JEWEL

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鬼主夫道 1


その名は、“不死身の紅蓮”。
だが、彼は裏社会から忽然と姿を消したのである。

ここは、東京都内某所、下町と呼ばれる地域にある一軒の団地。
その一室にある台所で、一人の男が黙々と弁当作りをしていた。
朝日を浴びて光り輝く金色の癖のある髪、そして上質のルビーを思わせるかのような美しい紅蓮の瞳。
そう、彼こそが“不死身の紅蓮”こと、風間千景である。
何故、伝説の極道と呼ばれた彼が何故専業主夫になっているのか―その理由を説明するのは、後にしよう。
「フゥン、我ながら上出来だ・・」
そう千景は呟きながら、美しく焼けた卵焼きをクマの形を象ったおにぎりの隣に置いた。
そして彼はおもむろにズボンのポケットから金色のカバーを付けたスマートフォンを取り出すと、紫に桜模様のハンカチの上に重箱を置き、SNSに載せる為の写真撮影を始めた。
すると、奥の寝室から騒がしい足音が聞こえたかと思うと、千景の“嫁”である歳三が出て来た。
「畜生、遅刻だ遅刻!」
「おい、まだ時間ではないぞ?」
「今日大事な会議があるんだよ、行ってきます!」
「おい・・」
焼きたてのトーストを咥えながら、歳三は玄関から外へと出て行った。
「そそっかしい奴だ・・だが、それも可愛い。」
千景はそう呟いた後、部屋の掃除を始めた。
「まだ俺はお前を認めた訳ではないぞ。さぁ、勝負だ!」
彼は先日購入した自動掃除機のスイッチを入れ、じっとその仕事ぶりを眺めた。
「ふん、中々やるではないか・・だが、隅が甘い!」
千景は愛用の木刀に掃除用シートを巻き付け、輪ゴムで固定した“掃除棒”を取り出した。
「主夫を舐めるなよ・・」
千景が棚の後ろやドアやテーブルの隅に溜まった埃を“掃除棒”で取っていると、自動掃除機がけたたましい音を立てながらハンカチを吸おうとしていた。
「しまった!」
千景は素早く重箱の蓋を閉め、それを金色の風呂敷で包むと、白の帽子を被り、金色の自転車で歳三が居る会社へと向かった。
「弁当、忘れているぞ~!」
必死に住宅街の中を駆け抜けていた千景だったが、途中で警察官に停められてしまった。
「職業は?」
「俺は貴様に構っている暇などない、そこを退け。」
「え、待って。」
「ええい、そこを退け!」
警官の制止を振り切り、千景は歳三が居る会社へと自転車のペダルを全力で漕いだ。
「あ~あ、弁当忘れた・・」
「最悪だなぁ。どうする土方さん、今から家に取りに行っても間に合わないぜ?」
「コンビニで買うしかねぇか・・」
昼休み、歳三はそう呟きながら溜息を吐いた後、エレベーターで一階へと向かった。
「離せ、ここに我妻が居るのはわかっている!」
「誰か警察呼んで来て!」
「すいません、部外者は立ち入り禁止なんですよ!」
エントランスの近くで、警備員と揉めている白スーツの男は、紛れもなく自分の夫である千景だった。
「おいてめぇ、一体ここで何していやがる!?」
「決まっているだろう、お前に弁当を届けに来たのだ。」
「え・・」
「さぁ、有り難く受け取るといい。」
「・・ありがとう。」

千景から重箱が入った風呂敷を受け取った歳三が、その後部下達から質問攻めにあったのは言うまでもなかった。


「おい歳三、大変だ、これを見ろ!」
「何だよ、うるせぇな・・」

日曜日の朝、歳三は眠い目をこすりながら千景が持っているチラシを見た。

そこには、“団地内ガス工事のお知らせ”と書かれており、一週間内風呂が使えないという内容であった。
「まずいな・・」
「あぁ、非常にまずい。」
千景と歳三は顔を見合わせながらそう言うと、溜息を吐いた。
二人には、背中に立派な龍の彫り物がある。
 千景は瞳の色に合った龍の刺青で、歳三のものは、紫の龍に桜をあしらったものだ。
「銭湯には行けねぇからな。ネットカフェだったら大丈夫だろ。」
「そうだな・・」
内風呂が使えない間、二人は近くのネットカフェで寝泊まりする事になった。
最初の四日間は好きな漫画が読めて、インターネットも好きなだけ出来るので快適だったのだが、次第に職場とインターネットカフェを往復する日々に虚しさを感じ始めていた。
「なぁ千景、もうここから出て行こう。」
「あぁ。」
四日振りに帰った我が家は、少し埃が溜まっていたので千景は久しぶりに家の掃除をした。
「暑い、暑い・・」
「汗かくような事をするからだろうが。」
「歳三、暑い・・」
「や~め~ろ~、ひっつくなぁ!」
「暑い!」

じゃれ合う二人の姿を、風間家の猫・マロがどこかさめた目で見ていた。

「おい、何してんだ?」
「シャワーを浴びているのだ。」
「水しか出ねぇぞ?」
「気合で何とかなる。」
「なんとかなる訳ねぇだろぉ!真冬に冷水シャワー浴びる奴があるかぁ!」
「うるさい。俺は俺の道をゆく。」
そう言って冷水シャワーを浴びた風間は、寒さで震えていた。
「三日間風呂に入れなくなっても死にやしねぇよ。」
「そうだな・・」
取り敢えず風呂の問題は解決したが、また新たな問題が発生した。

