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蒔木爺の物語(お金の使い方)





「上口さんおはよう!!」いつも蒔木爺は、

僕が会社に出社してくるのを、会社のショールームの前で

車の中で待っている。

上口健祐、33歳独身。仕事は街の某自動車ディーラーに

勤務中。

蒔木爺は、営業仲間の後輩が「私は、結婚しても営業は辞めません!!」

と、鼻息荒かったが、今年結婚で東京を捨て、函館に電撃結婚で、とついで行った!!

「やっぱ、東京は私には向かん!!人間は広い大地と自然が無いと生きていけないので、上口さん、後よろしく!!」

で、蒔木爺のアフターサービスは僕に引き継がれた。

蒔木爺は、今年86歳!!

蒔木爺は何故、日曜日の朝早くやって来るかと云うと、

ディーラーが客を集める為に、タダで配るノベルティーを

手に入れる為に、やって来るのだ!!

「上口さん!!今度家にも、遊びにおいでなさい!!」

蒔木爺は、もったいないで、ファスナーが馬鹿になった

ジャージを安全ピンで留めて着ている。

決して、綺麗な身なりとは言えないが、蒔木爺は物を大切

にする。そして、恵比須様の様な笑顔でいつも笑っている。

「上口さん!!もし私が会社辞めて蒔木爺みたいな人が、
 来なくなったら、この会社も終わりですから!!」

後輩は、勝ってな事を言って、僕に蒔木爺を置いていった。

「確かにそれは、言えているな!!」

上口は後輩の言葉を思い出すのだった。

                  つづく。




蒔木爺!!(上口、人を観る。)


ある晴れた週末蒔木爺は会社に表れなかった。

「上口、蒔木爺は今日こないね?」

同僚の谷口は僕に聞く!谷口は律儀に蒔木爺がいつも、「皆さんで食べて下さい!」で持って来てくれるカリントウやお煎餅が食べたくて僕に聞いてくるのだった。

「蒔木爺ってすごいよなぁー!どこでも売っている様なお菓子持ってくるんだけど、旨いもの良く知っているよなぁ?」

そう、それは僕らみんなが認める事で、たかがお菓子なのだが、蒔木爺はおいしい物を良く知っていて、

おそらく、このお菓子は蒔木爺がノベルティーをタダで毎回貰いに来るだけでなく、

優しくお付き合いいただいた人に配っているようなのだ。

と云うのも何ヵ月も同じ物が続く事もあり!

おそらく、まとめ買いをしているのだろうと予想が立つのだ。

普通は又同じ物か!と思うのだが、

「懐かしい味だよなぁ?これ、どこで売っているんだろう?」

僕らはお菓子の製造元をチェックするが、この辺では無さそうな地名が多い。

蒔木爺からの頂き物は綺麗な三越の包装紙に包まれている事が多いいのだ!!

上口の上司は、60過ぎの定年窓際オヤジの天下りでやってきた、机の上だけで生きてきた、雇われ所長だ!!

「上口、あんな貧乏人いつまでも相手して、あんなもの貰い
 のオヤジ、いつまでも、家の会社に呼ぶな!!」

といいながら、蒔木爺からの差し入れのカリントウをボリボリと齧るのだった。

「所長、蒔木さん家の高額商品買っていただいているし、何にも感じません?」

所長の鈴木は下から上へと舐める様に上口を見ると、

「感じ無いなぁー!!何にも!!お前みたいな若造に何が
わかるんだぁー!!」

鈴木は、上口を睨んだ!!

「契約まとめてナンボの商売!!勘違いしていないか?お前!!俺が上司で、お前は部下なんだよ!!」

上口は聞こえないフリをした。

その日の夕方、僕は後輩に教えて貰った蒔木爺の家に行って

みた。

「確か、この住所はサンシャイン通りのハンズの近くだよなぁー?」

蒔木爺の家は池袋のサンシャイン通りの一等地の、

バビルの塔と地元で呼ばれている有名なビルが建っている

住所なのだ!!

ビルのテナントは、今をトキメク一流企業が入り、

一番そのビルのペントハウスに蒔木爺の名前が刻んであった。

「このビル!!バビルの塔じゃなくて、蒔木ビルって言うんだ!!」

「間違え無く、蒔木爺のビルなんだぁ!!」

恐るべし!!蒔木爺!!

                    つづく。



蒔木爺の暮らし



エレベーターに乗り52階のペントハウスが、蒔木爺の家だった。

入り口には、綺麗に解体された段ボールや新聞紙が山積みされていた。

チャイムを鳴らすと、腰を曲げた身綺麗なワンピースを着た白髪の老婆がドアを開けた。

「いらっしゃい!」奥から蒔木爺の声がした。

部屋は、蒔木爺の趣味の写真が飾ってあり!棚の上には、モノクロの軍服姿の若い頃の蒔木爺らしき青年と常盤貴子に似た着物を着こなした美人が写っていた。

僕がジーッと写真を見ていると、「上口さん、なかなかのベッピンさんじゃろう?絹婆さんの若いころじゃ!」

蒔木爺は自慢げにさっきの玄関のドアを開けてくれた、上品な老女の方を見て笑った。

「絹さん、始めまして上口です。」僕は絹婆に挨拶をすると、何やらキッチンからお菓子を持ってきてくれた。

「いつも、蒔木爺がお世話になっています。」

とまるで、少女の様な笑顔で微笑んでくれた。

蒔木爺が、「上口さん絹さん元気だろう?今年で89歳何じゃ。」

僕はびっくりした。言葉はきちんと話せるし、きちんと会話も出来るし二人は仲良くこのビルのペントハウスで暮らしているのだ!!

