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これまで幾度となく爆撃を受けたが、こんなに間近で遺体を見るのは、初めてだった。「酷い・・」ルドルフは恐怖で目を見開いたままの、子どもの顔を見て吐き気を催しそうになったが、それをぐっと堪えて彼の両目をそっと閉じた。「行くぞ。」「はい。」ユリウスは胸の前で十字を切ると、その場を立ち去った。「う・・」村長の邸を出て竹林へと向かおうとしていた沙良は、飛んできた瓦礫が後頭部に当たり、気絶していた。「沙良様、ご無事でしたか!」村の女が慌てて沙良を抱き起こした。「もうここは危ないですから、離れましょう!」「村のみんな・・防空壕に避難した人達は?」沙良の問いに、女は気まずそうに俯きながら残酷な真実を告げた。「みんな、助かりませんでした・・」「そんな・・」沙良は女の言葉が信じられず、地下の防空壕へと向かった。 そこには、生きながら蒸し焼きにされた村人達の遺体が転がっていた。「沙良様、お早く!」「ええ・・」沙良は懐の簪を握り締めながら、防空壕に背を向けて走り出した。竹林を抜けて駅へと向かう畦道を走っていると、ところどころに原形を留めない村人達の遺体が水田の中に沈んでいた。吐き気を堪えながら、沙良はひたすら走り続けた。(陽輔様・・沙良を、沙良をお守りくださいませ・・)遠く南方の戦地で戦っている恋人の名を呼びながら、沙良はいつも首に提げている彼と揃いのロザリオを握り締めた。漸く駅に着くと、そこは避難民達でごった返していた。「押すな!」「ちょっと、子どもが居るのよ!」「煩せぇ、餓鬼を黙らせろ!」ホームには彼らの怒号と悲鳴、泣き声が響いており、誰もが我先にと汽車に乗り込もうとしていた。「ルドルフ様、どちらにおられますか!」「わたしはここだ、ユリウス!」ルドルフは人波に逆らい、ユリウスの元へと行こうとしたが、どうしても人波に押し戻されてしまい、中々彼の元へ行けない。人波に抗いルドルフがユリウスの元へと少しずつ近づこうとした時、爆撃機のエンジン音が駅舎の上から聞こえてきたかと思うと、またあの機銃掃射の音がして、ルドルフは咄嗟に床に伏せた。 駅舎に集まっていた人々が悲鳴を上げ、一斉に駅舎の出口へと殺到した為、更に混乱が酷くなった。ルドルフは駅舎から出た人々が敵機の機銃掃射を受け、胸や頭を撃ち抜かれて次々と死んでゆくのを見た。「お母さん、起きてよ~!」「潤子、目を開けて!」戦争前長閑な空気が流れていた駅舎は、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。(これが・・大量虐殺戦争・・)あのサラエボの事件から、ルドルフは幾度も見て来た。兵士達が潜んでいる塹壕が炎と黒煙に包まれる光景を。だが、今目の前に広がっている光景は違う。今敵機の機銃掃射を受けているのは、全て民間人だ。「ルドルフ様。汽車に。」「ああ。」ルドルフとユリウスは、汽車の貨物車両に乗り込んだ。汽笛が鳴り響き、汽車はゆっくりと駅舎から離れていった。「これからどうします?」「さぁな。もう寝よう。」「ええ・・」次第に加速してゆく汽車は、汽笛を鳴らしながら東京へと向かっていた。空が曇り、雪が降って来た。 この世の地獄に降る穢れなき雪の白さを見ても、ルドルフには悲しみしか抱かなかった。にほんブログ村
2011年06月30日
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「身ノ程知ラズガ・・」ルドルフはそう呟くと、執拗に銃剣の先で村長を突いた。『うぐぁ!』苦しげな呻き声を上げながら、村長がびくびくと痙攣して果てた。「年寄リノ血は不味イ。」ルドルフは銃剣の先についた血を舐めたが、忌々しそうにそれを吐きだした。「ひ・・」沙良は恐怖のあまり、腰が抜けてしまった。「オマエ、オイシソウ・・」ルドルフは銃剣を握り締めると、ゆっくりと沙良の方へと近づいてきた。「来ないで・・来ないでぇ!」恐怖で目を見開かせながら、沙良はじりじりと後退していったが、ルドルフは徐々に距離を詰めて来た。「ウフフ、震エテル。」ルドルフは口端を歪めて笑いながら、沙良の髪を梳いた。(いやだ・・陽輔様!)沙良は恋人の名を心の中で叫びながら、彼の笑顔を思い浮かべた。「ルドルフ様!」荒々しく襖が開き、ユリウスが沙良とルドルフとの間に割って入った。「ユリウス、マタ邪魔スルツモリカ?」「ルドルフ様、どうぞ気を確かになさってください。」ユリウスは何かを取り出すと、ルドルフの唇を突然塞いだ。「う・・ユリウス・・」暗赤色の瞳が、徐々に本来の蒼へと戻ってゆき、ルドルフはユリウスをじっと見つめた。「もう大丈夫ですね。」ユリウスが安堵の表情を浮かべながらルドルフの頬を撫でた時、外から爆音が轟いた。「早くここから出ましょう!」「ああ。」ルドルフとユリウスが部屋から出ようとした時、沙良が恐怖に顔を引き攣らせながら彼らを見た。「化け物・・」「怖い目に遭わせてしまってすまない。さぁ早くここから・・」「触るな、化け物!」沙良の手を掴もうとしたルドルフは、彼に邪険に振り払われ、失望を瞳に滲ませた。「ルドルフ様・・」「行こうか、ユリウス。」彼らが部屋から出て行った後、沙良は暫し呆然としていた。外の爆音と悲鳴は徐々にこちらの方へと近づいてくる。(早く、逃げないと・・)萎えた足を奮い立たせて、沙良は村長の部屋から出て行き、竹林へと向かおうとした。「火事だ、村長の邸が火事だぞ~!」「火を消せ、早く!」男達は懸命に消火に当たったが、焼夷弾の直撃を受けた木造の邸宅は瞬く間に崩れ落ちた。「ユリウス、大丈夫か!」竹林の中を必死に走っていたルドルフは、後ろを走っているユリウスが転んだことに気づき、彼の方へと駆け寄った。「大丈夫です・・早く、ここから逃げないと・・」「肩を貸せ。」ユリウスの身体を支えながら、ルドルフが竹林を抜けて畦道を走っていると、上空に爆撃機のエンジン音が響いたかと思うと、それは急降下して爆撃を開始した。「伏せろ!」地面に倒れ込むように伏せたルドルフとユリウスに、容赦なく機関銃の銃弾が浴びせられ、銃弾が近くの水田にピシャン、ピシャンと音を立てながら当たっていく。「ユリウス、もう大丈夫だ。」ルドルフはそう言ってユリウスを見たが、彼は呆然と前方を見ていた。「どうした?」「ルドルフ様、あれ・・」 ユリウスが指した方向には、爆撃を受けて顔や腕、足などが散乱した子どもの遺体が転がっていた。にほんブログ村
2011年06月30日
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ルドルフが村長に押し倒され、犯されようとしている時、村の外れにある竹林の中で、沙良と1人の男が獣のように交わっていた。「ああ、もっと強く突いて!」「うぉ、いい・・もうイキそうだ。」沙良の艶やかな黒髪を掴み、男は激しく腰を振ると、ぶるぶると痙攣して果てた。「次は、いつ会える?」「さぁ・・それよりも、あの方はまだ戦地から帰ってこないのですか?」「ああ。心配するな、沙良。お前を置いて逝くような奴じゃない。」男はそう言うと、沙良の頬を撫でた。「じゃぁな。俺はもうそろそろ戻るぜ。」「お気をつけて。」身支度を整え、沙良はそう言って男に向かって頭を下げた。誰も居なくなった竹林の中で、沙良は溜息を吐いた。懐から彼は、恋人から貰った簪を取り出した。―沙良、これを俺が帰って来るまで持っていてくれ。出征前夜、恋人はそう言って沙良にこの簪を贈ってくれた。彼が戦地へと赴いてから3年半の歳月が経つが、今何処で何をしているのかさえ解らない。早く帰ってきて欲しい―沙良はそんな想いを胸に秘め、簪をぎゅっと握った。その時、竹林の中に強い風が吹き、沙良は思わず目を閉じた。「あなたが、沙良さん?」そっと彼が目を開けると、そこには豪奢な金髪を結いあげた、蒼いドレスを着た女が立っていた。彼女の瞳は、あのルドルフとかいう男と同じ、澄んだ蒼だった。「あなたは、誰? どうしてわたしを知っているの?」「これを、あなたに渡しに。」女はそう言うと、沙良に1枚の封筒を差し出した。「これは、あの人の・・」封筒に書かれた文字は、紛れもなく恋人が書いたものだった。「あなたの恋人は大丈夫、生きて帰ってくるわ。彼はあなたの事を心配していたわ。それよりも沙良さん、これからあなた、どうするの?」「え?」「いつまでも男に身を売って生きてゆくつもりなの?」「それは・・」沙良が口ごもると、女は衣擦れの音を立てながら彼に近づき、彼の頬をそっと撫でた。「わたしが、あなたを助けてあげる・・」彼女は沙良を抱き締めると、何か呪文のようなものを呟いた。その瞬間、ごうっと唸るような強風が竹林の中を通り抜け、さわさわと音がした。「これでもう、大丈夫・・」耳元で女の声がして、沙良がさっと辺りを見渡すと、そこには女の姿はなかった。(今のは、一体・・)まるで狐につままれたかのような感覚に陥った沙良が呆然と竹林の中に立っていると、突然村長の邸の方から凄まじい悲鳴が聞こえた。「村長様が、危ない!」沙良が竹林から村長の邸へと急いでいると、上空から突然耳障りな重低音が聞こえた。それは、自分達を恐怖と絶望、怒りに陥れる爆撃機のエンジン音だった。「敵機襲来、退避~!」「防空壕に避難するんだ!」 泣き叫ぶ老人や子どもを連れた屈強な男達が防空壕へと次々と避難し、その後に村長の伽を務めていた少年達が続いた。だが沙良は防空壕には入らず、村長の部屋へと向かった。「村長様・・」部屋は血の臭いで満ちていた。紫の振袖と白い肌を返り血に染め、ルドルフが村長に容赦なく銃剣を何度も突き刺していた。「ひぃ・・」沙良の唇から洩れた悲鳴に、ルドルフがゆっくりと振り向いた。彼の瞳は、暗赤色に輝いていた。にほんブログ村
2011年06月30日
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「痛いだろ、止めろ!」 少年達に容赦なく背中をゴシゴシと擦られ、ルドルフは思わず悲鳴を上げたが、彼らは無視した。全身に溜まっていた垢が少年達によって容赦なく落とされた後、ルドルフは覚束ない足取りで風呂場から出た。『次はこちらへ。』先ほどの少女が現れ、ルドルフを違う部屋へと案内した。 そこには、色とりどりの鮮やかな振袖が衣紋掛けに掛けられ、簪などの髪飾りが乱れ箱の中に置かれていた。部屋には少年の他に、数人の女達が控えていた。「何だ、これは? 女物しかないじゃないか!」『あなたには、黒や寒色が似合いますね。』少年は衣紋掛けから薄紫の古典柄の振袖をそっとルドルフの肩に掛けた。『帯は淡い色が良いかもしれませんね。』『髪飾りは髪の色が映えるようなものに・・』女達の手によってルドルフは振袖を着つけられ、真珠の簪を髪に無理矢理挿され、仏頂面になりながら衣装部屋から出た。『どうぞ、こちらです。』少女とともに廊下を歩くと、ざわりと男達がルドルフの姿を見て騒ぎ始めた。『あれは・・』『美しい・・まるで天女のようだ。』『沙良も美しいが・・あちらは違った種類の美しさだな。』(一体なんなんだ!?)ユリウスを救う為に村長の元へと行くのに、こんなに時間がかかるものなのか―ルドルフは次第に苛立ちを募らせてゆくようになった。「おい、まだ村長には会わせて貰えないのか?」「もう少しで村長の部屋に着きます。」少女が突然ドイツ語で話しだしたので、ルドルフは驚愕の余り彼女を見た。「お前、ドイツ語が話せるのか?」「ええ。あなた方の会話を納屋の外で聞いておりました。ここから逃げ出そうと企んでいらっしゃるようですが、無駄ですよ。」少女は微かに首を傾げながら、そう言ってくすりと笑った。一瞬彼女の黒い瞳が、暗赤色に煌めいた。その色は、あの魔女と同じ色だった。「お前は、あの女の仲間なのか?」「あの女? 誰のことです?」「とぼけるな!」ルドルフは少女を睨み付けると、彼女の手首を掴んだ。「あの納屋はなんだ? この村で一体何が起きている!?」「わたしは何も存じません。全ては村長様がご存知です。」少女はそう言ってルドルフの手を振り払うと、村長の部屋の前に座った。『失礼いたします。』『入れ。』少女は襖を開き、部屋の中へと入っていった。ルドルフも慌てて彼女の後に続いた。『ほぉ、美しいな。髪と瞳の色がよく映えている。沙良、お前は下がっていいぞ。』『はい・・』沙良はちらりとルドルフの方を見ると、部屋から出て行った。『こちらへ来い・・』村長と2人きりになったルドルフは、襖の前から一歩も動こうとしなかった。それよりも彼は、あの少女の事が気になっていた。彼女はあの魔女の仲間なのか、それとも・・『来いと言っているだろうが!』村長はルドルフの手を掴むと、自分の方へと引き寄せられた。「離せ・・」『何て美しいんだ・・』村長のしわがれた手が、紫の振袖の衿元を無理矢理開くと、布団の上に組み敷いた。「やめろ・・」しわがれた手が、乱暴に自分を犯そうとしていることに気づき、ルドルフは激しい怒りに駆られた。 それと同時に、何かが身体の奥底から湧きあがって来る感覚がした。にほんブログ村
2011年06月29日
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「沙良様・・」振袖姿の少女を見た中年の女が、慌てて彼女の為に道を空けた。「納屋に監禁している2人の鬼の様子をわたしに逐一報告しておくれ。」少女はそう言うと、女の耳元で何かを囁いた。「ありがとうございます、沙良様!」女がそそくさと自分の元から立ち去った後、少女は村長の部屋へと向かった。廊下の途中で立ち止まり空を見ると、そこには血のように紅い月が浮かんでいた。少女はそっと、月に向かって手を伸ばして、それを掴んだかのような感覚を楽しんでくすりと笑うと、再び歩き出した。「村長様、沙良です。」「入れ。」「失礼致します。」部屋の襖を開けて村長に礼をすると、彼は数人の少年達と戯れていた。「お前達、下がっておれ。」少年達は名残惜しそうに村長の部屋から出て行った。「沙良、脱げ。」「解りました。」少女は村長に命じられるままに、帯紐を解いた。シュルリ、と贅を尽くした帯がまるで鮮やかな蛇がとぐろを巻いたかのように畳の上に落ちた。「こちらに来い、沙良。」「はい。」村長のしわがれた手が、乱暴に少女の振袖を脱がしてゆき、長襦袢姿の彼女を抱き寄せた。「いつ触っても、お前の肌は気持ちいいな。」村長はそう言って、長襦袢を乱暴に脱がした。少女の白い肌が露わになったが、そこには女性特有の乳房がなかった。「村長様・・」少年が村長の肩に手を回すと、彼は下卑な笑みを口元に浮かべた。「お前だけは、儂のものだ、沙良・・」「はい・・」 ルドルフとユリウスが納屋で監禁されてから3週間が経ち、その間2人は食事と水を与えられていたが、入浴はおろか、顔を洗う事すら許されず、換気が悪く、暑い納屋の中で彼らの体力は少しずつ落ちていった。「ルドルフ様・・」「大丈夫だ。ユリウス、お前少し熱があるんじゃないか?」ルドルフはそう言うと、自分の額をルドルフの額にひっつけた。そこからは微かに熱を感じた。「そうですか? わたしは大丈夫です。」ユリウスはルドルフを安心させようとしたものの、彼の息は少し荒かった。衛生状態が悪い環境下で監禁されているだけでも過酷だというのに、ユリウスは毎晩村の男達に犯されていた。それなのに、彼は自分の事よりも、ルドルフの事を心配してくれる。そんなユリウスに対して何もしてやれない自分に、ルドルフは歯痒さを感じていた。「ユリウス、本当に・・」大丈夫なのか、とルドルフが再び彼に問いかけようとした時、納屋の戸が開いた。『どうしました?』あの振袖の少女が、床に伏しているユリウスを見た。「熱があるんだ。早く彼の手当てを・・」『村長様が、あなたをお呼びです。』少女はそう言うと、ルドルフの両手首を縛めていた鎖を斧で壊した。「ユリウスを、助けてくれ!」少女の手を掴むと、彼女はユリウスを再び見ると、こう言った。『この者は必ず助けます。では、参りましょう。』少女に連れられ、ルドルフは3週間ぶりに外の空気を吸った。ボロボロになったシャツは汗と垢で汚れ、全身の皮膚が痒くて発狂しそうになった。『さぁ、どうぞ。』少女がそう言ってルドルフを案内したのは、風呂場だった。湯煙の中で、数人の少年達が動いている気配がした。ルドルフが服を脱いで風呂場へと入ると、少年達が一斉に彼の身体をごしごしと洗い始めた。にほんブログ村
2011年06月28日
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ガチャガチャという耳障りな音がして、ユリウスはゆっくりと目を開けて痛む身体を動かした。すると、両手首を鎖に縛られたままのルドルフが、口端から泡を吹きながら激しく痙攣していた。「ルドルフ様!」恋人の異変に気づいたユリウスは、痙攣するルドルフへと駆け寄った。「ユリウス・・」ルドルフは荒い息を吐いて、ユリウスを見た。「大丈夫ですか?」「ああ、またいつもの“発作”が起きた。マイヤーリンクの時以来、何もなかったのに・・」「少しお待ちください。」ユリウスはそう言って男達によって乱暴に脱ぎ棄てられたカソックの中から、“薬”が入っている瓶を取り出した。「これで落ち着くかもしれません。」「そうか、ありがとう。」ルドルフはユリウスから瓶を受け取り、“薬”を一気に飲んだが、身体の中からなかなか不快感は消えてくれなかった。それどころか、肌蹴たシャツの隙間から見えるユリウスの白い肌に、知らぬ内に欲情してしまうのだった。「ユリウス、大丈夫か?」「ええ。それよりも、発作は治まりましたか? 酷く苦しまれていたので・・」「ああ、何とか治まった。だが・・」ルドルフは荒い息を吐きながら、ユリウスの手をそっと自分の下半身へと導いた。「あ・・」そこは、マグマのように熱く滾っていた。「何だか変なんだ。ここに来てから・・」ルドルフの荒い息と、紅潮としている彼の頬を見ると、ユリウスはこの納屋に何処か原因があるのだろうかと考えていた。「ユリウス、助けてくれ・・」ルドルフが助けを求め、ユリウスを熱で孕んだ蒼い瞳で彼を見た。「失礼します。」ユリウスはそっとルドルフのズボンのジッパーを下げると、熱を孕んだ彼の局部を口に含んだ。 ユリウスが自分のものを口に含んだ感覚がして、ルドルフは思わず呻いた。驚いた彼が慌てて自分から離れようとしたが、ルドルフは彼の頭を押さえつけた。これまで何度もユリウスに口でして貰ったことはあったが、これほどまでに感じるのは初めてだった。「うぅ・・」ルドルフはユリウスの口内に、欲望を吐きだした。「飲んだのか?」「ええ。」ユリウスがゆっくりと顔を上げると、口端には欲望の残滓が垂れていた。「すまないな、こんなことをして・・」「もう、大丈夫そうですね。良かった。」ユリウスはそう言うと、ルドルフに微笑んだ。その時、錠前の鍵が開かれる音がしたかと思うと、納屋の扉が開いて振袖を着た少女が入って来た。『失礼致します。』白い襷を掛けた彼女はそう言うと、2人分の食事が載ってある盆をユリウスとルドルフの前に置いた。「お前、名は?」『沙良と申します。ではわたくしはこれで。』「待て、お前達は一体何を考えている? わたし達をどうするつもりだ?」ルドルフの問いに少女は答えず、彼らに背を向けて納屋から出て行った。「沙良、あいつらはどうだった?」「元気そうでした。村長様、彼らをどうなさるおつもりですか?」「お前は知らなくていいことだ、沙良。それよりも今夜は儂の部屋に来るんだ、いいな?」「はい・・」 自分の尻を撫でまわす村長のしわがれた手を睨みつけながら、少女は溜息を吐いた。にほんブログ村
