奔るジャッドンたのうえ、追っかけ帳

奔るジャッドンたのうえ、追っかけ帳

経営診断学会全国大会論文


「低価格路線から高価格路線シフトのパラダイム」
The paradigm of high price line shifting from a low price line  
田上康朗 Ysuroh Tanoue
社団法人 中小企業診断協会
Small and Medium Enterprise Management Consultant Association
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1 高価格路線へのシフトの必然性
1-1低価格路線には限界がある。
デフレ下にあって低価格路線が目を引く。狙いは買上げ客、利用客の増加にあるわけだが、その過程では人員削減が伴わざるを得ない。機械に置き換えられる要素が大きい製造業ならともかくサービス業ではこのことが、逆に売上げ減少要因になっていることはないだろうか。売り手には利用客数は見えるが、利用しない客は見えない。ゆえに内実は大きな機会ロスが生じている可能性はあっても、経営者には失ったお客の数と売上げはわからない。さらに低価格路線には原価という限界がある。原価を割っての低価格路線が長く続くことはないからである。しかもその有利性は規模の論理に支配され、規模が大きいほどコストダウンの成果が大きいし、強引な継続も可能である。だから中小企業には不利である。としたならば中小企業は高価格路線に活路を見出すべきではないか。これが仮説1である。その立証のために5年前から現場検証を始めた。その結果得たことは、繁盛企業の多くは高価格路線を採用し、実績を上げているという事実である。もちろん一定の条件はある。
 本稿ではその条件を主として、旅館のモデルで考察した。理由は 旅館業は他のサービス業に比して総合的であり、人的依存度が高いこと。それに中小企業が主であり他の事業との普遍性がある、といった理由による。

1.2 低価格路線の実態にみる疑義
 ところで、通常「安い」といわれるところの料金や売価は、言われるほど安いのであろうか。いうまでもなく価格には絶対性相対性がある。利用者の判断は後者による。つまり同じものなら、という条件が必ず文頭に付くのである。
ちなみに鹿児島県には、最低250円、最高900円のラーメン店があるが、行列が出来るのは後者の方である。こうした現象は商品が同じであるならあり得ない。
 だとしたら同じものでないことを明らかにし強調すれば、価格競争の領域から脱皮できるではないか。これが仮説の2である。さらに、売れなくなったから値下げをするといった対応はもっともらしいが、実は単に実勢価格への調整に過ぎず、離れていったお客を呼び戻す対策とは一致しない。本質的対策は、薄れた魅力、劣化した価値そのものをお客の求めるレベル以上に引き上げ、選択優位性を確保し比較競合力を増すことにあるはずだからである。
 だから内なる事情を数字上で正すといった対策は、客数減の本質的要因を先送りすることになり、後々の大きな問題になるのではないか。これが仮説の3である。
 どんな事業であろうと新規利用客の増加だけで成り立つことは難しいから、一定以上のお客が繰り返し来ることを条件に成立している。したがってお客を、いかにして自分の店に一人でも多く、選択させ、来店、リピートしてもらえるかが繁栄し続けるための命題になる。宣伝広告や販売促進の本来的機能もここにある。
 しかし現実はチラシとかイベント等の販売促進に、今の売上げを獲得するための即効性を求めることの方が多い。そしてそのことによる反作用の存在を忘れ、あるいは無視している。
 商品・サービスが悪い状況で、多くのお客が来店したらどうだろう。わざわざ費用をかけ、お客を集め、自社・自店に対する不満・不評をクチコミにより、世間に広げることになるのではないか。企業がじり貧になる裏には、経営者に見えないフィールドで、このような消費者に背を向けさせる理由が存在するのである。
そして、この見えない消費者が見えるお客をもその企業に背を向けさせる働きかけをしている。このことがどんなに怖いことか、最近の雪印、三菱自動車、その他多くの企業事件、その後を、私たちは消費者のサイドから見聞きし、知っている。
