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十姉妹仲間に相手にしてもらえず、ぬいぐるみにさえずるポチ 十姉妹と言う生き物はいつも抱卵している印象なのだが、我が家の手のり十姉妹たちは、メスが3羽いるにもかかわらず、これまで1個も産卵せず、不思議に思っていた。それが、今朝、巣に1個の卵があった。 が、誰が産んだのかわからない。もちろん、産卵したメスが誰を伴侶と見なして産んだのかもわからない。観察したところでは、オボンがナーバスになっているのだが、おそろしく(これがちっぽけな小鳥なのかと怖くなるほど)責任感の強い十姉妹なので、自分の子どもといった感覚ではないのかもしれない。彼は、あくまでもリーダーなのである。 とりあえず、抱卵しても孵化させる予定はないのだが、今後の動向には注意が必要だ。
2020年05月31日
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いまいちな常連ジミィに逆に誘われるレイ 検事長など取材対象に接近し親密となって賭けマージャンを共にするなどという、明治時代のゴシップ紙以来の伝統的番記者の取材方法を頑張っている見上げた「ブンヤ」である産経新聞社だが、そのような前時代的な手法によらずとも、優れた記事は書けるはず。例えば、今朝見かけた、「教科書を信じない」「自分の頭で考える」をテーマとした【ニュースを疑え】の「ウイルスとは共存する相手 最善の備えが次の不適応にも」とする長崎大教授山本太郎氏への取材記事は、なかなか考えさせられる内容であった(記事)。 「ウイルスの毒性は固有ではなく変化する。感染速度が遅くなればなるほど、感染者を短期間で死なせて自らも消滅する強毒ウイルスは生存が厳しくなるのです」 これは、強毒性のウィルスが宿主を死なせてしまえば、拡大再生産の機会が失われるが、次々と宿主が現れるなら弱毒化する必要がない、という考え方と言えよう。つまり、感染機会が減れば、ウィルスも考え方というか生き方を考え直すだろうというわけだ。さらに科学的に言うなら、感染機会が減る環境にすることで、ウィルス内でその環境に適応した選択淘汰がなされ、弱毒化することで宿主が活動を続けられるようにすること、となるだろう。 しかし、一方で、感染して宿主が増えれば増えるほどウィルスの個体数は増え、変異の機会も多くなるので、弱毒への変質も、患者が多いほど可能性が高まるとも言える。へたな鉄砲も数うち当たるわけで、たくさん生まれたら中には天才もいるかもしれない、というわけだ。 変異の機会と淘汰する環境、これが進化において重要になるはずで、それはコロナウィルスも、また同様であろう。 ところで、人文科学も自然科学もすべからく「温故知新」であると感じられてきたものと思う(教わらなくとも、結論は似ているのだと思っている)。 温故知新とは、『三省堂新明解四字熟語辞典』によれば、一般的には「前に学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして、新たな道理や知識を見い出し自分のものとすること」だが、ここでかっこを付けた「温故知新」は、より具体的で学問を研究する人への皮肉を込めたものになる。 過去のことをデータ化するなどしながらしっかり掌握する「温故」により、未来に役だつはずの学問的発見を得る「知新」につながるのこそが学問研究の本質とすれば、所詮、学問とは過去を扱い未来に役立てるもので今現在についての視点を欠くことになり、従って、現代社会での日常生活上の常識バランスを欠いた学者バカが存在するのは必然となるのである。 例えば、今現在、コロナウィルスに対する治療の知見や感染経路やその他もろもろのデータが集められ、それに基づいていろいろな仮説が提示されており、いかにも現在進行形に今現在を扱っているように錯覚してしまうかもしれないが、データとは過去の出来事の記録に他ならず、それを分析した仮説は、未来の真実(かもしれない定説)に向けた初歩に過ぎない。 データを集めたがり仮説を立てるのは学者の本性と言える。一方で、政治家や経済人、そして一般人は、今現在が大事であり、今現在に役立てるための答え(結果)を求めたがる。しかし、専門の学問は仮説を定説化させるだけで、それが正しいかは時間をかけねばわからず、時間をかけてもわからないかもしれず、定説にしても覆るかもしれない、のである。 かくも、学問の専門家は特殊な存在なので、それなりに理解して、高校までの学校の先生に教えてもらうような気持で「諮問」すると、お互いに困ったことになる。近視眼でしかないことを優先しなければならない政治は学問に介入すべきではなく、逆に自分の周囲が見えない学問は政治に関与すべきではない、この鉄則は忘れるべきではないだろう。 さて、ブンヤなどと言う言葉は、文鳥屋の略で、つまりは文鳥マニアを意味することにしたい私は、新聞屋、つまり配達店ではなく取材して記事を書く人には、ブンヤと言うより「クリエイティブ」になってもらいたいと思っている。 また、学問ではないが、文鳥の飼育にしても、誰かに(実はあやふやでその人が考えた仮説を)教わのではなく、その話を元に自分で考えたいものだと思っている。 何にせよ、文鳥に結び付けられるものである。
