JEWEL

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元皇子の仕立屋 2



「おい、俺達は今仕事中で二人共手が塞がっているんだ。何か飲みたいなら、向こうのカフェにでも行け。」
「つれないな、兄上・・」
「お父様、お客様ですか?」
軽やかな足音と共に、本を抱えた娘が二階の自室から降りて来た。
「千歳、どうしたんだ?」
「算数の問題で、わからないところがあるの。」
「代数か・・」
娘が歳三に見せて来たのは、よりにもよって彼が苦手な代数の問題だった。
「へぇ、代数か。懐かしいな。」
「お父様、こちらの方はお客様なの?」
「まぁな・・」
「おや、可愛いお嬢さんだ、お名前は?」
「千歳と申します。」
「チトセ、か・・良い名をつけたものだな。さぁチトセちゃん、おじさんが勉強を教えてあげよう。」
「ありがとうございます!」
「この公式を、ここに当てはめたら、簡単だ。」
「本当だ。ありがとうございます。」
「それでは、ドレスが仕上がったら、こちらからご連絡致しますね。」
「今は電話があるから便利ね。それに、ミシンも。」
 そう言ったミリガン男爵夫人は、娘と共に店から出て行った。
「またのお越しを、お待ち申し上げております。」
 千鶴は二人に向かって深々と一礼し、彼女達が乗った馬車が角を曲がって見えなくなるまで、そのままの姿勢で居た。
「あら、お客様ですか?」
「久しぶりだな、チヅル。」
「ルドルフ様、お久しぶりです。」
そう言った千鶴の顔は、引き攣っていた。
 余り彼との再会は、彼女にとって喜ばしくないようだった。
それもその筈、千鶴とルドルフとの間には、歳三と結婚するに至るまで、“色々と”あったからだ。
「仕事が一段落したところですし、皆さんでお茶でも頂きましょう。」
「そうだな。」
「お父様、お茶をするのなら向かいのベーカリーでチェリーパイとミートパイを買って来てもいい?」
「わかった。気を付けて行くんだぞ。」
「やったぁ!」
歳三からパイの代金を貰うと、千歳は嬉しそうにスキップしながら、ベーカリーへと向かった。
「あの時の子供か・・産まれた時は、あんなに小さかったのに。」
「また昔話か?」
「いいだろう、別に。」
「ルドルフ様、余りお二人を困らせてはいけませんよ。」
そう言いながら店に入って来たのは、黒髪の青年―ルドルフの恋人・アルフレートだった。
「お久しぶりです、トシゾウ様、チヅル様。」
「誰かと思ったら、元宮廷付司祭様じゃねぇか。」
「おやめください、その呼び方は。今は別の仕事をしています。」
「どんな仕事を?」
「ルドルフ様の秘書です。ルドルフ様は、現在NYで・・」
「後で詳しくわたしの方から話そう。それよりも先に、歳三兄上、あなたにひとつ仕事を頼みたい。」
「仕事?」
「わたしは、お茶を淹れてきます。」
千鶴は気を利かせてそう言うと、奥へと引っ込んだ。
「お母様、ただいま帰りました。」
「お帰りなさい、パイはちゃんと買えた?」
「えぇ。店のおじさんが、ジンジャークッキーをおまけにくれたのよ。」
「そう。ちゃんとおじさんにお礼は言った?」
「言ったわ。」
「手を洗って、お母様を手伝って。パイを食べるのは、それからよ。」
「わかったわ!」

(ルドルフ様は、どうして今頃、わたし達に会いに来たのかしら?)

千鶴はそんな事を思いながら、夫・歳三と初めて会った時の事を思い出していた。
あの時、彼女はバイエルンの、小さな農村に暮らす、孤児だった。


1867年、バイエルン・シュタルルンベルク湖畔。

雪村千鶴はその日、幼馴染の藤堂平助とアルフレート=フェリックスと共に、“ある役目”をおおせつかり、皇帝ご一家のお屋敷へと向かっていた。
「皇妃様って、どんな方なんだろうな?」
「さぁ・・」
「早く行こうよ、二人共!遅くなったら怒られるよ!」
千鶴達がそう言いながら湖の近くへと差し掛かると、突然銃声が聞こえた。
「何、今の!?」
「行ってみようぜ!」
「待ってよ、二人共!」
三人が銃声のした方へと向かうと、そこには頭から血を流して倒れている貴族の男の姿と、その前にしゃがみ込んでいる二人の少年の姿があった。
「君達、そこで何をしているの?その人、まさか・・」
「君、名前は?」
そうアルフレートに尋ねたのは、少し癖のあるブロンドの少年だった。
彼は、冷たい光を湛えた、澄んだ蒼い瞳でアルフレートを見つめた。
「僕は、アルフレートだけれど、君は・・」
「おい、誰か来るぞ。」
そう言ったのは、漆黒の髪と紫の瞳を持った少年だった。
数秒後、向こうから慌しい足音が聞こえて来た。
「ルドルフ様、どちらにおられますか~?」

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