全27件 (27件中 1-27件目)
1

「セーラ様、今宜しいでしょうか?」リヒャルトがそう言って客室のドアを叩くと、中から気だるい声が返ってきた。「入れ。」「失礼致します。」リヒャルトが客室に入ると、セーラは天蓋付きの寝台の上でゆっくりと上半身を起こしたところだった。「お身体の方は大丈夫ですか?」「ああ。それよりもリヒャルト、これからどうする?」宝石のような蒼い瞳でセーラはリヒャルトを見つめながらそう言うと、彼はセーラの手を握った。「セーラ様、あなたはどうなさるおつもりですか?」「まだ解らない。さっき妊娠を知ったばかりだし。」セーラは溜息を吐くと、前髪を鬱陶しそうに掻き上げた。「そうですよね。今後のスケジュールも調整しなければ。今夜の舞踏会は欠席致しましょうか?」リヒャルトの提案に、セーラは首を横に振った。「無理をしなければ大丈夫だ。リヒャルト、お願いがある・・」セーラはそっとリヒャルトの耳元で何かを囁いた。「ねぇ、今夜の舞踏会にセーラ様はご出席なさるのかしら?」「さぁね。もしご出席なさるのなら、黒い燕尾服姿なのかしら、それとも華やかなドレス姿なのかしら?」「わたくしは燕尾服姿のセーラ様を見たいわ。」「わたくしはドレス姿よ。何でも、英国では美しい貴婦人姿をご披露されたとか・・」女官達は今宵開かれる舞踏会の事で色々と盛りあがっていた。「あの人達、楽しそうね。」ヴァレリーは呆れ顔で女官達を見ながら、隣を歩いている幼馴染を見た。「まぁ、セーラ様は色々と魅力的な方だからね。ルドルフ兄様と彼は気が合いそうだね。」「ええ。それに義姉上様とも仲が良いみたい。セーラ様は日本人だからね。」「セーラ様が?」「あら、知らなかったの? セーラ様の国籍は日本で、幼少期から数年前まで日本でお育ちになられたそうよ。」「へぇ、そうだったの。」自分の言葉を聞いて感心したような顔をした幼馴染を見て、ヴァレリーは溜息を吐いた。「今夜は盛況ですね、ルドルフ様。」「ああ。余程皆ローゼンシュルツの客人に会いたいらしい。」皇帝主催の舞踏会に出席していたルドルフと瑞姫は、大広間を埋め尽くす貴族達を見ながらそんな事を話していた。「リヒャルトさん、何かわたし達に隠している事があるのかしら?」「ああ。だが他人の事に口出しするのはナンセンスだ。2人の問題は彼らで解決するしかない。」「そうですけれど・・」瑞姫が尚もルドルフに言い募ろうとした時、彼女の視界の隅に糖蜜色の輝く髪が映った。―あれが、セーラ様・・―噂通りのお美しい貴婦人だこと・・―隣の方も素敵だわ・・胸元が大きく開いた薔薇色のバッスルドレスを纏ったセーラの姿は、優雅な貴婦人そのものであった。その傍らには、長身を燕尾服に包んだリヒャルトの姿があった。「皇太子様、皇太子妃様、今宵は舞踏会にお招きいただきありがとうございます。」セーラはそう言ってルドルフ達に向かって優雅に挨拶をした。「セーラ様、わたくしより何百倍も美しいわ。」「そうですか? この色は幼いかと思っていたのですけれど、そうおっしゃっていただけて嬉しいです。」瑞姫の言葉にセーラはにっこりと微笑んだ。「あの2人、問題がなさそうに見えますね。」「ああ・・」踊りの輪へと加わるセーラとリヒャルトの姿を見ながら、ルドルフ達は彼らが抱えている問題が何なのかが未だ解らずにいた。曲が終わると、セーラは人気のないバルコニーへと向かい、溜息を吐いていた。「どうなさいましたか?」突然背後から声を掛けられ振り向くと、そこにはルドルフが立っていた。外伝第5話です。舞踏会でのセーラの女装姿を書いてみました。ああ、やっぱりドレスはいいわ。にほんブログ村
2011年03月31日
コメント(0)

ダイニングに入ってからはじめはぎこちなかった瑞姫達とセーラ達であったが、セーラが共に日本出身だということを知った瑞姫は、嬉しそうな顔をしてセーラに日本の家族の事を話したりしていた。「日本では警官をなさっていたのね。」「ええ。わたしはリヒャルトが職場に訪ねてくるまで自分が一国の皇太子だということを知りませんでしたし、その上実の家族の記憶まで失っていました。」セーラはそう言うと、ワインを一口飲んだ。「そう・・じゃぁ、あなたにとって皇族としての生活を送るのは、大変だったでしょうね。わたくしも今は慣れない環境の中で苦労しているわ。」「最初の内は解らないことが多すぎてパニックになりそうでしたけれど、リヒャルトがいつも傍に居てくれたのでもう慣れました。」「まぁ、リヒャルトさんとは仲が宜しいのね。」瑞姫は意味ありげな視線をセーラの隣に座っているリヒャルトへと投げかけると、彼は少し咳払いしてワインを一口飲んだ。「皇太子妃様だって、皇太子様がいらっしゃるではありませんか? それにお子さんもいらっしゃる。」「ええ。遼太郎と言ってね、今6ヶ月なのよ。初産であの子を産んだ時はもう痛くて堪らなくて、死にそうだったけど、夫が立ち会ってくれていたから良かったわ。産んだ時も大変だけど、育てるのも大変。こちらの都合も考えずに赤ん坊は1日中泣くから、寝不足になりがちで。でも夫がいつも支えてくれていたから。多分一人だと気が狂ってしまったかもしれないわね。」瑞姫が初めての育児についての苦労を語っていると、セーラが突然呻いて下腹を押さえた。「セーラ様、大丈夫ですか!?」「誰か、お医者様を!」先程まで和やかな雰囲気に包まれていた会食は、急に殺伐とした慌ただしさに包まれた。「セーラ様、大丈夫かしら? 急に苦しまれて・・」「大丈夫だ。」ルドルフと瑞姫は、用意された客室で医師の診察を受けているセーラの身を案じていた。数分後、客室からリヒャルトが出てきた。「リヒャルトさん、セーラ様のご容態は?」「大丈夫です、落ち着かれました。」「セーラ様に一体何があったのです?」瑞姫の問いに、リヒャルトは少し躊躇った後に口を開いて瑞姫とルドルフにこう告げた。「セーラ様は、わたしの子を宿しておいででした。」「え?」瑞姫はリヒャルトの言葉が俄かに信じられず、驚愕の表情を浮かべながら彼を見た。セーラは何処からどう見ても男性だったが、男であるセーラが妊娠するなど生物学的に不可能な事である。瑞姫の視線に気づいたリヒャルトは、溜息を吐いて次の言葉を継いだ。「セーラ様は皇太子妃様、あなた様と同じお身体をしておられるのです。」「わたしと・・同じ身体?」「ということは、セーラ皇太子は・・」「そういう事です。実は今回の視察前からセーラ様は度々体調を崩された事がありまして・・まさかそれが妊娠初期の症状だったとは考えもせず、不覚でした。」リヒャルトはそう言うと、眉間を揉んだ。「リヒャルトさん、セーラ様があなたの子を妊娠して、流産しかけたということ?」瑞姫がリヒャルトに問いかけると、彼は無言で頷いた。「セーラ様のお身体の事は、セーラ様ご自身やセーラ様の主治医やわたくしをはじめ、ごく一部の者しか知りません。今まで隠し通してきましたが、妊娠となると・・」「何か問題でもあるの? 皇位継承に纏わる事?」「ミズキ、それくらいにしておけ。リョータロウの所に行こう。」「え、ええ、そうね・・」瑞姫はルドルフに促され、壁にもたれかかるようにして溜息を吐いているリヒャルトを残して息子が待つ自室へと向かった。(ローゼンシュルツで、一体何が起きているのかしら?)外伝第4話です。セーラの秘密と衝撃の事実が明らかに。リヒャルトはどうするのか・・にほんブログ村
2011年03月31日
コメント(0)

「セーラ様、お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」「大丈夫だ。長旅の疲れが出ただけだから。」 ローゼンシュルツ王国専用機がウィーン国際空港の滑走路に着陸した際、ローゼンシュルツ王国大使・リヒャルト=マクダミアは、主であるセーラ皇太子の顔色が悪いことに気づいた。 欧州視察が決まった7週間前、セーラはしばしば体調不良を訴え、床に臥せりがちだったことをリヒャルトは懸念し、今回の視察を中止か延期しようとセーラに話したが、彼は頑として首を縦に振らなかった。―皇族としての公務は果たす。そう言った主の横顔がどこか蒼褪めていた。視察団にはセーラの主治医が同行しているので、後で彼の体調について尋ねてみよう―リヒャルトがそう思った時、セーラが立ち上がる気配がしたのでリヒャルトはさっと席から立ち上がり、彼の手を取った。「ありがとう。」「参りましょうか。」セーラとともにタラップへと下りたリヒャルトは、リムジンへと乗り込んだ。「そういえば、ウィーンはマリアがかつて留学した所だったな。」ウィーンの街中を走るリムジンの窓から見える景色を眺めながら、不意にセーラがぽつりとそんなことを呟いた。「ええ。」「俺は、実の家族の事を思い出せなかった。マリアは俺を探していたのに、俺はそれを知らずにいた・・いや、知らんふりをしていた。だからあんなことに・・」「止してください、皇女様の死はあなた様の責任ではありません。」リヒャルトはそう言いながら、そっとセーラの手を握った。「そうだな、過ぎた事を振り返っても仕方がない。」セーラはリヒャルトの肩に自分の頭を預けた。絹糸のようなセーラの金髪を肩に感じたリヒャルトは、それを優しく梳いた。 初めて出逢った頃、彼の髪は首の後ろで切り揃えられていたが、今は背中辺りまで伸びている。時折太陽の光によって、彼の髪が宝石のように輝くさまを、リヒャルトはうっとりとした様子で眺めていた。「セーラ様、もう間もなくホーフブルクに着きます。」「わかった。」セーラはそう言って、リヒャルトを見つめると自分の唇を彼の唇に重ねた。リヒャルトはセーラの華奢な身体を包み込むように抱き締め、彼の唇を貪った。「急にどうなさいました?」「別に。」2人を乗せたリムジンはミヒャエル門をくぐろうとしていた。 一方、瑞姫は自室でルドルフと結婚披露宴の事で話し合っていた。「披露宴はいつにします?」「そうだな、来月ブタペストで国際会議がある。ゲデレー城で行うのが良いだろう。」「そうですね。それよりも皇族の結婚式や披露宴って、こんなに準備が大変だなんて。」瑞姫はそう言って深い溜息を吐いた。「ミズキ、お前がハプスブルク家の一員として受け入れられようと隠れた努力をしていることは知っているし、そんなお前を心から尊敬もしている。余り思い詰めて身体を壊さないようにしてくれ。」ルドルフは瑞姫の頬に軽くキスをすると彼女に微笑んだ。「ありがとう、ルドルフ様。あなたが居るから、わたしはここで頑張れるんです。」「皇太子様、皇太子妃様、セーラ皇太子様がご到着されました。」ドアの向こうで女官の声が聞こえ、2人は姿勢を正した。 リムジンからローゼンシュルツ皇太子一行が降り立つと、ホーフブルク宮にはフランツ=ヨーゼフ皇帝一家が彼らを出迎えた。「セーラ皇太子様、ようこそウィーンへ。」ルドルフはそう言ってセーラ皇太子に手を差し出した。「ルドルフ皇太子、わざわざお出迎えいただいてありがとうございます。今回の滞在が互いの良い思い出となりますように。」セーラはルドルフの手を握って、彼に微笑んだ。「セーラ皇太子様、ご紹介いたします。妻のミズキです。」「お初にお目にかかりますわ、セーラ様。」ルドルフ皇太子の隣に立っている黒髪の女性がそう言ってセーラに微笑んだ。「今後とも宜しくお願い致します。」挨拶を済ませたセーラとルドルフ達は、ダイニングへと向かった。外伝第3話です。もう1組のカップル、ローゼンシュルツ王国皇太子・セーラとその側近リヒャルトです。セーラはある秘密を抱えております。にほんブログ村
2011年03月30日
コメント(0)

