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JEWEL
金糸雀と獅子2
「アルフレート、どうした?」
英国に滞在中の、オーストリア=ハンガリー帝国皇太子・ルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフは、隣で眠っている恋人・アルフレート=フェリックスが突然苦しみ始めたので、慌てた。
「医者を呼ぶか?」
「いいえ、大丈夫です。病気ではないので・・」
そう言ったアルフレートだったが、彼は脂汗を流しながら、時折苦しそうに喘いでいた。
「大丈夫じゃないだろう。アルフレート、一体どうし・・」
ルドルフがそう言いながらアルフレートの方へと近寄ると、彼の下肢が濡れている事に気づいた。
(何だ?)
ルドルフが、アルフレートが包まっているシーツを剥すと、そこは血で赤く濡れていた。
「この血は、一体・・」
「そ、それは・・経血です。」
アルフレートはそう言った後、顔を赤くして俯いた。
「あぁ、そうか・・」
ルドルフは、貴族の子弟の嗜みのひとつとして、女性経験を積み、なおかつ跡継ぎを残せる能力を持つことを幼い頃から課せられてきたので、女性の身体の仕組みは色々と知っていた。
「あの、ルドルフ様・・わたし、これから汚れたシーツを洗おうと思っているのですが・・」
「そんな事は、女官にでもやらせておけばいいだろう。」
「ルドルフ様・・」
「今は身体を休めろ、いいな?」
「はい・・」
アルフレートが寝室で休ませ、ルドルフはアルフレートの経血で汚れたシーツを浴室で洗った。
恋人の身体の秘密を突然知ってしまい、ルドルフは少し動揺してしまったが、彼の中である考えが浮かんだ。
それは―
「アルフレート、体調は大丈夫か?」
「はい、痛み止めの薬を飲んだので・・」
「そうか。」
この日、ルドルフは突然午後の予定を全てキャンセルし、ロンドン市内を観光すると言い出し、侍従達を慌てさせた。
だが彼らはルドルフに半ば押し切られるような形で、ルドルフに従うしかなかった。
「ルドルフ様、警護の者をつけなくてもよろしいのですか?」
「別に大丈夫だろう。わたしの顔は、そんなに英国では知られていないし、それに・・」
「それに?」
「お前とこうして、二人きりで過ごすのも悪くないと思ってな。」
「そ、そうですか・・」
「嫌か?」
「い、いえ・・」
アルフレートはそう言うと、顔を赤くして俯いた。
「という事で、今日は一日、誰にも邪魔されずにお前と二人きりで過ごせる。お前は、何処に行きたい?」
「いいえ、わたしは行きたい所がありません。」
「そうか。ならば“あそこ”へ行こう。」
「“あそこ”?」
「水晶宮だ。」
そう言ったルドルフは、突然アルフレートの手をひいて歩き始めた。
「ルドルフ様、お待ち下さい・・」
(一体、ルドルフ様が何を考えていらっしゃるのか、わからない・・)
アルフレートはルドルフと水晶宮の中を歩きながらそんな事を思っていると、彼は一人の少女とぶつかってしまった。
「あ、すいません、大丈夫ですか?」
「ボーッと歩いているんじゃないよ、気をつけな!」
アルフレートとぶつかった少女は、そう言ってアルフレートを睨むと、何処かへ行ってしまった。
「アルフレート、大丈夫か?」
「はい・・」
ルドルフがそう言いながらアルフレートとぶつかった少女を目で追っていると、彼女は一人の男とぶつかり、悪態をつきながら彼から去ろうとしたが、男が彼女に向かってこう叫んだ。
「そいつを捕まえてくれ、スリだ!」
「畜生!」
少女は舌打ちしてその場から逃げようとしたが、近くに居た軍服姿の青年に取り押さえられた。
「大人しくした方があんたの為だぜ、お嬢ちゃん?」
「離せ、この・・」
「連れて行け。」
