じんさんのお部屋です。

PR

Calendar

Comments

じんさん0219 @ Re[1]:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) 大悟の妹☆さん >“大悟”ですけどねー(  ̄▽…
大悟の妹☆@ Re:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) “大悟”ですけどねー(  ̄▽ ̄)
じんさん0219 @ Re:日本代表残念でしたね(o>Д<)o(06/15) プー&832さん 覚えとりますよ。 プーさん…
プー&832@ 日本代表残念でしたね(o>Д<)o お久しぶりです☆.゚+('∀')+゚. 覚えていない…
じんさん0219 @ Re[1]:たどりついた...民間防衛。(02/07) たあくん1977さん >どうもです。 > >こ…
2007年06月10日
XML
**************************************************死中生アリ生中生ナシ.1

謙信はふたたび馬腹に鞭を加えて奔(はし)っていた。
今宵の霧はすべて血か。名月の面にも墨を吹いたような凄気()せいきが漂っている。

「佐馬介。ここはどこか」
「三牧(みまき)の畑の瀬かと思います」

「さても、遠く退いたのう」
憮然として、鞍上(あんじょう)から月を仰いだ。そしてしきりと、謙信は、片眼をしばたたいた。額から頬へかけて浴びている血潮が睫毛(まつげ)に乾きかけて眼を塞いでしまうらしかった。

「そち一名か。続いて来たものは」
「左様に覚えます」



「川を渡れば、高梨山のふもと。中野筋へ出るの。さらば渡ろう。佐馬介、瀬を見よ」
「はいっ」

この辺は、さして深いとも思われない。佐馬介は、静々、口輪を曳いて馬を川へ導いた。

水は氷のように冷たい。
そして、白い波が、鞍を洗ってゆく。

謙信は、つぶやいた。詩を吟じるように。
「死中、生アリ。生中、生ナシ。.....嗚呼(ああ)、珍重珍重。秋水冷ややかなるを覚ゆ。謙信なお死なずとみゆる」

死中、生アリ。
生中、生ナシ。

この語は何かにつけて謙信のいう日常語だった。これについては、彼の家臣はこういう一話を聞いている。

まだ謙信が二十四、五のころ、春日山の城下で、一人の老僧に会った。


謙信が馬上から訊ねた。僧は林泉寺の宗謙であったが、振り仰いで、

(城主は、どちらへ)
と、反問した。

(されば、戦場へ打ち立つ門出)
と、謙信がいうと、


和尚は一拝したのみで、沿道の群衆の中へ立ち去りかけた。

謙信は、急に馬を降りて、近侍の本庄清七郎を呼びたてた。
(いまの和尚を追いかけてゆき、謙信に代わって驕慢(きょうまん)の罪を詫びてまいれ。そして、一言、謙信のために教えを垂れよと申せ)

(お詫びをして来るのですか)

出陣の矢先である、清七郎は忌々(いまいま)しく思ったが、宗謙の姿を追って、その旨を伝えた。宗謙は、

(恐縮な)
と、戻って来て、

(教えなど、何も持たぬ。野衲(やのう)に答え得ることなら、何なりと答えよう)
と、衣の袖を交手して佇(たたず)んだ。

謙信は、馬を下ったまま、慇懃に師礼を執(と)ってたずねた。
(兵を進めるには、神速を規矩(きく)となす、とか申します。.....法をお弘めになるには、何を以って規矩としますか)

(兵を進めるには、死を先とする。法を弘むにも、死を先にす。ただ今日在る姿をみな、生を知って死を知らぬのみ。.....何でもないなあ、後と先のとりちがえだけじゃ)

(もう一問、仰ぎます)
(む、む)

(弱きを見て退き、強きに向かって進む。.....逆ですか。順ですか)

(死を恐れざるものは安く、生を楽しむものは危うし。強弱進退、死生の迷悟、みなこの中の事のみ。お館は如何に)

一転、反問を呈されて、謙信はしばらく唇をつぐんでいたが、やがてこう答えた。

(死中、生あり。生中、生なし)

すると宗謙和尚はからからと笑って、
(よし、よし。.....では、行っておいでなさい)

拝をして、出陣を送った。

後、彼は、凱旋すると、微服(びふく)して、林泉寺に入り、親しく宗謙禅師に参見し、以来、学ぶ事深かったという。

謙信の「謙」は、師の一字を乞うて名乗ったものともいわれている。彼の祐筆が記した若年ごろの日誌を見ても、

御本丸ニ御座成サルモ、常ニ御座之間ニハ一人モ罷リ在ラズ。御次ニノミミナ控ヘラレタリ。禅学遊バサルルニ御障リニヤ

と、ある。

いかに彼が禅に心を容れていたかが窺(うかが)われるし、その禅師は林泉寺七世の宗謙だったのである。

とはいえ彼は、ただ禅にのみ傾倒したわけではなく、心、儒、仏いずれへも心を深く寄せていた。天地を畏(かしこ)み人間の凡愚を弁(わきま)えていた。仏教にしても、浄土、法華宗、天台宗、真宗派別なく参究して、その真髄を汲んでみな自己の心の甕(かめ)にたたえていた。

**************************************************死中生アリ生中生ナシ.2
参考 吉川英治・上杉謙信/傷軍の将は母心に似る・死中生ありより

おわり

吉川英治的お部屋へ戻る


*この書き込みは営利目的としておりません。
個人的かつ純粋に一人でも多くの方に購読していただきたく
参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007年06月10日 12時46分42秒
コメントを書く
[私の好きな言葉集/吉川英治] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: