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最近歳三の帰りが遅い事に、総司は気づいた。 何処をほっつき歩いているんだろうかと思いながら、総司は屯所の前で歳三の帰りを待っていた。「総司、待ってたのか?」ふと夜闇に仄暗い光がさしたかと思うと、手に提灯を持った歳三が総司の前に現れた。「土方さん、遅かったですね。何処行ってたんですか?」「何処行ってたっておめぇ、島原で女達と戯れてたに決まってんだろ。」歳三はそう言って笑うと、総司の脇を通り過ぎようとした。「待って下さい。」総司は歳三の手を掴むと、自分の方へと引き寄せた。「土方さん、手首のこれ、何ですか?」「ああ、これか?」歳三の両手首に残る痣に、総司は嫌な予感がした。「女と戯れてたなんて嘘でしょう?」「ああ、確かにな。まぁ正確に言えば、男と遊んでやったと言った方が正しいかな。」「土方さん・・」総司が歳三を見ると、彼女は口端を歪めて笑った。彼女が何をしたのか、想像したくなかった。「いいか、近藤さんには言うなよ?」「あなたって人は・・」「女の俺が、近藤さんや壬生浪士組の為に働くなら・・この身体を使うしかねぇだろう?」「近藤さんが知ったらなんて・・」「だから口止めしてんだよ。総司、お前ぇは何も知らずにのんきな顔して笑ってろ。な?」「嫌です、出来ません。」総司はそう言うと、土方を抱き締めた。「やめろ、離せ。」「嫌です。」そのまま総司は歳三を連れて屯所を離れ、出逢い茶屋へと入った。「総司、何するっ・・」「あなたは酷い人だ、土方さん。僕の気持ちを知っていながら、自分の身体を武器にするなんて・・」「総司、俺を抱きたいなら抱けばいい。」歳三はそう言って総司を見ると、袴を脱いで下帯を取った。「どうした、俺を抱きたいからこんな所に連れ込んだじゃねぇのか?」「あなたは・・最低だ!」総司は顔を赤く染めながら、部屋から飛び出していった。「最低だ、ねぇ・・言ってくれる。」 勇のことを総司は昔から尊敬していた。歳三にとっては彼の屈託のない笑顔を見るのが、何よりの心の癒しだった。あの頃の総司は、まだ何も知らぬ子どもだった。あれから8年経ち、子どもだった総司は立派な青年へと成長した。もう現実を見てもいい年頃だ。(済まねぇな、総司。許してくれ。)あの頃にはもう戻れない。歳三はそんな事が解っているからこそ、敢えて総司を冷たく突き放した。彼を傷つけぬように。歳三にとって総司は、実の弟のような存在だ。(あいつの為に、俺は総司を突き放すしかねぇんだ。) 親狐は子狐がある程度の年齢に育ったら、自立を促す為に我が子を突き放すという。総司は自立をする時期なのだ。自分に向けられた無垢な眼差しは、これから世間の汚さを見るのだ。その所為で、あの綺麗な紫紺の瞳が濁るとしても。「許せよ、総司。」歳三がそう呟いた途端、部屋の襖が開き、1人の男が入って来た。*************************************************************************ここで中途半端なのですが、今年の更新はここまでにいたします。歳三の前に現れた男は誰なのかは、来年の更新で明かしたいと思います。では皆さま、良いお年を。にほんブログ村
2011年12月30日
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壬生浪士組―歳三達がそう呼ばれて何日か経ったある日のこと、夜明け前に歳三は井戸で顔を洗っていると、背後から人の気配を感じた。「誰かと思ったら土方か。」歳三が振り向くと、そこには芹沢鴨が立っていた。 水戸の過激派浪士である彼が、何故清河の誘いを蹴って京に残留したかは知らないが、厄介な事になりそうだと彼を一目見た瞬間、歳三は思った。「誰かとは、ひでぇ言い草だなぁ。賊なら良かったのか?」「いや・・それよりもお前は相変わらず白い肌をしているな。」芹沢の視線が、うなじからちらりと覗いた襟足に注がれた。そこはまるで白粉を刷毛で塗ったかのように生白く、美しかった。「野郎所帯の中で、お前だけは女みたいな顔をしているな。」「ふん、俺はどうせ色白の優男さ。」芹沢には己が女だということを明かしていない。いずれ互いの利害が一致する時、正体を明かしてやろうかと歳三が思っていると、突然芹沢に抱きつかれた。「てめぇ、何しやがる!?」「ほう、やはり俺が睨んだ通りだったようだな。」芹沢の手が歳三の着物の合わせ目から滑り込み、晒しで巻かれた豊満な乳房を揉んだ。「初めて見た時から女だと思ったが、やはりな。」「ふん・・だったらどうした? 抱きてぇなら抱けよ。」歳三がそう言って芹沢を見ると、彼は口端を歪ませて笑みを浮かべると、彼女の耳元に何かを囁いた。 数日後、会津藩の上役と勇と芹沢、歳三達は、島原の料亭で会合を開いていた。先ほどから会津藩士達がちらちらと歳三の方を見ては、何かを囁いていた。耳をそば立てなくても、話している内容など察する事ができた。「土方、ちょっと来い。」芹沢に手招きされ、歳三は彼の隣に座った。「先方には話はつけてある。」「・・解った。」 一昨日の夜、芹沢に女であることが露見し、彼から女だと周囲にばらされたくなければその身体を提供しろと歳三は言われた。(生娘ではなくてよかった。) 今まで「女」としての自分を受け入れられず、人知れず苦しんだ歳三であったが、勇や壬生浪士組の為に、「女」として役に立てる機会が来たのだ。「では、我らはこれで。行きましょうか、近藤さん。」「あ、ああ・・」勇は親友と芹沢の取引を知らずにいたので、歳三が座敷に残っていることを訝しげに思ったが、彼女は心配要らないといった風に勇に微笑んだ。「さてと・・邪魔者は居なくなりましたし、これからはどう楽しみましょうか?」襖が閉められ、静寂に満ちた座敷の中で口火を切ったのは歳三だった。「・・本当に、良いのだな?」ゴクリと生唾を呑み込む会津藩士の一人が、そう言って歳三に近づいた。「何を今更。」歳三はふっと笑うと、袴の紐を解いてそれを脱ぎ、足袋も脱ぎ捨て白い足を露わにした。「まずはじめに、わたしの足を舐めてください。話はそれからです。」嫣然と微笑む歳三の足に、二人の藩士達はむしゃぶりついた。(ふん、男ってやつは単純だな・・)その気がないのにそういう素振りを見せれば、尻尾を振って寄って来る。騙されていることなど知らないで。「次は、どうすればよい?」「それは、ご自由に。」「うぉぉ~!」 一人の藩士がそう雄たけびを上げると、歳三の晒しを乱暴に取り、赤子のように乳房を勢いよく吸い始めた。(声を少しでも出して、本気にさせるか・・)腹の中で歳三がそう思っているとはつゆ知らず、藩士達は目の前の女の身体に溺れていった。にほんブログ村
2011年12月30日
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各地を放浪し、ウィーンを留守にしていた皇妃エリザベートが珍しく宮廷行事に参加することとなり、宮廷人達の間ではその事がもちきりだった。だが、そんな彼らとは一線を画し、歳三はウィーン郊外の館で自由気ままな生活を送っていた。 年末年始をここで夫・アルフレドと過ごした彼女であったが、ウィーンには戻らずここで暮らすと、最後まで泣きつく夫の頭に拳骨を叩き込んで館から放りだした。 アルフレドと知り合ったのは、当時彼女が務めていたカフェでのことで、いかにも彼は世間知らずのお坊ちゃんといった風体だった。女を知らないなと思った歳三の勘は当たり、関係を結んでからアルフレドはことさらに結婚を迫り、そのしつこさに呆れた歳三が折れて晴れて夫婦になったのだが、アルフレドの母・エリューシカは息子が二回り上の女と結婚する事を知ると、猛反対した。 それもその筈、当時アルフレドにはマリアという伯爵令嬢の婚約者候補が居たのだから。もう自分のような年増よりも、若くて綺麗なマリアと結婚したほうがいいだろう―歳三はそう思いアルフレドを袖にしようとしたが、彼は諦めなかった。 結局、彼と夫婦になってから2年余りになるが、彼との間に子どもが授かることはなかった。それでもいいと、歳三は思っている。 アルフレドに勇との事を話した時、ひとつだけ彼女が話していないことがあった。それは、歳三が過去に犯した罪についてだった。 物心ついた時から、歳三は「女」であることに嫌悪感を抱き、剣術でも喧嘩でも負けなかったが、やはり腕力の差は歴然としていて、繁太から陵辱を受けた後、彼女は「女」であることを心底憎んだ。―俺は、男に生まれたかったのに!何度もそう思い、悔しさに泣いたことか。「女」という、絶対的に覆せない性別というものに激しいコンプレックスを抱いていた歳三だったが、その反面、ある頃から「女」であることを武器として働いたことがあった。勇とは恋仲になれずとも、彼の志とともに生きていたいと思った歳三は、彼の為なら身体を張ってでもその志を守り、夢を叶えてやりたかった。その為に、必死に歯を食いしばり、どんな理不尽な目にも耐えてきた。 繁太の子を身籠り、誰にも知られず子を殺そうとした歳三であったが、その前に子は流れてしまい、暫く歳三は床に臥せる日々を送った。元服して改名した総司こと宗次郎が、佐藤家にやってきたのは、そんな夏の日のことだった。「土方さん、調子はいかがですか?」「なんとも言えねぇよ。」「そうですか・・若先生・・じゃなかった、近藤さん、泣いてましたよ。出来る事なら俺が代わってやりたいって。」「そうか・・」総司にはあの事は知らせるなと伝えた歳三だったが、勘の鋭い勇は何かを感じ取ったのだろう。「土方さん、僕達と京に行きませんか?」「京に?」「ええ。近々上様が御上洛され、その警護として浪士を募集している清河という男が居て・・」「近藤さんは、何て言ってるんだ?」「近藤さんや斎藤さん達は浪士として上洛する事を決めました。あとは土方さんだけです。」 帝のおわす京は、過激派浪士達による幕府要人の暗殺が相次いでいるときく。そんな血腥い京に向かえば、もう後戻りはできなくなるのはわかっていた。それでも歳三は、勇達と上洛する事を決めた。これが、歳三が「男」―新選組副長・土方歳三としての第二の人生を歩み始めた瞬間だった。1863(文久3)年、江戸を出発した浪士達は中山道を経て、京へと到着する。そこで歳三達は、ある男との出逢いを果たす。にほんブログ村
2011年12月29日
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一夜明け、繁太に凌辱された歳三は高熱を出し、数週間寝込んだ。「う・・勝ちゃっん・・勝ちゃっ・・」歳三が時折うわ言で呼ぶのは、親友の名だった。「歳、可哀想に・・どうして・・」姉・のぶは凌辱を受け、高熱にうなされる妹の手を握りながら、涙を流した。 六つの時に母を亡くした末妹を育てた彼女は、最愛の彼女が女性としての尊厳を傷つけられてしまっている姿を直視することができずにいた。宗次郎に背負われた彼女を見た時、彼女の全身に残る痛々しい赤黒い鬱血痕と、内腿を濡らす血と白濁液に、のぶは絶句した。「旦那様、これからどうすれば・・」「それは歳本人が決めることだ。」 歳三の高熱は事件から数日後に漸く下がり、床上げした彼女は病み上がりの身体を押して試衛館へと向かった。「歳、来たか。最近顔を見せないから、心配したぞ?」「いやぁ、夏風邪をこじらせちまってな。」そう言って笑う歳三を、宗次郎は何か言いたげに見ていた。 あの夜の事は、歳三と宗次郎だけが知っているが、宗次郎はそれを勇に口外するほど口が軽くなかった。勇を呼ぶなとあの時歳三が言ったのは、あんな酷い有様を親友に見せたくないという彼女の本心からだったのだろう。まだ本調子ではない身体を押して厳しい稽古に臨んだ歳三は、いつものように勇の隣で笑っていた。(土方さんは、本当に若先生の事が好きなんだ。) 恋仲にはならなくとも、友愛で結ばれている二人の姿を、宗次郎は遠巻きに見つめながら稽古を再開した。「宗次郎、どうした?」「身体、大丈夫ですか?」「ああ。繁太の野郎は必ずとっ捕まえてやるからよ。じゃぁな。」歳三は宗次郎にそう言って微笑んだ。 夕餉を食べようと炊き立ての飯が入った椀を開けた歳三だったが、その臭いが鼻先を掠めた途端、激しい吐き気が襲ってきた。「どうした、歳?」「いや・・なんでもねぇよ。」慌てて笑顔で取り繕って平然とした様子を勇に見せた歳三だったが、頭の中には忌まわしい事実が過った。(まさか・・)どうか勘違いであって欲しい―歳三の嫌な予感は的中し、彼女は繁太の子を身籠ってしまった。「それで、どうしたの?」「どうしたもこうしたも・・犯されて身籠った子を産めるかよ。」妻の隠された過去を聞いた夫は、じっと彼女を見ると、彼女は何処か辛そうな顔をしていた。「子どもは誰にも知られねぇよう堕ろそうとしたんだが・・その前に流れちまった。」歳三はそう言って下腹を擦った。「じゃぁ、その時の所為で・・」「それは違う。今日はもう遅いし疲れたから、寝るとするか。」歳三は椅子から立ち上がると、寝室へと向かった。 一人になった彼女の夫・アルフレド=シュトルゼンはもっと彼女の事を知りたいと思い、慌てて彼女の後を追った。「トシ、寝てるの?」寝室に入ると、寝台の上ではシーツに包まった歳三がすやすやと寝息を立てていた。 アルフレドはそっと彼女の夜着を捲り、引き攣った右脇腹の傷を撫でた。「ん・・」歳三が微かに身じろぎし、アルフレドは慌てて彼女から離れた。あの傷は、一体何処でつけたのだろうか。その事も知りたいが、もう夜は更けている。「おやすみ、トシ。」アルフレドは年上の妻の額に唇を落とすと、寝室のドアをそっと閉めた。にほんブログ村
2011年12月28日