スリの少女は警察官に連れて行かれた。
「これ、あんたのだろ?」
軍服姿の青年は、そう言うとある物をアルフレートに手渡した。
それは、少女がぶつかった際アルフレートからすった財布だった。
「ありがとうございます、あの、お名前を・・」
「名乗る程の者じゃねぇよ。」
プラチナブロンドの髪をなびかせながら、軍服姿の青年は水晶宮から去っていった。
「アルフレート、とんだ騒ぎに巻き込まれたものだな。」
「はい・・」
「行くぞ。」
ルドルフとアルフレートが水晶宮から出た後、アルフレートと擦れ違った赤毛の娘―海斗が、軍服姿の青年と抱き合っていた。
「ジェフリー、会いたかった!」
「カイト、元気にしていたか?」
「うん。ジェフリーと会えて良かった。」
「俺もお前と会えて良かった。でもカイト、どうしてロンドンへ来たんだ?」
「うちの一座の公演がロンドンであるんだ。」
「そうか。」
「ジェフリー、俺・・」
「カイト、見つけたぞ!」
突然背後で声がして海斗が振り向くと、そこにはヨークシャーで二週間前に彼女が保護した血塗れの男―ナイジェルが立っていた。
「勝手に独りで何処かへ行くなと言っているだろう!」
「ごめんなさい・・」
「カイト、こいつは誰だ?」
ジェフリーはそう言うと、ナイジェルを睨んだ。
「ほら、前に話したでしょう。ヨークシャーで、俺が保護した人だよ。ナイジェル、この人は俺の恋人の、ジェフリーだよ。」
「ふぅん・・」
ナイジェルはそう言って灰青色の瞳でジェフリーを胡散臭そうに見たが、ジェフリーが、驚愕の表情を浮かべながら自分を見ている事に気づいた。
「ナイジェル・・本当にお前、ナイジェルなのか?」
「あぁ、そうだが・・もしかしてあんた、俺の事を知っているのか?」
「知っているも何も、俺達はガキの頃からいつも一緒だったじゃないか!俺の事を忘れたのか、ナイジェル?唯一無二の親友であるこの俺、ジェフリー=ロックフォードを!」
ジェフリーの言葉を聞いたナイジェルの脳裏に、幼い頃の記憶が浮かんで来た。
―ジェフリー、ずっと友達でいような!
―あぁ、ずっと一緒だ!
何故、忘れてしまったのだろう。
こんなにも、自分の中で大切な約束を―
「あぁ・・思い出した。ジェフリー、久し振りだな。」
「ナイジェル、良かった!生きていたんだな!」
ジェフリーとナイジェルがそう言って互いに友情の抱擁を交わしていると、彼らは海斗が困惑した表情を浮かべながら自分達を見ている事に気づいて、慌てて離れた。
「二人共、一体どういう関係なの?」
「ここで立ち話も何だから、何処か茶でも飲みながら話さないか?」
「いいね。」
水晶宮から出た三人は、大英博物館の近くにあるホテルでアフタヌーンティーを楽しんだ。
「へぇ、二人は幼馴染なんだ。」
「あぁ、プリマスでは負け知らずの、“最強コンビ”だったんだ。」
「自分に都合の良い事を言うな、ジェフリー。お前が色々とやんちゃな事ばかりするから、俺がその尻拭いをしてやったんだろうが。」
「はは、そうだったかな?」
「適当な事を言うな、あんたはいつもそうだ!」
「ナイジェル、落ち着いて・・」
ジェフリーに掴みかかろうとするナイジェルを海斗が止めようとした時、突然彼女は長身の金髪碧眼の男に腕を掴まれた。
『そのペンダント、何処で手に入れた?』
『痛いな、離せよ!あんた誰?』
『ルドルフ様、お止め下さい!』
海斗と男が揉み合っていると、そこへ黒髪の男が二人の間に割って入って来た。
彼は、宝石のように美しい翠の瞳をしていた。
『お怪我はありませんか?』
『は、はい・・』
海斗がそう言って黒髪の男の方を見ると、彼は安堵の笑みを浮かべた後、金髪の男の方へと向き直った。
『ルドルフ様、こちらの方に謝って下さい。いくらなんでも、いきなりご婦人の腕を掴むのは失礼でしょう。』