2020年05月30日
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交尾後に♂モーリが♀レイをかじる シルバー文鳥の外見をしたシルバと、シルバー文鳥のギンとの間に生まれた桜文鳥のモーリは、シルバー文鳥の遺伝子を持っているので、シルバー文鳥と夫婦にすれば、我が一族からシルバー文鳥が誕生するはず・・・、とのことで、「文鳥団地」に移ってきたのがレイだ。ところが、ペアリングが滞り一羽暮らしを続けていたら、すっかりオスと見れば尾を振る遊び女になってしまった。 ただ救いは、付き合う相手=遊び相手の客の中に、モーリが含まれる点だ。・・・早く夫婦にしてしまいたい。
2020年05月29日
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いがみ合うのはオスの文鳥だけ(キミョーVSアリィ) これから暑くなるにつれ、卓上水浴びは壮絶なことになりそうだ。数々の名シーンを期待したい。
2020年05月28日
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オボンに言い寄られるポチ 7羽の十姉妹たちは、その名のように、姉妹のように仲良しだが、それでも派閥はあり、いろいろと微妙に変動しているようだ。そして、最近では、ヨーロッパ十姉妹の3羽と和十姉妹の3羽が別々の巣で眠るようなことが多くなり、やはり種の相違があるのではないかと見ている。 が、その欧州派に和十姉妹の末っ子ポチが紛れ込んでいる。何しろ、彼は、コボンが好きでオボンには好かれているので、欧州派の方が居心地が良いのだろう。 ポチを巡る今後の展開が楽しみなところだ。
2020年05月27日
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オッポのない文鳥発見! 最近、尾羽の無い状態になる文鳥がいないとお嘆きの小生だったが、目の前に現れた↑。が、面変わりしていて誰かわからん↓。 しかし、この文鳥こそ、手に乗らない手乗り文鳥、幼い頃から同期生から離れて孤高を保ったココだ。最近は以前ほど逃げ回ることはなく、飼い主は楽になったが、油断すると、浮気の子を平気で産んで生んで育てて、それを10歳を過ぎた超高齢の夫に手伝わせてしまうのだから、やはり問題おばちゃんには相違ない。 かわいいので、しばらく尾羽は生えないで欲しいと思う。
2020年05月26日
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「社会的距離」を保つ文鳥たち 個人的には、欧米に比べればまったく緊急事態に当たらなかったが、その宣言もようやく解除されることになった。もちろん、意味はある。もし注意喚起程度で死者が10倍になっていたとしても、欧米に比べればまだ少ないのだが(参考記事)、100人が1000人になれば、900人余計に死んでしまうのは事実だ。その900人に自分が含まれない保証など無いし、貴重な人命を救うことが出来たと言えるのである。 ただ、問題は、安倍首相の給食マスクだ。我が家にはまだ届いていない。国民のために緊急に配布してこそ意味があったのに、大多数の急場にはまるで間に合わず、国民に行き渡らないマスクをかたくなに生真面目な首相が装着し続ける姿は、マヌケにもほどがある。本来、あの出たがりの女房にマスクを作ってもらえば、よほど国民に範を示せたものを。まったく、一国の宰相をあの体たらくにした者たちは、責任を負うべきだと思う(検品させた者が最大の「ズレ子」である。この場合は、品質よりスピード。「拙速は巧遅に勝る」などという兵法風味のビジネス格言がお好きな政治家や官僚のおじさんは多いのでは?)。 ウチの年寄りは、暖簾にしていた文鳥手ぬぐいから、せっせとマスクを作って、仲間内に配っていたようだ。・・・開催が危ぶまれる東京オリンピックのロゴと同じ藍の市松模様だから、都知事閣下に進呈すれば良かった、と今さら後悔中だ。
2020年05月25日
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パッパ・ポチとナカ ヨーロッパ十姉妹のナカは大柄でおとなしい女の子だが、幼い頃から目をつぶる癖がある。開けている時よりつぶっている時の方が長いくらいにそれは習慣化している。 理由は不明。何か身体的な問題なのか、それも視覚の異常でまぶしさを感じやすいのでそうなるのか。しかし、開けないわけではないので、特に意味はなく、習慣化してしまった可能性もある。これも要注意だ。
