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1996年のアキ・カウリスマキ監督作品です。この作品は公開当時に1度見て、強い印象を持ったので、ふたたび見たいとずっと思っていましたが、見る機会がありませんでした。それにしても、96年公開の作品ならば、那覇に来るのが97~8年までくらいの時期だったと思います。その時期は子供が2,3歳で仕事と育児が人並みに忙しかったはずです。よく時間があったものだったと思います。パッと見た瞬間、主人公のカティさんが若い!と感じました。(かティさんはアキ・カウリスマキ監督作品の常連女優さんです)顔にシワがほとんどないし、髪の毛が意外ときれいなブロンド。若いのもそのはずで38歳設定ですが、実年齢は36歳くらいのはずです。私と4歳しか変わらないことに驚き。かなり上の世代の人と思っていました。電車の運転手と老舗レストランの給仕長の夫婦が同時期に失業して、どんどん生活がジリ貧になっていって、せっかくローンを組んで手に入れたソファやカラーテレビも手放さざるを得ない、他にもいろいろと挫折の種があり、それでも最後はちょっと希望のカケラを掴んで終わります。おそらく、この終わり方の心地よさが、10年以上も私を惹きつけていたのだと思います。この作品では登場人物がみんな岩のように無表情です。レストランの支配人が多少にこやかなくらいで、あとはみんな表情をこわばらせて、必要最低限のセリフしか話さない、とてもミニマムな演出となっています。というか、カティさんのような老け顔の女優さんに、派手な演出をつけても似合わないかも知れない。キャスティングするのも監督の裁量なのでしょうから、カティさんの質感を良く生かした演出なのでしょうね。必要最低限のセリフを更に字幕で見ているというハンディがあって、見る側としてはとてもアウェイな気分なのですが、これも小津映画を字幕で見る外国人の気分なのでしょうね。いやいや、日本を代表する大女優、田中絹代だってアゴがなかったですよ。それでもあれだけの成功をおさめたのですから、(晩年は残念でしたが)カティさんもがんばってフィンランドの田中絹代になっていただきたいです。
2013年11月15日
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1991年制作のジム・ジャームッシュ監督作品です。どうもジム・ジャームッシュとヴィム・ヴェンダースは、私の中でニコイチになっていて、イマイチ区別がつかなかったのですが、これを見てようやく両者の違いが少しわかったような気がします。ジャームッシュの方が新しもの好きで俗っぽく、ヴェンダースがストイックでコンサバティブな感じであたっているでしょうか。この作品は公開されたときに一度見ています。そのときに気付かなかった、マッティ・ペロンパーが出ているのを知って、再度見ようと思ったのです。マッティさんはあまり長生きできなかった役者さんですから、なるべく見たいなと思って。91年ですから当然、マッティさん若いです。ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキ、5つの夜の街を流すタクシードライバーと客のやり取りを描いた、オムニバス映画です。ジャームッシュちょっとあざといな、最後にヘルシンキを持ってくるあたり。自分をオシャレに見せるコツを心得ていますね。たしかにそれに釣られて見てしまった自分もいるわけですが、結局、この映画ってウィノナ・ライダーを撮りたかっただけじゃないの?と、見終わって思うわけです。あまり、ウィノナ・ライダーが好きではないので、ジャームッシュにしてやられた感でいっぱいです。ウィノナ・ライダーって、こんな感じの単館上映作品系女優に進む道もあったと思うのですが、結局スキャンダル女優さんになってしまいましたね。つきあう男が良くなかったのかな。ジャームッシュ作品で良くも悪くも1本選ぶとしたら、「コーヒー&シガレッツ」です。あれを基準に考えると、これもそれなりに良いできの作品と思います。キャスティングが良かったと思います。公開当時は気にも留めていませんでしたが、喫煙シーンがとにかく多いです。禁煙したばかりの方とか、ご覧になったら罰ゲーム状態と思います。
2013年11月06日
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1988年ウォン・カーウァイの監督デビュー作です。香港のチンピラ映画です。この間見たアキ・カウリスマキの「真夜中の虹」も88年の作品だったので、民度がずいぶんちがってるな、いろんな意味で。と思ったわけです。原題から察するにウォンコックあたりのチンピラ話らしいのですが、主演のアンディ・ラウの美貌が切れ味鋭いナイフのようです。この頃から「欲望の翼」くらいまでのアンディは、若い頃のアラン・ドロンにも負けてないと思う。香港で一番美しかった役者さんだったかも知れない。今の劣化っぷりを思うにつけ、あぁ残念。アンディと組むのがマギー・チャン。病人設定なのでナチュラルメイクだったので、薄幸オーラは既に出ているのですが、まぁまぁ可憐。毒にも薬にもならない役をやらせておけば、この方、鉄壁です。二枚目スターとそれに相対する2.5枚目以下の役者層が厚い香港で、あくまで二枚目とは呼べないのですが、アンディの弟分役のジャッキー・チュンが、なにかと物騒なイカレたチンピラ役をがんばって演じていましたが、この方、一応香港ではかなりのポジションの人気スターなんですよね。小物感がいつもつきまとうのですが。WKWとしては珍しく、時系列をきちんと意識した演出で、やればできるじゃん、ということがわかりました。もう1度見なさいといわれると暴力シーンが多過ぎるので躊躇しますが、アンディの出演部分だけなら見てもいいかな。
2013年10月29日
