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最近になって、背中が痒くなってしまって、ちょうど、暖かくなると、電気が走ったようにチクチクしだすし、「こりゃーー、寒冷蕁麻疹かな?寒冷蕁麻疹だと、背中から顔までが出てくるけれど、背中と頭だからなぁ」と思っていましたけれど。湿疹のようで、薬を貰ってきました。どうも、勤務先でもいいし、近くにも皮膚科はあるけれど、女医さんが多くて、ちょっと、恥ずかしいではないですか(笑)若い男性の医者のところに初めて行ってきました。カミさんに「背中かいたでしょう。赤くなっているわよ」と言われてしまって。女性で、婦人科の医者が男性だったら恥ずかしいのと同じかな。ちょっと、考えすぎですよね。痔の手術をしたことがあるのですけれど、金持ちでないのに、地主じゃない、痔主に20歳代の時になっちゃって、主治医が女医さん、毛を剃ってくれたのは、看護婦さん。「おばあちゃん看護婦さんで悪いね」だって。その事を思い出してしまいましたよ。手術室で、「はい、ここで裸になってください。パンツもですよ」ときれいな看護婦さんに言われて、恥ずかしいけれど、そんな事を言っていられないほど、うんでしまって、熱があったもので、無我夢中というのかな。部長先生が、執刀すると思ったら、女医さんが執刀してくれて。部分麻酔で、骨髄に注射をしたかな。人によってでしょうけれど、後の後遺症というのか、起きていられなくなって、起きていると、肩がものすごく痛くなって、点滴を毎日打っていました。普通だったら、1週間の入院なんでしょうけれど、20日間も入院していました。先日、休日で暇だったので、なんとなくフジテレビの「こたえてちょうだい」なんて番組を観ていましたけれど、ちょうど、出産のことをやっていましたけれど、再現VTRでしたから、ちよっと、おもしろおかしくは作ってあるのでしょうけれど、帝王切開で、麻酔が全然効かない人って、いるんですね。17本も打っても効かなくて、仕方がない、母体と胎児の事を考えて、その効かないうちに切腹?考えられないような事が。アルコールを飲みすぎるとそうなるのかな。何処の病院でもそうなのかもしれないけれど、母子を大事にして、妊婦さんが来ると、車椅子に乗ってもらうのですけれど「いいです。歩けますから」と言われても、母子優先ですし、「母子が大事ですから、お座りください」と言って、後は、ナースにお任せということがありますけれど。日記に書いたことがあるけれど、自家用車で来られて、ご主人が慌てて「破水が始まっちゃったのですけれど」と言われて、こちらが焦ってしまいましたよ。車椅子にも乗せられないし、ナースがあわてて来て、妊婦さんを見て、他のナースに「ベットを大至急持ってきて」と言っていましたね。僕達には、手を出せませんからねーー。当たり前か。ナースマンも多くなったけれど、女性は、女性のナースがいいよね。男性もそうかーー(笑)
2005年01月31日
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万札が、用水路に捨ててあったとか、何かの、裏金?もったいないなぁと言うより、ポストに投げ入れたり、藪の中に捨てたりしているけれど、何かの問題のある札なのかな。下を見て歩いているけれど、そんな札は、拾ったことがないしね。拾っても、1円、最高で50円でした(笑)娘がね50円玉をバスの停留所で拾って「交番に届けるんだ」と言うので、反対側の通りの交番までとどけたこともありましたっけ。大人だったら、どうします?まさか、子供のいる前で、懐に入れるわけにもいかないしねーー。 現代版の鼠小僧なんていないでしょうかねーー。悪徳の商人から、盗んだ札束をばら撒いてくれないですかねーー。喜んでいただいてしまうのだけれどなぁーー。「ははーーありがとうございます。鼠小僧様」と言って、おじきを何度もしていまいますよ。馬鹿なことをしてしまったことが。職場の旅行で浴衣に着替えて、懐に5千円ほど入れていたのをすっかり忘れていて、そのまま浴場に。その時、脱衣した時にパラパラと落ちてしまったのでしょう。うっかりも、ほどほどにですね。拾った人は、あのお金で、飲んでしまったのでないのかな。大失敗も、よく、やっていましたよ。
2005年01月30日
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マンションの賃貸の相場は、その場所によって違うのでしょうけれど、我がマンションは、分譲がたったの3軒。なんだかしらないけれど、元の地主が、12戸買って賃貸にしてしまったけれど。分譲がもっと、増えるはずだったのだけれど。僕のところは、自分のお城。だけど、昔の庭付きの1軒屋が懐かしいーー。僕の以前勤めていたマンション関係のところでは、月額40万円。これも高い。高級マンションで、外国人が多くて、天井までの高さも高かったし、広い感じでしたけれど。40万円とは。東京なんかに行くと、もっと高いところだってありますね。とても、払えない。へたをしたら、僕の年収以上が月額ですし。僕のところは、3LDKで、月額が17万円。ワンルームが7万円だったかな。3軒ぐらい転居してしまって、空き室のまま。もっと、値下げすればいいのにと思うけれど、隣のマンションは、2LDKで、10万円くらいかな。今から、例えばこの賃貸に入ろうとしたって。入れないですよ。多分、若い人で、収入の半分以上が家賃に回ってしまっているのではと思いますけれど。会社などで、住居手当で半分ぐらい出してくれればいいけれど。管理費だって、空き室の分は持ち主が支払わなくてはならないし、赤字になってしまって。早く、入居してもらいたいのでしょうね。数日前から、風呂の排水がおかしくなってしまって、なんせ、水周りが一番問題ですから、管理会社に電話したら、来週くるとか。少し、のんびりしすぎと違うのでは。前の管理会社だったら、すぐに来てくれたのになぁ。最上階だから、よけいにまずいのでは?浴槽蓋が切れてしまって、近くのお店に頼んでみたら、あんな蓋が、メーカーの純正だと、1万円以上だとか。わざわざ、そこのお店の人がホームセンターまで行って買ってきてくれたみたいでした。儲けなしではないの。でも「まぁ、石油も買っているし」なんて思っていたりして。昔からのお店だから、お互いに知っているし、何か、悪いようなサービスを受けてしまいましたけれど。僕が、初めからホームセンターに行けばよかったけれど、時間がなくて、頼んでしまったのですけれど。昨日で、HPを開設して、360日目でした。もう少しで、1周年です。
2005年01月29日
