、建設と運転を進めてしまいました。それでも、国民の安全を第一に考え、正心誠意にそのための努力をしていれば、多くの失敗(他国のを含む)から学び(実際にやるべきことは示唆されていた)、今回のような大被害は防げたはずです(大堤防がなくても)。



原発推進派の多くは、

☆国が決めたことをやるのだから、やましいところはないと言う。

☆国の命令に従っているだけである。

☆自分で考えて、判断、行動しない。

☆うまく行かないときや悪いことをやったときは、人や何かのせいにする。

☆大事な目的のためには、悪いこと(嘘つきなど)をしてもいいと思っている。

☆嘘を本当だと思い込んでいる、あるいは、信じている。

☆自分のやったことは正しいと思い込んだり、信じたりしている。

☆大きい目的のためには多少の犠牲は「仕方ないと」思っている。

☆権力、組織力や、お金の力で、正しくないものを正しくしてしまう。

☆国策というお墨付きがあると、大抵のことは許されてしまう(普通なら悪いとされることも)。

☆原発に逆らう告訴をしても、警察、検察、裁判官は皆原発側なので、勝訴はほぼ不可能である。

☆虎の威を借りる狐・・・・威張る、傲慢である、横暴である。

☆嘘、ごまかしも平気で、真実を隠す。

☆明治の頃から国のリーダー達の間には、日本が他国に占領されるくらいなら、むしろ日本から外に攻め出たいという思想があった。その線で、日本は、ロシア、中国、朝鮮、台湾などと戦争したり、攻め入ったりし、領土の一部を植民地にして、世界大国の仲間に入ったという気分になったのかもしれない。さらに軍事力の拡大を図って、オリンピックや世界万博を日本で開き、国威を鼓舞しようとしたができなかった。それどころか、石油を絶たれてしまって、破れかぶれになった日本は、愚かにも、アメリカと戦争を始めてしまった。結局、戦争に負け、平和憲法(戦争しない)を掲げた新国家になった。表面上は。


でも、今、また危険な状態になっています。

安倍政権は、憲法第9条を改定し、「いざとなったら」堂々と戦争のできる国にしようとしています。

そして、安倍政権の支持率はまだ高いのです(48%(時事通信2014/3/10)。しかし、国民は原発事故の怖さを忘れようとしているように見えます。(2014)


11.5 何が悪かったのか?(以下2013-2014年執筆)

-間違った目標のために、嘘までついて、原発を作り、運転し続けた!そして、大事故を起こしてしまった!その上、責任を取らない!-


原発推進の主導者達は、日本が世界大国の仲間入りをすることを念頭に、原子力の利用を考えました。石油がなくなったときの電力のためと説明したのですが、裏では、核保有国になれば原爆製造能力を持てるということを想定していました。つまり、日本の経済力と武力の増強を考えていたのです。

石油がなくなるというのは真実ではありませんでした。

原発推進者たちは、石油がなくなるときのために原発を、と大々的に原発を宣伝したのですが、石油はなくなっていないではありませんか。

因みに、石油の「枯渇年数」というのは、当時(1950-1960)その値は20-30年程度でした。ところが、今、もう30年もとっくに過ぎていて、現時点での枯渇年数は40年ぐらいだそうです。(小西哲之:エネルギー問題の誤解 いまそれをとく、(株)化学同人、(2013);この本は原発が経済的に成り立たないということを説明しています。)

枯渇年数の意味が私たちが普通思うものであれば、この数はどんどん減っていくはずです。でも、これは、定義の問題でした。

その定義で、「枯渇年数」とは、「埋蔵量」(その年の生産コーストに見合う推定埋蔵量)を、その年の「1年当たりの生産量」で割った値です。

「枯渇年数」と言っても、その定義をはっきりさせておけば嘘にはならなかったのですが、「石油がなくなる」と言ったのです。

さらに、「原爆を作る技術を持ちたい」と考えるなんて、とんでもないことでした。そして、国民の安全や安心のことは二の次にして、他国に後れを取らないで核保有国になるように、がむしゃらに計画を推し進めてしまったのです。

原爆で怖い目に遭い、平和憲法があるのに、原爆製造力を持とうとしたのです。それどころか、原発事故の恐ろしさも経験したのに、原発を再稼働したり、輸出したりしようとしている国なのです。