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1988年のアキ・カウリスマキ監督のフィンランド映画です。マッティさん若い!この監督の場合、マッティさんの枯れ具合でおおよその制作年度の見当がつきますね。この作品はおおまかにジャンル分けすると、クライム・ムービーです。かっぱらいはするし、脱獄もする。人殺しだって辞さない。だけどなに?この映画全体を支配するゆる~い空気。尖ったものが何もないっていうのが、この監督の特質なのでしょうね。アキ・カウリスマキはおそらく、小津安二郎が好き過ぎて、いざ自分の映画を撮ることができる立場になったとき、自然と思い焦がれていた小津的な視点の作品を撮ってしまうことが、止められなかったのでしょうね。小津も戦前の作品には結構キッチュなクライム・ムービーがあるので、お手本には不自由しなかったと思います。アキ・カウリスマキを語るには小津の存在がどうしても避けて通れないのですが、小津テイスト以外の部分にがんばって目を向けると、この作品(他の多くの作品にもいえますが)では寒さを表現するために、寒色系の色彩が多用されています。そこに、ポケットに手を突っ込み背中を丸めて歩くショボい男。そんな男がアキ・カウリスマキが描く主人公なのです。脱獄や、非常にアッサリと結婚を決める男女など、細部の繰り返しがみられ、こんなところまでがやっぱり小津の一番弟子って感じなのですよね。やはり、小津抜きで語るには難しい監督です。それで、いちばん重要な、この映画を好きかキライかですが、マッティさんの出番最後が「汚れた血」のアレックス並みにイケてて、あとはもう脱力して見ることができるので、私は好きです。
2013年10月27日
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1955年公開の成瀬巳喜男監督作品です。大濃厚な恋愛映画で、それも腐れ縁を扱っているのですが、好きな作品で、10代の頃からですからかなりな回数見ています。今回は森雅之の男小悪魔っぷりに注目でした。この物語で語られる期間内だけで5人の女性と大なり小なり関係を持てる富岡という男。こんな役をチャラくも暴力的にでもなく演じることができるのは森雅之しかいないかも。本人いたって大真面目なのに、女の方が放っておかない。顔立ちがものすごく美形なわけではないのですよ、この方。けど、脇に回しておくには惜しいかな?程度の二枚目と思います。おそらく、この方が漂わせるフェロモンが他の役者さんにはないのでしょうね。ルイ・マルの「鬼火」でモーリス・ロネが演じた主人公と近いように思いました。中北千枝子という女優さん、今回は富岡の正妻役だったのですが、成瀬映画では、小津映画でいうところの三宅邦子のようなポジションにいるのだなと思って、探すのが楽しみになりました。余計なお世話かも知れませんが、戦後の混乱期で食うや食わずのはずなのに、みなさん、ずいぶんタバコを吸うし酒も飲む。カストリなんてヤバそうなものまで平気で飲んでいて、支那そばつまみにやっちゃったりしていて、まぁ、そんなのも含めて混乱期だったのでしょうが、体こわすよそりゃ、と思いました。
2013年06月26日
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1947年の吉村公三郎監督作品です。チェーホフの「桜の園」をベースに作られたらしくて、どうりで冒頭の家族会議のシーンの演出は舞台風。ハタチくらいのときに見た時は、肩幅が広くガタイのいい原節子が全力疾走で走り、自殺を図る父を突き飛ばして、ピストルをはね飛ばすシーンしか覚えていなかったです。それも、自殺を企てたのは父ではなく、兄だと思い込んでいたので、人間の記憶って曖昧ですね。前回見た時は、大して印象に残っていなかった、放蕩息子のご長男は森雅之だったのですね。腕っ節は弱そうですが、女をたらし込むのがうまそうな、この人らしい虚無的な演技です。けど、もうちょっと年齢を重ねてからの方が男っぷりは上がるかな?ていうか、この人大体が全女性を敵に回す役柄が多くないですか?黒沢明監督の映画には興味が湧かず、見たことがないのですが、黒沢映画ではもっと男気に溢れているのかな?逢初夢子と原節子の姉妹は、頑張って華族の令嬢に扮していたけれど、セリフが多く、相当ハイソな言葉遣いなので、こなすのが精一杯という印象を受けました。けれども、近代娘らしく明朗で前向きにものごとを処理しようとしている、原節子のキャラ設定は良かったと思います。彼女はこんな役まわりが合っていると思います。闇太りの成金の娘役で、当時売り出し中だったと思われる、津島恵子が出ていましたが、この人とか乙羽信子の若い頃は、いったいどうしちゃったの?と、思うくらいほっぺたがパンパンに張っていて、顔がまん丸なのです。津島恵子は森雅之に手込めにされかかる役で、清純派女優だったはずなのに、あまり良い役とはいえません。伝説の女優、原節子の令嬢言葉をたっぷりと聞くことができて、日本語と、それにともなう所作の美しさは、一度は見ておいても損はないかもしれません。
2013年05月16日
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★ボーイフレンド★【中古】激レア!VHS★未DVD化!白蛇伝説の巨匠ケン・ラッセル★がツイッギ...価格:4,500円(税込、送料込)1971年のケン・ラッセル監督のイギリス映画です。あの、「ミニスカートの女王」ツイッギーの映画初主演作です。1920年代の劇場のレビューのバックステージものです。いきなり初めての映画でミュージカルなんて、相当レッスンをしたと思います。特別ヘタクソとか思わなかったので、これは成功した作品だと思います。だいたいが1920年代のメイクって、ツイッギーの全盛期にはかなり意識していたはずです。だから、アイホールにダブルシャドウを入れる退廃的な顔で有名になったツイッギーが、そのまんまの顔でちょっぴりオトナになって登場したので、「誰?あの人?」までの違和感はなかったです。だけど、ツイッギーのおデコのシワはすごかった。ああならないような見せ方をした方が良いのに。まだ20代前半で、他人に見られる仕事をしているとは思えないシワでした。相手役の俳優さんの顔立ちも粗野で好みではなかったのだけど、一応、ハッピーエンドで終わってやれやれ。っていうか、この映画、なかなか終わらない。何度も追われるチャンスがあったのに、またしても話が続き、気付いたら126分とか、ちょっと長過ぎ。レビューの舞台は、見事でした。人もお金も相当使っていたと思います。どのシーンもキッチュな美意識が貫かれていました。あれは、考えるのがとても楽しい作業だったのではないカト思います。元々、私、1920年代テイストのファッションなどを見るのが好きなので、とて楽しく見ることができました。
2013年04月17日
