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後半性描写が含まれております、苦手な方は閲覧なさないでください。 千尋の口付けを受けた歳三は、ゆっくりとルドルフの前に立った。「後で泣いても知らねぇぜ?」「ふん、望むところだ。」ルドルフは腰に帯びているサーベルを抜くと、それを顔の前に翳した。歳三は愛刀の鯉口を切ると、ルドルフと間合いを取った。「どうした、わたしが怖いのか?」「馬鹿言ってんじゃ・・」歳三がそう吼えた瞬間、ルドルフのサーベルが彼の顔を掠めた。あと数センチずれていたら顔の皮膚を切り裂かれるところだった。(舐めてんじゃねぇぞ、クソガキ!)歳三の闘志がカッと燃え上がった。彼は中段に構えると、流れるようにルドルフの攻撃をかわすと、刃で彼の肩を切り裂いた。 周囲から悲鳴が聞こえ、ルドルフが着ていた白い軍服に血が滲んだ。「ふん、なかなかなやるな。」「そりゃ、どうも!」激しい剣戟の音が庭園に響き、歳三はルドルフと戦いながらも、かつて京で駆け抜けた動乱の日々を思い出していた。あの頃は総司や近藤、平助や山南が居た。だが彼らはもう居ない。守るべきものを失い、この手で多くの命を奪ってきた。そんな自分が生きてもいいのか―「何を余所見している!」ルドルフの怒声で我に返った歳三は、彼の剣を寸でのところで受けとめた。「戦いの最中に考え事とは、気に入らないな。」「うるせぇ!」歳三はそう怒鳴ると、刀を振るった。カシーンという高い音がして、ルドルフの手からサーベルが離れ、近くの芝生に突き刺さった。「勝負あったな。」歳三は口端を歪めてそう笑うと、ルドルフは悔しそうに顔を歪めた。「トシゾー、お前は本物のサムライだな。お前に敬意を払おう。」ルドルフは歳三に右手を差し出すと、歳三はその手を握った。「あんたの剣の腕も良かったぜ、皇太子様。」「これからルドルフと呼んでくれ。」「そうか。じゃぁルドルフ、これから宜しくな。」侍と皇太子の友情が成立した瞬間、観衆が彼らに喝采を送った。「あ~、疲れた。」湯気が立つ浴槽に浸かりながら、歳三はそう言って溜息を吐いた。浴槽と言っても、木桶に腰までの湯しか入っていないもので、彼はその中で身体を泡で洗っていた。「ったく、腰が痛くなって仕方ねぇな。こんなもん、入浴じゃなくて行水だぜ。」「しょうがないでしょう、西洋では湯に浸かるという習慣がないのですから。」「それに湯がぬるい。俺ぁ熱い湯が好きなんだよ。」暖炉で沸かした湯を浴室へと持って行くと、浴槽に入れた時には熱かったそれがぬるくなってしまうので、歳三はそれが嫌で仕方なかった。 だがそんな事でいちいち文句を言っても仕方がないと思ったのか、千尋が歳三に髪を洗って貰っている間、黙っていた。「明日も早いですから、お休みください。」「ああ。千尋、今夜はしねぇのか?」「え・・」歳三が千尋の夜着を脱がすと、彼女の唇を塞いだ。「もう二ヶ月もしてねぇだろ? お前だって随分溜まってんじゃねぇのか?」歳三の手が自分の蜜壺と陰根を弄り始めると、千尋は甘い喘ぎを漏らした。「ん・・」「千尋、力抜け。」寝台の上に押し倒された千尋は、歳三の愛撫によって蜜壺も陰根も濡れそぼり、シーツを濡らしていた。「あぁ!」「今日は沢山中に出してやるからな。」「んんぅ・・」歳三の激しい突きに喘ぎながら、千尋は自ら腰を振った。彼は千尋の中に欲望を迸らせた。「何処行く?」「浴室に・・」「今日は沢山中に出してやるって言っただろう?」歳三は再び千尋の中で動き始めた。にほんブログ村
2011年10月31日
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翌日、千尋は皇太子付の女官として王宮で働くこととなった。「あなたね、皇太子様の目に留まった方というのは。」「色仕掛けで皇太子様を誑かしたのでしょう。でなければ、あなたのような素性の判らない女、王宮に入れる筈がないもの。」千尋が廊下を歩いていると、突然角から数人の女達が現れ、千尋の前に立ちはだかった。「あら、それはあなた方も同じでは? 歳をお取りになられたのに、まだ皇太子様に媚を売ろうなど、あさましいにも程がありますわね。」扇子で口元を覆い隠しながら、千尋がそう言って女達を見ると、彼女は怒りで頬を赤らめた。「まぁ、生意気な新参者だこと!」「懲らしめてやりましょうよ。」女達は千尋を人目のつかない所へと連れ込んだ。「あなたのその綺麗な顔を見るのがこれは最後ね。」「そうね・・」ナイフを手にして千尋を見て笑う女達は、そう言って彼女の顔にナイフを振り翳した。「ったく、千尋の奴、一体何処にいきやがったんだ・・」広大な王宮の廊下を歩きながら、歳三は溜息を吐いた。昨夜の騒ぎから一夜明け、慣れない環境で仕事を始めながら、歳三は気が休まらない日々を送っていた。 流石に昨夜の血で汚れた燕尾服は捨て、代わりにフランス製の黒羅紗の軍服を着て来たのだが、黒髪黒眼というアジア系の外見故か、擦れ違う宮廷人達の好奇の視線が痛い。(ったく、人の顔ジロジロと見やがって・・俺は見世物じゃねぇぞ。)そう叫びたくなるのを堪えながら歳三が千尋を探していると、突然向こうから女の悲鳴が聞こえた。「しっかりなさって!」「おい、どうした!?」部屋に入った歳三は、顔をナイフで傷つけられた女が床に蹲り、それを冷たい目で見下ろしている千尋の姿があった。「何があったんだ?」「いいえ。あなた方、わたくしを侮ったようですね。」千尋がそう言って女達を睨み付けると、彼女達はそそくさと部屋から出て行った。「言いがかりをつけられた、ねぇ・・」「ええ。全く宮廷という場所は恐ろしい所ですね。あの方たちは皇太子様の目に留まったわたくしが気に入らないようでして。」「そうか。」「チヒロさん、こんなところにいらしていたのですか。そろそろお時間ですよ。」「はい・・」女官に呼ばれ、千尋は溜息を吐いた。「何か用事でもあるのか?」「ええ。」千尋が次の言葉を継ごうと口を開いた時、ルドルフが彼らの方へと歩いて来た。「トシゾー、こんな所に居たのか。護衛でありながら主の傍を離れるとは、感心できないな。」「年上の者を呼び捨てにするような主を持った憶えはないんだがな。俺に何の用だ?」「別に。昨夜わたしが言った事を思い出してくれると嬉しいと思ってね。今日の午後、わたしと勝負しないか?」「望むところだ。」歳三の黒い瞳に闘志の炎が宿るのを見て、ルドルフは密かに歓喜に震えた。 ルドルフと歳三は、王宮庭園で非公式の試合をすることになった。だが“非公式”にも関わらず、皇太子と素性が判らぬ東洋人の男が戦うと知った宮廷人達の噂が野火のように王宮中に広がり、庭園の前には沢山の観衆が出来ていた。「副長、余り無理をなさらないでください。」「ふん、俺を馬鹿にすんじゃねぇよ。千尋、顔貸せ。」「はい・・」千尋が歳三を見ると、彼は彼女の顎を持ちあげて唇を塞いだ。 その光景はまるで戦場へと向かう兵士が、戦女神からの祝福を受けるかのような神々しい場面に、観衆達はどよめいた。「ご武運を。」にほんブログ村
2011年10月31日
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「君達が一体何者なのか、賊と君達と何らかの関係があるのか、色々と聞きたい事があってね。」ルドルフ皇太子はそう言うと、千尋と歳三を見た。「言っとくが、俺達ちゃぁこいつらとは関係ねぇぜ。害虫駆除だって言ってんだろ。」歳三がルドルフ皇太子を睨み付けると、彼はふっと口端を上げて笑った。「悪いようにはしない。」「さあどうだか。」歳三は銃剣を握り締めたが、それを千尋が止めた。「ここは皇太子様に任せましょう。」「チッ、解ったよ。」歳三はルドルフに銃剣を渡すと、オペラ座から出て行った。 ルドルフ皇太子が用意した馬車に乗った歳三と千尋は、これからどうなるのか解らず不安に駆られながらも、王宮へと向かった。「このままの格好ではいけないから、汚れた服を着替えてくれ。」「解ったよ。千尋、行くぞ。」歳三と千尋が浴室に入り、汚れた服を着替えてダイニングへと入ると、そこにはルドルフと1人の男の姿があった。「そいつぁは誰だ?」「無礼者、皇帝陛下に対し何という口の聞き方を!」彼らの後ろに控えていた皇帝の従者がそう声を荒げたが、ルドルフ皇太子はそれを手で制した。「お前達は下がれ。」「ですが、殿下。」「下がれと言っている。」彼が蒼い瞳で睨み付けると、従者たちは慌てて部屋から出て行った。「ルドルフ、一体何があった?」「オペラ座にて先ほど篭城事件が起きましたが、そこに居る者達が犯人達を殺害して解決いたしました。」「そうか。その者達は何者だ?」そう言って男―オーストリア=ハンガリー帝国皇帝・フランツ=カール=ヨーゼフは歳三を見た。(ユリウス・・?)目の前に仏頂面で座っている男は、かつてルドルフと恋仲であった司祭に良く似ていた。瞳の色が翠から黒に変わっただけで、天使と謳われたユリウスと同じ顔をしていた。(わたしは幻を見ているのか?)「そんなに俺の顔が珍しいか、皇帝さんよ?」いきなり皇太子に王宮へと連れて来られ、ジロジロと顔を見られている歳三はそう不機嫌そうに言うと、パンを一口大にちぎって口の中に放り込んだ。「わたくし達をこれからどうなさるおつもりで? 犯人達とは全く関係がございませんので、身柄を拘束されませんよね?」不機嫌そうに夕食を食べている歳三の隣で、千尋はナプキンで汚れた口元を拭った後にルドルフ皇太子にそう言うと、彼からは意外な返事が返ってきた。「君達には暫く王宮で暮らして貰おう。確か君はチヒロといったね? 君は明日から皇太子付の女官として、隣の男はわたしの護衛として働いて貰おう。」「お断りだ。餓鬼の子守をするほど、俺ぁ暇じゃねぇんだ。」「ふん、言ってくれる・・」 オペラ座で彼がユリウスに似ていると思った歳三だったが、それはルドルフの勘違いであったようだ。 彼は顔も性格もユリウスとは全く違う。「帝国皇太子であるわたしを餓鬼呼ばわりするとは、余程腕に自信があると見える。だがこのまま侮られては我慢ならない。」「へぇ、そうかい?」好戦的な視線をルドルフに送った歳三は、刀をここに持って来た方が良かったと後悔していた。「今日はもう遅いから、明日にでも貴殿の腕前を見せて貰おうか。」「望むところだ。」(この男、面白いな・・)(いけすかねぇ餓鬼だ。)ルドルフと歳三の第一印象は、互いに最悪だった。にほんブログ村
2011年10月31日
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バルカン同盟を名乗る男達がオペラ座を占拠してから数時間が経った。「奴らの目的は一体何なんだ?」「さぁ・・それよりもこのままの状態が続くと、膠着状態になるのは目に見えています。」千尋はそう言うと、男達を見た。男達は拳銃やサーベル、銃剣を腰に帯びており、その目は滾っていた。 一体彼らは何がしたいのか―それを聞きだす為に、千尋はゆっくりと主犯格と思しき男の方へと歩き出した。「もし、そこのあなた。」「なんだ?」突然千尋に話しかけられた主犯格の男は、そう言って千尋を見た。「こんな物騒なものを腰に提げて、一体何をなさるおつもりなのですか?」「別に。皇帝陛下にサラエボをこれ以上血で汚すなと言いたいだけさ。」「そうですか・・」千尋はわざと胸の谷間を男に見せつけるようにして、彼にしなだれかかった。「そ、そんなに俺の話が聞きたいのか?」「ええ。時間はまだたっぷりとあるんですから。」男はちらちらと千尋の豊満な胸を見ながら、鼻の下を伸ばした。「まぁ、俺達は金さえ貰えればいいんだよ。」「そうですか。ではあなた達はここで死んでいただけますか?」「はぁ、何言って・・」男がそう言って笑った時、歳三が彼の後頭部を銃剣の銃床で殴った。「こういうこった。それにしても千尋、迫真の演技だったよ。」「ありがとうございます。」歳三はそう言うと、千尋に笑った。「さてと、やるか!」「はい!」サーベルを男から奪った千尋は、歳三とともに男達を睨みつけた。「なんだ、てめぇら!」「それはこっちの台詞だ。てめぇら金欲しさに人様に迷惑掛けてんじゃねぇぞ。俺がてめぇらの性根を叩き直してやらぁ!」歳三はそう言うと、銃剣を握り締めた。「相手は2人だ、やれ!」男達は唸り声を上げながら、一斉に歳三達の方へと突進していった。歳三と千尋は、男達を斬り伏せた。「ふん、他愛もない。」「ええ。武器を持っていても扱い方を知らなければただの宝の持ち腐れですね。」千尋は笑うと、歳三の背後に回り込んできた敵の額をサーベルで貫いた。「この野郎!」「殺れ、殺っちまえ!」完全にいきり立った男達は、ルドルフが打った電報によって軍隊がオペラ座に向かっていることなど知らず、歳三と千尋にひたすら突進していった。 シャンデリアの輝きを受けながら、2人は向かってくる敵を斬り結び、返り血を浴びながら剣舞を舞うように優雅で鮮やかな動きをしながら剣を振るっていた。「思いの外、早く片付いたな。」「ええ。ドレスは汚れてしまいましたけど。」「ずらかるか。」歳三と千尋が腕を組み、オペラ座へと出て行こうとした時、軍隊がオペラ座へと入って来た。「お前ら、そこで何をしている!?」オペラ座に突入してきた軍隊が、2人に銃口を向けた。「何って・・害虫駆除ですよ。いけませんか?」千尋はそう言うと、彼らはジロリと千尋を睨みつけた。「ふん、信用ならんな。身柄を拘束して・・」「待て。」ルドルフが姿を現すと、軍隊の指揮官と思しき男が慌てて彼に敬礼した。「その者は我々の敵ではない。」「こ、皇太子様・・」ルドルフの言葉に、彼らはすごすごと千尋達から退いていった。(やはり・・この方はルドルフ皇太子様。)「君達に少し聞きたい事がある。付き合って貰えるか?」「俺達に一体何の用だ?」にほんブログ村
2011年10月29日
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「ったく、何で俺がこんな格好しないといけねぇんだよ。」歳三はそう言いながら、溜息を吐いた。彼は漆黒の燕尾服に身を包み、隣に立っている千尋を見た。 千尋は腰下までの長い髪を結いあげ、黒貂の毛皮を肩に掛け、白地に金の植物文様のドレスを纏っていた。「そう言わないでください。最近ウィーンを騒がしている連続殺人犯が今夜オペラ座に現れるという情報を得たのですから。」「ふん・・」歳三はぶすっとしながら、周囲を見渡した。 流石音楽の都と言われるだけあって、劇場の内装は金箔で彩られ、豪華だった。この何処かに、連続殺人犯が潜んでいるかもしれない―歳三はそう思うと緊張が高まった。「千尋、刀は持ってきたか?」「ええ・・と言いたいところですが、今はこれで我慢してください。」千尋はそう言うと、短剣を2本歳三に渡した。「得物が小さいな。これで奴を殺せるのか?」「急所を狙えばね。」千尋は歳三に話しかけた時、強烈な視線を感じた。(もしかして・・)背後を振り向くと、そこには1人の金髪碧眼の青年が立っていた。190センチほどの長身を白い燕尾服に包んでおり、胸ポケットには白薔薇を飾っていた。(この男、何処かで・・)千尋が青年の正体を探っていた時、歳三が千尋の腕を掴んだ。「どうなさいましたか、副長?」「あいつだ、あいつが向こうに居る。」歳三は客達に紛れこんでいる黒地に縦縞のスーツを着た1人の少年を睨みつけた。「先に行くぜ、千尋!」歳三は短剣を取り出し、少年へと突進していった。「おいそこのてめぇ、待ちやがれ!」少年は歳三の怒声に気づくと、ステッキに仕込んであったサーベルを抜いた。激しい剣戟の音がホールに響き、観客達は何事かと歳三達の方を見た。「ふん、中々やるじゃねぇか、連続殺人犯さんよぉ?」歳三は歯ぎしりをしながら、少年を睨みつけた。「生憎だが、こんな所で死ぬ訳にはいかないからね。悪いがあんたには此処で死んで貰うよ。」「それはてめぇの方だぜ!」歳三は少年の向う脛を蹴ると、一瞬の隙を突いて彼の急所をナイフで切り裂こうとしたが、あと少しというところで攻撃をかわされた。「ふん、新撰組副長が聞いて呆れるね。この程度の攻撃しか出来ないとは。」「煩せぇガキだな。その口が聞けねぇようにしてやるぜ。」「殺れるものなら殺ってみな。」好戦的な視線を歳三に向けると、彼はサーベルを構えた。「行くぜ!」歳三は壁を蹴ると、その反動で少年の懐に飛び込んだ。「クソッ!」両肩を切り裂かれ、少年は痛みに喘ぎサーベルを床に落としてしまった。「動かないでくださいね。」千尋はサーベルを拾い上げ、その切っ先を少年へと向けた。「誰かと思ったら、両性の悪魔か。その様子だと、そいつに惚れているようだねぇ。」「お黙りなさい。」千尋はそう言うと、傷ついた少年の右肩を踏みつけた。「俺を殺しても闇の者の勢力は強まるばかりだ。せいぜい悪あがきでもするんだね。」「それは・・どういう意味・・」少年が口を開こうとした時、彼は胸に銃弾を受けて倒れた。銃声に客達はパニックとなり、一目散に出口へと駆けだした。(一体何が・・)「全員動くな! このオペラ座は我々が占拠した!」客達とは入れ違いに、武装した数十人の男達がホールへと入って来た。「あなた方、何者です?」「我々はバルカン同盟の者だ。皇帝陛下に我々の要求を呑んで貰うまでここを動かん!」(厄介な事になりましたね・・)にほんブログ村
2011年10月29日
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1878年1月、ウィーン。 新年を迎え賑わう帝都・ウィーンでは、貴族達が華やかなパーティーを開く一方、庶民達はその日食べるパン代すらにも困り、皆貧困にあえいでいた。そんな中、ウィーン国立歌劇場(オペラ座)ではオペラの初日公演が行われており、資産家や貴族といった上流階級の者達が派手に着飾って観客席で舞台を熱心に観ていた。 その中で目立つのは、観客席の上部に位置するロイヤルボックス―皇族専用席のカーテンの陰から時折姿を見せるオーストリア=ハンガリー帝国皇太子・ルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフ=フォン=オーストリアである。欧州随一の美女と謳われた母・エリザベート=アマーリエ=オイゲーニエ皇妃譲りの美貌を持った金髪碧眼の美青年であり、剣術や射撃、馬術や舞踏の腕は一流で、自由主義思想を持ち、「ユリウス=フェリックス」の筆名で過激な論文を出していることでもその名は知られていた。美貌と頭脳、家柄と、全てに恵まれているルドルフであったが、彼の孤独を埋めるものは、誰一人としていなかった。 数年前、12歳の時ルドルフが母の旅行に同行した先のバイエルンで訪れた修道院附属の孤児院で出逢い、23歳という若さで逝った、3歳上の宮廷付司祭・ユリウス以外は。 漆のような艶やかな黒髪に、深い緑を思わせるような翡翠の瞳を持ったユリウスは、まるで天上から遣わされた天使のように清らかな印象を持ち、温和な性格であった。両親を早くに亡くし、孤児院で愛情深く育てられたユリウスと、皇帝の息子として生まれながら孤独な生活を送っていたルドルフは、まるで磁石のように惹かれ合い、恋人同士となるのには時間はさほどかからなかった。 しかしユリウスは、神に仕える聖職者の身でありながらルドルフと同衾していることへの葛藤を密かに抱え、その心労が祟ってしまったのか、4年前に突然ミサの最中に喀血した。『残念ですが、もっとあと1年といったところでしょう。』 医師から告げられたユリウスの余命に、ルドルフは愕然とした。漸く手に入れた彼という存在と、彼が与えてくれた愛が指の隙間から零れ堕ちてゆくのを、彼はその時感じた。ユリウスが病臥に伏してから、ルドルフは忙しい公務の合間を縫って彼の看病に勤しんだ。 神を信じなかったが、せめてユリウスの命を助けてくれとルドルフは祈ったが、その祈りは主には届かなかった。『愛しております、ルドルフ様・・』今わの際、ユリウスはそう枕元でルドルフの手を握り呟くと、静かに天へと召されていった。その日からルドルフの心は再び閉ざされ、蒼い瞳は虚ろな光を宿し、彼は無味乾燥な日々を過ごしていた。(わたしは一生、誰も愛さないだろう・・) 舞台を観終わったルドルフがロイヤルボックスを後にしてロビーへと向かっている時、途端に周囲がざわついたことに気づいた。帝国の皇太子である自分がオペラ座に居ることを知った貴族達が自分の姿に気づいて騒ぎ始めたのだろう―ルドルフははじめはそう思っていたが、違った。彼らの視線の先には、一組の男女の姿があった。長身の黒髪の男と、腰下まである長い金髪の女。 男は漆黒の燕尾服に身を包み、彼の隣に立っている女は白地に金の植物紋章の刺繍が施された美しいドレスの上に、黒貂の毛皮を纏っていた。女が何かを話しかけ、黒髪の男が一瞬ルドルフの方を向いた。(ユリウス・・)男と一瞬視線が合ったルドルフは、瞳の色こそ違えども、彼の中に亡き恋人の面影を見た。にほんブログ村
2011年10月28日