さらに、国連の「核兵器禁止条約」に、一昨年(2011年)も昨年も参加しようとしなかったのです。本来なら、唯一被害を受けた日本が言い出すべき条約の採決を棄権してしまったのです。情けないです。(今年2013年秋にしぶしぶ参加すると言いました。)

また、当時(60年余り前)、アメリカが原子力の平和利用を提唱したのに便乗し、核保有国になるいいチャンスだと考えて、原子力発電に飛びついてしまったのです。

日本には原発の技術はほとんどなく、自分で考えて立ち上げようともしないで、アメリカの指導の下に、原発を少しでも早く作ろうとしたのでした。

地震のことはある程度は考えたのですが、大津波のことは想定しなかったのです。千年あまり前に大津波に襲われた記録があるのに、千年の一度の津波は考えなくていいとし、無視することにしてしまったのです。

ですから、津波は想定外ではなかったのです。不作為事故です。国民の安全を無視した、許せない行為でした。国は、こういうことがないように、チェックしなければならなかったのに、先を焦って、そのまま計画を進めさせてしまったのです。

これらのことに対し、国も、東電も、反省せず、責任を取ろうともしないのです。

なんとか原発を作り上げてから、都合の悪いことが起きても、できる限り隠そうとしました。安全だと言ってしまった手前、大掛かりな安全対策は極力行ないませんでした。事故が起きても、十分な解析をしませんでした。とにかく、嘘、ごまかしと隠ぺいの連続でした。

とにかく、わが国の原発技術は世界一流で、原発は安全であるということを、電通や博報堂という広告代理店を使い、マスコミを動員して、大々的に宣伝し続けたのです。

外国で原発事故が起きると、高い技術を持つ日本ではそのようなことにはならないとか言い、本気になって安全対策の検討をしませんでした。

最初に原発は安全だと嘘をついてしまうと、後は、重ねて嘘をつかなければならなくなったのです。そのうちに、嘘が本当だと自分達も信じるようになってしまったのでしょうか。

安全対策のために、ロボットを試作しても、試したり、使ったりもしないで、博物館に展示しておいたりしていたのです。だから、いざというときに、なにもなかったのです。

事故よりずっと前から、電源喪失や、地震や津波のことを指摘されていても、本格的な検討はしなかったのです。

要するに、当事者達(国も、電力会社も)の、安全に対する感覚が狂ってしまっていたし、チェック機能も働いていなかったのです。良悪(安全性)の判断ができず(安全と言い続けた;嘘をついた)、問題を指摘されても対策を講じなかったのです。

それなのに、宣伝活動には力を入れていて、信じられないような沢山のお金を広告代理店(電通、博報堂)に払って、原発推進に力を入れたのでした。そのお蔭で、沢山の有名人がお金を儲けていました。

恥ずかしい例では、小学校や中学校用の副読本を作り、原発が五重の壁に守られていて、どんなに「安全」かを説明していました。これらは、事故直後は文科省のホームページで確かに見られてはいたのですが、その後、削除されてしまっています。

さて、2011年3月に原発事故が起きたときには、国も、東電も、被害の規模を極力小さいものに見せようとしたのですが、結局は、最大規模のチェルノブイリ並みの事故になってしまいました。

安全だと言い続けてきた(思い込んできた?)ため、事故発生時のやるべきことが分からないし、できないような状態になってしまいました。放射能の拡散予想のシステム*があっても、その予想を採用しなかったりして、住民の避難もきちんとさせられず、大勢の人達を危険に晒し、彼等に苦労を強いたのでした。そのお蔭で亡くなったり、病気になったり、病気が重くなったりした人も沢山ありました。

(*しかし、後になって考えてみると、このシステムがなくても、放射能漏れが始まってからの風の方向が分かっていれば、風上(風下以外の方向)に逃げるように指示すればよかったのです。放射能は同心円形に広がるわけではなのです。なにも指示ができなかったために上記のように、多くの人達をつらい目に遭わせてしまったのです。)