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1962年のフランス映画です。ずうっとDVDになるのを待っていた作品です。速攻で購入したのですが、なかなか見る機会がなくて放置していました。結果からいうと、ピエールはシベールに対して性的な欲望を抱いていなかったと私は解釈しています。戦争の影響で記憶を失ったピエールと、両親に見捨てられ寄宿舎に入れられたシベールが、傷を舐め合うようにしがみつき合っていたのだと思います。小柄で子供っぽい風貌のシベールは7~8歳設定と思っていましたが、12歳とのことで、12歳だったらちょっとマセた子なら充分に恋愛へのあこがれを持つでしょう。ピエールに対して結婚しようだの、自分は婚約者だのと、やたらと一人前のレディぶっているので、ふたりの関係はきわどいことになってしまいましたが、ピエールは自分の過去をよみがえらせる手助けができるのは、シベールしかいないと勝手に決めて執着していたのではないかと思います。気の毒だったのはピエールの同棲相手のマドレーヌ。聡明で美しい成人女性で充分にピエールを愛しているのに、その愛は届かない。今回、日曜日に森で戯れる、ピエールとシベールの様子を隠れて覗くシーンがあるのに気付きました。ピエールが変質者ではないかと畏れていたけれど、違うと確信して安堵の表情で立ち去ったのですが、得体の知れないピエールという男を愛してしまい、自分の愛情で彼を立ち直らせることができると思い込んだ愚かな女性でもあります。けれども大概の女性は一度は愛を盲信します。マドレーヌを責めることはできないと思います。ふたりだけのクリスマスにシベールが初めて自分の名前を明かす、ここでドラマが急展開を見せるのは、もしかしたらベルトルッチにインスピレーションを与えたかも知れません。イタリアのいいとこのお坊ちゃまだった彼が、自分はフランス人だと、若い頃は言っていたらしいので、フランス映画を見まくっていたと思います。名前を持たない(持つ必要のない)男女の関係を描いていた、「ラストタンゴ・イン・パリ」をちょっと思い出させます。モノクロ映画ですが映像全体に詩情が溢れていて寒色系の空気までが伝わってくる、美しい作品でした。
2013年04月12日
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那覇で時間をつぶさなくてはならない用事があり、ネイリストさんがおもしろかったとお勧めしていたので、とても久しぶりにシネコンで映画を見てあげました。(なぜか上から目線)1992年のジャン・レノ主演のフランス映画です。三ツ星レストランのシェフがジャン・レノ、その助手となる若手のミカエル・ユーンが主人公でした。この人の質感が、なんともトリュフォーの「家庭」あたりのアントワーヌ・ドワネル君でした。軽いし、空気読めてない。きわめつけが「キョーコさん」みたいに和装で登場するものだから、日本人の心はわしづかみなのです。いつ「勝手にしやがれ」のメモが登場するか、ハラハラでした。フランス映画でこの系統、アンチヒーローなヒーローがまだ成立していることがわかって、ちょっとうれしかったです。それにしても、いまどきの若い人で、いくら実家のサポートがあったとしても、一人できっちり出産できるって、嫁さん最強。今って立会い出産が当たり前と思っていたので、大したものだと思いました。こんな家庭の枠におさまりきれないところがドワネル君みたいなんだよな。あまり長続きしないと思う、このカップル。
2013年02月16日
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1985年のレスリー・チャン主演のアイドル映画です。レスリーの顔面クオリティは飛び抜けていましたが、あとの方たちが何とも微妙。香港映画ってイケメン以外の引き立て役の層が厚いわな。かわいい役どころのはずのレスリーの妹役の女優さんなんてヒゲ生えてたし。レスリーの恋人役の女優さんの母親。おそらく年齢設定は私とあまり変わらないんだよな。なのにどうしてあんなに貫禄があるの?デブ+囲みアイのアートメイクまでは私とかぶってるんだけど、私ってあんなにババアに見られているの?と、ショックを受けました。アイドル映画だっていうのに、猛烈アタックしてモノにした彼女とエッチにこぎ着けたと思ったら、女性が一番ナーバスになっている瞬間に眠たいからってつれない態度をとる、レスリーの小悪魔さが露見して、コレはちょっと人としてありえないのでは?たとえばこんなシーンが「百恵・友和映画」にあったら、国民的に総スカンを食ったと思う。日本人のメンタリティはそうだと思うけれど、香港人は、なんか違う貪欲さを映画に求めているんだろうな。レスリーはやっぱり生まれついての小悪魔だったんだ、と言うことで納得の作品でした。
2013年01月31日
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1996年の香港映画です。時代劇が苦手な私は、ちょっと間違ったかも・・・。と思いながら見ていました。最初に出てくるセックスバカのおっさんのキャラ設定はなかなか笑えました。そう、これは苦笑しながら見るしかないポルノ映画ですね。スー・チーいつ出てくるかと待っていたら、後半にやっとお出ましで、サクっと脱ぐかと思ったら、暗い部屋で激しそうなセックスをしているだけで、なんか、イマイチ良くわからなかった。前半は笑って見ていられたのですが、後半、スー・チーが出てくるあたりから、話がおどろおどろしくなって、最後のセックスバトル、あれは一体なんじゃい。若い頃のスー・チーって本当に体を張って仕事をしていたのですね。頭は下がるけれど、この映画はおもしろくなかったです。
2012年08月18日
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1984年の香港映画です。なんていうか・・・子供だましな作品でした。邦題もメチャクチャひどいですね。もうちょっと見たくなるようなタイトルがつけられないのかな。くだらなくってもつまらなくってもレスリーが出ているので私は見ますよ。けれども人様にお勧めできるかといえば、ちょっとムリ。それくらいクオリティの低いアイドル映画です。質より量という制作システムだったのだろうな。この作品でレスリーと組んだのがマギーなのですが、この頃のマギーは薄幸オーラが出ていなくてお人形さんのようにかわいいです。プロポーションも良いし、レスリーに良く合ってる。だけどだけど、厚化粧過ぎる。ファンデが厚塗り過ぎて不自然。それだけ隠したい何かがあったのかと勘ぐってしまうほどの厚化粧。まだ若いのだし、もうちょっとナチュラルメイクで勝負したら良かったのに。魚を塩で固めて焼いたお料理?を思い出してしまいました。このふたりに付かず離れず刺さり込んで来るのがアニタ姐さん。この人に関しては素材がいまいっちょなのだから、見た目かなりすごいことになっていたけれど、どうでもいいかな。レスリーはともかく(前髪は垂らさない方が似合うよ)、マギーとアニタの服装が思いっきり当時のトレンドを追っていたので、今、見るとものすごい気恥ずかしいことになっています。マギーのアクセサリーの使い方とか、完全に非日常的で日本人にはとてもマネのできない趣味。この作品には香港の地下鉄が全面的に協力していたようです。はじめて香港に行ったときに、地下鉄の中でイチャついて離れないカップルを見て、結構引いたのですが、レスリーとマギーが率先してイチャついているのですものね、一般人もマネをしたくなるわけだと納得しました。