2011年06月28日
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「お前達は一体何を・・」ルドルフが老人を睨みつけながらそう尋ねると、彼はにぃっと笑った。『長い間生きてきたが、こんなにも美しい鬼は見た事がない。』老人はそう言ってルドルフのシャツに手を伸ばすと、それを容赦なく引き裂いた。「ルドルフ様!」ルドルフを助けようとユリウスは自分を拘束している男達に抵抗したが、逆に押さえこまれた。『ほう、桜色の乳首をしておるな。これは抱き甲斐があるのう。』老人はしわがれた手で、ルドルフの乳首を執拗にこねくり回した。「う・・」ルドルフは老人の股間を思い切り蹴り上げ、彼が悲鳴を上げている隙に逃げ出した。「ユリウス、逃げるぞ!」「はい!」恋人の手を掴み、寄り合い所から出ようとするルドルフ達に、男達が一斉に襲い掛かった。『逃がすもんか!』『ガキと婆しかいねぇ村で、俺らは溜まってんだ!』彼らが何を言っているのかは解らなかったが、次第に彼らが自分達を慰み者にしようとしていることが判った。「退け! 退かないと撃つぞ!」ルドルフは護身用の拳銃を取り出すと、男達はそれを見てさっと彼から退いた。(よし、今の内に・・)男達に銃口を向けながら、ルドルフがユリウスの姿を探していると、突然背後の茂みから1人の青年が飛び出てきたので、ルドルフは思わず銃を取り落としそうになった。青年はその隙を突いてルドルフから銃を取りあげると、彼の後頭部を拳で殴った。「ユリウス・・」恋人の名を呼びながら、ルドルフは意識を闇に堕とした。「んぅ~、うぐぅ~」苦しげな呻き声が近くで聞こえて、ルドルフはゆっくりと目を開けると、そこには数人の男達に犯されているユリウスの姿があった。「ユリウス!」ルドルフはユリウスを助けようとしたが、身体が動かない。両手首を鎖で縛められ、その鎖は壁に繋がれていた。鎖から逃れようとルドルフがもがいている中で、全裸に剥かれたユリウスはなす術もなく男達に犯されていた。悪夢のような時間が終わった後、ユリウスは服を着ないまま、ぐったりとして動かなかった。「ユリウス?」「見ないでください・・」ユリウスは屈辱と、愛する人の前で犯されたという恥辱を受け、ルドルフの顔がまともに見られなかった。「わたしは、穢れてしまいました。あなた様の顔を今、まともに見る事ができません。」「何を言っている、ユリウス。こんな事でわたし達の絆が壊れることはない。そうだろう?」「ええ・・」ルドルフの言葉にそう言って頷いたユリウスであったが、宝石のような翠の双眸には、憂いの光が帯びていた。「眠れ。」「はい・・」ルドルフとユリウスは、ゆっくりと眠りに落ちた。 一方、2人が監禁されている納屋から少し離れた村長の家では、村人達があの2人をどうするかを話し合っていた。「あいつらはすぐに殺さん方が良いだろう。男であることは残念だが、妊娠する心配はないしのう。」「村長様、奴らは憎き敵なのですよ! 生かしておいたら俺達が殺されるかもしれない!」1人の青年がそういきり立つと、村長はそれを鼻で笑った。「そんな事はしまい。それよりも・・」「失礼致します。」襖が開き、戦時中だというのに鮮やかな振袖を着た少女が入って来た。「沙良か、こちらに座れ。」村長はそう言って少女に手招きし、笑顔を浮かべた。にほんブログ村
2011年06月28日
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雪がはらはらと舞う中、ルドルフとユリウスはあてもなく歩いていた。「これからどうする?」「さぁ・・」縁もゆかりもない日本に来たユリウスは、これからどうすべきか迷っていた。「まずは住む所を探しましょう。」「そうだな。」ルドルフがそう言った時、突然背中に痛みが走った。『鬼畜米英、失せろ!』『父さんを返せ、人殺し!』ルドルフが振り向くと、そこには数人の少年達が石を持って彼を睨みつけていた。彼らの瞳には、敵への憎しみが滾っていた。「ルドルフ様、大丈夫ですか?」「ああ。ユリウス、早くここを離れよう。」「はい・・」ユリウスはそう言うと、ルドルフとともに足早にその場から立ち去った。「あの子達は・・」「恐らく近くの村の子どもだろう。ここは危険だ。」「ええ。」彼らが人気のない山道を歩いていると、一軒の民家がユリウスの目に入った。「ちょっと見て参ります。」ユリウスは民家の戸を叩いた。「誰か居ませんか?」中から返事がしなかったので、ユリウスは戸を開くと、家の中には誰も居なかった。「どうやら空き家のようです。」「そうか。ここなら人目につかないし、中を掃除すれば住めるだろう。」こうしてルドルフとユリウスは、空き家で暮らし始めた。衣類などは洗濯をすれば大丈夫だったが、困るのは食糧が確保できないことだった。「どうする?」「どうするも何も、人里に下りるしかないでしょう。」「だが、あいつらを見ただろう? あいつらはわたしを敵とみなしているんだ。」「ですがルドルフ様、このまま身を隠していては何も変わりませんよ。」ユリウスの言葉を聞いたルドルフは、ふたつ返事で彼と人里に下りることにした。 ブロンドの髪をスカーフで隠し、辺りをキョロキョロと見渡しながら、ルドルフはユリウスとともに村の中を歩いた。だが、いくら彼らが歩いても、人が居る気配がない。「ルドルフ様、戻りましょうか。」「ああ・・」ルドルフとユリウスが村を去ろうとした時、強風が吹いてルドルフの髪を覆っていたスカーフがひらりと舞いあがり、近くの田圃に落ちてしまった。「くそ、ついてないな・・」ルドルフが舌打ちしながら田圃へと向かおうとした時、突然近くの木陰から男が飛び出してきた。「ルドルフ様!」ルドルフから少し離れた所を歩いていたユリウスが血相を変えて彼の元へと駆け寄ろうとした時、鋤や鍬を持った数人の男達に彼は取り押さえられた。『こいつか、村の餓鬼どもが見たってやつは?』『女にしちゃぁでかいな。まぁ別嬪だから文句は言えねぇや。』男の1人がそう言って笑うと、ルドルフのシャツを乱暴に脱がした。『こいつ、男か! ついてねぇな!』『まぁ、いいんじゃねぇの?』男達は欲望に滾らせた目でルドルフを見つめた。「離せ、わたしに触れるな!」「ルドルフ様!」『連れて行け。』ユリウスとルドルフは男達によって村の寄り合い所のような所に連行された。そこには、数十人の村人達が居た。『こやつらが、この村に来た鬼どもか。』村人の中から老人がそう言って彼らの前に進み出ると、ルドルフの顎を杖で突いた。『反抗的な目をしておるな。だがそれもよい。』老人は口端を歪めて笑うと、いやらしい目でルドルフを見た。にほんブログ村
2011年06月27日
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「まさか、こんな所で会うなんてな。」かつての友に銃口を向けられながら、ゲルガーは笑った。「ああ。ゲルガー、僕は君を殺したくない。」「殺したくないだって? ここは戦場だぜ? 綺麗事なんざ通らねぇんだよ!」ゲルガーはそう叫ぶと、アレクセイの向う脛を蹴り、彼に銃口を向けた。「アレクセイ、俺はお前の事が嫌いだった。何不自由なく生活を送っているお前が、憎かったよ。」「嘘だろ、ゲルガー? 君はいつも、嬉しそうに僕と遊んでいたじゃないか。どうして君は変わってしまったんだ!」「人は変わるもんなんだよ、アレクセイ。じゃぁな。」ゲルガーはそう言って引き金を引こうとした時、激しい閃光と爆音が2人に襲い掛かった。「う・・」つんと鼻をつくような血の臭いで、ゲルガーは目を開けた。「アレクセイ?」辺りには肉が焦げたような臭いと血の臭いが充満していた。ゲルガーが友の姿を探していると、彼は草叢の中に倒れていた。「アレク・・」アレクセイの身体は、頭から真っ二つにされており、そこからは煙が立ち上っていた。「アレクセイ・・」ゲルガーがアレクセイの手を握ろうとしたが、彼は目を見開いて数秒痙攣した後、息絶えた。「う・・あぁぁ!」ゲルガーは両手で頭を掻きむしりながら叫んだ。 一方ダッハウ強制収容所では、アウグストが他の囚人達とともにガス室へと向かっていた。「嫌だ・・死にたくない・・」ガス室の中へと囚人達が入っていく中、アウグストは恐怖で顔を引き攣らせながらそこから逃げ出した。「囚人が逃げたぞ、追え!」「逃がすな!」看守の怒鳴り声と犬の吠える声が、アウグストの恐怖心をあおった。(神よ、お救いください・・)神はもう何処にも居ないのだと思いながらも、アウグストは必死に神へと祈った。(わたしはあなたを愛しております。どうか神よ、わたしをこの地獄から救ってください・・)アウグストは必死に暗闇の中を走りながら、神に自分を助けてくれるよう祈った。だが―「撃て、撃てぇ!」看守が機関銃を構え、その銃口をアウグストに向かって撃った。発射された銃弾が、彼の全身を貫いた。「神よ・・どうかわたしを・・助け・・」地面に崩れ落ち、息絶え絶えにアウグストが草叢を這って神への祈りを捧げていると、看守の1人が彼の首筋にサーベルを突き立てた。 アウグストの身体がびくんと痙攣した後、動かなくなった。「始末しておけ。」「はっ!」アウグストの遺体を、看守はさっさと肩で担ぐと、焼却炉へと向かった。「アウグスト・・」リュスターはアウグストの死を悟り、彼が愛用していた聖書の革表紙を撫でた。「やっと、お祖父さんの所に行けるんだね・・」彼はそう呟くと、涙を流して友の冥福を静かに祈った。 一方、ベルリン市内の精神病院の一室では、ゲルガーが壁際に向かって何かを呟いていた。「俺は間違っちゃいない・・敵を撃っただけだ・・」熱に浮かされたように同じ事を繰り返しぶつぶつと呟きながら、彼は壁際に何度も頭をぶつけていた。その蒼い瞳は、何も映してはいなかった。「ユリウス、来たな。」「ええ。」欧州を離れたルドルフとユリウスは、遠い島国に辿り着いた。にほんブログ村
2011年06月27日
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ルドルフは身体が羽根のように軽く感じられ、いつの間にかサーベルで敵を倒していた。“あの時”のように。(わたしは、スイス宮で何をしたんだっけ?)ユリウスとの関係が皇帝に露見し、“発作”が起こった後の記憶がない。あそこで何をしたのか。我に返り周囲を見渡すと、そこには黒煙が上がっている建物と、短剣を握り息絶えているユリウスの姿があった。「化け物、化け物だぁ!」ルドルフがゆっくりと俯いていた顔を上げると、彼の前には喉笛を食いちぎられたシュバイツァーが横たわっていた。ふと口元に触れると、指先は彼の血で濡れていた。「あ・・」そうだ、“あの時”、「あぁ・・」自分は多くの罪なきものを殺めたのだ。「あぁ~!」そして今、同じ事をしようとしている。逃げろ、逃げなければ。ルドルフは恐怖に強張る男達を押し退け、部屋から出て行った。「逃がすな!」「追え!」男達の怒号と靴音が聞こえ、ルドルフは廊下をひたすら走った。出口は何処にあるのかさえ、解らない。ひたすらルドルフが走っていると、彼は白衣を纏った女性とぶつかった。「すまない・・」「ハンナ、そいつを捕まえろ!」金髪の女性に、ルドルフは見覚えがあった。「あなた様は・・」「ハンナ、お願いだ、わたしを・・」「解りました。」女性はそう言うと、男達に向かって何かの呪文を唱えた。すると彼らは突然、喉元を激しく掻き毟ると息絶えた。「何をした?」「死の呪いをかけました。さぁ、今の内に愛しい人の元へと行きなさい。」「ありがとう。」ルドルフはそう言うと、ユリウスの元へと向かった。「ユリウス、会いたかった。」「ルドルフ様。」ガス室へと連行される前、命からがら強制収容所から逃げ出したユリウスは、ルドルフと再会を果たしたのは、2人が引き離されてから2年半の歳月が経っていた。「随分痩せたな、ユリウス。」「ええ。あなた様こそ・・」「行こうか。ユリウス。」「ええ。」ルドルフとユリウスは、深い霧の中へと消えていった。 夜中だというのに、敵が放つ爆弾によって、空は昼間のように明るい。耳を激しく聾する爆撃音に耐えながらも、ゲルガーはダークブラウンの髪を振り乱しながら、匍匐前進で敵陣へと向かっていった。(畜生、ここで死んで堪るか!)ゲルガーは震える手で、首に提げているロケットを開いた。そこには、養父母の写真が入っていた。彼らは空爆に遭い、その尊い命を失った。(義父さん、義母さん・・待ってろよ、俺が仇を討ってやるから!)爆風と炎で、ゲルガーの決意を秘めた蒼い瞳が美しく煌めいた。その時、茂みがかさりと動き、彼の眉間に銃が突き付けられた。ゲルガーが顔を上げると、そこには驚愕の表情を浮かべている少年兵が、翡翠の双眸で自分を見つめていた。「ゲルガー、ゲルガーなの?」 彼の声を聞いた途端、その少年兵がかつての友人・アレクセイだということにゲルガーは気づいた。そして、彼が自分の敵であることにも。にほんブログ村
2011年06月26日
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ユリウスは、アウグストを見ると、彼は聖書から古びた新聞記事を取り出した。「これは・・」「ひとつだけ、教えてください。何故亡くなった皇太子様は生きておられるのですか?」「それは、あなたには申し上げられません。それよりもどうして、アウグストさんはこの記事を?」「わたしの祖父は、皇太子様の部下でした。亡くなる直前まで、皇太子様との思い出を話してくれました。その皇太子様が、生きて居るだなんて・・信じられません。」アウグストは歓喜に瞳を煌めかせながら、ユリウスの手を握った。「ルドルフ様は、どちらに?」「ルドルフ様は・・あの医者の邸に・・」ユリウスが囚人棟から出ようとすると、アウグストが彼の腕を掴んだ。「ここから出ることは出来ません。」「どうすれば外から出る事が出来ますか?」「それは・・神の御許へと召される時です。」アウグストの言葉を聞いた途端、ユリウスは落胆の表情を浮かべた。(ルドルフ様、どうかご無事で・・)「う・・」後頭部に残る鈍痛を感じ、ルドルフがゆっくりと目を開けると、そこには自分を拉致したシュタイツァー医師と、ナチスの軍服を纏った数人の男達が立っていた。「ここは、何処だ?」「わたしの邸だよ。ここに来るまで君が車の中で暴れたから、鎮静剤を打ったんだ。」「ユリウスは、ユリウスは何処に居る?」「あの司祭様なら心配要らないよ。それよりも君は何て綺麗なんだ。」シュタイツァーは舌なめずりすると、ルドルフの白い肌にそっと触れて溜息を吐いた。「これから君には、我々に協力して貰うよ。君の協力があれば、世界を変えられる。」 夜を迎えた強制収容所内は、しんと静まり返っていた。ユリウスは何度も寝返りを打ったが、ルドルフの事が心配でなかなか眠る事が出来なかった。あの医者に拉致されたルドルフは、無事なのだろうか。「どうしました?」「いえ、何でもありません。」「ルドルフ様の事が心配なのですか?」アウグストはそう言って、ユリウスの手を握った。「ええ。」「あの医者は、ルドルフ様を殺しはしません。彼は、ルドルフ様を利用しようとしているのです。」「利用?」ユリウスは、何だか嫌な予感がした。 ベッドの柵に両手足を縛りつけられ、ルドルフは暴れたが、針金で縛められた両手は自由になるどころか、皮膚の部分に針金が食い込んでそこから血が滲み始めた。「そんなに暴れないで。君を傷つけるつもりはないんだ。」シュタイツァーは、ある薬液を入れた注射針をルドルフの腕に刺した。「うう・・」ルドルフの蒼い瞳がカッと見開かれ、彼は激しく咳き込んだ。あの“発作”が、再び起きそうになり、ルドルフは“発作”を抑えようと唇を噛み締めた。だが、薬が全身にまわり、ルドルフは痙攣しながら血を吐いた。「やっと覚醒めるんだね、ルドルフ様。」アウグストはそう呟くと、口端を歪めて笑った。針金を外され、ルドルフはゆっくりとベッドから起き上がった。何だか身体が軽い。「美しい・・それが君の、本当の姿なんだね。」シュタイツァーはほうっと溜息を吐きながら、ルドルフの薔薇色の頬を撫でた。 ルドルフは暗赤色の瞳を煌めかせながら、にぃっとシュタイツァーに笑いかけると、彼の頸動脈に噛みついた。「な・・やめてくれ、うああ~!」ルドルフはシュタイツィアーの血で汚れた桜色の唇を、ぺろりと美味そうに舐めた。にほんブログ村
2011年06月26日