原発の破損状況もまだはっきりせず、発生する大量の放射性汚染水の保管も難しい状態になっています。汚染水の漏れもあり、海を汚染させています。

オリンピック招致のために、安倍首相は、汚染水は原発の湾内に完全にコントロールされていると言ってしまいましたが、これは事実ではありません。汚染水への対応を含めて、廃炉のための手段もまだ分からない状態です。

こんな状態なのに、一方では、国も、電力会社も、再稼働の準備を進めています。

また、原発輸出の促進にも力を入れています。


最後に、大事故後の一般国民について一言。

あんなに怖い思いしたはずなのに、もう忘れてしまったような兆候が見られます。

事故後最初の1年は,1000万人原発反対署名運動(さよなら原発)で750万ほどの署名が集まったのに、次の1年では80万人ほどしか増えず、1000万人を達成できるかどうか心配です。(2014年3月13日で840万人ほどです。ホームページには4月21日でも、この数しか載せていません。)

なお、蛇足ですが、この中の700名ほどは私達夫婦が集めています。ノーベル賞受賞者を含む、有名人である発起人達が本気でいろいろなところに声をかければ1000万人ぐらいは集まるはずです。かつて、杉並の主婦達が始めた、原水爆反対の署名運動では3000万人以上の署名が集まっているのです。

ましてや、今はインターネットの時代、署名運動のホームページ(sayonara-nukes.org)からも簡単に署名できます。まだの人で、署名したい方はぜひ署名をお願い致します。

私達一般庶民も頑張って、少なくとも1000万人以上の署名にしましょう!

[2、3日前も、妻が民謡同好会に出たとき、10人ぐらいの人の署名を集めてきてくれました。(2014年7月13日記)その後も、数十人の人達の署名を事務局に送っているか、もらっています。]


事故で原発が動かなくなれば、当然(?)電気が足りなくなります。

ですから、一時は、皆さんが節約生活に入ったかと思ったのに、事故から1年を過ぎた頃には、また元のようになってしまったように感じられました。一時暗くなった町は夜明るく、繁華街は賑わい、外食も盛んのようです。観光地も混雑し、自動車の数もかなり多くなりました。

また、国民は原発に反対していると思ったのに、自民党政権を許してしまいました。初めは原発を減らすと言っていた、安倍首相が原発再稼働や輸出を推進しているのに、支持率はまだ高いのです。

これらは、原子力ムラの利権の影響がまだ強いということなのでしょうか。東電が、税金や電気料金の一部をごまかしてばらいてきたお金の額と範囲は想像するのも大変なものになるでしょう。

しかし、もう東電も苦しくなっていて、前のような好き勝手なことはできなくなっています。でも、まだ国は助け続けていて、私達の大事な税金を沢山注ぎ込んで、関連企業を儲けさせています。

さらに、国は、「原発をベースロード電源とする」方針を決めてしまい、原発の再稼働と輸出に向けて準備を進めています。

私達は声をもっと大きくして、原発の廃止、輸出中止、原子力ムラ解体を訴え続ましょう!

それだけでなく、原発なしでもやっていけるということを実践で示しましょう。正直なところ、今、私達は必要以上に電気をはじめとするエネルギーを使っているのです。

因みに、人間が寿命を全うするために必要なエネルギーの量は4万キロカロリーほどだそうです。わが国では、戦後の高度成長で、原発が動き始めた1970代の始め頃、既に、このくらいのエネルギーを消費するようになっていたのだそうです。そして、今の消費量はなんと12万キロカロリーにもなっているそうです(小出裕章、中嶌哲演(てつえん)、槌田劭(たかし):「原発事故後の日本を生きるということ」、農文協、(2012)。)。

つまり、エネルギーの使い過ぎです。考えてみると、私達が沢山電気を使わなかったら、原発の電気が余ってしまうことになります。そして、これまで、多分、国は、私達に電気をもっと使うように仕向けていたのです。(なお、原発の運転を始めた1970年代に既に日本はGDP(国内総生産)世界2位になっていました。原発のお蔭ではないのです。)

その結果、私達は平気で借金し、家を建てたり、自動車を買ったりし、沢山の電気を使う製品に囲まれて暮らしています。国も負けじと、GDPの2倍もの借金をしても、堂々と沢山のお金をばらまいています。



これはどう考えてもおかしい状態です。国も、私達も、心を入れ替えなければいけません。

私達は、エネルギー消費を減らした、もっと慎ましい生活でも十分暮らしていけます。もしかしたら、寿命だって少し伸びるかもしれません。


11.6 どうしたらいいか?

