JEWEL

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炎の月に抱かれて 第二話


―嫌だ、母様、僕を置いて逝かないで!
いつも、火月は母と死別した夢を見る。
記憶の中に出て来る母は、火月に弱々しく微笑んでいた。
まるで、最期まで自分に心配をかけまいとしていたかのように。
そんな事をして欲しくなかった。
 ずっと、傍に居て欲しかった。

―ごめんね・・
―母様~!

「待って、母様~!」

火月がそう叫んで跳び起きたのは、高原家の女中部屋の、薄い布団の中ではなく、豪奢な天蓋付きの寝台の中だった。
(ここは、何処・・?)
自分が置かれている状況がわからぬまま、火月が寝台の中で呆然としていると、ためらいがちなノックの音と共に、一人の女性が部屋に入って来た。
「失礼致します。」
「あの・・ここは、何処なんでしょうか?」
「ここは、土御門公爵家のお屋敷ですよ。わたくしはあなた様のお世話を致します、きぬと申します。」
「火月です、宜しくお願い致します・・」
「火月様、お粥をお持ち致しますね。」
「は、はい・・」
女性―土御門家の女中頭・きぬは、火月に一礼して彼女の部屋から出て行くと、ある場所へと向かった。
「若様、失礼致します。」
「入れ。」
きぬがその部屋に入ると、その部屋の主である土御門家の嫡子・有匡は執務机の前に座り、渋面を浮かべながら何かを読んでいた。
「どうかなさいましたか、そのような顔をなさって。」
「またあいつらから、矢のように結婚しろと催促されてな・・」
「まぁ、それは困りましたね。」
「まったくだ。」
有匡がそう言ってきぬが淹れてくれた紅茶を一口飲んで溜息を吐いていると、そこへノックもなしに有匡の父・有仁が入って来た。
「父上、何かご用ですか?」
「用がなければここへ来てはいけないのか?そういえば、高原家との縁談は、わたしの方からお断りしておいたよ。まぁ、お前が気に入ったのは、あの高慢な妹の方ではなく、存在を消されていた姉の方だったからね。」
「一体、何をおっしゃりたいのですか?」
「う~ん、別に。じゃっ!」
有仁はそう言って有匡にウィンクすると、彼の部屋から嵐のように去っていった。
父のそんなマイペースな行動に振り回されながらも、有匡はそんな彼を憎めずにいた。
「お粥、美味しかったです。」
「あの、これを有匡様に渡して下さいませんか?」
火月がそう言ってきぬに見せたのは、有匡が自分に渡してくれた牛革の手袋だった。
「はい、必ず渡します。」
きぬは火月から有匡の手袋を受け取ると、そのまま有匡の部屋へと向かった。
「若様、火月様からこれを預かりました。」
「そうか、そこに置いておいてくれ。」
「はい。」
きぬが部屋から去った後、有匡は自室から出て火月の部屋へと向かった。
「火月、入ってもいいか?」
「は、はい・・」
有匡が部屋に入ると、火月は寝台の中で横になっていた。
「体調の方はどうだ?」
「大丈夫です・・あの、僕、ここに居てもいいのでしょうか?」
「いいに決まっているだろう。お前はもう、わたしの妻なのだから。」
「え・・今、何て・・」
「やぁ、君が有匡のお嫁さんかい?はじめまして、わたしは有匡の父の、土御門有仁です。仲良くしてね!」
「は、はぁ・・」
有仁の勢いにひいてしまった火月だったが、‟この人とは上手くいけそうだ“と、直感でわかった。
「父上、彼女に何かご用ですか?」
「別に。あぁそうだ、君、いつまでも寝間着姿だと大変だろう?今度、うちへ仕立屋を呼ぶから、何着か有匡に誂えて貰いなさい。」
「そんな事、出来ません・・」
「遠慮しなくていいよ。じゃぁまた、夕食の席で会おう。」
有仁が去った後、有匡は深い溜息を吐いた後、苛立ちを少し紛らわせるかのように、前髪を搔き上げた。
「あの人は、本当に勝手なんだから・・」