 だからこそ消費者が自店にお客が背を向けている本質的な理由を解明し、対処しておくことが経営者にとって、最優先されるべき課題であると考える。しかし依然、経営者は今の収益確保にひたすらのようである。
 たとえば、カレーを食べたいお客は寿司屋を選ばない。一般の食堂なら好きなものを注文できる。だが旅館では通常出されるものを食べざるを得ない。つまりお客に料理の選択枝はない。しかもお客の食欲や胃袋の容量に関わりなく、一般にコース(価格)の違いは皿数(量)の違いである。食べきれなかった料理の代金を支払うお客の心の痛みも不信感も感じない。これらは業界側から見たら、当たり前のことだ。しかし食べる方にしたら、嫌いなものは世界一の料理人が作ろうと食べたくないし、食べない料理に金を払いたくない。こうしたさまざまな不満が堆積し、一般旅館が敬遠されているのである。
 こうしたことを放置したままの対策は、その場しのぎになる。そうした理由でおびただしいお客を失い続ける。またそのためタイムリーな適切な対応を講じる機会を逸するという、2つの機会損失が発生していることを考えると、問題は大きい。
 だがほんの一握りだが、ここへ気づいて既に行動を始めている。一握りだから競争相手がほとんどいない。その結果一人勝ち現象が起きているのである。
 新潟・六日町のヤマチク(山田光昭社長)は、売れない肉の売り込みの努力をしたのではない。なぜ豚肉が売れないかを考え、牛肉並みのうま味のある豚肉を作ったのだ。他の豚肉との旨さの差を、売り手が説明する必要はないし、無駄なことである。その費用でしゃぶしゃぶにして食べさせたら、お客が勝手に見えないお客まで引っ張ってきてくれたのである。このような善循環が出来ると、見えないお客が見えるお客として、売上げに加算されて来る。問題の本質へ着眼し、対応すると、こうした一人勝ちの事例が生まれるのである。

1.3 不振の内実
 近年わが国の旅館業に深刻な構造的不振が生じている。中小規模旅館等の経営実態調査によると、その理由はa建物の老朽化・陳腐化bサービスレベルのお粗末さc食事への不満度が高いこと等が指摘されている。ところがアンケート対象は利用お客である。しかも与えられた項目の択一だからお客の自由選択肢は制限されている。それにもっと大きな問題は、積極的理由があり、その施設を利用しなかったお客の意見は、全く含まれていないことである。
 ところで、デフレを追い風に低価格戦路線を採っているのは、エコノミックホテルと国民宿舎などの公的宿泊設備(以下公共の宿と記する)である。前者は新業態で新築であるから論から外す。後者は大半が老朽化している。 マクロでの稼働率は平均で35-6%。それもピンは稼働率90%を越し年中満室という一握り。対してキリは廃館や休館、閉館中といったところも少なくない。この両極端を決めている普遍的な要素は、価格以外に高質・高度なサービスと多機能な便宜性にあることを明らかにし、さらにこうした「質」が一定以上保持されていない事業所が淘汰されている実態もかいま見てみたい。

2 サービスの「質」の現状と課題
2・1消費低迷の本質的理由を見る
 消費の低迷理由を外部要因でなく内部に求め仮説を立てるとしたら、第1に本来消費者の合理性に役立つことに存立が許されている企業が、自らの合理性追求といった内の事情を優先し、逆に利用客へツケ回してきた結果ではないか。第2にサービス業は利用者との接点の多寡が、その質の向上と評価を決めるという形で進化してきた。しかし近年、特に即効性の効率を求めるがあまり、接点部分を合理化で極小、その結果お客の満足館・感激感により回転していたリピートのサイクルが断ち切られたのではないか。第3に人的サービスの機能と貢献度を過小評価する傾向が強いのではないか、の3点が挙げられる。
 これらを主に第3の仮説に比重を掛け、現場を見てみたい。