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去年でしたね、回転扉の事故があって、お子さんが被害があったのは。その後、そこのメーカーの回転扉でもないところまで、使用禁止にしたところが多くなったのではと思います。職場の正面玄関にも、回転扉でしたけれど、今では、大きな観音開きの扉に変えてしまいました。事故防止の為に、回転扉に手を触れると停止するようになっていますけれど、誤って触れたりしちゃって、後ろにいたおじさん「なんだ、どうしたんだ」というような顔をしていましたけれど、僕の失敗で停止させちゃったことが、何度かありましたけれど。横浜のランドマークタワーというのがトップページの画像にありますが、ここも、回転扉で、この事故以来、使用していないのとか。このところ、行っていないので、よくわかりませんけれど。子供は、面白がって遊ぶ気持ちはわかりますね。だけれど、危ない。回転扉を最初に見たのは、小学校当時。しゃれた扉だなと思って、何度か、くるくる回して遊んでしまった方ですよ。自動ではなくて、この時代、自動式なんてなかったですから、手動式でしたけれど。郵便局にこの回転扉があったんですよ。近くに親戚がいて、よく、この郵便局の前を通っていました。この当時の回転扉は珍しかったんです。横浜駅前の神奈川郵便局、今は、横浜中央郵便局となっていますけれど、今は、回転扉はありませんけれど、何度か、この扉で遊んでしまったこともあります。珍しい扉だったし、子供はよろこびそうな扉でしたし。扉にしろ、エスカレーターにしろ、子供の事故が多かったですけれど、最近は、エスカレーターの事故は、少なくなったかな。子供が小さい時には、よく注意していました。どうしても、子供は好奇心があって、エスカレーターから頭を出したりして、壁にぶつかったりの事故が多かったけれど、最近は、その注意として、その壁についたてみたいな物がぶらさがっていますから、これが、効いているのかな。エスカレーターで、今は女性の事故が多いのかな?デパートなどで、エスカレーターに乗るときに注意するアナウンス「小さなお子様は真ん中に、女性の方で長いお召し物をきていらっしゃる方は、十分ご注意ください」と。昔は、ヒールが溝に挟まったりしたことがあったかな?そうそう、雨の時には、傘の先が溝に挟まったりもしていたことがあったようですね。エスカレーターの話で、あるデパートに行った時、母親と娘さんと買物にきていました。娘と言っても、もう結婚している方ですよ。母親が田舎から娘のところに遊びにきていたのでしょう。娘さんは、エスカレーターには慣れているけれど、母親は慣れていなくて、なかなか乗れない。娘さんが母親に向かって「何そんなところで、モタモタしてるのよ。早く乗って上がってきてちようだい」と言っていたけれど、様子をみていても、なかなか怖くて乗れなかったみたいでした。娘さんが、一度下の階に下りてから、教えるとか、エレベーターで上がればいいのに。あんなところで、娘さんが、母親を叱らなくてもねーー。何時だったか、青森の親戚が来た時も、初めてエスカレーターに乗ったのですけれど、なかなか、どのようなチャンスで乗っていいのかわからず、父親と出かけましたので、父親がおしえたのでしょう。
2005年01月28日
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色々と取り締まる警察官が、裏金?処分者が多いけれど、公務員のやることではないですね。免職もずいぶんいるけれど、これでは、市民を守っていく警察の信頼問題になっていっちゃています。一つの警察本部がやってしまうと、全国の警察本部にまで、信頼がなくなっていくという、大きな波が寄せてきちゃいますね。僕のところの、本部でも、何年か前にも、何かの不祥事がありましたが、そのせいか、窓口での応対がよくなったような気がします。どうもここで、マンガの話をするのはおかしいけれど、思い出してしまったんですよ、サザエさんを。警察官「オイ、コラ」と偉そうに呼び止めていたことを。今でも、「オイ、コラ」と呼び止められてしまいましたよ。一方通行を知らないで逆送してしまって。悪いのはこっちだし、現行犯になってしまうし、でも「オイ、コラ」は気に入らなかったですよ。交通違反キップって、ノルマがあるのだかしらないけれど。よく、隠れていて、捕まえているけれど、どうも、ああいうやり方は気に入らないなぁ、右折禁止に数日前になったのを知らずに右折したけれど、もちろん現行犯でキップを切られました。きたないやり方、立っていて、かもにかかるのを見ているのだものね。注意してくれりゃーーいいのにね。まだ、パトカーの方が、「そこは、右折禁止」と注意してくれるのにねーー。女性の敵が捕まりました。婦女暴行で。強姦だって。仕事を始めようとして、古物商の許可をとるのかどうかということを警察に相談しにきたらしいのですけれど、何か、犯行時と同じ服装だったし、防犯カメラに映っていたその人物だったりして、見破られて、あえなく御用となりました。指名手配されていたのかな。犯人が自分から警察に来たのだから、大助かり?まぁ、おかしな犯人の行動だったけれど、捕まってくれてよかった。警察官の不祥事もあるけれど、何億円も着服したというのもいたし、たしか、その後行方不明になっちゃったのかな。結局は逮捕されましたけれど、国庫金になるのに。逮捕されても、この、何億円というお金は、返済しなくてはならないし、もう、こんなことをやったら、生活がめちゃめちゃですね。離婚、財産などもパーだし、その時のことしか考えないのか。上の役職者に多いのには驚きますけれど、防犯のことをよく指導する立場なのに。その下は、ギャンブルなどで、ちょっとというのも逮捕されているけれど、この、何億円とは。1円でも、犯罪ですよ。外部から防犯を守ろうとしているのか、「防犯」という腕章をしているけれど、外部には、よく見えていていいのだけれど、カラーボールも外部の犯人には効き目があるけれど、内部の犯罪はねーー。金庫も、きちんと二人以上で立ち会って開閉すればいいと思うのだけれど、どうしても、責任者は、そこのトップの責任者になってしまうのでしょう。一度だけ、金庫事件に遭遇、まったく、古い金庫で、閉めようとしたら、金庫のダイヤルが空回りしちゃって、「あれ」と思って、開けてみたら、全然ダイヤルが引っかからなくなっちゃって、金庫屋を呼んで、その日は、寝ずに金庫番かと思いましたよ。午後11時頃きたけれど、「ちょっと、開かないから明日の朝7時にきます」と。夜は遅くまで金庫番、朝は早く行って、修理屋がくるのを待っていました。仕事にならないですから。3時間ぐらいかかって、開けてもらったけれど、流石ですね。手間賃の請求が高くて、関係課から「これだけの修理費がかかった」と見せてくれたけれど、その前に、もっといい金庫を買ってもらいたいですよ。毎日のことだから、磨耗してしまうのは、当たり前のことだとおもうのだけれどなぁ。ひどい、目にあいました。もちろん、トップには連絡しました。帰宅していて、電話だけの指示だけではねーー。何かあったら、大変なことになっていたけれど、無事に済んで、ほっと。二日間の出来事、1週間ぐらいの疲れがドドドと出てしまいました。
2005年01月27日
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仕事に行く時は、嫌だなと思う人が多いと思います。前にも書いたことがあるとおもいましたけれど、99%が、自分の好きな職についていないとか。食べていくには、仕方がないことだと思います。今は、仕事を選んで探すというは難しいでしょうし、収入が高ければ、それなりに厳しいものがあると思います。それは、誰でもが収入が高いところを選ぶでしょうけれど。あるところ、面接官に「いくら欲しいですか?」と聞かれた人がいました。今、再就職で、13万から18万がいいところでしょうね。いくら欲しいと答えたと思いますか?「30万円欲しいです」と答えていたのには、驚きました。今時、再就職でそんなに貰えると思っているのかな?絶対に無理ですよ。脇で聞いていて、欲張りすぎではないのと思っちゃいましたけれど。僕の友達は、東北ですが、社員扱でなくて、アルバイト扱だそうです。これも、自分で保険もかけないといけないし、大変ですね。さてと、本題です。先に書いたように、仕事に行くのはつらいけれど、時間が終わる頃になると、何故か、ほっとするのは、だれでもありますね。最後の仕事で、館内を回っていたのですけれど、掃除のおばさんが前を歩いていて「お疲れ様」と声をかけました。この方も、僕より30分ぐらいはやく終わる仕事だったと思いますけれど、僕が後ろにいたのですけれど「ブブブ」と聞こえてしまって。「あら、ごめんなさい。仕事がやっと終りだから、気が緩んじゃって」と言われていましたけれど、何て答えていいのやら「いいえ、かまいませんよ。仕事が終わればほっとするでしょうから」と、答えるしかなかったですね。生理現象だから、しかたないですから、僕は、気にしていませんけれど。