それは、食事の問題だった。

ガスが使えない為、千景は日課の弁当作りが出来なくてイライラしていた。
その上、毎食の献立を考えなければならないので、そのイライラは日を追うごとに増していった。
「おい千景、そこ座れ。」
「何だ?」
「食事なんだが・・別に手作りは必要ねぇ。今はスーパーの惣菜でも美味いやつが売っているし、俺の為に頑張って家事をしてくれるのは嬉しいが、たまには息抜きをして欲しい。」
「・・わかった。」
何とか七日間を乗り切った二人は、今日も仲良く連れ立ってスーパーへと買い物に向かった。
「おい、そんなに沢山マヨネーズを買ってどうするつもりだ?」
「決まっている・・お前のおにぎりに毎日中に具として入れ・・」
「そんなに食べる訳ねぇだろう!今すぐ戻して来い!」
「そうか、俺はてっきりお前がマヨネーズ好きだとばかり・・」
「それは違う作品の土方だろうがぁ~!いくら二次創作だとしても混ぜ過ぎだ!」
「わかった。」
千景がマヨネーズ十本を売り場に戻すと、そこへ歳三の元恋人で今は上司である近藤勇がやって来た。
「あぁ、君は確かトシの・・」
「勝太~、こんな所に居たんだぁ?」
背後から余ったる声聞こえてきたかと思うと、左目に黒地に沢庵の刺繍が入った眼帯をした歳三と瓜二つの顔をした男が勇に抱きついて来た。
「おい千景、遅ぇぞ、何して・・」
「トシ・・」
「勝っちゃん・・」
なかなか戻って来ない千尋を心配してマヨネーズ売り場へとやって来た歳三は、そこで勇と再会した。
「兄さん、久しぶり。もしかして、兄さんの旦那さん?」
「あぁ、そうだ・・」
「はじめまして、うちの兄がお世話になっています、朔です、よろしく。」
「風間千景だ。」
「じゃぁ、兄さん。明日また会社で・・」
「お、おぅ・・」
勇達とスーパーで別れた歳三の様子が少しおかしい事に気づいた。
「歳三、どうした?」
「何でもねぇ・・」
「そうか。それよりもお前に双子の弟が居たなんて知らなかったぞ。」
「あぁ、そうだったな。あいつの事は前から言おうと思っていたんだが、言うのを忘れちまった。」
「あいつは何故、左目に眼帯をしているのだ?」
「事故に遭ってな・・」
「そうか、俺はてっきりあいつが中二病なのだと・・」
「あいつの眼帯は確かに変な柄をしているけれど・・」
「もしかして、あいつの中で暴れ狂う獣を封じているのだとばかり・・」
「それは違う、絶対に違う!」
翌日、歳三が溜息を吐きながら営業部長の原田と共に社用車で取引先へと向かっていると、そこへ全身金色のウェアを着た配達員が車の前を横切った。
「おい千景、お前そこで何してる!?」
「最近、仕事を始めた。その名は、『Chiber Eats』だ!」
「全然隠し切れてねぇ!っていうか、何だそのキンキラファッションは!?てかそのリュックどこで手に入れた!?」
「全て自作だ・・」
「ドヤ顔で言うな、てかどけろ!」
「そんなに怒るな、歳三。ほら、これをやろう。」
そう言って千景が歳三に手渡したのは、マヨネーズだった。
「要らねぇよ!まだ某漫画のネタ引き摺ってたんかい!?」

歳三の声が、真冬の空にこだました。

「そろそろクリスマスだな、歳三。」
「そうだな・・千景、それは何だ?」
「これは、近所の子供会のクリスマスパーティーで着る衣装だ。」
「相変わらずキンキラだな・・」
「歳三、今年のクリスマス・イヴは赤プリで二人でジャグジーに入って夜景を眺めながらシャンパンでも・・」
「それっていつの時代の話!?お前本当に俺と同い年か!?」
「カルティアの三連リングか、ティファニーのオープンハート(プラチナ)を贈ってやるから、機嫌を直せ。」
「要らねぇよ、そんなもん!」
「そうか。ではエルメスのバーキンで手を打とう。」
「だから、何でブランド物に拘るの!?ってかそんな金何処にあんの!?」
クリスマスシーズンに入り、朝っぱらからそんな話を歳三と千景が話していると、突然玄関のチャイムが鳴った。
「こんな朝早くに誰だ?」
『おはようございます、風間様。お迎えに上がりました。』
インターフォンの画面には、厳つい顔をしたダークスーツ姿の男が立っていた。
「おい千景、あいつ誰だ?」
「天霧といってな、俺の世話係だった者だ。」
千景はそう言うと、男―天霧を部屋に招き入れた。
「久しいな、天霧。」
「そちらが若奥様でいらっしゃいますか?」
天霧はそう言うと、歳三を見た。
「そ、そうだが・・」
「突然で申し訳ないのですが、大旦那様主催のクリスマスパーティーにご出席して頂きたいのです。」
「そうか。今日はクリスマスケーキづくりをしようと思ったが、まぁいい・・」