2012年08月17日
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1997年の香港映画です。ん?主役のふたりが台湾人なのに香港資本?よっぽど広東語がヘタクソなのか、いつも「島の娘」だの「田舎から来たの」と言ってお茶を濁していたスー・チーが、めずらしくセリフの多い役で、というより立派に主役じゃんね。幼児体型で童顔だけがトリエのビビアン・スーのほうが日本での知名度は上だけれど、この映画での彼女の役は別に誰がやっても問題がなかったような感じ。それだけ存在感のうすい役。美人コンテストに出場した女の子たちに猛烈アタックする、さえない男4人組、そのうちひとりは身分を隠したえっらいお金持ちらしくて、彼らの必死過ぎな奮闘を描いた映画なんだけど、やっぱり、もうけ役はスー・チーなんだなぁ。お下劣キャラも板についていて合っていましたよ。いつも、スー・チーには脱ぎっぷりの良さを期待してしまうのだけれど、今回は美人コンテストのトレーニングの一環で、女の子はみんな水着姿になっていた程度で、あまりエロくなかったです。今回大枚1,000円ちょっと出して、しぶしぶ購入した吹き替え版のVHSで見たのですが、スー・チーの役の声優さんがオカマ声というか、やたら肝の据わった声で、それなんか違うだろうと、ずうっと違和感を感じて見ていました。ステレオタイプのラブコメディで、要は水着姿を見せたかっただけみたいなので、1,000円っていうのは、ちょっと足元見られたかな。
2012年08月04日
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1953年の松竹映画、小津安二郎監督作品です。何度か見ているし、いつだったか図書館で各カットごとに解説してある分厚い本をがっつり読んだので、もう、流して見るだけかな、と知ったかぶり頭で思っていたのですが、いやいや、さすがは世界の東京物語、最後までガン見でした。名作と言われるだけのことはあります。「一人息子」でも控えめに描かれていた親心、子供の立身出世を願って東京へ出したのに、親の期待に充分に応えきれていない子供たちに対する落胆と諦観がミニマムな表現で描かれていて胸を打たれます。微妙な距離感を保って、置物のように並ぶ笠智衆と東山千栄子の老夫婦が、「とうとう、宿無しになりましたね」と語り合うシーンはとてもせつないです。自分的にはこのシーンがこの作品のクライマックスではないかと思います。一貫してホームドラマを描きながら、自身は家庭をもつことがなかった小津の、家庭に対するシニカルな視点を感じて、ちょっと戦慄を感じました。
2012年01月30日
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レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ 1989年レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う 1994年アキ・カウリスマキ監督のフィンランド映画です。なんだか尖端鋭いリーゼントに尖がり靴で大編成のバンド、レニングラード・カウボーイズが胡散臭いマネージャーに連れられ旅をするロード・ムービーです。2作合わせて往路、復路って感じです。何を見てもついクスっと笑えてしまうのはカウリスマキの魔術でしょうか。なんでこんな映画を撮ってしまったかって?私自身も楽しみたかったからだよ、とかなんとかどこかで言っていそうな感じ。笑える度はかなり高いと思いますが、劇場向けの作品ではないかも。おうちで何かしながら眺めるくらいがちょうど良い付き合い方かも。バンドの演奏もヘタウマっぽいし、盛り上がらない客席は、エキストラの手配をケチったのかなとか邪推しながら見ていました。「・・・ゴー・アメリカ」でのマッティ・ペロンパーが若い!うらぶれ感が強い映像のこちらの方が、自分的には好みでした。反美形派と思われるカウリスマキの映画に欠かせぬ不美人の女優さんは登場しない、とってもヤロウの世界な作品でもありました。
2012年01月28日
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1977年のフランス・スペイン合作映画。ルイス・ブニュエル監督の遺作です。初老の紳士が若い女に溺れる・・・ただそれだけの情痴モノで、「痴人の愛」とテイストが近いといえば近い。おあずけ喰らうところも似てるっちゃ似てる。当初はマリア・シュナイダーをキャスティングする話があったそうですが、えーっ、それはないでしょう。彼女のまん丸な童顔であそこまで冷徹な女の役を演じても説得力に欠けると思う。彼女の場合、裸だって観客は飽きるほど見ているのだから新鮮味がないし。っていうか、コンチータの役はふたりの女優さんが演じていたのですね。態度にギャップがあり過ぎると思っていましたが、納得です。コンチータは最強と思ったけれど、意表を付くラストは、やっぱりブニュエルの方が一枚上手かも。無くてもどうでもいいラストシーンと思いましたが。ブニュエルの作品は「アンダルシアの犬」が強烈過ぎて、それに較べたらどれを見ても優等生的な表現の作品ばかりに見えるのですが、これが遺作とご本人がわかっていたとしたら、もうちょっとアナーキーな作品になっていたのではないかと思います。枯れてるんじゃなくて、まだまだ通過点な作品って位置付けかな。表現手法が古臭かったし、完成度もイマイチ。次の作品に期待したかったところです。
2012年01月17日