2005年01月26日
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二度と行きたくないお店ってどうしても、出てきてしまうと思います。親の代で辞めてしまって、他の店になっちゃったりしているところばかり。子供が継ぐと思っても、やり方によっては、お客さんは。寄ってこなくなってしまう。子供の小さい時に、ある蕎麦屋に入ったのですけれど、感じがわるいのったら、ありゃしない。子供がいないからわからないのかもしれないけれど、「うるさいから静かにしてください。他のお客さんに迷惑です」だって。そんなに、大きな声を出しているわけでもなく、まずい、蕎麦になってしまいました。そこの、蕎麦は好きだったのだけれど、これがあってから、行かなくなっちゃいましたね。会計の時なんて、ひどいものですよ。合計の金額を1000円札でだしたら、「お釣りがないから、こまかいのをだしてもらいたい」なんて言っているし。他の人をみていたら、ちゃんと1000円札でも、お釣りを出しているし、おかしなやり方でしたね。商店向きではないなぁ。感じが悪いし。蕎麦屋は辞めて、ほかに店舗を貸しているようですけれど、商売が下手なんでしょうか。子供を連れて、色々な蕎麦屋など入ったことはありましたけれど、こんな事を言われたのは、初めてでしたね。何が気に入らなかったのか?独身だし、子供の事は、よく分かっていないのかな。接客の勉強をしてもらいたい感じ。親の代は、よかったけれどねーー。比べてしまいますね。
2005年01月25日
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今日は、給食の日だってね。22日のオセロの司会をしている番組で、初めて知りました。あの給食の献立を見て、中尾彬とは世代が違うけれど、懐かしがっていました。子供達の小学校時代とは、僕の時代とは違うのは当たり前だけれど、おもしろい献立が子供達にありました。パンにウドン、どっちが主食なんでしょう。ラーメンライスなんていうのがあるから、どっちも、主食なんでしょうか。今は、プラスチックの入れ物ですね。僕の時代は、金属の入れ物、お皿というのか、3つの溝があって、パン、おかず、マーガリンとかジャムが入っていたかな。みんなが嫌っていたのが、アメリカからドッサリと送ってきた、脱脂粉乳。全然美味しくない、今の、スキンミルクの方が美味しいのでは?たまに、牛乳が出ると嬉しくて。コッペパンの時もあったし、この、コッペパンを揚げパンにしたり、食パンは、4枚でした。いつも、半分だけ食べて、家で残りを食べるのが好きでした。休んだ子には、父兄が新聞紙で袋を作って、その中にパンを入れて、友達が届けてもらった時代でした。中尾彬が、八宝菜の味が忘れなかったようですけれど、僕も好きでした。スプーンの時もあったし、箸の時もありました。ちょっと先が折れていたのもあったけれど、それから、先割れスプーンなんていうのもあつたけれど、これは、危ないのだか?使用禁止になってしまいましたけれど。僕の出た小学校には、最初から給食室があったり、プールがあったりしていたから、進んでいたのかな。隣の小学校には、給食室なんてなくて、給食センターから配達をしていたようでした。プールも、隣の小学校から来ていたような思い出があります。小学校の時は、交代で給食係をやっていて、金属のバケツを給食室に取りに行ったりしていました。おかずはすぐに空になるのだけれど、流石に、脱脂粉乳だけは、残ってしまって。みんな、一口ぐらいしか飲まなかったし。小学校当時、元々勉強は好きでなかったから、給食だけが楽しみでいっていました。脱脂粉乳を除いてね。この給食でも、市によって違うし、だいたいが小学校までだと思いましたけれど、食器からにしろ、カミさんは隣の市の出身だけれど、もっと、いい物をつかったいたのではないのかな。僕の市では、中学は全く何も給食なんてのがなかったけれど、カミさんのところは、中学時代は、牛乳だけは出ていたとか。息子や娘が小学校の時は、1日200円ぐらいだったのかな、あれだけで、よく出来ると思っちゃっていますけれど。試食ではないけれど、「卒業生を呼んで、給食を食べながら昔のお話を聞こう」という会があって、応募しました。30歳代の女性と同じクラスに呼ばれました。僕は、まだね40歳代ですよ。ちょっと、時代の差が。30歳代の女性と40歳代の僕とでは、ちょっと違ってくるのは当たり前ですよね。牛乳でも、パックだと思いましたけれど、飲み終わったパックを上手にたたんでいました。息子も娘もやっていましたっけ。130周年の時だったかなぁーー、大先輩では、80歳代の方もいて、昔々の話をされても、僕にはちっともわかりませんでしたよ。
2005年01月24日
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今日は、寒かった。家で冬眠なんかしてもおもしろくないので、市の中央図書館へ。やぎは、冬眠できないでしょう。管ちゃん(笑)紙を求めて、図書館に行ってきました。でも、美味しそうな紙もなくて、そのまま帰ってきいしまいました。ビテオもCDも聴かずにでしたけれど。駅で、すばらしいファッションの女の子が、20歳は過ぎているでしょう。ファッションは、勝手でしょうといわれてしまうかもしれないけれど、少女のようなファッションをロリータファッションと言うのですか。息子が、「あれは、ロリータファッションと言うんだよ」と言っていたけれど、よく知っていること。なんで知ったのか?まだすごいファッションの子もいるでしょうけれど。娘に、「あれと同じファッションはどうなの?」と尋ねたら「絶対にしない」とか言っていました。まぁ、その人の考えだから、外野でなんだかんだと言うと、怒られそうですので。カミさんも、驚いていたファッションだったから。ちょっと、悪いのですけれど、どうも、似合わなかったなぁ。上下とも、フリルのついた、女性が着る物というか、女の子が着る物のように見えてしまって。しかし、図書館の電気工学とか、電気通信関係の本を見たのですけれど、本当に、無線関係の本が少なくなっちゃって。雑誌は、パソコン関係の本が多いけれど、懐かしい「トランジスター技術」なんていうのは、いまだに残っているんですね。オーディオも好きだったけれど、本を読むのもカッタルクなってしまって。「また、真空管式のアンプでも作ろうかな」と言ったら。「置き場所がないでしょう」と。作ってしまって、うまくいけば、邪魔になってしまって、友達が欲しいといえば、上げているし。今は、そんな時間の余裕も、金欠病だし、夢の話ですよ(笑)
2005年01月23日