「今日はゆっくりしていくんじゃろ?遠慮はいらないぞ!」

と蒔木爺は子供の様にはしゃいだ。


                   つづく。


蒔木爺の歴史



蒔木爺は83歳奥さんの絹さんより、6歳年下なのだ。

子供は二人、千葉と神戸に住んでいて、孫もいる様だ。

しかし、池袋のこのビルの最上階には二人家族で暮らしている。

蒔木爺の朝は早い朝3時から起きだして、新聞配達より早起きをし、広いビルの周りの掃除を始める。

「上口さん、ここは繁華街だからまだ隣りの飲み屋さんとか
営業しとったり、若者がゴミ置き場で寝ていたりするんじゃよ!!」

蒔木爺は自慢げに言う。「寝るのは早いんじゃ。夕方の6時には寝てしまうんじゃ。」

こんな大都会のど真ん中で蒔木爺はアフリカの原住民の様な
暮らしをしている。

蒔木爺に聞いてみた。

「早く起きると、いいことありますか?」蒔木爺は、

「ああ、色んなゴミを拾ってくるんじゃが、まだまだ使える物がたくさんあってなぁー!!玄関にあったダンボールも、
下の事務所からゴミとして出るんじゃが、コレを売って、
絹さんとの旅費にするんじゃ!!」

蒔木爺は自慢げに言う!!

「ああ、この私が着ているジャージも、どこかの子供が着なくなった物じゃが、まだまだ使える。」

そう、蒔木爺がいつも、安全ピンで前を止めているアズキ色のジャージの事だった。

「蒔木さん、さっき飾ってあった軍服の写真?戦争に行ってらしたんですか?」

「そうじゃよ!!満州に行っておったんじゃよ!!」

「向こうでロシアの兵隊と戦って、捕虜になる前に命からがら、帰ってきたんじゃが、東京は焼け野原でなー!!」

「ええ、私も祖父から聞いた事がありますよ!!」

「ここの、池袋の土地は親戚に譲ってもらったんじゃが、
ずーと、富士山まで見渡せて、そりゃー寂しい所じゃった。」

「へー、サンシャインの所が拘置所で、浄水場だって聞いてはいたけれど、それより前のお話ですね!!」

「よく、しっとるねー、上口さん。」

「何とか、文京区の出版社に就職して、今はテナント収入で絹さんと暮らしているんじゃよ!!」

「じゃあ、ゴミ掃除とかしなくても?」

「いいや、日本をこんなに骨抜きにしちまってのは、俺達の責任じゃよ!!」

蒔木爺はお茶を啜った。

                     つづく。


蒔木爺の秘密。



それから僕は蒔木爺の話を聞いた。

蒔木爺は、趣味の鮎釣りの話や写真の話を続けた。

蒔木爺は、絹さんは二人で、玄関の入り口にあったダンボールや色々な物を売って旅に行くらしい。

「蒔木さん、これだけ色々な会社がビルに入っていたらテナント収入で、安泰ですね!!」

「確かにそうじゃが。。。」

「上口さん、金は天下の回り物なんじゃよ!!」

「そういいますよね!!あっそうそう蒔木さんからいつも頂くお菓子ありがとうございます。会社の中で話題なんですよ
いつもおいしいって。」

「そうかい!!そりゃあ良かった。入り口のそこの部屋にあるから、上口さん持って帰るといい!!」

そう蒔木爺が言うので、玄関に近い部屋を見ると?

何と、引越しでもするかの様なダンボールの箱がいっぱい

だった。

入り口にたくさんあった段ボールと同じ箱が幾つもあり、

上口はすかさず、ダンボールの送り主を見ると○越デバート

と書いてあった。

「蒔木さん!!これ、僕がいつも頂いているお菓子ですか?」

「そうじゃよ!!外商に送ってもらうんじゃよ!!いつもデパートに行った時に旅先とかで見つけて来て頼むんじゃよ!」

「こんなに、どうするんですかぁ?」

「お世話になっとる銀行さんや、色々な人にあげるんじゃよ。」

上口は悟った。蒔木爺はやはり只者じゃない!!

このビルは蒔木爺が色々な人に好かれてここに出来たビルなのだ。

「蒔木さん、お金は生き物なんですね!!」

「そうじゃよ!!お金を一人締めしょうとしたり、お金で
人を傷つけたりすると必ず自分に帰ってくるんじゃから。」

「蒔木さんは幸せですね!!絹さんも元気だし、仲がいいし!」

「きっと、それは皆さんのお蔭なんじゃよ!!」

僕は仕事を通していい歳のとり方と云うのを考える。

上司の鈴木の様な一生もあれば、蒔木爺の様な一生もあり

同じ一生だったら、蒔木爺の様な歳のとり方の方がいいに

決まっている!!本当の金持ちの真髄を上口は垣間見たの
だった。

                     終わり。










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