 こうして、歳三と千景は天霧と共に風間家のクリスマスパーティーに出席する事になった。

「こちらです。」
「え・・これが、お前の実家か?」
「あぁ、そうだ。」

風間邸は、かのベルサイユ宮殿を思わせるかのような、白亜の瀟洒な建物だった。

「パーティーに出るっつったって、俺何も用意してねぇぞ?」
「大丈夫です、全て我々が用意しております。さぁ土方様、パウダー・ルームへどうぞ。」
「お、おぅ・・」

天霧と共に風間家のパウダー・ルームに歳三が入ると、そこには様々な種類のドレスがハンガーに掛けられてあった。

「凄ぇな・・」
「土方様は細身ですので、マーメイドラインのドレスが似合いますね。」
「肌艶が良いので、ポイントメイクだけにしましょうね。」

歳三はあれよあれよと言う間に、風間家専属のスタイリスト達によってドレスアップさせられた。

「遅いな・・」
「ご婦人の身支度は時間がかかるものです。」
「歳三は男だが?」
「済まねぇ、遅くなった。」

パウダー・ルームから出て来た歳三の美しさに、千景は思わず息を呑んだ。

「ねぇ、今夜のパーティーに千景様がご出席されるって、本当かしら?」
「えぇ。でも、千景様ご結婚されているみたい。」
「そんなぁ~!」
華やかなパーティー会場の中で、令嬢達がシャンパングラス片手にそんな話をしていると、そこへ千景と歳三がやって来た。
「千景様、相変わらず素敵ね・・」
「あの方が、奥様・・」
「お似合いだわ、悔しいけれど・・」

周囲の、自分を値踏みするかのような視線を感じた歳三は、千景の肘を少しつついた。

「なぁ、俺どこかおかしくねぇか?」
「女共は、お前を羨望の目で見ているのだ、余り気にするな。」
「そ、そうか・・」

歳三はそう言いながら周囲を見渡すと、向こうから見事な牡丹文の加賀友禅の振袖姿の少女と、その母親と思しき留袖姿の女性がやって来た。

「千景さん、お久しぶりね。その方が、あなたの・・」
「・・大変ご無沙汰しております、義母上。」
「まぁ、久しぶりに会ったというのに、随分と薄情な態度だこと。まぁいいわ、所詮あなたとは赤の他人同士ですものね。」

留袖姿の女性はそう言った後、歳三を見た。

「あなたが、千景さんのお嫁さんね?」
「はい・・歳三と申します。」
「としみさんというのね、随分と古風な名前だこと。」

そう言った女性は、歳三をまるで品定めするかのような目で、彼が着ているドレスを見た。

「千景さんが選んだ人ならわたしは何も言いませんけれど・・風間家の名を汚すような事だけはしないで頂戴ね。」

(何だこの人、感じ悪い・・)

歳三がそう思いながら隣に立つ千景の方を見ると、彼は深い溜息を吐いていた。

「おい、大丈夫か?」
「あぁ。まさか、義母上が帰国されていたとはな。」
彼のその口ぶりからして、あの女性との関係は良いものではない事に歳三は気づいた。
「今日は疲れたな。」
「あぁ。ヒールなんて久しぶりに履いたから、足が痛ぇ。」
歳三はそう言うと、帰宅するなり玄関先でルブタンのハイヒールを乱暴に脱ぎ捨てた。
「歳三、髪は伸ばさないのか?」
「男が髪を伸ばしてどうするんだ。」
「俺は、初めてお前と会った時に触れた黒髪の感触が忘れられん・・」
千景はそう言うと、歳三を押し倒した。
「土方さん、そのバッグいいな。」
「これか?千景からのクリスマス・プレゼントだよ。」
「へぇ・・」

風間家のクリスマスパーティーから数日経った頃、歳三は何処か誇らしげな顔をしながら、赤いケリーバッグを持って出勤した。

「愛されてんだなぁ。」
「まぁ、な・・」

そんな歳三を、何処か嫉妬めいた目で見ている女子社員が居た。

「兄さんに、何か用?」
「朔さん・・」

女子社員―橘ほのかが突然肩を叩かれて振り向くと、そこには歳三の双子の弟・朔が立っていた。

「兄さんが持っているあのバッグ、あなたがずっと狙っていた物だよね?食費も化粧品代も節約してたのにねぇ・・」
「朔さん、どうして・・」
「あなたは大切な部下だから、日頃の感謝の思いを込めて、プレゼント~!」
「うわぁ~、ありがとうございます!」
「その代わり、僕のお願い聞いてくれるよね?」
「え・・」
「ギブ・アンド・テイクだもんね?」

朔が去った後、ほのかはケリーバッグが入った紙袋を握り締めた。
その手は、微かに震えていた。

「土方さん、旦那さん何をされている方なんですか?」
「専業主夫だ。」
「え、でも土方さんが持っているバッグ、エルメスの限定品ですよね!?それに、お財布もヴィトンの季節限定品だし。旦那さん、もしかして株でも・・」
「やってねぇ。あいつ、最近SNSとか動画サイトで料理動画を上げているような・・」
「え~、そうなんですか!」