 元来旅館のサー.ビスは客室中心に行われてきた。一室で食事の提供も就寝も、くつろぎも部屋で、といったやり方であった。ところが昨今、収支バランスを人件費削減で合わせるといった安易な風潮により、人減らしが行われてきた。その過程で客室での食事提供はもちろん、旅館固有のこまやかなサービスを次々とカット。自らの合理化のツケをお客へ回したのである。その論拠を他業界、主として工場経営を基盤に構築された経営理論や手法に求める傾向が強かった。以降、効率と損益計算を根拠に人的依存部分をそぎ落すことで合理化を推進。その結果利用客が旅館に背を向け始め、こぞって分母の売上げを落とすことになった。それでもオーナーが直接お客との接点を持っているところはまだいい。大規模、とくにチェーン系列のホテルや公共の宿では、元々この接点が希薄だったのが、さらに細くなった。現場に経営主体がなかったり裁量権がせまかったりするのを本社・本庁のスタッフが、数字で遠隔操作を行うといったことで、利用者のニーズや心の揺らぎなどつかめるわけはないのである。
 K県のA荘の例だが、レストランの喫食率が低下したら、「材料費を落とし利益でカバーせよ」と上部が指示を出し、その結果以前にもまして利用客を減らす。するとさらに檄をとばすといったことが続き、閉館に追い込まれてしまった。
 売上げが落ちたら、利用者からみての付加価値やサービスを高めることで客数増加を計り売上げを回復させる。売上げが伸びると労働分配率は下がる。喫食率が落ちたら良い材料使って、より旨いものを作れば注文が増え、相対的に原価率も材料比率も下がる。こうした常識に即した経営をなぜ採れないのか。
答えは単純である。内の都合、内の合理性を追求するあまり、消費者の都合、利用者の合理性への要求に応えるという事業の本質に逆行したからに他ならない。
以下繁盛の道を歩んでいる中小旅館の事例を示し、そのことを実証してみたい。

2・2 課題解決のためのサンプル事例とその好調要因の解明
 筆者は本稿の補強取材として、今回新たに計17ケ所の温泉地区を、お客として現地調査を行った。その多くが中小規模で繁盛しているとされる旅館である。
1-経営者の顔が見えている
 いわゆる勝ち組に共通していることは、経営者の人間性なり個性なりが明確に建物、サービス、料理などに表現されていることである。いわゆる経営者の顔が見えるかということである。これらで大々的な宣伝に依存しているところは少なく、来店経験者によるクチコミの拡大に、力を入れている。パンフレットを例にとれば、経営者の個性、趣味、思いが前面に出され、表現されていることと実際がほぼ等身大である。この点、負け組はどこかで聞いたようなコピーが使われ、見栄えとデザインの良さにコピーの誇張が加わり、実際との格差が大きい。これがホームページ(以下HPと略称)の場合だとなお明確である。
2-小ささ、家族経営の強みを、むしろ前面に出している
 先に例を挙げて、示してみたい。
 山口県防府市のビジネスホテル「あけぼの」(19室)は、8年ほど前は大手ホテルの進出により設備で劣り、宿泊料で並ばれ苦境に陥った。2代目石村義光さんは悩み、外食店のFCに加盟。多角化で起死回生を試みたが挫折。そうした結果得た結論は、「小さいなりに家族経営の強みを生かすこと」であった。その中心ツールを彼は食事に求めた。元々等ホテルの前身は割烹旅館であったことと、彼自身料理に強い興味を持っていたことが理由である。通常ビジネスホテルの場合、朝食の喫食は見込めても、夕食はほとんど見込めない。それが当館は今や夕食の喫食率80%超、朝食は100%に近い。そしてこの家庭料理の評判が口コミで広がり、安定的な宿泊を確保できるようになった。もちろん強みの発揮は食事だけではない。最後のお客が帰るまで起きていてルームキーを手渡しする。時折、お客と家族を囲んでの小パーティーを開いたり、地域イベントに案内したりといったこと、家族経営の特徴が出やすい分野で、実にさまざまな試みを実施している。最近では、HP上に一月、毎日の夕食メニューを写真付で紹介し、常連客に楽しみを持たせるだけでなく、いわゆる見えない客に、「食事が売り」のビジネスホテルであること、「家庭的なビジネスホテル」であることなどをメッセージしている。今や、インターネットでの申し込みを50%以内に抑えるのに苦労している好調ぶりである。
 逆の事例もある。N県M町のM旅館は、部屋数は10室(和室))だが、全体的な規模は、前述のあけぼの倍ほど大きく、雇用者が5人いる。しかし家族経営であることには変わりはない。周辺がすべて洋風ホテル化した中にあって、ただ1軒、和風割烹旅館として料理と細かいサービスで高い評価を得ていた。それが最近、部屋は和風のまま残し洋風ホテルに全面改築した。オープン後一月も立たないうちに料理とサービスが落ちたという評判が立ち利用率が低下。特に宿泊客が激減した。