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一部暴力描写あり。苦手な方は閲覧なさらないでください。 1861(文久元)年8月、勇は府中六所宮にて天然理心流宗家四代目襲名披露を行い、その野試合とその後の祝宴は賑やかに行われた。「おめでとうございます、若先生。」「ありがとう、宗次郎。お前もそろそろ元服をしなければな。いつまでも前髪のままでは、塾頭として恥ずかしいだろう?」内弟子である宗次郎から受けた祝い酒を飲みながら、勇はそう言って彼を見た。 8年前は痩せぽっちのチビであった彼は、今や試衛館の塾頭を務めるまでの才能を持ち、体つきは華奢ではあるが勇と肩を並べて歩くほどの背丈となった。「そうですねぇ、若先生も宗家を継がれたのですし、考えてみます。あれ、土方さんは?」「歳なら、外に出て来るといって、さっき出ていったぞ。」「そうですか。じゃぁ僕、土方さんと話してきますね。」宗次郎はそう言って、祝宴を抜け出した。 厳しい夏の盛りでありながらも、夜は昼ほど蒸し暑くはなく、寧ろ夜風の冷たさが冬のそれとは違い肌に心地よく感じる。歳三は川沿いの茂みの中で寝そべりながら、空に浮かぶ月を眺めていた。彼女が思うのは、天然理心流宗家の跡目を継いだ親友の事だった。 もう勇とは、昔のように冗談を言い合うような気軽な関係ではなくなってしまった。たとえ彼が未だに自分の事をそう思っているのだとしても、勇には妻が居る。(せめて、俺の初物を勝っちゃんにやったからいいかな・・)あの薄汚い男に己の純潔をやるよりも、親友に捧げた方が幾分かは良かった。だが一線を越えてしまったことで、勇が妻を―武家の娘を娶ったことを知った時の虚しさは、いつまで経っても消える事がなかった。「トシよぉ~、こんなところに居たのかぁ?」「て・・めぇ・・」そろそろ戻ろうかという時に、茂みの中から繁太が踊り出て来て歳三の両肩を押さえつけた。「離せ、離しやがれ!」「ふひひ、そう言われて俺様が離すわけねぇだろう?」繁太はそう言うと、既にいきり立った己の一物をまだ堅く閉じている歳三の蕾に一気に押し入れた。「う~!」半身を裂かんばかりの激痛が歳三の全身を襲い、彼女は四肢を強張らせ、口端から泡を吹いた。「はぁ、きついねぇ・・食いちぎられそうだぜぇ。」繁太はだらしなく口を開けて涎を垂らしながら、盛りがついた雄犬のように腰を振り始めた。「はぁ、堪んねぇなぁ、このまま出しちまうぜぇ!」「や、やめろっ!」歳三はそう繁太に懇願するも、彼の欲望が中に迸る感触がして、彼女は堪らずその場で嘔吐した。「ふへへ、中に出してやるからよぉ~、俺様の種をよぉ~」繁太は逃げようとする歳三の両足を掴んで自分の方へと引き寄せると、また腰を一心不乱に振り始めた。「土方さん、何処行ったのかなぁ?」 一方、宗次郎は祝宴の最中姿を消した歳三を探しに試衛館近辺を捜索したが、何処にも彼女の姿はなかった。「もう、土方さんったら・・またどっかで不貞寝してるのかなぁ?」宗次郎が溜息を吐きながら試衛館へと戻ろうとしていると、不意に血腥い匂いが彼の鼻先を掠った。「宗次郎か?」「ひ、土方さん?」咄嗟に宗次郎が背後を振り向くと、そこには着物と袴が泥と血で汚れ、乱暴に破かれた袖から剥き出しになった白い肌に血を滲ませた歳三の姿があった。 一目で彼は、歳三が何者かに凌辱を受けたのだとわかった。「今若先生を・・」「近藤さんには知らせるな。それよりも水を・・」歳三はよろよろと宗次郎へと近づいてそう言った瞬間、気を失った。「土方さん、しっかりしてください!」にほんブログ村
2011年12月28日
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皆様、2011年もあと3日で終わりですね。今日は家の窓ふきや掃除機をかけたり、布団カバーを干したりして身体が温まりました。今後の更新予定ですが、12/31から家族で旅行(といっても近場ですが)で留守にいたしますので、それまで小説を毎日更新してゆきます。2011年、妄想の赴くままに書き散らした小説の連載を完結させて参りましたが、2012年も小説を更新してまいりますので、どうぞ宜しくお願い致します。2011.12.28 千菊丸
2011年12月28日
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性描写あり。苦手な方は閲覧なさらないでください。「馬鹿だよな、俺は。お前の気持ちに薄々気づいていながら、気づかない振りをしていたなんて。」勇は自嘲めいた笑みを浮かべながら、歳三を見た。「勝っちゃん・・俺は・・」「何も言うな、歳。ただ、お前を・・」「勝っちゃん・・」歳三と勇は見つめ合い、唇を重ねた。もう、言葉などいらなかった。「ん、やぁ・・」部屋の中に、淫らな水音と二人の荒い息に満ちていた。 歳三は親友に組み敷かれ、一糸纏わぬあられもない姿で彼に豊満な乳房を揉まれ、陰核を激しく掻き回されていた。「勝っちゃ・・」「辛いなら、やめてもいいんだぞ?」「馬鹿野郎・・こんな状態で、やめるなよ・・」勇は歳三の中に指を激しく入れて掻き回した後、そこに顔を埋めて舐め回した。「んやぁぁ、そんな汚いとこ・・」「綺麗だよ、歳。」勇はそう言うと、歳三に微笑んだ。「馬鹿野郎、冗談でもそんな気の利いたことを言うんじゃねぇよ。柄にもねぇ。」「酷いなぁ、歳。そろそろ、いいか?」勇は歳三の濡れそぼった蕾を見て生唾を呑み込みながら、彼女の艶やかな黒髪を一房、優しく梳いた。「いいぜ、あんたなら・・」勇は歳三の両足を割り開き、自分のものを宛がった。「んんぅ!」勇のものがおのれの隘路を奥まで貫こうとしているのを、歳三は痛みで呻きながら見ていた。「辛いか? 辛いだろうな・・すまん、歳。」勇は何度もそう言いながら、歳三の頬を撫でた。「俺は・・あんたにずっと抱かれたいと思ってた。」「そうか・・てっきり恨まれるんじゃねぇかと思ってたが、良かった。」勇はそう言うと、唐突に激しく腰を動かし始めた。「勝っちゃん、そん・・急に・・動いたら、あぁ!」「歳、お前の中は温かいな。蕩けちまいそうだ。」「ん・・言うな・・」「照れるところも、好きだよ。」やがて勇のものが膨れ上がり、熱いものが中に放たれた感触がして、歳三は気を失った。「若先生、いらっしゃいますか?」宗次郎は勇に歳三との関係を聞こうと彼の部屋へと向かったが、中から勇の声がしないので襖を開けようとした。 その時、慌てふためいた足音と衣擦れの音がしたかと思うと、勇が襖を開いて顔だけ覗かせて宗次郎を見た。「どうした、宗次郎? 部屋の掃除は済んだのか?」「はい・・あの、若先生に聞きたい事があって・・」宗次郎がちらりと襖の向こうを見ると、部屋の奥に誰かが服を着ているところだった。 その誰かが自分の知っている者だと解ると、宗次郎は一体ここで何があったのかを理解した。「どうした、宗次郎?」「いえ、何でもありません。」(そんな・・若先生が土方さんと・・)いつも勇が歳三と楽しそうに話しているのを見ていた宗次郎だったが、あくまで友人として親しいのだと彼は思っていた。 だが、それは違ったのだ。勇の事を心底尊敬しているのは、今も変わらない。だが土方の事をどう思っているのか、自分にも解らない。しかし勇と彼女が一線を越えてしまったことは、まだ幼い子どもである自分にも解った。 もやもやした気持ちを宗次郎が抱えたまま月日が過ぎ、勇が天然理心流宗家四代目襲名披露をする野試合の日を迎えた。にほんブログ村
2011年12月27日
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「おうトシ、来てたのか。」「あ、若先生!」 先ほどまで自分に膨れ面を作っていた少年は勇の顔を見るなり、笑顔を浮かべて彼の方へと駆け寄った。「おい勝っちゃん、この可愛くねぇガキはここの内弟子だっていうじゃねぇか? こんなに痩せっぽちのチビが、まともに木刀振るえるのかねぇ?」歳三が意地の悪い笑みを浮かべながらそう勇に尋ねると、少年―沖田宗次郎はキッと彼女を睨んだ。「若先生、あの方女子なのにどうして男の格好をしているのですか? あんなに口が悪いと、嫁の貰い手がありませんよ。」「ふん、だったら俺をお前が貰ってくれるっていうのかよ?」「お断りいたします。あなたみたいなバラガキ、手に負えませんもの。」「野郎、ガキだと思って下手に出りゃぁいい気になりやがって・・」歳三が低く唸り拳を鳴らすと、勇が慌てて二人の間に割って入った。「若先生、この人怖い~」「宗次郎、目上の者には失礼な物言いをするなと何度も言い聞かせただろう? すまんなトシ、こいつの事は俺に免じて許してやってくれ。」「勝っちゃんがそう言うなら、いいけどよ。」歳三がそう言って勇の背に隠れた宗次郎を見ると、彼は彼女だけに舌を見せていた。(このガキ・・いつか締めてやる。)歳三と宗次郎の第一印象は、ともに最悪だった。 それからというものの、二人は顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。「土方さんはがさつで乱暴者だから、誰にも貰ってくれませんよ。」「うるせぇ、お前ぇみたいな可愛げのねぇガキ、こちとら願い下げだ!」「いいですよ、別に。」宗次郎はそう言って舌を出すと、箒を片手に中庭の掃除へと向かった。「歳、また宗次郎と喧嘩してたのか?」「源さん・・」背後から声がして歳三が振り向くと、そこには勇の兄弟子である井上源三郎が立っていた。勇よりも浅黒くはないものの、小麦色に焼けた健康的な肌には稽古の賜物である均整のとれた筋肉が道着の隙間から見えた。「あのガキ、見た目は栗鼠みてぇに可愛い癖に、口が達者で生意気な奴だぜ。」「まぁまぁ、宗次郎は勇のことを慕っているからなぁ。勇の親友であるお前に嫉妬してるんだろうよ?」「俺に嫉妬だと、あのガキが? 冗談言うなよ。」歳三は源三郎の言葉を笑い飛ばすと、勇の部屋へと向かった。「勝っちゃん、居るか?」部屋の襖を開けると、勇が何か思いつめたような顔をしていた。「勝っちゃん?」「ああ、トシか。少しぼうっとしてた。」「どうしたんだよ? 何か悩み事でもあるのか?」「それがな・・」勇は歳三に、いずれ天然理心流宗家の跡を継ぐことを話した。「そうか。良かったな、勝っちゃん。」「良くねぇよ。義母上が宗家を継ぐのだから身を固めろと言ってきたんだ。」「え・・」勇が天然理心流を継ぐにあたり、いずれ何処か良家の娘を娶るつもりなのだろうと歳三は思っていたが、やはり“その時”は着実に近づいてきていた。「別に、いいじゃねぇか。もう俺は勝っちゃんの事を諦めたんだから、これからもダチとして支えて・・」「違う、違うんだトシ!」急に勇が大声を出したので、歳三はビクリと身を震わせた。「俺は、お前が好きなんだ!」「かっちゃ・・」「お願いだトシ、今日だけ俺の我が儘を聞いてくれないか?」真顔で勇に見つめられ、歳三の胸が高鳴った。「なんだよ、我が儘って?」「・・俺に、抱かれてくれないか?」「勝っちゃん・・」 逞しい親友の腕に抱かれ、歳三は喜びと、彼と一線を越えることへの躊躇いが胸の中で交錯していた。にほんブログ村
2011年12月27日
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「ほら、これで泥汚れを落とせ。」 夜半過ぎ、勇に連れられて試衛館へと入った歳三は、彼から渡された手拭いを水に浸し、足についていた泥を落とした。「義父上達が寝ててよかった。今のお前の姿を見ると、義母上が口やかましく言うだろうからな。」「すまねぇな、勝っちゃん。俺の所為で・・」鮮やかな振袖は泥で汚れ、美しく結いあげられた髪は乱れてざんばらになっていた。 一目で男に凌辱を受けたとわかる格好でふでに会ったら、色々と矢継ぎ早に聞かれることだろう。そんな彼女を慮って、勇は着替えを用意してくれた。「なぁ勝っちゃん、どうして俺だと解ったんだ?」「義母上が今日お前が見合いするというから、どんな風に化けたのか江戸に出稽古に行く最中に遠目で見てたんだよ。」「はん、化けて悪かったな。でもあの野郎に犯される前に助けてくれてありがとうよ。」「なぁトシ、見合いの相手だが・・あいつと夫婦になるのか?」「なるわけねぇだろ。あいつにはほかに相手が居るだろうさ。まぁ、俺ぁ誰の嫁にはならねぇよ。」歳三がそう言って勇に向かって笑うと、彼は歳三を抱き締めた。「トシ、俺とならいいのか?」「何言って・・」「お前が誰かの女房に収まらない女だってことは知ってる。けど俺はそんなお前を妻に迎えてもいいんだぜ。」「よせやい、勝っちゃんらしくねぇ。」歳三は勇の言葉を鼻で笑うと、彼から離れた。「勝っちゃん、気持ちはありがてぇが、俺は自分の為に生きてぇんだ。あんたとはダチでいてぇんだよ。」「トシ・・それがお前の本心なのか?」「ああ。着替え、ありがとうな。向こうで着替えてくるわ。」何だか居たたまれなくなり、歳三は台所から離れると、泥で汚れた振袖を脱ぎ、男物の着物に着替えようとした。 だがその時、運悪く襖が開き、ふでが部屋に入って来た。「おやまぁ、なんて酷い格好してんだい。」ふではじろりと歳三を見ると、乱れた彼女の髪に触れた。「あんた、勇に気があるんだろう?」「そんな事は・・」「さっきの、あたし全部聞いちまったんだよ。勇はいずれ天然理心流を継ぐ者だから、然るべきところの家のお嬢さんを嫁に貰わないとねぇ。」遠回しにふでは、勇が歳三と結婚すると言っても、二人の結婚を認める訳にはいかない旨を、歳三に告げていた。「歳、あんたは天然理心流の門下生面してここに出入りしてるようだけど、あんたはここの門下生でも何でもないんだからね。勇の事は諦めて欲しいんだよ。」「諦めるも何も、俺と勝っちゃんはただのダチだ。勘違いしねぇでくれよ。」「そうかい。くれぐれも分を弁えるこったね。」ふでは不快そうに鼻を鳴らしながら、部屋から出て行った。(自分の分くらい、弁えてるよ。) 密かに勇に想いを寄せていた歳三であったが、彼とはこれからも良い友人同士でいたい―彼女は勇への恋心を断ちきった。 河原での一騒動の後、歳三は天然理心流の門下生となり、これまで以上に勇と友人としていい関係を築いていった。そんなある日の事、歳三がいつものように試衛館の軒先で休んでいると、9つか10位の少年がじっと彼女を見つめていた。「何だお前ぇ、ここの内弟子か?」「どうして土方さんは女子なのに、男みたいな喋り方してるんですか?」少年の言葉に、歳三はふんと鼻を鳴らした。「乳臭ぇガキには関係のねぇこった。」「ガキではありません、ちゃんと宗次郎という名前があります!」少年は歳三に反論すると、頬をぷぅっと膨らませた。(何だぁ、可愛くねぇガキだなぁ。) これが沖田総司と歳三の出逢いだった。にほんブログ村
2011年12月26日