-国がまず原発を止める決意をすることです。その代わり、私達もエネルギー消費を減らします。ー


1.首相がその決意を示せば、原発を止めさせられます。(小泉元首相もそう言っています)

国策として、電気は原発に頼らないと宣言する。

国も、電力会社も、嘘、ごまかしと隠ぺいを一切行わないことを誓う。

広告代理店もこれらへの関わりを全て止める。

原子力ムラは解体させる。

原発推進に関わった人達は反省し、責任を取る。

とにかく、まず原発以外の発電手段全てに頼る決意をすることです。そして、再生可能エネルギーの推進に力を入れるのです。国策で。


しかし、勿論、原子力の研究には前にも増して力を入れなければいけません。一度原発を始めてしまったら、もう戻れない(なかったことにはできない)のです。

事故後の原発からの放射能漏れを最小限に抑え、漏れ出てしまった放射線物質の拡散を少しでも減らす対策を講じなければなりません。

そして、これから廃炉をきちんと終わらせなければいけませんが、これができるかどうか分かりません。上から遮蔽物質で覆うだけかもしれません。しかし、今のままでは、冷却も、し続けなければなりません。原子炉の底はどうするのでしょうか。地下水はどうするのでしょうか。(因みに、福島原発の土地に地下水がとても多いことは建設当時から既に分かって苦労していました。)これからも長い間、放射能を抑え込む努力を続ける必要があります。

また、これまで溜めてきた放射性廃棄物の処理と保管のやり方も開発しなければなりません。さらに、今各原発でプールに保管されている使用済み燃料棒も、増え続ける汚染水もあるのです。

当然のことですが、福島原発事故の原因をきちんと解明することは、この研究でもっとも大事なところです。

(勿論、事故を起こした国や東電は、やったことを反省し、責任を取らなければなりません。)

このような原子力の研究には、沢山のお金と人がかかります。また、解決もとても難しいと考えられます。でも、絶対に答えを出さなければならない、価値のある研究です。


2.一方、私達国民も原発に頼らない決意をしましょう。

原発がなくてもやっていけるように、最大限の努力が必要です。私達には、電気のことだけでなく、全ての面でより慎ましく生きる決意が必要です。それから、再生可能エネルギーの電気を使う努力も必要です。

原発に頼らないという強い思いがあれば、必ず実現できます。

つまり、私達も変わらなくてはいけないのです。

これと同時に、原発反対の声も、もっと高く上げましょう。

原発の怖さを忘れてはいけません。福島原発の事故では広島原発168.5個分のセシウム137が放出されました(Wall Street Journal)。

しかし、今のままでは、原発を止めさせるのは難しいでしょう。事故後、時間とともに、国民の原発反対の勢いが弱まっていっているように見えるのです。2012年には、原発推進派の自民党に政権を取られてしまい(選挙で自民党に勝たせてしまったのです)、原発再稼働の準備が進んでいるだけでなく、呆れたことですが、原発の輸出まで進めようとしているのです。そして、原発推進に合わせ、お金をばらまいたり、TPP(Trans-Pacific Partnership)に参加したりするような経済第一政策(国債を増やす)を強力に素早く進めようとしているのです。

秘密保護法案とか、武器輸出とか、憲法改正の動き(集団的自衛権閣議決定)なども、実質核保有国として世界での「地位?」を上げようとしていることにつながっているのです。

これらの動きを止めるには、安倍首相が心変わりしてくれればいいのです。でも、それは無理でしょう。しかし、放っておいてはダメです。彼に首相をやめてもらえばいのですが、自民党を勝たせて、彼が首相になるのを許してしまった国民では、それは多分できないでしょう。