2020年05月24日
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換羽中のサチィ サチィと言うよりサッちゃんは目立たない文鳥だ。悪ミトと悪マツの娘だが、悪いことはしない。さりとて、フレンドリーでもない。ちょっと何を考えているかわからないところがあり、少々ミステリーだ。 現在、そのサッちゃんと夫のジロが換羽中、ジロの父のツイカも換羽中、これからさらに増えていきそうだが、一方で、ヒィロ&タロやクワァ&ヒサやノビィ&ジミィは繁殖継続で抱卵中だ。 同じ環境でもいろいろなのである。
2020年05月23日
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しっかりカメラ目線 他の十姉妹が飛んでくるところを撮影しようとしていたら、ポチが飛び過ぎていく姿が映った。しっかりカメラ目線になるところが、さすがである。 不思議なスター性を持つ目の位置がわずかに下にあるこの十姉妹には、今後も注目しなければなるまい。
2020年05月22日
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それぞれについばむ 今夜は、シーズン初のトウモロコシ。 文鳥たちは嬉々として貪りついたり床に落ちたのを拾い食いしたりいろいろだったが、十姉妹たちには粒が大きいようで敬遠されていた。もっとも、これから徐々に味を覚え、態度を変えていくのではないかと思う。真夏には十姉妹たちが群がって漁る姿を見たいものである。
2020年05月21日
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愛ジンを従えて飛ぶジミィ ノビィの夫ジミィは、現在、うちでは抱卵しつつ、外ではシルバーのレイを愛ジンにして浮気を繰り返している。・・・何と言うか、一生の中の絶頂期の様相だ。 安いから、ダメもとで狂女の婿予定者としてやって来て、期待通りに良い夫になり、さらに多くの子どもを育てる良いパパにもなってくれたが、それに止まらないのが我が家の文鳥社会らしいところと言える。図に乗って、子育てがいい加減になり浮気を繰り返す、困った旦那と化しているわけだ。 ・・・ま、それはそれでよしとするか。
2020年05月20日
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壮絶なバトルはしない 昔は、水浴びの順番をめぐって壮絶なバトルが展開し、デジカメでその一瞬をとらえるべく頑張ったものだが、最近の文鳥たちは、(比較的には)おとなしい。順番待ちする子が多いのである。 今後、このおとなしいトレンドが続くのか、それとも荒々しさが復活してくるのか、興味深い。
2020年05月19日
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今年の9月から、入学時期を変えるべき理由の第一は、来年の1、2月の受験シーズンに、新型コロナウィルスの大流行が懸念されているからである。一体、外出が制限される中、冬季で換気もままならぬ試験会場に受験生を集め、何時間も監禁するなど正気の沙汰ではあるまい。では、いかにして入試試験を実施できようか?入試を経ずに入学など有り得ず、大混乱となるのは必定である。 ところが、9月入学を来年の9月からの話とシレっと置き換え、さらに学齢の起算方法を9~8月生まれに変更する必要があるかのように文部科学省は主張しているようだ(NHKニュース)。しかし、学齢など現状のまま4~3月生まれにしておけば良い。わざわざ変えて面倒なことのように見せて、制度改革を潰そうとするのは、愚かな官僚の常套手段であり、お腹いっぱいである。 現状のままで、新型コロナウィルスが冬季に順当に再来すれば、受験生たちも学校関係者も悲惨なことになるが、文部科学省の役人などは正月返上の生き地獄になってしまうだろうと、傍は心配している。しかし、当人たちには危機感はないようだ。まったく、いつもながら、度し難い。 一方で、桜のシーズンと卒業入学のシーズンが(日本のかなりの地域で)重なることから、日本人の情緒的側面からそれを変えることを避けるべきだとする意見も多く聞かれる。例えば九州大学の施教授は、「「国民の絆」を壊す9月入学論」とのご卓説を産経新聞に寄せられている(記事)。 しかし、先生のお考えは、平時の変革に対する識見であり、詮ずる処(平時に変革は通常不必要なので)、現状維持の結論しか生まないものと思う。もちろん、変える必要のないことは変えなくて良いと思うが、本来の9月入学論は、緊急事態に対する予防的緩和策であり、平時の保守思考では済まない。 九大の先生は、国民の結束には「記憶や体験の共有」が必要とされ、「現代日本では、「桜と卒業式や入学式」という結びつきは、世代を超え国民を結び付ける大切な記憶の絆、イメージの絆の一つである」とされている。