「お前は・・死んだ筈じゃ・・」「何をおっしゃっているの?」羅姫(らひ)はそう言って、香に再び微笑んだ。その笑顔は、彼女が生前自分に向けて何度も浮かべたものだった。あの頃は可愛いとさえ思っていた笑顔が、今では不気味なものに見えてならない。夜風になびく金髪も、レースをふんだんに使ったアイボリーのドレスも、全て禍々しく見える。常世の者でなければ、香は以前と同じような目で羅姫を見られただろうか?「あなたは彼女が死んだと思っていらっしゃるのですか?」不意に背後から声が聞こえて振り向くと、そこには黒い羽根を広げたリュミエルが立っていた。「何故、彼女が・・死んだ筈の羅姫が此処に居る!?」「それは、主が望んだからです。」リュミエルはちらりとルディガーを見た。「主は、彼女を常世から生き返らせ、自分の妃に望まれた。故に、ここは死の宮殿と化したのです。」「そうか・・そういうことか。」香はそう言うと、ルディガーを睨んだ。「お前は恋人を殺した者達の復讐を果たす為に、父親を殺したのか!」「ご名答。流石鬼族の若様だ。君とお手合わせ願いたいところだが、生憎わたしは忙しくてね。彼女に相手をして貰おう。」ルディガーは香に背を向けると、闇の中へと消えた。「宜しくお願いしますね。」「羅姫・・」優雅に自分に向かって礼をする羅姫を、香は何処か悲しそうな目で見つめた。(お前を忘れようと前に進もうとしている時に限って何故、俺は・・)「今夜は素敵に殺し合いましょうね。」羅姫はそう言って花が綻ぶかのような笑顔を浮かべた。昔、香達と共に過ごした頃によく浮かべていたものと同じ笑顔を。「ありがとうございました。」ルクレツィア伯爵邸の前で馬から降りたアベルは、そう言ってアンドリューに頭を下げた。「今夜はとても楽しかったです。お休みなさい。」アンドリューはアベルの前に跪くと、アデルの手の甲に接吻した。(アンドリューさん、素敵な方だった。)闇の中へとアンドリューの銀髪が煌めき、それが次第に遠くなってゆくまで、アベルは彼の背中を見送っていた。「ただいま戻りました。」「お帰りなさい。今夜は遅かったから、ドレスを脱いでお風呂に浸かってゆっくりとお休みなさいな。」「はい・・」レディー=ソフィー付きのメイドの手によってドレスを脱がされ、下着姿となったアベルは浴室に入った。「アベル様、今夜は素敵な殿方とお会いになられたのですか?」「ええ。アンドリュー様という方と。何でも彼はサフィア出身だとか。」「サフィア出身・・ですか?」タオルを持っていたメイドの顔が急に強張った。「何か問題でも?」「サフィアといえば、疫病が発生した地域に近い所ですわ。噂では、マリナラルの呪いとか。」「呪いなど、ある訳がないでしょう?」アベルはメイドの言葉を鼻で笑ったが、彼女は本気で呪いを信じているようだ。「余り関わりにならない方がよろしいですわ。」メイドはそう言うと、浴室から出て行った。 アンドリューは夜の街を馬で駆けていた。彼の脳裡には、舞踏会で会った黒髪の令嬢の姿が何度も浮かんだ。「今夜はいい出逢いがあったみたいだね?」頭上から声がしたかと思うと、銀髪の少年がアンドリューの前に現れた。「またそんな格好でうろついていたのか。」「いいじゃない、別に。それよりも鬼族の若様と宮殿で会ったよ。」少年はそう言って笑うと、アンドリューの前から姿を消した。にほんブログ村
2011年03月30日
コメント(0)

香とリュミエルは同時に地面を蹴り、着地した。「勝負、あったな。」「ええ。」香は破れたドレスの裾から血で滲んでいる足を見た。対するリュミエルも満身創痍の状態で、身に纏っていた黒服はところどころに破れている。「あなたと遊戯(たたか)えたことは嬉しかったですよ。まだ遊び足りませんがね。」暗赤色の瞳で香を見るとリュミエルはそう言って笑った。「俺もだ。」香とリュミエルが互いに睨み合っていると、突然宮殿の中から銃声が聞こえた。「今のは・・」「どうやら、動き出したようですね。」リュミエルは意味深長な言葉を発すると、黒い羽根を広げて闇の中へと消えた。(アベル、何処に居る?) 一方宮殿の裏口から外へと出たアベルとアンドリューは、宮殿の外れにある厩へと向かっていた。「ルクレツィア伯爵家のお邸までお送りいたしましょう。」「ありがとうございます。アンドリューさんは?」「わたしは独りで帰れます。さぁ、乗って。」アンドリューは栗毛の馬に跨ると、アベルに向かって手を伸ばした。アベルがその手を掴むと、アンドリューは軽々と彼を自分の後ろに乗せた。「しっかりつかまってくださいよ。」「はい・・」アンドリューが手綱を振ると、馬は嘶いて宮殿から出て行った。「っち、逃がしたか・・」次第に宮殿から遠ざかってゆく2人の姿を、宮殿の屋根から見ていた誰かがそう言って舌打ちした。(動き出した・・一体あいつは何を言っているんだ?)庭園から宮殿の中へと戻った香は、静寂に包まれた廊下を歩いていた。さきほど銃声がしたというのに、誰かの悲鳴や叫び声もしない。一歩進む度に宮殿内を包む瘴気の存在を感じる所為か、香は先程から何者かがここに潜んでいると感じていた。(ルディガーが何か企んでいるのだろうか? だとしたらあいつは一体・・)香が廊下の角を曲がろうとした時、彼の足元の地面に何かが突き刺さった。「やっと会えましたね、鬼族の若様。」視界の隅で銀髪が揺らめいたかと思うと、香の前に1人の少年が立っていた。「お前、何者だ?」「わたしは何者でもありません。やっとお会いできたのにすぐにお別れするなんて残念です、若様。」「待て!」謎の少年を追い掛け、次の角を曲がった香は、そこで信じられない光景を目にした。白い大理石の床が真紅に染め上げられ、そこには累々と死体の山が出来ていた。その前にたっぷりと血を吸ったサーベルを握っているのは、ルディガーだった。「やぁ、来たのか。」ルディガーはそう言って香に気づくと、口端を歪めてにぃっと笑った。「お前、これは・・」「わたしは復讐を果たしたまでだ。さてと、残りは君だけだ。」彼はサーベルの刃先を香に向けた。「ルディガー・・」リュミエルとの戦いで体力を激しく消耗した香は、立っているのがやっとだった。だがこの男が何かをしでかす前に、止めなければ。「あら、こんなところにいらしたの?」香とルディガーが睨み合っていると、突然ルディガーの背後から1人の少女が出てきた。(まさか、そんな・・)糖蜜色の美しい髪、宝石のような紅の瞳。その少女は、死んだ筈の羅姫だった。「驚いたかい? ああ、彼女の紹介が遅れたね。彼女はわたしの妻となる羅姫だ。」「初めまして。」 煌びやかなドレスを身に纏い、緋に染まったそれをひらひらとさせながら、羅姫はにっこりと香に微笑んだ。(c)clefにほんブログ村
2011年03月30日
コメント(0)

ルドルフと入れ違いに、彼の弟であるマリア=ヴァレリー皇女が瑞姫の元を訪れた。「あなたが、お兄様のお嫁さんとなったのね、ミズキ?」「お久しぶりです、ヴァレリー様。」先程まで椅子に座っていた瑞姫だったが、ヴァレリーの姿を見るなり彼女はさっとそこから立ち上がり、優雅な礼を彼女にした。背筋を伸ばし、優雅な彼女の礼は、物心ついた頃から皇族として厳しいマナーを叩きこまれたヴァレリーでさえもうっとりするほど美しいものだった。「ミズキ、最近どう? 何か困った事はない?」「ええ。ルドルフ様がわたくしを支えてくださいますし、お義父様達もわたくしに良くしてくださいます。」「そう、良かったわ。日本でお兄様と新婚生活を満喫したいというのに、いきなりウィーンに連れて来られて、しかも乳飲み子を抱えて知り合いも誰も居ない環境の中で子育てするなんて、ストレスが溜まってどうにかなってしまうのではないかと、心配していたのよ。」ヴァレリーの言葉に、瑞姫は笑っていたが、その笑みはどことなしか引きつっているのを、ヴァレリーは見逃さなかった。「ヴァレリー様、ルドルフ様から結婚披露宴をしようと言われました。何でも、お義父様がわたくし達の結婚を認めてくださらないようでして・・」「まぁ、お父様があなたにそんな事を!?」「ええ。わたくしはルドルフ様を愛しておりますし、ルドルフ様もわたくしを愛してくださっております。日本の家族はわたくし達の結婚を心から祝福してくださいましたけれど・・皇族の一員としてわたくしを迎えて下さることは、お義父様にとって難しいのではないかと・・」瑞姫はそう言うと、深い溜息を吐いた。「お義姉様、そんなに落ち込まないでくださいな。わたしはあなたを、お兄様の妻として心から歓迎しているのですよ。」気落ちしがちな瑞姫を、ヴァレリーはそう言って励ますと、義姉の顔に笑顔が戻った。「やっぱりわたくしには無理かもしれないわ、ハプスブルク家の・・皇室の一員になることなんて。周りの皆さんはわたくしが男の子を産んだから、わたくしのことをハプスブルク家の皇太子妃として認めざるおえないんでしょうけど・・」「お義姉様・・」「ヴァレリー、これからも宜しくね。」「ええ、お義姉様。」ヴァレリーと瑞姫が手を握り、和やかな空気が部屋に流れている中、部屋のドアを誰かがノックした。「失礼致します、皇太子妃様。」「お入りなさい。」ドアが開き、年若い女官が部屋に入って来た。「明日、ローゼンシュルツ王国皇太子・セーラ様がお見えになられますと、陛下からのご伝言です。」「そう。もう下がってもいいわ。」女官が部屋を出て行き、瑞姫は椅子に腰を下ろした。「ローゼンシュルツ王国の皇太子様が、急にこちらに来られるだなんて・・何か深い事情がお有りなのかしら?」ヴァレリーの言葉に、瑞姫は首を傾げた。「ローゼンシュルツ王国の皇太子が、明日ウィーンに?」「ああ。数年前の皇位継承者争いが終結し、セーラ皇太子が初の欧州視察としてウィーンを訪れる事になった。セーラ皇太子様をお迎えするにあたって、準備は万全に整えなければならん。ミズキとの披露宴の準備も忙しいのに、済まないな、ルドルフ。」「いいえ。一度セーラ皇太子様とはお会いしてみたいと思っていたので、今回のご訪問を心待ちにしておりました。」ルドルフはそう言ってフランツに笑みを浮かべると、閣議室に集まっていた官僚達は互いの顔を見合わせた。「セーラ皇太子様が急遽ウィーンをご訪問されるだなんて、まだあちらは情勢が不安定なのでしょうか?」ルドルフの副官であるフィリップは必死に上司に追いつきながら、素朴な疑問を口にすると、彼はそれを鼻で笑った。「他国の事に口出しするのは控えた方が良いぞ、フィリップ。」「は、はいっ!」「何をボヤボヤしている、早く来い!」足早に廊下を歩くルドルフの後を、フィリップは慌てて追った。外伝第2話です。義姉妹となったヴァレリーと瑞姫。以前から関係が良好なので、ヴァレリーとしては兄の再婚になんら抵抗なく受け入れてます。バツイチ子持ちのルドルフ様と出来ちゃった結婚した瑞姫は、皇室側から見ると世間体が悪いことだと捉えられてしまうかもしれませんね。今や、出来ちゃった結婚は当たり前の風潮となっているんですが・・どうなんでしょうかね、実際は?にほんブログ村
2011年03月29日
コメント(0)

