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じんさん0219 @ Re[1]:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) 大悟の妹☆さん >“大悟”ですけどねー(  ̄▽…
大悟の妹☆@ Re:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) “大悟”ですけどねー(  ̄▽ ̄)
じんさん0219 @ Re:日本代表残念でしたね(o>Д<)o(06/15) プー&832さん 覚えとりますよ。 プーさん…
プー&832@ 日本代表残念でしたね(o>Д<)o お久しぶりです☆.゚+('∀')+゚. 覚えていない…
じんさん0219 @ Re[1]:たどりついた...民間防衛。(02/07) たあくん1977さん >どうもです。 > >こ…
2006年05月13日
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一度恐怖を覚えると、歯痒いほどに全身が震えてゆく。
ワーッ、ワーッと、人声だけは耳に入るが、それが、どの方角から近づくのか、どの方角へ動いているのか皆目(かいもく)見当はつかなかった。

そうなると、気負った下知(げじ)の声も出ず、叔父の荒小姓、加藤虎之助清正が、戦いのはじめには相手の顔も見えねば人数も分からぬもの、ただ遮二無二相手にぶつかるだけだと語っていたのが思い出された。

が、その遮二無二ぶつかる相手が、いったいどこにいるのかそれすら分からない。

「推参(すいさん)ッ!」
と。一人の味方が、秀次を守護していた輪の中から脱兎(だつと)のように前方めざして駆け出していった。そのことで、

(敵は近い!)
と、本能的に思い、いきなりすらりと刀を抜くと、


行く手へ立ちはだかって籠手(こて)を叩いたのは田中吉政だった。

「おん大将と雑兵とは違いまする。太刀を納めて、早く馬へ!」

そのころになって、はじめて秀次は、あたりが見え出した。しらしらと夜は明けはなれているのに、それまでの彼の眼は、眼の機能を失って映ずるものの識別が出来なかったのだ。

前方十二、三間の木立の間で、
「三好孫七郎の御内、白井備後!」

こう名乗った秀次の旗本に、敵の一騎が乗りかけるようにして突きかかって来るのが目に入った。

(あ、さっき、ここから駆け出して行ったのは備後であったか.....)

ちらりとそれを思ったとき、敵は槍を頭上にかざすような構えで、
「水野惣兵衛が家中、米沢梅干助!」

猛々しく吠え立ててパッと備後とぶつかり合った。
とたんに、「ウーム」と断末魔のうめきをあげて、一人が馬から落ちてゆき、狂奔した馬はそのまま、右手へ矢のように逸走していった。



「孫七郎君!いざ馬へ!」
再び急きたてられて、秀次は、小姓頭の田中吉政から手綱を受け取り、夢中で馬に乗っていた。

馬に乗ると不思議に恐怖はなくなった。

「吉政!」
「はいッ」


「徳川の旗本衆にござりまする」

「苦戦と見える。早く!早く、堀秀政と池田勝入に急を告げよ」

「かしこまってござりまする。君にはひとまず.....」この場を退けと言ったのであろうが、その言葉に重なって、もうひとつの怒号が秀次の聴覚を占めていった。

「孫七朗どのを討たすな。退れッ。急いで退れッ」
その声が木下利直の声と分かったとき、すでに一人が、秀次のくつわに飛びついて、林の中を駆け出していた。

「遁ぐるなッ。馬を止めよ。引っ返せ!卑怯者めがッ!」
秀次は鞍壺(くらつぼ)を揺すってわめきながら、自分が何を言い、何をしようとしているのか、少しも分かっていなかった。

ダダダーンと、また銃声が足もとでとどろいた。

一度火蓋(ひぶた)が切られると、どの一部隊がどこでどのような戦をしているのか、味方同士にも分かるはずはなかった。

白山林攻めの水野宗兵衛忠重の部隊では、眼を血走らせ進みながらいま、忠重がその子の藤十郎勝成を口汚く叱りつけていた。

「藤十郎、そのざまは何事じゃ。もはやここは三好勢がまっ只中ぞ」

夜が明けて気がつくと、倅の藤十郎勝成は由緒(ゆいしょ)あるいぬめの兜を背負ったままで進んでいる。父の忠重は、若い勝成が、狼狽して兜をかぶるのを忘れていると思ったのだ。

「なに、そのざまとは.....?」

「兜じゃ、そのわ方兜を何のために持っているぞ。かかるとき、着くべきに、何として着けざる。たわけ物め。着けぬ兜ならば、そのいぬめ、糞桶(くそおけ)にでもしてしまえ!」

戦のときの言葉には、節度も飾りもなかった。愛情も憎悪も怒りも同じ悪口になる。

「なに、糞桶に.....!?」
「そうじゃ。戦場に来て、兜を忘れるようなうつけが、ものの役に立つと思うか」

藤十郎は歯ぎしりして忠重をふり返った。

「父上!」
「文句があるかッ」

「目玉をどこにつけてござる。この藤十郎勝成は、昨日より目を患うているゆえわざと兜は着けぬのじゃ。それを見落とされるようでは、父上の目もあがったわ。ご免!」

「待てッ!先駆けは法度じゃぞ。まてッ」

「待たぬ!目のあがった父など当てにしていて、遅れをとってなるものか。この藤十郎、兜を糞桶にする男かどうか、一番首をあげたうえで改めて見参つかまつる。ご免ッ!」

そう叫ぶと、そのまま馬を煽って、矢のように本陣へ突きすすんだ。

一方.....

岩崎の北方、金萩原に休息していた堀秀政は、池田勝入から、岩崎城を攻め取るという知らせを受け取ると間もなく、白山林の方向に銃声を聞いたので、とっさに事態を悟っていった。

「誰ぞある。すぐに斥侯(ものみ)を!」

戦になれている秀政は、ただちに陣を、檜ヶ根方面に移動しながら、全軍に思い切った下知を下した。

「.....東軍が追随してきて、白山林の味方に仕掛けて来たのに違いない。陣地を香流川の手前に移し、そこで敵の来るのを待て。一歩も退くことはならぬぞ。その代わり、馬上の敵一人を射落としたものには百石ずつの加増を取らす。競えやものども」

堀秀政の立場は、戦に馴れぬ秀次を巧みに援(たす)け、時に脱線したがる池田勝入の短を補うところにあった。

それだけに、彼はあらゆる場合について慎重に思案を重ねていたのである。

部隊は無事に香流川の手前へ移せた。

と、そこへ、最初の斥侯が、途中で出会った秀次の小姓頭、田中吉政を伴って、白山林の敗色を告げてきた。

「なに、味方に不利と言われるか。よし、その旨ただちに、森どのへ!」

こうして、急は森長可のもとへ告げられ、さらに池田勝入のもとへも飛んで長久手一帯は爽味(そうまい)な朝の日の中で、見る間にはげしい血闘場に変わっていった。

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参考 山岡荘八・徳川家康第十巻/乱戦より

つづく

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*この書き込みは営利目的としておりません。
個人的かつ純粋に一人でも多くの方に購読していただきたく
参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ





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Last updated  2006年05月13日 17時36分16秒
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