しかし、この別離の卒業と新交の入学が、なぜか桜で一緒に経験的にイメージされてしまうのは、日本全体の事実ではない。かの1本の桜から生じた、いわばクローン植物である染井吉野(ソメイヨシノ)の開花は、暖かいところから北上して桜前線などと呼ばれるのは周知の事実で、山間や東北地方以北では、入学シーズンから一か月ほど経ってようやく開花する。つまり、入学式に咲く桜を見ることがなかった人たちは、「世代を超え国民を結び付ける大切な記憶の絆」を持たないことになってしまう。 確かに、日本人の情緒は、桜に対して華やかなイメージと儚いイメージという相反するイメージを抱く。満開に咲き誇る桜、散っていく桜吹雪、盛衰、これは卒業入学など無くても、桜を愛でるのが、九大の先生の言うところの「国民の絆」以上に本質的な「民族の絆」だからである。 日本人の文化的な美意識は桜と結びついている。それは、平安・鎌倉時代の西行法師が「願わくば、花の下にて春死なむ、その如月の望月の頃」と詠み、江戸町奉行の遠山金四郎が桜の紋々をしていたかは知らないが、江戸時代の庶民は、桜が咲けば東京なら上野、京都なら愛宕山、といった具合に大勢で繰り出して花見をしてはどんちゃん騒ぎする、そういった長い民族的経験によって形成されたものに他ならない。したがって、卒業式や入学式が一部の地域の一部の日本人の記憶に結びつくのは、実は副次的な些末事に過ぎず、我が民族の強固な桜情緒は、入学式が9月になろうが明後日になろうが関係なく受け継がれるべきものと言える。卒業式がなくとも入学式はなくとも桜は咲くのであり、それが地域によって時期が違っても、桜を見て華やかさを愛で、散りゆくはかなさを思う情緒こそ、文化的な民族的絆であり、「現代日本では、「桜と卒業式や入学式」という結びつきは、世代を超え国民を結び付ける大切な記憶の絆、イメージの絆の一つである」などという表層的に理解は、その深層にある日本人の桜イメージを過小評価したものと言わねばなるまい。 それにしても、来年の1、2月が心配だ。文部科学省の役人が過労死しても、それは自業自得の側面もあるが(上司が悪いのである。その上司をのさばらせた自分たちにも責任はある)、奇跡的に新型コロナウィルスが弱毒化して、普通の風邪と変わらなくなれば良いが・・・。 (南半球で数多の人の犠牲の上に変異する可能性はある。人間から見て良い方向の変異も悪い方向の変異もあり得るが、ウィルスが増殖するには弱毒化した方が有利なはずなので、その方向性で進化するかもしれない) しかし、この体たらくでは、このままずるずるべったんと進んでパニック状態になるのを覚悟しておいた方が良いかもしれない。・・・その際は、馬鹿な大人が右往左往しながらも救済策を考えるので、受験生の皆様には「なるようになるケセラセラ~」と鷹揚に受け止めていただきたいと、心より願っている。
2020年05月19日
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7羽並んでほしいものだ 珍しく十姉妹7羽全員が1フレームにおさまっている。右の見切れがコボン、後ろがオボン、左横で頭を下げているのがカッパ、左端で見切れているカメラ目線がポチ、右にパッパ、奥で目をつぶっているのがナカ、さらにその奥で我関せずと食っているのがルン・・・。 邪魔にならないので感じないが、こうして見れば、すでに大所帯だ。増えないように気をつけないといけないのだが、不思議とこの子らは産卵しない。このまま、産まずに仲良し状態が続いてもらいたい。
2020年05月18日
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ギンにからかわれるテイ 「麒麟も老いては駑馬に劣る」などと申しまして・・・、かつて女忍、くノ一お定と呼ばれるほど、暖簾をよじ登ったりぶら下がったり神出鬼没だったテイも、暖簾にしがみついて動けず、ギン次ごときに笑われるようになってしまった。 無理せず齢を重ねていただきたいものである。
2020年05月17日
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自然に順番待ちするポチ 今夜もポチは二回り大きな文鳥たちに混じって水浴び・・・をしようと並び、順番が来ると入らずに飛んで行ってしまう、という、並ぶことに意味がある、と言いたげな行動をしていた。 ポチの頭では十姉妹も文鳥も人間も同じなのだろう。おもしろい十姉妹である。
2020年05月16日