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※挿絵はMARRISA様から頂きました。 約束の時間を過ぎても、縁談相手は来なかった。「義兄さん、もう帰るぜ。」歳三がそう言って欠伸をすると、彦次郎が慌てて彼女を肘で突いた。「トシ、もう少しの辛抱だ。」「でもよぉ、さっきから胸を締め付けられて苦しいったら・・」歳三がちらりと周囲を見渡すと、橋の向こうから一人の若侍がこちらへと向かってくるのが見えた。 女と見紛うほどの、切れ長で色白の美男子。「すいません、遅れました。」「いえいえ。紹介いたします、こちらはわたしの義妹・トシです。トシ、ご挨拶を。」「トシです。」歳三がそう言って若侍に頭を下げると、彼はにっこりと微笑んだ。「伊東大蔵と申します。噂には聞いておりましたが、まるで美人画から抜け出てきたようなお美しい方ですね。」若侍の言葉に、歳三は思わず照れた。「トシは昔から喧嘩が強くて、男に混じって剣術や道場破りなどをしておりましてね。今の姿はかりそめのものですよ。」「まぁ、義兄上ったら、御冗談を。」こめかみに青筋を立てながら、歳三は袖口で口元を隠しながら笑った。「トシさん、わたくしと少し話しませんか?」「ええ。」歳三は暫く無言で、若侍とともに川沿いを歩きだした。「トシさん、いつかわたくしの道場へやって来たことがありましたね。」「え、ええ・・」彼の顔に見覚えがあったのは、ある道場で道場破りをしたことがあったからで、そこで顔を見た。「あの時あなたは長い髪を一纏めにして、背に薬箱を背負って木刀一本でうちの門下生たちをたった一人で倒しましたね。」若侍―伊東大蔵は、そう言って歳三の手を握った。 その手は女子のものではあったが、白魚のような滑らかなものではなく、少し節くれ立っていた。「トシさん、今日のあなたは美しいが、わたしはいつものあなたの方が好きだ。」「伊東様・・」伊東からの言葉を受け、歳三は驚きで目を見開いた。彼にはお見通しなのだ。「今日は付き合っていただいてありがとうございました。では失礼を。」「もう少しで日が暮れます。家まで送りましょう。」「いえ、いいのです。」歳三は伊東に頭を下げると、しゃなりしゃなりと彼に背を向けて歩き始めた。 暮れなずむ多摩の河原を歩きながら、歳三は溜息を吐いた。慣れない女物の着物を着て、裾を捌きながら歩くのは労力が居る。帯の締め付けが苦しくて息が出来ないし、結われた髪に簪が挿してあって重たいので、時折頭がぼうっとする。 歳三がまた茂みの奥から物音がすると思いながら歩いていると、彼女はあっという間に茂みの中へと引き摺りこまれた。「うひひ、随分とめかしこんでやがるじゃねぇか、歳よ?」黄色く欠けた歯を見せ、臭い息を吐きながら繁太は歳三の振袖の裾を割り、帯を緩めた。「くそ、離しやがれ!」いつものように身軽な格好をしていないことが仇となり、歳三は繁太に地面に押さえつけられたまま抵抗できずにいた。彼の節くれだった手が黒い茂みの奥へと入り、荒い鼻息が歳三の恐怖を増幅させた。「そんなに怯えるなよぉ、優しくしてやるからよぉ。」―誰か・・ 歳三の声が天に届いたのか、再び茂みの方から音がしたかと思うと、繁太が悲鳴を上げた。「歳を離せ、この下衆野郎が!」バキッという鈍い音がして、地面に倒れた繁太の代わりに、親友の姿が見えた。「勝っちゃ・・」 歳三は何かを言おうとしたが、声を詰まらせて勇の方へと駆け寄り、親友の胸に顔を押し付けて泣いた。あとがきお見合いのシーンは適当です。にほんブログ村
2011年12月25日
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「ふひひ、いつ見てもいい女だぜぇ。」(畜生、寄りにも寄ってこいつに見つかるなんて・・)いつも通い慣れた道だと思い、歳三は完全に油断していた。 目の前に立っている男は、繁太(しげた)といって女癖が悪く、近所の鼻つまみ者だった。四十をとうに過ぎているというのに所帯を持たず、博打や女、酒に溺れ、夜の闇に乗じては若い娘を凌辱するという噂が立っていた。村に住む妙齢の娘達は親から日暮れまでには帰ること、絶対に川の傍を通るなと厳しく言いつけられたお蔭で繁太には出くわさなかったものの、母親代わりの姉・のぶの言う事に耳を貸さなかった歳三は、とんでもない災難に今遭ってしまった。「生白い肌はどんな感触がするのかねぇ?」繁太の手が歳三の頬を擦り、にたぁと笑った。「俺に触んな!」「ふひひ、そんなに嫌がんじゃねぇよ。じっくり可愛がってやるからよぉ~」邪険に払いのけた手を繁太は擦りながら、欲望に滾った目で歳三を見た。「来るな、殺すぞ!」「いいねぇ、俺ぁ大人しく抱かれる女よりも激しく抵抗する女が好きなのさぁ。」繁太は歳三の全身を舐め回すかのように上から下まで見ると、電光石火の動きで彼女の合わせに手を入れ、晒し越しに豊満な乳房を揉んだ。「ふひひ、堪んねぇなぁ、まるで綿飴みてぇにふわふわしてらぁ。」「この下衆が!」歳三は繁太に吼えたかと思うと、彼の股間に膝蹴りを喰らわした。彼が痛みに悶えている間に、歳三は茂みを掻き分け、難を逃れた。(畜生、危ねぇところだった。)乱れた着物を直しながら、歳三は溜息を吐いた。 幾分か落ち着いて来たが、未だに繁太のあの臭い息が耳元で感じるような気がして、歳三は吐き気を催した。彼に触られたところがまるで腐っていくのではないのかと思うほど、気持ちが悪い。口うるさい姉の言う事を、聞いていればよかった。聞いていれば、こんな目に遭う事もなかったのに。「畜生!」何故女などに生まれたのだ。男に生まれていれば、薬の行商や剣術について周りからあれこれ小言を言われることもなく、あの薄汚い男から屈辱を与えられることもなかったろうに。 女に生まれただけで、何故自分だけこんな不平等な目に遭わねばならないのだろう。(来世では男になりてぇ。いや、もう俺ぁこれから男として生きる。)誰が何と言おうとも、もう男として生きてゆこう―屈辱に塗れ、打ちひしがれながらも歳三はそんな決意を胸に宿らせた。 彼女に縁談が来たのは、そんな時だった。「トシ、あんたもいい年頃だから、相手を見つけてきたわよ。」「はぁ? 俺ぁまだ結婚する気はねぇよ。」家族と夕食を取っていた時に姉から縁談を持ち出され、歳三はそう言って姉を見ると、彼女は深い溜息を吐いた。「あんたって子は、いつまで経ってもそうなんだから。小さい時から男の子に混じって喧嘩や乱暴な遊びばかりして。もういい加減、男の格好はやめなさいよ。」「今更女に戻れつってもなぁ、俺ぁこの格好が気に入ってるんだよ。」歳三は頑として縁談には首を縦に振らず、のぶと義兄の彦五郎を困らせた。結局、“一度だけ会うだけでもいいから”と彦五郎に泣きつかれ、歳三は髪を結い、振袖を着て見合いの場所へと向かった。「言っとくが、会うだけだからな!」「わかってるよ、トシ。だからそんな顔するなって。」「ったく、動きにくいたらありゃしねぇ・・」初めて袖を通した女子の着物は、動きにくい上に帯で胸を締め付けられて苦しいことこの上なかった。 さっさと終わらせて早くこの窮屈な物を脱ぎたいと思いながら歩く彼女の姿に、男達の目が惹きつけられているのを歳三本人は全く気づかないでいた。にほんブログ村
2011年12月25日
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※挿絵はMARRISA様から頂きました。「聞いたか? 浦賀にでっけぇ黒船が停まってるらしいぜ!」歳三(としみ)がそう興奮した様子で親友を見ると、彼は瞳を輝かせていた。「どんなもんなんだろうなぁ、一度見に行ってみたいもんだなぁ・・」「それじゃぁ黒船見に行こうぜ、勝っちゃん!」歳三が勇の手を握ると、彼は彼女の言葉に少し困ったように頷いた。「行きたいのは山々なんだがなぁ・・」「道場のことはおかみさんや周斎先生に任せときゃぁいいじゃなねぇか。死ぬまでには一度見てぇもんだろ?」「あら歳さん、また来たのかい?」近藤の養母・ふでがそう言って勇と歳三の元へとやって来て、歳三をじろりと睨んだ。「あんた、またそんな格好して。年頃の娘なら、髪でも結って着飾ればいいものを。」「お生憎様だが、俺はあんなひらひらした動きにくいもんは似合わねぇんだ。それじゃまたな、勝っちゃん。」いつもなら勇と道場で打ちあうのだが、ふでが居てはやりづらいので、歳三は早々に退散する事にした。「勇、あんた歳さんのことどう思ってんだい?」「どうって・・トシは俺にとっては親友だけど・・何でそんな事を言うのですか、義母上?」「あの子もう18だろう、嫁に出すにはいい年じゃないか。のぶさんが一向にあの子が女子の嗜みも身につけないで遊び歩いてるって愚痴聞かされてねぇ。全く、男のなりをして何が楽しいんだか・・」ふでは言いたい事を言うと、台所の方へと消えてしまった。(トシは、女になんか生まれたくなかったのかもしれないなぁ・・)初めて歳三と会った時、勇は彼が男であることに何の疑いを持たなかった。役者絵から抜け出たようなきりりとした切れ長の黒い瞳に、雪のように白い肌をし、華奢な身体をした歳三を見て勇が抱いた第一印象は、この世にこんなに美しい男がいるものなのかと思ったほどだ。 だが、歳三が女だと知った時、勇は驚くどころか、歳三が女であっても彼女と親友になりたいという気持ちは変わらなかった。歳三の方も、勇のことを友人として接してくれ、互いの事は男女として意識する事はなかった。 そう、今までは。歳三が女としてではなく、男として生きていたいと思っているようだが、世間はそんなに甘くはない。歳三と同じ年頃の娘達は裁縫や礼儀作法を身につけ、行儀見習いとして呉服屋に奉公していづれは何処かの家へと嫁ぎ、跡継ぎである男児を産むのが普通だ。それが女としての宿命であり、それ以外の道を開くことはかなわない。だが歳三は、「普通の女子」以外の道を開こうとしている。(歳、お前にもいつかいい人が見つかるといいなぁ。お前の夢を理解してくれて、お前を大切にしてくれる人が・・)「若先生!」背後から元気のよい子どもの声が聞こえて勇が振り向くと、そこには周斎の内弟子となった沖田宗次郎が立っていた。「どうした、宗次郎?」「若先生、剣術の稽古をつけてください。」少年の円らな黒い瞳に、強い意志の光が宿っていた。「わかった。ついて来い、宗次郎!」「はい!」屈託のない笑みを浮かべながら、宗次郎は勇の手を握り、道場へと向かった。(いつか、若先生みたいな男になりたい!)自分と並んで歩く勇の逞しい背中を見つめながら、いつか彼と肩を並べられるような男になりたいと、宗次郎はそう思い、彼から剣術の稽古を受けた。 一方、歳三は多摩の河原で寝そべりながら、これからの事を考えていた。(俺ももう18か・・)溜息を吐きながら青い空を眺めていると、茂みの方から騒がしい足音が聞こえた。「誰か居るのか?」歳三が身構えて茂みの中に潜む者に呼びかけると、出てきたのは中年の太った男だった。「なんだぁ、誰かと思ったら土方さんところの歳じゃねぇか。」男はそう言うと、臭い息を吐きながら口端を歪めて笑った。にほんブログ村
2011年12月25日
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「これは驚いた。あなたでも狩りをなさるのですね?」「まぁな。家の中に籠ってばかりいるのが嫌だから、たまにな。」 ブラック・レディはそう言うと、倒れた牡鹿の前で手を合わせると、その遺体を運ぼうとした。 だがその時、牡鹿は最後の抵抗として、彼女の腹部を蹴って立ち上がり、森の奥へと消えた。「畜生・・俺の獲物が。」彼女は自分の怪我よりも、獲物を逃がしてしまったことの方が悔しいらしく、舌打ちした。「傷の手当てをいたしましょう。」「おう、済まねぇな。」ルドルフ達が滞在している館で、ブラック・レディは怪我の手当てを受けることになった。「すいませんが、服を脱いで貰えますか?」「ああ、わかった。」彼女は躊躇いもなく男達の前でシャツを脱ぎ、上半身裸となったが、羞恥に顔を赤らめる男達を見ると、慌てて胸元をシャツで隠した。「骨は、折れてませんね。」ルドルフ達によって呼ばれた医師により診察を受けたブラック・レディは、怪我の具合が酷くないことを知り安堵の表情を浮かべた。「この傷は?」医師が注目したのは、右脇腹に醜く残る銃痕だった。「ああ、これは昔のもんだ。用がねぇんだったら帰ってくれ。」しっしっとブラックレ・レディは医師を部屋から追い払うと、シャツを着て欠伸をした。「それにしてもブラック・レディ、御主人はどちらに?」「ああ。多分俺の怪我の事聞いて顔を青くしながら飛んでくるんじゃねぇか?」その言葉通り、館の使用人に案内された男が部屋に入って来た。「トシ、ここに居たんだね!」男はそう言ってブラック・レディを抱き締めた。「ひっつくなよ。ほら、帰るぞ。」「待ってくれ~!」二回りも年下の夫を従えて館を出て行く彼女の背中を、ルドルフは見送った。「トシ、本当にここで暮らすつもりなのかい?」「ああ。ここなら口煩せぇ女達の話が耳に入ってこねぇからなぁ。ウィーンにはお前だけが帰ってくれねぇか?」「そんな・・」「年増の女房なんざ捨てて、若けぇ女と再婚しやがれ。そうすりゃぁおふくろさんだって安心するだろうよ。」ブラック・レディはそう言って自分に泣きつく夫を睨んだ。 半ば強引に彼から結婚を迫られる形となって夫婦として暮らし始めて2年半が過ぎるが、夫との間には子宝は恵まれず、どこぞの馬の骨とも知れぬ年増女を、夫の母は未だ嫁とは認めていない。「お願いだ、別れないでくれ。」「煩せぇなぁ。ったく、めそめそ泣くんじゃねぇよ。勇さんも泣き虫だったが、お前ぇよりもマシだったぜ。」妻の口から度々出て来る男の名に、夫は嫉妬に駆られた。「君とその男はどういう関係だったんだい?」「そんなもん、聞くんじゃねぇよ。」「まさかその男と会っているのか?」「死人にどうやって会えんだよ? まぁ、この際だから少し昔話でも話そうかね。」外に粉雪が舞い散り始めるのを窓から眺めながら、ブラック・レディ―新選組副長・土方歳三は夫に10年以上前の出来事を話し始めた。 時は浦賀にペリー率る黒船が来航した頃にまで遡る。歳三はまだ18かそこらになったばかりで、長い髪を一括りにして結び、薬箱を担いで行商をしながら多摩の試衛館道場へと顔を出すのが日課になっていた。「勝っちゃん、居るか!?」「トシ、また来たのか。それに、もう俺は勝太じゃねぇぞ。」「すまねぇなぁ、つい・・」親友・近藤勇の事を昔の名で呼ぶ歳三に、勇は少し照れた。彼は歳三が女であることを知っている数少ない者の一人だった。にほんブログ村
2011年12月24日
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「で? こんな婆と踊った訳を聞かせてくれねぇかい?」「理由などありません。ただ、先ほど女性達があなたのことを噂していたものですから・・」ルドルフはそう言うと、ブラック・レディを見た。「ふん、どうせまた碌な事話してねぇんだろ? まぁ、年増女と結婚する若ぇ男の気がしれねぇんだろうよ。」彼女は朗らかな声で笑うと、澄んだ黒い瞳でルドルフを見た。肌は雪のように白いが、髪も瞳も黒いのは東洋人だと彼は一目で解った。 東洋の女は西洋の女と比べて幼く見えるときくが、ブラック・レディは40をとうに過ぎているというのに、顔には皺が全く目立たない。「珍しいか? 珍しいよなぁ、お前らにとっちゃ東洋の女にお目にかかるのは売春宿以外何処にもねぇもんなぁ。」「もしかして、あなたは・・」「一時期春を鬻いでいた時期があったなぁ。もう随分昔の事だがな。」ブラック・レディはそう言うと、ルドルフを見た。シャンデリアの光を弾いて、漆黒の双眸が一瞬緋に光ったような気がした。「アレキサンドライト・・」光の反射によって色を変える宝石―ブラック・レディの瞳は、その不思議な宝石に見えた。「あなたの名前はなんと?」「・・名も何もねぇよ。本当の名なんざとうに捨てちまった。」彼女がフッと寂しげに口元に笑みを浮かべると、ルドルフから離れた。「楽しい夜をありがとよ。」「待ってくれ・・」ルドルフは慌てて後を追おうとしたものの、ブラック・レディは既に大広間から姿を消していた。「ルドルフ様、ミッチェルですわ。」「初めまして。」恥じらいながら自分に挨拶する令嬢に、ルドルフは愛想笑いを浮かべた。「さぁ、踊りましょうか?」「喜んで。」 大広間から流れてくる音楽と話し声を聞きながら、ブラック・レディは溜息を吐きながら廊下を歩いていた。ああいった場所はなかなか好きになれない。昔から、自分は他の女達と違って髪を結うことも、振袖を着る事もなく、長い髪を一纏めに結んで男物の着物を着て剣術や薬の行商をしていたのだ。 女だからといって、男がする剣術や喧嘩を一方的に“するな”と言われ、それに従う性分ではなかったし、寧ろ周囲に己の事に色々と指図されて堪るかという思いで生きてきたのだ。 だから、親友の近藤勇と組んで暴漢を倒したりしたし、京で「鬼の副長」として采配を振るってきたのだ。しかしそれはもう、過ぎたことだ。今自分は宮廷貴族の妻であり、好き勝手に生きた時期は既に終わっている。(自分が好き勝手できた時期が懐かしいなぁ・・)しんと静まり返ったアウグスティーナ教会の信徒席に座りながら、彼女は懐かしみながら溜息を吐いていた。「そこに、誰かおられるのですか?」背後に澄んだ声がして彼女が振り向くと、そこには黒衣のカソックを身に纏った若い司祭が一人、教会に入ってくるところだった。「すいませんね、ちょっと疲れていたものですから。」彼女はにっこりと笑うと、アウグスティーナから出て行った。 舞踏会から数日後、ルドルフは友人達とともに趣味の狩猟に出かけ、森の中で獲物を追っていた。「ルドルフ様、あちらに大物が!」木々の隙間から2メートルの牡鹿が姿を現し、ルドルフが猟銃を構えて牡鹿を撃とうとした時、何かが牡鹿の額に突き刺さり、牡鹿は横転した。 何だろうとルドルフ達が駆け寄ると、丁度黒の乗馬服を纏ったブラック・レディが牡鹿の額から長槍を抜くところだった。「なんだ、誰かと思ったらあんたか。」ブラック・レディはそう言って笑うと、長槍の穂先を振るい、牡鹿の血を乱暴に懐紙で拭った。 舞踏会の時とは違い、男物の乗馬服を纏った彼女は、凛々しく見えた。にほんブログ村