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『あったぞ、この家だ!』『さっさと金目の物だけ盗って、ずらかろうぜ!』『いいかミゲル、絶対にしくじるんじゃねぇぞ!』歳三が階下で聞こえる賊達の声に気づいたのは、真夜中過ぎの事だった。彼らに気づかれぬよう階段の隙間から下を見ると、そこには汚い身なりをし、拳銃をそれぞれベルトのホルスターに入れた男達が、今まさに居間で物色をしている最中だった。 闇の中から何かをひっくり返す音が響き、彼は踵を返して寝室へと戻ると、ベッドで眠っている千尋を起こした。「千尋、起きろ。賊が居る。」「そうですか。」 千尋はさっとベッドから起き上がると、夜着の帯に大小の刀を差し、歳三と共に居間へと入った。『へへ、今日は大漁だぜ!』『やったな兄貴、これくらいのもんを手に入れれば一生遊んで暮らせら!』 金貨が入った袋を、男が握り締めようとした時、彼の両手首が血飛沫を上げて床へと転がった。耳を劈くような悲鳴とともに、男はさきほどまで自分の腕と繋がっていた手首の残骸を見た。『あ、兄貴!』『しっかりしてくだせぇ!』 仲間の男が慌てて彼を助け起こそうとした時、首筋に冷たいものがヒタリと当てられ、彼は俯いていた顔を上げた。「手首だけで良かったと思いやがれ。」そこには全身に怒りのオーラを纏った黒髪の女が立っていた。「どうします、殺しますか?」女の傍らに立っていた金髪の女が、そう言って彼女を見た。「さぁ、どうするか今考えているところだが・・人ん家を勝手に荒らした輩には、厳しい仕置きをしねぇとなぁ。」 口端を上げ、酷薄な笑みを浮かべながら、2人の女達はゆっくりと恐怖に震えている賊達へと刃を向けた。『警部、3番地の家に強盗が!』『解った、すぐ行く!』この町の警察官であるアルジャーニが部下のロミオを連れて強盗が押し入った家へと向かうと、そこには野次馬がひしめきあい、家の中を一目見ようとしていた。『警察だ、退け!』そう言ってアルジャーニが家の中へと入ろうとした時、家の前で両手首がない男―恐らく賊の一味が恐怖に震えていた。『何があったんだ?』アルジャーニの問いに、男は全く答えずぶつぶつとうわ言を呟いているだけだった。『なんだ、これは・・』居間に入るなり、ムッと鼻を衝くような血腥い臭いが部屋中に充満し、床や天井、家具に至るまで赤黒い血で染め上げられていた。 その中に、先程家の前でうわ事を言っていた賊の仲間である男達が肉片と化して血の海の中に転がっていた。『一体何があったんだ?』『さぁ、解りません。恐らくこの肉片はこの家に押し入った強盗のものかと。』吐き気を堪えながら、アルジャーニは遺体の―肉片の状態を確認した。人間の原型を留めぬほどに鋭利な刃物によって破壊しつくされた遺体。家庭用の包丁やレイピア、サーベルではこのような状態には出来ないだろう。殺傷力が高い刃物―肉包丁や日本刀でなら、可能だが。『ロミオ、目撃者をあたれ。』『は、はい!』凄惨な現場を目の当たりにし、激しい吐き気と戦っていた新人刑事は、脱兎の如く現場から飛び出して行った。「ったく、今頃あっちは大騒ぎだな。」「ええ。」 血に汚れた夜着を脱ぎ捨て、いつもの洋装姿に着替えた歳三と千尋は、たまたま通りがかった幌馬車に荷物が入ったトランクを載せながら溜息を吐いた。「あそこではもう暮らせませんね。」「小さな田舎町は目立つな。都会に行ったら大丈夫だろう。」「ええ・・」彼らは一路、ウィーンへと向かった。にほんブログ村
2011年10月28日
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―土方さん ああ、総司が呼んでいる。歳三が目を開けて総司を必死に探すが、何処にも彼の姿はなかった。(総司、どこだ!?)一面赤い蔓珠沙華が咲き誇る中、歳三はひたすら恋人を探した。―土方さん、千尋君と幸せになって。恋人の声がそう聴こえた時、歳三は再び目を開けた。「副長?」そこには、洋装姿の千尋が彼の手を握っていた。「千尋・・俺は、生きているのか?」「はい。傷はもう塞ぎました。」歳三が敵に撃たれた右脇腹を見ると、その傷には包帯が巻いてあるが、血は滲んでいなかった。 ふと辺りを見渡すと、ここが一本木関門―いや、函館ではないことがすぐに解った。「ここはぁ、何処だ?」「船の中です、欧州行きの。」「そうか。千尋、俺は死ねなかったのか・・」「申し訳ありません・・」千尋はそう言うと、目を伏せた。「謝らなくていい。なぁ千尋、さっき夢の中で総司の声が聞こえたんだ。」「沖田・・先生の?」「ああ、お前と幸せになってくれって。そこで目を覚ました。」「そうですか・・」千尋は泣きそうな顔をしながら、歳三を見た。歳三は千尋を抱き締めると、短い彼の金髪を優しく梳いた。「そんな顔するんじゃねぇ。あいつは・・総司はきっと、お前の想いを知ってたんだ。」「わたくしは、副長を皆様の元へと旅立たせてあげられませんでした。わたくしの我がままで、副長をこの世に縛りつけてしまいました。副長、どうかわたくしを恨んでください。」「馬鹿野郎、そんな事できるわけねぇだろ。」その言葉を聞いて千尋の華奢な肩が揺れるのを、歳三は見逃さなかった。「千尋、俺はお前を恨まねぇ。その代わり、死んでいった奴らの分まで生きてやる。」「副長・・」「そんな呼び方、もう止めやがれ。俺ぁもう、新選組副長でもなんでもねぇ。」「申し訳・・ありません。」羞恥で顔を赤らめた千尋の顎を持ちあげると、歳三は桜色の唇を吸った。船はそんな恋人達を乗せて、静かに地中海沖の港へと停泊しつつあった。「ここが異国か・・函館や京の街とは偉い違った街並みだな。」長い船旅の後、船から降りた歳三はフロックコートの裾を翻しながら、そう言って異国の港町を見渡した。「ここなら、誰もわたくし達を知る者はおりません。格好の隠れ場所になります。」「そうか・・ここから、俺達の新しい人生が始まるって訳か、面白ぇ。」歳三はそう言うと、口端を上げて笑った。―土方さんふと総司の髪が、肩先に触れたような感じがして歳三が振り向くと、そこには誰も居なかった。(総司、いつ会えるか解らねぇけど、俺達の事を見守ってくれよな・・)「副長、どうされたんですか?」「何でもねぇよ、行くぞ。」歳三は千尋と港町の方へとゆっくりと歩き出した。 異国での生活ははじめ慣れなかったが、言葉さえ解れば後は苦労しなかった。歳三と千尋は、市場で働きながらささやかな暮らしを送っていた。しかしある夜、2人が暮らす家に賊が押し入ってきたことから、全てが変わった。にほんブログ村
2011年10月28日
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1898(明治31)年6月。千尋が消息を絶ってから2ヶ月の歳月が経っていた。 土方は千尋の帰りを待ち、長男・総司と長女・椿の育児と仕事を両立させながら忙しい毎日を送っていた。「おとうちゃま、あそんでぇ~!」2歳となる総司は、土方の姿を見つけるなりそう言って甘えて来た。「総、後で遊んでやるからな。」「やだぁ~、今あそぶぅ~!」総司は駄々を捏ね始めると、土方の足に纏わりついて離れようとはしなかった。「わかった、わかった。」土方は溜息を吐き、膝の上に総司を乗せると、彼は嬉しそうに笑い声を上げた。「ああぅ~!」兄が父の膝の上に乗っているのが気に入らないのか、揺り籠の中に居た椿が抗議の叫び声を上げた。「椿、後でお前ぇも抱っこしてやるから、そう拗ねるな。」土方は苦笑すると、総司の髪を撫でた。「失礼致します、旦那様。」「斎藤か、入れ。」書斎のドアが開いて斎藤が入ると、総司が土方の髪を引っ張っていた。「これが例の報告書です。」「悪ぃな。お前ぇにこんな事をさせちまって。」「いいんです。それよりもみつ様がいらしておりますが、どうなさいますか?」「通してくれ。」斎藤が書斎から出ると、総司はちらりと父親を見た。「みつおばちゃんが来てるの?」「ああ。総、俺は今日忙しいから、みつおばちゃんと遊びな。」「おとうちゃまとあそびたかったのに。」総司は薔薇色の頬をぷぅっと膨らませた。「我が儘言わないでくれよ。な?」総司を抱いて客間へと入った土方は、総美の姉・みつに2年振りに会った。「お久しぶりです、義姉さん。」「お久しぶりね、歳三さん。総ちゃん、いらっしゃい。今日はおばちゃんと遊びましょうね。お菓子買ってあげるわ。」「わぁ~い!」先ほどまで嫌がっていた総司だったが、みつの言葉を聞くなりすぐさま彼女の方へと駆け寄ってきた。「ったく、現金な奴だな。義姉さん、総司と椿を宜しく頼みますよ。」土方はそう言うと、自宅を出て横浜へと向かった。『本日正午に、横浜から船が出港します。乗客名簿を調べましたら、千尋奥様のお名前が・・』 車のハンドルを握り締め、徐々にスピードを上げながら、土方は横浜港へと急いだ。だが渋滞に嵌ってしまい、彼が港に着いたのは船が出港する10分前の事だった。「千尋、何処だ、千尋!」見送りに来た乗客の家族達の中を掻き分けながら、土方は必死に千尋の姿を探した。(もう、駄目か・・)土方が諦めかけて港を後にしようとしたその時、一等船室のデッキから千尋が姿を現した。 深緑の帽子を被り、同色のドレスを纏った彼女は、土方と目が合うと宝石のような蒼い瞳から大粒の涙を流し、何かを叫んでいた。だがその声は、出港を知らせる汽笛の音で遮られた。「行くな、千尋! 愛してる!」徐々に遠ざかる船に向かって叫びながら、土方は必死に埠頭まで走った。船はやがて港を離れ、沖へと向かっていった。「どうして俺は、お前ぇを傷つけてばかりいるんだ。誰よりも愛しいお前ぇを傷つけてばかりで、俺は何をしてるんだよ!」土方はそう吼えると、がくりと膝を落として堪えていた涙を流した。千尋と土方さんの辛い別れ。第三章は暫くお待ちくださいね。にほんブログ村
2011年10月27日
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「あなたと、ロシアに行けと?」『そうだよ。子どもの事は心配しなくていい。もうあの男の事は忘れてしまえ、チヒロ。』「そんな事・・」 出来ない、と千尋が言おうとした時、外で馬の嘶きが聞こえたかと思うと、ドアが乱暴に開いて理哉が病院の中へ入って来た。「やっぱりここに居たんだね、千尋さん!」「桐生様、どうしてここが?」「土方さんに、君の事を話したよ。今こっちに向かってる。」「今更話すことなどありません。」千尋はそう言うと、アンドレイの手を握った。「どうして、いつも君は逃げてばかりいるんだ!? 何故土方さんと面と向かい合って話そうとしないんだ!」「赤の他人のあなたに、わたくしの何が解るというんです!? もうわたくしには関わらないでください!」千尋の怒鳴り声で、看護師や患者が何事かと彼らを一斉に見た。「君の事は放っておけないんだよ、僕は! 君は僕の妹のようなものだから!」理哉はそう叫ぶなり、千尋の手を握った。「早くここを出よう、土方さんが待ってる!」「嫌、離してください!」『やめろ、妹に触れるな!』アンドレイが理哉と千尋との間に割って入り、理哉を睨みつけた。『これは僕達家族の問題だ、他人の君が口を挟まないでくれ。』『そりゃぁ血は繋がってないけど、僕にとって千尋さんは妹のようなものなんだよ。彼女を何処に連れて行くのかは知らないけれど、その汚い手を離せよ。』『黙れ、離すのは貴様だろう!』アンドレイと理哉が睨み合っていると、大鳥が院長室から出てきた。「一体何の騒ぎだい、これは?」「大鳥先生、早く手術をしてください。もう覚悟はできております。」千尋は言い争いを始めているアンドレイと理哉から離れると、そう言って大鳥に頭を下げた。「本当に、いいのかい?」「はい。こうするしか、ないんです。」大鳥に連れられて千尋は手術室へと入った。「そこに横になって。」「はい。」手術台に横たわった千尋は、静かに目を閉じた。これで全てが終わる。目を開けた千尋が最初に見たものは、病室の白い天井だった。「気が付いたかい、千尋君?」「先生、手術は・・」「無事に終わったよ。千尋君、君はこれからどうするつもりなの?」「そうですか・・ありがとうございます。」千尋はそう言って俯くと、大鳥は黙って病室から出て行った。そっと彼女は下腹を擦ったが、かつて己の子宮に宿っていた命はない。これでいいのだ。頭でそう割り切ろうとしたが、胸に冷たい風が絶え間なく吹いているように感じて、千尋は自然と涙を流していた。自分は人殺しだ。(神様、わたくしをお許しください。わたくしは命の芽を摘み取ってしまいました・・)『チヒロ・・』病室のドアが開き、アンドレイがドアの隙間から顔を覗かせた。「これで良かったんですよね?」千尋がそう言ってアンドレイに微笑んだが、すぐにその笑顔は崩れてしまった。『もうあの男の事は忘れて、一からやり直すんだ。』「はい・・」(もう旦那様の元には戻れない・・)千尋は辛い決断をしました。次回、第二章最終回です。にほんブログ村
2011年10月27日
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「どうしたの? 君も食べなよ。」そう言って桐生理哉はフォークでスクランブルエッグを掬うと、それを口に放り込んだ。「はい、いただきます・・」 千尋はパンを一口大にちぎって食べようとした時、珈琲の匂いを嗅いだだけで猛烈な吐き気が襲ってきた。「っ・・」慌ててナプキンで口元を抑えると、怪訝そうに理哉が彼女の顔を覗きこんだ。「大丈夫?」「はい・・」「つわり、そんなに酷いの?」理哉の言葉を聞き、千尋は思わず彼を見た。「あの、どうして・・」「君が妊娠してる事を知ってるかって? 僕の一番上の姉さんが甥っ子の芳次郎を妊娠してた時、つわりが酷かったから、その時の事を思い出してさ。諒、千尋さんの珈琲を下げて、林檎のジュースを持って来て。」「かしこまりました。」諒はそう言うと、さっと千尋のテーブルから珈琲カップを盆に載せると、ダイニングから出て行った。「今何ヶ月なの?」「四ヶ月です。」「もしかしてだけどさぁ、堕ろそうと思ってたりする?」暫し、2人の間に気まずい空気が流れた。「早い内に処置をした方がいいと、先生がおっしゃっていたので、明日手術を受ける予定です。」「人の事に口を挟みたくはないけど、どうして君って勝手に一人で決めようとする訳?」「桐生様も、わたくし達のことについては色々とお聞きになっておられますでしょう?」理哉は、じっと千尋の顔を見た。 金髪碧眼の美しい少女は、唇を硬く引き結んだまま黙り込んでいた。彼女が二ヶ月前、資産家の土方歳三と結婚した事は、理哉のみならず社交界中が知っている。その事で千尋に関する悪辣な噂が立っている事も、彼は知っていた。“使用人の癖に主の後妻の座に収まった女狐”、“男を手玉に取るふしだらな女”と、華族の令嬢達が夜会で扇子の陰でそんな囁きを交わしているのを理哉は何度も耳にしていた。その事で彼女が深く傷つき、折角宿った命を消し去ろうと決意したことが、彼には判る気がした。「土方さんには・・ちゃんと話したの?」「いいえ。手術の後に言うつもりです。」千尋はそう言うと、椅子からゆっくりと立ち上がった。「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」彼女は理哉に頭を下げると、諒と入れ違いにダイニングから出て行った。「ねぇ、待ってよ! 何処に行くつもりなの!?」邸の外を歩きだしている千尋に追いついた理哉は、そう言って彼女の腕を掴んで無理矢理自分の方へと振り向かせた。「あなたには、関係のないことです。」そう言った千尋は、蒼い瞳に憂いの光を湛えていた。「わたくしは母親にはなれない・・なれる筈がないんです。」半ば諦めたような表情を浮かべながら彼女は理哉の手を振り払うと、桐生邸から去っていった。小さくなってゆく彼女の背中を、理哉は黙って見送るしかなかった。 千尋は息を切らしながら、大鳥が経営する病院の前に立った。(ごめんなさい・・)心の中で腹の子に謝ると、彼女は病院の中へと入っていった。『チヒロ、ここに居たのか!』中に入った彼女を迎えたのは、土方ではなくアンドレイだった。「どうして・・」『話はここの医者から聞いたよ。もうあの男の事は忘れてしまえ。』アンドレイはそう言うと、半分血が繋がった妹を抱き締めた。理哉と土方さんは同じ道場仲間という設定です。にほんブログ村
2011年10月27日
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「千尋がまだ帰ってないだと!?」「はい・・周囲をくまなく探したのですが、奥様と思しき方のお姿はお見えになりませんでした。」「そうか・・ったく、何処へ行っちまったんだ、あいつはぁ!」土方が苛立ちを紛らわせようと書斎の机を叩いた時、美佐子が書斎へと入って来た。「失礼致します、旦那様。千尋ちゃ・・じゃなかった、奥様にお会いしたいとおっしゃるお客様がお見えです。」「千尋に? 通せ、俺が会う。」「は、はい・・」土方が客間へと降りると、ソファに座っていたアンドリューがさっと立ち上がり、彼に向かって頭を下げた。「お忙しい中、申し訳ありません。少しチヒロ君の事でお話があります。」「千尋の事で?」「はい・・実は、あなたとの結婚が級友達に露見してしまい、自ら学校を辞めてしまって・・はやまった行動をするなと諭したのですが・・」「それは、確かなのか?」「ええ。チヒロ君は大変優秀な生徒です。彼女がどのような事情を抱えているにせよ、彼女には学ぶ事を諦めて欲しくないのです。どうか土方さん、チヒロ君を止めてください、手遅れになる前に。」「解りました。」土方はそっとアンドリューの手を握った。「では、これで失礼致します。何かチヒロ君の事が解ったら連絡をお願い致します。」「はい、解りました。」アンドリューが客間から出て行った後、土方は溜息を吐いてソファにその身を沈めた。 一方、桐生子爵邸の敷地内に、四頭立ての馬車がゆっくりと邸内路へと入っていった。「なかなか目を覚まさないなぁ。」翡翠の瞳で自分の膝の上に頭を載せたまま動かない少女を青年は見下ろしながら、彼女の髪を優しく梳いた。「旦那・・様・・」桜色の唇から、愛らしい声が聞こえた。(旦那様って誰のことだろ? まぁ、僕には関係ないけどね。)「お帰りなさいませ、理哉(さとや)様。その方は?」子爵家の執事・若瀬諒は、そう言って主が抱いている少女を見た。「帰る途中で拾ってきた。怪我してるみたいだから一応医者を呼んで手当てしてやって。」ひらひらと青年は執事に手を振りながら、自分の寝室へと少女を運んだ。「畜生、何処へ消えやがった・・」土方がそう呟きながら窓の外を見ると、いつの間にか激しい雨が降り始めていた。この雨の中、千尋は独りで街を彷徨っているのだろうか。土方の脳裡に、最悪の事態が過る。(千尋、どうか無事でいてくれ・・)「う・・」「気が付いた?」千尋がゆっくりと目を開けると、目の前に自分の手を握っている薄茶の髪の青年が立っていた。「あの、ここは・・」「ああ、ここは僕ん家。怪我は大したことないって。君、どうして馬車の前に飛び出したりしたの?」「それは、言えません・・」「そう。まぁ人にはそれぞれ事情を抱えてるからね。僕は桐生理哉、宜しくね。」「千尋です、宜しくお願い致します。」「お腹空いてない? 朝食一緒に食べようよ。」「え、あの・・」 有無を言わさず、青年―理哉は千尋の手を掴んで寝室から出て行くと、ダイニングへと向かった。「おはようございます、理哉様。」そこには、燕尾服姿の執事が立っていた。また新キャラ登場。どこか風変わりな青年貴族・理哉です。にほんブログ村
2011年10月25日