瑞姫がルドルフと結婚し、オーストリア=ハプスブルク帝国皇太子妃となってから1ヶ月が過ぎた。「結婚披露ですか、父上?」「ああそうだ。日本でミズキと挙式をしたが、お前とミズキの結婚が世間で何と呼ばれているのかを知っているのか?」皇帝フランツ=カール=ヨーゼフはそう言うと、溜息を吐いた。その表情からして、ルドルフは瑞姫との結婚が周囲から快く思われていないことを薄々と気づいていた。 世界を冠する帝国の皇太子であるルドルフが選んだ結婚相手は名家の貴族令嬢でもなく王族でもない、唯の東洋娘なのだ。瑞姫の実家は旧華族であり家柄としては何ら問題ないように見えるが、欧州の名家・ハプスブルク家の前では無力も同然なのだ。しかもルドルフには離婚しているとはいえ、ベルギー王女・シュティファニーという正妻がおり、彼女との間には皇女エリザベートをもうけていた。それにも関わらず、何処の馬の骨とも知らぬ東洋娘と結婚した上に子どもまで産ませた皇太子の醜聞をこぞってマスコミは面白おかしく書き立てていた。「ミズキはお前の妻としても、ハプスブルク家の嫁としても申し分ない。周囲の雑音を止める為にもいいと思うが?」「そうですね・・」瑞姫は異国の地で皇族としての公務と、初めての育児に奮闘している。夫として、父親としてルドルフは彼女に常に寄り添い、彼女を支えてゆきたいと思っていた。「ミズキに、この事を話してきます。」ルドルフはそう言って皇帝の私室を出ると、皇太子妃の私室へと向かった。「ふぇぇんっ!」「よしよし、泣かないの。」目を開けるとともにまるで火がついたかのように顔を赤くして泣き叫ぶ息子の元へと瑞姫は慌てて彼をベビーベッドから抱き上げると優しい声であやし始めた。日本からウィーンに来てから1ヶ月が過ぎたが、遼太郎の夜泣きが最近酷くなっているように瑞姫は感じていた。昼間も瑞姫の姿が見えなくなると激しく泣き叫び、ルドルフや乳母達がどんなにあやしても瑞姫が抱いてやるまで泣き止むことがなかった。環境の変化から来るストレスなのだろうか、もうすぐ離乳食を始めようとしている時期に漸く夜泣きが落ち着いてきたというのに、まるで生後一週間を過ぎた頃に戻ってしまったかのようだ。おむつは濡れていないし、母乳は数時間前にあげた。「大丈夫、大丈夫だからね。」瑞姫は我が子に声を掛けながら、じっと彼を見つめて小さな身体を揺さ振る。手足をバタつかせて泣きじゃくっていた遼太郎は、漸く瑞姫の腕の中ですやすやと寝息を立て始めた。「ミズキ、入ってもいいか?」ルドルフがそう言って妻の部屋に入ると、彼女は今日も息子を抱いて窓辺に立っていた。「また泣いていたのか、リョータロウは?」「ええ。最近夜泣きもするようになって・・この子なりにストレスを感じているのでしょうか?」「そうだろうな。ミズキ、最近眠れているのか? 少し顔色が悪そうだ。」ルドルフがちらりと瑞姫を見ると、彼女は溜息を吐いて夫を見た。「遼太郎の夜泣きが激しくて、ゆっくり眠る暇もなくて。」「ミズキ、こんな大変な時期になんなんだが、結婚披露宴をしないか?」「披露宴、ですか?」夫の言葉を聞いた瑞姫は、驚きで目を見開いた。「ああ。日本では挙式や披露宴を内輪でやったが、父上はそれではご不満の様子だ。」「お義父様、てっきりわたし達の結婚を認めてくださったのかと思っていらしたのに・・」驚愕から失望の表情を浮かべる妻に、ルドルフは何と声を掛けたら良いのか判らぬまま、彼女の部屋を出た。「ルドルフ様、こちらにいらしていたのですか?」背後で突然声を掛けられ、ルドルフが振り向くと、そこには1ヶ月前に王宮で行儀見習いに来た女官が立っていた。「どうした、何か用か?」そう言って女官を見ると、彼女は恥ずかしそうに俯いてルドルフの元から走り去って行った。(一体何なんだ・・)2011年3月10日に全212話で完結した「lunatic tears」の番外編です。ルドルフ様と瑞姫が結婚し、ウィーンで暮らし始めていた時期のお話です。わたしがこのブログに連載している「宿命の皇子 暁の紋章-闇と光-」の主人公・聖良(セーラ)も登場いたします。ぼちぼちと、書いてゆきます。にほんブログ村
2011年03月29日
コメント(4)

アンドリューとともに宮殿の裏口へと向かったアベルは、正門とは違う空気に恐怖を感じて足が竦んだ。「大丈夫です、わたしがついていますから。」アンドリューはそう言ってそっとアベルの手を優しく握った。「はい・・」アベルは彼と共に、薄暗い闇の中へと歩を進めた。「本当に、宮殿の外に出られるのでしょうか?」「出られますよ。」松明に照らされた通路の先の闇は深く、その奥に何が潜んでいるのかも判らぬほどだ。(わたしは本当にこの人を信じてもいいのだろうか?)今晩初めて会ったばかりの男に、心から信頼してもいいのだろうかと、アベルはそう思い始めていた。「わたしの事を、信用していないのですか?」不意にアンドリューから話しかけられ、アベルははっと我に返った。「え、ええ。あなたとはさっき知り合ったばかりですし。」「どうやらあなたは、人と関わる事を何処かで恐れているようだ。」「え?」アンドリューの言葉に、アベルの瞳が大きく見開いた。「初対面の相手でも、気軽に話せる関係を築くことはいくらだって出来ますよ。ですがあなたは、余り人と話したがらないし、人との間に壁を作っているように思えてならないのです。」アンドリューはそう言うと、アベルに一歩近づいた。「アンドリューさん、わたしは実の親の顔を知らずに、孤児院で育ちました。孤児院にはわたしに良くしてくださる先生達が居ましたが、同年代の子達と遊ぶのが苦手で、いつも独りぼっちでした。」アベルは初対面のアンドリューの前で、孤児院時代の孤独を吐露した。 物心ついた頃から実の親を知らず、孤児院で育てられたアベルだったが、どうしても同年代の子ども達と遊ぶ事が出来ずにいた。それが何故なのか、自分にも解らないままだった。自分から積極的に声を掛けて遊びの輪に入ろうとしたが、その途端潮が引いたみたいに子ども達はアベルの周りから居なくなっていったのだ。それは神学校時代でも同じことだった。「わたしは、みんなと仲良くしたかったのに、みんなはわたしと仲良くはしてくれませんでした。」「そうですか。そんな事があったのですね。わたしも、あなたと同じ想いを抱えながら生きてきました。」アンドリューはそう言うと、松明を通路へと向けて、再び歩き出した。アベルも、慌ててその後を追った。 通路の奥―出口付近まで辿り着いたアベルは、時折何者かに見られている気配がして、その度に後ろを振り返ったが、誰も居ない。「どうしましたか?」「いえ・・さっきから誰かがわたしを見ているような気がして・・」「気のせいでしょう。決して後ろを振り返ってはなりませんよ。」「はい・・」アンドリューにそう言われたものの、つい振りかえってしまいそうになったが、アベルはドレスの裾を摘んで彼の後へと続き、宮殿の外へと出た。 その頃庭園では、香とリュミエルが死闘を繰り広げていた。「なかなかやりますね。」リュミエルは暗赤色の瞳を煌めかせながら、先ほど香に傷つけられた右肩を押さえた。そこからは、赤黒い血が滲んでいた。「お前こそ。」香は余裕綽綽の笑みをリュミエルに浮かべたが、身に纏っていた美しいドレスは切り裂かれ、その原型を申し訳なさ程度に留めているに過ぎなかった。「今まであなたのような方と戦ってきましたが、そこいらの雑魚とは違うあなたに、少し魅力を感じましたよ。」「悪魔といえば、耳元でキーキー喚くしか能のない奴らだと思っていたが、お前は違うらしいな。」「何をおっしゃる、あんな連中とわたしを同じ目で見ないでいただきたいですね。」リュミエルはそう言って口元を歪めて笑ったが、その目は全く笑っていなかった。漆黒の闇に染め上げられた庭園の中で、蒼と白の薔薇が何処か神々しいようで禍々しい光を放ち、まるで己の姿を誇示するかのように咲き誇っていた。(c)November Queenにほんブログ村
2011年03月29日
コメント(0)

ルディガーに乱暴される前に寸での所で逃げ出したアベルは、人気のない廊下に蹲って嗚咽を漏らしていた。ルディガーに縛められた両手首が、まだ痛む。ユーリと共に過ごした宮殿は、ルディガーが皇太子となってからすっかり空気が変わってしまった。もうこれ以上こんな所には居たくない―アベルはそう思い、ドレスの裾を摘んで再び廊下を歩きだそうとした時、切迫した声が向こうから聞こえた。「皇帝陛下が、お斃(たお)れになった!」「皇帝陛下、ご逝去!」(皇帝陛下が、お亡くなりになられた?)皇帝の突然の訃報に、アベルは呆然と立ち尽くした。(何だ、宮殿(なか)の方が突然騒がしくなったようだが・・)「どうなさいましたか?」香が宮殿内の異変に気付き、ゆっくりとそちらに首を向けた時、黒服の男から声を掛けられ、さっと彼の方を見た。「いいえ。それよりもあなた、お名前は?」「わたくしですか? わたくしは、リュミエルと申します。」「リュミエル様・・素敵なお名前ね。わたくしはアレクサンドラですわ。」香はそう言って偽りの笑みを顔に貼り付けると、そっと男に手を差し伸べた。だが男は少し警戒しているようで、香の手を握ろうともしなかった。「アレクサンドラさん、とおっしゃいましたね? 偽名を使って自己紹介するのはいただけませんね。」リュミエルはそう言って暗赤色の瞳を煌めかせながら笑った。「お前・・一体何者だ?」「わたしですか? わたしはルディガーと契約を交わした魔の眷属です。あなたと同じようにね。」鳥の羽音が耳元で聞こえたかと思うと、鋭い剣先が月光の中で閃いた。「くっ!」ドレスの裾を捲り上げ、二本の短剣を取り出した香は、リュミエルの攻撃をかわし、隙を突いて彼の向う脛を蹴った。「なかなかやりますね。殺し甲斐がありそうだ。」リュミエルが振るった剣は香の頬を掠め、僅かに剣先に付いた香の血をリュミエルは美味そうに舐めた。「さぁ始めましょうか、殺し合いという遊戯(おあそび)を。」「望むところだ。」香はそう言うなり、地面を蹴りリュミエルへと突進した。 アベルは皇帝の訃報に戸惑いながらも、必死に宮殿から出ようとしていた。「そこの女、何処へゆく!?」背後から声を掛けられたのと同時に、近衛兵の槍がアベルの首筋に押し当てられた。「わたくしは怪しい者ではございません。わたくしはエルザ、ルクレツィア伯爵家のソフィー様の友人です。」アベルの言葉を聞いて近衛兵は槍をアベルの首筋から離した。「間も無くこの宮殿は閉鎖される。」「ありがとうございます。」アベルが優雅に礼をすると、近衛兵は廊下の角へと消えた。(危ないところだった・・)ほっと胸を撫でおろしながらアベルが宮殿の出口へと向かうと、そこには我先に宮殿から出ようとする貴族達でごった返していた。「退け、わたしが先だ!」「いいえ、わたくしが先よ!」前に進むもうにも、人の波が寄せては引くの繰り返しで、なかなかアベルは宮殿の外へと出る事が出来ない。「またお会いしましたね、エルザさん。」そっと自分の手を握るアンドリューを見たアベルは、溜息を吐いた。「アンドリューさん、外にはなかなか・・」「裏口がありますから、そこから外に出ましょう。」「ええ。」アンドリューとともに、アベルは宮殿の裏口へとまわった。にほんブログ村
2011年03月28日
コメント(0)