2011年12月24日
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「美しい二人」を更新いたしました。第2章に入り、色々とドロドロとした展開になってゆきます。放置中の作品が多いというのに、また性懲りもせずに連載を始めようかと・・。考え始めたらとまらないのが、わたしの悪い癖です。明日はクリスマス・イヴですね。大掃除全然やってません。今考え中の新連載は「赤と黒」(仮)。土方さんが女だったという設定で物語を進めようかと。とりあえずプロローグだけここに載せます。今年のクリスマスに王宮で行われる舞踏会には、着飾った貴族の令嬢たちや婦人達が集まり、社交界のゴシップに興じていた。殿方達は政治について熱く議論を交わし、楽団が奏でるワルツの調べが華やかな宴を彩った。そんな中、ワインを片手に数人の女性に囲まれたオーストリア=ハンガリー帝国皇太子・ルドルフは、この場にいる者たちが真剣に国の行く末を考えていないことに気づいていた。彼らが最も恐れているものは、退屈だということを。特に上流階級の女性は、働かずに家に居て友人達を招いてパーティーや茶会を開き、一日中噂話に興じることが唯一の楽しみなのだから、王宮で開かれる舞踏会や茶会には顔を出してはいるものの、帝国の後継者であるルドルフの顔見たさに来ているだけだ。誰もが-この場に居る全ての者が、与えられた権利を行使し、与えられた身分に胡坐を掻いているのだ。誰ひとりとして世を変えようとする者はいない。「ルドルフ様、ブラック・レディは御存じ?」「ブラック・レディですか?」我に返ったルドルフを、令嬢が呆れた顔で見ていた。「ええ。シュトルゼン侯爵夫人のことなどですけれど、その方、いつも黒いドレスをお召しになっておられるので、皆様ブラック・レディ(黒衣の貴婦人)と呼ぶようになったのですってよ。」(どんな女なのだろう・・)悪意に満ちた女達の噂話など、ルドルフは信用していなかったが、妙に“ブラック・レディ”の事が引っかかった。「あら、噂をすれば・・」大広間の入口に現れた女性に、ルドルフは言葉を失った。艶やかな黒髪を結いあげ、胸元を大きく開いた漆黒のドレスを纏った貴婦人は、その場に居る女性陣を圧倒するような美しさを持っていた。「ルドルフ様、ダンスが始まりますわ。」皇太子とともに踊りたいと思う令嬢達が、期待に満ちた目でルドルフを一斉にみたが、彼はおのずとブラック・レディの元へと向かった。「踊っていただけませんか?」そう右手を差し出したルドルフに対し、彼女はくすりと笑った。「こんな四十過ぎの婆と踊りたがるなんて、あんたも酔狂なこった。」おしとやかそうに見えたブラック・レディの口から出た下町訛りに、ルドルフは驚くと同時に、苦笑した。「ええ。この酔狂な輩と踊っていただけませんか?」「しょうがねぇ、踊ってやるよ。」ブラック・レディは口元に笑みを浮かべ、ルドルフの手を取った。++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++プロローグ部分はここまで。「年上の女性×年下の男」の設定で一度小説が書きたかったので、書こうかなと。もし土方さんが女だったら、きっぷのいい姐さんになってたかも。
2011年12月23日
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1887年4月、東京。「漸く帰ってきたな・・」横浜駅から汽車に乗り、東京駅から降り立った一人の青年は、そう言うと溜息を吐いた。欧羅巴へと留学し、横浜港で父と妹と別れを惜しんだのは13の時だった。3年半の留学生活の間、父が胸を病んだことを妹からの手紙で知り、帰国したかったが、父からの手紙を読み、彼は帰国を急遽取りやめた。“己の誠を貫くまで、祖国の土を踏むな。” 父は己の病状を知りながらも、志を持ち海の向こうで大成を果たそうとする息子の志を尊重し、敢えて厳しい言葉を手紙にしたためたのだ。何度か辛く苦しい目に遭い、帰国したいと思っていたが、その度に父からの手紙を読み返し、悲しさや悔しさをバネにしてきた。 その結果、彼は首席で大学を卒業し、3年半ぶりに祖国の土を踏んだ。「兄様、お帰りなさい。」東京駅のホームに降り立った青年を、桜色の振袖を揺らしながら一人の少女が彼を温かく迎えた。「ただいま、美樹。今帰ったよ。父さんは?」「父様は用があるとかいって、母様の墓に行っているわ。」「そう・・」少女の言葉を聞いた青年の顔が、少し曇った。 一方、街の喧騒から少し外れた墓地に、歳三は居た。「千尋、今日巽が帰国するんだ。お前にべったりで泣き虫だったあいつが、もう立派な男に成長してやがる。その成長を、お前にも見せたかったなぁ・・」歳三は妻の墓に語りかけながら、花を供えた。 それは菊ではなく、華やかでありながら清楚かつ優雅な雰囲気を持った白薔薇だった。「白薔薇の花言葉、知ってるか? “尊敬”っていうんだぜ。俺はお前を尊敬していたさ、千尋。初めてお前と出逢った時から、ずっと・・」歳三がそう言って溜息を吐こうとした時、彼は激しく咳き込んだ。咳が治まり、そっと口元から手を離すと、手は鮮紅の血で汚れていた。 京に居た頃や戊辰の戦で、何度死を覚悟したか知れなかったが、安らかな幸福を手にした今、こんなにも死を恐れている自分の姿が滑稽に見えてならなかった。(俺は死ぬのか・・)「千尋、まだそっちに連れて行かないでくれ。せめて美樹の・・娘が嫁ぐ日まで、待ってくれ。」荒い息を吐きながら、歳三は亡き妻に訴えた。すると雲の隙間から、一筋の光が歳三に射し込んだ。まるで千尋が彼の訴えを聞いてくれたかのように。「父さん!」背後で声がして歳三が振り向くと、そこには幼い頃の甘えん坊の面影がすっかり消え失せた長男・巽が立っていた。「巽、大きくなったな。」「父さん、身体大丈夫なの?」「ああ。お前も、母さんに挨拶してくれ。」「うん。」巽は、母の墓に無事帰国したことを報告した。 その後、歳三は長屋で息子の土産話に耳を傾け、共に酒を酌み交わした。「父様、ご報告があるのだけれど。」「何だ、報告って?」「実は、結婚する事になったの。」「そうか、おめでとう。」「ありがとう父様。」数日後、美樹は婚約者を連れて来た。「父様、紹介するわ。この方は相田浩輔さん。」婚約者の相田浩輔は、歳三に向かって頭を下げた。「お義父さん、お嬢さんをわたしの伴侶にしてください。お願い致します。」「こちらこそ、娘を宜しく頼む。」2ヶ月後、美樹は浩輔の元へと嫁いでいった。娘が嫁ぐのを見届けた歳三は、それから間もなくして病臥に伏した。「父さん、大丈夫?」「ああ・・」父の病室に入った巽は、病臥に伏してから痩せ細ってしまった父の姿を見て、胸が痛んだ。「辛くない?」「ああ。それよりも巽、俺はもう長くねぇ。その時が来たら、後のことはお前に任せるぞ。」「解ったよ。父さん、お休み。」「お休み・・」それが、父が巽とかわした最後の会話だった。農家に生まれ、武士となる夢を京で果たし、幕末の動乱を駆け抜けた土方歳三は、家族に看取られて52年の生涯を終えた。「お父様、はやく~」「わかったよ。実はせっかちだなぁ。」今年も、京の桜は美しく咲き誇り、巽は父が駆け抜けた動乱の日々を思った。(父さん、今頃母さんと花見でもしているのかなぁ・・)そう思いながら巽が息子を追い掛けていると、目の前に一組の男女が現れた。男の方は長い髪を一括りに結んでいて、仙台袴を穿き、左三つ巴に染め抜いた黒の羽織を着ていた。女は、薄紫の着物を纏い結いあげた髪には赤い花の簪を挿していた。 彼らは巽の視線に気づくと、にっこりと笑った。(父上・・母上・・)「あなた、どうかなさったの?」巽が我に返って妻を見ると、彼女は怪訝そうな顔をしていた。「いや・・あそこに父と母が・・」彼は父母が居た場所を指すと、そこには誰も居なかった。「お義父様とお義母様は、あなたの幸せを確認なさったのですね。」「ああ。さてと、実を探さないと。」巽は妻と手分けして、実を探し始めた。「父上、母上、どこですか~!」 一方、両親とはぐれてしまった巽の長男・実は、泣きべそを掻きながら歩いていた。足が痛くなってきて、歩くどころか立つ気力もとうに失せてしまい、彼はペタンと地面に座り込み、心細さからか泣いてしまった。「ったく、煩せぇなぁ・・猫かと思ったらガキか。」草叢の中から声がしたと思ったら、突然その中から背に箱のようなものを背負い、黒髪を一括りにした青年が姿を現した。「おいガキ、親と逸れちまったのか? 名前は?」「うぇ~ん、父上、母上~!」「煩せぇ、男がピーピー泣くな!」苛立った様子で青年はそう言うと、実の頭にゲンコツを叩き込んだ。「痛い、痛いよう。何するんだよ、おっさん。」「口が達者なガキだな、え? 生意気な口利いてるのはこの口か?」青年は両手で実の口をぐいっと引っ張った。「いふぁいよ~、おっさん・・」「目上の者は敬えって親から教わらなかったのか? 名前は?」「実、土方実。」「実か。もうすぐ親が迎えに来るから、ここで待ってな。」「え?」実がそう言って青年を見た時、彼はもう実に手を振って草叢の中へと消えていった。「実、お父様やお母様から逸れるんじゃないぞ。」「はい、お父様。お父様、この前僕、お祖父様に会ったよ。」「お祖父様に? どんな格好してた?」「う~んとね、確か背中に四角い箱背負ってた。」息子の言葉に、父は昔薬の行商をしていたことを、巽は幼い頃母から聞いた話を思い出した。「あなた、まだ起きていらしたの?」 息子を寝かせつけた巽が居間の窓から月を眺めていると、妻がそう言って彼を見た。「ああ。今日は孫の顔見たさに父と母が常世から来たようだ。」「そうですか。お義父様達を安心させないといけませんわね。」「ああ。」(父上、母上、そちらに妻と参る時は、お手柔らかに頼みますよ。)心の中で、巽はそう常世に居る父母に伝えた。それから何十年かした後、巽は妻とともに両親と再会を果たすこととなる。―完―にほんブログ村
2011年12月18日
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1877(明治10)年2月・熊本。 1月に起きた反乱は沈静化するどころか、ますます激化の一途を辿り、戦火は熊本にまで届いた。 西郷軍には私学生をはじめとする元士族達、対して官軍には戊辰の戦で煮え湯を飲まされた元会津藩士達が参戦しており、その中には新選組元三番隊組長・斎藤一の姿もあった。「藤田さん、どうぞ。」「すまぬ。」南国とはいえ、夜になると冬の寒さが身に沁みてくる。斎藤が寒さで身を縮めていると、元会津藩士であった山根が彼に茶を差しだした。「藤田さんは、確か元新選組三番隊組長・斎藤一とか。土方殿とは、今でも親交がおありなのですか?」山根がそう言って斎藤を見ると、彼は静かに頷いた。「土方殿は、何故この戦場におられないのです? 今こそ薩長の恨みを晴らす時なのに。」「解っていないな、何も。」斎藤は溜息を吐くと、山根を見た。「あの人は・・土方さんはもう戦場から身を退いたのだ。妻を娶り、子宝に恵まれた今、もう過去の恨みを引き摺らぬことを決意したのだ。それが何故だか解らぬか?」「それは・・わたしは独り身なので・・」「俺とて妻や子が居る身だ。俺は俺の“誠”を貫く為にここに来ただけのことだ。」「斎藤さんの“誠”ですか?」「ああ。罪人として腹を切らせて貰えず、遺骸をしかるべき所に葬られなかった近藤局長や、義に殉じて主と共に戦ったにも関わらず野ざらしとなった貴殿の仲間達の無念を晴らす為、俺は此処に居るのだ。」 斎藤の脳裡に、戊辰の戦で犠牲となった者達の顔が浮かんだ。 試衛館時代からの仲間で、鳥羽伏見で散った井上源三郎。 新選組の頭として、最期まで己の道を貫いた近藤勇。 病臥に伏してもなお、近藤達と共に戦おうとした沖田総司。 そして、会津で散った白虎隊の少年達。 義に殉じて戦い、死してもなお逆賊扱いされた者達への名誉と無念を晴らす為、斎藤はこの戦場へと馳せ参じたのだ。(どちかが勝つか、負けるかの問題ではない。俺は俺自身の為に戦っているまでのことだ。)「そうですか・・」「せめて、逆賊とされた者達の無念を晴らしたいのだ。」斎藤がそう言った時、遠くから砲撃の音がした。「熊本城が・・城が燃えているぞ!」静謐な夜の空気は砲撃と怒声によって破かれ、熊本城が紅蓮の炎に包まれるのを、斎藤はじっと見ていた。 熊本城の籠城戦はその後2ヶ月程続いたが、その後西郷軍は南へと進軍し、鹿児島へと戦いの場が移った。「行くぞ、みんな!」「おう!」砲弾が飛び交う中、山根は勝鬨(かちどき)の声を上げ、敵兵のど真ん中へと突っ込んでいった。 銃弾を前にして、刀や槍を振り上げた彼らが一人、また一人と銃弾に倒れてゆく。(もはや、これまでか・・)黒煙が上る中、山根はそう思いながら阿鼻叫喚の地獄絵図と化した周囲を見渡した。(もうここで、腹を切ろう。)山根は地面に腰を下ろした。そして見ごろを肌蹴させ、懐紙で脇差を握り締め、その刃を腹に突き立てた。(皆、待っておれ。今そちらに参る故。) 山根が最期に見たものは、戊辰の戦で亡くなった者達の笑顔であった。にほんブログ村
2011年12月18日