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「どうして、それを?」千尋がそう言って李鈴達を見ると、李鈴が一歩彼女の前に近づいた。「この前、お花見している土方様とあなたを見たのよ。その時、左手の薬指に指輪を嵌めていたでしょう?」「ええ・・」李鈴達に知られてしまった以上、もう隠すことはできない。「わたくしは土方様と結婚しているわ。それに、彼の子どもを妊娠しているの。」千尋がそう言って級友達を見た時、彼女達は絶句していた。「千尋さん・・」「もうここには居られないわね。短い間だけどお世話になりました。」千尋は李鈴達に頭を下げると、教室から出て行った。「どうしたんだ、チヒロ君?」もうすぐ授業が始まるというのに、廊下を歩いている千尋を見つけたアンドリューが、そう言って彼女を呼び留めると、彼女はハンカチで目元を押さえていた。「先生・・」「一体何があったんだ?」「わたくしは、ここを辞めなければなりません。」彼女の言葉を聞いたアンドリューは一瞬動揺したが、彼女を美術室へと連れて行った。「どういう事なんだ、君がここを辞めなければならないなんて?」「わたくしが土方様のメイドとして住み込みで働いていることはもうご存知でしょう?」「ああ。それがどうか・・」「その土方様とわたくしは夫婦になりました。奥様が亡くなられてまだ二月も経たない内にわたくしは土方様と再婚し、その上彼の子まで妊娠してます。こんな生徒、学校には置いていけませんよね?」「本当なのか?」アンドリューがそっと千尋の手を握ると、彼女は静かに頷いた。「もう李鈴さん達は知っております。彼女達もこんなふしだらな女と机を並べて勉強したくないでしょうから・・」「早まってはいけないよ、チヒロ君。」アンドリューがそう言って千尋を励ますと、彼女は啜り泣いた。「先生、申し訳ありません。短い間でしたが、お世話になりました。」千尋は椅子から立ち上がると、美術室から出て行った。 始業を知らせる鐘はとっくに鳴ったが、彼女は教室に戻らずにそのまま校舎から出た。半年間だけだったが、楽しい学校生活を送れて嬉しかった。もうここには居られない―千尋がそう思いながら歩いていると、誰かが自分の腕を掴んだ。「チヒロ君、本当に学校を辞めるつもりなのか!?」「もう、決めた事ですから。」「どうして君は、1人で決断しようとするんだ! どうして誰にも相談せずに悩みを抱え込もうとする!」「相談なんて出来る筈がないでしょう? わたくしは周りから非難の視線を浴びながらここに居るのは耐えられないから辞める、それだけです! もうわたくしの事は放っておいてください!」千尋はアンドリューの手を振り払うと、女学校の校門から外へと走り去っていった。「チヒロ君、君は本当にそれでいいのか?」誰も居なくなった校門で呟いたアンドリューは、校舎の中へと戻っていった。 女学校を飛び出した千尋は、どこへ向かうでもなく、ただひたすら走っていた。(旦那様には言えない・・)土方とは今顔を合わせたくなかった。彼と総美が通わせてくれた女学校を辞めたなんて、決して口が裂けても言えない。 これからの事を考えながら走っていた千尋は、全く周りが見えていなかった。「危ない!」俯いていた顔を彼女が上げると、目の前に馬車が迫っていた。千尋は悲鳴を上げた時、激しい衝撃が彼女の身体を襲った。(旦那様・・)「君、大丈夫かい!?」頭上で声が聞こえたと思った途端、千尋は意識を失った。にほんブログ村
2011年10月25日
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総美の通夜と告別式を、土方は喪主として気丈に取り仕切り、千尋はそんな彼を支えた。(奥様、わたくしは旦那様とお子様達を代わりにお守り致します。どうか、安らかにお眠りください。)千尋は総美の墓前でそう彼女に誓うと、土方の元へと向かった。「千尋さんと結婚するですって!? あなた正気なの!?」 総美の四十九日法要が終わり、土方はその席で姉達に千尋と再婚する事を報告したが、信子はそれに猛反対した。「姉さん、俺1人じゃ子ども達の面倒は見られねぇし、千尋との事は総美が許してくれた。」「あんたって子は・・千尋さん、トシに何か誑かされたんでしょう? そうなんでしょう?」「わたくしは・・旦那様を愛しております。」千尋の言葉に、信子の眦が上がった。「それじゃぁ、証拠を見せて貰おうかしら? 本当に総美さんがあなた達との関係を認めたっていう証拠を。」「それはある。」土方は信子に、総美が生前つけていた日記帳を見せた。 そこには彼女が土方への想いと、迫りくる死病への恐怖、そして我が子への想いが克明に綴られていた。日記の最後には、こう結ばれていた。“千尋さん、どうか土方をお願いね。あの人は独りでは生きられない人だから。”日記を読み終わった信子は、溜息を吐いてそれを弟に返し、千尋を見た。「千尋さん、あなたは本当にこれでいいの? トシの所為で、あなたの人生を犠牲にしたくないし、あなたはまだ若いわ。」「わたくしは奥様と約束したのです。ですから、旦那様との結婚をお許しください。」千尋はそう言って信子達に頭を下げた。「そう・・じゃぁ、一生トシと結婚して後悔しないようにして。トシ、あなたも千尋さんを不幸にしないと約束なさい。」「ああ、解ったよ。ありがとう、姉さん。」その数週間後、2人は横浜の教会で身内だけのささやかな結婚式を挙げた。「千尋、綺麗だ。」「ありがとうございます、旦那様。」純白のウェディングドレスに身を包んだ千尋は、そう言って夫となる土方に微笑んだ。「千尋君、これで本当にいいのか?」「ええ。もうわたくしは迷いません。」「そうか・・」斎藤は何か言いたそうだったが、土方とともにどこかへと向かった。「旦那様、本当に宜しいのでしょうか?」「ああ。俺は千尋を愛してる。たとえそれが俺の独占欲であっても、あいつを愛し続けたいんだ。だから斎藤、俺達の事を認めてくれねぇか?」「・・そう言われては、認めざるおえないですね。」斎藤は目を伏せると、千尋に跪いた。「奥様、斎藤一、一生あなた様にお仕えいたします。」「斎藤さん・・ありがとうございます。」千尋は涙を流しながら、土方とこの日、夫婦となった。「旦那様、今夜から宜しくお願い致します。」新婚初夜、土方と千尋の為に用意された部屋で、身支度を終えた千尋はそう言って土方に頭を下げた。「今更かしこまるんじゃねぇよ。今夜は、優しく抱いてやるから。」土方はそっと千尋を褥の上へと押し倒した。 土方と結婚した事は、千尋はまだ女学校には秘密にしていた。だが、彼女の秘密は思わぬところから露見した。それは、土方と子ども達とともに花見へと行った時の事だった。「あら、千尋さんだわ。」「隣の方は、確か・・」李鈴は、千尋の左手薬指に光るプラチナの指輪を見た。「千尋さん、土方様とご結婚されたの?」千尋が登校すると、そう言って李鈴達が彼女を取り囲んだ。2人の結婚が周囲にばれました。にほんブログ村
2011年10月24日
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『華ハ艶ヤカニ』、第二章を区切りのいいところまで更新いたしましたが、その先をラストまでどう書くのかが決まっていないという無計画ぶり(汗)他の連載を放置→新連載を書く→それを放置・・という、無計画な上に無限更新停滞ループを繰り返しているわたくしです。昔はひとつの作品を完結させることに力を注ぎ、満足感があったんですが、今はそれすらも出来ていないことに気づき、軽く凹んでおります。おそらく読者の皆様も、「いい加減に終わらせろや、ゴラァ!」というイラッとした気持ちでこのブログを読んでいるんでしょうね。いや、「ブログ小説」が嫌いな人は元々読まないでしょうね・・今後の更新予定ですが、『華ハ艶ヤカニ』第二章を暫くお休みして、『螺旋の果て』第二部を書こうと思っております。いつになるかわかりませんが・・※【追記】『華ハ艶ヤカニ』第二章は、引き続き更新しようと思います。余り根詰めないようにします。
2011年10月24日
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『そうはいかねぇな、俺の子を身籠ってる女を捨てる訳にはいかねぇよ。』土方の言葉に、アンドレイの顔が怒りで引き攣った。『本当なのか、チヒロ?』『・・ごめんなさい。』千尋はそう言うと、アンドレイを見た。『チヒロ、それなら尚の事この男の元にお前を置いてゆく訳にはいかないな。僕とロシアに来て貰おう。』アンドレイは千尋の手を掴むと、土方に背を向けて歩き出そうとした。だが土方も千尋の手を掴み、アンドレイから彼女を取り戻そうとする。『貴様、何のつもりだ!妹を離せ!』『こいつは俺のもんだ!』自分を挟んで罵り合う2人の男に、千尋は怯えた。『アンドレイ、やめないか!このような場で見苦しい!』貴族達が騒動を遠巻きに見ている中、顎ひげを蓄えた軍服姿の男が彼らの元へとやって来た。『父上、この男は悪魔です!この男から一刻も早くチヒロを引き離さないと!』『アンドレイ、お前の気持ちは解るが、このような場で感情を剥き出しにして叫ぶな。少しは冷静になれ。』『ですが父上・・』アンドレイの言葉を手で制し、男は千尋を見た。『君が、わたしの娘なのか。』男―ミハイロフはそう言って15年間生き別れていた娘を抱き締めた。『あの・・あなたがわたくしのお父様なんですか?』『そうだよ、チヒロ。』千尋はじっとミハイロフを見ると、彼は巨体を震わせ泣いていた。『済まなかった。わたしが不甲斐ないばかりに、お前を迎えに行けなかった。こんなわたしを許してくれ、チヒロ。』(この人が・・わたくしのお父様・・)『お父様!』『チヒロ、わたしの娘!』ミハイロフは巨体を揺らしながら、15年間離ればなれとなっていた娘を抱き締めた。『君が、トシゾー=ヒジカタだね?』『ああ。言っておくが、千尋は渡さねぇよ。』ミハイロフと土方との間に、険悪な空気が漂った。『そうか。では後日、今後のことで話し合うとしよう。アンドレイ、行くぞ。』アンドレイは憎々しげに土方を睨み付けると、父親の後を慌てて追った。「旦那様、奥様が産気づかれました!」「そうか・・今から軽井沢に向かう、車回せ!」「それは無理です。大雪で交通が麻痺している状態です。」「畜生!」 土方が東京で歯痒い思いをしている頃、軽井沢のサナトリウムでは、総美は新たな命を懸命にこの世に産みだそうとしていた。「後少しです、頑張ってください!」「ぎゃぁぁ~!」総美は懸命に最後の力を振り絞った。「元気な女の子です!」 医師が白い清潔なシーツにくるまれた赤ん坊を総美に見せると、彼女は娘の髪をそっと撫でた。「椿・・お母様を許してね。」総美はそう呟くと、意識を失った。「総美、しっかりしろ!」「あなた・・今まで、ありがとう・・」軽井沢のサナトリウムに土方と千尋が駆けつけた時、総美は虫の息だった。「千尋さん・・総ちゃんと椿をお願いね。それと約束を・・」「解りました、奥様。わたくしが坊ちゃま達と旦那様をお守り致しますから・・」「ありがとう・・今までごめんなさいね・・」総美はそう言って2人に微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。「総美、目を開けろ、総美~!」1898(明治31)年2月7日午後3時45分、土方総美永眠。最愛の夫と、長男・総司、長女・椿を残し、24歳の生涯を終えた。総美(さとみ)さんが亡くなり、千尋の心にある決意が。にほんブログ村
2011年10月23日
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「一体これはどういう事なんだ、土方君!」千尋が突然倒れ、彼女を病院に運んだ土方は、大鳥から叱責を受けていた。「千尋君の妊娠に気づいていなかったなんて、君は一体・・」「千尋が俺の子を身籠ったんだな、大鳥さん?」「ああ。今7週に入っている。処置はするが、それは千尋君次第だ。」「そうか、俺の子をとうとう身籠ったんだな。」土方はそう言うと、乾いた声で笑った。「何が可笑しいんだい、土方君?」「嬉しいんだよ、大鳥さん。これで俺と千尋は誰にも引き裂かれることはねぇ。千尋は今何処に居るんだ?」久しぶりに会った友人の瞳は、狂気に彩られていた。 一方病室のベッドに横になった千尋は、何が何だか判らずにいた。「気が付いたか、千尋君?」「はい・・あの、どうしてわたくしはここに?」「驚かないで聞いてくれ。君は旦那様の子を妊娠している。」「それは、本当なのですか?」千尋はそう言って斎藤を見ると、彼は静かに頷いた。彼女はそっと、まだ膨らんでいない下腹を撫でた。(ここに、旦那様の子が・・)恐れていたことが現実となってしまい、千尋は途方に暮れた。(申し訳ございません、奥様。)心の中で彼女は総美に詫びた。「どうするんだ、千尋君?」「この子は諦めます。旦那様にはこの事を・・」「てめぇら、こそこそと何を話していやがるんだ?」不意に土方の声が聞こえ、千尋はビクリと身を震わせた。「旦那様・・」ゆっくりと自分の前に腰を下ろした千尋は、恐怖で顔を引き攣らせた。「千尋、腹の子は産んでくれるんだろう? これでお前と俺を引き裂こうなんざ出来ねぇよなぁ?」そう言った土方の黒い瞳は、狂気に彩られていた。「お許しください旦那様・・わたくしは・・」「許さないぜ、俺の元から去ろうとするなんて。俺がお前の事をどんなに愛していたか、知っているんだろう?」土方はそっと千尋の頬を撫でた。(旦那様・・)土方の右手に痛々しく巻かれた包帯を千尋が見ていると、彼はにっこりと千尋に微笑んだ。その優しい笑みですらも、狂気に滲んでいた。千尋は初めて、土方に恐怖を感じた。 大鳥の病院で堕胎手術の予約を入れて退院した後、千尋は土方に連れられてロシア帝国大使館のパーティーへと向かった。突然現れた長身の東洋人男性と、アイボリーのドレスを纏った金髪の少女の登場に、貴族達は一斉にざわめいた。「どうしたんだ、踊ろうぜ?」「旦那様、わたくしは先にお邸に・・」「駄目だ。」有無を言わさず千尋の手を掴むと、土方は踊りの輪に加わった。「なぁ千尋、俺と別れるなんて言ったら殺すからな。」「旦那様、一体どうなさったんです? 様子がおかしいです。」「何言ってやがる、俺は普通さ。」土方は周りを密かに威嚇しながらも、千尋の細い腰を掴んでワルツのステップを踏んだ。2人が踊り終わると、周囲の貴族達が彼らに拍手を送った。『また君か、いい加減チヒロの事は諦めたらどうなんだ!』贅を尽くした大広間に怒声が響いたかと思うと、軍服姿のアンドレイが千尋達の前に現れた。恐れていた事態がついに現実に。千尋はどうするのか。にほんブログ村
2011年10月22日
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『妹を迎えに来た。彼女は何処に居る?』そう言ったアンドレイの翡翠の瞳は、冷たく光っていた。『あいつはまだ学校だ。言っておくけどな、俺はお前らになんか千尋を渡さねぇよ。』土方がアンドレイを睨むと、彼は口端を歪めて笑った。『お前が何を言おうが、チヒロは僕がロシアに連れて帰る。彼女にはしかるべき家柄の男と結婚させるつもりだ。』『お生憎様だが、そうはいかねぇよ。俺ぁあいつを妻に迎えるつもりだ。』『なんだと・・』アンドレイの美しい眦が吊り上がり、白皙の美貌が怒りで赤く染まった。『ふざけるな、農民上がりの商人が、貴族の娘を・・僕の妹を妻に迎えるなど、そんな事は父上も僕も決して許しはしない!』アンドレイの言葉は、土方の逆鱗に触れた。「斎藤、刀を持って来い。」「旦那様、どうか落ち着いてください。」「煩せぇ、さっさと刀を持って来い! こいつを殺してやる!」怒りに滾った黒い瞳で土方がアンドレイを睨み付けると、先ほどまで威勢が良かった彼の顔が蒼褪め始めた。「旦那様・・」斎藤はあの時のように―菱田を殺そうとした時のように、土方が全身に殺気を纏っていることに気づいた。 自らの汗と努力の結晶である今の地位を、“農民上がりの商人”と称され、気位の高い土方は傷つくと同時に、激しい怒りをアンドレイに抱いている。今ここで刀を渡したら、間違いなくアンドレイは刀の餌食となってしまうだろう。 邸で流血沙汰は何としても斎藤は避けたかったが、かといって土方を止める術が見つからなかった。「斎藤、俺の言った事が聞こえねぇのか!?」「では旦那様、失礼致します。」部屋を出た斎藤は、これからどう土方を止めようかと考えながら廊下を歩いていた時、千尋がこちらへと向かって来ていることに気づいた。「斎藤さん、どうなさったんですか?」「千尋君、落ち着いて聞いて欲しい。実は君のお兄様が・・」斎藤がそう言った時、部屋から銃声が聞こえた。「旦那様!」千尋と斎藤が部屋へと入ると、そこには右手を押さえて呻く土方と、呆然とそれを見つめるアンドレイの姿があった。「畜生・・暴発しやがって。死のうと思ったのによ。」土方は乾いた笑みを浮かべながら、千尋を見た。「旦那様?」何処か彼の様子がおかしいと気づいた時には、もう遅かった。「俺はお前のもんだ、千尋。」 狂気に満ちた目で土方が千尋を見ると、彼は乱暴に彼女の着物を肌蹴させ、乳房を露わにすると、桜色の乳首に噛みついた。「旦那様、おやめください!」慌てて斎藤が土方を止めようとしたが、彼は千尋の袴を脱がすと、まだ乾いている彼女の蜜口へと己の猛ったものを宛がった。「やめて、やめてください・・」「煩せぇ、黙ってろ。」土方から懸命に逃れようとした千尋だったが、逞しい腕に腰を固定され、身動きが取れぬまま彼に貫かれてしまった。「痛い、痛い!」「お前は俺のもんだ、千尋!」「いい加減にしてください、旦那様!」斎藤が千尋を土方から救い出すと、彼女の白い内腿が鮮血で濡れていた。「千尋君、部屋へ行ってなさい。」「はい・・」 千尋は斎藤の部屋から出て行くと、土方に犯された痛みと恐怖に震え、激しい吐き気に襲われた。指の間から吐瀉物が伝って床に落ちるのを眺めながら、千尋は意識を闇に堕とした。土方さんが壊れてしまいました。今まで必死にこらえていたものが一気に崩壊したような感じですね。にほんブログ村
2011年10月22日
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「それは、一体どういう・・」「斎藤、車回せ!」千尋と斎藤が向かい合っていると、外から土方の慌てふためいた声が聞こえた。「どうなさいましたか、旦那様?」「さっき軽井沢から電報が届いて・・総美が危ないらしいんだ!」「奥様が・・」「千尋、お前も来い!」土方は有無を言わさず千尋の手を掴むと、そのまま車へと乗り込んだ。「奥様は、大丈夫なのでしょうか?」「さぁな。まだあいつには死なれちゃ困る。お腹の子の分まで生きていて欲しいんだ、あいつには。」軽井沢へと向かう車の中で、千尋は総美が妊娠していることを初めて知った。(神様、どうか奥様と赤ちゃんをお救いください。)千尋は必死に総美とまだ見ぬ彼女が宿している新しい命の為に祈った。「あなた・・来て下さったのね。」 土方と総美が軽井沢のサナトリウムへと向かうと、総美は苦しそうに息をしながら2人を見た。「総美、まだ死ぬな! 腹の子の為にも、俺の為にも生きてくれ!」「ええあなた、わたくしはまだ死ぬ訳には参りませんわ。千尋さん、来てくださってありがとう。」「奥様・・」千尋は涙を流しながら、総美の手を握った。 それから半年間、総美は病と闘いながら、腹の子の為に懸命に生きた。そんな彼女を、土方と千尋は傍で支えた。「それでは、行って参ります。」「ああ、気を付けて行けよ。」千尋が登校して李鈴に挨拶すると、彼女は俯いて千尋の手を掴んだ。「千尋さん、少しお話ししたいことがあるのだけれど・・」「何かしら?」人気のない校舎裏へと連れて行かれた千尋は、李鈴からとんでもない事を聞かされた。 それは、土方が本妻を放ったらかしにして、年端もゆかぬメイドに入れこんでいるという、下らない噂だった。「ねぇ、それは事実なの?」「いいえ。旦那様は奥様の事を愛していらっしゃるし、ましてや奥様は旦那様の子を身籠っていらっしゃるのよ。誰がそんな出鱈目を・・」「春日さんよ。ほら、入学式でお見かけした。」千尋の脳裡に、葉山の浜辺で会った青年の姿が浮かんだ。(どうして春日さんが、そんな噂を・・)千尋は一度春日と会って話をしてみようと思った。 春日が流した土方の醜聞に、丁度いい退屈しのぎを探していた華族のご婦人たちや土方を陥れようとしていた輩が食いつき、その噂には“メイドを妊娠させた”という尾鰭が付いてしまった。「畜生・・」「旦那様、千尋さんを傍に置くなと申し上げた筈です。」「俺はあいつを手放すつもりはねぇよ。斎藤、お前が何を企んでいやがるか知らねぇが、総美が死んだ後、俺はあいつと再婚する。」「旦那様!」斎藤の端正な美貌が怒りで赤く染まった。「おやめ下さい、旦那様! そんなことをなさったら、一番傷つくのは千尋さんだ!」「煩せぇ、俺はもう決めたんだ!」土方がそう斎藤に怒鳴った時、廊下で誰かが言い争う声が聞こえた。「お待ちください、旦那様は今・・」「煩い、そこを退け!」斎藤の部屋のドアが乱暴に開けられ、軍服姿の春日徹が部屋に入るなり、土方の頬を殴りつけた。「てめえ、何しやがる!」「黙れ、この変態が! 千尋さんは何処だ!」「千尋に何の用があるってんだ!」「彼女をわたしの友人の元へと連れて行く。その方が貴様と暮らすよりも良いからな。」徹がそう言った途端、アンドレイが部屋へと入って来た。アンドレイと対峙する土方さん。斎藤さんは土方さんの為を想って言っているのですが、彼の心は土方さんに届きませんね。にほんブログ村
2011年10月22日