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白文鳥アリィにプレッシャーをかける十姉妹ポチ 十姉妹にも思い入れのある飼い主が、長年、文鳥だけを飼育していたのは、究極の選択としてどちらを選ぶかとなれば、文鳥を選ばざるを得ず、そしてケンカ大好きの文鳥が集団化している中に、半分くらいの十姉妹を入れたら、十姉妹がかわいそうだ、と思っていたからである。 しかし、実際は、中にはトムのように十姉妹をボウリングのピンと見なして、蹴散らかす者もいるが、多くは威嚇もせずに共存し、十姉妹たちも文鳥を恐れなかった。 一方で、子育て上手な十姉妹がいれば、「仮母」になってくれるはず、と思っていたが、これは当てが外れた。不思議なことに、ウチの十姉妹たちは産卵しないのである。仲が良すぎて繁殖しないのか、今後の展開を見守りたい。
2020年05月15日
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右目だけ白内障 珍しく最長老のノコリがカゴから出てきた。ノコリぴょこり氏も10日に11歳となった。・・・考えてみれば、2012年の引っ越し以前に生まれた文鳥は彼だけだ。 現在は、カゴに引きこもる日が多いものの、ぐんと年の離れた同居鳥ココと仲良くのんびり暮らしている。白内障は今のところ片目だけで、カゴの中での生活に支障はない。 このままのんびり我が家の長寿記録を塗り替え続けてもらいたい。
2020年05月14日
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曾祖父母に似たヨッチ 国から1人10万円恵んでいただけるアレが、今日振り込まれていた。・・・あざ~す。 お役所仕事のはずが、ずいぶん早い。電子申請の受付が始まったのに気づいたのが今月の2日朝。早速試みたところ、ICカードリーダが必要とわかり、確定申告に使えるので、(安ければ)買っておこうと、ヨドバシを覗いたら2千円くらいだった。すぐに購入手続きをして、「商品を確保しました」とのメールがあったものの、そこでフリーズして、それが実際に届いたのが7日夕方だ(おそらく似たような人が多くいて、在庫数を超過したのだと思うのだが、それにしても、確定申告をしない人は、ICカードリーダーを買っても、他に使い道はないのではなかろうか)。 で、ぱぱっと申請した。手間は、ネット銀行の画面を画像にするくらいで、簡単であった。つまり、1週間も経ずに振り込まれたことになる。・・・やればできる子だ。川口市は。 ・・・とりあえず、小松菜を買おう。それが先決だ。
2020年05月13日
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ヒノ&アラシ この2羽を見ていると、足して2で割ればヨッチだ、といつも思う。 ヒノをベースにアラシの白斑が追加された容姿、帰宅拒否で逃げ回るが人間不信にならず、自分で帰ることも覚えない、何だかよくわからないが騒々しい性格はアラシ・・・。この2羽が夫婦となってヒナが孵化した際は、きっと、こんな子になるだろうと想像した姿、それそのものがヨッチだ。 しかし、ヨッチは彼女らの子ではない。彼女らの息子ツイカのそのまた息子のタロの子、つまり曾孫で、DNAの影響はかなり薄い。・・・なぜ、突如、この夫婦の遺伝子が呼び覚まされたのか、不思議である。
2020年05月12日
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卓上のみなさん 「まだらちゃん」はゆりかもめになりましたか。・・・うらやましい。 昨日書き散らしたものの、意味不明かもしれないので補足。 サザンオールスターズに『ニッポンのヒール』という歌があり(アルバム『世に万葉の花が咲くなり』1992年収録)、その一節に「全国区のイメージがゆえに当確の名士」、「本業の夢に破れた日にゃ繰り出そうぜ」「キャンペーンの勝利を馬鹿なミーハーに賭けて」とある。 もちろんロッカー風味の政治的な歌詞などは情緒の世界なので、常識人が真面目に内容を論評しても意味はない。しかし、学校の勉強もさぼって過ごして政治経済の知識などゼロに等しく、それどころか一般常識が欠落している疑い濃厚の旬を過ぎた芸能人が選挙に出馬しても、バカなミーハー(「みいちゃんはあちゃん」とも言う。その場のノリだけで深くものを考えず流行に流されやすい人のこと)によって当選してしまう現象は珍しくない。 ぐんぐん暑くなって、これで繁殖期も終わりだろうと思っていたが、ネグレクトしたくせに、ノビィ&ジミィは次の抱卵を始めたようだ。飼い主の差し餌ライフはまだまだ続いてしまうのかもしれない。
2020年05月11日