誠フーズ毎年恒例の年末の飲み会で、歳三に執拗に絡んだほのかは、そう言うとスマートフォンで千景のSNSと動画のアカウントを探し始めた。

『ふははは、ご機嫌よう愚民共!今日は今ツィッターで話題の、手間のかかるポテトサラダの作り方ぁ!』

何処か昭和の雰囲気漂うキッチンの中で、何故か白の割烹着姿の千景が圧を掛けながら登場した。

「何だこりゃ~、つか何で白!?キンキラファッションはどうした!?」
『・・以上が、手間のかかるポテトサラダの作り方だ。人の事をとやかく言う前に、自分で作ってみるのだな!』
かなり上から目線の料理動画だったのだが、何故か再生回数は100万回を超えていた。
「えぇ、これ炎上するんじゃねぇの?え、むっちゃ好意的なコメント多いし・・って、何勝手に副業増やしてんの!?何で俺より収入増えてんの!?」
「あの、あれは・・」
「あぁ、気にしないで。土方さん、パニックになる時いつもあんな風だから。」
「へぇ、そうなんですか・・」

飲み会が終わり、歳三は二次会の会場であるクラブ「蝶」へと向かった。

(ヤベェ、ここ俺が学生時代女装してバイトしていた所じゃねぇか?)

「どうしたんだ、トシ?」
「こ、近藤さん、別の店にしねぇか?」
「どうした、気分が悪いのか?」
「そ、そうみてぇだ。」
「あれぇ土方さん、どうしたんですかぁ・・」
「な、何でもねぇよ・・」
「ふぅん・・」

総司がそう言って笑った後、歳三は誰かとぶつかった。

「誰かと思ったら、土方ではないか?」

(うわ、こんな時に一番会いたくねぇ奴に会っちまった。)

 ゆっくりと自分の背後を振り向いた歳三は、そこに一番会いたくない芹沢鴨の姿がある事に気づいた。

「芹沢さん、奇遇ですなぁ、こんな所でお会いするなんて・・」
「少し野暮用でな。土方、久しぶりだな。」
「あ、あぁ・・」
「あらぁ、芹沢様、わざわざいらっしゃるなんてお珍しい。最近は銀座に河岸を変えられたのかとばかり・・」
「ママに会いたくなって来たんだ。メリークリスマス、ママ。」
芹沢はそう言うと、さり気なくクラブ「蝶」のママ・淳子にカルティエのネックレスを贈った。
「あらぁ、ありがとうございます。」
「近藤、これから色々と積もる話がしたいから、二人で飲もうじゃないか?」
「はい!」
「近藤さん、俺はこれで・・」
「あらぁ、誰かと思ったら梅ちゃんじゃないの。」

近藤と芹沢が話している隙にその場から逃げようとした歳三だったが、運悪く淳子に見つかってしまった。

「え、梅ちゃんって、もしかして・・」
「バレたなら仕方ねぇ。俺はこのクラブで学生時代バイトしてたんだよ・・」
「え、その源氏名が梅!?ダッサ!」

堪えきれずに総司はそう言うと、腹を抱えて笑った。

「うるせぇ、だから言いたくなかったんだよ!」
「皆さん、こんな寒空の下で話すのも何ですから、うちへどうぞ。」

店内は清潔感がありながらも、ロココ調のソファやイタリア産の大理石を使ったカウンターなどがさり気なくあり、優雅な雰囲気が漂っていた。

「土方さんって、どんなホステスさんだったんですか?」
「そうねぇ、うちは永田町のお客様が多くてねぇ。梅ちゃんは客あしらいが上手くて、色々な方から可愛がられていたわ。」
「土方はあの頃から、人の心を掴むのが上手かったな。」
「もういいだろ、ママ。昔の話だ。」
「ねぇ。僕土方さんと旦那さんのなれそめを聞きたいなぁ。」
「あいつは昔、ここの黒服として働いていた。色々と訳ありだったようで、何も話してくれなかったが・・」

歳三は少しぬるくなったカシスオレンジをちびちびと飲みながら、千景と初めて会った日の事を思い出していた。

大学時代、自由を求めて窮屈な実家から飛び出した歳三は、学費と生活費を稼ぐ為、夜の世界へと飛び込んだのだった。

下戸な自分にホステスが務まるだろうかという彼の不安は、杞憂に終わった。
一流のホステスは、ただ飲みっぷりがいいだけでは務まらない。
幅広い知識と、深い教養を持っている者だけがなれるのだ―クラブ「蝶」で働いている内にその事に気づいた歳三は、接客と勉学により一層励んだ。
そんな夏のある日の夜の事、歳三が最後の客を見送って店に入ろうとした時、路地裏のゴミ捨て場に人の足らしきものが見えている事に気づいた。