 多額の設備投資償却、建物維持のための管理費,広告宣伝費などが増加。だからそれらに見合う利益を、といった経営者の思いが、さまざまな形で利用客に読まれたといってよい。如何に豪華な結婚式の設備があろうと、関係のないお客は、ただそのつけまわしが自分のくるリスクは覚えても、得られるメリットはない。またそもそも和風旅館であったからこその強みを放棄し、わざわざ周囲の洋館に合わせ埋没させた愚策を講じている。
 嘗て自分の所在地域ではなく自分のホテルで、一切のお金を落としてもらうため、お客を外に出さないシステムを作り上げた大手ホテルが、今苦しんでいるのも同根である。このように消費者を無視した自分だけ良し、とする論理と業界の旧態依然性を引きずる体質そのものが利用客から拒否され、負け組の辛酸をなめている事例は実に多い。だから問題は、経営者が利用者の立場に立てるかどうか如何である。
 経済の原理から見たら対等関係にある取引であるが、現実は、売り手と買い手の間には根本的な違いがある。買い手は、その旅館なりホテルなりを選択しなくとも別のところを選択すればいいし、場合によっては旅そのもの取りやめてもかまわない。だから気に入らないと判断した彼らは、黙ってそこを去る。当然その数は売り手にはカウントされない。その見えないおびただしいお客相当量が、実は売り手の機会損失になっている。それだけではない。去った彼らが、その旅館・ホテルを選択しなかった理由をクチコミしているケース(最近はHPの掲示板利用が多い。K館もカキコされた)が増えてきているこうしたことが続けば、その企業の死活問題になる。  この怖さを経営者が実感しているかどうか、またその認識の差が、提供しているサービスの品質の高い、低いを左右しているといえるし、売り手の売上げを決めることにもなる。
3-戦略として低価格路線ではなく付加価値路線を選択し、迷いがない 商いの本質からみて、経営者が目指す路線は二つしかない。一つは、現在の供給の水準(施設,料理,サービス等の質)を変えずに合理化・省力化・システム化などにより費用を節約し、その分を料金の引下げにあてる方向である。利用客が施設・設備やサービスから得る質的レベルを維持しつつ、料金が安くなる分相対的にお客の満足感は向上し、需要が増加する。これは最近では吉野屋等の牛丼の値下げが好事例である。ホテルでの事例は、今期初めて黒字転換を果たしたシーホークホテルがある。
 もう一つの方向は施設・設備、料理、サービス等を根本的に改善(クオリティ・アップ)し、利用客の満足感を高める、より高料金を確保することである。
 供給の充実に要する費用増が、高料金化によって十分吸収され、さらに利用者が、価格アップ以上の付加価値を得ると判断し得たという条件下で、旅館側は売上げと利益を増大させることができる。この路線は、高級化指向を支持する一定の市場環境と規模がないと存立は難しいとされるが、現実は、昨今の構造不況が叫ばれている条件下でも中小規模旅館の繁盛モデルのほとんどが、この路線を選択しているのである。
 この点、真摯に直視すべき、と考える。
 典型的例を挙げたい。鹿児島・笠利町(人口7,200人)にあるばしゃ山村である。相対的高価格路線をとりながら、その3倍の感激をお客に売るというリーダーの強い理念とコンセプトが、クチコミで全国のファン(後述))をつかみ年率6%の伸びを示している。
4-明確な戦略に基づき、緻密かつ柔軟性に富んだ戦術を行使している。
 概して中小企業、とくに家業的旅館では明確な路線を欠き、成り行き的なところが多い。これまではよかったが、建物の老朽化による近代化ということで発生する新規投資、あるいは過大な相続税負担などが契機となり行き詰まるといった例が、最近増えている。
 一方、成功モデル事例をみると、戦略目標が明確に設定され、それに基づく計画策定も具体的である。問題が生じる度に、ケース・バイ・ケース、場当たりな対応をするのと、戦略に基づき、数ある戦術(対応策)を選択していくのとでは、長い間に経営体質に大きな差を生み出す。そのことは施設に対する投資のパターンの違いに顕著である。