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「ちぇ、今日の収穫はこれだけか。」ゲルガーはそう言うと、腐りかけた野菜が入った袋を見て溜息を吐いた。 数日前に貴族の旦那から貰った数枚の金貨はとうに底をつき、後は仲間達と盗みや物乞いをしていたが、まともなものを腹に入れた記憶がない。(畜生、いつまでこんな生活送りゃぁいいんだよ。)ゲルガーが溜息を吐きながら猫背で通りを歩いていると、向こうから軍服を纏った男が歩いて来た。男の財布をすろうかと思ったが、今はそんな体力がなかった。ゲルガーが男とすれ違おうとした時、男がちらりと自分の方を見たことに気づかなかった。「そこの少年。」「あ、なんだよ?」不機嫌そうにゲルガーが男を睨むと、男はゲルガーの手を掴んだ。「君、名前は?」「おいらはゲルガーだ。おっさんは?」「親は居ないのか?」「ああ、居ねぇよ。」「そうか・・ゲルガー、もし君が良いのならわたしと一緒に来ないか?」「おっさん、俺を腹いっぱいに食わしてくれるんだったら、ついてくぜ。あんた、名前は?」「わたしか・・わたしは、ゲオルグだ。」「ふぅん、宜しくな、ゲオルグさん。」ゲルガーはそう言って、男―ゲオルグに微笑んだ。これが、ゲルガーが戦禍に身を投じることになろうとは、まだ彼は知らないまま、ゲオルグの手を握りながら彼の家へと向かった。「お帰りなさい、あなた。あら、その子は?」ゲオルグの妻・アンネフリーゼがそう言って夫の隣に立ち、蒼い瞳に警戒心を露わにしながら彼女を見ている少年の事を夫に尋ねた。「この子はゲルガーだ。アンネ、この子を風呂に入れてくれ。」「解りました。宜しくね、ゲルガー。」「おう・・」金髪の巻き毛を揺らしながら、アンネフリーゼはそっとゲルガーの汗と埃で汚れた頬を撫でた。その時、彼女がつけている薔薇の香水が微かに香り、これが“母親の匂い”なのだとゲルガーは思った。 彼女に連れられて使用人達の手によって薄汚れた襤褸を脱がされ、垢に塗れた全身を痛いほど擦られ、ぼさぼさの髪にブラシを通されたゲルガーは、あっという間に薄汚い野良犬から宗教画に描かれるような天使から大変身した。 襤褸雑巾同然だったぼさぼさの髪は、ダークブラウンの艶やかな髪となり、垢を落とされた肌は、雪のように白く、薔薇色の頬をしていた。「さぁ、お腹がすいたでしょう。」アンネフリーゼとともにダイニングルームへと入ったゲルガーは、食卓で並べられている豪華な食事に歓声を上げた。「うっめぇ、こんなもん、食べたことねぇや!」ガツガツとキチンを頬張るゲルガーを、ゲオルグとアンネフリーゼは微笑ましく見ていた。「あなた、あの子をどうなさるおつもりなの?」「あの子はわたし達がしかるべき教育を受けさせて立派な紳士に育て上げるさ。」「あの野生児を紳士にするには、相当骨が折れるお仕事ね。」「ああ、だからこそ遣り甲斐があるというものだ。」ゲオルグはそう言って口端を歪めて笑った。 外から微かに吹き込んできた冷たい風に身を震わせながら、ユリウスはゆっくりと目を開けた。「ん・・」辺りを見渡すと、狭い部屋に二段ベッドが幾つも置かれ、ユリウスはその下に寝かされているようだった。「気が付かれましたか?」耳元で優しい声が聞こえてユリウスが気だるそうに首を動かすと、そこには囚人服を着た司祭が彼を見ていた。「あなたは?」「わたしはアウグスト、あなたと同じ聖職者です。ここはダッハウ強制収容所ないにある、司祭区域です。」「ルドルフ様は、どちらに?」ユリウスの問いに、司祭―アウグストはふっと笑うと、こう言った。「やはりあの方は、ルドルフ皇太子様なのですね。」にほんブログ村
2011年06月26日
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「お~い、ゲルガー!」 食料品店の前でルドルフから貰った数枚の金貨を握り締めた男児が通りを走っていると、彼は突然呼び止められた。「なんだよアレクセイ、何か俺に用かよ?」男児―ゲルガーは自分を呼び留めた身なりのいい少年を睨み付けると、彼は「別に・・」と言って俯いた。「悪いけどおいら、お前の相手してる程暇じゃねぇんだ。じゃぁな!」ひらひらと少年に手を振ると、ゲルガーは再び走り出した。「ゲルガーったら、すぐに居なくなるんだから・・」少年はゲルガーの姿が見えなくなると、溜息を吐いた。「アレクセイ、こんな所に居たのね。」「お母様・・」背後で渋面を浮かべ、自分を睨んでいる母親を見て、少年はビクリと身を震わせた。「また貧民街の子と遊ぼうとしていたの? ヴァイオリンのレッスンの時間でしょう?」「はい、お母様。」少年はしゅんとした様子で、通りに背を向けてドアを閉めた。「ゲルガー、今日はやけに羽振りがいいじゃねぇかよ? どっかでくすねてきたんだろう?」「ばっか、違ぇよ。いつもの通りをうろついてたら、黒貂のコートを着た貴族の旦那を見かけたから、そいつに金貨を貰ったんだよ!」「へぇ、ついてるじゃねぇか! 俺もうろついてみっかなぁ!」「止せよ、あの親父に殺されちまうぜ!」「そりゃぁ飢え死にするよりも酷ぇや!」ゲルガー達はげらげらと笑いながら、パンやハムを平らげた。 彼らは皆、貧民街に住む孤児たちだった。両親は経済的困窮から彼らを捨て、残された彼らは生きる為に盗みや物乞いをした。綺麗事なんてこんなご時世に何の役にも立ちやしない、生きる為だったら何でもする―ゲルガー達はそう思いながら、この暗黒の日々を過ごしていた。「ユリウス、もう行くのか?」「ええ。子ども達が待っていますし。」「そうか。気をつけろよ。」ユリウスはこの街にある教会で、子ども達に読み書きを教えていた。その収入は微々たるものであったが、生活を支える事には支障はなかった。「では、行って参ります。」 司祭服の上にコートを羽織り、ユリウスが玄関のドアを開けようとした時、突然数人の軍服姿の男が部屋に入って来た。「あなた方、一体何かご用ですか?」「退け!」男の1人がそう言ってユリウスを突き飛ばし、彼はバランスを崩して床に倒れた。「ユリウス!」ルドルフがユリウスに駆け寄ろうとすると、男の仲間がそれを阻んだ。「ルドルフ=フランツだな?」「ああ。お前達、一体わたしに何の用だ?」ルドルフはそう言って男達を睨み付けると、背後からまた靴音がした。「やっと見つけたよ、僕の愛しい天使。」白衣の裾を翻しながら部屋に入って来た医師は、銀縁の眼鏡越しに欲望の滾るヘーゼルの瞳でルドルフを見た。「誰だ、お前は?」「わたしはシュタイツァー。ずっと君を探していたんだ。」医師はゆっくりと部屋の中に入って来て、ルドルフに手を差し出した。「さぁ僕と一緒に行こう、この世の楽園へ。」「断る。」ルドルフは邪険に医師の手を払い除け、玄関で蹲っているユリウスの方へと駆け寄った。「大丈夫か?」「ええ・・ルドルフ様、後ろ!」ユリウスの切迫した叫び声に、背後に振り向いたルドルフは、医師が注射器を片手に襲い掛かって来たのを咄嗟によけきれなかった。「う・・」視界が徐々に霞み、意識が混濁してくる。「その司祭様も連れて行け。」(ユリ・・ウス・・)にほんブログ村
2011年06月24日
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「ん・・」 小鳥の囀りを聞き、ユリウスがゆっくりとベッドから起き上がると、隣にはルドルフの姿がなかった。「ルドルフ様?」 寝室を出たユリウスは、ハンガーに掛けられてあったルドルフのコートが見当たらないことに気づいた。ふと辺りを見渡すと、テーブルの上に1枚のメモが置いてあった。“配給に向かう。すぐに戻る ―R―”ユリウスはそれを読んで安堵の溜息を吐き、コーヒーを淹れた。 一方ルドルフは、食糧の配給を受ける為に、いつもの食料品店で並んでいた。寒さは昨日と比べて少し和らいだものの、時折吹く風は冷気を帯び、皆ぶるりと身を震わせていた。列が動き出し、もうすぐ自分の順番になるとルドルフが思った時、ぐいっとコートの裾を掴まれた。「貴族の旦那ぁ、哀れなおいらにお恵みを。」そこには襤褸を纏い、泥がこびりついた髪をした男児が立っていたが、彼はこの寒空の下、裸足であった。邪険にするよりも、さっさと金をやろうと思ったルドルフは、さっと財布から金貨を数枚投げると、男児は歓声を上げながら去っていった。「旦那、困りますぜ。」配給を店の主人から受けた時、ルドルフはそう彼に言われて首を傾げた。「あいつはいつもここら辺をうろついて、金持ちを狙っては金をせびるんです。」「親は居ないのか?」「居ることは居ますが、あいつらみたいに親に捨てられた子はここいらには沢山居ますぜ。旦那、悪い事は言わねぇ、あいつらには関わらないこった。」主人はそう吐き捨てるように言うと、ルドルフに配給分の食糧を押しつけた。(関わらない方が良い、か・・)店からアパートへと戻る道すがら、ルドルフは先程の主人の言葉を思い出していた。 オーストリアの皇太子として、ホーフブルクで何不自由ない暮らしを送っていた頃、ルドルフはカフェで平民達と議論をしたりして少しでも彼らの意見を聞こうとしていたが、今となっては自分の生活が精一杯で、他人の事に構っている時間もなくなった。最早ルドルフは皇太子ではない、ただの民間人なのだ。そんな自分があの孤児たちに何かしてやれることなど、出来やしない。そう思っているのに、ルドルフはあの男児の事が気にかかって仕方なかった。「ルドルフ様、お帰りなさいませ。今日は何か変わった事はありませんでしたか?」「何もなかったな。襤褸を着てわたしに物乞いをしてきた子ども以外は。」ユリウスは、ルドルフの言葉を聞いて少し陰鬱な表情を浮かべた。教会で司祭として勤めていた彼は、救護院で孤児たちの世話をしてきたので、襤褸を着た孤児の事が気になったのだろう。「それで、ルドルフ様は・・」「邪険に追い払うよりも、金貨を数枚くれてやった。当分あの金であの子どもは食っていけるだろう。ユリウス、お前が今何を言いたいのかは解る。」「ルドルフ様、何とかして彼らを救える方法はないのでしょうか?」「わたし達が救ってどうなる? この非常時に、自分の生活すら安逸に暮らせるという保証すらないのに、他人を助けている暇があるのか?」ルドルフの言葉に、ユリウスは俯いた。「申し訳ありません、差しでがましい事を申しました。」ユリウスはルドルフにそう言って背を向けたが、彼の背中が少し震えていることに気づいた。「ユリウス、わたしだって彼らを助けたいと思っている。だが戦争が終わらない限り、誰も幸せにはならない。」「そうですね。」ユリウスはゆっくりとルドルフに振り向き、彼に微笑んだが、目元は涙で濡れていた。「朝食の支度をしてまいります。」(ユリウス、お前は優しい。誰にでも優しい。だがお前の“優しさ”が、過ちを生むのではないか?) ユリウスの気持ちは痛いほど解るルドルフだったが、その所為で彼は何処かで他人を傷つけてはいないかと不安に思い始めていた。にほんブログ村
2011年06月24日
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ドイツ・バイエルン州。 かつて「狂王」と呼ばれていたが、国民達から慕われていたルートヴィッヒ2世が治めていたこの地から北西15キロ離れた場所に、それはあった。建物を囲むかのように張り巡らされた鉄条網、隙間なく建てられた囚人棟。その場所は、こう呼ばれた―ダッハウ強制収容所と。今日も強制収容所では、囚人達は過酷な労働を課せられ、粗末な食事を与えられながらそれに耐えていた。囚人達は互いに結束しあい、密かに看守の目を盗んでは、ここから解放されるその日までいかに生き残る方法を探る日々を送っていた。「今日の食事は、これだけか・・」収容所の一角に設けられた「司祭区域」に収容されているカトリックの司祭、アウグストは、カビの生えたパンを一口齧るとすぐさまそれを吐きだした。彼はミュンヘン近郊の村で司祭として住民達から慕われていたが、密かにレジスタンスに参加していた事を理由に、ダッハウ強制収容所へと連行されたのである。 この囚人棟には、カトリックやロシア、セルビア正教会の司祭が収容されており、アウグストには共に村の教会で働いていた司祭、リュスターと共にこの行き地獄のような日々を耐えていた。「リュスター、いつまでこんな日が続くのかな?」アウグストはそう言うと、天を仰いだ。「アウグスト、挫けてはいけない。主はいつもわたし達を見守ってくださるのだから。」「この世界に、神はいらっしゃるのだろうか・・」「アウグスト・・」彼はここに来てから変わった―と、リュスターは思った。村の教会で共に働いていた時、アウグストは温和な笑みを村人達に浮かべる優しい青年だった。だが、ここに来てからアウグストは笑顔を浮かべる事がなくなった。まるで彼は人が変わったかのように塞ぎ込み、陰鬱な表情を浮かべるようになった。原因はこの収容所の環境であることは判っているが、いつ解放されるか解らない日々の中、リュクシーはアウグストを支える気力を徐々に失くし、親友同士であった2人は些細な事で口論するようになった。 そんな中、アウグストは常に肌身離さず持っている聖書を久しぶりに開くと、古い新聞記事がはらりと落ちた。何だろうと思って記事を拾い上げると、それは50年以上前に発行されたもので、一面にはオーストリア皇太子・ルドルフが謎の情死を遂げたという訃報が報じられていた。記事の横には、ルドルフ皇太子の顔写真が載っていた。癖のある金髪に、美しく澄んでいて決意を湛えた蒼い瞳。彼の写真を見たアウグストは、ふと幼い頃を思い出していた。 まだアウグストが両親と祖父母とともにウィーンに住んでいた頃、よく祖父はアウグストを膝の上に乗せ、宮廷に勤めていた時の話をしてくれていた。祖父の話に瞳を輝かせながら聞いていたアウグストだったが、祖父が時折遠い目をしながら自分に話してくれるのは、ルドルフ皇太子の話であった。ルドルフ皇太子は一見近寄りがたい雰囲気を持つ青年だったが、一旦打ち解ければ身分に問わず友人として優しく迎えてくれる青年であったとか、彼の傍にはいつも黒髪の司祭が居たことなどをひとしきり話した祖父は、決まってこう言ったのだった。―あの方が居なくなられたことが、オーストリアにとって最大の損失だ。そんな祖父も、戦争が始まる1936年の冬に、心底慕っていた皇太子の元へと旅立っていった。アウグストは収容所での辛さを一時忘れて、ルドルフ皇太子が今生きていたらどのように思うのだろうかと考えていた。「アウグスト、その新聞記事、古いものだね。」「ああ。わたしの祖父が大切に持っていたものでね。聖書を開こうと思ったら出てきたよ。」「そうか・・君の笑顔、久しぶりに見たよ。」リュスターに言われるまで、アウグストは久しぶりに自分が笑顔を浮かべていることに、気づかなかった。ダッハウ強制収容所を登場させました。この収容所には、聖職者達が収容されていて、2000人余りの内、1000人しか生還することができなかったようです。また、ナチスの軍医による人体実験が行われていたようです。参考資料:Wikipedia ダッハウ強制収容所にほんブログ村
2011年06月22日
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家族と別れてから、ユリウスと共にルドルフは各地を放浪し、漸くウクライナの地方都市に落ち着いた。 マイヤーリンクの夜から50年以上が経ち、その間にオーストリア=ハンガリー帝国も、ドイツ帝国も消滅した。誰もルドルフとユリウスを知る者は居ない。マイヤーリンクで自分を撃とうとした永久の命を持つ魔女・ハンナと、彼女が仕えている男以外は。彼らの消息は依然わからないが、わかったところで余計な心配をユリウスにさせるだけだ。ルドルフは窓から月を眺めながら溜息を吐いた。あの夜以来、例の“発作”は起きていない。ユリウスの血を吸う為に、彼の首筋を傷つける必要がなくなったことに、ルドルフは少し安堵していた。 彼はそっと窓から視線を外し、眠っているユリウスのシャツのボタンを外し、胸元を露わにした。彼の首筋には、ルドルフが付けた無数の咬み痕があった。“発作”に襲われる際、ユリウスがいつもルドルフに血を与えてくれた。ルドルフは何とか血を飲まない方法を考えたが、己の奥底に眠る魔物は、ユリウスの血を欲した。このまま欲望のままに彼の血を吸えば、ユリウスを噛み殺してしまうのではないかと、ルドルフは恐れた。愛する者を傷つけてばかりいる自分に、ルドルフは苦しんでいた。「ん・・」ユリウスが微かに唸り、ゆっくりと翡翠の瞳でルドルフを見た。「まだ、起きていらしたんですか?」「ああ、月を見ていた。あんなに綺麗な月を見たのは、あの夜以来だ。」「ええ、そうですね。ルドルフ様、もうお休みになって下さい。明日も早いのですし・・」「ああ。お休み、ユリウス。」ルドルフはユリウスにキスすると、彼の隣で眠りに就いた。冬風が、また窓硝子をカタカタと鳴らした。 一方、2人が住む街から遠く離れたベルリンでは、魔女ハンナがナチスの将校と劇場で戯れていた。「君は本当に美しい人だ、ハンナ。もっと早くに君と出逢えていれば良かった。」「まぁ、ご冗談を。それよりも、先ほどのお話しを聞かせてくださいな。」ハンナは将校にしなだれかかりながら、彼に微笑んだ。「ああ、いいとも。何処まで話したかな・・確か・・」「ユダヤ人達を収容所に連行して、何かするのでしょう?」「ああ、そうだった。わたしも詳しくは知らないのだが、収容所では日夜ある“実験”が行われているらしい。」「“実験”ですって? まぁ、恐ろしい事。」ハンナがくすくすと笑うと、将校はワインを飲みながら話を続けた。「ダッハウでは囚人達を集めて、ある薬液を投与してその反応を一週間に渡って観察しているらしい。」「何の薬液なのですか?」「さぁ、詳しくは知らんが・・何故そんな事を聞くんだい、ハンナ?」「理由は聞かないでくださいませ。」ハンナはそう言うと、将校に再び微笑んだ。「遅かったな。」劇場からハンナが出ると、路地裏から水色の髪をした男が現れた。「少し情報を得るのに時間がかかってしまいました。」黒貂のコートを着たハンナは、主に将校から聞いた話を報告した。「そうか。人間とはつくづく残酷な生き物だ。」「ええ、全くです。反吐が出ます。」「ルドルフ皇太子は、まだ見つからないのか?」「ええ。ユリウスとかいう司祭様の消息も掴めません。恐らく皇太子様と一緒に行動しているのではないのかと。」「そうか・・ハンナ、この戦争で世界は大きく変わる事だろう。人間達はどれほど残酷で矮小な生き物なのかを、彼らは身を以って知ることになるだろうよ。」男はそう言うと、水色の髪をなびかせて路地裏を歩きだした。ハンナはコートの裾を翻しながら、彼の後に続いた。彼らの姿は、次第に闇の中へと消えていった。にほんブログ村
2011年06月22日
