Minor Magazine on the Web @ Rakuten

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第1章 知らない方がいいことも・・・ (1)



アラン・トレイシーはチューンナップされたスクーターにかがみ込み、始末に負えないブロンドの髪を目から払いのけた。 自分をクールな大人に見せようと努力しているのだが、歯に矯正器具がついていては台無しだ・・・。父親は、有名な宇宙飛行士で億万長者。14歳の息子の人生は、平穏とはほど遠かった。 こんな森の中にいてさえ、周囲の注目をあびてしまうのだ。アランは近くの同級生らが後ろから指をさして何かひそひそ言っているのを無視し、いらいらしながら、スクーターで作業をしているもうひとりの生徒に目をやった。
ファーマット・ハッケンバッカーは厚い眼鏡をかけ、知的な広い額をしていたが、服が全然体に合っていなかった。 父親の「ブレインズ」ハッケンバッカー・・・サンダーバードをささえている天才科学者そっくりだ。
アランにとって幸運なことに、ファーマットは父の比類ない頭脳も受け継いでいた。
アランの希望通りに、ときにはそれ以上の奇跡をメカニックにもたらす天才だったのである。
「ア・・・アラン」、ファーマットは神経質に「本当にこれが 素 ・・・素・・・あ~、いい考えだと思うの?」と言った。
「心配するなよ、ファーマット。」アランはいつものように親友の吃音を無視して答えた。 「速けりゃいいんだよ。」 アランは改造されたベスパにまたがり、前方の並木道に目の焦点を合わせた。
「もっと軽く、もっとパワフルに。」ファーマットは言った。 「うん、たしかに、速・・・速いはずだよ。」
「そう。スピードだけが重要なんだ。」
ファーマットは疑いぶかそうな表情で眉を上げた。 「それにしてもアラン、どこでこの動力ユニットを手に入れたのさ?」
アランはほほえんだ。 「ファーマット、世の中、知らない方がいいこともあるんだよ。さあ、そろそろ始まる。」
アランは雑木林からスタートポジションへと、改造ベスパを押していった。「サーキット」は実際のところ、ウォートンアカデミーの裏の森を抜ける、まがりくねったでこぼこ道だった。この間に合わせのトラックは、ニューヨークの全寮制の学校の生徒たちに、退屈な日常からのささやかな逃避を提供していた。
アランはこのレースが生きがいだった。レースをしている間だけは、自分が家から何千キロも離れていること、自分以外の家族が命がけで救助活動をやっているというのに、自分は、陰で級友に笑われ、日々思い悩みながら過ごしていることも、忘れることができた。
レースをしているほんの一時だけ、アランは自分がサンダーバードの一員であるような感じがしたのである。

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