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性描写が含まれますので、苦手な方は閲覧なさらないでください。遠くから祭囃子の音が聞こえ、それに耳を澄ませていた千尋は、土方に平手で尻を打たれた。「痛い!」「気を散らしてんじゃねぇよ。」土方はそう言うと、自分のものを千尋の蜜壺に宛がった。「あ・・」土方のものが内壁を擦る感触がして、千尋は思わず呻いた。「おいおい、まだ挿れたばかりだぜ。」千尋の乳房を揉みしだきながら、土方はゆっくりと腰を動かした。「あぁ、旦那様ぁ・・」「なんだぁ、外でするから興奮してやがるのか? 腰を振りやがって。」土方は自分に突かれて喘いでいる千尋の右足を掴むと、なお一層彼女の蜜壺を己のもので責め立てた。「あぁ、旦那様、いけません! そんな風にしたら壊れてしまいますっ!」「気持ちいいって言えよ。これでどうだ!」千尋の乳房に爪を立てながら、土方は千尋の右足を宙に浮かせたまま、彼女の華奢な身体を揺さ振った。「奥に・・奥にあたって・・」「俺も当たってるぜ。お前ぇのコリコリしたやつがな。ここがいいのか?」千尋の細い腰を掴み、土方は激しく腰を打ちつけると、彼女の蜜壺の奥にあるものが当たった。「はぁぁんっ!」途端に千尋は気が狂ったかのようにのたうち回り、白目を剥いて暴れ始めた。「気持ちいい、死んじゃう~!」「俺ももう限界だっ!」千尋の蜜壺が己のものをきつく締めあげる感覚に、土方は堪え切れず彼女の中に精を放った。毎晩千尋を抱いているというのに、先端から迸るものの勢いは衰えず、内壁へと弾け飛ぶ感覚がした。「千尋・・」「だ、だんなさまぁ・・」熱で潤んだ瞳で千尋が土方を見上げた時、近くの草叢でガサリという音がして、2人はさっと身体を離した。「今の音は・・」「野犬かなんかだろう・・千尋、お前ぇは此処にいろ。」「はい・・」土方は音がした草叢へと向かうと、そこには人が潜んでいた痕跡があった。「千尋、帰るぞ。」「はい、旦那様。」2人が雑木林を抜け、別荘へと去っていった後、千尋が浜辺で会った青年―春日徹が闇の中から姿を現した。「やはりあの男、千尋さんとあのような関係だったとは・・」徹はそう呟くと、祭囃子の音色が響く方へと踵を返した。『トオル、何処に行ってたんだい?』金色の髪を揺らしながら、アンドレイはそう言って友人を見た。『少し涼みにね。それよりもアンドレイ、君に妹が居るって本当かい?』『ああ。妹といっても腹違いだけれどね。彼女は東京の資産家に愛人として囲われて暮らしているんだ。僕は妹をそいつから一刻も早く引き離したい。』そう言ったアンドレイの瞳には、土方への憎しみが滾っていた。妹の身体を蹂躙し、自分を馬鹿にしたあの男は悪魔だとアンドレイは思っていた。 その悪魔の元から妹を―千尋を一刻も早く引き離さなければ―アンドレイは唇を噛み締め、拳を握った。翌日千尋と土方が東京の本邸へと戻ると、斎藤をはじめとする使用人達はいつもと変わらぬ態度で2人を出迎えた。「千尋君、話があるんだが、今いいか?」「はい・・」斎藤の部屋へと千尋が入ると、彼は端正な美貌を怒りで歪ませ、千尋を睨んだ。「君はいつまで、ここに居るんだ?」「え・・」「まさか、旦那様・・土方さんの子を孕んだんじゃないだろうね?」斎藤の問いに、千尋は静かに首を横に振った。「千尋君、悪い事は言わないから、ここから出て行った方がいい。手遅れになる前に。」土方家の執事長・斎藤さんは千尋と土方さんの関係について全て知っています。彼の忠告の意味は一体・・にほんブログ村
2011年10月21日
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「済まねぇな、俺が抱きついたばっかりに・・」千尋の右肩に醜く残る火傷の痕を見ながら、土方はそう言って俯いた。 葉山の別荘で火傷した彼女は、病院で応急処置を受けて火傷は治ったものの、右肩にはケロイドが残ってしまった。「いえ、いいんです。それよりも旦那様、奥様からのお手紙が最近変なものが多いんですけれど・・」「総美からの手紙が変?」「ええ・・」千尋はそう言ってここ一週間総美から届いた手紙を土方に見せた。「総美・・字が書けねぇほど悪くなっていやがるのか・・」土方は妻の手紙を胸に抱きながら嗚咽した。「済まねぇ・・独りにしてくれ。」「はい・・」千尋が土方の部屋を出ると、中から泣き声が聞こえた。(旦那様は奥様の事を余程愛していらっしゃる・・)浜辺を散歩しながら、千尋は総美と交わした約束の事を思い出した。“もしわたしが死んだら、土方と結婚して頂戴。”(わたくしは奥様の代わりにはなれない・・旦那様の事はお慕い申し上げているけれど、わたくしは所詮愛人でしかない・・)波の音を聞きながら千尋が歩いていると、不意に突風が吹いて彼女が持っていたレースの洋傘が海へと飛んで行ってしまった。「ああ、どうしよう・・」千尋が慌てふためいている間に、洋傘は徐々に沖の方へと流されていってしまう。着物の裾を捲り上げて海に入ろうかと千尋が思い始めた時、長身の青年がさっと海に入り、洋傘の方まで泳いでいった。「どうぞ。」「ありがとうございます。」洋傘を渡した青年に千尋が礼を言おうとした時、彼の顔に見覚えがあることに気づいた。「あなた、確か女学校で・・」「まさか、またお会いできるとは思ってもみませんでした。」青年はそう言って千尋に微笑んだ。「春日徹と申します。」「千尋と申します。二度も親切にして頂きありがとうございました。ではわたくしはこれで。」千尋は青年に背を向けると、別荘へと戻った。「旦那様、ただいま戻りました。」「海に行ってたのか?」土方が俯いていた顔を上げると、彼の目元が少し腫れていた。「はい。旦那様もご一緒に行きませんか?」「いや、いい。それよりも明日、東京に戻ろうと思う。その前に、寄っておきたいところがあるんだ。」「寄っておきたいところ・・ですか?」その夜土方に連れられてやってきたのは、地元の神社で行われている夏祭りだった。「これ、買ってやろうか?」土方がそう言って出店で指したのは、華やかなびらびら簪で、桜や菊といった花の先に房飾りがついているものだった。「本当に、良いのですか?」「ああ。」土方が買ったのは、薔薇を象ったびらびら簪だった。「良く似合ってるぜ。」「ありがとうございます。」千尋が土方の隣を歩く度に、彼女が挿した簪がしゃらしゃらと揺れた。 やがて2人は人気のない雑木林の中へと入っていった。「ここなら誰にも見られねぇだろ?」土方はそう言うと、千尋の乳房を右手で揉み、空いている手で彼女の蜜壺を弄り始めた。「いけません、旦那様・・こんなところで・・」千尋が軽く抗議すると、土方は蜜壺を弄る手をはやめた。最近お褥シーンばっかりですね。しかも今回は青●だし・・にほんブログ村
2011年10月21日
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総美(さとみ)が軽井沢のサナトリウムへと入所してから2ヶ月の月日が経ち、季節は夏を迎えた。「千尋、今度の休みに葉山の別荘に行かねぇか?」「葉山に、ですか?」「ああ。家の事は斎藤達に任せて、俺達2人だけで。」土方はそう言うと、千尋の手をそっと握った。「はい。では失礼致します。」千尋は頭を下げると、ダイニングから出て行った。「旦那様に誘われたのか?」「ええ。」千尋がそう言って斎藤を見ると、彼は少し険しい表情を浮かべていた。「あの、どうかなさったんですか?」「千尋君、あくまでも土方さんの奥様は総美様だ。それを忘れてはいけないよ。」「はい・・」総美が留守にしているとはいえ、彼女は土方の正妻で、自分はその愛人なのだ。立場を弁えなければいけない。「旦那様、今宜しいでしょうか?」「いいぜ、入れ。」土方の書斎に入ると、彼は仕事の手を休め、総司を膝の上に乗せてあやしているところだった。「旦那様、葉山のことですが、お断りしても・・」「駄目だ。」「でも、わたくしは奥様を差し置いて・・」「斎藤に何か言われたんだろう? あいつの言う事は気にするな。」「ですが・・」「これは命令だ。」土方は獲物を狙う猛禽類の目で千尋を睨みつけた。「旦那様・・」千尋が恐怖で身を竦めていると、総司が目を覚ました。「総司、どうしたんだ? 俺の抱っこは気に入らねぇのか?」あやしても一向に泣き止まない総司を前に、土方は困っていた。「総司君をかしてください。」「ああ。」千尋は土方から総司を受け取ると、彼の小さな身体を優しく揺すった。総司はまだぐずっていたが、いつの間にか千尋の腕の中で眠ってしまった。「女親が居ねぇと、駄目なのかねぇ。」「そんな事ありませんよ。」落ち込む土方を、千尋はそう言って励ました。 女学校が夏休みに入り、千尋は土方とともに葉山の別荘へと向かった。「うわぁ、綺麗・・」 車窓から見える海を眺めながら、千尋は初めて見る海に瞳を輝かせ、子どものようにはしゃいだ。「ここが俺の別荘だ。」車から降りた千尋は、白亜の瀟洒な別荘を見て溜息を吐いた。「ここへは良く総美と週末2人きりで過ごす為に来たな。」「そうなんですか・・」「これから、総美がどうなるか解らねぇが、この海をあいつとまた見たいもんだ。」そう言って窓から海を眺めた土方の横顔は、どこかさびしげだった。「お茶を、淹れて参ります。」千尋は居た堪れなくなって居間から厨房へと向かい、茶を淹れながらこれからの事を考えていた。 軽井沢に居る総美から時折手紙が届くが、余り体調が芳しくないようで、字が曲がっていたり、読めないものが最近多くなっていた。(奥様、大丈夫だろうか?)千尋が溜息を吐きながら薬缶の湯が沸くのを待っていると、突然土方が彼女を背後から抱き締めた。「旦那様!?」「済まない、千尋・・暫くこうしておいてくれねぇか。」「おやめ下さい、旦那様!」土方から逃れようとした千尋は、誤って沸騰した薬缶の湯を右肩に被ってしまった。「千尋!」千尋が火傷をしてしまいました。はじめは顔に火傷を負う、という設定にしたのですが、女の子に顔の傷は付けたくないので、没にしました。にほんブログ村
2011年10月21日
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土方が退院し、千尋や斎藤は腕によりをかけて彼と総美にご馳走を振る舞った。「これ、お前ぇが作ったのか?」「はい。お口に合いますかどうか・・」「美味かったよ、ありがとうな。」土方の笑顔を見た千尋が照れ臭そうに笑うと、総美と目が合った。「千尋さん、ちょっといいかしら?」「はい、奥様・・」総美に呼び出され、彼女の寝室へと入った千尋は、恐怖に震えていた。「あのね千尋さん、わたくし今日お医者様に診て頂いたの。そしたらわたくし、風邪じゃなかったのよ。」「まぁ、それは良かったですね。」「いいえ、良くないわ。」総美はそう言うと、千尋を見た。「肺病ですって。まだ初期の段階だから転地療養をすれば治るとお医者様から言われたわ。でもまだ小さい総ちゃんや土方を置いてサナトリウムに行けないわ。」「そんな・・」総美の言葉に、千尋は衝撃を受けた。「ねぇ千尋さん、あなたにしか頼めないのよ、土方のことは。土方はあなたを愛しているわ。わたくしとあなたの板挟みになって、土方はきっと苦しんでいる筈なの。だからわたくしが死んだら、土方と再婚して頂戴。」「本気なのですか、奥様? その事を旦那様は知って・・」「いいえ。わたくしが決めたの。」総美は千尋の手を握った。「お願い千尋さん、わたくしが死んだら、わたくしの代わりに土方を支えて頂戴。」「奥様・・」「今までわたくしはあなたに辛く当ってきたことは、申し訳ないと思っているのよ。わたくしは不安だったのよ、土方がわたくしに見向きもしなくなるんじゃないかって・・でもそんな事考えるだけ無駄だったわ。もうあの人はわたくしの事を愛していないんですもの。」総美がそう言って寂しそうに笑った時、ドアが勢いよく開いた。「馬鹿野郎、てめぇを愛してねぇ訳ねぇだろうが!」「あなた・・」「旦那様・・」土方は総美を抱き締めた。「お前ぇを失うなんざ、俺には耐えられねぇんだよ! どうして病気の事黙ってた!」「ごめんなさいあなた・・あなたに心配掛けさせたくなくて・・」「俺達は夫婦だろ、馬鹿野郎が!」土方は妻の身体を抱き締めながら、涙を流した。「あなた、一つだけ叶えて欲しいお願いがあるの。」「何だ?」 その夜、総美は久しぶりに土方と2人きりで過ごしていた。「もう1人、あなたの赤ちゃんが欲しいの。」「解った・・」土方はそう言うと、妻を抱いた。これが最後になると知りながら。「じゃぁ、行って参りますわ、あなた。」サナトリウムへと旅立つ日の朝、総美は見送りに来た夫の頬にキスした。「ああ、気を付けてな。」「千尋さん、総ちゃんをお願いね。」「はい、奥様。」千尋は今にも泣きそうだったが、ぐっと涙を堪えていた。「泣かないで、すぐに戻ってくるわ。」総美は千尋を抱き締めると、ゆっくりと車へと乗り込んだ。彼女を乗せた車は静かに土方邸から出て行った。(奥様、総司様はわたくしがお守り致します・・)「これから寂しくなるな・・」「ええ。」 桜が散り、紫陽花の美しさが際立つ季節の事だった。総美さんは肺病を患っていました。死を覚悟しているから、あんな約束を千尋にしたんですね。にほんブログ村
2011年10月21日
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祭殿内では荘厳な雰囲気の中、千尋とその友人達が神楽舞を舞っていた。舞う度に、千尋の金色の髪が風に靡き、篝火によって美しく輝いた。 土方はそんな彼女の神々しい美しさを見ながら、彼女の「兄」と名乗るアンドレイの存在が気にかかった。 一体彼は千尋をどうするつもりなのか。伊東が言っていたことが真実だとしたら、千尋を手放さなければならないのか。(そんなのは嫌だ。)いつの間にか土方は自分よりも12も年下の少女に心惹かれ、執着していた。最初は親切心だけで、千尋を女衒から助けた。だが今は、千尋を唯の使用人としてではなく、1人の女として見ていた。自分には総美という妻が居て、総司という息子が居るというのに、千尋に対する執着にも似た恋の炎を抑えつけることが出来なくなっていた。 土方が周囲を見渡すと、祭りに来ていた者達は千尋の神楽舞を見て皆惚けた顔をしていた。それほどまでに、彼女の神楽舞は他の巫女達よりも目立っていた。(千尋・・) いつか彼女の手を離す時が来る―土方はそう思いながら再び祭殿へと目を向けようとしたその時、何か白いものが自分の前で煌めいた。「お疲れ様。」「ありがとうございます。」神楽舞を奉納した後、李鈴から茶を受け取りながら千尋が彼女に礼を言うと、境内から悲鳴が聞こえた。「何かしら?」「ちょっと失礼します。」千尋が社務所を出て境内へと向かうと、階段の近くで人だかりが出来ていた。「いきなり腹をぐさっと刺されたんだってよ・・」「酷いねぇ・・」嫌な予感がして、千尋が人だかりを掻き分けて行くと、そこには白いシャツを血で染めた土方が石畳の上に倒れていた。「旦那様!」千尋は泣き叫びながら、土方の右脇腹を必死に手で押さえたが、溢れ出る血は止まるどころか、ますます流れだして彼の体力を奪ってゆく。「千尋・・そんなに泣くな。」土方はそっと千尋の頬を撫でると、意識を闇に堕とした。 病院に運ばれた土方は一命を取り留めた。彼を刺した犯人は、かつて土方によって会社を潰された男だった。「旦那様、失礼致します。」病室へと千尋が入ると、土方が総司を抱いてあやしていた。 今まで冷酷な資産家の顔しか見ていなかった千尋は、父親として優しい顔をしている土方の姿に驚き、暫くドアの近くに立ったまま動けないでいた。「千尋、どうした?」「あの・・何だか旦那様もそんなお顔をなされるのかと思うと、不思議で・・」千尋の言葉に、土方は苦笑した。「俺が血も涙もねぇ鬼だってのか? 面白ぇ。」「そ、そんな事は・・」「じゃぁどういう事だ?」千尋と土方が言い合っていると、総司がぐずり始めた。「どうしたんだ? さっきまで寝てたのに。」「多分お腹が空いたのでしょう。奥様はどちらに?」千尋が土方から総司を受け取った時、総美が病室へと入って来た。「まぁごめんなさいね総ちゃん、お腹を空かせていたのねぇ。」総美はそう言うと千尋から総司を受け取り、土方と千尋に背を向けて椅子に座り、ドレスの襟元を緩めると彼に授乳を始めた。「あなた、御免なさいね。怪我人だというのに、総ちゃんのお世話をさせてしまって。」「いや、いいんだ。それよりも総美、風邪の方は大丈夫なのか?」「ええ。お医者様から咳止めの薬と解熱剤を頂いたわ。母乳には影響がないようよ。」総美はそう言うと、愛しい我が子の顔を見て微笑んだ。 その笑顔が何処か、千尋には悲しいものに見えた。土方家の一家団欒の場面を書いてみました。総美さんの病気は一体何なのか・・にほんブログ村
2011年10月21日
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『何をしたかって・・男と女の関係なんざ解るだろ。』土方はロシア語でそう言うと、あるで馬鹿にしたかのような笑みをアンドレイに浮かべた。『貴様、何てことを・・』『ここの家の主は俺だ、出ていって貰おうか?』土方はアンドレイを睨み付けると、彼は拳銃を土方に突き付けた。『アンドレイ君、やめなさい!』伊東が慌ててアンドレイと土方との間に割って入ると、アンドレイから拳銃を取りあげた。『離してください、イトウさん! こいつは妹の純潔を奪ったんだ!』「済まないが土方君、これで失礼するよ。」アンドレイを引き摺りながら、伊東は土方邸を出た。「大丈夫か、千尋?」「ええ・・」土方は寝室に入ると、そっと千尋を抱き締めた。「本当なのですか、あの人が・・わたくしのお兄様?」「千尋、お前ロシア語が解るのか?」「少しは。あの旦那様・・わたくしはこれから・・」「大丈夫だ、俺がお前ぇを守ってやる。」土方は千尋を抱き締めながら、そっと彼女の髪を撫でた。「着替えろ、風邪ひくぞ。」「はい・・」千尋が着替えを終え、総美の寝室へと向かうと、中から咳き込む声が聞こえた。「奥様、失礼致します。朝食をお持ちいたしました。」「ありがとう。」寝室に入ると、寝台で総美は咳き込みながら千尋を見た。「そんなにお酷いのですか? 一度病院で診て貰った方が・・」「いいの、すぐに治るから。それよりも千尋さん、わたしにもしもの事があったら、土方と総司を宜しくね。」「そんな縁起の悪い事をおっしゃらないでください、奥様。」千尋は総美が冗談を言っているのかと思ったが、彼女の目は真剣そのものだった。「あなたしか頼めないのよ、こんなこと。お願い、土方と総司を守って。」「解りました、奥様。」「ありがとう、千尋さん。」そう言った時、総美が浮かべた優しい笑顔が、千尋は何故か忘れられなかった。 その後友人も出来て学校にも慣れて充実な毎日を送っていた千尋であったが、総美の体調が快復しないことが唯一の気がかりだった。そんな中、千尋は李鈴達に呼び出され、神社へと向かった。「あの、ここで何か・・」「今度、お祭りがあってね。巫女さんが足りないみたいだから、わたくし達が手伝おうと思って。千尋さんも手伝って下さらないかしら?」「ええ、良いですけれど・・」ひょんなことから、千尋は神社の祭りを手伝う事になってしまった。「そうか、お前が巫女になるのか。そりゃぁ楽しみだな。」「まさか、いらっしゃるんですか?」「行くに決まってるだろう。お前の巫女姿、綺麗だろうな。」来て欲しくないと千尋は思っているのだが、土方は彼女の巫女姿を見に行く気満々であった。 あっという間に週末が過ぎ、千尋は李鈴達に連れられて神社へと向かい、そこで巫女装束に着替えた。「千尋さん、似合っているわ。」 胸元に赤い紐を結んだ白い着物に緋袴姿の千尋は、天女のような神々しい美しさを醸し出していた。「神楽舞の練習はちゃんとしたわよね?」「ええ。」「じゃぁ行きましょうか!」李鈴に手をひかれ、千尋は祭殿へと上がった。 土方が神社へと向かうと、祭殿の方には人だかりが出来ていた。(何だ・・) 祭殿に4人の巫女が姿を現し、雅楽の音とともに神楽舞を舞い始めた。千尋に巫女装束を着せてみました。女学生姿もさせてるし・・何だかコスプレが多いような(苦笑)にほんブログ村
2011年10月21日