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インドネシアの津波でたくさんの犠牲者がでてしまいました。これだけの、津波の経験なんてないですね。南米でも、「津波が来る」なんていうデマが飛んでいて、すごい人が山へ避難していったようです。まったく、世界で色々と起きているというのに、ひどいデマを飛ばすものだと思います。この話はご存知の方は、いらっしゃると思いますけれど、実話が、映画になりました。テレビで、放映もしていました。この事件を観ていて、アメリカの映画を思い出してしまいました。映画の内容は、ラジオで「火星人が地球に来る」という、ラジオ番組だったと思います。途中でこの番組を聴き始めた人は、臨時ニュースのように聞こえてしまって、だいぶ、パニック状態になってしまったというドラマでしたけれど。ラジオ局では「これは、ドラマです」と言っていても、もうすでに避難してしまっている人だっているのに、その、ドラマということさえ分からずに、ライフルを持って逃げていたというものでしたけれど。デマがデマを呼ぶ。これは、本当ですよね。何かが起こると、必ずこのデマで混乱してしまうのは、何時の時代になっても、そうかもしれない。悪ふざけの情報だけは止めて貰いたいですね。こういうこと時さえ、正確な情報を流してもらわないと。南米の狼少年?には呆れてしまいました。
2005年01月22日
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職場の人が買ってきたスポーツ新聞にも載っていたし、全国紙にも載っていたし。公務員がねーー。学校の先生のニュースは知っていたけれど、まさか、東京の救急隊が同じ病院でHな事をしていたとは。学校の先生も、救急隊の職員も同じようなやり方だったのですかね。女子生徒とか、女子職員を盗み撮り。足に小型のカメラをつけたり、携帯電話で写真を撮ったりしたらしいですね。処分も懲戒免職でしょう。次の仕事は、なかなかないですよ。今、就職するのにも、しっかりと過去を調べるところがあるようですしね。オエラさんにも多いとか。65歳のエロオヤジもいましたよ。これも、オエラさん。おかしいよ。この人達の、将来は全然ダメ、捕まるのは当たり前だけれど、もう、その場所には住めないし、何処かへ家族は転居をしなくてはならないし、家族が大変ですよね。ある日、ファミレスに行った時に、端に親子連れの方がいました。席替えを子供としていたのかな。超ミニだったので、見えてしまっていて、本人は気がつかないのだけれど、短すぎますよ。じっとなんか見ていたら大変だから、下を向いちゃいましたよ。男性だけが悪いと思っている方がいるかもしれないけれど、乗っている車両は違っていましたけれど、「何やってんだ?あの女子高校生は」と思ったりして。前に男性がいるんですよ。わざと、スカートをまくり上げている子がいましたよ。どんなつもりでやっているのかしらないけれど。前の男性、見て見ぬ振りをしていました。
2005年01月21日
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ある人から聞いた話です。今は、「俺俺詐欺」から名称が変わりましたけれど、みんなが、注意している。でも、時と場合によっては、信用しないといけない時も、どこまでは、ラインを引くかは、難しいことかもしれないですね。怪我や、病気になって、病院に運ばれて、家族が付き添ってこなかった時は、多分、救急隊や病院でも家族に連絡をしなければならないですね。ところが、この事件が頻繁に起こるようになっちゃって、なかなか信用してもらえずに困ったという話を聞いたことがあります。突然の電話で「まさか、家の子が」とか「家の旦那が」と疑ってしまっているというんですね。まったく、重要なことなのに、信用してもらわないと困ってしまう時もありますね。どうしても、疑う気持ちは分るけれど。難しい。
2005年01月20日
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何か物を送るときには、宅配が多くなっっているのかな。オークションなどでも、こちらから送るのも、送ってもらうのもクロネコ便が一番多くなっています。だけれど、メール便では、未配達のものがたくさん出てきたとか、大変なものですね。郵便局だったら、多分でなく、完全に始末書と処分が担当者と責任者にいくことでしょうけれど、メール便でも、お客様に迷惑をかけたということで、同じような処分がされたのでしょうね。今日、たまたま、マンションのエレベーターで、郵便局の集配の方と一緒になりました。書留でも、配達するとすぐに携帯端末に入力するから、何時の何時何分までが表示されて、インターネットで追跡調査ができています。前は、小包だけが追跡ができたと思いましたが、ずいぶんと変わりましたね。たしかに、現場の方は、端末機に入力する作業はありますけれど、この方が正解ですね。郵便小包も早くなりました。追跡調査ができるようになったのは、最初は宅配便でしたけれど、小包がちょっとシステムが遅れたのではと記憶しています。重さも30キロが40キロまでになったし、業者に負けていられないのが、郵便局?この40キロは国内の規定だけれど、大きさもそうですね。日本の規定より大きい、重いものが海外から送られてきていますから。パレットに積まれて到着していますけれど、暮れなんかは、トビラが開かないくらいにドッサリということも。数ヶ月郵便事業に従事していたことがありました。後は、保険専門でしたけれど。配達証明は追跡ができないのですが、ある、社団法人に書留をだしたのですけれど、重要文書で回答を求めているのですけれど、去年の11月30日の10時11分に到着しているはずなのに。報告期限も12月10日にしてあるのだけれど、ちっとも、回答がないし、会員をどう考えているのだか、尋ねてみたくなりますね。会員がだんだんと少なくなってしまって、無駄なところに経費を使われているのではと、勘ぐってしまうようになってしまいます。会員がいて、職員が食べていけているのだけれど、もうちょっと、考えてもらいたいことだってあります。「こちらの事を考慮してください」なんて言っていたけれど、その言葉を返しましたよ。自分達の事だけ、都合のよいことを考えているのが、一目瞭然ですから。管ちゃんも知っているところですよ。電話では、話しになりませんから、文書回答を求めているのですけれどねーー。
2005年01月19日
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小さな子のいる方は、よっぽど注意しないと危険だなと思ったことがあるんです。もちろん、道路での急の飛び出しはあると思います。外でも家の中でも危険がいっぱいあると思っています。子供は、調理台のところまで手がとどいてしまって、熱傷になるお子さんもいました。下手をしたら、命にかかわることだとも思いましたね。あと、お子さんは、何でも口に入れてしまう。へたな物を口にいれたら、気道異物で危険があります。注意してもらいたいと思ったことは、事務用品というか、サインペンとか、蛍光ペンの蓋を飲み込んでしまった子がいたところです。まだ、1歳のお子さんでした。無事でしたけれど、ちょっとした不注意、大きな事故にならないように願っています。ちょうど、ハイハイするころが危険ですね。何でも口に入れてしまうこともあるし。もう一つ、注意しないといけないのは、ハイハイしていると、上にあるものより下あるものがよく見えてしまう。ヘヤピンとか小さな金属は、絶対に床におかないようにしないと。へたをしたら、コンセントに入れてしまって、感電してしまうこともあるし。外でも、家の中でも危険です。子供は、興味があって、ちょっとした悪戯が危険ですね。ある程度、大きくなれば、分るようになるけれど、ハイハイしている時期が一番危険な時かもと思っています。息子は、数回骨折はしてしまったし、娘は、交通事故で、どういうわけだか、腿にタイヤの後があっただけで、打撲だけですんだのが良かったのですけれど。シャングルジムから落ちた時、ちょうど冬の時期だったかなぁーー。ズボンをはけばいいのに、あの当時は、ズボンが嫌いでスカートでしたから、やっぱり腿をおもいっきり切ってしまって、寒いものだから、なかなか出血が止まらずに、焦ってしまいました。救急車を呼んで、近くの病院に搬送されたり、娘が、一番救急車の世話になっていますね。付き添いでは、1度だけ同乗しましたけれど、あまり、いい感じではなかったですよ。