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山根達が家に押し入ってきたことは、子ども達には伝えなかった。 階下で大きな音を聞いただけでも怯えていたのに、見知らぬ男達が家に入って来たと言えば、彼らがますます怯えるだけだと歳三はそう判断したからだった。「お父様、昨夜は何もなかったの?」「ああ、何もなかったよ。」朝食を食べながら、美樹はそう言って歳三を見た。「ねぇ父さん、最近西方の方で士族達が反乱を起こしてるって聞いたけど、戦になるのかな?」巽が新聞を読みながら、歳三を見た。 廃刀令が出され、武士の魂である「刀」を奪われた士族達の不満が募り、九州では私学校の生徒たちが反乱を各地で起こしていた。「さぁな。戦になるだろうさ。」「どうしてみんな仲良くなれないの?」「そりゃぁ、一人一人自分が思っていることが違うから喧嘩になるんだよ。みんな思っていることや考えていることが違うのが普通だ。その中で仲良くすることは難しいし、喧嘩してもすぐに仲直りなんてできねぇんだよ。」歳三は子ども達に解るようにそう言うと、巽は納得したようだった。「じゃぁ、僕達をいじめてた奴らも、僕達と考え方が違うから、僕達をいじめてたのかな?」「それは違うな。人をいじめる奴ってのは、何かしら劣等感を持ってるもんだ。」「劣等感って?」「自分には持ってないものを、他人が持ってて羨ましいってことだよ。巽はそんな奴になるんじゃねぇぞ。」「うん、解った。」 子ども達を学校へと送った後、歳三が職場へと向かおうとした時、一台の馬車が彼の前に停まった。「漸く会えたな、土方歳三。」馬車から降りてきた男―平野重太郎はそう言うと、歳三をじろりと睨みつけた。「誰かと思えば、明治政府のお偉いさんじゃねぇか? わざわざしがねぇ羅卒である俺に挨拶たぁ、ご苦労なこった。」歳三が平野を睨み返すと、彼は不快そうに鼻を鳴らした。「傲岸不遜な態度は昔から変わらぬな。」「すいませんねぇ。それよりも平野様、わざわざ俺に何のご用で? もしやあんたの部下が人を殺したとでも聞きましたか?」それとなく千尋の事を聞くと、平野の顔が歪んだ。「どうやら図星のようですね。で、あんたの部下は今何処に?」「それはお前には知らなくてもいい事だ。それよりもお前の部下である斎藤一、九州での反乱鎮圧に参加するそうだ。」「そうか。でも俺には関係のねぇこった。まぁ、薩長の奴らが憎いのは変わらねぇがな。」 暫し、歳三と平野との間で重苦しい空気が流れた。「旦那様、早くいたしませんとお仕事に差し支えますゆえ・・」無言で睨み合う彼らの前に、一人の青年が現れた。洋装姿に短髪姿の彼は、じっと歳三を見ると、主の方に向き直った。「ふん、面白くない。行くぞ。」「は、はい。」青年は馬車へと乗り込む主の後を慌てて追い、馬車へと乗り込む前に歳三をちらりと見た。(あいつ、何処かで見たような・・)青年と目が合った時、歳三は必死に彼と何処で会ったのかを思い出そうとしたが、なかなか思い出せなかった。 年が明け、九州での反乱は収まるどころか激化してゆく一方で、戦になるだろうという歳三の予感は的中した。 1877(明治10)年1月30日。過激思想を持った私学生達が、陸軍火薬庫を襲撃し、鹿児島市内は火の海と化した。これが日本最後の内戦と呼ばれる、西南戦争が勃発した瞬間であった。にほんブログ村
2011年12月18日
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時は夏から冬へと瞬く間に過ぎてゆき、クリスマスの時期を迎えた横浜にはちらほらと金と赤で彩られた樅の木が飾られており、その美しさが通行人の目をひいていた。そんな中、内藤家でも西洋の行事を祝う為に、樅の木に飾り付けをしていた。「巽、贈り物は何が欲しいんだ?」「別に何も要らないよ。」飾り付けを手伝いながら、父の質問に巽はそう答えた。「そうか。じゃぁ、美樹は何が欲しいんだ?」「熊のぬいぐるみが欲しいなぁ。エミリーの家に大きなぬいぐるみがあったから、わたしも欲しいと思って。」「そんな大きいやつだったら、夜に抱いて眠れないだろう? 小さいやつを買ってきてやるよ。」「本当に?」「ああ、本当だ。」歳三はそう言って、愛娘に微笑んだ。 この時期になると、亡くなった妻・千尋の事を思い出してしまう。家族とともに過ごす筈だった休暇を前にして、千尋は何者かに殺された。犯人は未だに見つかっていなかったが、歳三は平野が雇った男達だと解っていた。だが、証拠がない。(証拠は何処にある? 証拠さえ見つかれば・・)「お父様?」ふと我に返ると、美樹が怪訝そうな顔で自分を見ていた。「何処か痛いの?」「何でもないよ。それよりも美樹、お母様の事が恋しいか?」「恋しいってなに?」「誰かに会いたくて堪らないってことだよ。」「お母様には会いたいと思うけど、お母様は戻って来ないもの。お父様は、お母様に戻って来て欲しいの?」歳三は娘の言葉に首を横に振った。「いいや。美樹、お母様はきっと天国から見守って下さるよ。」「うん!」 クリスマスは家族3人で祝い、美樹には約束通り熊の縫いぐるみをプレゼントした。「ありがとう、お父様。大事にするわ。」「そうか。」(千尋、お前が居なくても、俺は子ども達を守ってみせる。)その日の夜、歳三が子ども達と眠っていると、一階で音がした。「二人とも、ここにいろ。」歳三は愛刀を携えて階下へと降りると、リビングの方から音と話し声が聞こえた。「お前ら、何者だ!」鯉口を切った歳三は、そう言って闖入者達に怒鳴ると、彼らが一斉に鯉口を切った気配がした。「やめろ、お前達!」闇の中から聞き覚えのある声がして歳三が声がする方を向くと、そこには山根の姿があった。「山根、こんな夜更けに一体何の用だ?」「申し訳ありません、土方殿。どうしてもあなたに会ってお話ししたいことが・・」「反乱を起こすという話なら、俺は乗らないと言ったつもりだ。」「ですが・・」「山根、俺はもう新選組の副長でもなんでもねぇ。しがない羅卒で、二人の子の父親だ。俺には守らないといけないもんがあるんだ。」歳三の言葉を聞き、山根は項垂れた。「出て行け、俺が怒らない内に。」「わかりました。」山根は仲間達とともに、歳三の家から出て行った。「・・やはり、あいつは新選組元副長、土方歳三だったか。」「いかがなさいますか、旦那様?」平野の隣に控えていた男がそう言って彼を見ると、彼は口端に笑みを浮かべていた。「さぁ、それはこれから考えることだ。」(土方歳三・・漸く兄の無念を晴らす時が来た。)にほんブログ村
2011年12月17日
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「内藤君、ちょっと。」「何でしょうか、署長?」歳三が巡回へと出ようとすると、署長が彼を呼び留めた。「最近、妙な噂が署内に広まっていてね。君が、新選組の副首領だったっていう・・」署長が急に声を潜め、歳三の身体が強張った。「どうせ退屈な連中が広めたつまらない噂話でしょう。余りお気になさらずに。」「そうだな。それよりも内藤君、来週末に行われる試合には出場するのかね?」「試合、ですか?」「ああ。陸軍と警視庁が年に一回ほど交流試合をするんだが・・どうかね、出てみないかね?」「俺のような者が、出場しても良いのでしょうか?」「何を言っている。頑張ってくれたまえよ。」署長はそう言って歳三の肩を叩いた。「解りました、出場致します。」「ありがとう、話は以上だ。」何とか署長には自分の正体を知られずに済んだが、噂を広めたのは誰なのか、彼は知りたくなった。 斎藤に相談したかったが、多忙な彼にわざわざ東京から来て貰う必要もないだろうと思い、やめた。(千尋、どうして俺を置いて死んじまったんだ?)突然何者かに殺され、若い命を散らした妻へ、歳三は心の中で話しかけていた。「あなた、まだ起きていらしたんですか?」妻の時尾がそう言って夫を見ると、彼はじっと刀を研ぎながら何か物思いに耽っていた。「あなた?」「すまない、考え事をしていた。」「千尋さんの事ですか? 彼女を殺した犯人は、まだ捕まっていないのでしょう?」「ああ。でも心当たりがある。」「そうですか。あなた、無理をなさらないでくださいね。」「解っている。」 斎藤は妻にそう言いながらも、歳三の事を心配していた。最近彼がいる署内で、妙な噂を聞いたからだ。誰かが―歳三が新選組副長だと知っている誰かが、故意にその噂を広めたのではないのかと、斎藤は睨んでいた。(まさか、あいつら・・平野が雇った男達が・・)脳裡に、あの軍服の男達の姿が浮かんだ。「いらっしゃいませぇ。」歳三が行きつけの蕎麦屋へと入ると、そこには数人の同僚達がちらちらと自分を見ていることに気づいた。(何だ?)何処か様子がおかしいと歳三は思ったが、気にせずに蕎麦を食べていた。「・・まさか・・」「そんな・・新選組が・・」「近々、反乱を・・」彼らの会話に耳をそば立てながら、歳三は代金を払うと店から出ていった。(何かがおかしい。もしかして、あいつらが絡んでいるのか?)一体何がどうなっているのか、歳三は解らずじまいだった。 その夜、あの酒屋には山根達がいつものように集まって酒を酌み交わしていた。「これからどうする?」「最近監視が厳しくて思うように動けん。」「だがまだ辛抱しなければな・・」「ああ、我らの大義の為に。」山根達はそう言うと、顔を見合わせて笑った。(全ては我らの大義の為・・薩長に蹂躙された我らの誇りの為に、反乱を起こしてやる!)にほんブログ村
2011年12月15日
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『な、何をするつもりだ!』 突然歳三が上半身を露わにし、その腹に刃を突き立てようとしているのを見た米軍士官は、慌てふためき彼を止めようとした。『息子の代わりにわたしが腹を切って詫びましょう。誰か、介錯をお願いできますか?』『何ということを、たかが子ども同士の喧嘩で腹を切るなど・・正気の沙汰とは思えん!』米軍士官の言葉に、歳三はキッと彼を睨みつけた。『息子に非があれば、親であるわたしが詫びるのが人の道理というもの。わたしは正気ですよ。』彼は返す言葉に詰まった父親の背後に隠れているいじめっ子を見ると、彼は蒼褪めて今にも倒れそうだった。『あなたの息子は、己の非を認めずに親の笠を着て弱い者をいじめているとお聞きしております。人の心があなたの息子さんにあるのなら、彼に介錯を・・』歳三が本気であることを知った米軍士官は、自分の背中に隠れている息子を前に押し出した。『君は確か、いつもわたしの息子を“汚い子猿”と罵っていじめていたそうだね? わたしは息子を守る為なら命を懸けて抗議するが、君はどうする? 尻尾を巻いて逃げるのか?』歳三の強い意志に満ちた黒い双眸に見つめられ、彼は突然泣き出した。『ごめんなさい、ごめんなさい!』『ではわたしはこれで失礼致します、校長。』『は、はぁ・・』自分の非を全く認めようとしなかったいじめっ子をたった数分で改心させた歳三に唖然としながらも、校長は彼を見送った。「父様!」歳三が校長室から出て来ると、美樹が彼の方へと駆け寄ってきた。「父様、ごめんなさい。お仕事の最中なのに・・」「何言ってやがる。巽は何処だ?」「巽兄様ならお家で素振りの練習をしてる。」「そうか。帰るぞ。」「うん!」仲良く手を繋ぎながら家路へと向かう父娘の姿を、校長は窓から眺めていた。『校長先生、あの子の父親は正気ではありませんわ!あんな人が居たら他の子ども達に悪い影響が・・』そう言って食ってかかったいじめっ子の母親の言葉を、校長は手で制した。『いいえ。サマンサさん、あなたは子どもを守ろうとなさっておりますが、それが寧ろ子どもにとっては逆効果なのですよ。親は時として、子に厳しくならなければなりません。』校長がそう言って母親を見ると、彼女は真っ赤になって俯いた。 この事件の後、いじめの主犯格であったサマーズ米軍士官の息子・スティーブは謹慎処分となった。『スティーブ、可哀想に。全く、あの父親の所為で、こんな目に・・』『出掛けてくる。』『まぁ、何処行くの!?』スティーブはぶすっとした顔をして自宅から飛び出すと、内藤家へと向かった。 庭先では巽が素振りをしており、妹の美樹はテラスに置かれた椅子に座ってその様子を眺めていた。「兄様、あいつ。」美樹は生垣の隙間からスティーブの姿に気づくと、巽にそう耳打ちして彼を睨んだ。『なんだ、また言いかがりをつけていじめたいのか? 受けて立ってやる。』木刀を握り締め、巽が妹を守るかのようにスティーブの前に立ちはだかると、彼は二人に向かって頭を下げた。『いじめてごめんなさい・・』『ふん、漸く自分の非を認めたんだな。許してやるから早く行け、お前の母上にみつからないうちに。』スティーブは内藤家から自宅へと戻ると、部屋に籠って溜息を吐いた。「どうした、巽?」歳三が帰宅して、息子の様子がおかしいことに気づいたのは、夕食前のことだった。「父様、あいつが来たわ。」「そうか。それで、何かあったのか?」「ううん。でもあいつ、いつも威張り散らしてる癖に、今日は何だかしゅんとしてたわ。」にほんブログ村
2011年12月14日
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四十九日の法要が過ぎ、千尋の弟子である保子が内藤家を訪れた。「忙しいのに良く来てくれたな。あいつに線香を上げてやってくれ。」「はい・・」保子は千尋の位牌の前に線香を上げると、数珠を握り締めて合掌し、目を閉じた。「これから、どちらへ?」「横浜だ。丁度異動が決まってな。思い出が詰まった家を出るのは辛いが・・いつまでも悲しみに沈んではいられねぇよ。」「そうですね。お店の方はお任せください。先生の代わりにわたくし達が絶対に潰させませんから。」「ありがとう。」 千尋が突然亡くなり、彼女が切り盛りしていた洋裁店は閉店の危機に陥ったが、保子達が寝る間を惜しまず働き、その危機を脱したのは初七日が過ぎた頃であった。店主の突然の訃報を聞き、千尋の店の常連客達は通夜や葬儀に駆けつけ、若過ぎる彼女の死を悼んだ。喪主として気丈に葬儀や法要を取り仕切っていた歳三であったが、子ども達とこれからどう暮らせばいいのか解らず、呆然としていた。 そんな中、彼に横浜署への異動命令が下った。いつまでも悲しみに沈んでいては、千尋も草葉の陰で泣いていることだろうと思い、歳三は住み慣れた家から横浜の新居へと引っ越すことに決めた。「それでは、失礼致します。」「元気でな。」歳三が玄関先で保子を見送ると、奥の部屋から巽と美樹が出てきた。「父様、荷物纏めたよ。」「わかった。じゃぁ行こうか。」「うん。」こうして歳三達は、横浜の新居へと向かった。「うわぁ、広い!」 東京の長屋から外国人居留地近くの新居に移った内藤家だが、新居は瀟洒な白亜の二階建ての住宅だった。「お前ら、走るんじゃねぇぞ!」「はぁ~い。」そう言いながらも二人の子ども達は、騒がしい足音を立てながら家の中を走り回った。「ったく、しょうがねぇなぁ・・」歳三は苦笑しながら、新居で荷物を解き始めた。 季節は冬から春へと移り変わり、巽と美樹は横浜市内のインターナショナルスクールへと入学する事となった。そこには外国人居留地で暮らす英国やフランス、米国大使や領事の子息や、士官たちの娘達などが通い、授業は基本的に英語で行い、外国語や乗馬、ダンスのレッスンなど、上流階級の子息達にとって身につけるべき知識と教養を教える学校であった。その中で東洋人の年子の兄妹は悪目立ちしてしまい、一部の生徒達は彼らを執拗にいじめた。「兄様、もう学校行きたくない!」そんな事が毎日続き、6月に入ろうとする頃に美樹は登校する時に激しく嫌がった。「美樹、今日こそ俺達が力を合わせてあいつらをぎゃふんと言わせてやるぞ!」「うん!」 嫌がる妹を励ました巽は、体育の時間でいじめっ子達に対して反撃をした。『どうした、攻撃しないのか?』『ふん、弱小国の子は弱腰だな。父上がおっしゃってた通りだ。』自分を鼻で笑う彼らに対し、電光石火の動きで巽は小手を繰り出した。『うう、痛てぇよ~!』『お母様~!』泣き叫ぶ彼らの姿を見て、巽はそれを鼻で笑った。『見かけ倒しだな。ただ図体がでかいだけで勝てると思うなよ。』その一部始終を傍から見ていた美樹は胸がすく思いをしたが、その騒ぎの所為で歳三は学校から呼び出された。『まことに申し訳ございませんでした。』そう言って歳三はいじめっ子達の親に頭を下げたが、彼らはそれで許さなかった。『一体どうするつもりだね?』『そうですね・・』 歳三は腰に帯びている脇差を鞘から抜くと、制服の上着とシャツを脱ぎ、上半身を露わにし、その腹に刃を突き立てた。にほんブログ村