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その夜、千尋は土方の寝室へと向かった。「来たか。」土方はそう言うと、読んでいた本から顔を上げた。「何を読んでいらっしゃるんですか?」「ちょっとな。それにしても千尋、ちゃんと月のもんは来てるか?」「ええ・・」斎藤から渡された避妊薬を千尋は毎日飲んでいるが、心の片隅に妊娠するのではないかという心配があった。「そうか・・なら良かった。」土方はさっと椅子から立ち上がると、千尋を寝室へと連れて行った。「あぁん!」彼に口を吸われただけなのに、じわりと蜜壺が濡れてくるのを千尋は感じた。土方の白い指先が千尋の浴衣の裾を割り、蜜壺を激しく掻きまわした。「寝台の柱に掴まれ。」「はい・・」言われるがままに寝台の柱に掴まった千尋は、荒い息を吐きながら土方を見た。「挿れるぞ。」土方は千尋の細い腰を掴むと、一気に彼女を貫いた。びくんびくんと、千尋の身体が痙攣し、彼女の蜜壺がきゅぅっと締まった。「うう、もう出そうだ・・」「だ、旦那様ぁ・・」腰の動きを早めた土方は、乱暴に千尋の乳房を揉んだ。「あぁぁ~!」千尋の嬌声が寝室に響き、土方はそれを聞きながら意識を飛ばした。全裸にシーツを一枚上に掛けただけの姿で、2人は朝まで眠った。「旦那様、お客様が・・」斎藤が土方の寝室のドアをノックすると、素肌にガウンを纏っただけの土方が寝室から出てきた。「そうか、今行く。」土方は気だるそうにそう言うと、階下へと降りていった。「伊東さん、こんな格好で申し訳ありませんね。」「いやいいんだよ、土方君。昨夜は例のメイドとお楽しみだったのだろう?」伊東は含み笑いをしながら土方を見ると、彼はそれを無視してソファに座った。 ガウンの裾が少し割れ、土方の白い足が露わとなった。「伊東さん、何か用かい?」「ええ。君がとても可愛がってるメイド・・千尋君と言ったかな? その子の親族がロシアから来ているみたいなんだよ。」珈琲を飲もうとカップを持った土方の手が震えるのを、伊東は見逃さなかった。「それは、本当なのか?」「僕がわざわざ嘘を吐いてここに来るとでも?」伊東が口端を上げて笑うと、客間のドアが開き、1人の男が入って来た。「紹介するよ、土方君。千尋君の兄・アンドレイ君だ。わざわざ妹に会いにロシアから来たんだよ。」アンドレイを見た土方の美しい顔が徐々に蒼褪めていった。『妹は・・チヒロは何処に?』『落ち着きたまえ、アンドレイ君。後日改めて伺うとしよう。』伊東がちらりと土方を見ながらそうアンドレイに言うと、彼は美しい眦を上げて客間から出て行った。(こんな朝早くにお客様だなんて・・一体どなたなんだろう?)土方の寝室で、千尋はまどろみながら、主の帰りを待っていた。そんな時、廊下から慌ただしい足音が聞こえた。『いけません、そこは・・』『煩い、通せ!』ロシア語が寝室の外から聞こえ、何事かと千尋が寝台から顔を上げると、突然ドアが開いて男が寝室へと入って来た。 豪華な内装が施された寝室の中央に置かれた天蓋付きの寝台の上に、1人の少女が横たわっていた。乱暴に脱ぎ捨てられ、床に散らばった衣類を見て、アンドレイはここで何があったのかすぐに解った。『貴様、僕の妹に何をした!?』彼はそう言うと、自分の背後に立っている男を睨みつけた。千尋の「兄」が登場。動揺を隠せない土方さん。これからどうなる・・。にほんブログ村
2011年10月20日
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長い黒髪を編み込みにした女学生は、千尋をじっと見てこんな言葉を彼女に投げた。「あなたが土方様の愛人だっていうのは本当なの?」「え?」虚を突かれたように千尋が目を丸くしながら女学生を見ると、彼女はクスクスと笑った。「ごめんなさい、あなたの事で色々と噂が立っているようだから、あなたに直接確かめてみたくて・・」「そうですの。でもわたくしと旦那様との間には、何もありませんわ。」「ごめんなさいね、嫌な事を聞いてしまって。わたくしは田口李鈴よ、宜しくね。」「千尋よ。」女学生―田口李鈴と千尋は、こうして知り合った。「ねぇ千尋さん、放課後少し寄りたいところがあるから、付き合ってくださらないこと?」「ええ、いいわよ。」千尋がそう言うと、李鈴はにっこりと彼女に微笑んだ。 放課後、李鈴に連れられて千尋がやって来たのは、とあるカフェーだった。「こんな所に寄ってもいいのかしら?」「誰にも見つからなければいいのよ。ここのミルクレープ、とても美味しいのよ。」「じゃぁわたくしもそれを頼むわ。」女給にミルクレープを頼んだ後、李鈴は千尋に向き直り、珈琲を一口飲んだ。「千尋さん、土方様とはどのようなご関係なの?」「どうって・・わたくしは旦那様に雇われている使用人よ。ただそれだけ。」「そう。土方様はね、わたくし達の間の憧れの男性なのよ。親の力や地盤に頼らず、自らの力で事業を興したなんて、素敵じゃない。ねぇ、土方様はあなたには優しいの?」「まぁね。」言葉を濁した千尋だったが、土方と男女の関係にあることが彼女に知られたらどうなるかとはらはらしていた。「今日は楽しかったわ。また来ましょうね。」「ええ。ではまた。」カフェーの前で李鈴と別れた千尋が歩き出すと、誰かが自分を尾行していることに気づいた。歩調を速めると、相手も歩調を速めて来たが、背後を振りかえると誰も居ない。千尋は恐怖に駆られ、土方邸へと向かって駆けだした。「千尋君、どうしたんだ!?」息を切らしながら走ってくる千尋の姿を見て、斎藤が怪訝そうな顔をして彼女に尋ねると、彼女は荒い息を吐いて彼を見た。「変な人が、わたくしの後を・・」「変な人?」斎藤が周囲をちらりと見渡すと、邸から少し離れた道に、1人の男が立っていることに気づいた。「とにかく中に入った方が良い。」「はい・・」斎藤と千尋が邸の中へと入ると、男は踵を返して車へと戻っていった。『あの子は見つかったか、アンドレイ?』『はい、父上。』男はホテルの一室で1人の男と向き合っていた。男の名はミハイロフ=ボコスロフスキー伯爵、ロシアでは社交界の重鎮であり、ロシア帝国軍将校でもある。『あの子・・チヒロはトシゾー=ヒジカタという男の家に暮らしているそうです。』男―ミハイロフの長男・アンドレイはそう言って一枚の写真を父親に見せた。 そこには横浜で土方と抱き合っている洋装姿の千尋が写っていた。『矢張り、あなたの言った通りのご関係のようだ、イトウさん。』ミハイロフはそう言うと、部屋に入って来た伊東を見た。『そうでしょう?わざわざロシアへと来られた甲斐があったでしょう?』伊東はミハイロフに微笑むと、土方を陥れる策を練り始めた。 その夜、千尋は総美の寝室を訪ねた。「奥様、大丈夫ですか?」「ええ。咳が止まらないのが嫌だけれど。」総美はそう言って千尋に弱々しく微笑んだ。総美さんに病魔の影が忍び寄る。謎の男の正体は徐々に明らかに。にほんブログ村
2011年10月20日
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「ただいま戻りました。」千尋が女学校から土方邸へと戻ると、客間の方から賑やかな笑い声が聞こえてきた。「旦那様、失礼致します。」「千尋か、入れ。」客間に入ると、土方と1人の男がソファで向かい合わせに座っていた。「あの、こちらの方は?」「ああ、俺の親友の、勝っちゃ・・じゃなかった、近藤勇だ。勝っちゃん、こいつは俺ん家のメイドの千尋だ。」「初めまして、近藤様。」「君が千尋君か。トシから色々と話は聞いているぞ。」「え・・」千尋は近藤の言葉を聞き、頬を赤く染めた。「トシがこんなに可愛らしいお嬢さんが傍にいるんなら、とっくに手を出している筈だが・・どうなんだ?」「野暮な事言ってんじゃねぇよ、勝っちゃん。」土方は気まずそうにそう言って頭を掻くと、千尋を見た。「女学校はどうだった?」「入学初日なので、余り解らなくて・・少し居心地が悪いというか・・」「まぁ、そんなに気張ることはねぇよ。初めて会っただけで仲良くなれるって事はねぇしな。」「はい・・」土方の言葉に励まされた千尋だったが、この先の学校生活が彼女は不安で堪らなかった。「トシ、お前も漸く父親になったんだってな。さっき総美さんと総司君に会ってきたぞ。可愛らしい坊やだったじゃないか。」「男なのに可愛いなんざ、褒め言葉にもならねぇよ。まぁ、総美が母親になって癇癪を起さなくなったのが唯一の救いだな。あいつはぁ総司に一日中べったりだ。」 総司を出産してからというもの、総美はようやく授かった我が子を溺愛し、一日中総司の傍に付きっきりだった。 だが初めての出産と育児で、総美の身体は知らぬ内に疲れが溜まっていった。そんな中、総美は産後初めてバザーに出席し、奥様方と楽しく談笑して帰ってきた。「お帰りなさいませ、奥様。」「ただいま。総司はどうしていて?」「坊ちゃまでしたら、子ども部屋にお休みになられております。」「そう・・」斎藤に微笑んだ総美は、急に激しく咳き込んだ。「奥様、大丈夫ですか?」「大丈夫よ。少し風邪気味だから、お薬を飲まなくてはね。」その後総美は風邪薬を飲んだが、咳は一向に治まることはなく、寧ろ酷くなっていった。 千尋が女学校へと向かう途中、一台の車が彼女の前に停まり、中から昨日教室で見た青年が降りて来た。「アンドリュー先生、おはようございます。」「おはよう、チヒロ君。学校にはもう慣れたかい?」「あまりまだ・・なかなか人の輪に溶け込めなくて・・」 華族の令嬢達とどう距離を取ったらいいのか解らない千尋は、級友達と会話を交わさずに1日中、自分の席に座っていた。視線だけは投げて来るのに、話しかけようとはしない彼女らに、ここは自分の居場所ではないのではないかという疎外感を感じていた。「余り気張らない方がいいですよ。」「はい・・」千尋が教室に入ると、女学生達がちらと視線を彼女に投げると、再び友人達と談笑した。彼女は級友達と一言も交わさぬまま、授業を受けた。その日の一時間目は、裁縫の授業だった。千尋が黙々と襦袢を縫っていると、1人の女学生が話しかけて来た。「あの、後で少しお話ししても宜しいかしら?」「ええ、いいけれど・・」「じゃぁ、後で階段の踊り場に来てくださる?」一時間目が終わり、千尋が階段の踊り場に来ると、その女学生が待っていた。「お話しって何かしら?」近藤さんを再登場させました。まぁ彼は薄々土方さんと千尋の関係に気づいていることでしょう。にほんブログ村
2011年10月20日
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「それでは、行って参ります。」「行ってらっしゃい。」総美に見送られ、千尋は土方とともに橘華高等女学校の入学式へと出席した。そこには華族の令嬢達が通っていることで知られている、所謂“花嫁修業学校”だった。「旦那様、わたくし上手くやっていけるでしょうか?」「心配するこたぁねぇよ。俺がついてる。」車から降りた土方はそう言うと、千尋の肩を抱いた。「今日のお前は桜よりも綺麗だぜ。」「そんな・・」歯が浮くような言葉を平気で言う土方に、千尋は恥ずかしげに俯いた。今日の千尋は、桜色の着物に深緑の袴姿で、長い金髪は深緑のリボンで結んでいた。黒髪の女学生達の中で、金髪の千尋はとにかく目立ち、先ほどからチラチラと女学生の父兄が彼女を見ていた。「あの、わたくし何処かおかしいですか?」「別におかしかねぇよ。あぁでも、俺はお前ぇの綺麗な姿、誰にも見せたくねぇな。」土方はそう言うと、千尋を抱き締めた。「きゃっ・・」土方と千尋が抱き合う姿を、周囲が悲鳴を上げながら彼らを見た。「だ、旦那様・・」「別に減るもんじゃねぇだろ?」土方は千尋の着物の袂から手を入れると、彼女の乳房を軽く揉んだ。「いけません、こんな所で・・」「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇし。」空いている手で千尋の袴の裾を捲ろうとした土方は、近づいてくる人の気配に気づき、舌打ちして千尋から離れた。「旦那様、どうか・・」「失礼、落ちましたよ。」突然背後から声が聞こえて千尋が振り向くと、そこには帝国陸軍の軍服を身に纏い、黒の外套を羽織った1人の青年が立っていた。「ありがとうございます。」地面に落ちた深緑のリボンを拾ってくれた青年に千尋が礼を言うと、彼はじっと千尋を見た。「あの・・わたくしの顔になにか?」「いいえ。ではわたしはこれで。」颯爽と青年は千尋に頭を下げると、土方の前へと歩いて来た。「随分と彼女を好いているようだが、場を弁えたほうがいい。」「ふん、余計なお世話だぜ。」土方と青年の間に静かな火花が散った。土方と別れ、千尋が教室へと入ると数人の女学生がちらと彼女の方を見た。だが彼女達は千尋に時折視線を送ってくるも、彼女に話しかけてこようとはしなかった。(居心地悪いな・・)視られているだけなのに、ここに自分の居場所がないかのように千尋は感じていた。こんなところで本当にやっていけるのか―千尋はそう思い、溜息を吐きながら窓の外を眺めた。「皆さん、ご入学おめでとうございます。」千尋が窓から顔を離すと、洋装姿の青年が肩までの長さの金髪を揺らしながら教室に入ってくるところだった。「僕は明日から君達のクラスを担当することとなった、アンドリューだ。宜しく。」青年教師の登場に、女学生達は黄色い悲鳴を上げながら彼を熱っぽい視線で見つめていた。青年と千尋の目が合い、彼は翡翠の瞳に優しい光が満ちたことに彼女は気づいた。初めて会ったというのに、何故か千尋はその青年と何処かで会ったかのような錯覚を覚えた。新キャラ・アンドリュー登場。千尋の出生と大きく関わっているかもしれません。にほんブログ村
2011年10月19日
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1897(明治30)年、4月・横浜。「千尋さん、ご入学おめでとう。」「入学おめでとう、千尋。」「ありがとうございます、旦那様、奥様。」臨月を迎えた総美(さとみ)と土方は、そう言って千尋の女学校入学を祝った。「俺からの贈り物だ。受け取れ。」「ありがとうございます、旦那様。」土方が千尋から受け取ったのは、天使が羽根を広げているモチーフのナイフだった。「自分の身は自分で守れよ。この前のような事があったら困るからな。」「はい、旦那様・・」「剣術や薙刀はわたくしが教えてさしあげたいところだけど、身重だから無理ね。良い先生を御紹介するわ。」「ありがとうございます、奥様。学問や武芸に精進させていただきます。」横浜で土方夫妻と食事を終えた千尋は、彼らと宿泊先のホテルへと入った。「あなた、わたくしは休みますわ。千尋さん、土方を宜しくね。」「お休みなさいませ、奥様。」隣の部屋へと総美が入って行くのを千尋が見送ると、浴室から土方が出てきた。「総美は?」「お、お休みになられました。」上半身裸に腰にバスタオルを巻いた姿の土方から目を逸らしながら千尋がそう言うと、不意に彼が千尋に近づいて来た。「何だ、恥ずかしいのか?」「あの・・旦那様、着替えを・・」「着替えなんざしねぇよ。」土方は口端を歪めて笑うと、千尋を寝台に押し倒した。「旦那様、何を・・」「今日は寝かせねぇから、覚悟しろよ。」土方は千尋のドレスを脱がし始めた。「あぁ、旦那様・・駄目ぇ・・」「こんなに溢れていても、か?」土方が千尋の蜜壺を指で掻きまわすと、彼女は白い喉を引き攣らせて叫んだ。 いつも邸で働いている時は凛としていて男に媚びぬ清楚な姿を土方に見せる千尋であったが、閨の中では全く違った。「旦那様ぁ・・」熱で潤んだ瞳を土方に向ける千尋の顔は、とても淫らで美しかった。これまで星の数ほどの女を抱いてきたが、千尋ほど愛しく思う女は居なかった。 隣の部屋では自分の子を宿した妻が寝ているというのに、自分は使用人を抱いているという矛盾に、土方は不意に笑みが零れた。「旦那様?」「何でもねぇよ。」これから自分は何処へ行こうとしているのだろうか―土方はそう思いながら千尋を抱いた。 横浜から帰った千尋は、いつものように仕事に精を出していた。「奥様、失礼致します。」千尋が総美の部屋をノックすると、中から返事が返ってこなかった。「奥様、入りますよ?」ドアを開けると、床に総美が蹲って苦しんでいた。「奥様、どうなさいましたか!」「産まれそうなの・・」「お、大鳥様を呼んで参ります!」 数分後、大鳥が総美を寝台に寝かせ、千尋が彼女の出産を介助した。「もう少しで生まれるから、頑張って!」「いやぁぁ~!」額に脂汗を滲ませながら総美は子を産んだ。「おめでとう、元気な男の子だよ。」「まぁ、可愛らしいこと。こんにちは、わたくしがあなたのお母様よ。」母となった総美は、我が子に総司と名づけた。「千尋さん、この子を宜しくね。」「はい、奥様。」 これが、千尋と総司との出逢いだった。第二章スタートです。総司の誕生日は桜の季節にしたかったので、無理やり4月にしました。にほんブログ村
2011年10月19日
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まただ。またあの夢を見る。嬉々とした表情を浮かべ、人々を虐殺する少女の夢が。裾に真珠を縫いつけた水色のドレスを纏いながら、彼女は真紅の髪を靡かせ殺戮を繰り返す。彼女の背後には次々と死体の山が出来た。(止めて、どうしてこんな酷い事するの?お願いだから止めて!)必死に少女に呼びかけるが、彼女には自分の声が届かないらしく、無邪気に殺戮を繰り返す。『やめろ、サチ!』良く通る低い声を聞いた少女は、ゆっくりと声の主に振り向いた。彼女の左胸には、赤黒い血痕が付いていた。美しいドレスには犠牲者達の返り血が染みとなって広がっている。―あら、ジェイミー。少女はゆっくりと、呆然と自分を見つめている神父を見つめた。『お前・・これは一体どういうことだ?一体何をした?』美しく澄んだ蒼い瞳が、恐怖を宿しながら少女を見ていた。―殺したの。あなたとわたしの仲を引き裂こうとする者全てを。そう言って少女は、にっこりと神父に向かって微笑んだ。―一緒に行きましょう、ジェイミー。レースの白手袋に包まれた華奢な手を少女は神父にそっと差し出した。静寂が、二人を包み込んだ。(またあの夢だ。)悪夢から目覚めた悠は、ベッドから飛び起きて荒い息をした。腹部にまた激痛が走った。 親友であった玲介の陰謀によって、司祭に腹を刺されてロンドン市内の病院に入院したのが数日前の事だった。数日前にフェリペから玲介達が何者かに殺された事を知ってから、悠は毎晩あの夢に魘(うな)されていた。 どうして自分があんな夢を見るのか、いつになったら悪夢に魘される夜に終わりが来るのかが判らず、悠は毎日不安な思いを抱きながらベッドの上で過ごしていた。溜息を吐きながら窓の外を見ていると、病室のドアが開いてフェリペが入って来た。「おはよう、ユウ。顔色が悪いな、昨夜も眠れなかったのか?」そう言ってフェリペは手に持っていた紙袋をナイトテーブルに置いた後、ベッドの端に腰掛けた。「うん、少し眠れなくて。それよりもフェリペ、毎日お見舞いに来て大丈夫なの?もうすぐ試験だろ?」悠はちらりと級友の顔を見た。「あんな事件があったから、試験は延期になった。それにスコットランドヤード(ロンドン警視庁)が当分学校に滞在することになったんだ。」「スコットランドヤードが?地元警察が捜査を打ち切ったって聞いたけど・・」「それはそうだが、捜査権がスコットランドヤードに移ったと言った方が正しいな。それにパパラッチどもが今回の事件のことを嗅ぎつけて勉強どころじゃないよ。」「そう。それよりも、あれは何?」悠はそう言って無いとテーブルに置かれてある紙袋を見た。「近くのデリで買ってきたんだ。不味い病院食ばかりだと食欲も湧かないだろ?」「ありがと。」紙袋を手に取り、悠はその中に入っているものを取り出した。クリームサーモンのバゲットサンドを一口齧ると、少し生きる気力が湧いてきた。「美味いか?」「うん。ありがとう。」悠はフェリペに微笑んでもう一口、バゲッドサンドを齧った。「早くよくなれよ。お前が帰ってくるまで待っているから。」フェリペは悠の肩を叩くと、病室から出ていった。「若、旦那様がお呼びです。」病院の前に待たせてあったリムジンに乗り込むと、執事がそう言ってフェリペを見た。「そうか。」フェリペは溜息を吐いて次第に遠ざかる病院を見た。リムジンはやがてメイフェア地区のある邸宅へと到着した。にほんブログ村
2011年10月19日
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―何故だ、何故、こんなことをする・・濃霧の向こうから、苦痛に滲んだ男の声がした。悠は返り血のついたドレスの裾を払い、ゆっくりと立ち上がった。周りに広がるのは血の海と、自分が屠った者達の骸。―お前は、一体何の為に、こんなことをする?男の声に答えず、悠はただロボットのように逃げ惑う人間達を次々と手にかけてゆく。その度に髪や顔、ドレスに彼らの返り血がかかる。だがそんなことを、彼は気にしていなかった。日没までにこの屋敷にいる人間達を全員殺せるかが、彼が唯一気にしていることだった。「きゃぁぁ!」「お願い、命だけは助けて!」武器を持った自分の前で必死に命乞いをする人間達に対して、刃を振り下ろす。またドレスに、新しい血の染みが広がった。「あ~あ、また汚しちゃった。」ドレスの布を摘みながら、悠はそう言ってくすりと笑った。日没まで、あと数時間しかない。急がなければ。悠は血に濡れて重たくなった愛刀を握り締めながら、次の“獲物”めがけて走り出した。―お前はそうやって、人の命を奪い続けるのか。また、霧の向こうから声が聞こえた。罪悪感など今の自分には微塵もない。ただあるのは、激しい血への飢えだけ。人間らしい心も何も持っていない。何故なら、自分はその人間の生き血を啜る化け物なのだから。“人間はお前の空腹を満たす餌だと思え。情など持つな。”遠い昔、誰かに言われた言葉が今、脳裡に甦って来た。「・・急がなくちゃ。」悠はまた一人、人間を切り裂きながらそう呟いた。空が、緋に染まる。「綺麗な空。」屋敷中の人間達を手にかけた後、悠はゆっくりと空を見上げた。緋に染まった屋敷を背後に、彼は甲高い声を上げて笑い始めた。―ユウ・・ユウ・・誰かが自分を呼ぶ声がする。「ん・・」ゆっくりと目を開けると、そこには自分を心配そうに見つめるフェリペの姿があった。「フェリ・・ペ・・?」「ユウ、気がついたんだな、よかった!」緑の瞳に大粒の涙を溜めたフェリペは、そう叫ぶと悠を抱き締めた。彼に抱き締められた悠は軽く咳き込んだ後、腹部に激痛を感じた。「痛っ・・」「ああ、すまない、お前は怪我をしているのに・・それよりも大聖堂で一体何があったんだ?」「え?」悠はフェリペから離れると、じっと彼を見た。脳裡に、大聖堂で起きた出来事が浮かびあがって来た。自分を嵌めた玲介とクリステン。そして自分に殺意を抱いていた司祭。司祭に腹部を刺された後、悠は意識を失った。あの後、何が起きたのかわかっていない。「一体、何があったの?」「知らないのか、ユウ?わたしが大聖堂に駆けつけた時にはお前の親友とクリステンが何者かに殺されていたんだ。お前は告解室で息絶えた司祭様の近くに倒れていた。」「死んだ?玲介とクリステンが?」 黒真珠の瞳が、驚きで見開かれるのを見て、フェリペは自分がまずいことを言ってしまった事に気づいた。「ユウ、大丈夫か?」フェリペがそっと悠の肩に触れようとした時、悠はフェリペの手を振り払った。「暫く一人にさせて。」「・・わかった。」フェリペは静かに悠の病室から出て行った。数分後、そこから悠の押し殺した泣き声が聞こえた。にほんブログ村