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2010年の台湾映画です。友だちがすごーく良かったと熱くお勧めするので見たのですが、ヤクザ映画に耐性がないもので、ところどころ早回しで見ました。けど、86年頃という時代設定で、廟街のいかがわしげな雰囲気は良く描けていたと思います。聖子ちゃんカットの「ギャル」が出ていましたが、香港映画みたいに半裸状態じゃなかったし、主人公の若い極道の子たちが山籠りして戦闘技術を学ぶシーンとか、結構、ストイックに描かれていたと思います。台湾映画も成熟期を迎えたのかな、他のどこの地域とも違う台湾らしさが良く出た作品と思います。つい、エドワード・ヤンの「カップルズ」と較べながら見ていましたが、極道者とただの不良少年じゃ話が全然ちがう。若いとはいえ、極道者の強烈な土着志向を感じました。台湾人のメンタリティって老若問わず任侠道に寛容と思うので、この映画は相当ヒットしたのだろうな。
2012年01月08日
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2001年の香港映画です。うんこだちんこだで喜ぶ小学生向けのタイトルですね。内容もタイトルの域を出ていない、良くも悪くも香港映画クオリティ。この内容で続編が出るほどヒットしたらしいから、民度が高くないですね。もうしわけないが、くだらな過ぎて脳が溶けるかと思った。「クレヨンしんちゃん」の実写版程度に捉えた方がよいかもです。カリーナ・ラウは「欲望の翼」が一番良かった。なんでだろうか考えてみたら、あの京劇ばりのメイクが合っていたと思うのです。つり目アイラインが似合うんだ。この人、素の顔はドングリ目で華やかな顔立ちではないから、どんな役を演じていても(それがまた、香港人の生活に身近な働く女性だったりすると)、なんかいつも疲れて見える。有名だけれどスターには見えない。どっちかっていうと脇役に回ってお母さん役が合ってると思うのだけど、彼女にそこまでさせたくないのかな?地元ではSK-IIの広告をやったりしているみたいだから。桃井かおりに母親役振るバカいないのといっしょかな。だけど、そこがコン・リーになれない理由なんだろうな。コン・リーは一度も好きと思ったことがないけれど、子供のために泥水の中に進んで飛び込む母!って感じがする。だけどカリーナ姐さんにそんな母性を感じたことがない。気に入らないとキーキー喚く面倒な女にしか見えないのが残念。面倒だのきらいだのいってますが、カリーナ姐さんもコン・リーも私と同じ年。がんばって皆ですてきなオバさんを目指そうね。
2011年12月27日
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1958年のフランス映画。ルイ・マル監督のデビュー作。25歳でこの完成度って、いったい何者?と思う。この人のすごいところはどの作品も一定の完成度をキープしていて、一作ごとに作風がガラッと変わるので、見ていて飽きないし、ヌーベルヴァーグの作品群ではエンターテイメント性が強いところが強みと思います。(そのせいかカリスマ性では若干劣るような気がします)「鬼火」のモーリス・ロネとねんごろになって、夫殺しを企てるジャンヌ・モロー、この人は存在そのものが神話ですね。それにしても夫殺しなんて、恋愛至上主義で、よくよく考えたら良いオトナがやることじゃない。けど、そこを堪えないとこの作品はおもしろくない。夫殺しはうまくいったかにみえたけれど、ちょっとした手違いでとんでもない事件に発展してしまう・・・。マイルス・デイビスの即興演奏の付け方がすばらしいです。ジャンヌ・モローが雨に打たれて恋人の名を呼びながら夜の街を彷徨うシーンは、映画史に残る名場面と思います。恋人に囁きかけるジャンヌ・モローの声も甘過ぎず、オトナの恋愛を感じます。しかし、うまくまとめてあるな、ルイ・マル。これが彼の作品とは気付かなかったくらいです。
2011年12月20日
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1987年のフランス映画。アニエス・ヴァルダ監督によるジェーン・バーキンへのインタビュー映画です。、この人について、セルジュ・ゲンズブールと結婚してたとか、エルメスのバーキンの人でしょくらいしか認識がなかったから、イギリス人だったのも知らなかったし、男顔なのにビックリでした。けど、80年代って時代を考えたら、あんな見た目イカツい女性が旬だったのだろうな。日本でも浅野温子とか流行ってたような気がする。共演したい役者を問われて、われらがジャン=ピエール?レオ君を指名して、万年青年過ぎるレオ君とデートするシーンもあったので、ちょっとうれしかった。レオ君、相変わらず自分勝手だったけれど。全体的に絵画的な作りの映像で、インタビュー映画としては退屈しなかったです。コワモテだけど内面的にはフェミニンな自分アピールしていたように思うけれど、今見たからか、80年代的な女性像にはあまり興味が持てなかった。バーキンという人を扱うには40歳という年齢は早かったのではないかとも思いました。みんな彼女の人となりよりもバッグに興味があるのだろうから、そこんとこをプッシュしてほしかったかな。それは監督としては絶対に避けたかったのだろうけれど。アニエス・ヴァルダという監督。夫であるジャック・ドゥミ監督の若干通俗的な作品作りに較べると、ニッチな線を狙っている人と思います。そこにはいつも荒涼とした空気が流れているような。
2011年12月15日
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1933(昭和8年)の小津安二郎監督作品。サイレント映画なのだから当たり前といえばそうなのだけど、無音。冒頭からして浪花節かなんかを見ているみたいで、長屋モノみたいなこの雰囲気、アウェイだなと思ってたら、ちょっと若めの飯田蝶子が出て来て、あの歯並びでガハハと笑ってるし、やっぱりここでも「かあやん」なんて呼ばれているし、人情話は苦手な雰囲気かも、と、若干肩を落としていたら主人公の喜八っあんの友だち役の大日方傳演じる次郎が、ちょっとムサっ苦しいながらも、ガタイが良くて顔立ちもかなりの男前。小津作品でここまで二枚目俳優が存在感を見せることは珍しいのでは。次郎の夢を見てしまいそう。もう、完璧に一目惚れに近いものがあります。これだけでも見た甲斐があったと機嫌が直りました。貧乏暮らしの長屋人情喜劇で、この頃から既にローアングルにこだわっている、小津の「演出職人芸」とでも言ったらいいものか、これがこの人の持ち味なのでしょうね。それにしても、だ。喜八っあん、次郎が北海道で働くことに決めたって、北海道ってどんだけ外地扱いよ。と、ちょっと笑えました。アキ・カウリスマキの「白い花びら」を見たときにも思ったのですが、サイレント映画というミニマムな表現には役者のフィジカルな表現が必要で、演出する側、される側双方大変緊張感があったと思います。それでもこれだけおもしろい作品を作ることが出来たのは、やはり小津って天才肌の職人さんなんだろうな。