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斑(まだら)になりそうなネグレクトされた子 ど~だっていいんだよ!! 65歳でも70歳でも、優秀でボケてなければ働けば良いのだ。はぁ?政府による検察支配?んなもん、やれるものならやってみろ!! 芸能人がツイッターで「#検察庁法改正案に抗議します」と掲げるのが流行っているらしいが、かわいそうに、コロナ騒動でよほど暇しているのだろう。もちろん、政府が独裁化などすれば、即、選挙でひっくり返すのみ。本業が好調な芸能人であれ、夢に破れた芸能人であれ、どこの何兵衛馬の骨であれ、主権者の一人で選挙権を持っているのなら、些末なところでくだらぬ意見表明などして、己の軽薄バカをさらす必要などあるまい。 芸能人は政治信条を問わない不特定多数の一般人を相手にする人気商売なので、本業の夢に破れた過去の人以外は、政治的な発言はやめておいた方が良い。本業の夢に破れて暇なら、しっかり勉強して、せっかく持っている知名度の遺産を使って、選挙に繰り出して政治家になって、思うさま馬鹿(にされる特に野党の振る舞い)を演じたらよろしい。 それはともかく、「まだらちゃん」だ。弥富系白文鳥のノビィの子なので、ごま塩化はせず白文鳥になるはずだが、それにしては色素が濃い感じだ。ヒナ換羽で大変身するのか見届けたいのだが、そこまで飼育すると情が移って売りたくなくなるし・・・、困ったものである。
2020年05月10日
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バタオくん 山梨大学の島田先生が「PCR検査抑制は日本の恥」と指摘されていた(産経記事)。その通りですよね! 第一の問題は、重症患者は受け入れる日本の医療体制の脆弱性にある。この程度の、欧米諸国に比べればはるかに少ない患者数にもかかわらず、早々に医療崩壊が現実化するようでは話にならぬ。 保健所は受け入れのキャパが小さいので入院させる量を抑制しようとし(無症状や軽症なら病院以外で隔離すれば良いのだが、それだけの知恵が出るのにさえ数か月を要する)、無知な政治家はそのフィルターのかかった「感染者数」が倍増して医療崩壊が差し迫っている現実に気を取られ(「専門家」が変な入れ知恵をしているのだと思う)、絶対数の少ないことに注意が向かない。 なぜ日本の医療体制は脆弱なのだろう?もし、国立病院を統廃合して、国立大学の医学部も縮小した結果、効率重視で緊急時に対応する余裕が失われたことのだとしたら、この際、考え方を変えねばなるまい。効率というのは、あくまでも現状にたいする適応で、現状が違ってしまえば機能しないのである。 それよりも、バタオだな。彼、放鳥時間にもカゴから出て来ない日が続いている。もちろんそれはそれで良いのだが、掃除の邪魔で、相変わらずバタバタバタオとカゴの中で大騒ぎするのを見ていると、外に出たいが(バカだから)出られなくなったのではないか、との疑念がわいてくる。 そこで、昨夜からつかみ出して強制的に夜会に参加させているのだが・・・、嬉しいのか悲しいのか、どうも良くわからない。よく見れば、左目が右目に比べてねむげに見えるので、片目が白内障になって遠近感を失い、飛ぶのが嫌になっているのでは?と想像してみたのだが、画像を見る限り、白内障ではなさそうだ。 しばらく強制参加をつづけるか、それとも放置しておくか、判断に迷うところだ。
2020年05月09日
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ノビィ&ジミィの子たち ノビィとジミィが育雛に飽きて、ネグレクトな状態となったので、養父母に預けられ育った2羽は、しっかり成長した。静止画ではわからないが、やたらと動き回る元気なヒナだ。 現在は、18、19gだが、食欲旺盛なので、どんどん食べて大きくなってくれそうだ。養父母には、満腔からの感謝を捧げよう。
2020年05月08日
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次代のエース、ノビィ ドイツはコロナウィルス感染のための規制を緩和することにしたが、「1週間で人口10万人当たり50人を超えた自治体は直ちに制限措置を導入する」としている(NHK)。では、人口1000万人足らずの東京なら、どれほどの感染者がボーダーラインになるだろうか? 10万人で50人なら、1000万人では5000人、1週間で5000人なら、1日では約700人になる。100や200など小さい小さい、なのである。 さはさりながら、それは検査を広範に行って感染者のかなりの割合を把握できている同じ環境での話で、日本は検査数が少なく不顕性感染が多いと思われるので、残念ながら、単純に比較はできない。もし、発見されない感染者が10倍いるなら、軽くドイツの考えるボーダーラインを超えて、規制が必要なことになる。 このように、統計の数字などと言うものは、うわべだけを振り回せば、大きな誤解を生むことになる。200人でビックリする首相や都知事など、その様子を見せられるこちらの方がビックリさせられる。より冷静になり、数字の持つ意味合いをしっかり踏まえ、ついでにバカな統計数字しか出せないシステム的欠陥(つまり保健所の不作為)を正す努力を進めていただきたいものである。 さて、コビィ。弥富系白文鳥の次代を担ってくれるはずの文鳥である。この母似の子に、婿は・・・ブランコを愛する男トムか・・・。どういった子が生まれるのか想像できないな。是非、カップリングが上手くいってもらいたい。