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1942年1月、ウクライナ。 第二次世界大戦が3年前に勃発してから、世界には明日の光が見えぬ程の深い闇に覆われていた。そんな中、ルドルフとユリウスは冬風を全身に受けながら、食糧の配給へと向かっていた。 マイヤーリンクの夜から50年以上経ったが、ルドルフはあの時の若さと美貌を保っていた。癖のある金髪をなびかせながら、彼は隣を歩いている恋人の手を握った。「お寒くはありませんか、ルドルフ様?」「大丈夫だ。ユリウス、お前はどうして手袋をしていないんだ?」外は突き刺すような寒さの中、ユリウスの両手はかじかんでいた。「わたしは平気ですから。それよりも早く参りましょう。」「ああ・・」食糧の配給へと2人が向かうと、そこには既に沢山の人々達が列を作っていた。寒空の中彼らが配給を待っていると、漸く商店の扉が開いて列が動き出した。配給を受けた者は微かな笑顔を浮かべながら歩き、逆に待っている者は不安といら立ちを浮かべながら自分の順番を待っていた。ルドルフとユリウスは配給分の食糧を受け取ると、商店から出て行った。「今日も寒いですね、ルドルフ様。」「ああ。」アパートの部屋に入り、コートを脱いでハンガーに掛けながら、ルドルフはそう言ってユリウスの手を掴んだ。彼の手は、痛々しい皸(あかぎれ)が出来ていた。「手袋をしろと言ったのに・・確か、乳液があったから、それを塗ってやる。」「そんな・・自分で致します。」「人の親切は素直に受け取れ。」ルドルフはそう言うと、ユリウスの手に乳液を塗り始めた。「今夜は冷えるな。」「ええ。一週間分の薪や石炭がありますから何とか凌げますが、これがなかったら・・」「わたしが何とかするさ。それに、寒い時は人肌が一番良いんだ。」「な・・またあなた様は・・」頬を赤らめたユリウスに、ルドルフは悪戯っぽい笑みを浮かべた。木枯しが窓硝子を叩く中、ユリウスはやがて眠りに落ちた。ルドルフはそんな彼の寝顔を隣で見ながら、マイヤーリンクから幾日経った日の事を思い出していた。「ルドルフ兄様、生きてらしたのね。」「アフロディーテ、ヴァレリー、元気そうだね。」マイヤーリンクで“死んだ”ルドルフが、実は生きていたと知り、2人の妹達は歓喜した。「これから何処へ行かれるの、兄様?」「解らない。だがユリウスと共に、生きていこうと思う。」「そう・・兄様、やっと幸せを掴んだのね。」アフロディーテはそう言って、ルドルフの手を握った。「ヴァレリー、アフロディーテ、エルジィに・・」「解っているわ。お兄様、ユリウスと幸せになってね。」「ありがとう、ヴァレリー。」ヴァレリーはルドルフを抱き締めて涙を流した。「お母様には会ってゆかれないの?」「ああ。」自分の死を嘆き、喪服を纏っている母。彼女と会ったら、罪悪感で一度決めた心が揺らいでしまいそうで怖かった。「2人とも、元気で。」ルドルフはそう妹達に笑顔を浮かべると、彼女達に背を向けて歩き出した。妹達と別れを告げた数日後、フランツがユリウス達の家を訪ねてきた。「どうしても、行くのか?」「ええ、父上。もうわたしは、皇太子として生きる事が出来ません。」「そうか・・わたしは結局、父親としてお前と向き合う事をしなかったな。こうしてお前と向き合う時には、全てが終わっていたのか・・」「父上、さようなら。」ルドルフはすっかり老いてしまった父の、皺が目立つ手を握ると、彼と最後の別れを告げた。彼が最後に見た尊敬する父の顔は、涙に濡れていた。にほんブログ村
2011年06月21日
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「なんなのよ、全く!」 フロイデナウ競馬場で憧れの人・ルドルフ皇太子と運命の出逢いを果たしたものの、当の皇太子は自分を無視して、司祭の手を取った。「お可哀想なお嬢様。」ロマンチックなルドルフとの出逢いをイメージしていたが、それが叶わずに憤っていたマリーに、ハンナは声を掛けた。「ハンナ、どうしたら皇太子様の気をひくことができるの?」「それは・・」ハンナは口端を歪めると、マリーの耳元に何かを囁いた。 それから間もなくして、ルドルフとマリーが仲睦まじく並んで歩く姿を女官達が目撃し、“皇太子は若い娘に手をつけた”という良からぬ噂が広がり始めた。(ルドルフ様、あなた様は一体何をお考えなのですか?)ユリウスは悶々としながらも、ルドルフにマリーとの関係を聞けずにいた。 その日の夜、ルドルフの寝室へと呼びだされたユリウスは、思い切ってマリーとの関係を彼に聞いた。「あの小娘の事なら、お前が思っているような疚しい関係ではない。あの馬鹿な小娘は、恐らくドイツの手先だろう。」「ドイツの?」「ああ。わたしに近づいてくる女は何かしら裏がある。野暮な田舎男じゃない限り、そのような見え透いた手には乗らない。」「そうですか・・」マリーとの関係はあくまでもドイツの手を探る為なのだと知り、ユリウスは安堵した。「ユリウス、嫉妬しているお前の顔も可愛いな。」「もう、ルドルフ様・・」ただ話すだけだったのに、今宵もユリウスはルドルフによって甘く啼いた。「ねぇ、皇太子様はまだあのミッツィとかいう女と付き合っているの?」「そうらしいですね、お嬢様。」ハンナはそう言って、マリーを見た。「どうしてあんな娼婦に皇太子様は夢中なのかしら? わたしなら皇太子様を癒してさしあげられるのに・・」 1889年1月27日。 マリーとこのまま偽りの関係を続けるのにも嫌気がさしたルドルフは、思い切ってシュティファニーとの離婚を許して貰えるよう、ローマの教皇に手紙を出した。当然答えは、ノーだった。 その事でフランツと激しく口論したルドルフだったが、ドイツ大使館のパーティーにて、正妻であるシュティファニーを差し置いて、ルドルフはマリーとワルツを踊り続けた。「皇太子様、本当にいいのかしら?」「ああ、君とずっと一緒に居たいんだ。」「嬉しいわ・・」ルドルフをハニー・トラップに仕掛けるつもりが、逆に彼が仕掛けたハニー・トラップにはまってしまった愚かな小娘を、ルドルフは心の中で笑った。 1889年1月29日未明、マイヤーリンク。「ここでわたし達は永遠の愛を誓うのね。心中のふりだなんて、ロマンチックだわ。」「そうだね、マリー。もうここで君の役目は終わりだよ。君のお蔭でドイツが何を企んでいるのか解ったよ。さぁ、もう行きなさい。」「わたしはあなたを愛しているわ、あなたもそうでしょう!?」「おや、知らなかったのかい? わたしはちっとも君の事なんか愛していなかったよ。」マリーはルドルフの言葉に打ちのめされ、自ら銃で頭を撃ち抜いた。「ルドルフ様・・」「もう行こうか、ユリウス。」ルドルフはユリウスを連れて部屋から出ようとすると、ドアが開いてハンナがルドルフに銃口を向けた。「ルドルフ様!」ユリウスが己を盾にしてルドルフを守ろうとしたが、ハンナは壁に向かって撃った。「後はわたくし達にお任せ下さい。」「済まない・・」 ルドルフはマイヤーリンクにて謎の死を遂げたことになっているが、真相は未だ闇の中である。あっという間にマイヤーリンク事件まで書いてしまいましたが、あっさり風味で終わってしまいました。マイヤーリンク事件終了とともに、19世紀末ウィーン編も95話で終わりです。次回から、時代ががらりと変わって第二次世界大戦下の欧州と日本を舞台にする予定です。にほんブログ村
2011年06月21日
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「ユリウス、おはよう。」「ん・・」ユリウスが目を開けると、そこにはじっと自分を見つめているルドルフの姿があった。勿論2人とも服は着ていない。「ルドルフ様、もう戻りませんと・・」「いい。それよりもユリウス、わたしがプラハに行くときはお前もついて来て欲しい。」「え?」ユリウスが驚いてルドルフを見ると、彼はペロリとユリウスの頬を舐めた。「お前が居ないと違和感があるし、それに・・」ルドルフは、そっとユリウスの華奢な腰と尻を撫でた。「ルドルフ様、そんな事なさったら・・」「あの女は何も言うまい。もっとも、あいつとの関係はないも等しいんだ。」ユリウスはルドルフがプラハに行くたびに、彼が所有する邸宅で彼と過ごすようになった。 それはまるで彼がルドルフの“正妻”であるかのようで、女官達の噂話を聞いたシュティファニーは心穏やかではなかった。女遊びが絶えない夫に対して怒狂っていた彼女ではあったが、夫が男相手にもうつつをぬかしていることを知ると、彼女は発狂しそうになった。「あなたが、ユリウスね?」アウグスティーナの告解室でユリウスが信者を待っていると、急にそこへシュティファニーがやって来た。「こ、皇太子妃様・・」「まぁ、綺麗な顔だ事。あの人が心を奪われるのも無理はないわね。でもあの人の妻として言わせて貰うわ。あの人を奪わないで!」シュティファニーはそう叫ぶと、ユリウスの手を爪で引っ掻くと、告解室から出て行った。「そうか、シュティファニーがわたしたちの関係に気づいたか・・」その夜、ルドルフの寝室でユリウスが昼間の事を話すと、彼は溜息を吐いた。シュティファニーに辟易していたルドルフであったが、彼女に自分達の関係を知られるとなると厄介だが、相手にしない方がいいだろう。「余りあいつから何を言われても、気にするな。」「はい・・」ルドルフとユリウスの関係を知ったシュティファニーは、ルドルフの部屋に来て激しくユリウスとの事を責め立てたが、ルドルフはそれを一切無視した。皇太子夫婦の関係は、もはや修復できぬほど亀裂が入っていた。そんな中、ルドルフは1人の少女と出逢う。 1888年4月、フロイデナウ競馬場。ルドルフはユリウスを競馬場に連れて行き、ロイヤルボックスでレースを観戦していた。彼らの他にはルドルフ付の侍従が数人居たが、“皇太子の愛人”と噂されているユリウスの存在を彼らは黙認していた。「ルドルフ様、わたしみたいな者がロイヤルボックスになど・・」「いいだろう。」ルドルフはそう言ってユリウスに人目もはばからずにキスをした。彼らの甘い空気に耐えきれなかったのか、レース観戦どころではない事態が起きたのかどうかは判らなかったが、侍従達はそそくさとロイヤルボックスから出て行った。「ルドルフ様、もうおやめください。」「ふふふ、照れているのか? お前のそんな顔を見るともっと苛めたくなる・・」ルドルフはそう言うと、ユリウスの下肢へと手を伸ばした。「あぁ・・」「もっと啼け、ユリウス。わたしの為に・・」ルドルフがユリウスをもう少しのところで押し倒そうとした時、ロイヤルボックスに1人の少女が黒髪をなびかせながら入って来た。「皇太子様、お会いしたかった!」少女はユリウスを突き飛ばすと、ルドルフに大胆にも抱きついた。「何だ、お前は?」「マリー=ヴェッツラと申します、皇太子様。お会い出来て光栄ですわ。」ルドルフは歓喜の目で自分を見つめる少女を邪険に突き飛ばすと、ユリウスの手を取ってロイヤルボックスから出て行った。「失敗しましたね。」 呆然とロイヤルボックスに取り残されたマリーを双眼鏡で見ながら、ハンナはそう呟いて笑った。にほんブログ村
2011年06月21日
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数日後、ルドルフはベルギー・ラーケン宮にて、縁談相手であるベルギー王国王女・シュティファニーと見合いをした。恥じらいながら自分を見つめるシュティファニーは、まだ幼さの残る少女だった。彼女と会ってすぐに、自分の結婚は不幸なものになると感じた。所詮国同士の契約としての政略結婚である。「ルドルフ、あなたはあの子でいいの?」ルドルフとシュティファニーの結婚準備が進む中、エリザベートがそう言ってルドルフを見た。今まで母親らしいことすらしていなかった彼女は、息子の結婚が不幸なものになるのだと直感で解ったのだろう。(わたしは、父上よりも母上に似ている・・)美貌も、主義思想も、乗馬好きなところも、ルドルフは父・フランツよりも母・エリザベートに似ていた。だが、一つだけ違うことは、フランツがエリザベートを心底愛しているということだ。ウィーンを留守にして、男友達と遊ぶ妻を許して、フランツは辛抱強く彼女の帰りを待っているのは愛故だ。だが、その愛は、シュティファニーの所にはない。それでも、ルドルフは茨の道をあえて選んだ。「わたしは、シュティファニー王女と結婚いたします。」「あなたは、本当に愛する人が居るのではないの?」「居ます。ですが、彼とは結ばれません。」ルドルフはそう言うと、エリザベートの部屋から出て行った。「ルドルフ・・」閉ざされた扉を見つめながら、エリザベートは初めて、ルドルフの心を巣食おうとしている闇の存在に気づいたのだった。「お母様、どうなさったの?」「アフロディーテ、あなたはルドルフの結婚の事、どう思っているの?」「反対だわ。あの女は兄様を幸せに出来ない。兄様を幸せにできるのはユリウスだけ。」「ユリウス・・」エリザベートの脳裡に、ルドルフといつも一緒に居る青年の姿が浮かんだ。(もしかして、ユリウスがルドルフの愛する人?)「ユリウス、皇妃様がお呼びだよ。」「皇妃様が、ですか?」アウグスティーナで仕事をしていると、ユリウスは皇妃からの突然の呼び出しに戸惑いながらも、彼女の部屋へと向かった。「お呼びでしょうか、皇妃様?」「ユリウス、あなたはルドルフの事をどう思っているの?」「こ、皇妃様・・」ユリウスはエリザベートの質問に答えられなかった。「わたしは、ルドルフ様を愛しております。ですが、わたしが居ればルドルフ様は・・」「苦しむというの? ユリウス、あなたルドルフがあなたをどんな顔で見ているか、知らないでしょう?」「え?」「あなたといつも一緒にいる時のあの子の顔は、笑顔を浮かべているのよ。作り笑いなんじゃない、心からの笑顔を。だからあなたは、ルドルフから離れてしまっては駄目なのよ。」エリザベートはそう言って、ユリウスの手を握った。「お願いよ、ユリウス。あの子の・・ルドルフの手を離さないであげて。あの子には、あなたしかいないの。」「皇妃様・・」 ルドルフは、シュティファニーとアウグスティーナで華燭の典を挙げ、やがて2人の間にはエリザベートという名の皇女を授かった。しかし、醜女な上に価値観の違うシュティファニーと、ルドルフとの夫婦仲はもう冷え切り、その頃からルドルフはホーフブルクよりもミッツィ=カスパルという娼婦の元へと足しげく通うようになった。それでもルドルフは、ユリウスを抱く事を止めようとはしなかった。「ルドルフ様・・」「ミッツィの事を気にしているのか? あの女は唯の遊びだ。本命はお前だけだ、ユリウス。」恋人に愛の言葉を囁きながら、ルドルフは今宵も彼とシーツの波へと身を投げるのだった。にほんブログ村
2011年06月20日
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「陛下、失礼致します。」皇帝の私室へと入ると、窓際に立っていたフランツが険しい視線をルドルフに送った。「掛けなさい。」「はい。」ソファと向かい合わせに座ると、フランツは溜息を吐いた後、こうルドルフに告げた。「突然だが、お前にはプラハに行って貰う。」「わたしがウィーンに居ると不味いからですか?」「聡いお前なら、言わなくても解るだろう。」ルドルフの脳裡に、スイス宮で見た凄惨な光景が浮かんだ。“あれ”は、自分が引き起こしたこと。あの時、頭の中で突然声が聞こえて部屋を飛び出してから、血塗れのユリウスを見つけるまで、記憶がない。一体自分はその間何をしたのか。「父上、ひとつあなたにお聞きしたいことがあります。」「何だ?」「わたしは、人間ですか?」ルドルフの問いに、フランツは唇を震わせた。「何を言っている。当たり前だろう。」「そうですか・・ではわたしはこれで失礼致します。」ルドルフは安堵の表情を浮かべると、皇帝の私室から出て行こうとした。「ルドルフ、まだ話は終わっていないぞ。プラハへ行く前に、ベルギーに向かって貰う。」「ベルギーにですか?」「ああ。」父が何を言おうとしているのかが、もう解っていた。成人してから、やがて試練が訪れると思っていた。それが、来たのだと。「解りました。」皇太子である限り、世継ぎを儲けることは義務である。それがたとえ、最愛の人を傷つけることになろうとも。「ねぇフラン、聞いた? ルドルフ兄様がベルギーへ行くんですって!」「ベルギーに? もしかして・・」「その“もしかして”じゃないこと? 兄様も・・」ヴァレリーとフランの会話を聞いていたユリウスは、胸が痛んだ。(あの方が・・結婚される。)ルドルフがベルギーへと向かう目的は、妻となる女性と会う為だ。彼が成人を迎えてから、いつかルドルフが結婚する日が来るのだと思っていた。(解っていた筈なのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう?)彼とは結ばれないのだと頭では解っているのに、心の奥底では彼を諦められない自分が居る。(わたしは、何故彼を・・ルドルフ様を愛してしまったのだろう?)報われぬ恋をして、その身を焦がして。彼が決して自分のものにならぬというのに、彼が欲しくてもがいて、足掻いて。ただひたすら、彼を愛している自分が、愚かでならなかった。「ユリウス。」ふと背後を振り向くと、ルドルフがユリウスを見ていた。「ルドルフ様・・ベルギーに行かれるのですね?」「ああ。だが結婚は形だけだ。わたしはお前に約束した、決してお前を離さないと。」「ルドルフ様・・」自分に、自分だけに向けられるルドルフの笑顔。それが、誰か他の者に向けられると思うと、嫉妬で狂いそうだった。「ユリウス?」「離さないで、ください・・」突然ユリウスに抱き締められたルドルフは、戸惑いながらもその華奢な背中を優しく擦った。「離さないから・・大丈夫だ。」ルドルフは涙を流すユリウスの頬をそっと撫でると、その唇を優しく塞いだ。“これであなた様はわたしのものです、ルドルフ様。”にほんブログ村
2011年06月20日
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「殿下、さぁこちらに。」洋館の中へと入ったルドルフは、また激しい既視感に襲われた。(ここはやはり・・来た事がある・・)脳裡に、霞んだ世界が見えてきた。―ああ、気持ちいい・・誰かの首筋に牙を立てると、女は恍惚とした表情を浮かべながら自分を見つめていた。(あれは一体誰なんだ?)ルドルフは思い出そうとしたが、その途端激しい頭痛に襲われた。「どうなさいましたか、殿下?」「頭が・・」「さぁ、こちらへお掛け下さい。」荒い息を吐きながら、ルドルフは椅子から腰を下ろした。「ユリウスは?」「彼なら、ここに。」水色の髪をなびかせながら、黒い外套の裾を翻し、男がテーブルの上にユリウスの遺体を横たえた。「ハンナ、あれを。」「はい、旦那様。」女官はさっとテーブルの向こうの棚に掛けられている二股の剣を取り、男に手渡した。男は躊躇いなくその剣をユリウスの胸に突き刺した。「何をする!」「これも彼を救う為だ。」椅子から立ち上がりサーベルを振りかざそうとしたルドルフに、男はそう言って彼を見た。ユリウスの胸から剣を抜いた男は、何か呪文を唱えると、彼の全身に謎の液体を掛けた。「これで大丈夫だ。」「ユリウスは・・助かるのか?」「ああ。」ルドルフはそっとユリウスが寝かされているテーブルへと近づき、彼の黒髪を梳こうとした。だが、指先が動かなかった。「どうなさったのですか?」「彼をベッドに寝かせてくれ。」「今回の件は、あなたの所為ではないよ。」男はそう言ってルドルフに慰めの視線を送ったが、彼は暗い表情を浮かべながら部屋から出て行った。「旦那様、どうなさいますか?」「暫く様子を見よう。ハンナ、風呂の用意は出来ているか?」「はい。」男と女官は、薔薇風呂にユリウスを沈めると、ルドルフに与えていた“薬”を彼の全身に掛けた。「う・・」苦しげな呻き声とともに、ユリウスの瞳がゆっくりと開いた。「目を覚ましたのですね。」「ここは・・ルドルフ様は?」ユリウスがルドルフの姿を探すと、ふと手に優しい温もりを感じた。「ユリウス。」「ルドルフ様・・」「良かった・・本当に良かった。」ルドルフはそう言うと、ユリウスを抱き締めた。「ルドルフ様、わたしは・・」「もう心配しなくていいからな、ユリウス。」「はい・・」ルドルフに抱き締めながら、ユリウスは翠の瞳を、暗赤色に光らせた。「あれで良かったか、ハンナ?」「ええ。殿下はユリウスを愛することを望んだ。2人の愛は、永遠です。」洋館のカーテン越しに、ホーフブルクへと戻るルドルフとユリウスの姿を見ながら、ハンナは口端を歪めて笑った。「ルドルフ様、皇帝陛下がお呼びです。」「解った、すぐ行く。」ホーフブルクへと戻ったルドルフは、皇帝の私室へと向かった。にほんブログ村