2011年12月10日
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1962年のイタリア映画。4人の監督によるオムニバス映画でした。それぞれの作品にそれなりの尺があるので、200分を超えていたようですが、イタリア式コメディっておおらかでいいな。飽きずに見ることができました。色の出方も60年代のフィルムらしいノペっとした感じが好みでした。マリオ・モニチェッリの「レンツォとルチャーナ」高度成長期を支える若い力、なんてフレーズが頭に浮かびました。若い新婚カップルの職場であるビスケット工場といい、ふたりが行くダンスホール、プール、映画館、どこまで行っても、ものすごい人だかり。そんなに行くトコないのか疑問。新婚さんには、まだ決まった住所が無くて、親のアパートに居候しているので、欲求不満でキレまくり。移動手段が3輪オート?とか、レトロで背伸びしない庶民的な作品でした。フェデリコ・フェリーニの「アントニオ博士の誘惑」堅物なアントニオ博士は街中で見かける、すべての肉情的なものに果敢に挑んでゴリ押しで勝っている様子ですが、ご自分のアパートから見える広場の巨大看板の誘惑に抗えず・・・。フェリーニおそらくこの作品、相当楽しんで撮ったのではないかしら。このぐらいの長さの作品がこの人の作品を楽しめる限界かも。「水爆女優」アニタ・エクバーグがすごいことになっていましたが、こんな怪物扱いされたからスターになれなかったのではないかと、若干、アニタ嬢には同情します。ルキノ・ヴィスコンティの「仕事中」だめだめ。これ失敗作と思う。修行中のヴィスコンティが喜劇寄りの演出を試みたと思うのだけど、カジュアルな貴族の結婚生活、にしか見えなかった。ロミー・シュナイダーは良かったけれど、夫役があの顔では、間男みたい。でもってロミーも世の中ナメくさってるし。結局ロミーがやりたがっている「仕事」って、セックスのことですか。考えが甘い。ヴィスコンティもうちょっと自分らしい演出をしてほしかった。ヴィットリオ・デ・シーカの「くじ引き」出てくる男はみんなカスみたいで、ソフィア・ローレンひとり勝ちな作品でした。一体何をどうしたらあの肉体美が作れるのか、とにかく肉弾戦状態。イタリア男にとって夢の女性なんだろうな、この人って。肉体美だけではなくて、母性のようなものも感じさせてくれる。気持ちはわかるかも。なんてことはない話だけれど、この人無しでは成立しなかった作品と思いました。どれもおもしろかったけれど、自分的にはやっぱりアニタ嬢に一票です。この人の旬の時期があまりにも短かったので。
2011年12月09日
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2004年アメリカ、イタリア、フランス、中国合作映画。オムニバス映画だったのですね。WKWの強烈なエロエロ映画と思っていました。ソダーバーグにもミケランジェロ・アントニオーニにもあまり関心がないので、WKWの作品だけガン見でした。「若き仕立て屋の恋」って邦題、パトリス・ルコントのアレをパクったかな。たしかにタイトルどおりの話だから、それはそれでいいのだけど、エロを追求するなら、原題のThe Handでよかったのではないかと思いました。コン・リーが、自分的にアウト。ガサツな立ち居振る舞いは、さすが大陸の女優さんって感じで、薄幸そうな演技もできるというのはわかったけど、やっぱりウソ泣きだろう?みたいな。チャン・チェンはビックリするほど垢抜けしていました。エドワード・ヤンのカップルズ以来の美形役かも。トニーさえ出てなかったら、チャン・チェンって2枚目なのよー。全身のバランスもとてもきれいだし。現状、抱かれたい男ナンバーワンはチャン・チェンかも知れない。WKWはインタビューで花様年華とも、2046とも違う作品に仕上がったと語ってましたが、いつもWKWの作品を貫いている緊張感のある濃厚さはここでも健在でした。1960年代香港って1930年代上海に匹敵するほどの魔都だったのでしょうね。そんな空気感が漂ってくる作品でした。これってWKW的には、お得意の世界観なのでは。随所に挟まれる、忙しそうな仕立て屋のシーンが、香港だなぁ、みたいな感じがしました。白いランニングシャツで作業しているチャン・チェンもエロかったです。いや、ほんとに抱かれてみたい。
2011年12月06日
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1965年のフランス・イタリア合作映画。ジャン=リュック・ゴダール監督作品です。若いころに1度は見ていて、そのときも今回も、ひとことで言ってチープな表現、と思いました。大雑把にジャンル分けするとこの作品ってSF映画、近未来モノに相当すると思いますが、この手のジャンルの作品で後世に語り継がれる作品を撮ろうと思ったら、湯水のようにお金を使って、最先端の技術をもって作らないと、説得力に欠けてしまうと思うので、その段階でこの作品アウト。けど、予算はないけれど電子演算機(コンピューターとは呼びがたいものがある)に支配される都市の愚かさを描きたかった(らしい)ゴダールの情熱は伝わって来ました。予算内でできる限りの設定をした努力、挨拶があの都市(アルファヴィル)では、「元気です ありがとう どうぞ」だったり、外部の都市とか呼び分けたりする細かい努力をみて、ほんとうにゴダールが撮りたかったものは、電子演算機云々ではなくて、もっとポリティカルな事象だったのではないかと感じさせられました。それだけ、あの都市の奇異さのすべてが、いま日本人が潜在的に感じているであろう北の脅威を思い起こさせて、表現は稚拙であっても、言わんとしていることは伝わって来ました。だから、惜しいな、ラストのフレーズが「愛してる」じゃ。ところでこの作品、ジャン=ピエール・レオが助監督を担当したそうですが、ホテルのボーイ役で出てますよね。あんな声を出すのはレオ君しかいませんよね?