2020年05月07日
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巣ごもり?する十姉妹たち 都知事さんは都内で1日に判明した「感染者数」が200人になった際に、ゆゆしき事態のように警鐘を鳴らされていたが、それは倍加する速さが急に見えたからだと思う。しかし、感染爆発の状態を恐れるなら、一千万人以上いる中では100や200は五十歩百歩の誤差範囲で、数字が三桁になってから倍になっていく速度を気にすべきで、あまりに神経質で早期警戒が過ぎたと言える。 結局のところ、何が幸いしたのか、日本では重症化する感染者の急激な増加は抑制的だったため、WHOに褒められた「クラスター対策班」が、集団感染者一人一人の濃厚接触者を丹念に追い求め、感染を完全に抑え込もうと努力する余裕まであった。しかし、あれも、濃厚接触者が判明したらPCR検査に回すのが当たり前だと思うのだが、「2、3日様子を見てください」で放置していたようなので、何がしたいのかわからず、その間不顕性による市中感染が進んでいた事実を知れば、残念ながら、無駄骨折りに過ぎなかったと言えるだろう。 そもそも、この恣意的な選別を受けた検査で判明する「感染者数」など、ゴキブリを殺虫剤なり新聞紙なりで屠った数のごとくで、総体を示してくれない。今日3匹、明日6匹つぶしたところで、いったい何匹の御器被り君が家の中に生息しているのか、わからないではないか。 まったく、マスコミの報道ときたら、「うるせ、めんどくせ、そんなこったどうでもいい」ことばかりで、うんざりである。未知のウィルスである以上、専門家に聞いても正解はわからず、その正解を得るには時間がかかることが理解できないなら、くだらぬ数字を垂れ流すより、昔のドラマでも再放送していれば良いだろう。それよりもNHKなどは、24時間、学校の授業を放映すれば、それこそ皆様の公共放送と言えるはずだ。サブチャンネルや、いらないが抱き合わせの押し付け販売をしている衛星放送もあるのだから、上手な先生を選りすぐって学年別に収録して放映したらいい。そうすれば、パソコンなど無くてもみな平等に授業が受けられるだろう。 それにしても、十姉妹は平和的な生き物だ。↑のような密集は、文鳥では有り得まい。 残念なことに、文鳥では珍しくない手のひらでぬくぬくする「握り」状態でいてくれる例は少ないが(↓は例外のポチ)、それこそ種の特性なのだろう。どちらも魅力的だ。
2020年05月06日
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年々白羽が増えるキミョー 日本でコロナウィルスの検査数が増えないことについての記事を見て、「どこに目詰まりがあるのか」わからないのは、専門の学問を研究する以上は一般常識に疎くても不思議はない「専門家」を、政策立案にあたってのブレーンと信じているからだろう、と思えてしまう。学者に出来ることは、専門の学問によるデータを示すだけで、間違っても世間様の生活様式に口を出せるものではない。 保健所の業務過多というより、ブレーキ役とアクセル役を無能な地方機関に押し付けた結果に他なるまい。所詮、自分の「管轄内の平和」を第一命題とする地方公務員なので、自分の所管する地域の病院をコロナウィルスの感染者でパンクさせ、医療崩壊を起こさせないことばかり考えて行動するに決まっているのである。つまり、検査数を増やして感染者を増やしたくない、と考える。 保健所には、可能な限り検査を行う方向性が欠落しており、検査に関してはブレーキばかりを踏むことになる。本来、検査は検査で推し進める組織と、感染者の療養先を振り分ける組織は、別々でなければならなかったのに、何となく保健所にすべて押し付けた結果、そもそも能力が欠如している社会全体の利益に対して鈍感な組織が、それを何とか誤魔化して仕事をすれば、当然の帰結、不効率で無意味な繰り返し、が招来したと見なせよう。 しかし、非常時には、それぞれの組織を、目的にむかってアクセル全開で邁進させねばなるまい。この場合、保健所が感染者の療養先の差配をさせるなら、それに専心させ、検査については関与させてはならなかったのである。 まったく、十万円の小遣いが欲しくて申請しようとすれば、電子署名のためのカードリーダーが必要とされ、あっという間にそれは売り切れ状態となった。一体、何を考えているのだろうか?・・・そう、何を考えているのかと思う時は何も考えていないのが正解で、庶民の行動についての想像力に欠けているから、いちいち無駄なだけの停滞を起こす。 確定申告している者は申請を簡易にすれば良いだろうに。まったく、お役所仕事はコロナウィルス騒動でも平常運転である。
2020年05月05日