2005年01月18日
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1995年1月17日から10年がたちました。阪神大地震から、たくさんの犠牲者をだしてしまった地震でした。何曜日と記憶されている方は?火曜日でした。昼のニュースまで゜、こんなに大変な地震が起こっていたとは、その時点までしらなかったですね。神戸の長田区の被害が大きかったのだと思いました。長田区に勤務ていた、トップが、横浜に転勤してきて、この事については、あまり話しはしませんでしたけれど、人員確保が難しくて、「もし、地震があった時は、どのようにして通勤するのか」という、アンケートが回ってきました。かなり、遠い人もいますから、出勤はできないし、僕の場合は、歩いての出勤になってしまいますけれど、はたして、この通りになるかは、わかりませんね。ちょうど、10年前は、生命保険関係の仕事をしていました。神戸の長田区の方、住むところもなくなって、横浜の息子さんのところに避難をしてきたようです。少しでも、お金が欲しい時ですよね。生活するのにも、大変だし。上部機関から、通達があって、保険証書がなくても、何か確認できるものさえあれば支払い可能というのがありました。満期保険金でしたけれど、その、老夫婦は、保険証書も焼いてしまったようで、諦めていたのですけれど、支払い可能という話をしたら、大変喜んでいましたね。何度も、僕におじぎをして帰られましたけれど、なんとなく、目に涙が見えていました。情報を知るのに、インターネットは、こんなに活発でなかったと思うし、パソコン通信を通して情報を流していた方がいました。電話もダメでしたから、その現場の方からの情報ではありませんでしたけれど。この頃、無線でパケット通信をやっていましたので、これこそが正確な情報を流してくれていたのかもしれないですね。無線の中継をきちんとしてくれていた方もいました。ただ、関西から、横浜までに色々な局の転送で、僕のところに情報が入ってきたのは、数日後になりましたが、次から次へ情報を送ってくれていた方がいました。電話が使えなくなってしまうと、バッテリーの使えるものの無線機と発電機をお持ちの方に助けてもらうということしかできなくなってしまいますね。家屋が崩壊していなければ。
2005年01月17日
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不思議というか、こんなことってあるの?あるんですね、これが。困ってしまいます。病院で患者さんの面会に来て、名前が分らないできている人がいるし、不思議ですね。名字も分らないし、何百人というところから探すのは、不可能な事です。ただ、下の名前だけが分っても、調べようがないし、きっと、名字でなくて、愛称で呼んでいるから、本当の名前が分らないのでしょうね。名字さえわかればいいことだと思うけれど、いくら探してもなかったり、以外と、早とちりして、病院を間違えてくる方がいますし、一応は、名前を確認してもらって、調べたりはしているのですけれど、他の病院だったということもあるし。こんなのは、日に何件もあるようです。こんなことはありますから、名字と年齢だけでも分ればいいのですけれどねーー。困ってしまうのは、受付の人ですよね。受付の人は、一番困っています。怒れたって、分らないものは分らないしね。
2005年01月16日
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今日は、雪が降るとかで、外は、みぞれが降っていますね。どうも、昨晩から身体の調子がおかしくて、午前中は寝ていましたが、疲れていたのだか、具合が本調子でなかったのか、ウトウトと寝てしまったようでした。調子がよかったら、医者に行こうとしたのですけれど。これって、おかしい表現ですよね。だるくて止めてしまいました。背中のあたりが痒くなって、1週間、休日診療所の薬では治らなかったので、近くの専門医に行こうとしたのですけれど、あまり、調子が悪くて、今日は止めて、1日中、冬眠状態でした。家ばかりいると、凹んでしまっている自分に気がつきました。やっと、夕方になって、パソコンをやりだした感じだし、こんな日は、テレビを観ていても、面白いとは思わない日でしたし、1日が早いこと。明日は、仕事だから、バテないようにしよう。暖かい部屋にいすぎたかもしれないなぁ。時々暑くなって、ファンヒーターのスイッチを切ったり入れたりしていました。サッシの窓が汗かいていて、部屋の中でポタポタと音が聞こえるし、リビングと僕の部屋だけが大汗の部屋でした。
2005年01月15日
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今日は、1ヶ月に一度の医者に行ってきました。半年に一度、採血検査をしてもらっていますが、その結果の検査表をもらってきました。ガンマーGTPが多いのは、体質なのかな?油物が好きなのも影響しているのかもしれないですね。空腹の時に検査してのではないから、正確かどうかはわからないけれど、ほぼ、間違いなしですね。毎回、肝臓で、注意されています。数値、男性だったら75以下が平均、女性が45以下。去年の2月の数値が63だったのに、今回は、164になっちゃって。去年は、平均以下だったのに、どうしてなのだろう。医者に尋ねられました「お酒は、どのくらい飲んでいますか?」「週に一度ぐらい、350のビールかチューハイぐらいですけれど」「元々は、お酒に強い方ではないようですね」と言われました。前は、もっと高くて「肝炎では」と疑われたことがあったけれど、どうも、体質のような感じがしますね。脂っこいものも食べてしまうし、8日の、無線仲間との新年会もずいぶんと脂っこいものばかり食べてしまったからなーー。カミさん、「今日の献立は、鮭」だって。「えーー、いつも仕事で夕食も弁当だし、たまには焼き肉でも食べたかったかったのに」「肝臓がわるいのに、そんなのを食べたら、よけいに悪くなるでしょう」と、却下されてしまいましたよ。今回は、採血の時の調子が悪かったのかなぁ。去年の2月は、平均以下になって喜んでいたけれど、今回は、100ぐらいオーバーしてしまっていて、ガッカリ。そういえば、去年はねほとんど、アルコールを飲んでいなかったのかも。もっと前は、人間ドックでも注意されるくらいだったから、もっと高かったのかも。アルコールは、無理して飲むなということなのかも。週1度でもダメなのかーー。新年会の時は、食べる方が多くて、生ビールを2杯で抑えていたけれど、ダメだったかな。今、採血したら、どのくらいになっているのかな。仕事で、遅れた正月3日4日だったけれど、日本酒を飲んでしまったからなぁ。