ルディガーが大広間へと入ると、踊っていた貴族達は一斉に彼の方を見た。詮索めいた周囲の視線をものともせず、彼はアベルの姿を探した。(アベル、一体何処に居るんだ?)ルディガーは、蒼いドレスを着た黒髪の令嬢と目が合った。「どうなさいましたか?」「い、いいえ・・」ルディガーと目が合い、慌ててアベルは目を伏せた。「皇太子様とお知り合いなのですか?」「いいえ。ただ一度、助けていただいたことがあって・・」「そうですか。」アンドリューはそう言って、アベルに微笑んだ。やがて曲が終わり、彼はそっとアベルから離れた。(漸くお出ましか、ルディガー。お前の化けの皮をここで剥がしてやる、覚悟しろ。)軟弱な青年を半ば突き飛ばすかのように彼から離れた香は、ゆっくりとルディガーの方へと近づいた。「皇太・・」「やっと捕まえた。」ルディガーに声を掛けようとした香の手を、誰かが握った。彼が振り向くと、そこには黒服の男が柔和な笑みを浮かべて立っていた。「失礼ですが、あなたは?」「金色の髪、蒼い瞳・・まさしく、わたしが求めていた方。」男はそう言って香の手の甲に接吻すると、暗赤色の瞳で香を見た。男と視線がぶつかった瞬間、香は彼の背中から漆黒の羽根が微かに覗いていることに気づいた。「少し、お話ししませんこと?」「ええ、勿論ですよ。」男と大広間を出る前、香はちらりと銀髪の青年と何かを話しているアベルを見た。(アベル、奴に気づかれるなよ!)「アンドリューさんは、どちらのご出身ですか?」「サフィアの出身です。」「サフィアの・・だから勿忘草色の瞳をしていらっしゃるのですね。」ダブリスの東北部に位置するサフィア地方の民は、かつてこの国を支えたマリナラルと呼ばれる民族が治めていた地域であり、マリナラルの子孫たちは銀髪で勿忘草色の瞳をしているといわれている。だが忌まわしい“黒髪狩り”が行われると同時に、マリナラル達も迫害の対象とされ、その存在は書物の中でしか登場するだけのものとなっていた。「ええ。わたしの曽祖父はあの迫害から唯一逃れたマリナラル直系の子孫でした。」アンドリューとアベルが仲睦まじい様子で話をしていると、突然アベルは誰かに手を掴まれ、悲鳴を上げた。「また会えたね。」「ル・・皇太子様・・」何とかルディガーに気づかれぬようにと気をつけていたのに、とうとう彼に気づかれてしまった。「少し君と話したいことがある。いいかな?」「はい、構いませんが・・アンドリューさん、今夜はこれで。」「ええ。」ルディガーはアベルを連れて大広間を出て、自室へと入るなり彼をソファに押し倒した。「な、何をなさるんですか!」「今夜の君は美しいね、アベル。君が男であることが残念だ。」「離してください!」ルディガーと揉み合っている内に、アベルは彼の頬を引っ掻いた。つぅっと、ルディガーの頬から血が滴った。「そんなに君はわたしが嫌いなのか? わたしは君をこんなにも・・愛しているというのに!」ルディガーはアベルの首を両手できつく絞め始めた。「い・・や・・」苦しそうに酸素を求め、喘ぐアベルは、渾身の力を込めて彼の鳩尾を蹴った。ルディガーは身体を二つに折り曲げて激しく咳き込んでいる隙に、アベルはドレスの裾を摘んで彼の部屋から逃げた。人気のない廊下まで走った後、アベルは嗚咽を漏らした。にほんブログ村
2011年03月26日
コメント(2)

「あなたは一体、誰なんですか?」 青年に突然手を掴まれ、踊りの輪に加わったアベルは、ワルツのステップを踏みながら彼にそう尋ねると、彼はにこりと笑うだけで何も答えない。「初めて見かけるお嬢さんだ。あなたのお名前は?」「エルザです。」「エルザ・・良い名前だ。わたしはアンドリュー、宜しく。」「は、はぁ・・」そんな彼らを、香は少し離れた所で見ていた。―一体何処のどなたなのかしら?―お綺麗な方達よねぇ。―引け目を感じてしまうわ・・そんな香を見てヒソヒソと囁きを扇子の陰で交わしている貴婦人達の会話は、彼には筒抜けだった。(女装なんてしなければ良かった。こんなに色々と言われて・・)溜息を吐きながら、香はボーイが運んできたシャンパンを一口飲んだ。「すいませんっ!」「何かしら?」突然声を掛けられた事に戸惑いながらも、香は咄嗟に自分の前に立っている青年に笑みを浮かべた。「あの、もしよろしければ、あの~、僕と一緒に・・あれ、違うな・・え~と・・」(誘いたいならさっさと誘え、苛々する!)青年に向かってそう怒鳴りたい気持ちを抑えて香はにっこりと青年に微笑んで彼の手を掴んだ。「わかりました、参りましょう。」青年は香に半ば引き摺られるようにして、踊りの輪へと加わった。「痛っ!」「す、すいません、こういった場所は初めてで・・ワルツも余り上手くなくて・・」そう言って自分に詫びる美女に向かって、アンドリューは苦笑した。「余りお気になさならないでください。わたしもそうでしたから。」「え、あなたが?」アベルは思わず青年の顔をまじまじと見つめてしまった。こんなに優雅なステップを踏む青年が、自分のようにワルツが下手だった時期があっただなんて、想像できなかった。「ええ。それよりも皇太子様は都市部住民への地方強制移住策は本気で施行されないそうです。あれは、単なる脅しだとか。」「脅しですか?」「相手に勝つ為にはまずは相手を恐怖で怯えさせるのがいいのです。まぁ、皇太子様が何をお考えなのかが解りませんが。」青年はそう言うと、溜息を吐いた。「あ、あの・・迷惑でしたか?」「いいえ、ちっとも。」香は何処か軟弱そうな青年に笑顔を浮かべながら彼と踊っていた。 その頃ルディガーは、父王の寝室に居た。父親は、寝台に横たわり目を開けたまま絶命していた。彼の傍らには、葡萄酒がシーツを赤く染め、空になったグラスが転がっていた。「これでよろしいのですか?」「ああ。これでわたしを邪魔する者は居なくなった。父上は病死したと伝えろ。」「はっ!」侍従が皇帝の寝室から出て行くと、ルディガーは冷たい目で父を見下ろすと、彼の手を握った。「愚かな王よ、さようなら。これからはわたしがこの国を治めます。」ルディガーはマントを翻しながら、王の寝室を去った。「病死と偽った殺人か・・それが復讐の序曲とはね。」黒い羽音とともに、1人の青年がルディガーの蒼い瞳を暗赤色の双眸で見つめた。「まだこれからだ、わたしの復讐は。」「そうか。ではわたしはお前の復讐を見物させて貰うとしよう。」青年はそう言ってルディガーに微笑むと、羽根を広げて闇の中へと消えた。「皇太子様、こちらにおられましたか!」慌ただしい足音とともに、父王の側近であるヴァインベルク卿がルディガーの元へ駆け寄って来た。「早く大広間にいらしてください。舞踏会の主役が不在では・・」「解った、すぐ行く。」ルディガーは靴音を響かせながら、大広間へと向かった。そこに想い人と敵が居ることも知らずに。にほんブログ村
2011年03月25日
コメント(2)

アベルがレディー・ソフィーとルクレツィア伯爵家の女中達によってコルセットを締められているのと同じ頃、鴾和邸でも香が悲鳴を上げていた。「蓮華、そんなにきつく締めるな!」「我慢してくださいませ、香様。そんなことでは貴婦人にはなれませんわよっ!」「そうですわよ、香様!」何処か嬉々とした表情を浮かべながら、蓮華と彼女付の女房達が香のウェストをコルセットで容赦なく締め付けていた。「何故俺が女装して王宮舞踏会に行かないといけないんだ? 夫婦同伴なら、お前と俺で行けばいいだけじゃないか!」「新しい皇太子様は、こちらの顔をご存知のようですわ。何せあちらには不知火がおりますからね。敵地へわざわざ乗り込むような無謀な事できる筈を出来る訳がありませんでしょう?」「そうだな。だが何故俺なんだ?」「それはあなたが鴾和家の次期当主だからですわ。お義父様に女装させる訳には参りませんし。」そう言ってにっこりと笑う妻の顔を見た香は、深い溜息を吐いた。「それにしては結構張り切ってるな。数日前に仕立屋やら宝石商やらが邸に来たのはこの舞踏会の為の準備だったのか。」子ども達には絶対に見られたくないなと香はそう思いながらも、蓮華によってウェストを極限までに締めあげられた。蓮華達が選んだのは、まるで喪服のような漆黒のドレスだったが、胸元は大きく開いていた。「これじゃぁ俺が男だとばれるんじゃないか?」「いいえ、ちょっとした仕掛けをいたしましたの。」香が女中達の手によってドレスを着ると、彼の胸が突如大きく膨らんだ。「どこから見ても絶世の美女ですわね、蓮華様?」「ええ、そうね。」きゃっきゃっとはしゃぐ妻達を見ながら、香は急に豊満になった胸元を見下ろすと、再び溜息を吐いた。 その夜、ラミレス宮殿の大広間で開かれている王宮舞踏会には、ダブリス中から集まった貴族や名士達の顔が揃い、令嬢達や貴婦人達は社交界の噂話に花を咲かせていた。「ねぇ、新しい皇太子様は本当に強制移住策を実行なさるおつもりなのかしら?」「もし本当だとしたら、わたくし達どうなるのかしら?」「農作業なんて出来ないわ。」他愛のない話をしながら、女達が笑って居た時、急に大広間の入口が騒がしくなった。「あら、何かしら?」「さぁ・・」彼女達がちらりと入口の方へと顔を向けると、艶やかな黒髪を結い上げ真珠を鏤(ちりば)めた髪飾りをつけ、蒼いドレスを纏った美女と、大きく開いた胸元に宝石を鏤めた漆黒のドレスを纏った金髪の美女が丁度入ってくるところだった。「カオルさん、どうしたんですか、その胸は?」「ちょっとな。それよりもどうしてお前がこんな所に居る?」「わたしも何故こんな所に居るのかが解りません。」2人の美女―香とアベルはそんな会話を交わしながらも、道の両側に出来た人垣を困惑気味に見た。「一体なんなんだ、この状況は。俺達が来る前は皆普通に喋っていたぞ。」香はきょろきょろとルディガーの姿を探していたが、彼の姿は何処にもなかった。(ルディガーの奴、一体何処へ・・)アベルは慣れない踵の高い靴で大広間を歩きながら、不知火の姿を探していた。一歩歩く度に、ハイヒールの爪先に刺すような痛みが走った。何とか痛みを我慢して歩いていたアベルだったが、不意にバランスを崩して転びそうになった。 その時、誰かが咄嗟に彼の手を握った。「あ、ありがとうございます。」「おや、見慣れないお嬢さんだね?」そう言った青年は勿忘草色の瞳を輝かせながら、アベルの顔をじっと見た。「あの・・」「話をするのは後にして、一緒に踊ろうか?」青年はアベルの手を握ったまま、踊りの輪へと加わった。「僕がリードするから、安心して。」にほんブログ村
2011年03月24日
コメント(2)

ルディガーが都市部の住民を地方へと強制移住させる政策は、その日の午後に発表された。「そんな・・生活はどうすれば・・」「急に地方へ行けと言われてもねぇ・・」「皇太子様は一体何をお考えなのだろうねぇ?」住民達との間で今後の生活への不安が囁かされている中、ラミレス宮の中庭でルディガーは不知火とともに優雅に茶を飲んでいた。「ルディガー様、本当に強制移住政策をなさるおつもりですか?」「まさか。あれは単なる脅しだ。都市部の住民達が一気に地方に雪崩れこんで来たら要らぬ諍いや混乱が起こる。本気でそんな事を思ってはいないよ。」ルディガーはそう言って腹心の部下を見つめた。「そうですか。では何故、あの司祭の前では・・」「彼を、わたしの元に置く為だ。アベルには特別な力が備わっている。それに、アベルは“彼”に似ている。」「“彼”とは?」不知火の問いに、ルディガーは不機嫌そうな表情を浮かべた。「では、わたしはこれで。」不知火がルディガーに一礼して彼の元から下がろうとした時、ルディガーは不知火にそっとメモを握らせた。 彼は人気のない廊下でそっとルディガーから渡されたメモを開くと、そこには今夜舞踏会が開かれることが書かれていた。(舞踏会か・・)不知火はメモを炎で燃やすと、廊下を再び歩き始めた。 同じ頃、アベルはミサの準備をしながらルディガーが自分に放った言葉の意味を考えていた。“君は助けてあげる。”一体、彼は何を企んでいるのだろうか。ただ単に恋人を殺した者たちへの復讐として、強制移住策を考えるような男ではないと、アベルは思っていた。「アベル、君に手紙が来たよ。」「手紙、ですか?」同僚から手紙を受け取ったアベルは、その封筒にルクレツィア伯爵家の蜜蝋が押されていることに気づいた。レディー・ソフィーからだろうか。アベルがそう思いながらペーパーナイフで封筒を開けて折りたたまれた便箋を広げると、そこにはレディー・ソフィーの流麗な字が書かれていた。そこには仕事が終わったらルクレツィア伯爵邸に来るようにと一行だけ書かれていた。一体レディー・ソフィーはどうしてこんな手紙を自分に寄越したのだろうかと思いながらも、アベルはルクレツィア伯爵邸の前に立った。 暫く門の前で待っていると、執事らしき青年が邸の中から出て来た。「アベル様、ですね?」「はい、そうですが・・」「どうぞ、こちらへ。ソフィー様からお話は聞いております。」青年と共にルクレツィア邸の一室へと通されたアベルは、そこで妙に上機嫌なレディー・ソフィーを見た。「あら、いらしたのね。」「あの、お話というのは・・」「今夜、王宮で舞踏会が開かれるの。そこであなたに美しい貴婦人に変装して欲しくてお呼びしたのよ。」レディー・ソフィーの言葉を聞いたアベルは目を丸くしたのも束の間、彼はルクレツィア伯爵家の女中達によって羽交い絞めにされた。「どうして、わたしなのですか?」「あなた綺麗な顔をしていらっしゃるから、女装も似合うのかなぁと思っていたのよ。」レディー・ソフィーはうきうきとした様子でアベルにそう言うと、てきぱきと女中達に次々と指示を出した。あれよあれよという間に、地味な黒の法衣から、煌びやかなドレスへとアベルは着替えさせられ、その上薄化粧まで施されてしまった。(わたしが、どうしてこんな・・)鏡に映る貴婦人と変身した己の姿を見て、アベルは溜息を吐いた。「とても素晴らしいわね、お前達もそう思わない事?」「ええ。」「これなら、殿方も放っておきませんわね。」にほんブログ村
2011年03月23日
コメント(0)