2011年11月26日
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1957年のフランス映画です。マリリン・モンローの「王子と踊り子」にあてつけたような、ブリジット・バルドーの身分違いの火遊び系ロマンチック・コメディでした。モンローは末路がアレだけに見ていて痛々しさが先に立ちますが、バルドーに対してはあくまでもセクハラ目線。いや、全然露出度が高くなかったから、もうちょっと頑張って欲しかったです。当事の男性はあの程度の露出でも「ボインちゃん」とか思ってワクワクして、女性に「キャー、きたならしい!エッチ」とか嫌われていたのだろうなぁ。それよりバルドー、毛皮のコート着ているじゃない、とツッコミ入れたかったです。大統領の愛娘という設定は無難にこなしていたと思いますが、夫役になるモテ男がフランス映画にしては珍しいマッチョ君で、ちょっと違和感がありました。だけど、このモテ男、なかなかしゃれた発言が多かったので、これじゃぁモテるわけだと納得。シャルル・ボワイエはエレガントな立ち居振る舞いで、貫禄たっぷりに国王役を演じていました。いま見ると完全にガーリー映画のジャンルのようですね。パッケージのデザインもふくめて。ムッとした顔が良く似合うバルドーは、ここでも健在でした。
2011年11月22日
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1961年のフランス映画です。ロジェ・ヴァディムが、別れた嫁さんのブリジツト・バルドーを主演に撮ったコメディです。雪山行きのバカンス・ムービーだからか、バルドーの露出度が低かったのが残念。脚が細くて真っ直ぐすんなり伸びていたのはさすがです。それにしてもバルドーってムッとした表情がよく似合う女優さんですね。笑顔よりずうっといいかも。最初、男ふたりが同時にバルドーに恋していた様子だったので、もうちょっと「はなればなれに」的なものを期待していたのですが、ヴァディムにそこまで期待してはいけなかったのかも。いかにもブルジョア然としたバルドーが金勘定に必死になっていたりして、ちょっと意外な面をのぞかせていました。バルドーの部屋、枕もとの壁に大き目のラクダ貝らしきものが貼ってあったのが自分的にはツボでした。(最近、貝に親しい生活を送っているので)どーっていうこともない映画ですが、もう1回くらい見てもいいかな。音楽の使い方はオシャレでした。
2011年11月20日
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1999年製作の香港映画です。予告編で見て、階段の使い方が「天使の涙」っぽいなと思ったので見てみました。ちょっとヤンチャではあるけれど、なかなかいい話でした。等身大の香港の雑踏が背伸びせずに描かれていて、最後はすこし泣きがはいりました。胡散臭い元黒社会のメンバー、ヒョウと、親子ほども年のちがう現役チンピラのスモーキーが、ヒョウにとって忘れることができない、思い出の女性を探す・・・みたいな話です。ヒョウが手足が短くて、ちんちくりんな体格のわりには、よく走る走る。鍛える前の猫ひろしみたいでした。スモーキーもフツーにイケてるおにいちゃんだったけれど、顔のわからない父親をいじらしいほどに思いこがれ、それなりに母親を大事にしていて、そんなに悪い子じゃないじゃん。まぁ、いろいろと好感をもてる点があったのですが、いちばんすごいなと思ったのは、キレイどころの使い方。スー・チーもケリー・チャンも、ほとんどカメオ出演なのだけど、物語の空気を支配する素晴らしい存在感を持っていました。(スー・チーは、この役で言葉の壁と戦うこともなかったから、ラッキーだったのでは)残念だったのは邦題のつけ方かな。いくらなんでも平凡すぎる。原題や英語名の方がピッタリしていたと思います。
2011年11月14日
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2001年の香港映画です。スー・チーのお色気シーンに期待して見たけれど、またしても残念な結果。いくら騙されやすいわたしでもちょっと気付いて来たかも。香港に出張中の彼女は脱がないんだ。聞き取りできないから違いがよくわからないんだけど、いつもイナカの子だの、台湾出身だのエクスキューズ付きの設定で、そこまで広東語がヘタクソなのかな。別に香港に行かなくたって、地元でちゃっちゃと脱いでいただきたかったです。相手役がトニー・レオンで、ふたりのルックスは均整が取れていたように思いますけれど、そのお友だちレベルになると、極端に顔面クオリティが下がるのが容赦ない。トニーのお友だちのトムさんの人相は悪いし、スー・チーのお友だちのフォン女子なんか色は黒いわ半裸だわで、とてもカタギのOLさんには見えない。スー・チーも色白美肌ってイメージがないから、それと較べても黒いって、どんだけよ。もはや、女優さんとは呼べない。漁師さんだったりして。香港って映画大国って言うより、粗製乱造なだけじゃないのかな。けど、手の届きそうなラブ・ストーリーを観客の需要で供給しているなら、民度もそこそこ、ってことなのかと思いました。こんな大甘なストーリーを見せられても、あんまりうれしくない。やっぱり、脱がないスー・チーに存在意義が見出せなくて、混迷。脱がないのなら2番手の役で充分と思う。なんでこんなに彼女をありがたがって起用するんだろう。まぁ、アイドル的なトニーの最後のキラメキが見られたし、これはこれで良かったということにしないと、自分が悲しい。
2011年11月08日
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1997年の香港映画です。3人の若い男の子の恋物語です。スー・チーってば、ここでも脱いでない。唯一のお色気シーン(でもないか)とおぼしき水泳シーンでも替え玉だったみたいだし。そうなっちゃうと彼女って、かわいいけれどただのタラコ唇じゃん、って思う。ホームレスでかっぱらいの女の子の方が美形だったし、生活に疲れた感じのバス運転手の年上女の方がしっとりとしたお色気があって良かった。カナダ帰りらしい、どっちかっていうとダサかっぺな男の子3人組が、泊まっているゲストハウスが「半島酒店」(ペニンシュラ)部屋の窓からおそらくネイザンロードのネオンが見えて、雑駁とした香港の街がリアルに活写されていて、背伸びしていないところに好感を持てました。
2011年10月14日