気になった歳三がゴミ捨て場に行くと、そこには腹から血を流している青年の姿があった。

「おいあんた、大丈夫か?」
「俺に構うな。」
そう言った青年の唇は血の気がなく、このまま彼を放っておいたら死にそうだと思った歳三は、その場で救急車を呼んだ。
「あと数分遅れていたら、彼死んでたよ。」
「そうですか・・」
歳三は青年が退院するまで、彼の身の回りの世話をした。
そしていつしか彼は歳三が住んでいるアパートに転がり込み、共に暮らすようになった。
「・・何か、昔のトレンディードラマやケータイ小説にありがちな展開ですね。」
「う、うるせぇ!」
「あぁそうだ、当時梅ちゃんがここのナンバーワンホステスだった頃の写真があるのよ。」
淳子ママはそう言うと、ピンクの花柄のアルバムを取り出した。
「ほら、この子が梅ちゃんよ。」
「うわぁ、綺麗!今とは想像もつかない程の美人!」
「総司・・」
「ねぇママ、もっと土方さんのホステス時代の話、聞かせてよ!」
「あらぁ、いいわよ。」
「お前ぇ、一体何考えてる?」
「嫌だなぁ、別に何も考えていませんよ。ただ土方さんの半生を少し脚色して、それを基に脚本を書いてドラマ化するなんてこと・・」
「何で俺の黒歴史をドラマ化しねけといけねぇんだ!?つーかお前、いつからそんな事考えてた訳!?」
「ねぇ近藤さん、ドラマ化されたら土方さんの旦那さんにも出て貰いましょうよ。」
「そうだなぁ・・」
「何二人で勝手に盛り上がってんの!?俺は許可した覚えは・・」
「帰りが随分と遅いと思ったら、こんな所に居たのか、歳三。」
「千景、どうしてここに来たんだ?」
「お前の部下に、頼まれた物を持って来ただけだ。」
「頼まれた物、だと?」
「これだ。」
千景はそう言うと、持っていたスーツケースを床に置き、それを広げた。
「これは、俺と歳三の10年分の愛の記録だ。脚本の資料として使うといい。」
「ありがとうございます。はい、どうぞ。」
「駄作を書いたら許さんぞ。」
「わかっていますって。」
千景と総司はそう言うと互いに笑い合った。
「千景、てめぇはいつの間にそんなものを・・」
「ふふ、いつか役に立つと思って持っていたのだ。」
「そうかっ・・って、てめぇ、ドラマ化させる気満々だろうが、俺の黒歴史を!」
「別にいいだろう。」
「良くねぇよ!」
「正月はハワイでゆっくりと過ごすぞ、歳三。」
年末年始、歳三と千景はハワイで過ごした。
千景は嫁と過ごす動画をアップし、それは100万回再生された。
帰国した歳三は、総司が書いた脚本がドラマ化した事を知った。
「芹沢さんが、俺を呼んでいる?」
「あぁ、何でもドラマの事で・・」
「は?俺にこのドラマの主演をやれって?それは正気か、芹沢さん!?」
「無論だ。」
「ドラマの主演女優は、確かオーディションで選ぶ筈だが?」
「適役が居なかったのだ。色気のあるお前の役を演じられるのは、お前しかおらん。」
「だがなぁ・・」
「これは決定事項だ、逆らう事は許さん。」
芹沢はそう言うと、会議室から出て行った。
「土方さん、聞きましたよ。これから忙しくなりそうですね?」
「総司、てめぇ・・」
「あ、こんな時間だ!土方さん、ランチ奢って下さいよ~!」
「うるせぇ~!」
結局歳三は、総司にランチを奢った。
「ねぇ土方さん、衣装どうするんですか?」
「それは後で考える。ホステス時代のものは就職した時、全部処分したからな・・」
「え、さっき旦那さんの動画観ましたけど、土方さんのホステス時代の衣装を保管しているトランクルーム紹介していましたけど?」
総司の言葉を聞いた歳三は、思わずコーヒーを噴き出した。
『御機嫌よう、愚民共。今日はトランクルームのお宝をお前達に見せてやる!』
千景はそう言うと、トランクルームに保管している物―大半は歳三がホステス時代に着ていたドレスや着物を視聴者に紹介していた。
『今日は二本立てだ・・今日の料理動画は、小麦粉や乳製品を一切使わない、インスタ映え間違いなしの、アップルパイの作り方ぁ!』
「フン、中々いい出来になったな・・」
「ただいまぁ・・」
「お帰り、歳三。」
帰宅した歳三を玄関先で出迎えた千景は、何故か白の割烹着姿だった。
「その格好はどうした?」
「夕飯はまだか?」
「あぁ。年が明けてから色々と忙しくてな。残業が多くて・・」
「そうか。」
千景は歳三の話をただ聞くだけで、何も言わなかった。
「マロが最近、ご飯を食べなくてな。明日病院へ連れて行こうと思う。」
「もうこいつも歳だしな。」
千景はマロを、かかりつけの動物病院へ連れて行った。
「老化によって、食欲が落ちていますね。栄養のある物を食べさせてあげて下さい。」
「そうか・・天霧、いつも済まんな。」
「いいえ、これ位の事、どうという事ではありません。それよりも千景様、大奥様からこのようなものを預かりました。」
天霧はそう言うと、千景にある物を手渡した。