突然目の前に現れた大きな狼に、璃音は悲鳴を上げようとしたがそれをぐっと堪えた。 狼に会った時は悲鳴を上げてはいけない、狼を睨んで決して背中を向けずにゆっくりと後ずされ―以前世話になった老夫婦がそう教えてくれた通りに、璃音はじろりと狼を睨み付け、ゆっくりと後ずさった。 すると狼は大きな身体を揺すりながら、璃音の前に座った。(え?)飼い慣らされた猟犬ならともかく、野生の狼が自分の前に座っているという、予想外の出来事に幼い彼女はどうすればいいのか解らなかった。「あなた、一体何なの?」「璃音、ここにいたのね!」慌ただしく裏口のドアが開く音がして、エプロンを付けたアベルの友人が出てきた。「ごめんなさい小母様、勝手に外へ出て行ってしまって。」璃音はそう言ってアベルの友人に詫びると、彼女はそっと璃音の髪を優しく梳いた。「あれはあなたのお友達?」「え?」璃音が何気なく後ろを振り向くと、そこには先程の狼が居た。狼は尻尾を振りながら、じっと璃音を見ていた。「解らないけど、そうかも。」「そう。早く中に入りなさい。」「解りました、小母様。」金髪を揺らしながら璃音が家の中へと入ると、狼もその後に続いた。「ミシェル、ごめんなさい。」厨房に入ったアベルの友人は、そう言って夫に詫びると、彼は妻に微笑んだ。「今は忙しくないからいいよ。それよりもその狼は何処で?」夫の視線が妻から璃音の傍に居る狼へと移った。「さぁ、さっき璃音が遊んでいたら急に現れたのよ。妙に人懐っこい狼だけれど。」「小父様、もしよければここで飼ってもよろしいでしょうか? 決してご迷惑はおかけしませんから。」璃音がそう言って頭を下げると、友人夫婦は彼女が狼を飼うことを許した。「決して厨房には近づかせないでね。」「解りました。」 一方、王宮内で仕事をしていたアベルが廊下を歩いていると、背後から誰かに肩を叩かれた。「久しぶりだね、アベル。」「シラヌイ・・」そこには、アデルを殺した憎い男が立っていた。「わたしに何の用だ?」「ルディガー様が、先ほど都市部の住民を全て地方へ強制移住させることを決定致しました。」「そんな・・」「ルディガー様曰く、自分の恋人を殺した奴らがのうのうと安穏な暮らしをしているのが気に入らないんだとか。」不知火はそう言うと、口端を上げて笑った。彼の横をアベルは通り抜け、ルディガーの部屋へと向かった。「皇太子様、よろしいでしょうか?」「どうぞ。」「失礼致します。」アベルが部屋に入ると、そこの内装はユーリが居た頃とは全く違っていた。「都市部の住民達を地方へ強制移住させるとは、一体どういうことなんですか?」「別に意味はない。ただ気に入らない相手がわたしの視界に入らないようにしたいだけだ。」「そんなの、まるで子どものようじゃないですか!」アベルの言葉にムッとしたルディガーが、荒々しく椅子を引いて立ち上がった。「わたしが皇太子となった暁には、わたしの恋人を殺した全ての者を排除すると決めたんだ。これはまだ序の口だ。」ルディガーはそう言うと、アベルに優しく微笑んだ。「アベル、お前だけは助けてやってもいい。」「いいえ、お断りいたします。」「強情だな、君は。そんな所も好きだけれど。」にほんブログ村
2011年03月18日
コメント(2)

(やっと、あいつらに復讐できる。)ルディガーは口端を歪めて笑うと、右手首に残る醜い火傷痕を見つめた。それはあの日、恋人の火刑を止めようとして負った悲しい傷だった。恋人の死を間近で見て発狂し、今まで離宮での静養を余儀なくされてきたが、今は違う。「ルディガー様、失礼致します。」ドアが不意に開き、不知火が入って来た。「間もなく議会が始まります。」「解った。シラヌイ、君には感謝しているよ。わたしに力を与えてくれたことを。」ルディガーがそう言って不知火を見ると、彼は照れ臭そうに笑った。「何をおっしゃいます、ルディガー様。わたくしは当たり前の事をしたまでです。」「そんな事を言わずにシラヌイ、お前には何か褒美をやらなければな。何が欲しい?」「では・・」ルディガーの言葉を聞いた不知火の瞳が微かに煌めき、彼は主の耳元で何かを囁いた。「・・解った。今すぐにとはいかないが、叶えてみせよう。」「ありがとうございます。では、参りましょうか?」「ああ。」ルディガーはマントを翻すと、部屋から出て行った。 一方、アベルはユーリの元を訪ねた後、王宮へと戻って行った。「アベル。」「ユーリア様、おはようございます。」廊下で車椅子を押しているユーリアに、アベルはそう言って会釈した。「ユーリ様に、今朝お会いいたしました。少しお加減が悪いご様子で・・」「そう。水害の影響もあってか、南部で疫病が発生しているのよ。ほら、あなたが以前滞在していた村も、水害で無くなってしまったじゃない?」「ええ・・」アベルの脳裡に、濁流に呑まれ消えてゆく村の光景が浮かんだ。もう数ヶ月前の事だが、あの村で体験した理不尽な出来事は一生アベルの記憶から消えることはないだろう。だが、困っている自分と蓮華に優しく手を差し伸べてくれたあの老夫婦のことも、忘れたくはない。彼らは今、どうしているのだろうか?「アベル、あなた今日はあの子・・璃音ちゃんと一緒じゃないの?」ユーリアはそう言うと、いつもアベルの背後に隠れている金髪の少女の姿を探した。「娘はわたしが王宮に居る時は、友人の家に預かって頂いております。この子にとって、ここは安全な場所ではありませんから。」「そうね・・」人魚の血をひく娘で、由緒ある伯爵家の孫娘である璃音の存在を宮廷人達が知れば、彼女を政治の道具として利用する輩が少なからず現れることだろう。それを考え、アベルは王宮で宮廷付司祭として働いている間は、娘を友人宅へと預けていた。「今日、議会で皇太子様が重大な発表をするそうよ。」「そうですか。何だか嫌な予感がするんですが。」アベルとユーリアは、議会が開かれている東翼棟を見つめた。 ルディガーが不知火とともに議会場に入ると、それまで談笑していた貴族達が沈黙し、一斉に彼らを見た。「今日はご多忙の中、わたくしの為に時間を割いていただきありがとうございます。」ルディガーはそう言って壇上に上がり、蒼い瞳で貴族達を見た。「本日より、首都に住んでいる全ての者達は、地方に移住して貰います。」彼の言葉に、貴族達は一斉にどよめいた。「それは一体、どういう事なのですか?」「今この王国が崩壊の危機に瀕しているのに、あなた方は何も知らずにパーティー三昧の日々を送っているでしょう? そんな暇があったら農作業に勤しみなさいと言っているのです。」ルディガーは貴族達に向かって、彼らを小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。 同じ頃、ユリシスの友人宅で、璃音は毬つきをしていた。「あ、蝶々だ!」璃音が蝶を追って路地へと面した裏口へと出ると、そこには一匹の狼がじっと彼女を見ていた。にほんブログ村
2011年03月16日
コメント(2)

ユーリは椅子に腰を下ろすと、再びルディガーの写真を見つめた。 あの事件以来、王宮の奥深くで幽閉されていた時、ルディガーは1人の司祭と恋仲になっていたが、彼の名は知らなかった。だがその彼が火刑に処されたということ、そのショックでルディガーが精神に異常をきたして離宮へ療養に行った事は、風の噂で聞いていた。 その兄が、自分と代わってこの王国の皇太子となったことに、ユーリは驚きを隠せなかった。「どうしました、ユーリ?」仕事から帰ってきた匡惟が、リビングの椅子に座り朝刊を見つめている妻に話しかけた。「匡惟、ここに写っているのはわたしの兄様なの。」「そうですか・・」銀髪紅眼のユーリと、金髪蒼眼の青年は全く似ていないが、腹違いの兄弟姉妹などは王侯貴族の間では珍しくもない。「わたしはこのまま、お前と暮らせるかしら?」「暮らせますとも。きっと皇太子様は、あなたの事をお忘れになられておられることでしょう。」「そうね・・」ユーリはそう言うと、朝刊を丁寧に折り畳んでマガジンラックの中へとしまった。「大丈夫ですか、顔色が余り良くないですよ? それに今朝は余り食べていらっしゃらないようですし・・」「大丈夫、少し気分が優れなくて。寝ていれば治るから。」「ですが・・」言い募ろうとした匡惟に、麗欖(れいらん)が勢いよくぶつかってきた。「とうさま、あそんで~」妻に似た円らな紅い瞳を輝かせながら、麗欖はそう言って匡惟を見つめた。「麗欖、お父様はお仕事から帰ってきたばかりなのよ。」「え~!」自分の思い通りにならないとわかったのか、麗欖は不満そうに頬を膨らませた。「ユーリ様、お部屋でお休みになられては? わたしは麗欖と散歩に行ってきますから。」「済まないわね・・」ユーリはゆっくりと椅子から立ち上がると、寝室へと入っていった。「かあさま、どこか具合が悪いの?」「少しね。でもすぐに良くなるよ。とうさまと散歩に行こうか。」夫と息子が家を出た後、ユーリは寝室で横になっていたが、全身を襲う倦怠感はなかなか消えてくれなかった。今朝夫が愛情を込めて作ってくれた朝食も、食べようとして猛烈な吐き気に襲われ、結局食べられなかった。一体どうしてしまったのだろう、自分の身体は。ユーリが溜息を吐きながら寝返りを打とうとした時、突然左半身に猛烈な痒みが襲った。(何だろう?)夜着の裾を捲ってみると、左腕には赤い発疹が浮かんでいた。(これは・・)謎の発疹の正体が判らず、ユーリは痒みに耐えて眠ろうとした。その時、ドアを叩く音がした。こんなに朝早くから誰だろうと思いながら、寝室を出たユーリはドアを開けた。「ユーリ様ですね?」そこには、かつて愛した男が立っていた。「アベル、どうしてここに?」「やっとお会いできた、ユーリ様。」アベルはそう言うと、そっとユーリを抱き締めた。「どうしてダブリスに居るの、アベル?」「実は・・」アベルはルディガーに会った事や、アデルの身に起きた悲劇についてユーリに話した。「アデル様は、シラヌイという男に操られて殺されました。」「シラヌイ・・確かレンゲさんの兄君だったわね?」「ええ。ルディガー様・・今の皇太子の側近として、奴は王宮に居ます。」「そう。何だか厄介な事になりそうね・・」ユーリはそう言うと、美しい眦を上げた。その頃ルディガーは、ユーリのものだった部屋でほくそ笑んでいた。にほんブログ村
2011年03月13日
コメント(0)
先ほど読了いたしましたが、白血病の息子・ダウムを救う父・ホヨンの姿に涙が出そうになりました。親は、子の為に自ら身を削っても構わないと思っているんだな・・と。ラストは胸にじ~んときました。
2011年03月12日
コメント(0)