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ソーシャルディスタンスかなぁ 安倍首相肝いりの『給食マスク』、届かないぞ?拙速でもスピードが必要なのに、ゴミが入ってたの汚れたのと些末なクレームに恐れをなして、無用な検品などして遅延しているなら、まったく本末転倒と言わねばなるまい。 そもそも、洗って何回も使えるから、生真面目な首相は「コレだ!」と思ったのだろうから(使い捨てマスクを洗って再利用すれば良いのだが、生真面目な人は「使い捨て」は使い捨てねばならないと思いこむ)、汚れたり何なりは「洗って使ってくださいね~」で済むはずだ。くだらぬクレームに右往左往して時機を逸するなら(すでに逸している。『給食マスク』は暑いと蒸れる)、初めからやらない方がマシである。 『給食マスク』をすでに配布されながら使わない人も多いらしい。私もたぶん使わないが、無用の長物と非難する人は世間知らずだと思う。世の中には、マスクが欲しくても売っていないので買えず、自作したくてもその能力がなく、マスク着用でなければ入店を断るようになった行きつけのスーパーの入り口で途方に暮れる年寄りもいるはずだ。彼らには、必要不可欠の「通行証」に他ならぬ。 あれをしろ、あれをするな、は、それが可能な態勢を整えてからにしなければなるまい。いつまでも、緊急、非常事態と称し、弱者を追いつめるのは、為政者としては甘えであり、無責任でしかない。・・・とはいえ、困っている弱者のために『給食マスク』を配ろうと思いつく政治家は、少なくとも「人柄は信用できる」のだろう。他がひどすぎる、とも言えようか。
2020年05月05日
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おとなの姿に変わってきたポチ 十姉妹のヒナ換羽は、文鳥のようにガラッと一新する感じではなく、ヒナの頃から劇的に変わらず、それも徐々に進んで、気づけば成鳥の姿になっている、といったものだ。 で、十姉妹集団に加わり、すっかりおとなびたポチ↑。それほど白羽は出ず、ヒナの頃と大差ないが、色合いは濃くなっている。相変わらず寝ることに執着して、ツボ巣でも手の中でも熟睡してしまうが、これは変わらずにいてもらいたいものである。
2020年05月03日
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例の夫婦 想像力に欠けている文部官僚あたり反対するだろうが、休校の続くこの状況で9月入学に変えなければ、特に卒業年次の生徒たちは悲惨なことになる。 基本的に季節性が濃厚なコロナウィルスは、おそらく晩秋には再び感染を広めるだろう。となれば、1、2月の受験はできない。会場に集めて筆記試験など出来るはずがないのである。いったい、受験させずに入学させられようか?4月の入学までに2カ月もないのだから、学校の現場はパニックをきたし、受験生は途方に暮れるだろう。 そもそも、すでに2カ月も休校させているのだから、学校の年間行事も授業カリキュラムも壊滅しており、6月からこれを修復するのは困難である。小学生くらいなら親が家で教えれば良さそうなものだが、実際にそれが出来る親などごく稀なので、彼らの多くは、はっきり言って休んだだけバカ・・・、もとい、学習機会を奪われ、知識を得る時間を空費している。彼らには、学校での時間が必要だ。 ところで、疫学者さんたちは、抗体検査とかワクチン開発にご執心だが、それは重要でも二の次であろう。抗体があったとしても、ウィルス(米語読みで「バイルス」にすれば良いのに)の変異がはげしければ無意味になるし、そもそも今持っている抗体が永遠に効力を持つか、何年たてば効力が薄れるのか、経験しない限りわからない。ワクチンは体に抗体をつくらせるためのものだが、その抗体がそういった意味合いのものか判然としない以上、その実効性はあやふやでしかない。 今、必要かつ緊急性が高いのは、治療法の確立に他ならない。アビガンにしろレムデシビルにしろ、用法用量をしっかり見定めて、完治しないまでも症状を緩和できる見通しが経てば、さほど恐れずに生活できるはずである。 ・・・何か文鳥に結び付ける予定だったが、忘れてしまったので、よしとしよう。
2020年05月02日
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ノビィ&ジミィ ノビィは狂女と呼ばれ(て、お前が呼んでるんだろ!とツッコミを入れられた気がした)、オスを寄せ付けずにツボ巣を独占して雄たけびを上げていたものだが、それがジミィにかしずかれて豹変し、次々と産卵し実に勤勉に育雛し、数多の子孫を残してきた。つまり、偉大な母なのである。 ところが、その熱意が今年に入って失われ、途中で抱卵をやめたり、さらに育雛放棄までするようになった。・・・どういった心境の変化なのか、・・・永遠の謎だ。 ともあれ、繁殖は卒業、今後はのんびり過ごしてもらいたい。
2020年05月01日
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