それは千景の義理の妹・凛花の結婚式の招待状だった。
「大奥様が若奥様に、花嫁の介添人を頼みたいと・・」
「ど~も、まさかあなたが、“伝説のホステス”なんて、俺生きてて良かったっす!」
「は、はぁ・・」
「こらこら、本人を前に失礼だろうが。」
土方歳三は、何故か芹沢と一緒に六本木のクラブに居た。
クラブでは始終アップテンポなダンス・ミュージックが流れ、二人の前には某有名テレビ局のPとDが座っていた。
「それでですね、土方さんの相手役の俳優さんなんですが・・この方に決まりました!」「おぃぃ、これうちの旦那じゃねぇかぁ!何でオーディションで選ばなかったの!?」
「旦那様が、“我妻が他の男と馴れ馴れしくする姿を見るのは耐えられん”とおっしゃってですね・・」
「まぁ、ありがたい事にドラマのナレーションも担当して下さる事になりまして・・」
「二時間ドラマだからいいか・・」
「いえ、違いますよ。」
「は?」
「台本、まだご自宅に届いてないですか?ほら、これ。」
Pがそう言って見せたドラマの台本には、“初回二時間スペシャル”と印刷されていた。
「何これ、全く聞いてねぇんだけど!」
「ロケも色々と海外でしたかったんですけど、予算が足りなくてねぇ・・」
「最初のシーンは、マカオのカジノで香港マフィアの愛人だった主人公が・・」
「何でマフィアとか出て来んの!?」
「土方さん、衣装は自前なんですよね?」
「あぁ、まぁ・・」
「ちょり~す、遅れてすいません!」
そう言いながら個室に入って来たのは、いかにもチャラそうな男だった。
「土方さん、紹介します。うちのヘアメイクの、内田です。」
「どうも~、内田どぇす!」
「ど、どうも・・」
ストレスフルなテレビ局との打ち合わせを終えて帰宅した歳三の顔は、白いのを通り越して青くなっていた。
「歳三、大丈夫か!?」
「うん・・」
歳三が目を開けると、そこは病室の白い天井だった。
「気がついたか、歳三?」
「千景、ここは?」
「ここは病院だ。」
帰宅した歳三は玄関先で倒れ、そのまま過労で入院する事になった。
「歳三、はい、あ~ん。」
「自分で食べられるからいい!」
「良いではないか、良いではないか。」
入院先の病室に千景はそう言っては、毎日見舞いに来ては甲斐甲斐しく歳三の世話を焼いていた。
「今日はお前の為に作ってきたぞ・・沢庵サンド!」
「いらねぇわ!」
「じゃぁ、マヨネーズサンドを・・」
「それもいらねぇ!」
歳三が過労で入院してから数日が経った。
「ねぇ土方さん、旦那様いつも来てくれるなんていいわねぇ・・」
「いや、うるさいだけですよ。」
そう言って照れ臭そうに笑う歳三の姿を見た同室の者達は、急に色めき立った。
歳三は病室から出て煙草を吸いに屋上へと向かった。
屋上に出ると、少し冷たい風が彼の頬を撫で、歳三は気持ち良さそうに目を閉じた。
だが、彼は寝間着の上に何も羽織っていない事に気づいた。
(畜生・・)
慌てて上着を取りに屋上から出て病室へと戻る途中、歳三は一人の少年とぶつかった。
「済まねぇ、怪我はなかったか?」
「人妻だ~!」
薄茶色の七三分けのショートヘアに、前髪の端をピンクのヘアピンで留めている彼は、そう叫ぶと彼に抱きついた。
「何だ、おい、離れろ!」
「ヤダよ~、お菓子貰うまで離れないも~ん!」
「・・そこの童、我妻に何をしている?」
「何、おじさん誰?」
「おじさん、だと・・」
千景は少年の言葉を聞いて、こめかみに青筋を浮かばせた。
「人妻の懐、あったか~い!」
「ちょっ、こら、変な所触るな!」
「童、これでも食らえ!」
千景は少年に向かってグルテンフリーのマカデミアナッツ入りのクッキーを投げつけた。
「やだぁ~、この人に優しく言ってくれないと食べな~い!」
少年はそう言うと、頬を膨らませた。
「ほら、食え・・」
「そんなんじゃ駄目ぇ~、優しくお菓子をあげる人妻らしく言って!」
少年の突然の無茶振りに、歳三は固まった。
「歳三、無理なら俺が・・」
「おじさんは何だかヒモ臭そうだからヤダ。」
「ヒモだと・・」
地味にショックを受けた千景は、そのまま自販機の隣にへたり込んで動かなくなってしまった。
「お~い、しっかりしろぉ!」
「優しく励ましてくれる人妻みたいに言ってくれないとヤダ・・」
「お前もか~い!あぁ、面倒臭いな・・」
歳三はそう言って咳払いした後、少年に笑顔を浮かべながら、こう言った。
「坊や、家で作ったんだけれど、余っちゃって、・・良かったら、食べてくれないかしら?」
「わ~い、頂きます!」
「うっうっ、俺ヒモじゃないもん、ちゃんと稼いでるもん・・」
「もう、ちーちゃんたら、そんな所に居たら風邪ひくわよ。一緒におうちに帰りましょう。」
その時の歳三の人妻演技が、動画で撮影され、動画サイトに上げられた事を知り、彼は恥ずかしさで死にそうになった。
遂に、歳三が主演を務めるドラマ『蝶の花道』が始まった。