2060年6月14日。 この日ウィーン、ホーフブルク宮では、ルドルフと今は亡き彼の妻・瑞姫の金婚式が行われた。81歳となったルドルフは足腰が弱り、杖が手放せなくなるほど体力が衰えていたが、その蒼い瞳だけは美しい輝きを失っていなかった。「お父様、大丈夫ですか?」「ああ。それよりももう金婚式か・・ミズキと結婚したての頃は毎日が楽しくて仕方がなかった。だが子どもが産まれ、お前達が独立したのを見届けた後には、ミズキはなくてはならない存在になっていたんだ。だがもう、彼女は居ない・・」「お父様・・」アイリスはルドルフが今どんな思いでこのパーティーに出席しているのかが解り、泣きそうになった。「アイリスとユナに、渡したいものがある。」「解ったわ。」パーティーが終わった後、アイリス達はルドルフの部屋へと入ると、彼は机の上に瑞姫の宝石箱を置いていた。「お父様、お母様の宝石箱をどうして持っているの?」「わたしはもう若くないから、お前達にミズキの宝石を形見分けしておこうと思ってな。宝石箱の中で埃をかぶるよりもお前達に譲る方が良いからな。」「そう。」瑞姫の宝石箱から、ルドルフは彼女が愛用していた真珠のネックレスはアイリスに、アメジストとダイヤモンドのネックレスはユナに、ルビーのイヤリングは遼太郎の妻・アレクサンドラにそれぞれ譲った。「わたくしが、こんな大切なものを頂いていいのですか? わたくしは、赤の他人ですのに・・」「何を言う、アレクサンドラ。ミズキは生前、お前を実の娘のように可愛がっていたし、わたしにとっては娘同然だ。」「ありがとうございます、お義父様。」アレクサンドラはそう言うと、涙を流してルドルフに抱きついた。瑞姫の皇太子妃時代からのワードロープや貴金属類は全てチャリティーオークションに出品し、その収益金を全て慈善団体や病院、学校、孤児院等に寄付した。彼の手元に残ったのは、瑞姫の婚約指輪と結婚指輪だけだった。「ミズキ、これだけは残しておいたよ。わたし達を繋ぐ絆だからね。」ルドルフはそう呟くと、ゆっくりと目を閉じて永遠の眠りに就いた。「お父様も、逝ってしまわれたわね。」「ああ。でも2人はこの帝国を庇護する守護天使になったんだ。100年経っても見守ってくれるよ、この国を。」「そうね・・」喪服を纏い、遼太郎達はカプツィーナ教会に仲良く眠る両親の棺を見ると、そこから静かに立ち去った。 オーストリア=ハプスブルク帝国史上、国に尽くし民を深く愛した皇帝・ルドルフと、その妻・瑞姫は、死して尚全国民に愛されている。彼らが暮らしていたホーフブルク宮殿の一角には、ルドルフと瑞姫の部屋があり、そこには彼らの肖像画とツーショット写真などが展示されていた。そしてその隅には、ルドルフと瑞姫の結婚指輪が寄り添うようにして飾られている。100年以上経っても彼らへの愛と功績が衰えぬのと同じように、かつて彼らの指に嵌められていたダイヤは、往時の輝きを未だに放ち続けていた。 かつて歴代の皇帝とその一族が住んでいたホーフブルク宮は神聖ローマ帝国以来約1200年余り敷いて来た王朝の終焉とともに、博物館となり、世界中から観光客が押し寄せる程の人気スポットとなった。中でも、ルドルフ皇帝夫妻の部屋は一番人気があり、彼らの結婚指輪を見た恋人達は永遠に結ばれると言う言い伝えがあり、パワースポットとしても有名である。 永久の輝きと共に、ルドルフと瑞姫の物語は決して色褪せることはないだろう。 ―完―(c)Abundant Shineにほんブログ村
2011年03月10日
コメント(4)

「どう、お母様の容態は?」ユナはそう言って病院の待合室のソファに座る義妹を見た。「今夜辺りが峠ですと、お医者様がおっしゃられて・・今、病室にはお義父様が付き添っておられます。」アレクサンドラは泣き腫らした目元をハンカチで拭いながら、ユナを見た。「信じられません・・数日前は元気でしたのに、どうして・・」「お母様はきっと、お兄様をあなたに任せても大丈夫だとわかったからよ。あなたがお兄様を支えてくれると悟ったから・・」「そう、ですか・・」ユナはそっと、アレクサンドラの肩を叩いた。「あのね、わたしあなたに少しお話ししたいことがあるの。カフェで話しましょう。」「はい・・」ユナとともに病院内のカフェへと移動したアレクサンドラは、そこで彼女から驚きの事実を知らされた。「お義姉様は、陛下の実のお子様ではない・・」「ええ。わたしと姉のアイリスは、お父様とは実の親子ではないの。父親は今何処で何をしているのか解らない・・でもお父様とお母様は、わたし達を育ててくれたわ。」ユナはそう言うと、そっと左手薬指に嵌められた真新しい結婚指輪を見下ろした。「アレクサンドラ、あなたの気持ちは解るし、お母様が居なくなってしまうのは悲しい事よ。でも、今はお父様とお母様の2人きりにさせてあげて。」「わかりました・・」「もう遅いから、帰りましょう。」2人はさっと椅子から立ち上がると、カフェから出て行った。 一方、ルドルフは病室でベッドに横たわる瑞姫の手を握り締めていた。どんなに話しかけても、彼女は何も答えてくれない。彼女の命は、刻一刻と尽きようとしている。「ミズキ、わたしはお前を失ったら、どうすればいいんだ・・?」ふと涙で曇った蒼い瞳を窓の外へと向けると、空には紅い月が浮かんでいた。そういえば、瑞姫と初めて会った日の夜、空には血のような紅い月が浮かんでいたっけ。あの頃は己の義務を果たす事だけで精一杯で、心は荒れ果てる寸前だった。だが瑞姫と出逢い、その乾き切ろうとしていた心に一滴の涙が落とされ、彼女と共に生きることで、この世界に生きている価値というものを実感した。魂の片割れである彼女が死んでしまうのが、堪らなく嫌だった。「ルドルフ・・様・・?」我に返ったルドルフの手を、瑞姫が微かに握り返してくる感触がして、ルドルフは窓から瑞姫へと視線を移した。 そこには、金色の瞳で自分を見つめる妻の姿があった。「ミズキ、どうしてお前はわたしよりも先に逝ってしまうんだ?」「ごめんなさい・・わたしはあなたと会えて幸せでした。わたしの肉体は滅んでも、わたしの魂はあなたの心に置いて逝きます。」「そうか・・」ルドルフは涙を流しながら必死に瑞姫に微笑もうとしたが、笑顔が上手く作れない。「ルドルフ様・・子ども達を・・」「ああ、解った・・解ったから・・」瑞姫はゆっくりと、黄金色の瞳を閉じて涙を流した。2030年5月14日午後10時22分。オーストリア=ハプスブルク帝国皇妃・ミズキは最愛の夫・ルドルフに看取られ、39歳の若い命を終えた。葬儀に参列した40万人にものぼり、長年に渡り国を陰ながら支えて来た彼女の死を悼んだ。紅き月の夜に逝った妻の事を、ルドルフは毎日思い出しながら金婚式の日を迎えた。にほんブログ村
2011年03月10日
コメント(2)

「あら、どうなさったの、シャルロッテさん?」取り巻きの1人がそう言ってシャルロッテを見ると、彼女はわざとらしく嘘泣きした。「わたくしのお気に入りの、アルハンブラのネックレスを失くなってしまったの!」「まぁ、なんてこと・・」“アルハンブラ”といえば、フランスの宝飾店・ヴァンクリフ&アーペルのネックレスで、大変高価なものだった。「何処で失くしたの?」「確か、お手洗いに立った時に洗面台に置いてきたと思うの・・」「そう、じゃぁみんなで手分けして探しましょう!」取り巻き達によって、ピクニックに参加した皆がシャルロッテのネックレスを探し始めた。「ねぇ、早くこのネックレスを受け取りなさいな。」カタリーナは悪魔の笑みを浮かべながらそう言って、ネックレスをアレクサンドラに握らせようとした。「どうして・・どうしてこんな事をするの?」「決まっているじゃない、あなたを陥れる為よ。あなたがいなくなれば、わたくしがヨウ様の花嫁となれるわ。さぁ、ネックレスを取りなさい!」「嫌よ、あなたに振り回されるのはもううんざり!」アレクサンドラはそう叫ぶなり、カタリーナがネックレスを握っている手を高く掲げ、生まれて初めて出した事がない大声を出した。「ネックレスはここにあるわ!」アレクサンドラの声で、シャルロッテ達が2人の元へと駆け寄って来た。「どうしてあなたが、わたくしのネックレスを持っているの!?」シャルロッテが鬼女のような恐ろしい形相を浮かべ、カタリーナに詰め寄った。「わたしは・・」「この方は、わたくしにネックレスを受け取るように脅して、わたくしを泥棒と仕立てようとなさったのよ!」「そんな、出鱈目ですわ! この方はライバルを蹴落としたいだけなのよ!」カタリーナがそう吼えてアレクサンドラを睨みつけたが、彼女は臆することなく次の言葉を継いだ。「わたくしの針箱から待ち針を抜いてアイリス様のドレスに刺してわたくしの所為にしたり、わざとわたくしにぶつかってユナ様のウェディングドレスを汚そうとしたり、卑劣な事をなさっているのは何処のどなたなの?」「何て方・・」「スペイン王女ともあろう方が・・」「恥知らずもいいところだわ・・」侮蔑の表情を浮かべたシャルロッテ達を、カタリーナは睨み付ける気力すらなく、力無く地面にへたり込んでしまった。シャルロッテはカタリーナの手からひったくるようにしてネックレスを奪い取ると、二度と失くさないように首に提げた。「あなたって、本当に怖い方ね。ぞっとするわ。」ピクニックで起きた“ネックレス窃盗未遂事件”は、カタリーナの卑劣さと高慢さ、悪辣さを露呈するものとなり、彼女はウィーン宮廷ばかりではなく、欧州社交界からも追放され、実家であるスペイン王家も彼女を切り捨て、残りの余生を修道院で過ごすことになった。自業自得、因果応報―カタリーナは皮肉にも、輝かしい女性としてではなく、悪女として歴史に名を残すことになってしまった。一国の王女の失墜から半年後、デンマーク王女・アレクサンドラとオーストリア=ハプスブルク帝国皇太子・遼太郎との華燭の典がアウグスティーナ教会で行われた。純白の花嫁衣装に身を包んだアレクサンドラに、凛々しい軍服姿の遼太郎はキスをした。「おめでとう、遼太郎。アレクサンドラさんとお幸せにね。」「ありがとう、母さん。」「これから宜しくお願い致します、お義母様。」「ええ、これからも宜しくね。」瑞姫はデンマークから来た義理の娘に優しく微笑んだ。欧州の社交界から姿を消し、山奥の修道院で隠遁生活を余儀なくされたカテリーナ王女とは対照的に、アレクサンドラは王女としての栄光をその手で掴み取り、幸福の頂きに立っていた。「これで、もうわたしには心残りはないわ。」そう微笑んだ瑞姫は、結婚式の数日後に突然倒れ、危篤状態に陥った。にほんブログ村素材提供:空に咲く花様+
2011年03月09日
コメント(0)

「良いお天気だこと。」「ええ、本当に。ピクニック日和ね。」翌朝、アマーリエとアレクサンドラ達は、ウィーン郊外の森林公園にピクニックに来ていた。そこには遼太郎と、アイリスとユナが居た。瑞姫もピクニックに参加する予定だったが、体調を崩して欠席することになった。「皇妃様、お身体大丈夫かしら?」「大丈夫だと陛下がおっしゃっておられたけど、今朝見舞いに伺った時、皇妃様のお顔の色が優れなかったわ。」「色々とあって、少しお疲れなのよ、きっと。」他の花嫁候補生達はそう言いながら、サンドイッチを摘み、魔法瓶に入れたコーヒーを飲みながら談笑していた。 彼女達から少し離れたところで、スペイン王女・カタリーナはぽつんと独りで昼食を取っていた。昨日ユナから激しい叱責を受けたばかりか、未来の舅となるルドルフにも嫌われ、王女としてのプライドを打ち砕かれたカタリーナは、急に鳴りを潜めたかのように大人しくなり、1日の大半は部屋に居て読書やインターネットをして過ごしていた。これまでカタリーナから陰湿な嫌がらせを受けていたアレクサンドラにとって、彼女の変化は好ましいものであったが、もしかしたら彼女はわざと大人しい振りをしているのかもしれないと思った。「アレクサンドラさん、どうしたの?」「いえ、何でもありませんわ。」「ねぇ、カタリーナ様最近大人しくなられたのではなくて? 一体どうしたのかしら?」そう言って花嫁候補生の1人であるシャルロッテがちらりとカタリーナを見た。「ええ。ユナ様に叱責された上に陛下にまで嫌われたんですもの。そりゃぁ応えるわよね。」シャルロッテの言葉に、彼女の取り巻きがすかさず相槌を打った。「まぁ、あの方が裏で何を考えているのではないかと疑うわね。」「そうね。」やがてシャルロッテ達はカタリーナ王女の悪口大会を始めたので、アレクサンドラとアマーリエはそっと彼女達から離れた。「嫌ぁね、あの人達。」「あんな方達、相手になさらなければよろしいんですわ。」アレクサンドラはそう言ってユナを見た。「ユナ様、結婚式はいつですの?」「そうねぇ、来月の14日かしら。お母様の体調が良くなり次第、彼のご家族と食事会を開くことになっているのよ。」ユナはそう言うと、目に突き刺さりそうだった前髪を掻きあげた。彼女の左手薬指には、ブルガリの婚約指輪が光っていた。「これから色々と忙しくなるけれど、何故かストレスが溜まらないのよ。」「きっと彼の愛に包まれているからですわ。」「そうかしらね?」ユナはそう言って2人に微笑んだ。「さてと、そろそろ後片付けしないとね。」「ええ。」ユナ達が帰り支度をしていると、カタリーナがアレクサンドラの肩を突然叩いた。「ねぇ、少しお話ししないこと?」「はい、いいですけど・・」何故か嫌な予感がしたのだが、アレクサンドラはカタリーナとともに少し離れた木の傍に移動した。「あなたに、お願いがあるの。」「お願い、ですか?」カタリーナはにっこりとアレクサンドラに不気味な笑みを浮かべると、黒蝶貝のネックレスを彼女に見せた。「これ、シャルロッテ様の・・」「これをわたくしのバッグに入れて、ネックレスが盗まれたと騒ぎなさい。」「え・・」アレクサンドラがカタリーナの言葉の真意を探り始めた時、シャルロッテの悲鳴が聞こえた。「わたくしのネックレスがないわ!」にほんブログ村
2011年03月09日
コメント(2)