 典型的な好事例は大分・湯布院温泉である。地域としての明確な戦略があり、個々の旅館はそれを共有している。その戦略は、一言で言えば施設を上に伸ばさず横に展開させることであり、それに即して各旅館が施設を充実させ、観光温泉地湯布院として、戦略を推進している。彼らは、描いた理想にはほど遠い規模の初期投資で営業を始め、計画の見直しや施設・設備の修理、増築の予定時点になると、その段階で次の何年かを見越して、その期間中の消費者ニーズを十分に満足させられるだけの先取性のある投資を実施。そして長期間このパターンを繰り返していく。その場合、建て直し、改築、修理といったことで営業に制約が出ることを、最初の計画時点で見越し、低層建築を戦略的に選択しているのである。さらに流行やブーム的ものを見極め排斥するといった経営者の冷厳さがみられる。
5-内の効率は、外を加えた効率で計る
 日常の意志決定の際、内か外かどちらを優先し選択しているかが分岐となっている。
 勝ち組は内と外の論理が相対する場合には、常に外に有利に判断を下している。負け組は逆である。たとえば多くの旅館では、いっぺんに食べられないのにいっぺんに出す。人手が足りないから早めに準備する。だから熱いものは冷えて冷たいものは温かい。お酒は金になるから「お飲物は!」と声をかけるが、お茶は経費になるだけだから「お任せします」といったように、あらゆる意志決定が内に有利である。当然館内のシステムも、自分たちの作業シフトから逆算しチェックアウト・イン、風呂、食事の時間を決めている。また時代の変化や消費者の都合に合わせるとのではなく、内のしきたりと都合、段取りを優先し、それをお客に強いている。これで奉仕料は取るのだから客離れは当然である。
 成功モデルは、むしろここへ着眼し、成功要因にしている。越湖湯沢は、近代的は高層リゾートホテルが目立つ競合の激しい温泉地だが、ここに高齢者をターゲットにしている「いせん」という小規模旅館がある。当館はチェックアウトタイムが15時である。お客の中には、荷物を預けて観光スポットを見てから帰ろうという人もいる。その時間までゆっくり温泉三昧して過ごしたいお客もいる。元気な若いお客が外出した後、女将を中心に居残りの高齢客をもてなしている。外出しないお客の昼食の喫食、土産の購入、それにクチコミによる客数増で採算は十分あうという。
 ちなみに筆者は、中小旅館の最大の強みは、いわゆるオーナーズ・サービスにあると考えている。このモデルとしては、前述の「ばしゃ山村」のオーナーサービスは全国的に有名だし、またビジネスホテル「あけぼの」は、家族だけの運営という点を前面に出し、オーナーサービスならぬファミリーサービスに徹しファンが多い。
6-お客の「自己の主体性確立」と知的満足感の充足を満たしている。
 今日の消費者は、自意識が高く、個性化、特化意識がきわめて強い。かつては商品やサービスが得られることだけが関心の的だったから、相手が自分を、あるいは自分が相手を、お互い一個の人格として認識しているかなど意識しなかった。だから「2号室のお客さん」とか「桜の間のお客さん」と呼ばれようと目くじらを立てることはなかった。しかし今は違う。自分というものの存在をより強く意識し、そのためより個性的な行動やツールを求めるようになっている。無視され、差別されたら、キレルというのもこの流れといわれる。この自分を一個の人格として認めて欲しい、その存在感を認識させたいという消費者以前の人間としての欲求が、旅先の開放感でもろに放出されるのである。
 これをいかに対応し、あるいは活用しるかどうかが、サービスの質を左右している要素になっているといえる。同様の心理で、今日の消費者は消費行動を起こすとき、何故自分はその商品(またはサービス)を選択するのかについて、それなりの裏付けを求める傾向も顕著になっている。
 それは「美味しいですよ」といわれたら「どこが違うの、どうして?」と裏付けを求める。これは売り手の美辞麗句、お愛想に懲りた買い手の自己防衛心と、通(つう)でありたいという欲求のあらわれとみてよい。
 何等かの理由づけが欲しい。それができると、その消費者は自分を主体性のある存在として実感でき満足感が増幅される。いわゆるアイデンティティとか個性化あるいは差別化が問われるのも、オリジナリティを発揮せよというのも、専科,特化も同じく、それらによって消費者の自己欲求の原則が充足されたからに他ならない。