2011年10月19日
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「どうして、司祭様がここに?」悠はそう言って、目の前に立っている司祭を見た。「あなたはお友達に騙されたのですよ。」「騙されたって、どういう事・・?」「まだご自分の置かれた状況を把握できないんですか?全く、馬鹿な人ですね。」司祭は酷薄めいた笑みを浮かべながら、悠を見た。その手には、ナイフが握られていた。「し、司祭様・・?」「あなたにはここで死んで頂かなくてはなりません。あの方の為に。」司祭はナイフの刃を閃かせながら、悠に迫った。告解室を出ようとしたが、玲介達が扉を閉めてしまった所為か、扉はびくともしない。「開けて、開けてよ!」扉を激しく叩きながら、悠は外に居る玲介達に向かって叫んだ。「そこでくたばっちまいな、悠。その方がせいせいするぜ。」扉越しに聞こえた親友の声とその言葉の冷たさに、悠は愕然とした。「玲介、何で?何でこんなことを?俺達、友達じゃなかったのかよ?」「友達ぃ?馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺はなぁ、一度もお前の事友達だなんてこと思った事ねぇよ。今まで目障りだったんだよ、お前の事!」「そんな・・嘘だ・・」「嘘じゃねぇよ。じゃぁな、悠。司祭様と仲良くな。」玲介は残酷な言葉を悠に放つと、そう言ってクリステン達と聖堂から去って行った。「可哀想に、唯一無二の親友に見捨てられてしまって。」司祭はゆらりと悠に近づきながらそう言って、笑った。「苦しいでしょう?友に裏切られた哀しみ、苦しみ・・かつてわたしも経験したことがありますよ。でもそれは人が成長する過程で必要なものなんですよ。」ナイフの刃に舌を這わせながら、彼は淡々とした口調で悠に語り始めた。「あなたは今、絶望のどん底に叩き落とされて、死にたいと思っているでしょう?でもね、楽になんか死なせてあげませんよ。だってあなたは、わたしの大事なものを奪ったのだから。」司祭の狂気を孕んだ緑の双眸が、部屋の隅で怯えている獲物の姿を捉えた。「俺は何もしていません、司祭様。誰かを傷つけたり、殺したりなんて・・」悠がそう言った途端、鳩尾に激痛が走った。「言い訳なんて今更聞きたくありませんよ。わたしの望みは、あなたの命を絶つことだけ。」司祭は長い法衣の裾を翻すと、悠の前にしゃがみこんだ。彼の手には、血に濡れたナイフが握られていた。(誰か、助けて・・)「助けなんて来ませんよ。あの方と同じ苦しみを味わうがいい!」司祭のナイフが、悠の腹部に再び突き立てられた。悠は床に蹲り、意識を失った。「これでもう終わりですか?あっけないですねぇ?」乾いた笑い声と共に、司祭がゆっくりと立ち上がる気配がした。―姉様また、あの声が頭の中で響いた。―姉様、殺さないと駄目よ。(嫌だ、俺は誰も殺したくない。)―そんな事思っていたら駄目よ。ほら、あいつが姉様に止めを刺そうとしているわ。早く彼からナイフを奪い取るのよ。(嫌だ、そんな事したくない・・)だが意志に反して、悠の手は司祭が握っているナイフへと伸びていった。「貴様、何をする!?」狼狽した司祭の手からナイフを奪った彼は、その刃を彼に向けながら突進した。真紅の血飛沫が告解室の壁と床に飛び散った。悠は荒い息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。その目は、真紅に彩られていた。―やったわね、姉様。再びあの声が遠ざかってゆく気配がした時、悠は気を失って床に倒れ込んだ。「おい、しっかりしろ、ユウ!」誰かが自分の身体を揺さ振っている。「誰か、救急車を!」薄れゆく意識の中、悠はうっすらと目を開けて自分を抱き締めている人物を見た。そこには、緑の双眸に苦痛を宿らせている男の姿があった。にほんブログ村
2011年10月19日
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(シャワー浴びてたら遅くなっちゃったな。)悠は急いで制服に着替えると、食堂へと向かった。 朝食の時間はとっくに過ぎている為か、食堂内にいる生徒は数人しかおらず、その中にはいつも自分を目の敵にしているクリステンの姿もない。朝っぱらから彼と低次元の争いをしなくて済みそうだーそう思いながら悠がビュッフェテーブルへと向かっていると、背後から強烈な視線を感じて彼は振り向いた。そこには、ジェフと何やら親しげに話をしている黒髪の男が時折ちらりと自分の方を睨んでいた。(何だよ、あいつ。俺が一体何したよ?) 少しムッとしながらも、悠はサラダとパンを載せた皿をトレイの上に置き、空いているテーブルを探した。「おい、ユウ。こっちだ。」ジェフがそう言って悠に向かって手を振った。「せんせ・・じゃなかった、ジェフさん、おはようございます。今朝はすいません。」「いや、いいんだ。それより紹介したい奴がいるんだよ。こちらはマイク、俺の親友だ。」ジェフはそう言って先ほどから自分を睨んでいた男を悠に紹介した。「初めまして・・」「お前か、ジェフにしつこく付き纏っている奴というのは?」紺碧の瞳が氷のように冷たく光りながら悠を射るように見た。「僕は先生にしつこく付き纏ってなんかいません。」「そうか?昨夜はこいつの部屋に押し掛けてきたそうじゃないか?これをストーカーじゃなくて何と言うんだ?」「ストーカーなんて・・」「いいか、この際はっきり言っておく。俺はお前が嫌いだ。ジェフに今後しつこく付き纏ったら殺してやるからな。」マイクはそう言って悠を突き飛ばすと、厨房へと戻って行った。「何だよ、あいつ・・」「マイクの事は許してやってくれ。あいつは人見知りが激しいから、初対面の人間に対しては手厳しいんだ。あいつも色々と苦労しているからな。」「ふぅん。第一印象としては、何の苦労もなく育ったお坊ちゃんってカンジだけどな。」悠はそう言いながらクロワッサンを一口齧った。「お前はどうなんだ?ここに来る前はどんな生活を送っていた?」「両親とロンドンで何不自由なく暮らしてたよ。でも父さんは仕事ばかりで一緒に遊んでくれなかったし、母さんは母さんで女同士の付き合いに忙しかったから、いつも独りだったな。」「そうか。でも俺の生い立ちよりはマシかもな。」ジェフはボソリとそう呟くと、コーヒーを飲んだ。「それって、一体どういう・・」「悠、こんな所にいたのか!」食堂に玲介が駆け込んできた。「玲介、どうしたんだよ、そんなに慌てて・・」「ちょっと来いよ、大変なんだって!」玲介はそう言うなり悠の手を掴むと食堂から走り去って行った。「ねぇ、一体どうしたんだよ?何があったんだよ!?」 充分な説明もなく、自分を食堂から連れ出した親友を訝しげに見ながら、悠は親友の顔を見た。やがて二人はミサが終わり、人気のない聖堂の中へと入った。「え、何でここに?」「それはいずれ判るぜ。」玲介はそう言って親友に微笑んだ。背後で重い扉が閉まると同時に、祭壇の方から数人の生徒が近づいてきた。その中にはクリステンとその取り巻き達の姿があった。「玲介、これは一体どういう・・」 状況を全く把握できずにいる悠は、そう言って玲介を見ると、彼はポケットからバタフライナイフを取り出した。「告解室へ行け。」「玲介・・」「いいから言う通りにするんだよ!」突然親友が豹変したことに激しく狼狽しながらも、悠は告解室の中へと入った。「お待ちしておりましたよ、ユウ。」そこには、医務室で自分を介抱してくれた司祭の姿があった。にほんブログ村
2011年10月18日
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男から薬の瓶を受け取った司祭は聖堂を出て、司祭館へと続く廊下を歩いていた。(もうすぐだ、もうすぐあの方の無念が晴れる日が来る。)ロケットを開き、彼は2枚の写真を見つめた。「もうすぐです。もうすぐあなたの無念が晴れます。だから待っていてくださいね。」司祭はそう呟くと、写真にそっとキスをしてロケットを閉じた。 同じ頃、ロンドン行きの飛行機の中で、栗色の髪と榛色の瞳をした男―レオナルドはじっと窓の外に広がる白い雲を見ていた。彼の脳裡に、あの日の光景が浮かんだ。純白のウェディングドレスを真紅に染め、自分に向かって微笑む彼女の姿が。(・・お嬢様は何故、あんなことをなさったのだろう?それよりも今は、旦那様やあの女よりも先にお城様を見つけ出さなくては。)レオナルドは窓を閉めると、ゆっくりと目を閉じて眠りに就いた。夢の中に出て来たのは、長い金髪をなびかせながら永い眠りから醒めた主と出逢った日の事だった。 ―見て、姉様。綺麗なお花でしょう?何処からか声がして、悠はゆっくりと目を開けた。するとそこはいつもと見慣れている寄宿学校の寝室ではなく、どこかの貴族の中庭だった。中庭には色とりどりの薔薇が咲き乱れ、白亜のテラスで悠は誰かとお茶を飲んでいた。―わたし、姉様のお家のお庭のようにしたくって、少しだけ真似てみたんだけど・・ちょっと似過ぎかしら?そう言って自分の前に座っている少女が苦笑した。彼女が一体誰で、男である自分を何故姉と呼ぶのかが悠は全くわからなかったが、彼女の言葉に彼は適当に相槌を打って愛想笑いを浮かべた。―姉様、覚えてる?わたし達が初めて会った時のこと。どう言葉を返そうかと悩んでいた時、勝手に口が言葉を紡いでいた。『ええ、勿論覚えているわ。あれは確か、スペインに居た時だったわね。』―まぁ、随分昔の事なのに覚えてくださっていたのね。少女は上機嫌な様子で顔にかかっていた前髪を鬱陶しそうに軽く掻きあげた。その時、少女の右手薬指にハート形のルビーが光っていることに悠は気づいた。『その指輪は?』―ああ、これ?わたしと姉様がこの世に産まれ落ちた時、母様から貰ったものよ。それよりも姉様、いつあいつを殺すの?少女の蒼い瞳が少し残酷な光を煌めかせながら自分を見た。『まだ、わからないわ。』―そう。でも早く殺さないと駄目よ。だってあいつは、姉様の“家族”を奪った憎い奴なんだから。少女がそう言った時、庭園が突然真紅に染まった。(え・・)辺りを見渡すと、そこには腸を引き裂かれた死体が芝生の上に転がっていた。―姉様が全部、やったのよ。ねぇ姉様、早くあいつを殺さないと駄目よ。 少女の笑い声とともに、周囲の景色が徐々に霞んでゆき、やがて悠は暗闇の中へと落ちていった。「おい、起きろ!」 激しく肩を揺さ振られ、悠がゆっくりと目を開けると、そこには不機嫌な顔をしたジェフの顔があった。「すいません、ベッド借りちゃって・・」「ふん、まぁいい。俺は先に食堂に行ってるぞ。」鬱陶しげに前髪を掻き上げると、ジェフは寝室から出て行った。一人残された悠は、溜息を吐きながらベッドから起き上がると、浴室に入った。長い間悪夢に魘されていた所為か、寝汗がパジャマに纏わりついて気持ちが悪かった。パジャマを脱ぎ捨て、冷水のシャワーを全身に浴びた悠は、ゆっくりと目を閉じた。「ジェフ、今日は早いな。」欠伸を噛み殺しながら食堂に入って来た親友を見ながら、マイクはそう言って彼の前に焼き立てのパンが載った皿を置いた。「すまないな、マイク。」「気兼ねするな、親友だろ。」マイクはそう言って屈託のない笑みをジェフに向けたが、その笑顔は瞬時に消え去った。「どうした?」マイクの視線の先には、制服姿の悠が食堂の入口に立っていた。にほんブログ村
2011年10月18日
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「今起きたのか?遅いな。」愛しい人はそう言って、悠里の頭を撫でた。「昨夜は少し飲み過ぎたかな。」悠里は愛しい人の身体にしなだれかかった。「これから一緒に幸せになろうな。」そう言って自分を抱き締めてくれた愛しい人は、もういないー「おい、いつまで寝てんだ!」腹に衝撃が走り、悠は目を開けた。「あれ・・俺は・・」「人のベッドいつまでも占領しやがって!話があるって入ってきて、そのまま寝やがって・・俺に寝させないつもりか!」ジェファーはそう言って悠を睨んだ。「すいません・・」悠はそう言ってジェファーに謝った。「で、俺に話したいことって何だ?」冷蔵庫からビールを取り出しながら、ジェファーはそう言って悠を見た。「あの・・タトゥーのことで聞きたいことがあって・・」「タトゥー?これのことか?」ジェファーは脇腹に彫られたタトゥーを指して缶ビールのプルトップを開けた。「そのタトゥーと同じ図柄が俺の左足の太腿にも彫られているんです。」悠はそう言ってパジャマのズボンを脱いだ。「ホントだ。俺と同じタトゥーが・・」悠の左足の太腿には、赤い蝶と龍のタトゥーが彫られていた。「どこで彫ったんだ?俺はロンドンのタトゥーショップでこれを彫った。」「俺は産まれた時からこのタトゥーが左足の太腿にあったんです。このタトゥーの所為で色々からかわれて、辛かった・・」悠はそう言って俯いた。「何か飲むか?」ジェファーがそう聞くと、悠は首を横に振った。「ズボン履け。そのままじゃ寒いだろ。」「ジェファーさんは・・どうしてここに来たんですか?」「一言では説明できないな。それよりも、今夜はここでゆっくり休め。」ジェファーはそう言って悠に優しく微笑んだ。「すいません・・」「謝ることはない。」華奢な悠の身体を優しく抱きながら、ジェファーは静かに眠りに落ちた。「ふぅ~ん、じゃぁあいつがあそこにいるの?」 ロンドンのサヴォイホテルのスイートルームで、少女は携帯片手にソファに全裸で横たわっていた。『ええ、あの男はわたしのところにいます。』「そう・・じゃああいつを殺して頂戴ね。約束よ。」『わかりました。』携帯を閉じた少女は、ソファの上で欠伸をした。首に提げているハート型のロケットを開き、1枚の写真を食い入るように彼女は見た。 そこには、卵色の豪邸をバッグに、優雅にアフタヌーンティーを楽しむ悠里と少女の姿が映っていた。「会うのが楽しみだわ、姉様v」少女はそう言って笑いながらガウンを羽織り、ベッドに飛び込んだ。「・・ネネにも、困ったものだな・・」司祭は携帯を握りしめ、聖堂へと入って行った。「お待たせしてしまいまして、すいません。」司祭はそう言って信徒席へと向かって頭を下げた。「・・随分と遅かったようじゃないか。何か問題でもあったのかね?」暗闇に包まれた聖堂に月光が射し込み、キリストの生涯を描いたステンドグラスが美しく輝き、信徒席に座っていた男の顔が仄かに照らされた。「いいえ、何も問題はありません。」「そうか・・それならよい。」男はそう言って口端を歪めて笑った。「わたしに何をお望みですか?」司祭は男にしなだれかかった。「それはお前次第だ。それよりも彼には毎日医務室に来させてあの茶を飲ませろ。これを忘れるなよ。」男はコートのポケットから薬の瓶を取り出した。「わかりました。」司祭は素早くそれをカソックの中へと隠し、聖堂を出て行った。「上手くやれよ・・」にほんブログ村
2011年10月18日
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ジムは自宅に帰るとパソコンの電源を入れ、インターネットに接続してあのタトゥーのことを調べた。「やっぱり・・」あの現場であのタトゥーを見た時に感じた彼の直感は当たった。 目の前のモニターには、1920年代前半から1945年前後に魔都・上海の裏社会を支配したマフィア・紅狼社のシンボルであるタトゥー―蝶と龍の図柄―が映っていた。それは被害者が彫っていたタトゥーと同じ図柄だった。あのタトゥーは、紅狼社のメンバー、幹部にしか彫ることが許されなかったものだ。そのタトゥーが何故、安アパートに住む男の鎖骨の上に彫られていたのだろうか?何か儀式的なものなのだろうか、それとも・・ コーヒーを飲みながら、ジムはそのタトゥーの図柄が映っているホームページをマウスでスクロールした。スクロールすると、そこには紅狼社のメンバーの写真と組織の概要が載せられていた。 メンバーのボスは英国貴族の男で、名門侯爵家の後継者でありながら、無実の罪を着せられ、何不自由ない生活を捨て、魔都上海の裏社会で紅狼社のボスとして君臨した。彼には生涯愛した“妻”がいた。相手は上海の歓楽街一の男娼館『紅鶴楼』の男娼だった。その男娼は美しい赤毛の髪の持ち主だったので、客達の間では“赤毛の天使”と呼ばれていた。だがその天使は、その男に災厄をもたらし、血染めの花嫁と化した。その天使―悠里はやがて溺愛していた末息子を事故で亡くし、精神を喪失し、満州で燃え盛る炎の中で自殺したとされている。だが一説では悠里はまだ死んでおらず、死んだ息子を捜し、この世を彷徨っているという伝説がある。ジムは眉間を揉みながら、別のホームページに飛んだ。そこの掲示板には悠里に関していくつかのスレッドが立てられていた。その中で、「悠里の生まれ変わり!?」というタイトルのスレッドがあった。ジムは興味本位でそのスレッドを覗いてみた。 そこには、イギリスの名門パブリックスクールの制服を着た赤毛の少年の写真と、瑠璃色のチャイナドレスを着た最盛期の悠里を映した写真が掲載されており、制服を着た少年こそが悠里の生まれ変わりなのではないかというのが、このスレッドを立てたネットユーザーの主張であった。スレッドを詳しく見てみると、ユーザーの主張に同意する者と、それに異を唱える者が討論を交わしており、白熱していた。“ユウリの生まれ変わりだというのなら、その証拠はあるのか?”“ある。俺は制服を着た奴と部屋が同じだ。この間そいつがシャワーを浴びているとこを見た。そいつの左足の太腿に赤い蝶と龍のタトゥーがあった。”睡魔に襲われ目を閉じようとしていたジムの目に、このスレッドを立てたとされるユーザーからの書き込みがあった。ジムはその書き込みの「返信」マークを押し、フォームにそのユーザーへのメッセージを書き込んだ。“今書いたことは本当なのか?”ジムは震える手で「送信」ボタンをクリックした。「今書いたことは本当なのか、だって?バッカじゃねぇの、こいつ。」玲介は口元に笑みを浮かべながら、ノートパソコンのキーボードの上で忙しなく指を動かした。もう12時を過ぎるころだというのに、悠はまだ戻ってこない。あの先生と話をするとか言ってったっけ。恋愛には奥手の悠らしくない。(まぁ、そんなの俺には関係ねぇけどな。)玲介はそう思いながら「返信」ボタンを押した。その頃、ジェファーの部屋のベッドで、悠里はゆっくりと目を開けた。「起きたか?」ゆっくりと身体を起こすと、目の前には愛しい人が立っていた。「会いたかった・・」悠里は愛しい人を抱き締めた。にほんブログ村
2011年10月18日