2011年12月13日
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その夜、歳三は千尋と二人の子ども達と鍋を囲んでいた。「これから寒くなりますね、あなた。風邪をひかないでくださいね。」「ああ。巽も美樹も、来年は小学校か。」歳三はそう言って、巽と美樹を愛おしそうに見つめた。「父様、わたしも巽兄様と剣術習いたい。」「美樹、そんな事を言っては駄目ですよ。剣術は女子がするようなものでは・・」千尋が美樹に小言を言いだそうとすると、歳三がそれを遮った。「そうか、お前ぇも剣術を習いたいなら、明日から習えばいい。」「旦那様・・」不満そうな顔をする妻に対し、歳三は大声で笑った。「千尋、てめぇは心配し過ぎだろ。たまにはこいつらに任せればいいんだよ。」「ですが・・」「神経質すぎるんだよ、お前は。」「では、旦那様の言う通りに致します。」ぶすっとした顔をしながら千尋が美樹にご飯をよそおうと、突然吐き気が襲ってきて慌てて彼女は口元を覆った。「母様、どうなさったの?」「もしかして千尋、妊娠したのか?」「さぁ・・」千尋は照れ臭そうに笑うと、歳三は巽と美樹の方へと向き直った。「お前ら、また家族が一人増えるぞ。」「本当なの、父上?」「ああ、まだ解らないけどな。」 翌日、千尋は歳三とともに産婦人科へと向かい、診察を受けると、妊娠7週目であることがわかった。「これで家族が増えますね。頑張って働かなくては。」「千尋、余り無理するなよ。」「ええ、旦那様。」数週間後に聖生誕日を迎え、千尋の店は夜会の為に着るドレスを頼みに来る華族の令嬢や婦人達からの注文で俄かに忙しくなり、彼女は毎日疲れを引き摺りながら帰宅していた。「暫く休んだ方がいいんじゃねぇのか? こんな調子じゃぁ、お前ぇと腹の子が心配だ。」「大丈夫ですよ、旦那様。」千尋はそう言って笑うと、歳三に抱きついた。 そんなある日の事、千尋はいつものように店で裁断をしていた。(聖生誕日が過ぎれば、一段落するわね・・)千尋がそう思いながら額に浮かぶ汗を拭っていると、店のドアベルが鳴った。「いらっしゃいませ・・」「お前、内藤千尋だな?」「はい、そうですが、あなた方は?」急に荒々しい足取りで店に入って来た男達は、千尋を睨んだ。「名乗るほどの者ではない。貴様、天子様に弓引いた逆賊の癖に、店なぞ持ちよって!」男の一人がそう怒鳴ると、店の物をひっくり返し始めた。「何をなさいます、おやめください!」「煩い!」男と千尋は揉み合いとなり、足が縺れて床に倒れた際、千尋の胸に裁ち鋏が深々と突き刺さった。「おい、こいつ死んでるぞ!」「構わん、放っておけ! いいか、この事は誰にも話すなよ!」男達は一斉に店から出て行ったが、その姿を通行人に見られていた。 人通りが少ない夜中、千尋は店の奥にある作業場で鋏が胸に刺さったまま一晩中放置され、彼女が発見されたのは翌朝早く出勤した彼女の弟子だった。「千尋、どうして・・」変わり果てた妻の遺体を見た歳三は、彼女の胸に深々と刺さる鋏を抜いた。彼女が愛用している鋏には、まだ鮮血が生々しくこびりついていた。 一体彼女に何があったのか。彼女は誰に殺されたのか。歳三は妻を殺したのは、あの男達に違いないと思い始めていた。(千尋、必ずお前の仇を取ってやるからな・・)にほんブログ村
2011年12月12日
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「お前が内藤隼人だな?」巡回中、歳三が声を掛けられて背後を振り向くと、そこにはあの夜見た男達が立っていた。「そうだが、お前らは平野の部下か? 何を探ってるか知らねぇが、しがねぇ羅卒に構ってる暇があるんだったら、自分の仕事でもしやがれ。」歳三はそう言って男達に背を向けると、さっさと歩き始めた。だが、相手はそれで歳三を解放してはくれないらしく、いきなり腰のサーベルを抜刀し、彼に斬りかかって来た。「チェスト~!」突然往来の真ん中でサーベルを振り回す軍人の姿を見た通行人が悲鳴を上げ、逃げ惑った。「てめぇ、何しやがる!」歳三は怒りを感じ、軍人の刃を受け止めた。「ふん、やはりな。京での噂は上司から聞いているぞ、新選組元副長、土方歳三!」「往来の真ん中で物騒なもんを振り回すなんざ、これが薩摩の田舎侍のやり方ってか!」「煩い!」歳三の挑発にまんまと乗せられてしまった軍人は、大きく腕を振り上げながら彼に向かってきた。 その隙を逃がさず、歳三はサーベルの鍔を跳ね上げた。「くそ!」「何をしている、さっさと加勢しないか!」遠巻きに彼らの戦いを見ていた仲間に向かって、軍人が苛立ったように声を上げると、彼らはサーベルを一斉に抜刀した。「ふん、一人だと戦えねぇからすぐに徒党を組んで相手を攻撃するたぁ、卑怯だねぇ。」「黙れ。我の同志を寄って集って斬り殺したのは、お前ら新選組だ。」「寄って集って、だぁ? 笑わせんじゃねぇよ、糞が。俺達は一対一で戦ってたさ。まぁ、お前らの同志は、剣の腕が劣っていたようだから、下っ端にも倒されてお陀仏しただけのこった。」「おのれ、よくも!」「弱い犬ほどよく吠えやがる。ほら、遠くで唸ってないでかかってきやがれってんだ!」歳三の挑発にカッとなった軍人たちは、一斉に彼へと襲い掛かって来た。(くそ、数人なら何とかなるんだが・・)実戦なら場数を踏んでいるし、多人数に囲まれての戦闘も経験済みだが、あと一桁数が少なかったら勝てるが、十数人は無理がある。「内藤巡査、助太刀致す!」背後から声が聞こえたかと思うと、斎藤が軍人たちの輪の中に飛び込み、抜刀した。「斎藤、助かったぜ!」「新撰組元三番隊組長、斎藤一か! 丁度いい、纏めて始末してやる!」「彼奴らは峰打ちで宜しいですか、副長?」「喧嘩を売ったのは奴らだ、遠慮は要らねぇよ。」歳三の言葉に、斎藤はにやりと笑った。「そうですか、では。」斎藤と歳三は、次々と軍人たちを倒していった。慣れないサーベルを使う軍人たちと、使い慣れた日本刀を使って戦う歳三達の戦いでは、次第に軍人たちにとって劣勢へと傾いていった。「ふん、大したことねぇな。」「天下の軍人様が、羅卒相手に負けるとは情けない。これでも新政府を担う方々でしょうかね?」歳三と斎藤がそう言って彼らを嘲笑うと、最初の勢いは何処へやら、彼らは蜘蛛の子散らしてその場から逃げ出した。「旦那様!」騒動が終わった後、千尋が歳三の元へと駆け寄ると、彼はさっと刀を鞘に収めて妻を抱き締めた。「もう終わったから心配するな。仕事の最中に駆けつけて来て貰ってすまねぇな。」「良かった、あなた様が無事で。」抱き合う歳三と千尋の姿を、麗子は遠くでじっと見ていた。「帰るわ。」「はい、お嬢様。」(千尋さんの事は好かないけれど、彼女には敵わないわね。)にほんブログ村
2011年12月12日
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「どうぞ、こちらへ。」「すいません。」久嗣の祖母、しのに勧められ、千尋は椅子に腰を下ろした。「孫は・・久嗣は漸く生まれた有沢家の跡取りで、随分嫁である母親に甘やかされてしまって。この家の使用人は全て自分の言う事を聞くと思って、完全に世間を舐めた子に育ったもんですよ。祖母として情けないやら、恥ずかしいやら・・」「噂は少しお聞きいたしましたが、ああいった事はよくあるのですか?」「ええ。嫁は折り合いが悪いわたしを離れを住まわせて、久嗣を溺愛して。あれで有沢家の嫁が務まるものですか。千尋さん、と申しましたね? あなた、お子さんは?」「生後半年になる長男がおります。」「そうですか。あなたの久嗣に対する毅然とした態度、立派でしたよ。嫁にもあなたの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいですよ。」しのがそう言って溜息を吐いていると、ドアがノックされた。「お祖母様、入っても宜しくて?」「お入り。」「失礼致します。」部屋に入ってきた麗子は、千尋を見た。「麗子、何の用だ。小遣いを増やして欲しいというのなら、駄目だよ。」「そう。それよりもお祖母様、お祖母様にお客様がお見えですよ。」「お客様? 誰だろうね。千尋さん、ちょっと失礼致しますよ。」しのが部屋から出て行き、麗子と千尋は二人きりになった。「千尋さん、あなたの御主人は内藤隼人さんとおっしゃるわよね?」「ええ。それがどうかいたしましたか?」「あなた、昔京に居たって聞いたわ。もしかしてその頃、あなたの御主人は別の名を名乗ってたんじゃないかしら?」「さぁ・・」一体何を探りだしたいのだろうと思いながら、千尋は麗子を見た。「ねぇ千尋さん、あなたの御主人は函館で戦死した土方歳三様じゃないかしら?」千尋は麗子の言葉に動揺し、カップを落とすところだった。「お嬢様、何故主人の事を?」「お父様がお話ししてくださったのよ、昔のことを。平野様は躍起になって土方様をお探しになっているそうよ。何故だかわかる?」麗子は椅子から立ち上がり、千尋の顔を覗きこんだ。「昔の復讐をしたいそうよ。」「復讐、ですか?」「詳しくは解らないけれど、兄を殺された復讐をしたいと。昨夜なんか密偵を送りこんで御主人の様子を探っていたそうよ。だから、お気を付けになってね。」「麗子様、それは忠告ですか、警告ですか?」「忠告に決まっているわ。それにしてもあなた、大したものだわ。あの我が儘な久嗣に対して毅然な態度を取るだなんて。」麗子がそう言って笑った時、しのが部屋に戻ってきた。「お客様はもうお帰りになられたの?」「麗子、塩を! 早く!」こんなに怒った祖母の姿を、麗子は初めて見た。「一体何を・・」「どうかお願いです、大奥様! どうか・・」部屋に、赤ん坊を抱いた女が入ってくると、しのは容赦なく彼女の頬を打った。「汚らわしい女め!」「大奥様、そちらの方は?」「千尋さん、今日のところは帰ってくれないかね? ここはあたし達の問題だから。」「ですが・・」若い女はじっと千尋を見つめながらも、赤ん坊を抱いていた。「そちらの赤さんは?」「わたしの子です・・そして、有沢家の血をひく子です。」「詭弁はおよし!」しのが女に向かって手を振り上げたのを、千尋は制した。「大奥様、お話だけでも聞きましょう。」「そうだね。お前の望みはなんだい?」「この子を、旦那様に認知して欲しいのです。」「認知だと! そんな事が出来るわけがないだろう!」しのは女の言葉を聞くなり、烈火の如く怒った。「出て行け、お前の顔なぞ二度と見たくない!」「申し訳ございません、ですがどうかこの子を・・」「お黙り!」「わたくしは病でいくばくもない身。どうかこの子を引き取ってくださいませ!」女はそう言った途端、喀血して床に倒れた。「誰か、この女を摘みだしておくれ!」「大奥様、この子はどうなさいますか?」女中は泣き喚く赤ん坊を前に困惑気味にしのに尋ねると、彼女は首を横に振った。「その子はうちとは関係ない。捨ててしまいなさい。」「まぁ大奥様、わたくしがこの子を育てますわ。」千尋はそう言うと、赤ん坊をあやし始めた。「お前さんも赤ん坊がいるというのに、大変だろう?」「ご心配なく。それよりも早くお医者様を。」 有沢家で喀血した女はその翌日、亡くなった。身寄りがない女は無縁仏として葬られ、遺された女の娘は歳三と千尋の養女として育てられることとなった。「千尋さん、申し訳ないねぇ。赤の他人のあんたに迷惑を掛けて・・」しのはそう言って千尋に何度も頭を下げた。「いいえ。この子は今日からうちの娘です。久嗣様の家庭教師は続けますので、ご心配なく。」千尋と歳三は、養女・美樹を迎え、実子である巽と分け隔てなく深い愛情を注いで育てた。 5年の歳月が流れ、千尋は有沢家の家庭教師の職を辞した後、裁縫師として働き始めた。「あなたのドレスはいつ見ても素敵ね。わたくしにも一着、作ってくださらない?」「ええ。どのようなドレスを御希望で?」「そうねぇ・・」千尋と客が話していると、巽が彼女の方へと駆けて来た。「母上、父上が変な奴らに絡まれてる!」「少々お待ち下さいませ。」千尋はそう言うと、店から飛び出していった。にほんブログ村
2011年12月10日
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「ねぇ聞いた? 久嗣様に新しい家庭教師の先生が来たんですって。」「まぁ・・久嗣様は我が儘言うから、また追い出されるかもしれないわねぇ。」「問題は久嗣様よりも旦那様の方でしょう? 女癖が悪くて、外に十人も隠し子が居るって噂なんだから。」千尋が久嗣の授業を終えて有沢侯爵邸を後にしようとした時、厨房で茶菓子を摘みながら女中達が立ち話しているのを聞いた。「あなた達、何を話しているの?」「お嬢様・・」「今日はわたくしの友達が来ると、昨日伝えた筈でしょう? 下らない噂を垂れ流してないで、仕事なさい!」麗子はピシャリとそう言うと、厨房から出て行った。「あら千尋さん、もうお帰りになられるの?」「はい・・」「そう。お気をつけて。」麗子は興味がないと言わんばかりに、千尋に背を向けるとリビングへと入ってしまった。「あんた、新しく家庭教師に来た方だろ?」千尋が玄関ホールへと向かおうとした時、中年女性が立っていた。「あなたは?」「初めまして、有沢家の女中頭、きくです。こんな厄介な家にお世話になるなんて、大したもんだねぇ、あんたも。」「厄介な家?」「ちょっと、こちらへ。」きくに連れられて千尋は、使用人が暮らす部屋へと入った。「雇い主のことは余り悪く言いたかないんだけどねぇ、ここの一家は碌でなしばかりさぁ。旦那様は外で遊び呆けて、奥様やお嬢様は家の金でドレスだの装身具だの散財し放題、お坊ちゃまは我が儘で甘ったれと来た。戊辰の戦じゃぁ勲功立てたって聞いたけど、それも本当かどうか。」きくはそう言うと、煙管を吸った。「余り久嗣様に振り回されないようにね。ま、あんただったらそうはしないだろうけど。」「ご忠告、ありがとうございます。」有沢侯爵邸を出て、長屋へと帰ると、千尋は疲れがどっと出て来て溜息を吐いた。あんな家で、あの我が儘坊やの相手を毎日しなければならないのかと思うと気がめいるが、生活の為だから仕方がない。全ては、最愛の息子の為だ。「お帰りなさいませ、旦那様。」「ただいま。巽は?」「ぐっすり寝てますわ。でもこんな時間帯に寝られると夜泣きしてしまうかも。」「俺があやしてやるよ。はじめは嫌がってたんだけど、どうも慣れてきたみたいでな。」「そうですか。」 翌朝、千尋は久嗣に勉強を教えるが、机から離れて部屋中を走り回ったりして彼は始終落ち着きがなかった。「ねぇ、今度千尋のお家に遊びに行っていい?」「なりませんよ。わたくしは坊ちゃまのお友達ではありませんから。」「何だよ、僕の言う事が聞けないっていうのかよ! 遊びに行ってもいいだろう!」「坊ちゃま、わたくしはあなたの先生ですよ。さぁ、そろそろお勉強に戻りましょう。」千尋はそう言って久嗣の手をひいて机に座らせようとしたが、彼は床で転がって駄々を捏ね始めた。「宿題はここに置いておきますからね。ではまた明日。」「ケチ、意地悪~!」「久嗣、また先生を困らせているのかい!」部屋のドアが開き、丸髷を結った老女が部屋に入って来た。「お祖母様、千尋が僕の言う事を聞いてくれない!」「お黙り、久嗣! そんな事をしてないで、勉強にお戻り!」老女がそう久嗣を叱ると、彼はぶすっとした顔で机に戻った。「申し訳ございません、うちの孫がご迷惑をおかけしてしまって。わたくし、久嗣の祖母の、しのと申します。」老女はそう言って、千尋に頭を下げた。にほんブログ村