「でも、悪い方ではなさそうです。」
「まぁな。それよりも火月、わたしは、これから高原家に行くが、お前はどうする?」
「僕は・・」
 火月の脳裏に、高原家で過ごした惨めな日々がよみがえり、彼女は急に息が苦しくなった。
「お前はここで待っていろ。すぐに戻る。」
「は、はい・・」
「では、行って来る。」
「行ってらっしゃいませ。」
玄関ホールできぬと共に有匡を見送った後、火月はきぬと共に土御門家の図書室へと向かった。
そこは、ありとあらゆる種類の本が天井まで届く本棚に入っていた。
「この部屋には、いつでも入っても良いと、旦那様がおっしゃいましたので、好きなだけこちらで過ごして下さい。」
「は、はい・・」
「では、夕食が出来ましたらお呼び致しますので。」
火月は、有匡が戻ってくるまで土御門家の図書室で過ごす事にした。
一方、有匡は火月の私物と、火月の母の遺品を取りに、高原家へと向かった。
「まぁ有匡様、わたくしに会いに来てくださったの!?」
有匡が玄関先に現れると、火月の異母妹・雪が耳障りな甲高い声をあげながら、彼に抱きついて来た。
「そこを退いて下さい。わたしは、あなたに用はありません。」
「え・・」
「まぁ有匡様、わざわざおいで下さったのに、おもてなしも出来ずに・・」
「火月の部屋に案内して下さい。」
「は、はい・・」
佐知子に有匡が案内された火月の部屋は、日当たりが悪くて狭かった。
「火月の私物は、これだけですか?」
「はい。」
「では、火月の母親の遺品は何処に?」
「蔵に、置いてありますわ。」
高原家の母屋から少し離れた所に、その蔵はあった。
(これか・・)
火月の実母・柚子の名札が貼られている長持の蓋を開けた有匡は、その中に‟ある物“が入っていない事に気づいた。
「まぁ、もうお帰りになられるの?残念だわ、もっと有匡様とお話ししたかったのに。」
「雪さん、そのネックレスは何処で?」
「こ、これはお姉様から頂いたの・・」
「そのネックレスは、火月の母親の形見ですよ。本妻の娘である貴女が、妾のネックレスを身に着けるなんておかしいですね。」
「本当に、これは・・」
「この際、はっきりと言っておきます。わたしがここに来たのは、火月の私物と、火月の母親の遺品を取りに来ただけです。決して貴女と下らない無駄話をする為ではありません。」
「有匡様・・」
「このネックレスは、元の持ち主にわたしが責任を持って返します。」
「わかりました・・」
雪は震える手で首に提げていたメダイのネックレスを外すと、それを有匡に手渡した。
「では、これで失礼致します。あなた方とは、もう二度と会う事はないでしょう。」
雪を冷たい目で睨みつけると、有匡は高原邸から去っていった。
「お帰りなさいませ、若様。火月様なら、図書室にいらっしゃいます。」
「そうか。」
有匡が図書室に入ると、火月は一冊の本を熱心に読んでいた。
「何を読んでいる?」
「聖書です。母様が、小さい頃に読み聞かせて下さったので、懐かしくて・・」
「そうか。」
有匡は、火月にメダイのネックレスを手渡した。
「あの家から、取り返して来た。」
「これ・・ずっと探していた・・」
 火月はそう言うと、母親の形見を握り締めながら、涙を流した。
「ありがとうございます、母様の形見を取り返してくれて・・」
「これからは、わたしがお前に決して悲しい思いをさせない。だから、わたしと共に生きてくれるか?」
「はい・・」

有匡は、優しく火月を抱き締めた。

(これからは、ずっと一緒だ。)

火月が土御門家に保護されて、一ヶ月が過ぎたある日の事、土御門家に一人の男が訪れた。

『お久し振りです、ユージーン様。そちらの方が・・』
『ウィリアム、紹介するよ。この子が、わたし達の新しい家族になった、火月さんだ。』

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