2005年01月14日
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この社会、色々な仕事があります。夏は暑い、汗はかく、冬は寒い仕事だってあります。外での仕事の人は、大変だとおもうし、体を使う仕事だってあるわけですし。辛い仕事だったら、それで簡単に辞めてしまうのでしょうか。生活がかかっているから、そんなことはできんないですね。 きれいな話ではありませんから、ご承知の上、お読みください。今日も、職場の関係で、救急車で運ばれた患者さんが、救急隊のストレッチャーの上ではいてしまいました。玄関の通路のこともあって、それを処理しなくてはならないですね。それは、清掃の係の仕事だとか言っていられないですし、3人で、後処理をして、そのあと、雑巾で、きれいに拭いたのですけれど、まだ、気になって、たまたま、夜の清掃の方がいましたので、お願いして、再度、モップをかけてもらったりしました。他人のものを処理をするというのができない人もいるかもしれないけれど、いざという時は、動かないといけない。一昨年の暮れには、マンション関係の仕事についていました。暮れですから、清掃の方はお休み。店舗があって、オープンになっているから、酔ったいきおいか、変な臭いをしていたり、朝早く、店舗の前で、大があったりで、トイレとまちがっているのではないの。だいぶ、モップや水を流したりして、やっときれいになりましたけれど、真冬なのに、汗がビッショリの時もありましたね。今日の事は仕方がないけれど、一昨年の時には、清掃から何から何までやっていたような感じでしたね。清掃の方もいなかったし、店舗の入り口だって、汚すことができないし。非常識もいいところでした。いままで、マンションで仕事をしていて、2度も大の問題がありましたよ。ちょっと、普通の人だったら、考えられないですね。
2005年01月13日
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堀江さんがせ、無寄港で世界1周を目指していますが、チリの難所のホーン岬に到着したということでした。この方、64歳ぐらいになるのでしょう。頑張りますね。体力が違うのかな?この方の、初めての太平洋横断、単独で行いましたが、小さなヨットでよく行けたなぁと思っていました。石原裕次郎が主役で映画化されたのを観た事がありました。ずっと何かしらの目標を持っているというのは、いいことだと思います。僕には、真似ができないけれど。今、インターネットで、ホームページもあるのかな。メールも送信できるとか聞いたことがあります。前は、よく、無線で連絡しながらの航海をしていましたが、今は、インターネットですね。もちろん、無線機はつけていますけれど、この航海では、一度も堀江さんの電波は聞いていないですね。前の単独世界1週の時には、聞こえていましたが、交信しずに聞いていただけでした。無事の航海をお祈りしています。しかし、あのヨットの中、キャビンにしろ、甲板にしろ、狭いですから、運動不足になってしまうのではと思うのだけれど。前の航海の時に、マストに登って、誤って、海に落ちてしまって、帆を張っていなくてよかったですね。ヨットだけ先に行ってしまって、当の本人が海に残されないでよかったですけれど、ちょっとしたことの油断も、単独ではできない。ちょっと、怖い感じもします。
2005年01月12日
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昔、この鏡開きの時は、お供えしていたもお餅をお汁粉に入れて食べていました。お供えのお餅は、最近は、カビがでないようになっているし、よくなりましたね。この時期に、母親が、タワシでこすって、カヒをとっていたような思い出があります。このところは、お供えのお餅でなくて、四角の切り餅にしちゃっています。神棚は、4年か5年前まであったのですけれど、引っ越す時に神棚まで持っていくこともできず、本当は、氏神さまに持っていくのが普通だと思いますが、お清めと塩を最後にお供えしました。マンションになってから、神棚なんて置けなくなっちゃった。台所には、火の神様の神棚も作ってありました。だんだんと、こういう事をやるという事が少なくなってしまったみたいですね。二つの神棚がありましたねーー。昔の家でしたから。
2005年01月11日
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仕事がら、生と死を直面しているけれど、生は、嬉しいことだけれど。今日は、身にしみた1日でした。娘さんは、成人式で、振袖ででかけて行っていました。父親が、僕と同じ歳。心肺停止で病院に搬送されてきました。だけれど、間に合わなかった。娘さん、自分の晴れ着姿を見せないで、出掛けたようで、本当にかわいそうなことでした。この娘さんのお父さんと、僕の歳が同じだったので、何時、急に病気になってしまうかわからないしと、身にしみてしまっています。いくら元気だと思っても、病気は待っていないし、急に容態がおかしくなる年代でもあるし、何とも言えない1日でした。
2005年01月10日
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子供が具合が悪くなると、よくお世話になってしまう、休日診療所。今回は、子供でなくて僕でした。ここ、数日、何故だか分らないのだけれど、背中にブツブツの小さいのが8個ぐらい、痒くてかいてしまって、それで、その周りが赤くなっちやっていたようでした。僕の背中だから、見られないから、カミさんに見てもらいましたけれど。水疱瘡は、子供の時にやったし、熱も平熱だし、なんなんだろう。寒冷蕁麻疹ともちがうし、今日の医者は、外科と皮膚科の先生だったけれど、原因がわからないまま、かゆみ止めの飲み薬と塗り薬をもらってきました。これで、よくならなかったら、今度の金曜日にでも、近くの医者に行ってみないと。帰りには、まっすぐに帰らないで、隣りの駅までついでに出掛けてきました。携帯電話の契約変更をしに行ってきましたよ。僕のでなくて、娘の方というのかな。家族割引にはなっていましたけれど、娘は娘の名義にしてきましたけれど、通帳から差し引かれるのは、僕の通帳から。早く、学校を卒業して、自分で稼いでもらいたいですよ。割引が、大きいのにしてきたり、家庭電話にかけて、10%割引のあるのに変えてきました。どっちにしろ、来月からが対象になってしまいますけれど。娘は、たまに、Iモードを開いてしまって、僕の使用料より娘の方が大きいのだものね。ついでに、ヨドバシカメラに行って、髭剃り機を買ってきました。今までのが、切れなくなってしまったようで、髭は濃くはないから、どっちでもよかったのだけれど、自然に長く伸びてしまうのがあって、たまに、カミさんに切ってもらっていますが、ある日、皮まで切られてしまって、痛かったですよ。自分でやらないのも悪いのですけれどねーー。父は、きちんと鏡をみながらやっていますけれど、僕と息子は、いい加減、鏡も見ずにやってしまうから、剃り残しが出てしまってね、いい加減というか。ずぼらなのかもしれないですよ。今日は寒かった。明日は、成人の日すね。今日と同じよえな天気かな?明日から、仕事です。急性アルコール中毒にならないのを祈っていますよ。