 肝心なことは、消費者の自己満足感を高めるためのツールとして、それらが求められるのであって、その逆では企業の都合の押し売りになってしまう。
 概して多くのお土産品店では、利益やリベートが取れるものを中心に自分たちが売りたいものを並べ、しかも売り込みを付けているためお客は逃げている。そこに気づき、お客にとってどんなお土産が喜ばれるか考え、またその商品に、いわれや素材、食べ方の説明をするPOP,ショーカ-ドなどを付けたら、売上げが3倍になった事例がある。(楽市株式会社「白旗司朗写真館売店)。旅に出た消費者の想い(欲求)は、その日常生活感と個々の育ってきた風土、とりわけふるさとに対する郷愁に影響されているといわれる。そうした心理をふまえたやり方こそ、旅館がホテルに、中小規模が大に勝る得手の分野であると考える。勝ち組モデルには、ふるさとへの回帰性、自分の体験との対比・連想を惹起する巧みな演出がみられる。
 大分県長湯温泉の老舗大丸旅館(16室の小規模、標準料金は1.3万円)は、地元で獲れた素材を、地元の(田舎風)料理法,おふくろの味を売りにしている。これが同町、翡翠の匠になると器も食材、魚、肉まで6万坪の自分の敷地内で生産されたものを使うといった手作りへの徹底ぶりが評判である。
熊本県長陽村の垂玉温泉、山口旅館では、夕食は百余年経た古い建物で、囲炉裏を囲んで、串焼きなどをいただく。朝食は独特の作りの大広間。各自小さな炉があるブースで食べる形式。それも在り来りの朝食ではない。加えて女将の手作り漬け物がふんだんに用意され自由に食べられる。古さ、素朴さで、今と日常性を消してしまう見事な演出である。
鹿児島・指宿の秀水園(40室)の規模ながら21億円の売り上。最低基本料金で2.1万円と高額にもかかわらず、年間を通じて満室状態で全国的に著名な旅館である。 その決め手は、パート、アルバイトは一切採用せず正社106人で高品質の個別対応サービスである。

3 結び~低価格路線から高価格路線へ
 以上を要約すると、第一に先に高額料金路線を戦略的に決め、それに見合う施設、雰囲気、落着き、サービスの細やかさ、それに料理等の水準を設定している。第二に土地にこだわった料理と人的サーブスを要する提供方法に売りの重点を置いている。第三にエージェントへの依存度を極力落とし、第一、第二でもってクチコミを興すという手法で安定した需要を獲得している、といえる。ではターゲットとする利用者は、高額所得者層なのか。この質問に対しては、ばしゃ山村の奥 篤次氏の言葉を借りたい。
「この店のターゲットは金持ちではなく、島内の一般のお客さんと島外のサラリーマンやOL。庶民だからこそ時には日常性から脱却し大富豪のお嬢様やご子息になった夢を見たいのです。ジェット機で片道4万円も払ってこられるお客様に、私たちは頂く料金の3倍の夢を売るように一生懸命尽くすことを目標にしています」。
 お客は庶民、だからこそ高品質のサービス・料理に枯渇的ニーズを覚え、そのためには高価格を厭わない。高価格路線へのシフトを切望し、そして支えているのは庶民である。 売り手はこの路線へシフトを恐れることはないと、確信している。(了)

調査:黒川温泉・六日町温泉、直入町、温泉馬路村、浅虫温泉、温海温泉、和倉温泉、八幡平温泉郷、花巻温泉、大湯温泉、青根温泉、鬼怒川温泉、修繕寺温泉、武雄温泉、嬉野温泉、別府温泉、杖立温泉、
取材協力先:ばしゃ山村奥篤治、長陽村観光協会・松島温泉組合 越後湯沢温泉、楽一 高村秀夫、日奈久温泉組合、ビジネスホテル石村義光、霧島温泉組合大坪和、秀水園湯通堂保、翡翠の匠首藤文彦
            (敬称、肩書略)
参考文献:「黒川」温泉」(熊本日日新聞社),参考論文;「国民宿舎経営診断へのアプローチ」(田上康朗)日奈久温泉組内活路開拓ビジョン調査事業(田上康朗編著)、サービス業の経営ノウハウP153-159田上論文 中小企業診断協会)
キーワード  :低価格、高価格、品質
連 絡 先: 〒895-0007 鹿児島県さつま川内市百次町1913

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