となると、首相や自民党を変えるために、国民がまず変わらなくてはいけません。

1)もっと疑いましょう、質問しましょう、関心を持ちましょう。国を、東電を、企業を、マスコミを、学界を、組織の一員としてしか動けない人間達を。

2)正直で誠実に振る舞うことを心がけましょう。国や電力会社にもそれを要求しましょう。

3)日本の国民一人ひとりはいい人が多いです。各々が自分で考え、判断して、行動するようになりましょう。問題は、いろいろな組織の一員としてどうなるか、です。

4)嘘、ごまかしや隠ぺいを許さない社会(雰囲気、空気)を作りましょう。

5)組織として行われる不正を、声を大きくして、追及しましょう。会社の発展のためでも、正直で誠実に行動しなければならないのです。

6)もっと慎ましく暮らしましょう。本気になって。自分の体を日常もっと使いましょう。自動車の利用はできる限り減らしましょう。子供達にお金、手間と時間をかけすぎています。自分のことは、できる限り自分でやらせましょう。スポーツ、習い事そのものも、送り迎えも要注意です。なるべく不便にした方がいいのです。テレビもなるべく見ないようにしましょう。

7) 電気の節約をする一方、原発以外のエネルギー(再生可能エネルギーを含む)の活用を増やしましょう。自分の頭をもっと使いましょう。工夫しましょう。原発が本当に怖い(特に私達の子供や子孫にとって)と強く思えばできます。他のエネルギーの消費も減らしましょう。贅沢も控えましょう。

8)組織人間を作らない教育が必要です。部活の功罪についての再検討が必要です。いじめに正面から立ち向かいましょう。教育の現場でも、嘘、ごまかしや隠ぺいが沢山あります。

9)子は親の背を見て成長していくのです。今の世の中には、悪い手本が多すぎます。正直で素直になりましょう。嘘、ごまかしと隠ぺいは止めましょう。質問されたら、ごまかさないで、きちんと正直に答えましょう。



大勢の人達の反対の声があれば、原発はなくせます。

マスコミは、国民を代表して、意見を国や電力会社に伝えなければならないのです。マスコミも変わらなければなりません。

原発事故の怖さは絶対に忘れてはいけません。

反対の声と同時に、原発がなくてもやっていけるということを示しましょう。

チェック機能がどんなときにも必要です。

国や電力会社に騙されないようにしよう。

国や電力会社はまだ変わろうとしません。変わるよう、皆で声をあげましょう。

私達も、不正にもっと敏感に、疑い深くならなければいけません。不正の過去を忘れないようにしましょう。

無関心であることを止めましょう。

悪いこと(嘘、不正など)に気づいたらきちんと指摘しましょう。

私達も、原発がなくても暮らせる努力をしましょう。



3. どちら側(国も、電力会社も、私達も)であっても、正直で誠実になろう。

原発の件で、私がもっとも怒りを感じているのは、国も電力会社も、嘘、ごまかしと隠ぺいを駆使しながら、原発を作り、運転を続け、原発が安全であると言い続けてきたことです。

そして起きてしまった事故は人災であり、国も電力会社もその責任を取らなければなりません。

そのためには、彼等が自分達のやってきたことを反省して、まず正直に誠実になってもらう必要があります。

そして、事故の原因を究明し、その結果を正直に公開して、必要な対策を講じなければなりません。

しかし、残念ながら、彼等の「良識」に任せておいたら、いつになっても、きちんとした事故の収拾はできないでしょう。

ですから、私達一般国民が彼等を正直で誠実にしなければなりません。しかし、私達の周りを見回すと、嘘つきや不誠実な行動がかなり見られます。

こういうことを行なう人間ばかりだと、世の中の問題を解決するのは難しくなります。でも、私の知っている人達を見ると、正直で誠実な人の方が、そうでない人より圧倒的に多いのです。そして、これまで、私達は無数の問題を解決してきているのです。

ですから、諦めてはいけません。

ここで指摘したいのは、世間で話題になる多くの問題には組織がからんでいるということです。この間の食材の偽表示の問題でも、一人ひとりの付き合いでは嘘をついたり、ごまかしたりしないような人が、組織の一員として、そういう行動をしているのだと推定します。

原発についても、国策として原発を推進している国の一機関の一員として、原発の運転をしている会社の一員として、また、その会社から依頼された広告会社の社員も、お国やそれぞれの会社のためなら、個人ではやらないような悪いことをしていたのです。

国や電力会社や広告代理店にこういうことを止めろと言うだけでは、こういう行動を止められないかもしれませんが、こういう行動が許されないことが常識となるように、私達国民が互いに注意しあい、努力することは可能です。特に、マスコミの姿勢が大事です。