2005年01月09日
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趣味の新年会を行いました。パソコンでいうならば、オフ会、無線でのグループでしたので、アイボール会というものです。無線で会うのではなく、目玉で話すということから、アイボール会というのですけれど、オフ会と同じで、誰とでも気安く話しが出来るということが好きですし、この、雰囲気が好きなんですね。趣味のはなしから、仕事の話までそれぞれ。それぞれ、違う仕事をしていますから、仕事の話も苦にはならないですね。管ちゃんとゴキパパさんも御参加いただきました。あっ会計報告は、きちんと、その日に、メールでお送りしてありますから、確認をしておいてくださいね。いつも、明朗会計の、KUNIさん?ですから(笑)4回目だから、もう幹事は、卒業してよろしいでしょうか?24階のビルの最上階でやましたので、下の夜景もきれいでしたよ。昼間だったら、丹沢、富士山、秩父の山が見えるところです。バイキング方式だから、好きなだけ飲んで、好きなだけ食べられるし、気楽かもしれないですね。アイスクリームを二つも食べてしまいましたし、アルコールより、食べている方が多かったかな?隣りの駅のビルです。この24階で新年会を行いました。我家のマンションの屋上から撮った画像です。ノッポビルが多くなった、町です。子供の頃、この駅の先が畑ばかりだったとは、信じられないほどの変わりですね。副都心といわれているそうですね。
2005年01月08日
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何度か書いたのかもしれないけれど、車のドライバーは、何を考えているのだろう?救急車が、反対車線を走っていても右折しないと病院につけないんですよ、もし、これを読んでいるドライバーの方でしたら、どのような行動をしますか。救急車が右折する前にフルスピードで通過する。救急車を先に通さない。このような事をやっている人は、いないでしょう。現に、この目で見ていても、それが目だってきていますね。心肺停止なんて言ったら、分、いや、秒で蘇生できるかが、問題なんですね。こちらでは、ヒヤヒヤしています。今日も、このような事がありました。救急車の入り口に乗用車が停車していて、「救急車が来ますから、もっと前で停車してください」とお願いしたら、「友達をまっているんだから、このままでいいでしょう」と。救急車が入ってくるのに、事故でも起こしたり、その車が邪魔で入れなかったらどうするのでしょう。命は、たったの一つですよ。そこに搬送されたのは、心肺停止の方でしたから、少しでも早く処置しいと、尊い命がなくなってしまいますよ。何を考えているのかわからない。自分達のことだけ?自分が、そような症状になってみないとわからないのではないのかな。15分到着までかかったのでは、車内で、人工呼吸をしている事を知っている人はいますか。二人がかりで、血圧を測りながらやっています。救急車からストレッチャーで降ろすとき、顔をみてしまう。ここで、だいたいが、命の事がわかってしまう。救急車が来たり、病院に入ろうとしている救急車には、必ず道を譲ってもらいたいと思います。秒、分の勝負ですから、何とかして助けたいというのが、救急隊と病院だと思います。ドライバーは、必ず、道を譲ったり、動かせる車があるのなら、邪魔にならないところに動かしてもらいたいと思います。友達を待つのは結構むですけれど、ちょっと、前に出れば、それですむはずなのに。
2005年01月07日
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年賀状に、E-MAILアドレスが書いてある方が多くなりましたね。それだれ。バソコンのインターネットをやられている方が多くなってきたということでしょうね。僕の年賀状には、ここ、数年E-MAILアドレスは印刷するのを止めています。分るひとだったらいいけれど、全然インターネット自体を知らない人には、わからないし。言われましたよ「あの英語はなんだ。英語が読めないのに何のことだか、さっぱりわからない」と言われたことがあって、その後は、もう、載せるのは止めてしまいました。知らない人の頭を悩ませるだけかもしれないので(笑)毎年、年賀状で思い出す事があるんですけれど、ずいぶんと失礼な年賀状でした。先輩からでしたけれど、それ以来、送っていないですね。ひどいというしかないなぁ。どこからか配達不能で戻ってきた年賀状でしょう。たしか、3が日は、消印も押していないから、インチキができるわけだと思うのだけれど、まったく、ひどすぎて、信頼がなくなってしまいましたよ。ミスノンで、表と裏消して送ってくるのだから、これには、驚きました。年賀状がなければ、普通のハガキでもかまわないと思うのだけれど、こんなやり方をする人の心境がわからない。おかしな、やり方で、その後は、一切年賀状を出すのは止めました。気分がよくないですからねーー。今年も、これと似た事がありました。相手の方が、僕の住所を間違えて投函、その年賀状は、「あた所に尋ね当たりません」ともどってしまうわけですよ。住所が、まったくちがうんだものね。その、年賀状に、正当の住所を書いて送ってきたけれど、年賀状の住所のところには「あて所尋ねあたりません」と、そのまま、住所だけ書き直して送ってきた人もいるし、僕だったら、戻ったハガキを再度修正して出すということはしませんね。新しい、年賀状を使うか、なかったら、普通のハガキでも構わないと思うのだけれど。年の初めの挨拶なのに、これでは、半減、いや、半減以下になっちゃう。二度と、出したくなってしまいますね。新しい年賀状があれば、正しい住所、新年の挨拶をミスノンで消してまで出すことがないのにね。そんなのを貰っても嬉しくないですね。流石に、ミスノンの先輩は、バソコンの住所録データーを永久に削除してしまったから、どこにいるのだかは、わかりません。出す気力もなくなっちゃってね。
2005年01月06日
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去年の暮れから、一般ゴミ収集が来なくて、約1週間出すにだすことができず、家の中にありました。置き場所がなくなっちゃって、寝室にゴミ袋、僕の部屋には、そんなにゴミはなかったけけれど、袋に入れたのはいいけれど、出すのを忘れたんだって。コミ箱の脇においてあるんだものね。まぁ、なんてったって、朝はゴミ出しで忙しかったようで、収集場には、ずいぶんと1週間の各家から出ていました。今日が、ごみ収集の日なのに、昨日から出している人もいて,歩道があるきずらいったらありゃしませんでした。決められた日に出せばいいのにね。昔のゴミ箱は、各家にあったけれど、知らない人が多いかな。黒く塗ったりむした木で出来ているゴミ箱、たしか、このくらいの時代の時は、お金をその度に支払っていたような気がします。排泄物もそうでしたけれど、時々、いつもより高い時もあって、あれもおかしかったですね。母親が「いつもより値段が高いけれど?」と言っていたことも。バキュームの時代でしたけれど、おやじさん「ちゃんとメーターを見ているよ.間違いないよ」と言っていたけれど、どうも、母親は、信用していなかった時もありましたね。もちろん、今は、下水が完備していますから、こんなことはありませんけれど。でも、下水が完備しちゃって、この人たちの仕事は、必然的になくなっちゃって、何をやるようになったのでしょうね。
