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じんさん0219 @ Re[1]:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) 大悟の妹☆さん >“大悟”ですけどねー(  ̄▽…
大悟の妹☆@ Re:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) “大悟”ですけどねー(  ̄▽ ̄)
じんさん0219 @ Re:日本代表残念でしたね(o>Д<)o(06/15) プー&832さん 覚えとりますよ。 プーさん…
プー&832@ 日本代表残念でしたね(o>Д<)o お久しぶりです☆.゚+('∀')+゚. 覚えていない…
じんさん0219 @ Re[1]:たどりついた...民間防衛。(02/07) たあくん1977さん >どうもです。 > >こ…
2006年03月17日
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強右衛門の頭は決して鋭敏に働く方ではなかった。あるいは常人よりも緩慢(かんまん)なのかも知れない。
しかし緩慢な働きの中から「これが正しい」と事の核心をつかみとると、決断はすばらしく早かった。

彼は彼なりに勝頼の意思も、穴山玄蕃頭の立場も、そして自分のおかれている地位も、それぞれやむないものとして受け取れた。

勝頼は噂ほどにむごい大将ではなかったと思い、穴山玄蕃頭はよく現実を見通し、よく計算していながら、ひとつだけ計算違いをしていると思った。

それは鳥居強右衛門という男が、自分の命を助かりたいために、味方を裏切るなどできる男ではない.....という、たった一つのことを見落としている。

(それでよいのだ.....)

強右衛門は河原弥六郎に縄尻をとられて、また強い陽射しの中を城の北側から本丸のやぐら下に曳かれていった。
もはや敵味方の陣は接近し、どちらから眺めても相手の人相までが見通せる。そうした近さに、一人の人足姿の男が、縄尻をとられてやって来たのを見て、当然城内の視線はそれに集中した。


「鳥居どのが捕らわれてひかれて来たぞ」

それは瞬間に城内へ大きなどよめきをまき起こした。
あちこちの窓に、木陰に、石垣に、城内の人々の精悍(せいかん)な顔がのぞいた。

今朝雁方山へあがったのろしを見て、
「援軍はやって来る!」
一様に気負い立ったときだけに、その連絡をつけてくれた強右衛門の捕らわれ姿を見るのは、彼らにとって言いようもない痛憤事であった。

穴山玄蕃頭は、もうそこまでついて来ていなかった。彼はたぶん勝頼に、強右衛門が案外おとなしく、自分の言葉に随(したが)うことを約したので、その報告に出かけたらしい。

「よし、さ、ここでよし」
と、縄尻をとってきた弥六郎が強右衛門にささやいた。

強右衛門は鈍重というよりもむしろ実直なといいたい律儀さでうなずいて、それからしっかりした足取りで物見のよく立つ小高い岩にのぼっていった。

西の空にほんの少し白い雲が千切れて浮いているだけで、空の青さが、山も城も人も砦も吸いとりそうな大きさに見えた。


岩の上へのぼると強右衛門は落ち着きはらった声で言った。

「強右衛門、城へ戻ろうとして、かく捕らえられました」
その声で城内へは不思議な緊張とざわめきが高まってゆく。

「しかし、少しも悔いてはおりませぬ。織田、徳川両大将は.....」
そこでちょっと言葉を切って、



城内にドッと歓声のあがるのと、武田方の足軽二人が岩の上へ踊りあがって、強右衛門を引きおろすのとが一緒であった。

強右衛門は縄をひかれて地べたへ転落すると、肩と言わず頭と言わず、踏まれ蹴られてゆきながら、何か叫びだしたいような爽快さを覚えていった。

「うぬッ、たばかりおったな」
「こうしてくれる」
「よくもよくも」

それらの罵声と足蹴の納まるまで強右衛門に、ぜんぜん抵抗する気ぶりはなかった。
子供たちにもてあそばれる起き上がりコボシのように突かれれば倒れ、踏まれればじっとしている。

「もうよい。こらッ強右衛門」

しばらく度を失って唇をかんでいた河原弥六郎が、ようやくみんなの暴行をとめて、強右衛門の前へ立ったときは、強右衛門は頭も顔も泥にまみれて微笑していた。

その眼が憎たらしいほどよく澄んでいるのが弥六郎にはたまらなく、いきなり、縄尻でピシッとひとつ殴った。

「その方、それで、わが殿の好意に対して済むと思うか」

「申し訳ない」
「空々しいことを」

「申し訳ないが、しょせんこれが武士の意地とおぼされたい。貴殿とて、ここでまさか、味方の不利は口にできまい。穴山どのには済まぬことをいたしたとよくお詫びくだされ。その代わり、このあとはご存分に.....心の済むように.....」

「言うなッ!」
もう一度縄尻が鳴ったが、それもまた強右衛門の微笑を消す力はなかった。

騎馬武者が二度本陣との間を往復した。
そして三度目に、強右衛門の前へ運ばれてきたのは大きな角材の十字架だった。
強右衛門はいちど縄を解かれて十字架にくくり直された。
胴と首と両の手首と足と.....
そして、有無を言わさず、両手に大釘を打ち込まれたとき、強右衛門は何ということなしにホッとした。

これで生き甲斐があった.....と感じたのではなくて、これで苦痛の終わりが近づいたという悲しい安堵らしかった。

十字架は大勢にかつぎあげられた。

城内でも、このありさまを固唾(かたず)をのんで見ているに違いない。
しかし、すでに強右衛門の見える世界はただ空の青さだけであった。

「これこれ、このような処刑を、お館さまが許されたのかッ」
「許すも許さぬもあるものか。見せしめじゃ、見せしめじゃ」

そうした声が耳に入ったが、それももはや自分と無縁の世界の声に聞かれた。
やがて十字架は立てられた。

そこがどこかを知ろうとして、ふと勘を澄まそうとしたときに、両脇の下から槍の穂先が交互に両肩へ抜けていった。

「ウウウ.....」

強右衛門はいちどに視野が暗くなり、ガーッと耳が鳴りだした。
と、耳鳴りの底で誰かしきりに何か言っている。

「あいや鳥居どの、お身こそはまことの武士、お身の忠烈にあやかるために、ご最後の様子を写しとって、旗印にしたく存ずる。かく申すは武田の家臣、落合左平治(おちあいさへいじ)、強右衛門どのお許し下さるか」

強右衛門はそれに笑って答えようとしたが、もはや声は出なかった。
相手の武士は矢立を取って懐紙に強右衛門の最後を写している。

場所は有海ヶ原の山県三郎兵衛の陣屋の前で、すでに夕日が血潮の紅を反映しだしたころであった。

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参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/決戦前夜より

おわり

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*この書き込みは営利目的としておりません。
個人的かつ純粋に一人でも多くの方に購読していただきたく
参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ





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Last updated  2006年03月17日 14時48分19秒
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