不正に気づいたら、それを指摘して、止めさせるのです。会社のためなら悪いことをしていいという考え方をなくしていきましょう。人間として許されないような行動は、会社の命令でも、やらないないでいられるような世の中にしていきましょう。

私達が出会う日常の問題でも、基本的には同じことです。

私達は、毎日のように、買い物したり、外食したり、お役所へ手続きに行ったり、工事を頼んだりして、会社とかお役所などとお付き合いをしています。

仕事を頼んだ会社がきちんとした仕事をしなかったときも、勿論、悪いところを直してもらいたいのですが、どうしてそんなことになったのか(真実)をまず知りたいのが私の心理です。多分、皆さんの場合も。


正しい情報がないと、問題解決は面倒になります。何ごとにおいても、正直が一番です。

しかし、なにか起きたときに、私達が質問すると、きちんと答えてくれないことが多いのです。それどころかごまかしたり、嘘をついたりするのです。


悪いことをしてしまったときの「謝罪」でも、嘘、ごまかしや隠ぺいがあるのが一番嫌いです。正直に非を認め、説明して、悪いところを直してくれればいいのです。この間の食材の偽表示のときも、単に誤表示だとしたり、人のせいにしたり、ごまかしたり、悪くないと言い張ったり、隠したりしていたのです。


こういうことをする背景には、会社の中というような環境では、会社の業績を上げるという「使命」のために、世間では許されないような行動に走ってしまう(それが許される)ことがしばしばあるのです。


偽表示の件では、食中毒などの被害はなかったようですが、原発の場合は、国民の安全(健康)に直接(直ぐに影響がでなくても)関わることなので、絶対に許せないことです。


ですから、私達も、このようなよくないことを体験したら、相手にそれを指摘し、原因を調べさせて、対策を講じさせましょう。それにより、きちんとした会社や機関が多くなれば、国や電力会社だって、少しは反省して、これまでのような態度を改めるようになるでしょう。


また、人と人との個人的な付き合いも、上記のようなことがない、正直で誠実ものになるよう、互いに注意し合い、努力するようにしようではありませんか。


さらに、会社の命令だからといって人間の道に反することをやるような社会をなくしていきましょう。今は、インターネットという、情報を広く発信する手段(パソコンや携帯など)があるので、社内で行なわれている不正を社外の多くの人に知らせるのは容易になっています。会社のおかしな行動はそこいら中にばらしてしまいましょう。

不正をやらせるような会社を許してはいけません。一方、会社の中にいる人間であっても、何が正しいか正しくないかが分かっていて、正しいことを自らが実行することができれば、会社の中と外で、嘘と真実や、良いことと悪いことが違ったりすることは次第になくなっていくでしょう。


要するに、組織と個人や、組織と組織の付き合いでも、正直で誠実な、個人と個人の間で推奨されているようなものにしたいのです。



このとき、特に注意したいのは、組織の行動の規準が人の道(勿論法律にも)に反するものであってはならないということです。例えば、嘘、ごまかしと隠ぺいを禁じなければなりません。これを守らない組織を存在させてはいけません。



普通なら善良な、個人の市民が、組織の一員になると、悪いことに走ってしまうのはなぜでしょうか。

組織の中で、嘘をついたり、信じたり、許したり、悪いことをしたりするようになってしまうのは、多くはお金のためです。会社の方針に従わないと、給料を減らされたり、いじめられたり、辞めさせられたりするからです。会社の方針に従う方が偉くなったり、給料を沢山もらえたりするからです。命令する上司だって、会社の業績を上げたい(自分ももっと偉くなり、給料を沢山もらいたい)一心で不正をさせようとするのです。


東電の社員も、入る前に原発は安全かどうか疑問を持っていても、入社すると、こういう疑問を持つことはよくないことになるのです。そして、外部に対して、原発は絶対に安全であると宣伝したり、放射能漏れの事故を隠したり、事故を小さく見せようとしたり(仕事の一部として)するようになったのです。


そうしないと給料が減るのに対し、上手に嘘をつくと、成績が上がり、昇進し、収入も増えたのです。


東電も、会社として、既に、原発は安全だと宣伝し続けていたので、安全を疑わせるような事故が起きると、さらに、嘘、ごまかしや隠ぺいなどにより、事実を隠そう、あるいは、小さく見せようとしたのです。