2011年06月20日
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2007年8月頃から書き始め、2008年6月から連載3年目に突入した『孤高の皇子と歌姫』、漸く第二部を終了いたしました。第三部はちょっと時間をおいてから書こうと思っております。第二部を書くとき、↓の曲を聴きながら色々と構想を練りました。GaGaの曲やPVって、色々なメッセージが込められていますね。「born this way」の次に「JUDAS」が好きです。
2011年06月18日
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(この人は一体誰だ?)ユリウスは、自分を見下ろしている青年を恐怖で震えながら見ていた。其処に居るのは紛れもなく自分の恋人の筈。皇妃譲りの美貌を持ったハプスブルク家の皇子。だが、今自分を押し倒して犯そうとしているのは、彼の姿を借りた別の“モノ”だ。「あなたは・・誰なんですか・・」喉奥から絞り出すようなユリウスの言葉に、“それ”は笑った。「ナニ言ッテルンダ、ユリウス。ワタシガワカラナイノカ?」宝石のように美しく、常に意志の強い光を宿した蒼い瞳は、今は禍々しい暗赤色に妖しく煌めいていた。「ワタシト一緒ニ死ンデクレルダロウ、ユリウス?」「嫌です・・離してください・・」ユリウスは何とか“それ”から逃れようとしたが、力強い“それ”の両腕に両肩を押さえつけられてビクともしない。「ユリウス、アイシテル・・」ゆっくりと、桜色の唇とビロードの舌がユリウスの口腔内を犯した。その時、彼は見た。夏の陽光に照らされた、“それ”の黒い影を。「ひぃ・・」悲鳴を上げたユリウスは、震える手でロザリオを掴んだ。神を裏切ったというのに、今こうして神に縋っている自分の姿が滑稽でならなかった。それでもユリウスは、神に縋りたかった。だが、どれだけ神に助けを求めても、神は“それ”を追い払ってくれなかった。「ユリウス、ドウシタンダ?」暗赤色の瞳を煌めかせながら、“それ”はそっとユリウスの頬を撫でて来た。カラン、という音がして、サーベルが地面に転がった。「あなたは・・誰なんですか? あなたは・・」「馬鹿ナ事ヲ。本当ニワタシガ誰ナノカ解ラナイノカ?」(違う・・今ここに居るのはルドルフ様じゃない。)ルドルフの身体を乗っ取った、禍々しい瞳を光らせた魔物に、ユリウスは恐怖に震えた。ユリウスは護身用の短剣を取り出し、その刃を首筋に当てた。ピシャリ、と緋の噴水が顔にかかり、ルドルフは漸く我に返った。「ユリウス?」ルドルフは一体何が起こったのかが判らず、恋人の姿を探した。ユリウスは短剣を握り締めたまま息絶えていた。短剣の切っ先は、彼の血で濡れていた。「ユリウス、しっかりしろ!」ルドルフは半狂乱になりながらユリウスの身体を揺さ振ったが、何の反応も返って来ない。「誰か、来てくれ! 誰か!」「その者は死にました。」凛とした声がして、ヒールの音を響かせながら金髪の女官がすっとユリウスの隣に座り、彼の脈が止まっていることを確かめた。「そんな・・嘘だ! お願いだ、ユリウスを助けてくれ!」「どうしても、その者を救いたいのですか?」女官はそう言って、蒼い瞳でルドルフを見つめた。「彼を助けてくれるなら、どんな手を使ってもいい!」「・・解りました。では・・」女官は暗赤色の瞳を煌めかせると、息絶えたユリウスの唇を塞いだ。すると突然突風がごうっという唸りとともに吹き、シニョンに結っていた彼女の腰下までの長さの髪がばらばらと解けた。「これでもう、彼はあなたのもの。」女官はそう言うと、ユリウスを抱き上げた。己の体重よりも重い彼の身体を、彼女は難なく横抱きにすると、裏口へと向かっていった。「待て、ユリウスを何処へ連れて行くつもりだ!?」「わたくしについて来て下さい、殿下。」女官とともに裏口へと出て幾つかの路地を通ると、ルドルフは見憶えのある洋館の前に立った。(わたしは、ここを知っている・・) 一瞬既視感に襲われながらも、ルドルフはゆっくりとカーゴイルの彫刻が施されている門を開け、館の中へと入った。にほんブログ村
2011年06月18日
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「ルドルフ、どうした?」ヨハンはルドルフの様子がおかしいことに気づき、彼の肩を揺すった。「ミンナ、殺サナイト・・」ルドルフは熱に浮かされたようにぶつぶつとそう呟くと、寝室から飛び出していった。「ルドルフ、待て!」ヨハンは嫌な予感がして、彼の後を慌てて追った。「ルドルフ様、一体どうし・・」ルドルフが廊下を歩いていると、皇帝の侍従が彼に声を掛けた。ルドルフは護身用の拳銃を取り出すと、躊躇いなく引き金を引いた。(今のは、銃声・・?)アウグスティーナで仕事をしていたユリウスは、遠くで聞こえた銃声に身を震わせた。銃声がした方向はスイス宮―ルドルフの部屋がある近くだ。(ルドルフ様に何かが・・)ユリウスは仕事を放り出し、スイス宮へと向かった。「スイス宮から黒煙が!」「火事だ!」侍従達の怒号や女官達の悲鳴が聞こえ、ユリウスは法衣の裾を捲り上げながらスイス宮へと向かう足を速めた。だが、スイス宮にあるミヒャエル門は堅く閉ざされ、中の様子が判らなかった。「お願いです、通して下さい!」「いけません、中は危険です!」「ルドルフ様は・・皇太子様はご無事なのですか?」「それは・・」衛兵がユリウスの剣幕に押されていると、中から再び銃声が聞こえた。「失礼します!」「待って下さい!」衛兵を振りきり、ミヒャエル門の中へと入ったユリウスは、そこで信じられない光景を見た。 地面は血で緋に染まり、芝生の上には兵士達や女官達の死体が転がっていた。(一体、ここで何が・・?)「う・・うぅ・・」ユリウスが吐き気を堪えながら先へと進もうとすると、瀕死の重傷を負った年嵩の女官に足首を掴まれ、彼は転倒しそうになったが何とか持ちこたえた。「ここで一体何があったのです? 皇太子様はどこに?」「悪魔・・あいつは・・悪魔だ・・突然、みんなを・・」「ルドルフ様が、一体あなた方に何を・・」「あいつは・・悪魔・・ぎゃぁぁ!」突然女官が恐怖に顔を歪ませたかと思うと、彼女の首が何者かによってサーベルで薙ぎ払われ、それは勢いよく地面を飛んで壁にぶつかった。「ユリウス、ここに居たのか。」「ルドルフ様・・」ユリウスがゆっくりと顔を上げると、そこには血に塗れたサーベルを握り締めたルドルフが立っていた。「一体何が起きているのです? どうしてあなたはあの人を殺したのです?」「ユリウス、来てくれると思った。」ルドルフはそう言うなり、ユリウスを抱き締めた。「ルドルフ様?」「ユリウス、ひとつお願いがあるんだ。聞いてくれるか?」「お願い、ですか?」この時ユリウスは、ルドルフの様子がおかしいことに気づいた。「わたしと一緒に、死んでくれないか?」ルドルフはそう言うと、サーベルの切っ先をユリウスの喉元に突き付けた。「ルドルフ様・・何を・・」「本当は自殺して欲しかったんだが、お前はしないだろうから・・わたしがお前を殺して、わたしもすぐに後を追うから。」そう言って笑ったルドルフの瞳は、禍々しい光を放っていた。ユリウスはその時、突如豹変したクララも同じ瞳の色をしていたことを思い出した。「絶対に離さないから。永遠にお前はわたしのもの・・」ルドルフはユリウスの向う脛を蹴飛ばし、地面に押し倒すと、彼の法衣を脱がせた。「足を開いて、ユリウス。」(違う、ここに居るのは・・目の前に居るのは、ルドルフ様じゃない。)にほんブログ村
2011年06月18日
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「いつからだね?」マイヤー司祭は部屋に入るなり、ユリウスにそう尋ねた。「いつから、と申しますと?」「いつからルドルフ様とあのような関係を持っていたのかね?」「それは・・」ユリウスの脳裡に、告解室でルドルフと結ばれた数週間前の夜の事が浮かんだ。「数週間前からです。マイヤー司祭様、わたしは今回の事は弁解も何もいたしません。ですが・・」「ユリウス、これは由々しき事態だ。聖職者である君がルドルフ様と肉体関係にあるなど・・ウィーン宮廷だけでは騒ぎが収まらないだろうよ!」始終穏やかな表情と口調のマイヤー司祭が、まるでユリウスに鞭を振るうかのような険しい口調でそう言って彼に詰め寄った。「マイヤー司祭様・・」「君はもうここには居られないよ。」「解っております。」恐れていた秘密が皇帝に知られた以上、このまま宮廷には居られないという事は、覚悟していた。「君の除籍が正式に決まり次第、君は謹慎していなさい。」「はい、失礼します・・」マイヤー司祭の部屋から出て行ったユリウスは、心に鉛を抱えたような気分で仕事をした。「ユリウス、君には残念だよ。」同僚の1人がそう言うと、ユリウスに冷ややかな視線を浴びせた。「君は神を裏切った。」(わたしは、神を裏切った・・) 一方皇帝から謹慎を命じられたルドルフは、あの“発作”に襲われていた。「う・・ユリウス・・」シーツを引き裂かんばかりに握り締めながら彼は恋人の名を呼んだが、彼は今アウグスティーナに居る。だが彼がここに―自分の元に来るとは限らない。皇帝に自分達の関係が知られた以上、ユリウスと会うことはもうないだろう。「ユリウス・・ユリウス・・」必死に獰猛な本能に抗いながら、ルドルフは自分の腕に牙を突き立てた。白い肌から血が流れ出すが、不思議と痛みは何も感じなかった。心が酷く傷ついているからなのだろうか。「ルドルフ、やめろ!」寝室の扉が乱暴に開け放たれ、ヨハン=サルヴァトールが自分の腕を傷つけるルドルフを羽交い絞めにした。「大公、何故止める!?」「自分を傷つけてなんになるというんだ!」「わたしの・・わたしの所為でユリウスが・・ユリウスがわたしの元から離れていってしまう!」ルドルフはそう叫ぶと、大粒の涙を流した。「嫌だ、そんなのは嫌だ!」「ルドルフ、落ち着け!」「ユリウスが自分の元から居なくなるなんて、嫌だ! そんなのは嫌だ~!」ルドルフは両手で頭を抱えながら泣き叫んだ。「壊れるな! お前はハプスブルクの皇子だ! 闇に呑まれるな!」「嫌だ・・ユリウスと離れるなんて嫌だ!」ルドルフがそう叫んだ時、彼は眼球をスプーンで掻き回されるかのような激痛に襲われ、寝台の上でのたうち回りながら手負いの獣のような叫び声を上げた。「ルドルフ、しっかりしろ!」「ユリウス・・ユリウス・・」ルドルフの脳裡に、ユリウスと出逢ってから今日までの思い出が走馬燈のように流れた。―皆殺シニシロ・・―殺セ・・殺スンダ・・「ソウダ・・ミンナ殺サナキャ・・」「ルドルフ?」ヨハンがルドルフの異常に気づき、彼の肩に触れようとした時、彼がゆっくりと顔を上げた。彼の蒼い瞳は狂気に彩られた暗赤色に輝いていた。にほんブログ村
2011年06月18日
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「はぁ、はぁ・・」 ソファの上でルドルフによって何度も絶頂に達し、息絶え絶えになったユリウスは、そこから起き上がる気力もなく、肩で息をするほど体力を激しく消耗していた。法衣は床に落ち、乱れたシャツの隙間からはルドルフから付けられた薔薇色の所有印が覗き、神に仕える身でありながら、淫靡な空気をユリウスは今、纏っていた。「そんなに、良かったのか?」さらりと髪を撫でられ、熱で潤んだ瞳でユリウスはルドルフを見つめた。普段一寸の隙もなく軍服を着込んでいる皇太子の彼はそこにはなく、襟元をだらしなく緩め、ユリウス同様熱で潤んだ蒼い瞳でただ恋人を見つめていた。「ルドルフ様・・」「昼間からの情事も、刺激的で良いな。今度から毎日するか?」「毎日は、ご勘弁下さい。体力が持ちません。」「そうか・・お前がそう言うのなら仕方ない。」ルドルフは苦笑すると、ユリウスの頬に軽くキスした。「ん・・ルドルフ様・・」恋人のキスに応えたユリウスは、ルドルフと唇を重ねた。小鳥同士が啄ばむようなキスは、やがて激しく舌を絡め合うものとなった。「今日は、随分と積極的だな? まぁ、嫌いではないが・・」ルドルフが口端を歪めて悪戯っぽく笑った時、不意に執務室の扉が勢いよく開かれた。「ルドルフ、お前は・・」ルドルフが顔を上げると、そこには憤怒の表情を浮かべた皇帝・フランツ=カール=ヨーゼフの姿があった。「皇帝陛下・・」先ほどの甘い空気はあっという間に消え失せ、代わりに重苦しい沈黙が彼らの元へと下りて来た。「お前は・・何をしている?」 フランツの顔は怒りで赤く染まり、その背後には複雑な面持ちをしたマイヤー司祭が立っていた。「父上、わたしは・・」「結婚を渋っていたのは、彼が原因か?」フランツは鋭く光る蒼い瞳でユリウスを睨みつけながら、彼を指した。ユリウスはまるで、喉元に短剣を突き付けられたような気がして、恐怖に身を竦ませた。「皇帝陛下、わたしは・・」「ユリウス、君には失望したよ。君は誰よりも信頼していたのに・・残念だ。」皇帝の言葉が、深くユリウスの胸に突き刺さった。自分は彼の信頼を裏切ってしまった。「父上、わたしの話を聞いてください。」「話だと? お前と話す事などあるのか? わたしはお前を裏切ったのだぞ、ルドルフ!」フランツとルドルフの間には、冷たい空気が下りた。「父上・・」ルドルフはフランツを見たが、彼は息子と目を合わせようとしなかった。「お前の処分は考えておく。沙汰が決まり次第謹慎を命じる。」フランツは息子に背を向けてそう言うと、執務室から出て行った。「待って下さい、父上・・」ルドルフの声は、虚しく扉に反響した。「では、わたしはこれで・・」ユリウスは床に落ちた法衣を拾い、素早く身支度を終えた。「ユリウス、済まない・・」「謝らないでください、ルドルフ様。わたし達は何も悪い事などしておりません。」ユリウスはそう言うと、ルドルフの手を優しく握って彼に微笑むと、そっとスイス宮から離れた。「ユリウス、君に話がある。来なさい。」「マイヤー司祭様・・」宮廷で暮らし始めてから教えを仰いで来た師の顔は、苦しげに歪んでいた。(とうとう、知られてしまった・・皇帝陛下にわたし達の関係が・・)ユリウスとマイヤー司祭が浮かべる怒りと苦しみ、失望の表情を見る限り、自分達にとって好ましくない状況にあることは、解っていた。もう、ルドルフの傍に居られないことも。にほんブログ村
2011年06月17日
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「ルドルフ様、お話ししたいことがありますの。今宜しいかしら?」 執務室で仕事をしていると、マリサが怒りで顔を赤くさせながらそう言ってルドルフを睨みつけた。「マリサ殿、単刀直入に申し上げます。わたしはあなたと結婚する気は全くありません。」「まぁ、何故ですの? 理由を仰ってくださいな! そうでないとわたくし、納得できませんわ!」「理由・・ですか。」ルドルフは万年筆をコツコツと机に叩きながら、マリサを見つめた。「あなたと初めてお会いした時、あなたはわたしの愛犬に邪険な態度を取った。わたしはその時、あなたの性格を見抜きました。表向きは優雅に振る舞っていても、いざという時は本性が剥き出しになる・・あなたがマクシミリアンに向ける邪険な視線でそれに気付きました。」「だから、結婚しないと仰いますの? たかが犬一匹で、そんな事をお決めになられるなんて!」マリサの美しい唇から、ルドルフへの怨嗟の言葉が飛び出した。「たかが犬一匹とあなたは仰いましたが、マクシミリアンはわたしにとってはかけがえのない親友です。」ルドルフはそう言うと、マリサに背を向けた。「もうお話しすることはありません、お引き取り願います。」「失礼致します!」荒々しく執務室の扉が閉められ、マリサが立てる靴音が遠ざかるのを聞いたルドルフは、溜息を吐いた。(話が進む前にあの女の本性が判って良かった。)「ルドルフ様、失礼致します。」「入れ、ユリウス。」ユリウスがマクシミリアンを連れてルドルフの部屋へと入ると、マクシミリアンは尻尾を振って彼の方へと駆けていった。「マクシミリアン、魔女は去ったぞ、安心しろ。」マクシミリアンの頭を撫で、彼のキスを受けながら、ルドルフはそう言って笑った。 マリサは何も言わず、予定より早くウィーンから去って行った。ルドルフの花嫁候補と目されてた彼女が何の挨拶もなしに宮廷からいなくなると、宮廷女官達はあれやこれやと邪推しては談笑していた。「ユリウス、どうやらわたしがマリサ殿を手酷く振ったと、女官達は勘ぐっているらしい。」「事実なのですか?」「まぁ、事実だな。あの女の外面はいいが性格は最悪だ。二度と会いたくない。」吐き捨てるように言うと、ルドルフはユリウスを抱き締めた。「おやめください、まだ昼間ですよ!」「何を言う、わたしは溜まっているんだぞ。」ユリウスの手を掴み、ルドルフは自分の局部へとそれを導いた。「あ・・」既に熱く脈打っているそれに、ユリウスは頬を赤らめた。「ユリウス、いいだろう?」「ルドルフ様・・」ルドルフはユリウスをソファに押し倒すと、荒々しく彼と唇を重ねた。「はぁ・・」「ユリウス、もうお前以外誰も愛さない。約束しろ、わたしから離れたりしないと。」「はい、約束します。」 マイヤー司祭は、ユリウスがヴァチカンへの派遣話を断ったことが気になり、ルドルフに何か彼から聞いていないかと思い、スイス宮へと訪れた。「ルドルフ様、いらっしゃいますか?」執務室の扉をノックしたが、中から返事がしない。(どうしたのだろう・・)扉を開けようとした時、半分開いた扉の隙間から、ルドルフとユリウスの姿が見えた。声をかけようかと思ったマイヤー司祭だったが、ユリウスの甘い喘ぎ声で彼らが何をしているのかが解った。(まさか、そんな・・)そっとルドルフの部屋から辞した彼は、皇帝にこの事を知らせるべきかどうか迷ったが、再び廊下を歩き始め、皇帝の執務室へと向かった。「マイヤー司祭、どうしたんだ? そんな深刻そうな顔をして・・」「皇帝陛下、実は・・」マイヤー司祭は、重々しく口を開いた。にほんブログ村
2011年06月17日