2011年12月10日
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「奥様、今日はどのような御用件で?」「千尋さん、こんな事を言うのは申し訳ないけれど・・椿の家庭教師は、今日限りにしてくださらないかしら?」「え・・」虚を突かれた千尋は、思わずるいを見てしまった。「何処か至らない所がございましたか?」「いいえ。個人的な事情だから、お気になさらないでね。椿もあなたには懐いていたし、わたくしとしてはあなたに暇を出したくないのだけど・・」るいは溜息を吐くと、千尋の手を握った。「本当に申し訳ないわ、千尋さん。でも安心して頂戴、次の勤め先には推薦しておいたのよ、あなたのこと。」「ありがとうございます、奥様。」千尋が頭を下げると、るいはハンカチで目元を押さえた。「伯母様、お話はお済みになったかしら?」麗子はそう言ってるいと千尋を交互に見た。「ええ。麗子さん、こちらは椿の家庭教師だった千尋さんよ。千尋さん、こちらはわたくしの姪にあたる麗子さん。」「お久しぶりです、麗子様。」「伯母様からあなたの話は聞いていてよ。弟の事を宜しく頼むわね。」麗子はそう言って千尋に微笑んだ。「ええ・・」有沢家で働くことになるなど千尋は思いもしなかったので激しく狼狽えたが、それをおもてには出さずに笑顔を浮かべた。「わたくしの弟の久嗣は病弱な癖に我がままでね、どうすればよいのか両親が悩んでいたのよ。でも伯母様からあなたの事を聞いてね。突然の事で申し訳ないわね。」「そうですか。では明日からお世話になります。」「宜しくね。」麗子は最後まで千尋に対して高圧的な態度を崩さなかった。(まさか有沢家で働くなんて・・)かつて刃を交えた敵の家で働くなど嫌だったが、背に腹は変えられない。これも息子・巽を育て、家庭とささやかな幸せを守る為の試練なのだ―千尋はそう自分に言い聞かせながら、帰宅して一心に針を動かした。「千尋、どうした?」「何でもありません・・」「嘘を吐くな。俺がお前の事が何もわからないというのか?」歳三はそう言って千尋を見た。「実は・・」千尋は有沢家で働くことになったと歳三に告げると、彼は溜息を吐いた。「そうか、有沢家に・・小瀬の奥様はよくしてくださったが、あちらの奥様はどうだか・・」「嫌だとは申せませんし、生活の為だと思って我慢致します。」 翌朝、千尋は有沢侯爵家へと向かった。「あなたが久嗣の家庭教師の、千尋さんね? わたくしは有沢の妻の、ぬいです。」「初めまして、奥様。今日からお世話になります。」有沢の妻、ぬいは冷淡な女性だと千尋は思った。「久嗣、家庭教師の先生がお見えになりましたよ。」ぬいとともに久嗣の部屋へと入った千尋は、散らかり放題の部屋に絶句した。「母上、そいつが僕の先生なの?」シーツから顔を覗かせた有沢家の長男・久嗣は、そう言って生意気そうな顔を千尋に向けた。「久嗣、目上の方に何という口のきき方をなさるの! ちゃんとご挨拶なさい!」「初めまして、久嗣です。」ぶすっとした久嗣は、そう言って千尋に頭を下げた。「では千尋さん、お願いしますわね。」ぬいが部屋を出て行くと、久嗣はじろりと千尋を見た。「千尋、僕の部屋を片付けてよ。」「承知しました。」千尋は久嗣の部屋をさっと片付けると、彼は舌打ちした。「ねぇ千尋、嫌だったら辞めてもいいよ。僕は困らないけどね。」久嗣は目上の者である千尋に対し、姉・麗子と同様、高圧的な態度を取った。散々母親に甘やかされて育って来たのだなと、千尋は思った。にほんブログ村
2011年12月10日
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「申し訳ございません、大したおもてなしもできずに・・」「いや、いいんだ。君と土方さんが夫婦になったことを知って驚いたのはつい昨日のことのように思えてしまうよ。」斎藤はそう言って千尋に笑いかけた。「そうですね。巽をあやしたり、家事をしている時にふと、昔の事を思い出してしまいます。」針仕事をしながら、千尋は溜息を吐いた。 歳三と千尋が結婚し、夫婦となったのは戊辰の戦の頃だった。先に会津へと向かった斎藤の元へと向かおうとした歳三であったが、宇都宮の戦いで砲撃に遭い、右足を負傷してしまい、療養生活に入る羽目になってしまった。一刻も早く会津に駆けつけたいと思う歳三であったが、心は逸るばかりで右足の傷が癒えるのには時間がかかり、次第に彼は焦りと苛立ちを増していった。 そんな中、千尋が彼の部屋に入ると、そこでは歳三が軍服を着て刀を腰に差していた。「どちらへ行かれるのですか?」「会津に決まってんだろ。」「なりません、まだ傷の具合が・・」「うるせぇ、お前は引っ込んでろ!」歳三の苛立った声に対し、千尋は彼の前に立ちふさがり、腰に差していた刀を抜き、その刃先を首筋に押し付けた。「やめろ、千尋!」「共に死にましょう、副長。戦場に赴くというのなら、わたくしの屍を越えて行かれませ!」「畜生、卑怯だぞ・・」歳三はそう言って畳の上に胡坐をかいた。「今あなた様が焦っておられるのは解ります。ですが、今の状態では足手まといになるだけです。」 会津の戦いや函館の戦いでも、千尋は常に歳三の傍に居た。いつしか歳三にとって千尋の存在はなくてはならないものとなった。「千尋、頼みがある。」函館で右脇腹を負傷し、病院で臥せっていた歳三は、そう言って千尋の手を握った。「何でしょうか?」「俺と・・夫婦になってくれねぇか?」「承知しました。」祝言を挙げなかったが、千尋と歳三は斎藤や島田達に祝福され、夫婦となった。小さな長屋でのささやかな暮らしが、戦場を離れた二人にとっては幸せだった。「斎藤先生、何かあったのですか?」「ああ。土方さんをつけ回す男が居てな。どうやら旧幕府軍に与していた藩士達が、反乱を起こすらしい。」「まぁ・・それで、旦那様はなんと?」「断ったそうだ。だが向こうが諦めてくれるかどうか。それに、軍服姿の男達が俺達のことを探っていたようだし。千尋君、これから仕事へ行く時は一人きりで出歩いてはいけない。」「はい、解りました。」斎藤の忠告を受けた千尋は、翌日小瀬子爵邸へと向かう時、隣の長屋に住んでいるつねと途中まで向かった。「ではつねさん、わたくしはこれで。」「ええ、気をつけてね。」千尋が小瀬子爵邸の玄関ホールに入ると、リビングの方からご婦人達の笑い声が聞こえた。「失礼致します、奥様。」「まぁ千尋さん、朝早くから悪いわね。見て頂戴。」るいはそう言うと、ドレスを着た椿を彼女の前に出した。「お嬢様、良くお似合いですわ。」「あなたのお蔭よ、ありがとう。」「伯母様、そちらの方は?」テーブルから誰かが立ち上がる気配がしたかと思うと、有沢麗子が千尋達の方へとやって来た。「あなた・・あの時の・・」「まぁ麗子さん、千尋さんを知ってるの?」「ええ。また会えるだなんて、嬉しいわ。」差しだされた麗子の手を、千尋は握ろうとはしなかった。にほんブログ村
2011年12月10日
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「反乱たぁ、穏やかな話じゃねぇなぁ。」狂気に彩られた目をした男達は、歳三を一斉に見た。「穏やかではないのは薩長の方です! 奸賊であった癖に主上の御威光を笠に着てやりたい放題! あやつらに何度煮え湯を飲まされたことか!」「全くだ、我らは何のために戦ったと思っているのだ!」江戸から明治へと時代が変わるにつれ、それまで幕府に仕えていた各藩の家臣たちをはじめとする藩士達は職を失い、その日暮らしを強いられていた。その不満がいつの間にか蓄積され、やがて新政府―かつては敵であった薩長に対しての激しい憎悪へと変わっていったのだった。 彼らの怨嗟の声には、歳三は少なからず同情もするし、共感できるところがある。しかし今のご時世、旧幕府に仕えた者達が政府に反乱を起こしたところで武力鎮圧されるのが関の山だ。そうすれば、憎悪の連鎖は親から子へ、子から孫へと延々と続いてゆくだろう。それだけは、歳三は避けたかった。「土方殿、我々に力を貸してくだされ!」山根がそう言って歳三にすがりつくように彼の足元に跪いて叫んだ。「我らにはもう、土方殿しかいないのです!」「お頼み申す!」必死に自分に向かって懇願し、額を地面に擦り付けんばかりに土下座している男達を見て、彼らの手助けはしたいと思う気持ちと、むやみに争いをするなと彼らを諭そうとする気持ちが、歳三の中でせめぎ合った。 その結果、勝ったのは後者の方だった。「みんな、聞いてくれ。」歳三が口を開くと、男達が期待に満ちた目で彼を見た。「確かに俺も薩長の連中が・・仲間を殺した奴が憎い。だがな、今反乱を起こせば武力で鎮圧される。どんなに足掻いたって、戦では勝った者の言い分が通るんだ。」「土方殿は悔しくないのですか! 近藤局長を、お仲間を殺した薩長の奴らに従う事を!」「悔しいに決まってんだろ。だがな、てめぇ一人で突っ走る時代はとうに終わったんだ。俺には守らねぇもんがある。だから、お前ぇらには協力ができねぇ。」歳三の言葉に、男達は一斉に落胆の表情を浮かべた。「茶、美味かったぜ。」茶の代金を置くと、歳三はさっと店から出て行った。「土方さん。」長屋へ帰る道すがら、歳三が背後で呼び留められて振り向くと、そこには斎藤の姿があった。「斎藤、尾けてやがったのか。」「ええ。あの店は、戊辰の戦に敗れ、職にあぶれた者達が集まる場だと噂で聞いておりましたが・・土方さん、まさか・・」「あいつらに手を貸す気はねぇよ。ただでさえ元新選組副長って身分を隠して羅卒として働いてんだ。反乱なんざ起こしてみやがれ、真っ先にあの平野の糞野郎が俺の首級を欲しがるぜ。」「しっ!」斎藤がそう言って歳三の口を急に塞ごうとしたので、彼は慌てて周囲を見渡すと、建物の陰に隠れて数人の男達がこちらの様子を窺っていた。みな一様に漆黒の外套を纏ってはいるものの、揃いの制帽を被っている様子を見ると、軍人のようだった。「斎藤・・」「内藤さん、ここから離れましょう。」「ああ。」斎藤と歳三が路地を歩いていると、建物の陰から男達が出て、自分達の後を尾けてくるのがわかった。「藤田君、最近かみさんの様子はどうだね?」「そうですね、しっかり者ですが、尻に敷かれているような気がして。」「そうか。俺の女房も家計を支えてくれていて働き者で、良く出来た女なんだが、あいつに苦労をかけていると思うと辛くてねぇ。」歳三と斎藤はわざと明るい声で世間話をしながら、長屋の入口へと向かった。「お帰りなさいませ、旦那様。まぁ、斎藤先生、お久しぶりです。」「千尋、遅くなってすまねぇな。」「いいえ。さぁ夕餉にいたしましょうか?」「ああ。」歳三は外から視線を感じたが、それを気にせず斎藤と酒を酌み交わした。にほんブログ村
2011年12月09日
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「もし、そこの方。」 千尋は長屋への帰路を急いでいると、突然背後から声をかけられて彼女が振り向くと、そこには白貂の毛皮を纏った華族の令嬢が彼女を見ていた。「何でしょうか?」「あなた、お名前は?」「内藤千尋と申しますが、あなたさまは?」「内藤・・もしや、内藤隼人さまの奥様では?」「主人を、ご存知なのですか?」千尋の柳眉が微かに吊り上がり、彼女は思わず令嬢を睨みつけてしまった。「ええ。あの、わたくしは有沢麗子と申します。」「有沢様・・」令嬢の名を聞いて、千尋はビクリと身を震わせた。有沢邦弘―元長州派維新志士の一人で、戊辰の戦では新選組や会津藩士をはじめとする旧幕府軍に対して極悪非道の限りを尽くした男だ。明治の世となり、有沢は高級官僚として出世し、華族の仲間入りを果たした。「あの、どうなさいました?」麗子が怪訝そうに自分の顔を覗きこんでいることに気づき、千尋ははっと我に返った。「いえ、何でもありません。ではわたくしはこれで失礼を。」千尋は麗子に頭を下げると、再び歩き出した。「お嬢様、こちらにいらっしゃったのですか。」「景山・・」麗子が振り向くと、そこには長身の執事・景山が立っていた。「どうなさいましたか、お嬢様? お顔の色が優れませんが・・」「ええ。長い間寒い中を歩き回っていたからかしら。もう帰りましょう、景山。」麗子はそう言って執事とともに馬車へと乗り込んだ。「ただいま戻りました、旦那様。」「お帰り、千尋。寒かっただろう?」「ええ。今夕餉の支度をいたしますね。」「俺がやるから、お前は休んでいろよ。最近碌に寝てないんだろう?」「では、お言葉に甘えさせていただきます。」千尋はそう言って布団を敷くと、そこに横になって目を閉じた。 すうすうと布団から千尋の安らかな寝息がしてくるのを聞きながら、歳三は台所で米を炊き、味噌汁を作った。(お前ぇには、苦労を掛けっ放しだな、千尋・・)少しずれた布団を、歳三はそっと妻の上に掛けた。 その時、戸の障子の向こうに人影が見えていることに彼は気づき、壁に立て掛けてあった愛刀を握り締め、そっと戸を開き、辺りを見渡した。「誰だ? いるのはわかってんだ、出て来い!」押し殺した声で歳三がそう言って長屋の外に出ると、昼間見た着流し姿の男が井戸端に立っていた。「お前ぇ、何者だ?」すらりと愛刀の鯉口を切った歳三に、男は突然彼の前に跪いた。「突然のご無礼、申し訳ございません。それがし、山根光久と申す者。新選組元副長である土方殿にお願いがあってこうして参った所存にございます。」「俺にお願いだと? 一体どういう事か、話を聞いてやろうじゃねぇか。」「それがしだけではござらぬ。」男―山根はそう言うと、歳三を近くの飲み屋へと連れて行った。「土方殿をお連れしたぞ!」山根が声を張り上げながら店の中へと入ると、男達の野太い歓声が聞こえた。 そこには、戊辰の戦で旧幕府軍として戦った侍達が居た。数人、いや数十人は居るだろう彼らは、一斉に歳三を見ると瞳を輝かせていた。「土方殿、どうぞこちらへ。」「お、おう・・」家に残した妻と息子が気になったが、歳三は山根に勧められた座敷に腰を下ろした。「で、話ってなんだ?」「実は、近々新政府に対し反乱を起こそうと思っているのです。」山根はそう言って歳三を見た。「反乱だと? お前ぇら、気は確かか?」「薩長の輩がのさばるこの世は我慢ならぬ。今こそ我れらが立ち上がる時ではございませぬか!」「そうだ、そうだ!」「薩長に天誅を!」口々に叫ぶ男達の目は、狂気に彩られていた。にほんブログ村