ユナから叱責を受けた後、スペインのカタリーナ王女が部屋に引き籠ったまま出てこないことを、アレクサンドラは女官達の噂話で知った。「余程ユナ様から叱られたのが応えたのでしょうね。」「ええ。何て言ったってカタリーナ様は意気揚々とハプスブルク家の皇太子妃となられる為にウィーンに来たというのに、陛下にも皇妃様にも嫌われてしまったのでは、話にはならないわよね。」女官達はそう言って笑いながら、それぞれの持ち場へと戻って行った。あの高慢なカタリーナが部屋で落ち込んでいる姿などアレクサンドラは想像できなかったが、あんなにユナから叱責されて激しく狼狽していたのだから無理はないだろう。「アレクサンドラさん、こちらにいらしたのね。」不意に肩を叩かれてアレクサンドラが振り向くと、そこにはベルギーのアマーリエ王女がマフィンを片手に微笑んでいた。「アマーリエさん・・それは?」「明日ピクニックが開かれるでしょう? その為にマフィンを作ってみたから、あなたに試食して欲しくて。」「よろしいのかしら?」「良いに決まっているじゃないの。さあ、召し上がって。」アレクサンドラはアマーリエからマフィンを受け取ると、それを一口齧った。「美味しいわ。」「ありがとう。それよりも明日の準備はなさっているの?」「いいえ・・色々とあったから、疲れてしまって・・」カタリーナの執拗な嫌がらせを受け、身も心も疲れてしまったアレクサンドラは、ピクニックが明日にあることすら忘れてしまったので、その準備すらしていなかった。「そう。ならわたくしと一緒に材料を買いに行かないこと? 24時間営業のスーパーなら、品数が豊富だし。でも新鮮なものを使うなら、市場が良いわね。」「お言葉に甘えさせていただくわ。」アレクサンドラの言葉に、アマーリエは微笑んだ。それから2人は、ウィーン市内にある24時間営業のスーパーへと入った。カートを仲良く連れたって押しながら、アレクサンドラとアマーリエは互いの趣味や家族の事を話した。「わたくし、ウィーンに来て同年代の方とお話しで来て嬉しいのよ。リセには通っているんだけれど、そこでは色々と気苦労が多いのよ、解るでしょう?」アマーリエの言葉に、アレクサンドラは静かに頷いた。 物心ついてから王族としての責務、淑女としてあるべき立ち居振る舞い、行儀作法などを叩き込まれ、周囲には常に家庭教師をはじめとする大人達が居て、同年代の子どもと遊んだ事もなかった。アレクサンドラには3人の兄が居たが、男同士の結束が固く、彼らはアレクサンドラを無視して勝手に遊んでいた。アマーリエも、身勝手な兄が居ても心優しい姉は居なかったし、リセでは数人の友人達に恵まれたものの、腹を割って話し合える存在ではなかった。 初めて彼女達は、ライバルでありながらも同年代の友人と巡り合えたのである。「もう市場が閉まる時間だわ。」「そうね。」スーパーで精算した商品をマイバッグに詰め、アレクサンドラとアマーリエはスーパーを出て市場で食材を選んだ。「今日はとても楽しかったわ。」「わたしもよ、アマーリエ様。」「“様”づけはやめてよ、名前だけで呼んで。わたしもアレクサンドラと呼ぶから。」「そうね、アマーリエ。」アレクサンドラとアマーリエはホーフブルクに着くまで、2人は互いの顔を見合わせながら笑い合った。「さてと、頑張ってサンドイッチを作りましょう。」「ええ。」厨房で他の花嫁候補生達が明日のピクニックに持参する料理を作っている中、アレクサンドラとアマーリエはライバルではなく友人として和気藹藹な雰囲気の中でサンドイッチ作りに励んだ。「なんだか、あなたとは仲良くなれそうね。」「あら、わたしもそう思っていたのよ、アマーリエ。」にほんブログ村
2011年03月03日
コメント(0)

「わたしは、ユナ様のウェディングドレスを汚そうなんて思って・・」「嘘おっしゃい、あなたはユナ様のお幸せそうな顔を羨んでいて、わざとよろけた振りをしてドレスを汚すだなんて、恐ろしい方!」カタリーナはそう大声で張り上げながらアレクサンドラを見た。「陛下、わたくしはユナ様を傷つけてはおりません! どうか信じてくださいませ!」アレクサンドラは必死にルドルフに訴えると、彼は静かに頷いた。「あなたがそう言うのなら、信じよう。ユナ、何があったのか話しなさい。」「はい、お父様・・」ウェディングドレスを汚されたショックから未だ立ち直れないユナは、しゃくり上げながらルドルフに数分前に起こった出来事を話し始めた。 数分前、ウェディングドレスの仮縫いを終え、それを試着していたユナの元に突然、カタリーナがアポイントも無しに部屋に入って来た。「まぁ、お美しいドレスですわね。まるで雪の妖精のようですわ!」あからさまに自分に媚びへつらうカタリーナ王女の態度にユナが眉を顰めていると、部屋のドアがノックされた。「どなた?」「アレクサンドラです、ユナ様。」「入って頂戴。」「失礼致します。」アレクサンドラが部屋に入ると、そこには自分を目の敵にしているカタリーナ王女がしきりにユナのウェディングドレスを褒めそやしていた。彼女の姿を見た途端、アレクサンドラは何やら不吉な予感がした。「アレクサンドラさん、申し訳ないのだけれど、アイスティーを持ってきてくださらない? 喉が渇いてしまって。」「はい、わかりました。」アレクサンドラはテーブルの上に置かれているアイスティーが入ったグラスを手に取ると、そっとユナの元へと向かった。「あら、ごめんなさい。」ユナに無視されたカタリーナはそう言ってわざとアレクサンドラにぶつかった。「あっ」アイスティーのグラスを慌てて押さえようとしたアレクサンドラだったが、遅かった。茶褐色の液体が白絹の布地に染み込んでゆくのを、彼女は唖然と見つめるしかなかった。「お父様、どうかアレクサンドラさんをお責めにならないで。彼女は故意にわたしにぶつかってドレスを汚した訳ではないのですもの。」「わかった。ではカタリーナ王女、あなたが散々喚いた事は真っ赤な嘘だな?」「そ、そんな・・わたくしは真実を述べたまでで・・」ライバルを蹴落とし、己の罪をアレクサンドラに擦り付けようとしていた目論見が外れ、カタリーナは激しく狼狽しながらルドルフの言葉に反論しようとしたが―「お黙りなさい! これ以上あなたの嘘物語など聞きたくはありません! あなたのような女の顔を見るのはもううんざりです!」温厚なユナは初めて声を荒げてカタリーナを叱責し、キッと黄金色の双眸で彼女を睨み付けると、彼女はメドゥーサに睨みつけられ石化したかのようにその場に呆然と立ち尽くしてしまった。「お父様、このような女をさっさとホーフブルクから追い出してくださいませ! 周りにストレスを与えるような女は、オーストリアの皇太子妃に相応しくありません!」ルドルフとユナに睨まれ、カタリーナは漸く覚束ない足取りで部屋から出て行った。「どうやらカタリーナ王女は周囲から甘やかされて育ったようだ。」ルドルフは溜息を吐くと、アレクサンドラを見た。「あのような者と親戚になるのは真っ平御免だが、アレクサンドラさんのような方がリョータロウの嫁に来てくれると助かるんだが。」「は、はぁ・・」アレクサンドラはどうしていいかわからなかったが、カタリーナがルドルフの不興を買ってしまったことだけは解った。「アレクサンドラさん、陛下に気に入られて良かったわね。」アレクサンドラがユナの部屋から出ると、ベルギーのアマーリエ王女がそう言って彼女に微笑んだ。彼女の瞳には、優しい光が宿っていた。にほんブログ村
2011年03月03日
コメント(0)

アイリス皇女のドレスに数本の待ち針が突き刺さっていたことは、瞬く間に宮廷中に広がった。「一体誰がそんな酷い事を・・」「恐ろしい事・・」「アイリス様がお怪我をされていなくて良かったわ。」女官達はそう言いながら昨夜、アイリスに嫌がらせをした犯人が誰なのかとヒソヒソと話していた。「まぁ、あなた達また噂話をしているの?」突然背後から声がして女官達が振り向くと、そこには昨夜の事件の被害者であるアイリスが立っていた。「いえ、わたくし達は・・」「こんな所で油を売っていないで、さっさと自分の持ち場にお戻りなさいな!」アイリスがそう女官達を一喝すると、彼女達はそそくさと彼女の前から去って行った。「全く、女の噂好きは嫌になるよな?」アイリスと女官達の一部始終を見ていた蓉は、そう言って口笛を鳴らしながら階段から降りて来た。「ヨウ兄様、あの人達の話を聞いていたの?」アイリスは溜息を吐きながら次兄を見た。「まぁな。誰がお前のドレスに針を刺した犯人か、あいつら探偵気取りで話してたぜ。お前、犯人捜しはしないのか?」「する訳ないでしょう、そんな下らない事。あれは誰かを陥れようと狡猾な罠を犯人が仕掛けたに違いないわ!」「そう言いながら自分で推理してるじゃないか、アイリス。もし犯人が判ったらどうするつもりだ?」「さぁね。それよりもお母様はどちらにいらっしゃるの?」「母さんなら今頃、父さんとお楽しみ中さ。」蓉は口端を上げて笑った。 スイス宮にあるルドルフの寝室で、瑞姫は夫の下半身を口と手で愛撫していた。あの事件の後遺症で下半身不随となり、セックスが出来なくなったが、せめて彼のものを口と手で慰めたかった。「ミズキ、もういい。」ルドルフは自分のものをくわえる瑞姫を押し退けようとしたが、彼女は執拗に舌で愛撫を繰り返し、彼が絶頂に達すると満足気な笑みを浮かべた。「あなた、随分と溜まっていたのね?」「そんな事を言うな。それにしてもアイリスのドレスに針が刺さっていた事件だが・・」「犯人はもうわかっているのよ、わたし。でもあなたには教えないわ。」瑞姫はそう言うと、夫にしなだれかかった。「意地悪だな、教えてくれたっていいじゃないか?」「駄目よ。楽しみがなくなるでしょう?」瑞姫がルドルフに嫣然と微笑んだ時、外から衣を裂くような凄まじい悲鳴が聞こえた。「何かしら?」「お前は此処に居ろ、わたしが見て来る。」ルドルフはさっとガウンを羽織ると、寝室から出て行った。「何事だ?」悲鳴がした方へと向かうと、そこには純白のウェディングドレスを纏い、両手で顔を覆ったユナと、呆然と立ち尽くしているデンマーク王女・アレクサンドラの姿があった。「お父様・・わたしの、ウェディングドレスが・・」ユナのしゃくり上げた声に、ルドルフは初めて彼女の花嫁衣装に茶褐色の染みが広がっていることに気づいた。「一体どういう事だ、アレクサンドラ王女? 今ここで起きた事をあなたの口で詳しく説明して貰おうか?」氷のような冷たい光を湛えたルドルフの蒼い瞳に睨まれ、アレクサンドラは恐怖でその場から動けなかった。「わ、わたしは・・」「アレクサンドラ王女は、ユナ皇女様にわざとぶつかってウェディングドレスを台無しになさったのですわ!」アレクサンドラが口を開いて言葉を紡ぐ前に、カタリーナ王女が声高にそう叫ぶと、彼女を指した。 カタリーナの蒼い瞳は、ライバルを蹴落としてやろうという嗜虐的な光で残酷に輝いていた。にほんブログ村
2011年03月03日
コメント(0)