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「暫くこちらでお世話になりますわ。」 そう言って皇帝とルドルフに向かって微笑んだのは、エリザベートの遠縁の親戚筋の娘・マリサだった。艶やかな黒髪を結いあげ、ルドルフを蒼い瞳で見つめる彼女の全身からは、生まれながらに身についた高貴さを纏っていた。「初めまして、マリサ様。お目にかかれて光栄です。」ルドルフがそう言ってマリサに微笑むと、彼女は頬を少し赤らめた。「ウォン!」ルドルフの隣で大人しくしていた彼の愛犬・マクシミリアンは尻尾を振りながらマリサに飛びかかって来た。「きゃぁ~!」「マクシミリアン、伏せ!」ルドルフが鋭い声でそう言うと、マクシミリアンは哀しい声で鳴きながら彼の隣へと戻って行った。「ルドルフ様、わたくし犬は嫌いですの。」「マリサ様、マクシミリアンはこう見えて大人しい犬ですよ。彼は彼なりにあなたを歓迎して・・」「わたくし、この犬に襲われてさっき死にそうな想いを致しましたのよ! 暫くこの犬をわたくしの傍に近づけないでくださるかしら!?」先ほどの女神のような美しさは何処へやら、夜叉のような形相をしながら、マリサは憤怒の言葉をルドルフに吐いた。 この事で、ルドルフはマリサの人間性を見抜いていた。「ユリウス、暫くマクシミリアンを預かって貰えないか?」「ええ、勿論。もしかして、マリサ様と何か?」「ああ、彼女は犬が嫌いでな。」ルドルフはそう言っただけだったが、ユリウスはそれを聞いただけで事情を察した。「マクシミリアン、おいで。」ルドルフからマクシミリアンのリードを手渡されたユリウスは、優しく彼に話しかけたが、マクシミリアンは鼻を鳴らしながらルドルフの姿が見えなくなるまで彼に向かって尻尾を振っていた。「ルドルフ様と離れてしまって、寂しいんだね。」ユリウスがそう言ってマクシミリアンの頭を撫でると、彼はユリウスの頬を舐めた。「これからは、君と2人きりだね。」暫くルドルフと会う事は出来ないが、マクシミリアンと居れば寂しさが紛れるとユリウスは思い始めていた。「ルドルフ様、あの犬はどちらに?」「マクシミリアンなら、友人に預けました。」「そうですの・・それよりもルドルフ様、明日遠乗りにでも行きません事?」「ええ、行きましょう。明日は余り忙しくありませんし。」「まぁ、嬉しいわ。」にこやかな笑みを自分に向けてくるマリサを、ルドルフは冷たい目で見つめた。外面だけはいいが、実際は色々と煩い女だろう。いくら母親の遠縁にあたる娘でも、こんな相手と結婚するのは願い下げだ。(この縁談を断るのは彼女の滞在が終わる頃でいいだろう。)マリサはルドルフと本気で結婚したがっているのを解りながら、彼はどうやって彼女との縁談を断ろうかと考えを巡らせていた。 一方、ユリウスはマクシミリアンと王宮庭園内を散歩していた。「ユリウス、今日からマクシミリアンと一緒なの?」「ええ。マリサ様が犬が嫌いでいらっしゃるから、ルドルフ様から預かったんです。」「そう、マクシミリアンは可哀想にねぇ、兄様と離れてしまって。」アフロディーテがそう言ってマクシミリアンの頭を撫でると、彼ははち切れんばかりに尻尾を振った。「ユリウス。」靴音がしたかと思うと、ルドルフがユリウスとアフロディーテの前に現れた。「ルドルフ様、マリサ様は?」「彼女なら女官達と一緒に劇場へ行った。」「まぁ、初日から別行動なの?」「彼女との縁談は断ろうと思っている。彼女がウィーンを去る時に伝えるが。」「焦らすのねぇ、兄様。そうするには何かお考えがおありなのでしょう?」「まぁな。」双子の皇太子と皇女の話を、マリサ付の女官が密かに茂みの裏で聞いていた。にほんブログ村
2011年06月16日
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「これは一体どういう事ですか、ルドルフ皇太子!」本澤直毅達と話していたユリウスが突然の叫び声に気づいてルドルフが居る方を見ると、そこには怒りで顔を赤く染めるフランツ=フェルディナンドが立っていた。―あら、フェルディナンド様よ・・―ルドルフ様に何かお怒りのようだけれど・・―一体何があったのかしら?ヒソヒソとご婦人達が扇子の陰で囁きを交わしながら、ジロジロとルドルフとフェルディナンドを見ていた。「ちょっと失礼します。」直毅達に断りを入れてから、ユリウスはゆっくりとルドルフの元へ駆け寄ろうとした。だが―「わたしは気心がある友人達とパーティーを楽しんでいるだけだが、それがあなたの気に障ることかな?」ルドルフの凛とした声で、彼はフェルディナンドを一蹴した。「そうカリカリすんなよ、坊や。ここに居たくないなら出て行くまでだぜ。」ヨハン=サルヴァトールの言葉に、フェルディナンドは背を向けて部屋から出て行った。「ルドルフ様、大丈夫ですか?」「ユリウス、心配してくれたのか。」ルドルフは駆け寄ってきた恋人に微笑むと、ユリウスは安堵の表情を浮かべた。「フェルディナンド様は一体何を・・」「気にすんな、大した理由もなくルドルフに突っかかってきただけさ。そうだよなぁ、ルドルフ?」「ああ。これだから坊やは困る。」ルドルフは吐き捨てるような口調でそう言うと、ワインを飲んだ。「フェルディナンド様は、ルドルフ様の事がお嫌いなのですか?」「嫌いも何も、あいつははなからルドルフの事が気に入らねぇのさ。あわよくばルドルフを皇太子の地位から引き摺り落そうと密かに企んでいるのさ。」「そうなのですか・・」宮廷で生活しているユリウスだが、ルドルフとフランツ=フェルディナンドの対立が根深いものだということをこの時初めて知った。「弱い犬ほど吠えるものだ。あんな石頭をいちいち相手にしていたら時間の無駄になる。」ルドルフはそう言ってユリウスの肩を抱くと、直毅達の元へと向かった。「本当に仲いいなぁ、あいつら・・」ヨハンは半ば呆れたような顔をして、ワインを飲んだ。 パーティーから数日後、皇妃エリザベートがウィーンへと戻って来た。「フランツ、お久しぶりね。」「シシィ、会いたかったよ。」「わたくしもよ、フランツ。」「お帰りなさいませ、皇后陛下。」「ルドルフ、暫くだこと。」実の親子だというのに、ルドルフは他人行儀な挨拶をし、エリザベートは月並みの言葉しか返さず、2人の間の空気は常にぎこちないものになっていた。「ユリウス、ウィーン大学に通っているそうね? お勉強は捗っていて?」「はい。」皇后から直接声を掛けられ、ユリウスは緊張のあまり声が少し裏返ってしまったが、彼女はそんな事は気にも留めなかった。「ルドルフ、あなたにいいお話があるの。」「そうですか・・」ルドルフの美しい眦がピクリと上がるのを見たユリウスは、少し嫌な予感がした。「ユリウス、少し話をしないか。」「はい。」ルドルフと共に彼の部屋へと入ったユリウスだったが、ルドルフは気難しい表情を浮かべるだけで何も言わない。「あの・・」「お前は、わたしが結婚しても傍に居てくれるか?」「ええ。あなたとは離れたくありません。」「ありがとう、その言葉が聞きたかった。」ルドルフはそう言うと、ユリウスを抱き締め、その唇を塞いだ。 エリザベートが再びハンガリーへと旅立った後、ルドルフの縁談相手がホーフブルクへとやって来た。にほんブログ村
2011年06月15日
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ユリウスがヴァチカンへの話をマイヤー司祭に断りの返事をした数日後、ホーフブルク内でルドルフ主催のパーティーが開かれた。そこにはルドルフと親交がある民謡歌手やホイリゲの常連客達、そして本澤達をはじめとする日本人留学生達が招かれ、それぞれ談笑していた。「盛況ですね。」「まぁな。貴族の舞踏会やパーティーに出席するよりも、気心が知れた者同士と飲む方が良い。ユリウス、お前も遠慮しないで飲め。」上機嫌なルドルフは、そう言って恋人にワイングラスを押しつけた。「ですが、わたしは・・」「聖職者でも酒は飲めるだろう?」「じゃぁ、一口だけ・・」ユリウスはそう言ってワインを一口飲むと、少し頬を赤く染めた。「皇太子様、こちらにいらしゃったのですか!」賑やかな笑い声と共に数人の男達がルドルフ達の方へと駆け寄ってきた。「楽しんでいるかい?」「ええ。それよりもそちらの司祭様は?」「わたしの親友だ。今夜はわたしに気兼ねせず、存分に飲め!」ルドルフの言葉に、客達は歓喜の声を上げた。「ルドルフ、こんな事が皇帝陛下に知られたら烈火の如くお怒りになるぞ。」「王侯貴族とばかり付き合うのではなく、平民と同じ目線で国を見つめるのも、皇太子の役目だとは思わないか、大公?」「そりゃぁなぁ・・」ヨハン=サルヴァトールはルドルフの言葉に反論できずに、言葉を濁した。「大公はオペラ座の舞姫には逢わないのか?」「ああ、あいつとは少し喧嘩しちまってな。ったく、女ってやつは些細な事で腹を立てるものだからなぁ。ルドルフ、そろそろお前にも縁談が来るところだが・・」「結婚ね・・わたしも父上のように見合いの場で母上に一目惚れできるような相手を見つけられればいいのだが・・こればかりはどうにもならないな。」ルドルフはふっと口端を歪めると、哀しげに笑った。「ルドルフ・・」ルドルフはいずれは帝国を担う皇帝となる男で、彼の結婚は個人の意思や合意の上ではなく、国と国同士の合意―政略結婚に於いてはじめて成り立つのだ。マリア=テレジアが、敵国フランスに娘・マリー=アントワネットを嫁がせたように、ルドルフもやがて何処かの王室の姫君を娶ることになるだろう。だがヨハンは、彼がユリウスを愛していることに気づいていた。(惚れた相手を間違えたようだな・・)ユリウスは貴族の称号すら持たぬ平民で、同性で、その上聖職者だ。オーストリアは王妃と離婚したいが為にヴァチカンと袂を分かち、独自の宗教を作ったかの島国とは違い、神聖ローマ帝国の御世から常にヴァチカンと共にあった。そのオーストリアの皇太子であるルドルフが、聖職者であるユリウスに恋をした。決して報われることのない恋に溺れている彼に、ヨハンは一抹の不安を感じていた。「ユリウスはどうした?」「あいつならナオキ達と居る。ナオキ達の国ではカトリックを公に信じる事が出来ない時期があったらしい。何でもバクフが自分達に反旗を翻さぬよう、異国の神を信じぬようにと色々と蛮行を繰り返したらしい。」「そりゃぁ、初耳だな。あの国は俺達に必死に追いつこうとしているのに、そんな過去があったとは・・政府の主導権が変われば、方針も変わるもんだなぁ。」ヨハンがそう言ってワインを飲もうとした時、扉が乱暴に開かれ、フランツ=フェルディナンドが憤怒の表情を浮かべながら入って来た。「これは一体どういう事ですか、ルドルフ皇太子!」「わたしは気心がある友人達とパーティーを楽しんでいるだけだ。それがあなたの気に障ることかな?」ルドルフはフェルディナンドが自分にぶつける怒りをのらりくらりとかわしながら、澄ました顔でそう言うと彼を見た。「まぁそうカリカリすんなよ、坊や。ここに居たくないなら出て行くまでだぜ。」フェルディナンドは怒りで顔を赤くしながら、部屋から出て行った。「ったく、あいつの所為で興が削がれたぜ。」「相手にしない方がいい。何かと気に入らない相手に突っかかってくるのは精神的に幼い証拠だ。」「それは言えるな。」にほんブログ村
2011年06月15日
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「ですが、わたしは・・」「ここでは人目がある。静かな所で話そうか?」「はい・・」ユリウスはルドルフに連れられ、王宮庭園へと向かった。「ルドルフ様、わたしはヴァチカンへは行きません。」ユリウスの言葉を聞いたルドルフの瞳から徐々に怒りの光が消えつつあった。「そうか。済まないユリウス、感情的になって・・」「いえ、いいんです。マイヤー司祭様からは改めてお返事をさせていただきますので。ではわたしはこれで。」ユリウスはそう言ってルドルフに頭を下げると、庭園を後にした。(ユリウス・・?)ヴァチカンには行かないという、ユリウスの返事を聞いた途端、ルドルフはほっとしつつも、同時に不安を抱き始めていた。いつかユリウスと、別れる時が来るのかもしれない。(ユリウス、お前を信じてもいいんだな?)(さきほどアウグスティーナで見たルドルフ様は、何処か焦っていらした・・何か不安を抱えていらしたような・・)アウグスティーナへと向かう廊下を歩きながら、ユリウスは先程ルドルフが浮かべた怒りの表情を思い出していた。 ルドルフは最近、何処か塞ぎ込んでいるかのように見られた。帝国の後継者として、いずれは皇帝としてこの広大な帝国を治めなければならない。それ故に、彼の悩みは計りしれないものなのだろうが、ユリウスにはそれが何か解らないでいた。(ルドルフ様、あなた様は何を迷っておられるのですか?)ユリウスが溜息を吐きながら次の角を曲がると、彼は誰かにぶつかってしまった。「あ、申し訳ございません・・」「おや、誰かと思ったら・・」ゆっくりとユリウスが顔を上げると、そこには自分を値踏みするかのような目で見つめている少年の姿があった。「フランツ=フェルディナンド様・・でしたね?」「今日はルドルフ皇太子様とは一緒ではないんですね?」少年―フランツ―フェルディナンドは傲慢な光を瞳に宿らせながら、ユリウスを見た。「わたしはこれで失礼致します。仕事がありますので。」ユリウスは当たり障りのない言葉をフランツ=フェルディナンドに言って彼に頭を下げると、彼の前から立ち去ろうとした。だが、その前にフェルディナンドに手首を掴まれた。「あなたに、お聞きしたいことがあるのです。」「わたしに、ですか?」「ええ。」「わたしに何をお聞きしたいのでしょう?」「数日前、ルドルフ皇太子様のお部屋からあなたが空の薬瓶を持って出てきましたよね? あの中身が知りたいんです。」「あれは、ちょっとした栄養剤です。皇太子様は少し貧血気味なので、侍医の方から毎日皇太子様にお渡しするようにとお願いされたのです。」「ふぅん、そうですか。」ユリウスの答えに、フェルディナンドは少し不満そうに唇を尖らせると、ユリウスに背を向けて歩き出した。「もうちょっとで危ないところだったわね、ユリウス。」「アフロディーテ様・・」「あいつには気をつけなさいよ。ルドルフ兄様に妙な対抗心を抱いているのよねぇ。」アフロディーテはそう言うと、溜息を吐いた。「兄様にはヴァチカンには行かない事を伝えたの?」「ええ。ですが最近ルドルフ様は何かお悩みを抱えていらっしゃるようでして・・それが何なのか解らないのです。」「兄様は気難しいお方だからねぇ。わたしやジゼル姉様にもご自分の手の内をお見せしないお方だし。まぁ、そんなときは何も言わずにルドルフ兄様の傍に居てあげたらいいんじゃない?」「そうですか・・」 平民のユリウスにはルドルフが背負う悩みが判らないが、ただ彼の傍に居る事が彼の為なのだと思い始めていた。にほんブログ村
2011年06月13日
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「え・・」 突然マイヤー司祭の口からルドルフの名が出てきたので、ユリウスは咄嗟に反論できなかった。その態度を見たマイヤー司祭は、唸るとユリウスを見た。「ユリウス、ルドルフ様がどういうお方か・・聡い君なら解っているだろうね?」「はい、解っております。ですからわたしはあの方のお傍で・・」「そうか、そういうことなのか・・」マイヤー司祭はそう言うと顔を歪ませ、ユリウスに背を向けた。「マイヤー司祭様、わたしは・・」「君のヴァチカン行きはもう決定した事だ。もう仕事に戻りなさい。」「マイヤー司祭様・・」ユリウスはマイヤー司祭に何か言おうとしたが、彼はもうユリウスの話を聞いていない。いや、聞こうとしていないのだ。(わたしとルドルフ様は疚しい関係ではないのに、マイヤー司祭様は何故あんな事をお聞きになられたのだろう?) ミサの原稿の準備をする為、王宮図書館で本を探しながら、ユリウスは先程のマイヤー司祭の態度が気になった。あの様子では、ユリウスのヴァチカン行きが反故になることはないだろう。 だがユリウスは、ここから―ルドルフが居るウィーンから離れたくはなかった。今のルドルフの体調は不安定で、いつ“発作”が起きてもおかしくない状態だ。その度にユリウスがルドルフに血をやり、“薬”を渡しているが、ルドルフと離れるとなるとそれも出来なくなる。何とかして断れないものか―ユリウスがそう思いながら溜息を吐いた時、突然背後から抱き締められ、ユリウスは思わず肘鉄を相手に喰らわしてしまった。「ユリウス・・」「あ、ルドルフ様・・」ユリウスがゆっくりと振り向くと、そこには鳩尾を押さえて苦悶の表情を浮かべるルドルフが立っていた。「すいません、気づきもせずに・・」「いや、わたしが悪かった。こんな人目につくような場所でお前にキスしようとしたわたしに罰があたったのだろうな。」「ルドルフ様、わたしは別に・・何処でもあなた様からのキスをお受けいたしますが・・」ユリウスがそう呟いて頬を赤らめているのを見たルドルフは、下半身に熱が集まる感覚がした。(ユリウスはわたしを翻弄しているのか?)「ルドルフ様、どうなさいましたか?」「少し熱が出たようだ。」「お熱が? ではお部屋でお休みになって下さい。後でお薬をお持ち致しますから。」ユリウスはそう言うと、図書館から出て行った。「天然だな・・」彼の姿が見えなくなったのを確認した後、ルドルフはそう呟いて溜息を吐いた。下半身の熱は徐々に下がっていった。ユリウスと晴れて恋人同士となったものの、ユリウスをルドルフが狂おしいまでに愛しているということを、当の本人は気づいているのか、いないのか。「あらお兄様、こちらにいらしたのね。」バタバタと騒がしい足音が聞こえたかと思うと、マリア=ヴァレリーがルドルフを見た。「どうした、マリア=ヴァレリー、やけに嬉しそうな顔をして。」「お兄様、ユリウスはどちらにいらっしゃるの?」「あいつならアウグスティーナに戻ったが?」「さっきマイヤー司祭様とお会いしたのだけれど、数ヶ月位ユリウスはヴァチカンへ派遣されるのですって。その間お兄様、お寂しいわよね?」「それは本当なのか?」マリア=ヴァレリーがゆっくりと顔を上げて兄を見ると、彼は険しい表情を浮かべていた。「ええ。どうかなさったの、お兄様?」ヴァレリーの問いに答えず、ルドルフは王宮図書館から飛び出していった。「ユリウス、ヴァチカンに行くというのは本当か?」「ル、ルドルフ様・・」アウグスティーナへとやって来たルドルフの、怒りに満ちた蒼い瞳に睨みつけられ、ユリウスはその場で金縛りに遭ったかのように動けなくなってしまった。「ヴァチカン行きは、本当です。」「そうか・・」にほんブログ村
2011年06月13日
