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じんさん0219 @ Re[1]:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) 大悟の妹☆さん >“大悟”ですけどねー(  ̄▽…
大悟の妹☆@ Re:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) “大悟”ですけどねー(  ̄▽ ̄)
じんさん0219 @ Re:日本代表残念でしたね(o>Д<)o(06/15) プー&832さん 覚えとりますよ。 プーさん…
プー&832@ 日本代表残念でしたね(o>Д<)o お久しぶりです☆.゚+('∀')+゚. 覚えていない…
じんさん0219 @ Re[1]:たどりついた...民間防衛。(02/07) たあくん1977さん >どうもです。 > >こ…
2006年03月27日
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どうして多くを殺そうかと、絶えず眼を光らし牙をむいて前進し続けている戦魔。その姿を馬場信房もハッキリし見たような気がした。

敗戦などと言うものではなかった。

武田源氏の家宝であった八幡太郎義家(はちまんたろうよしいえ)の白旗は、もはや滑稽きわまる一枚のボロ切れにすぎなくなった。

ついこの間まで天下に武田勢ありと強豪を誇った戦術兵法が、ひとむらの泡沫に変わってしまったのだ。

この手も足も出ない惨敗の知らせは、櫛(くし)の歯をひくように勝頼の本陣に注進されているのに違いない。

「若殿も、不運な人よ」

その勝頼がたまりかねて医王寺山を降りて進んで来だした。
信房はそれを見ると、また使い番を呼んで、



そして、使者の姿が後ろへ消えると、信房は再び金鼓を鳴らして、織田勢の前へ立ちふさがった。

まっ先の柴田勢が、まず進撃をとめ。続いて秀吉の手兵が立ちどまった。
まだ総攻撃の命は下っていなかったが、誰の眼にも今は追撃の潮どきと見えていた。

「かかるな、かかるな、相手がかかって来たらあしらうのだ」

信房は、まだ後ろの勝頼が気にかかった。
彼の忠言を入れて、すぐに引き上げにかかってくれなければ、再び甲州の土の踏めなくなる恐れがあった。

甲州へ落ち延びさえすれば、すぐには、織田、徳川両軍とも攻め寄せることはあるまい。その間によくよく反省されるようにと心に祈った。

使者の戻って来たのは、それから四半刻ほどしてからであった。

「仰せ、相分かったと、旗を返してござりまする」
「そうか。素直に聞き入れて下されたか」

「すぐにお聞き入れなく、穴山入道さま、鎧の袖をつかんで武田家存亡の別れ路と強諫(きょうかん)され、ようやくご納得にござりました」



信房はそういうと、森かげを出て東方へ小手をかざした。医王寺山を西へ降りかけた旗の列が、なるほど北へ向かって動き始めている。

「よし、これで信玄公への面目も相立った」

織田勢はこのとき、丹羽五郎左衛門の一隊から再び激しく挑んできた。
信房は陣頭に立ってこれを迎えた。

と、そのときにはもはや信長の本陣からも総攻撃の命は下り、織田勢の南から東に、大須賀五郎左衛門康高(おおすかごろうざえもんやすたか)、榊原小平太康政、平岩七之助親吉、鳥居彦右衛門元忠、石川伯耆守数正、本多平八郎忠勝など徳川方の勇将が、先を競って柵外へ斬って出ていた。



馬場信房の一隊はその前へ立ちふさがって攻撃の的になった。

信房は手兵を三隊に分けて近づく敵の中へ斬り込ませた。
そしてそれが押し寄せる敵の中に姿を消すと引き上げの法螺を鳴らした。そのたびに少しずつ陣を後方に引いて、勝頼には近づけまい作戦だった。

はじめ千二百あった手兵が、一度斬り込みを敢行させると、つぎは八百あまりに減っていた。
それがまた三隊に分かれて斬り込み、さらに陣を後方へ引いたときには六百、三度び斬り込ませて退いたときには二百に減じていた。

もはや勝頼の旗下の目印である大文字の小旗は緑の中にかげを没して見えなくなっている。

信房はさらに四度目の逆襲を敢行した。彼みずから陣頭に立って、縦横に馬を駆り、近づく敵を突き伏せてゆくうち、いつか味方は二十人ほどに減っていた。

戦死したもののほかに、手負いも、逃亡者も、投降者もあったであろうが、昨夜までの見方の威容を考えると、悪夢の中に取り残された感じであった。

「もうよい引き揚げよ!」

彼は、自分に続く二十騎あまりの旗本に告げ、彼みずからは何を思ったかいきなり馬を乗りすてた。
戦っては退き、退いては戦っているうちに、いつか猿橋にほど近い出沢の丘までやってきていた。

あたりには生いしげった夏草と、それを動かす風と光があるだけで、近くには敵の影は見えなかった。

信房は草むらの上にあぐらを掻いて、初めて全身の疲労を意識した。兜をぬいでしぼるようなえりあしの汗を拭きながら、ふと信玄の幻を瞼(まぶた)にえがいた。

「四郎さまを落とさせました。これでご恩の.....」
万分の一をお返しした......そう思わずにいられない自分の末路に苦笑したときだった。

いきなりかたわらの草がゆらいで、そこから一人の徒歩(かち)の武士が槍を構えて踊り出した。

「敵か見方か」
と相手は言った。

「塙九郎左衛門直政(ばんくろうざえもんなおまさ)の郎党岡三郎左衛門(おかくろうざえもん)、来いッ」

「ほほう、そちは運のいい男だの」
「何だと、立てッ、立って尋常に勝負しろ」

「岡三郎と申すか。槍を捨てて介錯(かいしゃく)いたせ。武田の老臣、馬場美濃守信房、そちにこの首進ぜよう」

「なに、馬場美濃守信房だと」
「そうじゃ。運のいい奴、槍を捨てて介錯せよ」

信房はそういうと相手はしばらく小首をかしげて迷っていた。
信房ほどの大将が、嘘をいうとは思われず、さりとて槍を捨てては不利と考えている顔であった。

信房は腰から太刀をはずして左手へ抛(ほう)った。

「人が来てはそちの手柄になるまい。来ぬうちに急げ」
もう一度うながすと、だんだん雲の動きの早くなった空を見上げ、それから瞑目(めいもく)合掌していった。

徒歩の武士ははじめて槍を捨てた。すらりと刀を抜きはなつと信房の後ろへ廻り、

「潔(いさぎよ)い最後、戦って勝った首とおれは言わぬ」

誰にともなくそういうとサッと太刀をふりおろし、信房の首はコロリと前へおちていた。

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参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/知略戦略より

つづく

*この書き込みは営利目的としておりません。
個人的かつ純粋に一人でも多くの方に購読していただきたく
参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ





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Last updated  2006年03月27日 13時06分48秒
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