「うっわぁ、やっぱ似合っていますね~!」
「そ、そうですか・・」
「メイクも完璧っすね!」
ドラマの撮影が行われる某テレビ局スタジオのメイク室で、歳三は現役時代に着ていた真紅のクリスチャン・ディオールのマーメイドラインのドレス姿で、短い髪は艶やかな黒髪のウィッグで覆われていた。
(何だか恥ずかしいな・・)
「あれぇ、内田ちゃんそのオバサン誰!?」
そう言って内田に声を掛けて来たのは、最近“あざとかわいい”系アイドルで人気の、えりかだった。
栗色の髪をツインテールにして、両手の爪に愛らしいデザインのネイルを施した彼女は、まるで品定めするかのように歳三を見た。
「ちょっと、この人、“伝説のホステス”なんだからさ~」
「え~、でもこの人、ここでは新人じゃんね~!」
(このガキ、なめた口をききやがって・・)
歳三は今すぐにでもえりかに掴みかかりたいところだったが、ぐっと堪えた。
「初めまして、土方歳三です。」
「何その名前、ダッサ。」
えりかにそう自分の名前を鼻で笑われて、歳三は思わず持っていたスチール缶を握り潰してしまった。
「すいません、緊張してしまって、つい・・」
「えりかちゃん、出番で~す!」
「は~い!」
先程の歳三への舐め腐った態度とは打って変わって、えりかは甘い声を出しながらメイク室から出た。
「土方さん、すいません。」
「いえ、大丈夫です。気にしてませんから。」
歳三が男性スタッフに連れられてドラマのセットスタジオに入ると、そこはクラブ「蝶」を完全に再現された空間が広がっていた。
「土方さん、入りま~す!」
「よろしくお願いしま~す!」
ドラマの初回二時間スペシャルの撮影は、何とか無事に終わった。
「はぁ~、疲れたぁ。」
「歳三、お帰り。」
「ただいま・・って、何て格好してんだ、てめぇは!?」
玄関先で自分を出迎えた千景は、裸に白レースフリルエプロン姿だった。
「安心しろ、ちゃんと履いている。」
「そういう問題じゃねぇだろ~!」
深夜の団地内に、歳三の怒声が響き渡った。
「10分休憩入りま~す!」
ドラマ撮影二日目、この日歳三達は日野市でロケをしていた。
「あ~寒い。」
「えりかちゃん、後少しで撮影終わりだから我慢してね。」
「は~い。」
「土方さん、すいませんねぇ、あの人いつもあぁだから・・」
「気にしていませんよ・・」
えりかの出番は今日でもう終わりだし、後少しの辛抱だと歳三は己の内側で滾る怒りを必死に抑え込もうとした。
『土方さん、何処だ!?』
「日野でドラマの撮影をしているんだが、会社で何かあったのか、左之?」
『実は、取引先に渡す書類を山田が間違えて渡しちまってよぉ、悪いんだが、取りに来てくれねぇか?』
「わかった!」
歳三は番組スタッフに事情を説明し、職場へと向かった。
「左之、書類は!?」
「これだが、土方さん、その格好は・・」
「説明は後だ!」
歳三は原田から書類を受け取り、タクシーで取引先へと向かったが、運悪く渋滞にはまってしまった。
「すいません、ここで降ります!」
歳三は書類を抱え、ピンヒールでオフィス街を走った。
「誠フード開発事業部部長土方です!山田さんにお取次ぎを!」
「・・すいません、もう一度お名前を・・」
「もういい!」
歳三はそう叫ぶと、エレベーターで会議室へと向かった。
「何とか間に合ったぜ、左之。」
「ありがとうよ、土方さん。」
「それじゃぁ、戻るわ!」
歳三は取引先からドラマの撮影現場へと戻った。
「もう、遅い~!」
「すいません・・」
「それじゃぁ、撮影入りま~す!」
漸くドラマの撮影が終わり、歳三達は都内の居酒屋で打ち上げをした。
「土方さん、全然飲んでないじゃないですかぁ?」
「明日、仕事がありますので・・」
「えぇ~!」
「また始まったよ、えりかの絡み酒。」
「止めないんですか?」
「まぁ、見てろよ。」
はじめはえりかの酒を断っていた歳三だったが、彼女の一言で彼の堪忍袋の緒が切れた。
「先輩の酒飲めないなんて、有り得な~い!」
「てめぇこらぁ、表出ろ!芸能界じゃちやほやされて先輩ぶってんだろうがなぁ、こっちは人生の先輩としててめぇの倍以上生きてんだよ!今度俺に舐めた口ききやがったらこのビール瓶を尻の穴に突っ込むぞ!」
「・・その台詞回し、もしかしてトシ姐さんっすか?」
「お前ぇ、もしかして二中のえりかか?」
「そうっす!」
えりかと歳三は、それから深夜までカラオケをして楽しんだ。
歳三主演のドラマ『蝶の花道』は、高視聴率をキープしたまま終わった。
「いや~、お二人のお蔭で、うちの局も何とかなりましたよ。」
「そ、そうですか・・」
ドラマの打ち上げパーティーで、歳三はテレビ局のPに向かって愛想笑いを浮かべていた。
このPには、色々とストレスをかけられたので、歳三はもう彼とDの顔は見たくなかった。
「あれ、今日は旦那さんは?」
「旦那なら、最近猫の介護にかかりきりでして・・」
「ふぅ~ん、そうなんだぁ。」