遼太郎の花嫁候補生達は、朝食の席でさりげなく彼に自分をアピールしていたが、彼の視線は常にアレクサンドラに注がれていた。(どうしてリョータロウ様はわたしの事をご覧になっているのだろう?)凡庸な容姿を持っている自分を穴が開くほど見つめて彼は何が面白いのだろうか―アレクサンドラはそう思いながら、俯き加減で朝食を食べていた。「リョータロウ、そんなにアレクサンドラさんを見つめては失礼でしょう? 彼女だって困っているではないの。」「ごめん、母さん。昨夜蓉が変な事を言うものだから・・」「まぁ、蓉ったら。兄におかしな事をまた吹き込んだのね?」瑞姫はちらりと蓉を見ると、彼はバツが悪そうな顔をした。「やだなぁ、母さん。俺は母さんが気に入っている子はデンマークのアレクサンドラ王女だって兄さんに伝えただけさ。あと、高慢ちきな女は止めておけって忠告したよ。」蓉はそう言ってチラリと自信満々に彼に向かって微笑んでいるカタリーナを見た。「高慢ちきな女ですって? そんな方、この中にいたかしら?」「あら、長旅でお疲れのお母様にごまを擦ろうとしていた方がいらしていたじゃないの、お母様?」アイリスがコーヒーを飲みながら、ちらちらとカタリーナを見た。そこで漸く彼女は、自分が好ましくない事で話題にされていることに気づき、怒りで顔を赤く染めた。「ああ、そういえばいらしたわねぇ。わたくし、嫌な方は記憶から削除するようにしているのよ。」朗らかに笑う瑞姫を見て、カタリーナは耐えきれずにダイニングから出て行った。「あら、どうされたのかしらあの方。気分でも優れないのかしら?」「さぁね。ヨウ兄様はどうお思いになって?」「多分部屋で荷物を纏めているんじゃないかなぁ?」蓉はそう言って口端を歪めて笑った。 カタリーナは自室で荷物を纏めながら、面前で侮辱された悔しさで歯ぎしりした。(悔しい、美しいこのわたくしがあんな地味な女に負けるだなんて!)輝くような美貌を持ち、周囲からちやほやされて育てられてきたカタリーナにとって、瑞姫や蓉に侮辱されたことは大いにプライドが傷ついた。だがこのまま荷物を纏めてスペインに帰国するなんて、自分の負けを認めるようで嫌だった。ライバルは徹底的に蹴落とさなければ。(わたしは世界で一番美しいのよ! あんな女に負けるものですか!)手鏡に映る自分の顔に惚れぼれしながら、カタリーナは憎しみに満ちた蒼い瞳を滾らせながら部屋から出て行った。 午前中は花嫁候補生達同士の“親睦会”が開かれ、カタリーナやアレクサンドラ達はそれぞれ紅茶を飲みながら互いの粗を密かに探し合っていた。「ねぇカタリーナさん、あなたまだこちらにいらっしゃるの? 朝食の席であれほど侮辱されたのだから、てっきりお帰りになられるのかと思っていたのだけれど。」アレクサンドラの隣に座っていたアマーリエ王女は涼しい顔でそう言うと、カタリーナを覗く花嫁候補生達はくすくすと笑った。「あんな事で落ち込むなんて、とんでもないわ。アレクサンドラさん、少し針箱をこちらに貸して下さらない事?」「え、ええ・・」昨夜の事もあってか、突然親しげに自分に話しかけて来たカタリーナをアレクサンドラは警戒したが、躊躇い無く彼女に針箱を差し出した。「ありがとう。」カタリーナは皆が見ていない隙にアレクサンドラの針箱からさっと数本の待ち針を抜くと、何食わぬ顔で彼女に針箱を戻した。 “親睦会”が終わった後、カタリーナはそっとアイリスの部屋へと忍び込み、彼女のクローゼットの中から今夜の舞踏会にアイリスが着るロイヤルブルーのドレスの裏地にアレクサンドラの針箱から抜き取った数本の待ち針を刺して部屋から出て行った。「痛っ!」その夜、舞踏会が始まる前にアイリスがドレスを着ようとした時、彼女は突然走った激痛に顔を顰めた。「アイリス様、どうなさいましたか?」「ドレスを着たら急に・・」「失礼致します。」アイリスのドレスを女官達が調べると、裏地には数本の待ち針が刺さっていた。写真素材 ミントBlueにほんブログ村
2011年03月02日
コメント(2)

「アレクサンドラ、あなたとお話しできて嬉しかったわ。今日はもう遅いからお休みなさい。」瑞姫はそう言ってアレクサンドラを見ると、彼女は静かに頷いた。「お休みなさいませ、皇妃様。」優雅に膝を折って礼をした彼女は、瑞姫の部屋を辞した。その華奢な背中を見送りながら、瑞姫は昔の事を思い出していた。「アレクサンドラさん、少しお話しがあるの、いいかしら?」アレクサンドラが瑞姫の部屋から出て来たところを、カタリーナはそう言って彼女の腕を掴んだ。「な、なんでしょう?」怯えた目で自分を見つめる彼女に、カタリーナは少し嗜虐的な気分になった。「あなた、皇妃様に気に入られたからって良い気にならないでね? わたくし達とは違って、あなたは卑しい生まれでありながらお情けで王女様となられたのだから、その辺のことは少し弁えてくださいな。」カタリーナの言葉を聞いたアレクサンドラの顔からみるみる血の気がひいていった。「お話はそれだけですわ、御機嫌よう。」嬉々として床に座り込むアレクサンドラを残し、カタリーナは自分の部屋へと向かった。その一部始終を、密かにアマーリエ王女が見ていた。「兄さん、どの子を選ぶつもりなんだ?」「どうしたんだ、蓉? 急にそんな事を聞いて。」 同じ頃、弟・蓉とその恋人であるセシェンとともに彼の部屋でポーカーをしていた遼太郎は、不意に話を振られたので弟を見ると、彼はにやにやと笑っていた。「いやぁ、兄さんがどんな子をお嫁さんにするのかと思ってさ。その中には俺の許婚だったアマーリエ王女様がいるし。セシェン、お前はどんな子を兄さんが選ぶと思う?」「そうですね、リョータロウ様なら皇妃様に似た方をお選びになられる事でしょうね。」「おいおい、やめてくれよ2人とも。僕はまだ結婚なんて考えていないのに。それに母さんに似た奴なんているのか?」「いるに決まっているさ。デンマークのアレクサンドラ王女を母さんは会ってすぐにお気に召したそうだし。まぁ彼女、見た目は地味だけれど性格は良さそうだ。」蓉はそう言って夜食のサンドイッチを頬張った。「リョータロウ様もそろそろそういう時期を迎えられたのですから、もう諦めた方がよろしいのでは?」「セシェン、蓉、他人事だと思ってお前達面白がっているだろう?」「まぁね。ひとつ忠告しておくけど兄さん、スペインのカタリーナっていう高慢ちきな女はやめておけよ。ああいう女は大抵ヒステリー持ちだ。」「女はみんなヒステリーじゃないか。でも母さんがヒステリーを起こしたところを見た事がないな。」「そりゃぁ、父さんが浮気をしても男の甲斐性としてそれを黙認しているからさ。父さんの前妻とは違って、器が大きいからね。兄さん、結婚は一生を左右するものなんだから、嫌だって言ってる暇はないさ。」「そうは言ってもなぁ、僕はまだ21だ。早すぎる結婚は不幸を招くとは思わないか? 父さんは22で結婚したけど、相手はまだ16だったっていうじゃないか?」「父さんは父さん、俺達は俺達さ。大体母さんは19で父さんと出来ちゃった結婚したんだから。幸せなんて人それぞれさ。」「随分生意気な口を利くようになったものだな、お前は。昔僕の後をついて回ってビービー泣いていた癖に。」「そんな事、忘れたね。」蓉はいたずらっぽい笑みを遼太郎に浮かべると、彼に見せつけるかのようにセシェンと濃厚なキスをした。(全く、目のやり場に困るよ・・) 翌朝、遼太郎は初めて朝食の席で自分の花嫁候補生達に会った。「リョータロウ様、初めまして。わたしはアレクサンドラと申します。」そう言って優雅に自分に礼をしてみせたダークブランの髪をした少女に、遼太郎は好感を抱いた。(この子が、アレクサンドラ王女か・・蓉が言った通り、良い子なのかもしれない。)にほんブログ村
2011年03月02日
コメント(0)

L.A.で聖のアカデミー賞受賞を見届け、ウィーンへと戻った皇帝夫妻を待っていたものは、皇太子・遼太郎の花嫁候補である数人の少女達だった。彼女達はデンマークやスペイン王家など、欧州各国の王族の出身者達であり、彼女達の望みは遼太郎の心を射止め、ハプスブルク帝国皇太子妃という地位を得ることであった。 19歳で皇太子であったルドルフと結婚し、彼との間に実子・養子を含めて7人の子に恵まれ、今やオーストリア=ハプスブルク帝国皇妃として確固たる地位を築いている瑞姫に気に入られることこそが、花嫁候補生達にとってのスタートでもあった。「皇妃様、皇帝陛下、長旅お疲れ様でございました。」開口一番そう言って瑞姫に声を掛けたのは、スペイン王女のカタリーナであった。彼女は何としても未来の姑に気に入られたい一心で、瑞姫に労いの言葉を掛けたのだが、彼女はそれを無視してカタリーナの隣に立っている少女に声を掛けた。「あなた、お名前は?」「え、え~と・・あの・・」突然皇妃に話しかけられ、口をもごもごとさせながら恥ずかしげに俯く少女の肩を、そっと瑞姫は優しく叩いた。「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。リラックスなさい。」「アレクサンドラと申します、皇妃様。」「デンマークの方ね。女官達からあなたのお噂は聞いていたわ。天真爛漫でいて、とても気配りのできる方だと。」瑞姫はそう言うと、目の前でオドオドとした表情を浮かべているダークブラウンの髪を結い上げた少女を見た。「でもわたし・・人前では上手く話せないんです。その所為で、みんなから馬鹿にされるし・・」「まぁ、そんな事言わないで。このわたくしだって昔はあなたのように毎日怯えていたものよ。」瑞姫の言葉に、少女―アレクサンドラの顔に笑みが広がった。「アレクサンドラ、あなたとお話がしたいの。わたくしの部屋に来て下さらないこと?」「は、はい!」長年憧れていた人から声を掛けられただけではなく、会話をする機会に恵まれるとは、アレクサンドラにとっては嬉しい事ばかりだった。「元気な方ね。わたくし、妙にかしこまった方よりも素を出していらっしゃる方が好きなの。」瑞姫はちらりと唇を噛み締めて悔しがるカタリーナを見ながら言うと、さっと彼女から視線を逸らした。「今夜はもう遅いから、皆さんお休みなさいな。アレクサンドラ、わたくしとともにいらっしゃい。」「はい、皇妃様。」アレクサンドラはそう言うと、瑞姫に向かって微笑んだ。カタリーナを含む残りの花嫁候補生達は、呆然としながら廊下に立ち尽くしていた。「あの、本当にわたしのような・・地味なわたしと、お話しするのですか?」皇妃の部屋に入るなり、アレクサンドラはそう言ってドアの近くから一歩も動く事が出来なかった。「まだそんな事を言っているの? わたくしはあなたの事が気に入ったのよ。さぁ、こちらにお掛けなさいな。」瑞姫は異国の王女に優しく声を掛けると、彼女に微笑んだ。「あなた達はさがっていて頂戴。わたくしはアレクサンドラと2人きりで話したいから。」「はい、皇妃様。」女官達が部屋を出て行き、気まずい沈黙が部屋の中に流れた。「ねぇアレクサンドラ、わたくしと陛下の馴れ初めを聞きたい?」「はい、お聞きしたいです。」「そう・・話せば長くなるけれど、あなたがそうしたいというのなら、話すわ。」瑞姫はそう言って、紅茶を一口飲んだ。「わたくしと陛下・・ルドルフ様と出逢ったのは、わたくしが18の時。人に追われ振袖姿で木に登って猫のようにそこに隠れていたわたくしは、バランスを崩して木から落ちたの。でもそんなわたくしを受け止めてくださったのがルドルフ様だったという訳。」「まさしく、運命の出会いですね。」瑞姫の話に、アレクサンドラは瞳を輝かせながら彼女の話が終わるまで聞いていた。にほんブログ村
2011年03月02日
コメント(0)
全27件 (27件中 1-27件目)
1

![]()
