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じんさん0219 @ Re[1]:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) 大悟の妹☆さん >“大悟”ですけどねー(  ̄▽…
大悟の妹☆@ Re:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) “大悟”ですけどねー(  ̄▽ ̄)
じんさん0219 @ Re:日本代表残念でしたね(o>Д<)o(06/15) プー&832さん 覚えとりますよ。 プーさん…
プー&832@ 日本代表残念でしたね(o>Д<)o お久しぶりです☆.゚+('∀')+゚. 覚えていない…
じんさん0219 @ Re[1]:たどりついた...民間防衛。(02/07) たあくん1977さん >どうもです。 > >こ…
2006年03月22日
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天正三年(一五七三)五月二十一日は明け方から東風の風が吹いて、白みかけた空の中央をあわただしく雲が走っていた。

武田勢の一番手をうけたまわり、最左翼の連呼橋の近くに陣をすすめて来ていた山県勢は、早朝からの戦闘を予期して、すでに武装を終わっていた。

まだ夜は明けきらず、前面に構えられた馬防柵はハッキリと見えなかったが、その柵を破ってまっ先に斬り込めというのが山県の赤備えに課せられた任務であった。

「そろそろ法螺貝を吹いてよかろうぞ」

ひかせた馬にひらりとまたがって、三郎兵衛が短身を立てて前方を見やったときだった。

「はてな、敵は柵の外へ出て来ているぞ。誰かある。物見してまいれ」
と、三郎兵衛は小首をかしげた。

墨絵のように、暁の白に淡くにじんだ柵の手前に、ちらちらと黒いものの動くのが見えている。徒歩(かち)の兵だ。



山県勢から飛び出していった斥候(ものみ)が、息せき切って駆け戻って来る前に、大久保勢のときの声があたりを圧してひびいて来た。

「出るなッ」
と三郎兵衛はどなっておいて、自分で馬を小高い丘へのりあげた。しかし、まだ視野はきかず、人数のほども分からなかった。

しかし、柵の外へ出てきたとなれば、しめたものと三郎兵衛は思った。
中へひそんで待たれたのでは是が非でも柵を踏み越えて行かなければならなかったが、出て来るとわかれば十分に引きつけて、それから叩いて事足りる。

「申し上げます、柵外の敵は大久保勢にござりまする」
「よし、まだまだ出るな。ひきつけよ」

そう言ったときだった。今度はずっと後方の鳶の巣山で遠雷に似たかん声がわき上がったと思うと、続いて、ダダダーッと雪崩れるような銃声がとどろいたのは.....

ダダターッ
ダダダーッ

「しまった!」


この銃声は五十や百の鉄砲の音ではなかった。
そのような大敵が、すでに見方の後ろに回っているのでは、見方の退路は断たれている....

言うまでもなく、これは、信長からわざわざ五百挺の鉄砲隊を与えられて、昨夜のうちに鳶の巣山へたどりついていた酒井左衛門尉忠次の奇襲隊だった。
このおびただしい銃声におどろいて、左隣の武田左馬助の陣営でも、後ろに控えた小幡上総の陣営でも、一度にざわめき立ってきた。

山県三郎兵衛は、塑像(そぞう)のようにしばらく黙って馬の手綱をしめていたが、やがて、

合戦開始.....と、いうよりも、それは徒歩ばかりの大久保勢を踏み潰すために二千の騎馬武者が巻き起こす台風の合図であった。

高々と法螺が鳴り、陣鉦(じんがね)がひびいて、じょじょにあたりは明るくなった。

選(え)りすぐった武田勢の騎馬武者に対して、徒歩で立ち向かってくるというのは、考えてみればおかしなことであった。
徒歩立(かちだ)ちの兵に対して馬の蹄は今の戦車ほどに役立つのだ。
三郎兵衛は、鞍の上へ突っ立つようにして、

「かかれッ!」
と采配をふりながら、
(これはわれらを柵内へ誘い出すための囮(おとり)ではあるまいか)と、ふと思った。
もしそうだったら、みすみす敵の罠におちる.....ふと心に疑惑が芽生えた。とそのときに、大久保党から、いきなり第一の射撃を受けた。

およそ七、八十挺と思われる。この射撃が山県三郎兵衛の疑惑を大きく一掃した。
(大久保勢はこれを頼みにして出てきたのか)
それならば止まったり、退いたりはできなかった。

後方で、すでに鳶の巣山が奪われている。鳶の巣山には武田兵庫助信実(たけだひょうごのすけのぶざね)が立てこもっていたのだが、それを破った相手は誰であろうか。とにかくこの奇襲をあえてするのは凡将ではない。

万一退いて前後から鉄砲で挟撃されるようなことがあっては武将としてこのうえもない恥辱であった。(よし、逡巡なく駆け散らそう)

ようやく目の前の柵も、その向こうの極楽寺山、茶臼山、松尾山も山容をはっきりあらわし、林間を埋め尽くす旗の波が見えて来た。

今日の信長は茶臼山とわかっているので、そこまで一気に踏み込んで突破口を作ってやる気であったが.....

大地を震撼(しんかん)させて、山県勢は大久保党に襲いかかった。

大久保党では、騎乗は大将の七郎右衛門忠世と、弟の治右衛門忠佐だけだった。
「兄じゃ、来たぞ」
弟の忠佐はぐるりと馬を輪乗りにして、兄の顔を見るとクスリと笑った。そして馬の尻を敵に見せると、

「引きあげえ!」

大きくどなっておいて、いきなり自分がまっ先に柵の内へ退いた。兄の七郎右衛門もそれにつづいた。また柵ぎわで鉄砲が鳴った。

怒濤(どとう)のように押し寄せてくる山県勢へ、せいぜい二、三十挺の鉄砲は、何人傷つけ得たか分からぬほど微力なものに思えていった。

したがって怒涛は蜘蛛(くも)の子を散らすように、大久保勢のあとからドッと一度に柵際まで押し寄せた。

柵の内からバラバラと矢が飛んで来た。中には槍を構えて内側に待っている者もある。

「今だ。柵を踏みつぶせ!」
「蹴散らして信長の本陣へ殺到しろ」

ワーッとみんなは第一の柵に馬をのりかけた。そこここで、メリメリと柵木を倒す音がしだした。

と、そのときだった。
柵の前に密集してしまった騎馬武者二千の上へ信長の伏せてあった千挺の鉄砲が、一度にダダダーンと天地をゆすって射ち出されたのは.....

一瞬あたりはシーンとした。

一発一人は必ず倒すと言われた片目をつぶって狙う信長の新式鉄砲。それが千挺、一度にかたまった人垣を見舞ったのだ。

硝煙のゆるく西に流れ去ったあとの柵前には、主人を失った馬だけが、キョトンと取り残されて、人の数は数えるほどしか残っていなかった。

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参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/知略戦略より

つづく

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*この書き込みは営利目的としておりません。
個人的かつ純粋に一人でも多くの方に購読していただきたく
参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ





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Last updated  2006年03月22日 11時41分21秒
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