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2007年01月05日
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おりんの死.....というよりも、七郎の狂ったような母への思慕が、宗矩に訓(おし)えた人生の無明(むみょう)の襞(ひだ)は深かった。

おそらくこれは七郎だけのことではあるまい。人間はみな等しくその背に愛別離苦(あいべつりく)の重い悲愁を結(ゆ)わいつけられて歩いている。何よりも生まれることがすでに死の前提なのだから皮肉であった。

しかもその誕生を祝った糸の先端に、死がくくりつけられていることを悟って歩いている者は、数えるほどしかなかろう。

夢中で旅して、それに出会って、物狂おしく傷つけ、傷つきあいながら自らもまた死んでゆくのだ。

(.....これは、いつかしっかりと、訓えておかねばならぬこと.....)

おりんの最後が見事であっただけに、宗矩は七郎の悲嘆が気にかかった。ここで宗矩の説き方が適切さを欠いていったら、おそらく七郎は生涯父の胸には戻るまい。

「.....主馬、七郎と約束したのじゃ。さ、大和へ発ってくれ。そして、とにかく急いで母を連れてくるよう」

宗矩は、いま国許にあって留守を預かる庄田喜左衛門あての手紙を持たせて、さりげなく主馬を旅立たせた。



「おさめ、母上は間違いなく柳生の里へ帰っておられるのだな」
「は.....はい。帰って、ござりまするとも」

答えはしたが、実はおさめも不安でならない。
あれなり宗矩は、おさめばかりか良人(おっと)の弥三にも何も話してないらしい。

主馬を発たせた後は、宗矩はまた以前のように毎日早朝からの出仕であった。

「もし、このあとは、どうなるのじゃ?まさか主馬どのは、奥方さまの幽霊を引っさらって、どこぞへ逐電(ちくでん)してしまうのではありますまいなあ?」

おさめはやはり、良人の弥三に事の成り行きを問いたださずにはいられなかった。

「私はな、何よりも思い詰めた七郎さまの眼が恐ろしい。初七日にも二七日(ふたなぬか)にも、首を傾げて眼を光らせる。亡骸といえば、蝉の抜け殻.....それも葬ってしもうたのに、どうしてせっせと供物をするぞ.....ほんとうに、母上は柳生に生きておわすのかと」

弥三も、同じ事が心にかかっていると見え、共して帰ったあとで、おさめをわざわざ膝前に手招いて腕を組んだ。

「わしもな、柳生家の名物男じゃ。が、今度ばかりは殿さまの腹が読めぬ。死んだものをさっさと迎えにやるのだからの。そこでじゃ。万一に備えて、若に、人間の生き顔と死に顔は、少しばかり違うものだということを、少しずつじゃ、訓えておいてはくれまいかの」

「なんじゃと!?またお前さまが、化物じみたことを。生き顔と死に顔じゃと.....?それはいったい何のことじゃ」



「はて、いよいよおかしな人じゃ。なぜそのように、七郎さまに教えておかねばならぬのじゃ」

「そ、それよ、もしもじゃ。主馬が連れてござらっしゃる奥方さまの、お顔が変わっていたら、何とするぞ」

とたんにおさめは「あッ!」と言って、あわてて自分で自分の唇を押さえた。

「あの.....佐門さまの、お袋さまか」

「シーッ。もしものことよ。主馬が携(たずさ)えていった手紙にそう書いてあったとしたら、どうなると、こなたは思うぞ?」



理性ではそうなるのが自然に思える。しかし、それでは七郎が納得するとは思えない。いや、それよりも、あれだけ立派な奥方が亡くなって、それを慕う七郎の思慕の純粋さに行き当たり、とたんに別の女を想う.....それでは、あまりにおりんが哀れな気がした。

「どうじゃ、こなた。そうは思わぬか?」

「思いとうはない!思いとうはないが、やはり.....生き顔と、死に顔は違うと言わねばならぬかいのう」

弥三は黙って両掌(りょうて)を合わせた。
「ほかに仕様があるまいぞ女房どの」

おさめは答えなかった。答える代わりにそっと袖口で目頭を押さえてから、キュッと良人の膝をつねった。

「私は死なぬぞえ。死ぬもの貧乏じゃ.....死ぬものか。さ、朝が早い。お休みなされたがよい」

こうして、おさめ夫婦の思案は二つに重なり合った。一つは七郎の母恋を好機にして、尾羽根(おばね)の姫(ひい)さまが、江戸へ来るであろうか、それとも、佐野主馬がこのまま武者修行に出てしまって、解決を時に任すか?いずれにしても、七郎の焦げ付くような思慕を思うと心の重いことであった。

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参考 山岡荘八・柳生宗矩第3巻/人間曼荼羅・いのちの本質より

つづく

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*この書き込みは営利目的としておりません。
個人的かつ純粋に一人でも多くの方に購読していただきたく
参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ





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Last updated  2007年01月05日 12時39分25秒
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