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「エリスは何処にいる!?」「知らない・・わたしは彼女の姿を見ていないんだ、本当だ。」「では、ユリシスは? あいつがエリスを連れ去ったに違いない!」セシャンはそう叫ぶと、南部軍のリーダーの首から手を離した。「セシャン様・・」「エリスはここから逃げ出したに違いない。誰か銀髪の女を見ていないか、周辺の村で聞き込みをしろ・」「はっ!」部下達が馬で村へと向かっていくのを見送りながら、セシャンは必ず妻を探し出してみせると、決意を固めた。 一方、南部軍の陣営から遠く離れた村で、エリスと璃宛は暫く休むことにした。「わたし達のことは、もう軍に知られているでしょうか?」「ええ。それに夫が今、わたしの事を探している筈よ。」エリスはそう言うと、髪に挿していた紅玉の櫛を抜いた。「それは?」「夫からの贈り物よ。いつもは失くさないように袋に入れて首から提げているのよ。」「そうですか・・」璃宛がそう言った時、ふと背後に視線を感じたが、そこには誰もいなかった。「どうしたの?」「いえ、視線を感じたんですが・・」「ここから離れましょう。」エリスと璃宛が村の中へと馬を進めると、民家の中から強烈な視線を感じた。「村人の姿が見えませんね。」「そうね。気配は感じるんだけど・・」エリスがそう言って馬から降りようとした時、狼の遠吠えが聞こえた。「エリス様、危ない!」璃宛はエリスに襲いかかろうとしていた1匹の狼を剣で薙ぎ払った。「一体この村はどうなっているの?」エリスがそう言った時、一軒の民家から老人が出てきた。「そなた、タシャンだな?」「ええ、そうですけど・・」「儂の仲間が無礼な事をしてしまってすまぬ。中へ入りなされ。」「は、はい・・」何が何だかわからず、エリスと璃宛は老人の後に続いて彼の家の中へと入っていった。「そなたが来るのを待っていたぞ、タシャンの客人よ。」老人はそう言うと、エリスに向かって微笑んだ。にほんブログ村
2011年06月11日
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「リン様、わたしはこれからどうすれば良いでしょう?」エリスはそう言って溜息を吐くと、銀狐はそっと尾を振った。 ―あなたの心は誰にも束縛されません。思うがままに生きなさい。銀狐は紅い瞳でエリスを見た。「リン様、わたしは一体何者なのかがわかりません。タシャンの生き残りでるがゆえに、わたしは・・」 ―エリスよ、あなたが何者であるかは、やがて自ずとわかる筈です。その日の為に、家族を守る戦いをなさい。「家族を・・守る戦い?」 ―もう時間です、行かなくては。銀狐はそう言った後鋭い声で鳴くと、天へと舞いあがっていった。(リン様・・) 銀狐の姿が見えなくなってしまった後も、エリスはじっと満天の星が輝く空を見つめていた。「エリス様。」不意に背後から声がしてエリスが振り返ると、そこには南部軍の兵士が湖畔に立ち、彼女を見ていた。「こんな所で何をしているのですか?」「禊を行っていたのです。それよりもあなたは?」「わたしは璃宛と申します。」エリスは白い衣の裾を翻すと、湖からあがった。「璃宛、わたしと共に来て頂戴。もうここには居られません。」一瞬璃宛の琥珀色の瞳が揺らいだが、彼はエリスの言葉を聞くと静かに頷いた。 30分後、葦毛色の馬に跨った璃宛と、栗毛色の馬に跨ったエリスは、南部軍の陣営から離れた。帝国軍がそこに奇襲攻撃を掛けて来たのは、その数分後のことだった。「エリス、何処だ!」セシャンはエリスの姿を探しながらも、軽やかな動きで自分の方へと突進してくる敵を次々と薙ぎ払っていた。その度に、エリスによって穿かれた脇腹の傷が痛んだが、セシャンは歯を食い縛り耐えた。(いつかお前を探しだす!)「湖畔で陣営を張っていた南部軍が帝国軍に襲われたそうだ。」退屈なパーティーが終わり、村へと戻る馬車の中で、ユリシスはそう言って隣に座るシンを見た。「それがどうかしたの?」「南部軍の中に、君のお友達が居たと言う噂を聞いたよ、さっきのパーティーでね。」(エリスが、敵方に・・)信じたくはなかった。 いつも自分の傍に居て、優しく微笑んでくれたエリスが、敵になっているなどとシンは信じたくなかった。にほんブログ村
2011年06月11日
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「あなたは、この宿の方?」シンはそう言うと、少女から箱を受け取った。「はい。先ほど姉が失礼な態度を取りあなた様を不快にさせてしまったことを、妹のわたくしが代わってお詫びさせて下さいませ。」少女はそう言うと金髪の巻き毛を揺らしながら、シンに向かって頭を下げた。「いいのよ、謝らなくても。あなたのお名前は?」「エリナと申します。」「わたくしはユリノというのよ。これからこちらでお世話になるわ、よろしくね。」少女が部屋を出て行くと、シンは箱の中から1着のドレスを取り出した。レースがふんだんに使われた薄紅色の生地で作られたそれは、どこからどう見ても少女趣味なものだった。これを着ろというのか。出来ればこんなものは着たくないが、血で汚れたドレスで人前に出る訳にはいかない。シンはさっさとドレスに着替えると、鏡の前でくるりと一周してみせた。「やぁ、もう着替えは済んだのか?」部屋にタキシード姿のユリシスが入ってきた。「俺にこんなドレスを着せて何をさせるつもり?」「パーティーに出る為さ。もう行こうか?」自分をエスコートしようとするユリシスの手を、シンは邪険に振り払うと、部屋から出て行った。「完全に嫌われてしまったな・・嫌われて当然のことをしたんだから仕方ないか。」ユリシスはそう呟くと、慌ててシンの後を追った。 一方、湖畔に天幕を張った南部軍は、ここでも飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。湖ではエリスが純白の衣を纏い、禊を行っていた。神官時代、重要な神事の前に神殿内の泉で身体を清め、祝詞を唱えていた。今はもう神に仕える身ではなくなったが、この戦いで抱えてしまった穢れを少しでも清めたかった。 エリスは目を閉じ、祝詞を唱え始めた。 水の冷たさによって精神を研ぎ澄ませたエリスが無になった時、彼女の前に一匹の美しい銀狐が九本の尾を振りながら舞い降りてきた。「あなたは、リン様?」―エリス、わたくしの魂を受け継いだ同胞(はらから)よ。銀狐はそう言うと、エリスにそっと近づいた。にほんブログ村
2011年06月11日
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森の中から出て来た“それ”は、赤い羽根を広げながらじっとエリスを見ていた。胴体は鳥だったが、何故か顔は女の顔だった。“あなたが、エリスね?”女はそう言うと、エリスを見た。「そうですが、あなたは?」“わたしはずっとあなたいお会いしたかったのです。”女は羽根を広げると、エリスに頭を下げた。「エリス様、どうかなさいましたか?」森の向こうから、南部軍の兵士の声がした。「いいえ、なんでもありません。」エリスが女の方へと向き直ると、そこに彼女の姿はなかった。(一体彼女は誰だったんだろう?)エリスは森を去り、再び南部軍とともに山道を歩き始めた。 暫く彼らが歩いていると、森の中から突然湖が現れた。「今日はここで天幕を張ろう。」リーダーの声を聞いた兵士達は一斉に歓声を上げた。彼らは全身埃や血、汗にまみれ、入浴すら碌にできなかったからだ。湖の傍に天幕を張った彼らは、我先に湖へと飛び込んでいった。「やれやれ、騒がしいな。」リーダーは溜息を吐きながら、自分の天幕へと戻った。 同じ頃、シンはユリシスとともに北方の村にいた。「ねぇ、どうしてこんな所に?」「それは知らなくていいよ。わたしはちょっと出かけてくるよ。大人しく待ってるんだよ。」ユリシスはそう言うと、部屋から出ていった。「全く、これからどうすればいいんだ?」ベッドの端にシンが腰掛けると、シンは鬱陶しそうに前髪を掻き上げた。その時、部屋に1人の少女が入って来た。「あんた、誰?」少女は敵意に満ちた視線をシンに送りながら、ドアの近くに立っていた。「ノックもしないで部屋に入る方に、名乗る名もありません。」「何さ、偉そうに!」少女はそう言うと、ドアを乱暴に閉めると廊下を走り去っていった。シンは呆然としながらも、鏡台の前に座ると、そこに置かれたブラシの誇りを払うと、それで髪をとかし始めた。「失礼致します。お客様にお荷物が届いております。」ドアの向こうから控え目な少女の声が聞こえ、シンは鏡台から離れてドアを開けた。そこには、12,3歳位の少女が両腕に箱を抱えていた。にほんブログ村
2011年06月11日
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少年兵には両性具有の恋人がおり、先日その恋人が破水したという電報が届いたという。「俺としては、あいつの傍にいて出産に立ち会いたいんですが、上の者はそんな事許してくれる筈がありません。」「そうですか。ではわたしが上の者と掛け合ってみましょう。」エリスは不安がる少年兵の肩を叩くと、天幕から出いった。 洋燈を持って彼女が上層部の者達の元へと向かうと彼らは酒宴の真っ最中だった。「少し外でお話しをしたいのですが、よろしいでしょうか?」「ああ、わかった。」南部軍のリーダーは、そう言うと天幕から出た。エリスは彼に、少年兵の事情を説明した上で彼に休暇を与えるように言うと、リーダーは渋々それを承知した。「戦いの中でも新しい命は生まれる。あいつは今まで俺達の為に戦ってきてくれていたから、もう解放してやってもいいだろう。」「彼に伝えます。」リーダーに頭を下げると、エリスは少年兵が待つ天幕へと向かった。「あなたは暇を与えられました。」エリスの言葉に、少年兵は顔を輝かせた。「リーダー、いいんですか? 貴重な戦力を・・」「彼には生き甲斐ができたんだ。我々には、失うものが何もないから戦えるんだ。」リシャムを制圧した南部軍は、北方へと進軍した。その中には、エリスもいた。「エリス様、足元にお気をつけて下さい。」「ええ。」南部軍は人目につかぬよう、山越えをしていた。エリスが泥濘に足を取られぬように山道を歩いていると、どこからか悲鳴が聞こえた。「どうかなさいましたか、エリス様?」「あの、悲鳴が・・」「悲鳴ですか? 聞こえませんけど・・」かなり大きな悲鳴だったので辺りに良く聞こえていた筈だが、エリス以外誰も悲鳴を聞いていないようだ。(一体あの悲鳴は・・) エリスが再び歩き始めた時、また悲鳴が聞こえた。エリスはふと、森の中に何かが潜んでいることに気づいた。“それ”は、森の中からじっとエリスを見ていた。(なんだろう、あそこに潜んでいるものは?)エリスが森の中へと入ろうとした時、羽音とともに“それ”が森の中から飛び出てきた。にほんブログ村
2011年06月11日
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「誰かと思えばあなたでしたか、ダレス。」美女はそう言うと、“同族”を見た。「旦那さんはどうしたの、一緒じゃないの?」「あなたにそんな事を伝える必要はありません。」美女は“同族”を睨んだ。「相変わらずお高くとまっているねぇ。」“同族”―ダレスはそう言ってふんと鼻を鳴らした。「エリス、余り良い気にならない方がいいよ。奴らはあんたのことを女神だのなんだのと崇めているけどさぁ、所詮あんたは名もなき両性の元神官にしか過ぎないんだからね。」ダレスは吐き捨てるような口調でそう言うと、美女の元から去っていった。「あの者は、エリス様?」南部軍の兵士がそう言って美女に近づいた。「知らない方です。それよりも、あの方達は?」美女は僅かに首を傾け、後方に並ぶ天幕を見た。 あの中では戦時中だというのに、南部軍の上層部の者達が酒宴を開いていた。「彼らはまるで、遠征気分のように浮かれております。」「リシャムを制圧したというだけで有頂天になっているのでしょう、放っておきなさい。」美女―エリスはそう言うと、南部軍が張っている天幕から少し離れた森の中へと向かった。そこには、兵士達によって張られたエリス専用の天幕があった。エリスはその中に入ると、溜息を吐いた。 あの日―アシリスで何が起きたのか、全く憶えていなかった。気づけば、敵と行動をともにしていた。エリスはじっと、自分の両の掌を見つめた。その白い手には、少しあかぎれが目立ち始めていた。 貴婦人として優雅な生活を送っていた頃は、家事は全てメイド達がやっていたが、戦場に身を置いている今となっては全て自分がしなければならないが、神官時代には家事や孤児院の子ども達の世話に明け暮れていたのでエリスにとっては苦にはならなかった。エリスはそっとベッドに横たわった。「エリス様、起きていらっしゃいますか?」天幕の向こうで、少年兵の声がした。「何です?」「あの、お話が・・」「入りなさい。」天幕が少し捲られ、少年兵が入って来た。その顔は、少し蒼褪めていた。「どうしました、何か悩み事でも?」エリスの問いに、少年兵はゆっくりと口を開き、話し始めた。にほんブログ村
2011年06月11日
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「“魔の力”って・・」「恐らくあのユリシスが、アレクにあの焼き印を捺したんだろう。」「何の為に?」「君を手に入れる為に決まってるじゃないか。」シンが振り向くと、そこにはユリシスが立っていた。「ユリシス、わたしの夫に何をした!?」シンがそう言ってユリシスを睨むと、彼はにっこりと笑った。「別に。わたしは君を手に入れる為ならなんだってやるよ。」ユリシスはシンの長い金髪を梳いた。「わたしと共に来るのならば、君の夫を枷から解放してあげる。」ユリシスはシンに手を差し伸べた。「わかった、あんたについていく。」シンはゆっくりと、ユリシスの方へと一歩近づいた。「シン、罠かもしれぬぞ。」コウはそう言うと、シンの手を掴んだ。「あいつが何を企んでいるのかを知りたいんだ。セトナのことを頼む。」シンはコウに微笑むと、彼の手を離した。「お母様・・」「すぐに帰ってくるからね。」シンは不安がるセトナに微笑み、彼女の髪を撫でた。「本当に、アレクを解放してくれるんだな?」「勿論だよ。」ユリシスは呪文を唱えた。アレクがシンの後ろで倒れる気配がしたが、シンは振り向くことができなかった。「さぁ、行こうか。」夫や娘が心配だが、ユリシスに従うしか彼らの命はない。 彼が何を考えているのかはわからないが、彼に従うとシンが決めたのは、愛する家族を守る為だ。いつか必ず、ユリシスに自分を苦しめた分を倍返しにしてやる。「もう行こうか。」ユリシスの手を握り締めたシンの顔に、迷いはなかった。「シン・・」次第に小さくなってゆくシンの金髪を、コウは切ない表情を浮かべながら見ていた。 一方、リシャムを制圧した南部軍の中に、蒼い布を被った銀髪の美女が丘の上に立ち、紅蓮の炎に包まれているリシャムの街を見下ろしていた。彼女の真紅の瞳は、残酷な光を湛えていた。風が吹き、彼女の頭を覆っていた蒼い布が風に飛んだ。「やっと会えたね。」ゆっくりと美女が振り向くと、そこには“同族”の姿があった。にほんブログ村
2011年06月11日
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「セトナ、どうして・・」シンがゆっくりと立ち上がり、娘に近づこうとすると、セトナは恐怖に悲鳴をあげた。「いや、来ないで!」「セトナ、お母様よ。」シンはセトナを宥めようとしたが、彼女はますます怯え、シンから一歩後ずさった。「来ないで!」「どうして、セトナ? どうしてお母様から逃げるの?」娘に拒絶され、シンは深く傷ついた。「そなたの娘は、そなたの姿に怯えておるのだ。」「俺の姿に?」シンは信じられないといった表情を浮かべながら、コウを見た。「ああ。」コウはそう言うと、シンの肩をそっと叩いた。彼は手鏡を彼に見せた・そこに映っていたのは、全身返り血に染まった自分の姿だった。「そんな・・嘘・・」「セトナよ、我の元に来い。」コウは、そう言ってセトナに手招きした。「あなた、だぁれ?」「我はそなたの味方だ。こわがることはない。おいで。」コウはセトナに微笑みながら、腰を屈めると両手を開いた。「お母様?」「大丈夫、彼は味方よ。」母の言葉に、セトナは迷いなくコウの胸へと飛び込んだ。「ここは危ない、離れた方がよかろう。」「でもまだ夫が居るんだ。彼を置いて行く訳には・・」「そなたの家族は無事だ。それが判ったらもう満足か?」コウはそう言ってシンを見た。「そう。じゃぁ早くここから・・」シンはゆっくりと歩き始めた時、背後から邪悪な気配を感じた。「どうした?」「ううん、何でもない。」シンが再び歩き始めた時、誰かが彼の腕を掴んだ。「何処に行くの、ユリノ?」ゆっくりとシンが振り向くと、そこにはアレクが立っていた。「アレク、今まで何処に・・」「行かせないよ、ユリノ。」アレクはそう言ってシンに微笑んだが、その笑みはどこか恐ろしいものだった、「離して・・」「嫌だ、行かせないよ。」アレクはシンの腕に爪を食い込ませた。シンはアレクを突き飛ばした。その拍子に、彼の掌に不気味な焼き印が捺されているのをシンは見た。「あれは、“魔の力”・・」コウはそう言って、溜息を吐いた。にほんブログ村
2011年06月11日
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腰下まである長い金髪をなびかせながら、シンは剣を振るい、次々と敵兵を倒していった。(絶対に、この国の人達を死なせはしない!)敵を斬る度に、シンの全身に返り血が飛び散り、彼が身に纏っていたドレスは緋に染まった。シンは休むことなく剣を振るうが、敵の数が多く、斬ってもキリがなかった。「はぁ、はぁ・・」肩で息をするほど激しく体力を消耗させながら、シンは剣を大理石の床に突き刺し、呼吸を整えていた。「居たぞ、あいつだ!」「逃がすな!」バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、シンはあっという間に敵兵数人に囲まれてしまった。(畜生・・)突き刺した剣を抜き、シンはそれを振ろうとしたが、腕が痺れ始めた。(こんな時に・・)シンは何とか敵を1人倒したが、血に濡れた剣は重く、腕の痺れは増すばかりだった。「息が荒いな。」「これなら俺達にも勝ち目はあるな。」2名の兵士達はそう言うと、シンに斬りかかった。吐き気を堪えながら、シンは彼らを斬り伏せた。彼らの全身から噴き出る血が、シンの金髪を緋に染めた。シンは力尽き、床に蹲った。「殺せ、あいつを殺せ!」シンは立ち上がろうとしたが、眩暈が急に襲ってきて視界が歪み始めた。(駄目だ、こんなところで・・)ふらふらとしながらも、シンは敵に向かって剣を振るおうとしたが、敵兵の1人に剣を払われてしまった。「これで終わりだ!」耳元で敵兵の興奮に掠れた声が聞こえ、シンは死を覚悟した。 その時、視界の片隅に、なびく漆黒の髪が映った。「全く、心配して来てみれば、こんなに暴れよって。」「あ、あんたは・・」シンがゆっくりと顔を上げると、そこには妖狐族の皇子・コウが立っていた。「迎えに来たぞ、我が花嫁よ。」黄金色の瞳を輝かせながら、コウはシンに手を差し伸べた。「お母様、そのひと、だぁれ?」 背後から声がしてシンとコウが振り向くと、そこには呆然とした表情を浮かべながらシンを見つめているセトナが立っていた。にほんブログ村