そのために、社外では、広告代理店に頼み、原発が安全であるという宣伝をさせたのです。広告代理店も、利益が上がるので、頼まれたことの真偽の確認もせず(お金のためにはどうでもよかったのでしょうか)、社員に命じ、宣伝の企画や手配をさせました。テレビ局や新聞や出版社なども、大事な収入のために、嘘のコマーシャルを流したり、宣伝の記事を載せたりしてしまうのです。


これらマスコミの会社の社員達も、会社の一員として、国民を騙すようなことをやっていたのです。お金のために。



このような関連企業だけでなく、真実を追究することが仕事なはずの「学者」の先生方も似たような状況にあったのです。原発を推進するような研究には補助金が沢山出るし、原発を支持するような発言をするとお金をもらえたり、補助金を増やしてもらえたりもしたからです。



一方、原発がある自治体でも、原発を自分達の町や村に作ることを受け入れると、国から信じられないくらいお金が沢山もらえたのです。いろいろな施設(しばしば本当に必要ではない)を作ってくれました。そこに住む人達は原発で働けるし、外から来る原発労働者のお蔭で周りに店や宿泊施設などもできたのです。そのため、原発に反対するようなことが言いにくくなってしまいました。電力会社が嘘をついても、厳しく追及できなくなってしまったのです。原発がなくなったら、自分の収入がなくなるのです。一回原発ができてしまうと、麻薬みたいに、止めるのもとても難しくなってしまうのです。


これは、原発そのものについても言えることです。原発を廃炉にするのは極めて難しいことです。私達にとっても苦しみの始まりです。今、止めると決めても、50基以上ある原発を廃炉にするのには、大変な手間、時間とお金がかかるのです。特に、事故を起こした福島原発などは、事故の収拾のために、どう作業していいかも分からない状態なのです。沢山の放射性廃棄物の処分法も場所も決まっていないのです。



このようになってしまった(事故を起こしてしまい、国民を危険に晒し、対策も分からないのに、まだ原発にしがみつこうとしている)のは、一言で言えば、人間が悪いから(人災)です。


もう少しで事故から3年も経ってしまいます(2014年3月)。それなのに、まだ日本のエネルギー政策をどうするかも決まっていないのです。去年の暮れ、やっと決心した?(悪い方に)と思ったら、今年になり、都知事選で原発が争点になりそうになったら、閣議決定を来月末以降に遅らせる(本当にずるいやり方)などと言い始めたのです(2014.1)。(本心は原発にしがみつきたいだけだったのです。国民のためにはならなくても。)




行動に移すのは今でも必要で、まだ大丈夫!今がチャンスです。


原発に頼らない、新しい日本に生まれ変わりましょう。私達国民がまず変わって、国を動かしましょう!



私は、事故後の勉強で、原発は、現段階では、止めるべきであると確信しました。危険です。お金がかかり過ぎます。潜在的再軍備の一部です。


原発の再稼働も、輸出も止めてもらいたいです。

「富国強兵」の政策は諦めてもらいましょう。日本が世界大国の一つでなくてもいいのです。経済的にも、軍事的にも。


憲法改正(第9条)も止めさせましょう。戦前の日本に戻そうとするのも止めさせましょう。

国債に頼ることも止めましょう。

変わるには、繰り返しますが、今がチャンスです。国民も、国も一大決心が必要です。

国や電力会社を変わらせることができなければ、私達が先に変わりましょう。そして、これまで書いてきた悪を正すように努力しましょう。

このような悪に対し、より敏感になり、追及して、なくしていきましょう。

国にチェック機能がない現在、私達がチェック機能になりましょう。

真実を求めましょう。

国が掲げている目標(原発を、大事な国のベース電源とする)を疑い、考え直させましょう。

福島原発の事故の真実を明らかにしてもらいましょう。

強引な再稼働や輸出も、白紙状態にし、これらの是非を、国民の安全と安心という立場から、公正、正直に再検討しましょう。

これまで取り上げてきたことは閣議決定ではなく、議会で、国民の前できちんと議論して下さい。そして、最終的には、国民投票にしましょう。




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