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スコットランドヤード(ロンドン警視庁)警部、ジム=ノーマンは、上司であるアーノルド=クレイマーとともに、ある殺人事件の現場へとやってきた。そこはロンドンの低所得者が住む住宅地の中にあるアパートの一室で、そこに住む65歳のアイルランド人男性が射殺されていた。「現場は初めてか?」「はい・・」今まで書類処理ばかりしてきたジムにとって、この事件が初めての現場仕事であった。「死体も血も、慣れれば大丈夫だ、とは言い切れないな。まぁ新人のお前には、現場を引きずるなとだけ言っておくよ。」アーノルドはそう言ってジムの肩を叩きながら、部屋の中に入った。部屋には鑑識課の職員が指紋を採ったり、証拠品を探したりしていた。部屋の中央にはこの場には似つかわしくない真紅のアンティーク張りの椅子が置いてあり、そこに被害者がこめかみから血を流して座っていた。「う・・」初めて生の血を見たジムは、猛烈な吐き気を堪えた。「こりゃあ、酷いな・・弾は被害者のこめかみを貫通してる。多分プロの犯行だろうな。」そう言いながら、刑事歴40年のアーノルドは、被害者の遺体を調べた。すると、被害者の鎖骨の上に奇妙なタトゥーが彫られているのに気づいた。黒い蝶と龍の、どこか東洋的な図柄だ。一体このタトゥーは何の象徴なのだろうか?「おい、こっち来て見ろ。」「はい・・」胃の中の物を全部吐き切ったジムは、覚束ない足取りでアーノルドの方へとやってきた。「被害者の鎖骨の上にこんなタトゥーが彫られてた。こりゃ一体何だ?」「まさか・・そんな・・」タトゥーを見た瞬間、ジムの表情が強張った。「おい、どうした?」「いえ・・このタトゥーは、確かあのマフィアのものではないかと・・」(なんで80年前のマフィアのタトゥーが、こんなところに!?)ジムはそう思いながら、被害者のタトゥーを凝視ししていた。その頃ジェファーは、初めての授業を順調に行っていた。早く終わらないかと思っていた時、ちょうど終業を告げる鐘の音が聞こえた。「今日の授業はここまで。」生徒達は一斉に教室から飛び出していった。「あ~、疲れた。」溜息を吐きながら教室を出ようとしたとき、まだ1人の生徒が残っていることに気づいた。ブロンドの髪をなびかせた少年のコバルトブルーの瞳は、じっと自分を見つめている。「君は?」「クリステン=アンボガードです、先生。僕、先生とお近づきになりたくて。」そう言ってクリステンはジェファーの手を握った。「初めまして、アンボガード君。君と知り合えて嬉しいよ。」ジェファーはクリステンの手を握って素早く離すと、教室を出て行った。「つれないない人だな・・でも絶対、僕のものにしてみせる。」クリステンはそう呟き、教室を出た。その夜、ジェファーは悪夢にうなされた。(畜生、なんなんだ一体・・)シャワーを浴びようと服を脱いだ時、ノックの音がした。「開いてるぜ。」ドアが開いて、悠が入ってきた。「すいません・・」ジェファーの裸を見た悠は、顔を赤らめてドアを閉めようとした。「どうしたんだ、こんな夜中に?」「いえ、別に・・」悠はそう言って、ジェファーの裸体から目をそらそうとした。その時、彼の脇腹に黒い蝶と龍のタトゥーが彫られていることに気がついた。それを見た途端、悠は激しいデジャ・ヴを感じた。(あれは・・)脳裏に、自分を抱き締めてくれた誰かの優しい腕の感触が浮かんだ。だが、それが誰なのかがわからなかった。にほんブログ村
2011年10月18日
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「お前は・・誰だ?」ジェファーはそう言って少女を見た。“わたしのことを忘れてしまったの、ジェイミー?”少女は悲しそうな表情を浮かべてジェファーを見た。「俺はお前のことを知らない。それにここが何処なのかも・・」“どうしてわたしを忘れてしまったの?わたしたちはいつも一緒にいたのに・・それなのに、酷い!”少女が叫んだ瞬間、周囲の景色が一変し、ジェファーは血に濡れた芝生の上に立っていた。(ここは・・一体・・?)辺りを見渡すと、射殺された人間の死体があちこちに転がっている。遠くから銃声が聞こえたので、ジェファーは銃声のする方へと向かった。「なんだ、これ・・」そこには、マシンガンを無表情で人間に向かって乱射している少女の姿があった。白いドレスは返り血で真紅に染まり、少女の赤毛に映えていた。「お父様、お母様、起きてよぉ~!」両親の亡きがらに取りすがる幼い子供に向かって少女はマシンガンの銃口を向け、引き金を引こうとした。「やめろっ!」少女と子どもの間に、ジェファーは割って入った。「ルシフェル・・?」少女はそう言って、マシンガンを下ろし、ジェファーの顔を見た。その顔は、悠と瓜二つだった。「ユウ・・ユウなのか?」 ジェファーの問いには答えず、少女はゆっくりとジェファーに近寄り、彼の目を鋭い爪で抉った。 激痛に耐えきれず、芝生に蹲るジェファーの手をハイヒールで踏みにじり、乱暴に髪を掴んだ少女は、ジェファーの顔に唾を吐いた。「あんた、もうぼけちゃったの?俺のこと忘れちゃったなんて。俺はあんたにされたこと、忘れたことなんてないのにね。」少女は憎しみに満ちた目でジェファーを睨みながら言った。「一体何のことなのか、俺にはわからな・・」「とぼけてんじゃねぇよ!」少女は憤怒の表情を浮かばせ、ジェファーの髪を引っ張った。「あんただけは殺さないでおこうと思ったのに、気が変った。」地面に転がったマシンガンを拾い上げた少女は、必死で自分から逃げようとする子供の背中に向けてそれを乱射した。子供はゆっくりと地面に倒れ、そのまま動かなかった。「あんたも全身蜂の巣にしてあげるv」邪悪な笑みを浮かべながら、少女はマシンガンの銃口をジェファーに向けた。「やめろ・・やめてくれぇぇっ!」そこでジェファーは目を覚ました。シーツは寝汗でぐっしょりと濡れていた。「一体あの夢はなんだったんだ・・?」ジェファーはそう呟きながら、コーヒーを淹れる為にエスプレッソマシンの電源を入れた。腕時計を見ると、時計の針は正午近くを指している。彼が受け持つ初めての授業は正午にある。 今のうちにカフェインを摂取してあの夢のことは忘れないとージェファーはそう思いながらコーヒーをマグカップに注いだ。前髪を鬱陶しく掻き上げ、ジェファーはカーテンを開け、窓を少し開けた。冬の冷たい風が、ジェファーの意識を目覚めさせた。コーヒーを飲んでいると、聖堂から正午を告げる鐘が鳴り響いた。「遅刻だっ!」慌ただしく部屋を出て教室へと向かうと、そこには食堂で会ったユウの姿があった。にほんブログ村
2011年10月18日
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「同じ指輪を持っている奴に会うのは、初めてだな。」男はそう言って悠に微笑んだ。「そうですね。これ、昨日洗面所で拾ったんですよ。初めて見る指輪なんですけど、なんだか懐かしくて・・」悠は鎖にかけられた指輪を出して微笑んだ。「自己紹介が遅れたな。俺はジェファー=マクドナス。今日からこの学校に赴任された教師だ。」「俺は木下悠。この学校の生徒です。宜しくお願いします、先生。」悠はそう言って男に頭を下げた。「ユウ・・なんだか懐かしい名前だな。」男―ジェファーはそう言って悠を見た。「俺も、あなたを一目見たとき、初めて会ったって感じがしなかったんです。こんなこと言うのって、変ですよね?」悠はそう言って笑いながら、フライドポテトを摘まんだ。「いや、変じゃないと俺は思うな。君との出逢いは運命の出逢い、ってことかな。」男―ジェファーはそう言いながらコーヒーを飲んだ。「先生は何の担当なんですか?」「さぁ、それは授業までの秘密だ。それよりも君はどこから来た?」「日本から。7歳の時に親の仕事の都合で来たんです。ここには幼馴染に来たんです。寮でも同室なんですよ。」「そうか・・ここはイートン校と同じように、白人の名家の子息が多いな。その中で日本人が2人だけというのは、心細いんじゃないのか?」ジェファーはあたりを見渡しながら言った。「いいえ。あんまりそういうことは感じてないんですけれど、1人気に喰わない奴がいて・・」悠はそう言って、クリステンの姿を探した。彼は取り巻き達とテーブルを囲みながら、悠とジェファーの方を時折チラチラと見ていた。「なぁ、お願いがあるんだが。」「なんでしょうか?」「敬語で話すのはやめてくれないか?俺のことは先生じゃなくて、ジェフって呼んでくれ。」ジェファーは悠の手を握りながら言った。「じゃあ、俺のこともユウって呼んで。」悠はジェファーに微笑んだ。その笑顔を見て、ジェファーの脳裏に誰かの面影が重なった。“ジェイミー”誰かの手が、優しく自分の頬に触れる。“約束して、わたしとずっと一緒にいてくれるって。”赤い髪をなびかせ、自分に微笑む誰かの顔と、目の前にいる悠の顔が重なった。「ジェフ?」我に返ると、悠が心配そうな顔をして自分を見ていた。「どうしたの?」「いや、なんでもない・・」ジェファーはそう言って椅子から立ち上がった。「気分が少し悪いんだ。部屋で休んでくるよ。」「そう・・」「また会おう。」ジェファーは悠の頬にキスして食堂を出た。(なんだったんだ、あれは・・)ベッドに寝転びながら、ジェファーは食堂での出来事を思い出していた。ユウの顔が一瞬、誰かの顔と重なった。彼とは違う誰かに。(疲れが溜まってるのかな・・)長旅の疲れを取ろうと思い、ジェファーはゆっくりと目を閉じた。目を開けると、色とりどりの花々に囲まれた庭園に、ジェファーは立っていた。“ジェイミー、ここにいたの。”衣擦れの音がして、美しいドレスを纏った少女が自分の方へと歩いてくる。ジェファーは少女の名前を呼び、彼女に微笑んだ。にほんブログ村
2011年10月18日
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悠はまた夢を見ていた。 今度はあのいつも見る血(ち)腥(なまぐさ)いものではなく、どこかやさしいものだった。プロの庭師の手によって美しく整えられた中庭で、自分はあの神父と―ブロンドの髪とブルーの瞳をした男と―話をしていた。“本当に俺と一緒に行くのか?”「ええ、だってわたしはあなたがいないと生きていけないから。」自分はそう言って神父に微笑んだ。「そうか・・じゃあ俺はとんでもない果報者だな。」神父は優しく自分の髪を梳いた。「ねぇ、知ってる?この庭の薔薇は、冬にも咲くんですって。」「冬にも咲く薔薇だって?聞いたことがないな。」「わたしも一度は見たことはないけれど・・わたし達が来る前にこのお屋敷はある貴族のものだったの。その方は奥様をとても愛していて、薔薇が好きな病弱な奥様の為に1年中咲く薔薇を開発したっていわれているわ。その薔薇の子孫がこの庭にまだ残っているんですって。」「見てみてぇなぁ・・冬に咲く薔薇・・」「2人でいつか一緒に見ましょう。」「ああ、いつかな。」神父と自分は微笑み合った。しかし、その約束は果たされなかった。「ん・・」悠が目を開けると、そこは何故か自分がいつも使っているベッドの上だった。誰かが運んでくれたのだろうか?「やっと起きたか。」玲介がそう言って悠を見た。「玲介、今何時だ?」「何時って・・もう昼を回ってるよ。先生たちにはお前が具合悪いっていっておいたから、大丈夫だよ。それよりもさ、新しい先生が昨夜来たぜ。」「新しい先生?」「ああ。昨夜遅くにここにきて、今朝朝食の席で俺達に挨拶したんだよ。確か名前は・・ジェフとかいったっけな・・」「そっか・・」悠はベッドから出てシャワーを浴び、制服に着替えた。何故か玲介から新しい教師のことを聞いた時、彼に必ず会わなければと思ったのだ。 部屋を出てダイニング・ルームに入ると、昼食の時間の為に作られたビュッフェに、育ち盛りの生徒達が群がっていた。悠は野菜と肉をバンズに挟んで、その隣にフレンチフライを添え、飲み物はコーヒーにした。昼食時とあって、空いているテーブルがひとつもなかった。どこも腹を空かせた生徒達で埋まっている。(困ったなぁ・・)悠が辺りを見渡すと、隅のテーブルで1人、コーヒーを飲みながら新聞を見ている男がいた。左手の薬指には、自分が拾ったものと同じ、ハート型のルビーの指輪を嵌めている。「すいません。」「なんだ?」男が顔を上げた時、悠の鼓動が一瞬速くなった。ブロンドの髪に、ブルーの瞳。夢の中に出てきた神父と同じ容姿をした男。その男を見たとき、悠は涙を流した。(やっと、会えた・・)初対面なのに、どこかで会ったような気がしてならなかった。男はじっと悠を見つめている。「すいません・・どうしたんだろ、俺・・」「謝らなくてもいい・・」男はそう言って優しく手の甲で悠の涙を拭った。かくして、かつての恋人達は、運命の指輪に導かれ、再会を果たした―にほんブログ村
2011年10月18日
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携帯を開いた少女は、半壊したリビングで寛ぎながら、ある人物にメールを打っていた。「これでよし、と・・」少女はそう言って携帯を閉じた。お腹が空いた。冷蔵庫にあるものは全て腐っていたから捨てたし、出前を取るのも飽きた。外食でもしようー少女はそう思い、半壊したアパートの一室―かつてはスティーブンのものだった―ところを出て、ロンドンの街へとタクシーで出かけた。 彼女はいつも外食するときは、お気に入りのイタリアンレストランかフレンチレストラン、日本料理のレストランに行くのだが、そんな所へ行けば自分がロンドンにいることがあの者達にわかってしまう。高級な店よりも、不特定多数の客が使っているチェーン店がいい。そう思うと少女は急にジャングフードが食べたくなった。いつもあそこにいる時、両親や乳母から、ジャングフードは肥満の大敵だと言われて禁じられていた。食べることは愚か、ファーストフード店のコマーシャルを見ることも禁じられた。自分はもう幼児ではない、自分の意志を持ったティーンエイジャーだ。自分が食べたいものは、自分が決める。しばらくロンドン市内を歩いていると、クレープの屋台があった。そこにはフルーツとサラダのメニューがあった。少女はツナサラダのクレープを選び、コーヒーを頼んだ。彼女はそれを公園のピクニックテーブルで座って食べた。冬の空気が澄んでいて気持ちがいい。そういえば、あの家にいた時は一度も外に出たことがなかった。少女が公園で昼食を取っている頃、スペインのリベリアにある貴族の屋敷では、50代の、顎鬚をたくわえた黒髪の男が、黒檀の机の上で手を組んで唸っていた。「あいつは、まだ見つからんのか?」「申し訳ございません・・手分けして探しているんですが・・」唸っている男の前には、栗色の髪と榛色の瞳をした男が俯いていた。「必ず見つけ出せ、レオナルド。見つけ出してあいつを殺せ。」「何故、そんなにお嬢様を毛嫌いなさるのですか?あなたの・・」「わたしはあいつを、一度も娘だと思ったことはない。それにお前も見ただろう、あの惨状を!」脳裏に、炎と煙に包まれた教会が浮かんだ。純白のウエディングドレスを血に染めて、“お嬢様”は自分に微笑んでいた。“ねぇわたし、綺麗でしょう?”「・・お嬢様を必ず見つけ出して見せます。そして、わたしがお嬢様を幸せにしてみせます。」「お前は・・あいつのことを・・」男の眉間に皺が寄った。「では、これで失礼いたします。」男―レオナルドは頭を下げて屋敷の図書室から出た。「マルフィナ、マルフィナ!」「呼んだかしら?」レオナルドとは入れ違いに、黒髪にオリーブ色の肌をした美女が入ってきた。彼女の名はマルフィナ、この屋敷の主である男の秘書兼愛人だ。「マルフィナ、頼みがある。あいつを見つけ出してくれ、レオナルドより先に。」「わかったわ。あの子を殺すのね?」「ああ・・あいつは我が一族の疫病神だ。」「エルンストも殺せばいいのね?」「お前がもし気が乗らないというんだったら・・」男はチラとマルフィナを見た。「やらせていただくわ。実の弟であっても、あなたの邪魔をする者は必ず消す・・それがわたしの役目なの。」彼女は妖艶な笑みを浮かべて、図書室を去っていった。「頼むぞ、マルフィナ・・」男は眉間を揉みながらそう呟き、唸った。にほんブログ村
2011年10月18日
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「カモミールティーをどうぞ。」司祭はそう言ってサイドテーブルにカモミールティーを置き、医務室を出て行った。悠はベッドの中に潜り込み、目を閉じた。あの悪夢は一体なんだったんだろう?知らない場所で、自分は母親に撃たれて死んでいた。いや、死んではいなかった。脳漿が吹っ飛び、顔が潰れた母親の遺体を抱きながら、心臓に木製の杭を打ち込まれた。あの青年は誰なのだろう?自分がどうして、あんな夢を見るのかわからない。どれだけ寝返りを打っても、眠れない。悠は昨夜洗面台の下で拾ったルビーの指輪を鎖ごと取り出した。ハート型にカッティングされた、最高級のルビー。それが誰のものだったのか、何故洗面台の下に落ちていたのかはわからない。 だがこの指輪は、あの洗面台に転がっている頃から―自分と玲介があの部屋に入る前から、ずっと自分を待っていたのかもしれない。悠は指輪を鎖から外して、左手の薬指に嵌めてみた。ベッドに寝転がりながら指輪を見ると、真紅の石が朝日を受けてキラキラと美しく輝いた。悠はそれを見ながら、ゆっくりと目を閉じて寝ようとした。その時、突然声がした。―姉様。悠はベッドから撥ね起き、周囲を見渡した。誰もいない。ほっとしてベッドに戻ろうとすると、また声がした。―姉様、どこにいるの?聞こえてるんでしょう、わたしの声が。誰なのだろう、自分のことを呼んでいるのは?(誰?誰なの?)―姉様、やっと気づいてくれた。鈴を転がすような笑い声が頭の中で響いた。(君は誰?いったい俺に何の用?)声は暫く聞こえなかった。―まだ、すべてを思い出していないのね、姉様。悠は目を閉じてまた声が聞こえてくるのを待ったが、声はもう聞こえなかった。それを知った悠は、ゆっくりと目を閉じた。またあの夢を見た。白いドレスを着た自分が、拳銃を握り締めながら長い廊下を走っている。向かう先はわかっている、バルコニーだ。自分の結婚を祝う、大勢の招待客に向かって虐殺を始める為に。(やめろ・・俺は、虐殺なんかしたくない。)自分が持つ理性で必死に夢の中の自分を抑えようとする。しかし、惨劇の引き金は引かれてしまった。先ほどまでドレスや宝石で着飾り、ワインやシャンパンで談笑していた招待客は、恐怖で顔をひきつらせながら軍の攻撃から逃げ惑っている。―姉様、どんどんしなさいな。マシンガンを客達に向かって乱射しながら、頭の中で声がした。―ふふ、純白の花嫁衣裳がどんどん真紅の血に染まって綺麗だわ・・姉様は白よりも赤が似合うわ。声が消えて、笑い声が頭の中で響いた。(今のは・・一体・・?)片手で頭を押さえて、悠はあたりを見渡した。だが、誰もいなかった。(また、あの夢だ・・)悠は溜息を吐きながらベッドから起き上がった。―会えるのが楽しみだわ、姉様。謎の声が、またどこかで聞こえたような気がした。にほんブログ村
2011年10月18日
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『お母様・・どうして・・』撃たれた胸を押さえ、ゆっくりと床に倒れて行った。―許して・・・、あなたはわたしのものなのよ。わたしの可愛い娘・・女性はそう言って涙を流しながら、自分を抱き締めた。―お母様も一緒に逝くからね・・拳銃を口にくわえた女性は、躊躇いなく引き金を引いた。血と脳漿が、美しい卵色の壁紙と、自分の顔を汚した。目の前で何が起こったのかが、一瞬わからなかった。だが女性がー先ほど自分の母親であった脳が吹き飛んだ遺体が自分に凭れかかっているのに気づき、か細い声で悲鳴を上げた。意識が次第に薄れる。(助けて・・誰か・・)その時、部屋の扉が勢いよく開かれ、カソックを着た黒髪の青年が入ってきた。“やっと見つけたぞ、スカーレット。”青年はそう言って背中に隠し持っていた鋭い木製の杭を取り出した。“木製の杭よりも、銀製の方が良かったか?あっちの方がよく刺せるからな。”冷たい目で自分を見下ろしながら青年は、杭を手で弄んだ。そして躊躇いもなく、杭を自分の心臓に突き刺した。「・・っ」激しい動悸と寝汗とともに、悠は学校の中にある医務室のベッドから起き上がった。「大丈夫ですか?」今まで悠に付添っていた司祭が、そう言って水差しを持って彼に微笑んだ。「ええ・・少し気分がよくなりましたが・・悪い夢を見てしまって・・」「そうですか・・では水よりもハーブティーの方がいいですね。カモミールティーをお淹れしましょうね。」司祭は中庭のハーブ園で栽培しているカモミールを採る為に、医務室を出た。長い廊下を歩いていると、不意にいつも持ち歩いているバッグの中から携帯の着信音が聞こえた。「もしもし?」『御機嫌よう、司祭様。』「・・授業中はかけてこないでくれと何度も言ったでしょう、ネネ。」『お前の言う授業なんて、ミサか宗教学だけでしょう?それにしてもあんな陰気くさいところで暮らしていて、よく気が滅入らないわね?わたしだったら、さっさとあんな学校燃やしてどっかに消えるわ。』「そんなことを言うものではありません。それよりも彼が今朝のミサで倒れました。」『彼?ああ、姉様のことね!』「ええ。ミサの途中に何か呟いて倒れました。」『姉様は何と言っていたの?』「よくわからなかったんですが・・“・・いや、死にたくない・・”と。」『ふぅん・・じゃあ姉様は記憶を取り戻しそうなのね?』「わかりませんが・・もう間もなくだろうと思われます。」『そうなの・・この安アパートから出るのが嫌だわぁ。今住んでいる家よりも快適だから。』「何をおっしゃいます、ネネ。ロンドンのタウンハウスにお戻りになってはいかがです?」答えは、なかった。(・・気紛れなお嬢様だ。全く手が焼ける・・)溜息をつきながら携帯電話をバッグの中に戻した。彼は記憶を取り戻すことだろう。多分時間は長くはかかるまい。司祭はカソックの襟元を緩め、いつも身につけているプラチナのロケットを取り出してそれを開いた。中には2枚の写真が入っていた。1枚目には黒髪と金髪の少年、2枚目には成長した2人が笑顔を浮かべている写真だった。「待っていて下さいね、もうすぐで終わりますから・・」司祭はそう呟くと、ハーブティーを作る為に中庭へと向かった。にほんブログ村