2011年12月08日
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「千尋さん、とおっしゃったわね? いつもるいさんからお話しは聞いておりますよ。昔、京におられたとか?」「はい。そこで礼法や茶道、華道を学びました。」「あなたほどの方が、我が家の家庭教師にいらっしゃられるなんて、嬉しいわ。」るいの姑はそう言うと、笑った。「お義母様、今日はどのような御用件で?」「来週発表会があるでしょう? 椿の為にその振袖を誂えたんですよ。」「まぁ・・」ピアノの発表会に振袖など似合う筈もないのに、それが解っててわざと振袖を嫁に押し付けようとする姑の意地悪さを、千尋は垣間見た。「申し訳ありませんがお義母様、椿にはドレスを着せますわ。お振袖は大事にいたしますので。」「あらそう。では仕方ないわね。」るいの言葉にムッとした姑は、孫娘の振袖を彼女に押し付けると、部屋から出て行った。「ごめんなさいね、不愉快な思いをさせてしまって。」「いいえ、お構いなく。それよりも奥様、お嬢様はどちらへ?」「ああ、椿なら学校よ。お義母様は学校に通わせるなんていじめられたらどうするのだっておっしゃって反対したのだけれど、両親以外の大人や同年代の子ども達と接した方がいいと、わたしも主人とよく話し合って決めたのよ。」「そうでしたか・・」千尋はふと、巽の将来のことを思った。まだ赤ん坊の彼だが、数年経ち、椿の年齢になったら学校に通わせることになるだろう。その時、両親の身元が調べられないだろうかと、彼女は不安を抱いた。もし自分達が旧幕府側の人間だと知られたら、今の仕事が続けられず、あの長屋からも追い出されてしまうかもしれない。戦乱の果てに、漸く手に入れた安住の地を、過去の禍根で奪われたくはない。「千尋さん、どうなさったの?」「いえ、何でもありません。そろそろ、失礼致します。」千尋はそう言うと、小瀬子爵邸を後にした。 一方歳三は、巽を井戸端であやしていた。千尋が仕事で忙しく、歳三が彼女の代わりに息子の世話をしていたが、何度自分があやしても宥めても、巽は一旦泣くと泣き止まない。やはり父親よりも、母親の温もりがいいのだろうかと、歳三は溜息を吐いた。「土方さん。」泣き喚く我が子をあやしている歳三は、背後から呼びかけられて振り向くと、そこにはかつて京や戊辰の戦場をともにした元新選組三番隊組長・斎藤一こと藤田五郎が立っていた。「斎藤、“土方”はやめやがれ。」「申し訳ありません。ですが・・」「最近明治政府のお偉いさんが、俺のことを探ってるっていうのに、誰に見られてるかもわからねぇところで・・」「それは、本当ですか?」「ああ。斎藤、薩摩の過激派浪士で平野って奴憶えてるか?」「ええ、池田屋や禁門の変、戊辰の戦でも斬り結びましたから。そいつがどうか・・」斎藤は、歳三が険しい表情を急に浮かべたので、周囲を見渡すと、長屋の入口付近に着流し姿の男が立っていた。髷を結っておらず、無造作に髪を組紐で結んでいるその男は、斎藤と視線が合うとさっと長屋から去っていった。「斎藤・・」「平野の間者でしょうか。職務質問してきます。」「やめとけ。少しばかり泳がせてやれ。職務質問はそれからだ。」「御意。」「折角来てくれたんだから、茶のひとつでも飲んでいけ。」「申し訳ありませんが、仕事中なので・・」「ったく、そういう堅物なところは変わってねぇなぁ。」歳三はそう言って笑うと、いつの間にか眠ってしまった巽を抱いて、長屋の中へと入った。「丸くなられたな、あの人も・・」斎藤はそう呟くと、巡回へと戻っていった。にほんブログ村
2011年12月08日
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「洋裁を・・わたくしが、奥様にですか?」「ええ、そうなのよ。わたくし、家の事はちっとも出来なくて、このままでは主人にも申し訳なくて。せめて、娘の服くらいは縫えるようになりたいの。」子爵夫人がそう言って笑うのを見て、千尋は少し複雑な気持ちになった。「そうですか・・」「ねぇ千尋さん、お宅の坊やは今おいくつなの?」「今六ヶ月です。巽といいます。それよりも奥様、いつから洋裁を教えれば宜しいでしょうか?」「そうねぇ・・あの子のピアノの発表会が三週間後だから、悪いけれど今日から教えて頂きたいの。」「かしこまりました。」 こうして千尋は、小瀬子爵夫人に洋裁を教えることになり、毎日帰るのは夕方4時過ぎとなっていた。家に帰っても巽の育児や家事などがあり、休んでいる暇がなかった。「最近、寝てねぇだろう?」「あ、すいません・・」疲れが蓄積し、針仕事の最中についうとうとしてしまった千尋は、はっと目を覚まして歳三を見た。「肩揉んでやるよ。」「ありがとうございます。」歳三が千尋の肩を揉むと、そこは石のように硬かった。「奥様に洋裁を教えているんだって? そんなに働きづめで大丈夫なのか?」「はい。発表会が終わったら大丈夫です。」「そうか。巽のことは俺が見るから、お前は休め。」「ええ・・」そう言った千尋の目の下に黒い隈ができていることに彼は気づいた。 翌朝、千尋は小瀬子爵邸で子爵夫人に洋裁を教えた。「もうすぐ完成だわ、ありがとう千尋さん。」「どういたしまして、奥様。」「椿、喜んでくれるかしら?」「勿論ですとも。」千尋が子爵夫人と話していると、部屋のドアが開いて小瀬子爵が入って来た。「椿のドレスか?」「ええ、あなた。千尋さんに洋裁を教えていただいたのよ。」「そうか。千尋さん、今日はもういいから帰るといい。疲れを取った方がいいよ。」「お言葉に甘えさせていただきます。それでは奥様、旦那様、失礼致します。」千尋が小瀬子爵邸を出ようとした時、玄関ホールで一人の男とぶつかった。「あ、すいません・・」「気をつけろ!」「まあ千尋さん、大丈夫!?」子爵夫人が玄関ホールで倒れている千尋を抱き起こすと、男を睨みつけた。「まぁ、あなたまたいらしたのね? 生憎主人は出掛けておりますの。」「奥様、そんなにわたしの事をお嫌いで?」爬虫類を思わせるかのような目で、男は子爵夫人を見た。「平野さん、お帰り下さいな。」(平野・・何処かで聞いたような名前・・)「奥様、そちらの方は?」男の視線が、子爵夫人から千尋へと移った。「あなたには関係のないことですわ。さぁ千尋さん、行きましょう。」「はい、奥様・・」千尋は子爵夫人の後を慌てて追うと、彼女は溜息を吐いた。「あの方は、奥様のお知り合いですか?」「ええ。わたくしの、といっても、主人の知り合いだけれどね。明治政府の高官だか何だか知らないけれど、あの方、どこか嫌だわ。それよりも千尋さん、大丈夫なの? 無理をさせてしまってごめんなさいね。」「いいえ。お嬢様、喜ぶとよいですね。」「奥様、大奥様がお見えです。」「お義母様が? お通しして。」ほどなくして、和服姿の女性が部屋に入って来た。「るいさん、お久しぶりね。そちらが、椿の家庭教師?」「ええ、千尋さん、お義母様にご挨拶して。」「初めまして、内藤千尋と申します。」千尋は女性に挨拶すると、彼女はふんと鼻を鳴らした。にほんブログ村
2011年12月08日
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「おお、済まねぇな。」 歳三が財布を拾ってくれた人に礼を言おうとして振り向くと、そこには薄紫のドレスを纏った女性が立っていた。 西洋で作られた高価なドレスを着ているということは、華族か身分の高い女性だろうと、彼は一目見て解った。「あなた、お名前は?」「俺か? 土方・・内藤隼人だ。あんたは?」「わたくしは・・」「お嬢様、こんなところにいらっしゃったんですか!」侍女と思しき小袖姿の女性が、歳三達の方へと駆け寄ってきた。「さようなら、内藤さん。お会い出来て嬉しかったわ。」女性はそう言うと、歳三に手を振り、侍女とともに朝靄の街を去っていった。「お帰りなさいませ、旦那様。」「巽はどうした?」「あの子なら寝ましたわ。わたくしはこれからお仕事へ参りますから、巽の世話を宜しくお願い致しますね。」「ああ、解ったよ。」「では、行って参ります。」千尋はそう言うと、歳三に頭を下げて長屋から出て行った。 歳三の仕事は羅卒(警官)で、非番の日が少し多いため、千尋は最近華族の家で仕立ての仕事や家庭教師の仕事を始めた。幕末では歳三とともに京の都を血で染めたと言っても過言ではないほどの剣の腕で、それと同時に漢詩や和歌、茶道、華道、外国語などに精通していたので、巽を授かる前は礼法や薙刀の教師などをしていたが、巽が生まれてからは自宅でも出来る仕立ての仕事へと転職した。 稼ぎの悪い自分の所為で、千尋には苦労をかけっぱなしだ。新選組の元副長という立場は、この明治の世になっては邪魔でしかない。羅卒になれただけでもまだマシで、武士であった者は商売を始めても上手くゆかず、橋の下で寝泊まりするようになってしまった者が居たりしていた。 歳三は溜息を吐きながら、ふと壁に掛けている愛刀を見た。そこには、激動の世を共に過ごした兼定が、朝日を受けて鞘が艶やかに光っていた。京の都で歳三は、兼定を腰に提げ、数々の敵を切ってきた。羅卒が扱うのは西洋製のサーベルで、歳三は特別に愛刀の携帯を許可して貰っているが、新しい時代へと静かに動いている中、いつまで愛刀を使えるかどうかも解らない。(巽が大人になる頃は、どんな世になってるかな・・)幕末から明治へと激動の世を駆け抜けてきた歳三にとって、巽の未来には争いのない世になって欲しいと、歳三は密かに願っていた。「内藤さん、居るかい?」長屋の外から男の声が聞こえ、歳三はさっと立ち上がって戸を開けた。そこには、同僚の芦田が立っていた。「どうした、何か用か?」「実はよぉ・・平野重太郎ってやつが内藤さんのことを探っているらしいんだ。」芦田の言葉に、歳三の顔が険しくなった。 今や藩閥政府の重役として活躍している平野重太郎だったが、幕末では薩摩の過激派浪士として名が知られ、歳三は何度か彼と斬り結んだことがあった。「何で下っ端のしがない羅卒の俺の事を探ってるんだ? 明治政府のお偉いさんが。」「さぁな。でも用心した方がいいぜ。」「解った。」芦田が長屋から出て行った頃、千尋は小瀬子爵邸で子爵家の一人娘・椿に筝の稽古をつけていた。「よろしゅうございますよ、お嬢様。本日はここまでにいたしましょう。」「ありがとうございます、先生。」椿はそう言って千尋に頭を下げた時、部屋に子爵夫人がサラリと衣擦れの音を立てながら入って来た。「千尋さん、いつも椿の稽古をつけてくださってありがとう。少しお話があるのだけれど、よろしいかしら?」「はい、奥様。」子爵夫人に連れられ彼女の部屋に入った千尋は、ソファに腰を下ろした。「お話とはなんでしょうか、奥様?」「ねぇ千尋さん、お恥ずかしいのだけれど・・わたくしにも、洋裁を教えてくださらない?」にほんブログ村
2011年12月06日
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明治4年、東京。「旦那様、起きて下さい。」「ん~、ちょっとだけ寝かせろ。」「いけません、起きて下さい。」そう言って男の妻が布団を引き剥がした。「う~、寒ぃ。」「冬なのだから当たり前でしょう?」身体を縮こまらせてそう言う男に、妻は冷たい視線を向けた。その瞳は、美しい蒼をしていた。「ったく、昨夜は疲れたんだから、少しは寝かせろよ・・」「何をおっしゃいますか。あなたが寝ていらっしゃる間、わたくしは巽(たくみ)を一晩中あやしていて寝不足なのですよ。」そう言って彼女は、網代籠の中で眠る我が子を見た。「ああ、わかったよ、俺が悪かった。だから千尋、少しは機嫌直してくれよ。」男は妻・千尋を背後から抱き締めると、彼女はくすりと笑って夫の頬に軽く口付けた。「なぁ、久しぶりにいいだろう?」男の手が、着物の合わせを開き、ゆっくりと中へと入ってくるのを感じて、千尋は思わず声をあげてしまった。「いけません、こんな朝から・・」「いいじゃねぇか、巽ならまだ起きねぇよ。」「もう、土方さ・・」千尋が抗議の声を上げると、男は美しい顔を顰めた。「名前で呼べっつってんだろうが。」「歳さん、やめてください。」千尋は夫―元新選組副長・土方歳三を睨むと、彼の手を振り払った。「ふぇぇん!」網代籠の中で眠っていた赤ん坊が目を覚まし、まるで火がついたかのように泣き始めた。(畜生、いいところを邪魔しやがって・・)歳三はぶすっとした顔をしながら、妻にあやされている我が子を見た。 一年前、維新の混乱が漸く鎮まった後、歳三と千尋は夫婦として暮らし始めた。新選組の元副長という身分を隠し、彼は妻の千尋とささやかな暮らしを送っていた。 そんな中、千尋が巽を身籠った。彼女の妊娠を知った歳三は是非産んで欲しいと彼女に言ったが、彼女はこの子を諦めると言った。「今生活が苦しいのに、家族が増えるだなんて・・これ以上、旦那様の負担を増やすようなことはできません。」「馬鹿野郎、金の問題じゃねぇんだよ! 俺とお前との間に出来たややを殺すなんざ、俺は反対だからな!」その夜は一晩中、千尋と歳三は腹の子の事で話し合い、結局千尋が折れて巽を産んだ。 初めて巽を抱いた時、ズシリと両腕に伝わる命の重みが尊くて美しいものだと歳三は感じた。だが今となっては、妻を子どもに取られ、やきもちを焼いてしまう。(まるで小さいガキが赤子の兄妹に親を取られたみてぇだな。)歳三がそう思いながら千尋を見ると、彼女は巽に乳をやっていた。「旦那様、余り見ないでください。」「おう、済まねぇ。ちょっと外に出てくるぜ。」彼はさっと長屋から出て行くと、当てもなくぶらぶらと朝の街を歩いた。何故か、最近面白くないと感じてしまう。(父親になるのって、難しいんだな・・)歳三がそんなことを思いながら下駄を鳴らして歩いていると、背後から突然声がした。「もし、落ちましたよ。」にほんブログ村
2011年12月06日
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いやぁ、今回は三田さんの壮絶な過去を知って、「彼女が笑顔を見せなくなるだろうな、これは・・」と思ってしまった。異父弟に家を放火されて夫と息子を殺されて、自殺されるなんて耐えられないわ。阿須田家は徐々に纏まりつつあるけれど、三田さんの笑顔は最終回で見られるのだろうか。
2011年12月01日
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