やさしい時間 ~ Hot House ~

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ちょっといいお話。第2章



彼の名前は谷本与市さん(仮)。
年齢は84歳。
もと警察官でかなりの大柄。
顔つきも凛としていて、どこか近寄りがたい感じのする人。
ホントに軽度の痴呆あり。
歩行は伝い歩き程度。

彼には身寄りは甥子さんしかいなかった。
その甥子さんも仕事が忙しくなかなか面会もない。
悪い人ではなかったけれど。

与市さんは一見とっつきにくいが、
慣れるといっぱい話をしてくれた。
昔のことが大半。
でも彼の話してくれることは大好きだった。

彼の場合はだんだんと歩行が難しくなった。
ベッドに寝たきりの生活となる。
でも頭はしっかりしていた。
普段は認知症も想像させない。

ある日の夜勤。
何度見回りに行っても、彼は起きていた。
その度に笑顔で一言ずつ会話。
そして、何度目かの見回りの時、
彼が言った。

「お水取ってくれんね?」
「うん。いいよ(^-^)喉がかわいた?」
「ううん。飲みたくなった時に届かないから、そこに置いといて。」
「ハーイ♪」
「ありがとう。」
「おやすみなさい。」
「ハイ。おやすみ(^-^)」
彼も笑顔で私が部屋から出るまで手を振り続けた。

今考えれば、これはタマちゃんと同じ状況。

1時間後の見回り。

・・・お水がこぼれてる?

「谷本さん?」眠ってる顔。

でも・・・息をしてない。

全然苦しまなかった顔で、眠ってるみたいだった。
少し笑ってるようにも見えた。

Drがいろいろ処置をしたが、もう彼が息を吹き返すことはなかった。

「本当にキレイな顔で逝かれました。」

ホントにDrが駆けつけた甥子さんに言った言葉通りだった。

私がもう少し早く見回りに行っていれば、彼はもう少し生きられたんじゃないか?
その時、本当に看護婦をやめようと思った。
私のせいで彼は逝ってしまったんじゃないか?
しばらく悩むことになる。

彼が最期に笑顔で手を振ってくれたこと、忘れない。
あの笑顔が最期のお別れだったんだね。

いつも笑いかけてくれてありがとう。

最期まで警察官の鏡のような、凛とした生き方(逝き方)だった。

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