2011年06月11日
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敵の手に落ちた女達は皆凌辱された挙句に殺され、子ども達は親の目の前で殺される。敵から辱めを受けるよりも、自ら死を選ぶ方が、女達にとって最善の策だった。「ではユリノ様、わたくし達は先に参ります。」ユリノことシンの元に、侍女達がそう言ってシンに頭を下げた。「来世で逢いましょう。」部屋を出てゆく侍女達の背中を、シンは静かに見送った。「お母様、こわいよ。」セトナはシンのドレスを小さな手で摘みながら、恐怖に顔をひきつらせていた。「大丈夫よ、お母様がついてますからね。」“あの力”を使えば、子ども達を守れるかもしれない。だが、それを使えば自我を失うことは解っている。(俺は、ここにいる人達を多くでも助けたい。)シンは机の引き出しから、小瓶を取り出した。中には、“あの力”を覚醒めさせる液体が入っている。 シンは深呼吸すると、その液体を一気に飲み干した。その時、廊下から軍靴の音と女達の悲鳴が聞こえた。「女達を生け捕りにしろ! 男と違って利用価値があるからな。」兵士がそう言って笑いながら、ユリノの部屋の扉を乱暴に蹴破った。「セトナ、ここに隠れていなさい。」「そんな、お母様・・」「お母様があなたを絶対に守るから、安心なさい。」セトナを衣装部屋に入れたシンは、ゆっくりと背後を振り返った。「お前が、皇女ユリノか?」「ええ。」「俺達と共に来い。悪いようにはしないから、安心しろ。」兵士がそう言ってユリノの肩に手を置こうとすると、その手は血飛沫をあげて床に転がった。「うわぁぁ!」「汚い手で、わたしに触らないで。」シンはじろりと兵士達をにらむと、血がついた長剣を振り払った。「相手は女1人だ、やってしまえ!」兵士達はシンに突進したが、彼らはシンが振う剣の犠牲となった。シンは肩で息をしながら、返り血で汚れ重くなったドレスの裾を切り裂くと、長い金髪をなびかせながら部屋を出ていった。兵士達は攻撃する間もなく、シンに倒された。「宮殿内の軍が、全て滅ぼされただと?」「はい・・それが、金髪をなびかせた阿修羅がいると。」にほんブログ村
2011年06月11日
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「どうして、死んだ筈じゃ・・」 リュシスが唖然とした様子でエリスを見つめていると、彼女がゆっくりと椅子から立ち上がった。「エリス・・」セシャンの言葉を聞いたエリスは彼ににっこりと笑うと、リュシスにゆっくりと近づいた。「エリス様・・」エリスはリュシスに抱きついた。「エリス?」エリスの白い腕がリュシスの背中越しに見えた。「な・・」リュシスは今何が起きているのか、未だ把握できずにいた。だが、自分の腹部に開いた穴を見て、彼は己の死を悟った。エリスはリュシスの腹から腕を引き抜くと、冷たく彼を見下ろした。「エリス・・?」妻の様子がおかしいことに、セシャンは漸く気づいた。「セ・・シャン・・?」エリスはゆっくりとセシャンを見た。「エリス、一体どうし・・」セシャンがエリスの方へと駆け寄ろうとした時、轟音が全てを揺さぶった。「な、なんだ・・」セシャンが目を瞬せながら呆然としていると、エリスは誰かの方へと向かっていた。「やっと覚醒(めざ)めたね。」ユリシスはそう言うと、エリスを抱き締めた。「一体、どうなっているんだ?」「それは今から死ぬ人間が知らなくていいことさ。」ユリシスは腰に帯びた剣を抜くと、セシャンに突進した。 エリスはただ、2人の戦いを眺めていた。いつもセシャンに向けられていたあの優しい光は、彼女の瞳から消え失せていた。(この人は誰?)ユリシスと戦っている最中、自分の名を何度も呼ぶ男が、誰なのかわからない。 名前すらも、思い出せない。エリスの前に、ユリシスの剣が突き刺さった。彼女はそれを床から抜くと、ためいらいなくセシャンの背に突き刺した。彼女の白い顔が、セシャンの返り血を浴びて緋に染まった。「エリス・・何故・・?」セシャンは床に崩れ落ちながら、血に飢えた化け物となってしまった妻を見た。「もう行くよ、エリス。」差し出されたユリシスの手を、エリスは彼に微笑みながら握った。最愛の男を、見もせずに。 一方、リシャムに侵攻した南部軍は、アルディン帝国軍を次々と蹴散らしていた。そんな中、宮殿の中では女達が自決しようとしていた。にほんブログ村
2011年06月11日
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「わたしをこれからどうする気なのです?」エリスはS公爵邸の一室で椅子に縛られていた。「わたしは自分より弱い者に暴力をふるいません。ですが・・」リュシスはそう言うと、エリスの銀髪を梳いた。「男と女、両方の身体をあわせ持つあなたの身体を、わたしも味わいたいと思いましてね。」彼は短剣でエリスを縛めている縄を切った後、エリスの豊満な乳房を掴んだ。エリスは痛みで顔を顰めた。「いや、はなして!」「この身体で何人、男を惑わしてきたのです?」リュシスはそう言うと、エリスのドレスを捲り上げ、彼女の陰部を見た。「ここは全く嫌がっているようには見えませんねぇ。むしろ喜んでいる様に見えますよ?」リュシスはエリスの陰部に爪を立てた。「正直にお答え下さい。何人の男をここに受け入れたのですか?」「わたしは、セシャン以外の男とは・・寝ていない・・」「嘘おっしゃい、こんなに濡れているじゃぁありませんか。」リュシスは執拗にエリスをいたぶった。「あなたのような美しい方は、皆に愛されるべきなのです。」「嫌だ・・!」エリスの脳裏に、セシャンの笑顔が浮かんだ。他の男に穢されるくらいなら、いっそ・・。リュシスは突然抵抗を止めたエリスに対し、自分を受け入れたのだと誤解した。「そう、素直に他人の好意を受け入れることは、とても良いことですよ。」リュシスが油断した隙に、エリスは彼の手から短剣を奪い取ると、その刃を首筋に立てた。リュシスの白い肌に、エリスの血が飛び散った。 降りしきる雨の中、セシャンは必死に馬を走らせ、S公爵邸へと辿り着いた。「エリス、何処にいる!」セシャンが邸中の部屋を見て、エリスを探していた時、奥の部屋から叫び声がした。セシャンが奥の部屋に入ると、そこにはドレスを切り裂かれ、椅子に横たわっているエリスの姿があった。彼女の手には、短剣が握られていた。「そんな、嘘だ・・」セシャンは呆然としながら、妻の元へと駆け寄った。エリスの全身を、真紅の膜のようなものが包み始めた。「エリ・・」セシャンがエリスに触れようとすると、エリスがゆっくりと目を開けた。にほんブログ村
2011年06月11日
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「先程は、助けていただいてありがとう。」エリスはそう言ってS公爵家次期当主・リュシスに微笑んだ。「いいえ、わたしは当然のことをしたまでです。それに今度の一件におけるあなたの行動は素晴らしい。」リュシスはそう言うと、翠の瞳でエリスを見た。 2人を乗せた馬車は、S公爵邸へと向かった。「ご主人にはわたしと居る事は黙っておいでなのですか?」「そんな事はありませんわ。侍女にはわたくしがここにいる事を伝えておきました。」「そうか、それは残念だ。」揺れる馬車の中で、暫くエリスとリュシスは見つめ合った。エリスはリュシスの目を見ていると、魂を吸い取られそうになった。「ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」「ええ、構いませんわ。」「あなたは、タシャンの生き残りでしょう?」「ええ。」エリスはリュシスが何を言いたいのかが、解らなかった。「あなたのような方が何故、敵方の人間と仲良くしているのです?」「セシャンのことを、どうして知って・・」「わたし達の間では、あなた方夫婦のことは有名ですよ。」リュシスの瞳が、妖しく煌めいた。「タシャンの血をひく元神官と、タシャンを虐殺したアルディン軍の男。南部ではあなたの事を“裏切り者”と呼んでいる者もおります。」「あなたは一体、何者なんですか?」「ここまでわたしの話を聞いていてわかりませんか?」リュシスはそう言うと、はめていた指輪をエリスに見せた。 そこには、薔薇をくわえているカラスが彫られていた。それは今リシャムに進軍中である南部軍の紋章だった。「エリス様、あなたには人質になっていただきますよ。これからわたしと共に来て貰いますよ。」「い、嫌です。」「あなたに拒否権はありませんよ。」リュシスは隠し持っていた銃を取り出すと、それをエリスに向けた。(セシャン!) その頃、セシャンはエリスがなかなか帰ってこないので、何かあったのだろうかと思い始めていた。「アネット、エリスが何処に行ったのか、知らないか?」「奥様なら、S公爵邸に行って遅くなるとおっしゃっておりました。」「そうか、ありがとう。」セシャンがS公爵邸まで馬を走らせていると、空が急に曇り始め、雨が降って来た。(エリス、どうか無事でいてくれ!)にほんブログ村
2011年06月11日
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「余所者はこの街から出て行け!」「疫病神!」「お前なんか死ねばいい!」四方八方から罵声を浴びせられたエリスは、顔を上げることができなかった。「奥様、大丈夫ですか?」侍女のアネットがそう言ってエリスに駆け寄ってきた。「大丈夫。」「ここを一旦離れた方がよろしいですわ。奥様、立てますか?」「ええ。」アネットの手を借りてなんとか立ち上がったエリスは、伏し目がちに彼女とともにそこから離れた。「酷い事をされましたね、奥様。」街の一角にある喫茶店で、アネットは紅茶をひと口飲んだ後、そう言ってエリスを見た。「街の人達はわたしのことを快く思っていないでしょうね、きっと。」「さっきのことは気になさらないで下さい、奥様。」アネットはエリスの手をそっと自分のそれに重ねた。「アネット、ありがとう。」「奥様、気を落としてはなりません。奥様は、正しい事をなさったのですから。」そう言ったアネットの瞳は、きらきらと輝いていた。「あなたがいると、心が安らぐわ。」「まぁ、奥様ったら。」アネットが照れ臭そうに笑いながら、エリスと共に通りの向こう側を渡ろうとした時だった。道路の向こう側から、1台の馬車が勢いよく彼女達の元へと走って来た。だが、2人は馬車には全く気づかなかった。馬のいななきでエリスは初めて、馬車が目の前に迫っていることに気づいた。その場から逃げようとしたが、足が竦んで動けなかった。「奥様!」アネットの悲鳴が、街に響いた。 エリスがそっと目を開けると、そこには金髪翠眼の青年が立っていた。「大丈夫ですか?」「は、はい・・」エリスは立ち上がろうとしたが、足首に激痛が走った。「少し捻ってしまわれたようですね。我が家で手当て致しましょう。」エリスはアネットを呼び寄せた。「セシャンに、S公爵邸に行って遅くなると伝えて。必ずよ。」「わかりました、奥様。」アネットは少し不安そうな顔をしていたが、やがてエリスに背を向け、別荘へと帰っていった。「助けてくださって、ありがとう。」エリスはそう言って青年に微笑むと、彼もエリスに微笑み返した。にほんブログ村
2011年06月11日
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リスエル工場が閉鎖されてから数日が経った。「エリスさん、ちょっとお話があるんだけれど、いいかしら?」エリスが刺繍をしていると、姑が急に話しかけてきた。「なんでしょう、お義母様?」「あなた、また余計なことをしてくれたわね。」姑はそう言うと、1枚の封筒をエリスの前に置いた。「これは?」「あの工場で働いていた人達があなたに書いたものよ。」エリスは封筒の封を切った。中から便箋が何百枚も出てきた。エリスはその中の1枚に目を通した。“死ね! お前達の所為で俺達の生活は滅茶苦茶だ!”震える手で便箋を机の上に載せると、姑はエリスに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。「あなたはあの人達の為だといって工場を閉鎖させたけど、あんな工場でもあの人達にとっては職場だったのよ。」姑が自分に何を言いたいのか、エリスにはよくわかっていた。「あなたの善意は、あの人達にとって何の役にも立たなかったのよ。」 その夜、エリスは溜息を吐きながら、浴室へと入った。シャワーを浴びながら、姑の言葉を思い出していた。“あなたの善意は、あの人達にとって何の役にも立たなかったのよ。”(わたしがしてきた事は無駄だったのか。)エリスはあの工場さえなくなればこの町が平和になると信じていた。だが町の人々からしてみれば、日々の糧を得る為に働いていたのに、気まぐれな貴婦人によって失業したという事実は、彼らにとって屈辱以外の何物でもないだろう。(これからどうすればいいんだろう?)そんな事を思いながらエリスが身体を洗っていると、背後から視線を感じた。(気の所為か。)浴室の外では、1人の男がエリスの裸体を覗き見ながら自慰に耽っていた。あの女をいつか自分のものにしたいー彼はそんな野望を抱きながら、果てた。浴室の方を見ると、もうそこにはエリスの姿はなかった。 翌日、エリスが買い物をしていると、突然頬に激痛が走り、彼女は地面に蹲った。にほんブログ村
2011年06月11日
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翌朝、セシャンは再びあの工場へと向かった。そこでは相変わらず、従業員達が牛馬のようにこき使われていた。(なんとかして彼らを救わなければ。)セシャンは工場の裏にまわり、リスエル邸へと潜入した。(この工場には、何かがある。)セシャンはリスエルの書斎へと向かおうとした時、地下で何か物音がした。気になったセシャンは、地下室へと降りていった。 そこには、血の臭いがあたりに充満し、虫の息になっている者達がいた。「おい、大丈夫か?」セシャンは床に蹲っている男に呼びかけると、彼は低く呻いて起き上がった。「誰がこんな酷い事をした?」「社長・・が・・やった・・」男はセシャンのマントを握り締めた。「証拠は・・社長の・・書斎に・・」「わかった。」セシャンは地下室を出ると、リスエルの書斎に入った。工場の記録は、机の上に置いてあった。セシャンがその記録に目を通すと、そこには工場から脱走し拷問死した者の人数や、死亡時の状況等が詳細に書かれていた。セシャンは記録をマントの下に隠すと、リスエル邸から出ていった。 帰宅したセシャンは、アレクとシェーラ宛にアシリスのリスエル縫製工場の報告書を書き始めた。「これで、よしと。」セシャンはそう呟くと、すっかり凝り固まってしまった肩を揉んだ。「セシャン、入るぞ。」エリスがそう言って夫の書斎に入ると、そこには机の上に突っ伏している夫の姿があった。エリスは夫に毛布をかけると、静かに書斎から出ていった。 数日後、リシャムのシェーラとアレクの元に。セシャンの報告書が届いた。「お祖父様、これは本当なのでしょうか?」「セシャンが送ってきた記録を読む限り、この報告書は真実そのものだ。」シェーラはそう言うと、ゆっくりと玉座から立ち上がった。「ただちにリスエル工場を閉鎖せよ。」皇帝の命令により、リスエル縫製工場は帝国軍によって閉鎖され、十行う員達は全員解雇された。セシャンとエリスは、工場閉鎖の知らせを受け、これあの工場から死人は出なくなるだろうと安心していた。 しかし、工場の閉鎖が、彼らと地元住民達との対立の火種になってしまうことを、この時誰も知る由がなかった。にほんブログ村
2011年06月11日
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「いやぁ、ラズミル家の若奥様がこんなにお美しい方だとは、知りませんでした。」そう言ってエリスに微笑んでいるのは、縫製工場の社長・リスエルだった。「あの、わたしと先ほどここに連れて来られた女性は?」「ああ、彼女なら寮に戻りましたよ。」「そうですか。」リスエルに対する不信感を募らせながら、エリスはそう言って椅子から立ち上がった。「今日はお茶に誘っていただき、ありがとうございました。」「もう帰られるのですか? 最後に花壇をご覧になって下さい。」リスエルはエリスを帰らせまいとして、彼女の腕を掴むなり裏庭へと向かった。「ここは・・」エリスは、裏庭で咲き誇る色とりどりの花々を見た。「美しいでしょう? わたしの家内が生前手塩にかけて育てていたものなんですよ。」「そうなんですか。」エリスは一歩、花壇へと近づこうとした。その時、悪寒が背中を走った。(何だ?)ふと花壇の方を見ると、そこには黒い靄のようなものが花壇を包んでいた。“ここから離れなさい、今すぐ!”頭の中で、亡き姉の声がした。「今日はこの辺で失礼致しました。」「そうですか。」エリスが洋館を出ると、蹄の音が向こうから聞こえた。「エリス、無事だったのか!」黒毛の馬に乗っていたセシャンは、そう叫ぶとエリスを抱き締めた。「どうしたんだ、セシャン。」「母上がお前とあの女性が工場へ連れ去られたってきいてここへ駆けつけてきたんだ。どこも怪我はないか?」「ああ。」「帰ろう。」エリスは夫とともに工場をあとにした。「なぁ、何か変なことはされなかったか?」「なんにもされてないぞ。それよりもエリス、あの裏庭にあった花壇のことだが・・」 夕食後、寝室へと向かったセシャンは、そう言うと妻を見た。「あの花壇、何か嫌な気配がした。邪悪なものの気配がした。」エリスはネックレスを握り締めながら、溜息を吐いた。「あの裏庭には、何か秘密があるな。」 洋館の裏庭では、1人の男が手押し車を走らせながら、庭仕事をしていた。男はシャベルで土を深く掘ると、手押し車に載せていた何かを、穴の中へと放り込んだ。月光を浴びた蒼い花が、風を受けて揺れた。にほんブログ村
2011年06月11日
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