2005年01月05日
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やっと、行ってこられました、初詣。両親のお賽銭も預かって、両親の分までの初詣。氏神様と、観音様に行ってきました。身代わり地蔵にもお参り、身体のあちこちが悪いので、特に頭が悪いので、よく、タオルで、なでてきました。みんな同じ考えだか、頭だけが、ピカピカになっていましたよ(笑)帰りにラーメン屋さんで、昼を食べてきましたけれど、昨日もお客さんが多かったのでしょう。麺が品切れになっちゃっていて、ちょっと待っていましたけれど、ちょうど、ランチタイムのこともあって、餃子が3個、小ライスがサービスで、お腹がいっぱいになって帰ってきました。初詣の、いつものコースになっていますが、4日に行ったのは、珍しいことでしたし、空いていてよかった。でも、まだ、警備員のおじさんが立っていましたけれど。ラーメン屋さんと同じようなことが、数年前のこと、これは、ちょうどよかった。蕎麦屋さんで、蕎麦が品切れで、僕達の後の人達の分がなくて、それで、早々の閉店になっちゃったみたいでしたけれど。正月の3日のことだったかなぁ。予想していたのより、多くのお客さんが来てしまったのでしょう。ちょっとした、予想違いということなんでしょうね。昨日の、夜は早く寝ればよかった。テレビのドラマを観てしまって、喉が痛いのが治らない。初風邪を引いてしまったようで、近所の医者は休みだし、売薬を飲んでいますが、どうも、この風邪薬は、余計に身体がだるくなって、苦手なんですけれど、喉が痛いので、仕方がないですね。 氏神様の境内で。頼朝の時代から? 観音様の参道、商店街です。 観音様の山門です。 観音様の境内です。和服の女性がいました。お正月らしい光景でした。 鐘付堂、大晦日は、ここの鐘がよく聞こえています。それと、港の船の汽笛が聞こえるし、花火が上がりますが、大晦日は、翌日が仕事の為に、早く寝てしまいました。 帰りの通り道、川には、カモメが飛んでいました。小魚をエサにしているのかな? おまけの画像、川側から帰ってきた時見えた、僕の無線のアンテナ。トップが切れちゃって、下手な写真ですけれど、マンションの屋上から上げてあります。4階の屋上に、上げてあります。トップページの画像は、下げた状態ですが、この画像は、半分ほど上げた状態です。多分、これが、トップのアンテナまでが、26m高ぐらいかもしれないですね。
2005年01月04日
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この時期になると、川の中流ですけれど、カモメの群れとトンビが海から中流に上がってきます。リビングの出窓から、川の方を眺めていると、いくつものグループがあるようで、一群が飛んでいったと思ったら、また、一群が飛んでいきました。なんとなく、窓の外をボンヤリと見ていました。冬の時期しか見れない光景というのかな。それだけ、川がきれいになったということなのでしょうね。川には鯉や小魚、鳥までがのんびりしている光景です。昔の川というと、どぶ川、染物工場が少し上流にあって、毎日の水の色が違っていたんですよ。こんな、川でも、水の近くまで下りて、遊んでいたことがありましたけれど。下水が整備されてきれいになりましたね。大雨が降ったあと、川に行くと金魚がいましたよ。上流に金魚屋さんがあって、川の水が溢れてしまったのか、金魚が自由に開放されて、川で泳いでいたことも何度か見ました。金魚すくいをやっていたのもいたし、今は、そんな事はないですけれど。この辺は、昔は海だったのでしょう。1mも掘ると、水がジャボジャボでてきてしまっっていて、インドネシアのような地震でもあったら、どうなってしまうのかなと。広重の東海道53次の浮世絵で、神奈川の宿のがありました。海岸の近くに東海道が。すごい高波の浮世絵を思い出しました。かなり、海が荒れていたのかはわかりませんけれど、そんな絵もあったなぁと。 初詣は、延期。弟がきて、色々と話をしていましたので、明日にでも、初詣に行こうと思っています。ミラクルさんには怒られてしまうかもしれないけれど、話が歌手の話になって、ガクトの名前がちょっと出たのですけれど、母親が隣りに座っていて、ガクト違いしてしまって。「学徒でなくて、歌手のガクトだよ」と。若い人の歌手がわからない人で、ミラクルさん、ごめんなさい。母親の事をいえないのかもしれないですね。今日、無線で久しぶりにお会いした人と話をしたら、昔の無線の友達と会うと、現在のことでなくて、過去の思い出話になっちゃうと言っていたけれど、僕もそうかもしれない。しれないを訂正。そうですが正解でした(笑)
2005年01月03日
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今日は、よくわからない事が。一夫多妻制という国はあったし、日本でも戦国時代には、正妻の他に何人もの、妻がいたりして。今日、アメリカの人が、職場に来て、「家族は、アメリカにいる」と言っていたのに、日本人が「私が妻です」という方が来られて、この、男性の言っていることが正しいのか、この「妻」と言われる方が正しいのか、頭がこんがらってきちゃいました。アメリカにも妻がいて、日本にも妻がいるとしたら、不倫というものではないの。赴任する、国で、新しい女性を妻にしちゃうのかな。それでは、男性が、本国に帰る時にはどうなってしまうの。「はい、バイバイ」ですか。これでは、残された、二番目の妻もかわいそうでないですか。何だか、本当のことがわからなくなっちゃって。
2005年01月02日
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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。新年から仕事でした。暇だと思ったら、とんでもない。忙しくて、疲れてしまいましたよ。仕事が仕事なもので暇と言う字がないですね。緊急車両が今日は、8時間のうちに、20台ピポパポーです。1分も間を明けないで、エマジャンシーでしたから。外にいる方が多かったのかも。気道異物がそのうちの3件ありました。お餅でも、気道につっかかってしまったんですね。若い人で、54歳ぐらいの方もいました。お餅を食べる時には、十分注意しないといれないですね。だれかが、応急処置で、口に電気掃除機を入れて、舌に乗せては、舌にダメージを受けるから、奥までいれて、スイッチを入れるとか。でも、怖くて、できないですよね。プロに任せないと。子供だったら、さかさまにして、背中をたたくとかもあるらしいのだけれど、素人だから、下手に動かすこともできないし。帰宅して、年賀状を見ましたら、去年来なかった人からいただいていて、今日は、できそうにもないので、明日にでも、返り年賀の仕事をしないといけないですね。初詣は、3日です。遠くには行きません。近くの氏神様と、観音様に初詣。昨日、娘が、生まれた年の占いだかを見てきたらしいのですけれど、僕は、真っ黒。大凶だって。嫌な年になっちゃうのかな。以外と、当たってしまうことがあるからなぁ。後厄で、散々だったこともあるし。厄払いをしていなかったからかも。
2005年01月01日
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