ペットの介護を軽んじるかのようなPの発言に、歳三は目の前のビール瓶を叩き割って彼の尻の穴にその切っ先を突き刺してやりたいという衝動を辛うじて抑えていた。
「トシ姐さん、お疲れ様です!」
そこへやって来たのは、いつぞやの打ち上げで元ヤンキーだとわかり打ち解けたえりかだった。
「おう、お疲れ。」
「パーティー、後はあたしが適当に親爺達をあしらっておきますので、早く家に帰って猫ちゃんの事、みててあげて下さい。」
「すまねぇな。」
「あたしも猫居るんで、他人事とは思えないので。」
えりかに見送られ、歳三がパーティー会場のホテルからタクシーから帰宅すると、マロはまだ息をしていた。
「お帰り、歳三。」
「ただいま・・」
玄関先でルブタンのピンヒールを乱暴に脱ぎ捨て、歳三がマロの元へ向かうと、彼は苦しそうに息を吐きながら歳三を見た。
「俺の帰りを、待っていてくれたんだな・・」
マロが息を引き取った後、歳三はそう言いながらまだ温もりが残る彼の身体を撫でた。
マロを見送った後、二人は動物霊園で彼を火葬した。
「こんなに小さくなっちまったな・・」
「あぁ・・」
マロが亡くなった後、暫く二人は立ち直れなかった。
男同士である二人は、まるで我が子同然のようにマロを可愛がっていた。
だから、四十九日が明けてもマロを亡くした悲しみから二人は中々立ち直れなかった。
そんなある日、千景はある目的を持って、東北の山奥へと向かった。
「土方さん、旦那さんの動画、更新されていますよ。」
「え?」
総司から言われ、歳三が千景の動画のアカウントをチェックすると、そこには『東北マタギと暮らしてみた』という新しい再生リストが追加されていた。
(こいつ、一体何のつもりで・・)
「みんな、部長会議の時間だ!」
「は、ジビエ?」
「そうだ。最近、鹿が増え過ぎて、農作物への被害が深刻だと言う事は知っておろう。そこでだ、我が社では今後ジビエに力を入れようと思う。」
「芹沢さん、本気か?」
「俺が今まで、嘘を吐いていた事があったか?」
「う・・」
「という訳で、今週末は猟が解禁される。ここへお前達は現地集合して欲しい。」
「はぁ!?」
芹沢が集合場所に指定した場所は、北海道の山奥だった。
「芹沢さんは一体何考えていやがるんだ・・」
「交通費、ちゃんと経費落ちるんだろうな?」
「それはちゃんと、“経理の鬼”がしてくれるだろ・・」
週末、晩秋の北海道の山奥に、歳三達の姿があった。
東京はまだ暑い日が続いているというのに、北海道は雪がちらついていた。
「なぁ、本当にここでいいのか?」
「あぁ・・」
「そこを通るな!」
原田が山奥の道を進んでいると、突然前方から鋭い声が聞こえた。
「千景、どうしてここに・・」
「歳三・・俺はお前に最高のジビエを振舞う為に、狩猟免許を取ったのだ!」
「わかった・・わかったからそのドヤ顔ポーズやめろ!」
「ふふ、鹿狩りだぜ・・」
「てめぇ、さり気なく他の作品と混ぜんな!」
「歳三、もう獲物は獲ったぞ・・」
「そうか、ありがとう。」
こうして歳三達は、北海道の山奥にあるバンガローで、遅めの昼食を取った。
「皆、来たな。」
「芹沢さん、こんな所に俺達を呼び出してどういうつもりだ?」
「ジビエの試食会だ。」
「そうか・・」
「歳三、これが、ジビエバーガーだ。それとこれは、ジビエのクラブハウスサンドイッチ・・」
「色々とあるんだな・・」
「まぁな。」
こうして芹沢主催のジビエ試食会が終わり、千景とのコラボメニューは大ヒットした。
「あぁ、疲れた・・」
「千景、お前これからどうするんだ?」
「俺はこのまま故郷へ帰って、あんこう鍋を・・」
「だから、ほかの作品を自然に混ぜるなって!お前アニメではあのキャラとお前を演じているキャラの中の人同じだけど、これ薄桜鬼だから!金塊争奪漫画じゃねぇから!」
「歳三、俺を祝福してくれ・・」
「祝福してやるから、今夜あんこう鍋にしてやるから!」
こうして風間・土方家の夕食は、あんこう鍋となった。
「歳三、来年はオリンピックだな。」
「あぁ。」
「思い出すな、ブラウン管で観たカラーテレビの、東京オリンピックの開会式・・」
「おぉい、いつの話だぁ!?お前俺と同じ平成初期生まれだろうが!なんで昭和なんだ!」
「歳三、ニッキ飴、食べたい・・」
「何でニッキ飴!?そこは麩菓子だろぉ!」
「あ・・、あ・・」
「あ~もう待ってろ、ニッキ飴探してやるから!」
「あ・・鬼滅の刃・・あ・・」
「コミック買ってやるから!」

こうして、2019年は暮れ、2020年が明けた。
だが―

「オリンピック、中止だと・・」
「千景?」
「コロナ、許さない・・」

自室に引き籠もった千景の世話を、歳三は在宅勤務をしながら見ていた。

「歳三、レトルトの新商品を考えたぞ。」

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