黒髪の男の言葉を聞いた金髪の男は一瞬むっとした顔をしたが、すぐに海斗に謝罪した。
『あの、このペンダントがどうかしたのですか?』
『実は・・』
金髪の男は、自分達の様子を心配そうに窺っているジェフリーとナイジェルに気づくと、軽く咳払いをして彼らにわかるように英語で話し始めた。
「実は、あなたが身に着けているペンダントが、ある殺人事件と関係しているのかもしれないのです。」
「殺人事件、ですか?」
「はい。」
金髪の男はルドルフと海斗達に名乗り、二週間前にテムズ川でアーリントン子爵家の執事長が撲殺体で発見され、犯人は未だに捕まっていないという。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ええ、何なりと。」
「あなた方は、ドイツ、若しくはドイツ語圏からいらしたのですよね?何故、英国の事件に興味がおありになるのですか?」
「中々鋭い方ですね、あなたは。」
ルドルフは、そう言うと紅茶を一口飲んだ。
「あなたがつけているこのペンダントは、グラハム公爵家から盗まれたものなのです。」
「グラハム・・?」
海斗の視線がナイジェルに向けられた時、彼は気まずそうに俯いた。
「ナイジェルは、その公爵様の私生児なのさ。」
「じゃぁ、このペンダントは誰かの・・」
「そのブルー・ダイヤモンドのペンダントは、俺の祖母の形見だ。俺は・・」
ナイジェルはそう言うと、頭を押さえて呻いた。
「ナイジェルは二週間前、頭を怪我して俺が保護したんです。だから、少し記憶が混乱しているのかもしれません。」
「そうか。では、少し彼を休ませた方が良さそうだ。」
ルドルフはそう言うとホテルの従業員を呼び、海斗達の為に部屋を取った。
「こんな高価なお部屋に泊まれません・・」
「遠慮しないで下さい。ここで会えたのは何かの縁ですし。」
ルドルフはそう言った後、ホテルの支配人に一枚の小切手を手渡した。
「彼らの宿泊代は、わたしが負担するので、請求書は王宮宛ではなくわたし宛に送ってくれ。」
「は、はい!」
ホテルの支配人は、そう言った後慌てて部屋から出て行った。
「さてと、公園までまだ時間があるし、ここでゆっくり休んだ方がいいな。」
「え~、折角ロンドンに来たんだから、色々と巡りたいよ!」
「やれやれ、俺のお姫様はとんだ我儘娘だな。ナイジェル、一人で留守番出来るか?」
「あぁ、出来るさ。ジェフリー、俺はもうガキじゃないんだ。」
「はいはい、わかったよ。」
ジェフリーはそう言って笑った後、海斗と腕を組んで部屋から出た。
「あの、カイトさんはどんなお仕事をされているのですか?」
「シリウス座っていう旅芸人一座で、ダンスをしているよ。あ、良かったら今夜の公演、観に来て下さい。」
海斗はアルフレートに二人分の公演チケットを手渡すと、ジェフリーと共にホテルから出て行った。
「で、これから何処へ行きたい?」
「大英博物館!」
「アルフレート、それは?」
「カイトから頂きました。」
「面白そうだな、今夜行ってみよう。」
その日の夜、アルフレートとルドルフは、シリウス座の公演が行われているテムズ川沿いのテントへと向かった。
初めて見るサーカスに、ルドルフは興奮していた。
「皆様、お待たせ致しました!麗しの舞姫・カイトの舞をご覧あれ!」
舞台が急に暗くなったかと思うと、軽快な音楽と共に海斗が踊り出した。
「中々のものだな、彼女の踊りは。」
「ええ・・」
二人がそんな事を話している頃、ルドルフの侍従達は忽然と姿を消した主の姿を血眼になって捜していた。
「ルドルフ様は一体どちらに・・」
「どうかなさいましたかな?」
「エ、エドワード様・・」
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