2011年10月18日
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マンチェスター空港から降り立った男は、ブロンドの髪をなびかせながら、迎えの車を待っていた。ロンドンを遠く離れ、自分は第2の人生をスタートさせようとしている。男は愛用している煙草を1本箱から取り出し、ライターで火をつけ、それを深々と吸い込んだ。脳裏に、ロンドンで過ごした日々のことが浮かんだ。 社交界で重鎮的存在である貴族の家に生まれた彼は、格式や厳しい家風に馴染めず17の時に家を飛び出し、ロンドンで自由気ままに暮らしていた。だが平和な日常を送れたのは少しだけで、後はストリートギャング同士の抗争に明け暮れた。 ギャング同士の醜い抗争で、男は満身創痍の身体となった。今でも右わき腹にはその時受けた醜い傷痕が残っている。 5年前に刑務所での服役を終えてロンドンの街に戻ると、そこにはもう自分の居場所はなかった。餓死する寸前で、友人の恩師の紹介で湖水地方の近くにある寄宿学校(パブリックスクール)で職を得たのだ。 履歴書にはイートン校を中退したことや、服役していたことまで書いたが、面接官である寄宿学校の理事長は男の父親と知己であったため、男を採用した。縁故採用で雇われた男は、これから始まる第2の人生に少し不安を覚えていた。これから自分が働くところはロンドンのような都会ではなく、あのウサギを描いた絵本作家がこよなく愛した片田舎の町だ。理事長や校長以外、自分が刑務所に服役していたことは知らない。その事が知れると、また自分は行き場を失くしてしまう。それだけは避けたかった。抗争に明け暮れたロンドンでの過去を清算し、片田舎にある寄宿学校で教師としての人生を歩むことーそれこそが、男の目的だった。教員免許は刑務所を出て通信制の大学で取った。人に何かを教えるというのはあまり得意ではないのだが、折角取った資格を宝の持ち腐れにしてしまうのは惜しいと思った。(ここからが俺の本当のスタートだ。)そう思いながらまた1本煙草を吸っていると、1人の男が彼の肩を叩いた。「待ったか?」「少しな。」彼に声を掛けてきたのは、漆黒の短髪をなびかせた長身で均等に筋肉がついた体躯をした男だった。「ジェフ、久しぶりだな。」「ああ・・マイケル。」男はそう言って黒髪の男に抱擁を交わした。「これからお前の職場に向かう。ちょっとここから遠くなるが。」黒髪の男とタクシーに乗り込み、駅のプラットホームで電車を待ちながら、男は彼と昔の話に花を咲かせた。2人は貴族階級出身でありながら、ロンドンのストリートで育ち、数々の修羅場を潜り抜けてきた戦友だった。「あれから何年経つんだ?お前があいつを殺して刑務所に入ったとき・・」「その話はなしだぜ、マイケル。あの時の俺はもう死んだ。」「そうだったな。」気まずい雰囲気が流れたとき、プラットホームに電車が滑りこんできた。「俺の職場に着くのは何時くらいになるんだ?」「さぁ・・交通機関が麻痺してなきゃぁ夜の10時くらいには着くな。」「そんなに遠いのか!?」「ああ。あそこは昔、旧教の最後の砦だったと聞くぜ。スペインとこの国が戦っていた頃の話だ。当時は旧教弾圧の嵐が吹き荒れていたから、難攻不落の崖の上に建てられているってさ。」「お前、詳しいな・・」「そりゃそうさ、そこの厨房で働いてるんだから。」「初耳だな。」2人の男は顔を互いに見ながら笑い合った。にほんブログ村
2011年10月18日
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「ユウリ・・」 親友と若い司祭に抱えられて大聖堂を出て行く少年の姿を、1人の黒髪の少年がじっとその背中を見送っていた。少年の名は、フェリペ=エスペラルド。スペインのみならずヨーロッパでも屈指の名門貴族・エスペラルド伯爵家の嫡子である。 180センチの長身と、しなやかな体躯を持ち、艶やかな黒髪と澄んだエメラルドの瞳を持ったフェリペは、学内で上級生・同級生・下級生達に人気があり、その人気は校内のみならず、卒業生やPTAにまで人気があった。スポーツや芸術で類稀なる才能を発揮し、天性のリーダーシップを持つフェリペは、大聖堂を出ていった東洋人の少年・悠に最近興味を持っていた。 2人の出会いは去年9月、悠が玲介とともに夏季休暇を終えてマセットリー・スクールに戻ってきた時だった。夏季休暇中に母国・スペインに帰国し、伯爵家の後継者問題に巻き込まれたフェリペは、心身ともに疲れ切って英国に帰ってきた。 寮の部屋に帰って一休みしようかと思いながら廊下を歩いていた時、誰かが言い争う声が聞こえて、フェリペは声のする方へと向かった。「危ないじゃないか!まったくこれだから日本人は・・」そう言って不快そうに鼻を鳴らし、2人の日本人の少年を睨みつけているのは、フェリペに好意を寄せるクリステン=アンボガードだった。 英国の貴族階級出身に生まれたクリステンは、白人至上主義の両親に育てられ、何かと有色人種である日本人の少年を見下していた。「お前が先にぶつかってきたんだろうが、謝れよこのクソ野郎!」「誰がお前達なんかに頭を下げるか!頭を下げるのはお前達の方だ!」「この野郎・・やっぱ痛い目見ないとわからねぇようだなぁ。」少年の1人が拳をパキパキと鳴らしながらクリステンを睨みつけた。「どうしたんだ、一体何があった?」険悪な雰囲気の中、フェリペはそう言って3人の間に割って入った。「フェリペ様、こいつら日本人の癖に僕にぶつかっても謝らないんですよ。生意気だと思いませんか?」想い人の思わぬ出現に歓喜で瞳を潤ませながら、クリステンはそう言ってまた鼻を鳴らした。「クリステン、お前はいつもそうやって人を見下すな。彼らはお前にただ一言謝罪して欲しいと言ってるだけだろう?彼らに謝ったらどうだ?」「嫌です、たとえフェリペ様のお願いでも僕はこいつらに頭を下げたくありませんっ!」クリステンはそう叫んでフェリペに背を向けて走って行った。「済まないな、あいつはいつもああなんだ。気にしないでくれ。」フェリペは溜息を吐きながらそう言って2人の少年の方を見た。「別に俺、あんな奴に謝られても気分悪いだけだし・・」それまで黙っていた赤毛の少年がそう言ってフェリペを見た。フェリペはその少年を見たとき、全身に電流が走ったかのようだった。赤い髪に、黒真珠の瞳をしたその少年は、以前どこかで会ったような気がしてならなかった。「失礼だが・・前に会わなかったかな?」「いいえ・・」フェリペの脳裏に、チャイナドレスを着て自分を睨みつける赤毛の少年の姿が浮かんだ。ー何故、こんなところで働いている?少年は、フェリペを睨んでこう言った。“生きるために決まってんじゃん。俺を買いにきたの?”「そうか・・引き留めてすまない。」フェリペはそう言って少年達の元を去った。その少年の名が悠と知ったのは、数日後のことだった。それから、フェリペは悠のことが気になるようになった。 あの日―悠と初めて会った日、フェリペは長年会っていない友人と再会したかのような奇妙な感覚に襲われたのだ。そしてその感覚は、今も消えていない。「ユウリ・・大丈夫かな?」フェリペは溜息を吐き、大聖堂を出た。空から白い雪が舞い降ってきた。にほんブログ村
2011年10月18日
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悠と玲介が朝の礼拝へ行くために大聖堂に入ると、そこには同級生や上級生達が信徒席に座っていた。「早く、こっち!」玲介はそう言って空いている席へと座った。「良かったな、司祭様がまだ来てなくて。」「うん・・」大聖堂の扉が開き、黒い法衣を纏った司祭が2人、入ってきた。60代前半の司祭が20代前半と思われるもう1人を従えて祭壇へと向かい、ミサを始めた。信徒席からロザリオを取り出す音が所々した。悠と玲介も慌ててロザリオを出した。「今日もあなた方に主のご加護があらんことを。」そう言って妙齢の司祭が若い司祭に目で合図した。オルガンの荘厳な音が、聖堂内に響いた。讃美歌を歌いながら、悠の脳裏にある光景が浮かんだ。 どこかの宮殿か貴族の屋敷にある中庭で、炎のような赤毛の少女が1人の神父と話をしていた。“・・、本当に俺と一緒になってもいいのか?後悔するかもしれないぜ?”金髪碧眼の神父は、そう言って少女を見た。『いいの、わたしはあなたとずっと一緒にいたいから。』はにかむ様な笑みを浮かべながら、神父を見た。“そうか、ならいい。”神父はそう言って少女の手を握った。『これからお父様に話してくるわね、わたしたちのこと。』ドレスの裾を摘みながら、神父に背を向けようとしたとき、屋敷の中から女の鋭い声がした。『ごめんなさい、お母様が呼んでいるわ。』 赤毛とドレスの裾を揺らしながら屋敷の中へと入っていく少女を、神父は愛おしそうに見つめていた。少女は広大な廊下を走っていた。両側には、美しい風景画や肖像画が掛けられていた。走るたびに、絹のドレスが衣擦れの音を立てる。少女は息を切らしながら、美しい彫刻が施されたドアの前で止まった。乱れた髪を手櫛で整え、少女はゆっくりとドアを開けた。「・・う、悠っ!」肩を叩かれて我に返ると、心配そうに自分の顔を覗き込む玲介と同級生達がいた。「俺、なんで・・」悠は横たえられた長椅子から身を起こした。「なんでって、お前ミサの最中に倒れたんだよ。医務室行くか?」「・・大丈夫。」悠はこめかみを押さえながら言った。白昼夢の中に出てきた屋敷は、どこか懐かしい感じがした。ゆっくりと長椅子から立ち上がろうとすると、悠はまた白昼夢の続きを見た。愕然とした表情を浮かべる赤毛の少女に、銃を向ける1人の女。『お母様、やめて・・』―お前は一生、わたしのものよ。女はそう言って、引き金を引いた。「本当に大丈夫かよ、悠?」悠に振り向いた玲介が見たのは、自分の身体を抱き締めるかのように両腕を両肩に回し、床に蹲る親友の姿だった。「・・いや、死にたくない・・」華奢な悠の身体がグラリと揺れたかと思うと、大理石の冷たい床に倒れそうになった。「悠、しっかりしろよ、悠ってば!」親友の声を聞いて安心した悠は、ゆっくりと目を閉じた。「ユウリ・・」その光景を、1人の少年が心配そうに見ていた。にほんブログ村
2011年10月18日
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(一体あの夢はなんだったんだろう?なんであんな悪夢に俺が魘(うな)されなきゃならないんだよ?)繰り返し夢の中に現れる、瀟洒な洋館はどこにあるものなのだろうか?そんなことを考えても仕方ないと思い、悠は濡れた髪をタオルで拭きながら浴室を出た。「ええっと、ドライヤーは・・」ドライヤーへと手を伸ばそうとしたとき、何かが大理石の床を転がった。「なんだろ?」悠は床に転がったものを拾い上げた。それはプラチナの台座でハート型にカッティングされたルビーの指輪だった。 恐らくこの指輪をプロの鑑定士に見てもらったら、自分の母親が持っている2カラットのダイヤの指輪よりも高価な値段がつけられることだろう。それを見た瞬間、悠の胸が少しざわめいた。脳裏に、血の海と無数の死体の山、そして金髪碧眼の美しい男が悲しそうな顔で自分を見つめている姿が浮かんだ。動悸がして、悠は胸を押さえて洗面台に手をついて床に蹲った。震える手で蛇口を捻り、グラスに水道水を注いでそれを一気に飲んだ。気分が少し落ち着いた悠は、改めてルビーの指輪を見た。(一体どこからこんなものが・・まさか誰かが落としたって訳でもないし・・)悠の母親は高価な貴金属を持っているが、悠自身はあまり装身具は持たない主義である。なので、この指輪は自分のものではない。では誰のものなのだろうか?悠はそっと浴室から出て、寝室のドアを開けた。そこには空いている悠のベッドの隣で、熟睡している親友の玲介を見た。玲介は悠とは違ってファッションに強い拘りを持っており、アクセサリーも自分が気に入ったものでないと絶対に買わないし、使わない。もしかしたら、この指輪は玲介のものなのかもしれないー悠はそう思いながらベッドに入り、毛布を頭から被って寝た。翌朝、悠が寝室から出ると、玲介は一足早く制服姿で歯を磨いていた。「悠、よく寝てたな。さっさと支度しねぇと朝の礼拝に遅れるぞ。」「うん・・」気だるそうに悠は前髪を掻き上げながら、クローゼットの中から濃紺のブレザーとスカイブルーのシャツ、クリーム色のセーターを着て、最後に真紅と白のネクタイをつけて寝室を出た。「玲介、この指輪お前の?」悠はそう言って玲介に昨夜浴室で拾ったルビーの指輪を見せた。「俺そんなの知らねぇよ。お前どこでそれ拾ったの?」「昨夜浴室で、ドライヤー取ろうとしたらこれが落ちててさ。俺こんなの知らないし、誰が落としていったのかなぁって・・」「貰っちゃえば?ここは俺達の部屋だし、俺はそんな高いもんいらねぇよ。」「うん・・」悠はそう言って、指輪を上着のポケットに入れた。「そういえば、今日新しい先生が来るらしいぜ。」「そうなんだ。知らなかったなぁ、俺。」「お前はほんと、疎いよなぁ。新しい先生のことでみんな大騒ぎだぜ?中には男か女か賭けてるやつがいるぜ。」「へぇ~、どんな先生が来るんだろうな?」「さぁな。それよりももう時間だぜ。」悠は玲介とともに部屋を出た。ヒースローからマンチェスターへの空の旅を、1人の男が快適に過ごしていた。 背中まであるブロンドの髪を枕に押しつけながら、美しいスカイブルーの瞳を薄らと開け、男は1枚の写真を見ていた。写真には、1組の男女がルネッサンス様式の瀟洒な洋館の前で笑顔を浮かべている。 男の方は白いタキシードを着た男は、隣に立っている赤毛の少女の腰に手を当てながら笑顔を浮かべている。豪華な刺繍を施した純白のウェディングドレスを纏った赤毛の少女も、笑顔を浮かべていた。「早く、会いたいな・・」男はそう言って写真を大事そうに財布に入れ、眠りに就いた。にほんブログ村
2011年10月18日
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「な、なんだ・・?」 さきほどまで座っていたソファが粉々に粉砕されているのを、スティーブンは恐る恐るテーブルの下からリビングを見た。一体何が起きたのだろう?何故、自分の家のリビングが突然瓦礫と化してしまったのだろう?そう思いながらスティーブンはキッチンから持ってきたフライパンをヘルメット代わりにして頭を守りながら、テーブルの下から出た。その時、黒煙の向こうに人影が見えた。その影は、静かにゆっくりと、自分の方へと近づいてくる。「あら、人間だわv」鈴を転がすような声がして、黒貂の毛皮を着た天使のような美しい少女が、ブロンドの巻き毛を揺らしながらヒールの音を響かせた。「あんたは・・誰だ?」少女はスティーブンの言葉を無視して、彼の腕を掴んだ。「脂が少しつき過ぎているけど・・美味しそうね。」天使のような笑顔を、少女はスティーブンに向けた。桜色の唇から、肉食獣特有の、鋭い牙が覗いた。その時、スティーブンはこの少女が自分を食べるつもりなのだと何故かわかった。ザワリと背中に悪寒が走った。スティーブンは少女に背を向けてドアへと突進した。しかし、少女は彼の手首を掴んだ。「逃がさないわv」 少女はそう言って華奢な容姿からは想像もつかない圧倒的な力でスティーブンを自分の方へと引き寄せた。「さぁ、2人きりで楽しいパーティーをしましょうv」スティーブンが意識を失う前に覚えていたのは、少女の美しいスカイブルーの瞳だった。「ふふ、美味しかったv」少女はそう言って眼下に広がる血と肉片の海を眺めた。 彼女はテレビをつけ、キッチンテーブルに腰掛けながら適当にチャンネルを変え、ある民放局が放送しているメロドラマを観始めた。少女がメロドラマを観ていると、スティーブンが頼んだ中華料理の出前が到着し、チャイムが鳴った。「誰かしら?」少女は気だるそうにキッチンから離れた。「・・遅いなぁ、スティーブンさん。」スティーブンの部屋の前で、中華料理屋でバイトしている少年はそう言って溜息を吐いた。部屋の前に料理を置いて帰ろうかと思った時、ドアが開いて美しい少女が彼の前に現れた。「あなた、だぁれ?」スカイブルーの瞳を煌めかせながら、少女は少年を見つめた。「あの、出前です。」「そう、こんな酷い天気の中、届けてくれてありがとう。」少女はキッチンテーブルに置いてあるハンドバックから財布を取り出し、それから札束を取り出して彼に渡した。「チップよ。」「あ、ありがとうございます!」ケチなスティーブンと違って、自分の前に突然現れた少女はたくさんチップを弾んでくれた。何故あの少女はスティーブンの部屋から出てきたのだろうという素朴な疑問は、大金を手にした時に少年の脳裏から瞬く間に消え去っていった。「美味しいわね、これ。中華料理なんて初めて食べたけど、気に入ったわv」謎の少女はそう言って春巻きを頬張った。スティーブンの部屋から僅か数ブロック離れたアパートの一室で、1人の男が頭に銃を突きつけられていた。「あいつの居場所を早く教えないと、お前の頭をぶち抜くぞ。」「俺は何も知らねぇ、俺はただあいつらの為に働いただけで・・」失禁しながら男はそう言って自分に銃を突き付けている男に必死で命乞いをした。「そうか、残念だ。」銃を突き付けていた男はそう言って失禁した男の頭部から銃を放した。それから間髪入れずに男の頸動脈をナイフで切り裂き、部屋を出て行った。にほんブログ村
2011年10月18日
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2005年2月、イギリス北東部。 ロンドンから約400キロ離れたところに、名家の子息が通う名門校・マセットリー・スクールにある男子寮の一室で、山下悠はベッドの中で悪夢にうなされていた。悪夢の内容は、いつも同じものだった。悠はどこかの瀟洒な洋館の中を走っていた。純白のドレスの裾を翻し、右手には拳銃を持った自分は、バルコニーへと向かおうとしている。“ユウリ、やめるんだ!”誰かが自分を止めようとしている。 顔はよく見えないが、自分より背が高い20代後半か30代前半の白人男性だったことは何故か覚えていた。“やめろ、ユウリ。そんなことをしたって・・”手にした拳銃で男性の腹部を撃ち、バルコニーへと向かった。先ほど自分が撃った男性とは違う男が、自分を見ている。“ユウリ、どうしたんだ?”その後、自分が何をしたのかは全く覚えていない。気がつくと手にはマシンガンを手にして、庭を逃げ回る人々を次々と無差別に撃っていた。マシンガンを投げ捨てようとしても、手が言うことをきかない。純白のドレスは徐々に人々の返り血に染まっていく。悠はゆっくりと顔をあげ、周囲を見渡した。そこには血の海と、壊れて動かなくなった人形のように転がった死体の山があった。庭師の手によって手入れされた緑の芝生は、血を吸って不気味に赤黒い光を放っていた。「どうして・・」悠は目の前に広がる惨状にショックを受けて蹲った。“人殺し”闇の彼方から声がした。「違う・・俺がやったんじゃない・・」悠は声から逃げだそうとした。“お前がやったんだ。”闇の中から無数の手が伸び、悠を捕まえようとする。「いやだっ!」手が自分に伸びる前に、必ず目を覚ます。悠はそんな悪夢を、5年も見続けていた。その所為で、悠は満足に眠れたためしがなかった。悠は溜息をついて、ベッドから起き上がった。窓の外を見ると、そこには月に照らされた広大な緑の森と、蒼い湖が美しく輝いていた。悠はしばらく外の風景を見て、寝汗で気持ちが悪くなったのでシャワーを浴びようと思った。 寝汗で濡れた寝間着を脱いで洗濯籠に放り込み、クローゼットから新しい寝間着を取り出してそれを洗面台の淵に置いた。浴室に入り、シャワーの湯を頭から浴びながら、悠は目を閉じた。彼の左足の太腿には、真紅の蝶と龍のタトゥーが刻まれていた。悠がシャワーを浴びている頃、ロンドンの安アパートの一室では、1人の男がソファーに座りながらテレビを観ていた。 古いソファーは熊のような男の体重がかかるたびにギイギイと軋んだ音を立てている。男はそれを気にせずにラージサイズのピザを頬張っていた。彼の名はスティーブン。冴えない中年男で、家族はいない。 ピザを食べながらスティーブンは、明日どうやって暮らしていけばいいのだろうと悩んでいた。勤務先の工場は、より有能な人材を確保するため、役立たずのスティーブンを解雇した。スティーブンは就職活動をしているが、彼が希望する職には彼よりも有能な若者達が就いており、スティーブンは全く相手にされなかった。ピザを食べ終えたスティーブンは、携帯電話で中華の出前を頼んだ。「酷でぇ人生だ。俺もこの屑アパートと同じだ。」 彼がそう言ってシンクに寄りかかりながら煙草を吸っていると、凄まじい爆発音がしてリビングが突然吹っ飛んだ。にほんブログ村
2011年10月18日
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