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2009年の中国映画です。予告編の宣伝文句を鵜呑みにしたら、「レッド・クリフ」の興行成績を超えたんだとか、中国人の北海道観光(土地買い)ブームの火付け役になった作品なんだとか。それが本当だとしたら、中国人の民度・・・まだやっぱり微妙かも。冒頭で主人公のグォ・ヨウが、胡散くさい発明品を売りつけるところからドン引き。それにこの人、人相がけっして良くないからさらに引いてしまう。彼がネットで婚活をするのだけど、お見合い相手と会うお店がことごとくおっしゃれーで、えーっ、北京ってこんなところなの?と思うけれど騙されないぞ。で、そのお見合い相手のひとりがスー・チーなのですが、脱がないんだなぁ、美脚を披露するくらいで。もうしわけないのだけど、彼女にはチャッチャと脱いでいただきたいです。顔じゃなくてボディの人なんだからー。由美かおるみたいに控えめな入浴シーンでは満足できないです。もうちょっとがんばろうよ。恋人同士になるふたりが北海道を旅するのですが、個人的には見飽きた風景だから、あまり感動できなかったです。「ミレニアム・マンボ」の夕張の使い方のほうが良かったかも。だけど、斜里なんて辺鄙なところを良くロケ地に選んだな。わたし的にはやっぱりスー・チーが脱がなかったので、なんでこんなん見ちゃったんだろう感が強いです。特典映像のインタビューに出ていたビビアン・スーのメイクが天使のようにかわいかったです。日本人って童顔に寛容だから仕方がないか。
2011年10月11日
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1960年のフェデリコ・フェリーニ監督作品です。モノクロ映画なのに色彩を感じる、それも圧倒的にカラフルな。そんな作品です。山場らしい場面がなく、冗長といえばそうなのですが、フェリーニの映像美を堪能することが出来ました。劇場で見るには長いけれど、おうっちで見るには充分かも。マルチェロ・マストロヤンニが演じる退廃的な主人公と絡む女優さんたちがいいんですよ。マルチェロにちょっかいを出すお金持ちの女をアヌーク・エーメが貫禄たっぷりで演じていました。美は完璧。アニタ・エクバーグ。この人、たしか「水爆女優」ってキャッチフレーズで売り出されたと思います。成功したのはこの映画くらいで、あまり人気が出なかったと思いますが、日本でも胡散臭い化粧品の宣伝などやっていたと思います。鐘楼をひとりでガンガン昇っていって、「マリリンに教えなくっちゃ」とか、タメ口視線のセリフがありましたが、スターとしての格は完全に下だったわけで、ただ、あのボリュームある肉体美はすばらしかったです。この映画1本でも彼女の肉体が後世に伝えられてるわけで、それは良かったと思います。イーディー・せじうぃっくと同じく、アメリカの負け組女優さんで、そんなところに妙に惹かれます。「フェデリコ・フェリーニ」って書いた文房具がイタリアでは売っていたみたいで、(国葬されたレベルでスモンねインポートセレクトショップのセールで売られていました。セールで売られているのがせつなくて、買えなかったです。失敬な話ですね。
2011年09月21日
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2010年のアメリカ映画です。Facebookの創始者の話だとかで、友だちにお勧めされたので見ましたが、基本、このジャンルは苦手な自分。おまけにFacebookやってないから、興味がイマイチ。Facebook創立時のトラブルと成功を描きたかったのだろうけれど、全体的に暗い色調の映像で、なにかにつけて大雑把なアメリカ人がこの微妙な色合いを理解できたのか、謎。あの暗さを生かすならば、「モーリス」みたいに美形な子だけを集めて、ちょっとBL風な脚色付けたらよかったのではないかな。少なくともポップコーン・ムービーではなさそう。ドキュメンタリーかと思えば、あの色調が非現実的。どこに立ち位置があるのかイマイチわからなかったので、わかる方、教えてください。この作品を見て、Facebookっておもしろくなさそう・・・。と、思ったのは自分だけかなぁ。
2011年09月20日
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2011年09月07日
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1965年、フランス・スウェーデン合作の映画です。ジャン=ピエール・レオの質感がすでに滑稽過ぎる。どうして「大人は判ってくれない」のときのキリっとした悪童がこんなチャラ男になるかなー?ときどき流れるシャンタル・ゴヤの歌が、へたっぴで、レオ君の挙動不審さとあいまって、これってゴダールにしては珍しいアイドル映画って感じでした。もうちょっと屁理屈こねるかと思っていたので、ちょっと拍子抜け。やたらカフェでまったりしているシーンが多いような作品で、フランス人の生活からはカフェが切り離せないのね。レオ君が他の客に横柄な口をきいたり、物まねをしたり、ブリジット・バルドーが、なにげにカフェにいたり、こういうのって世界的に見ても「フレンチかっこいい」ってことになると思う。けど、ここでレオ君を起用するのがゴダールなんだろうな。ジョニー・アリディなんかで撮ってたら、全然ゴダール的じゃなくなると思う。だけど、あのショボい終わり方。大風呂敷を広げたあげく、夜逃げする長屋の八っあん、みたいな感じ。けど、タイトルの茫洋さに較べてみたら、おもしろい作品でした。
2011年09月06日
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1963年のイタリア映画です。カトリーヌ・スパークが冷徹に男を手玉に取る、ベビーフェイスの割にはセクシーなアイドル映画です。スパーク嬢がこの作品では髪を伸ばしていて、他の作品のようなショートボブが似合っているのに、と、ちょっと残念。衣装のデザインもイマイチだったな。やっぱり、この人って胴が若干長めじゃない?と思わせるようなデザインの衣装ばかりで、この作品でのビジュアル面はちょっと不満でした。目尻強調のアイメイクはかわいかったし、すぐにマネできそうなところが、この人のいいところ。スパーク嬢はいつにも増して冷徹なまでの悪女っぷりなのですが、あの顔でやられると、男も破滅するって。それにしても、スパーク嬢とお馬さんって、どうしても切り離せないご縁があるのかな。あまりのしつこさに苦笑してしまいました。お金持ちのボンボンで挫折した絵描き役の主人公が、なんか、いいとこの息子感に欠けていたし、顔の造作も二枚目半程度だったから、彼には共感出来なかったです。まぁ、スパーク嬢を支配したいと願う男なので、あのくらい粗野なルックスのほうが良かったのかもしれませんが、つきまとう違和感・・・。ベティ・デイビスが、ボンボンの母だったのだけど、同名の他人と思っていました。だけど、顔を見て納得。この人、顔が大きめでパーツも大きすぎるから、見た目華やかなのだけど、ボディが貧弱だから、ちんちくりんでどこかヘン。えー、イタリア語話せるんだ?と驚き。豪邸の主っぽい押し出しはきいていたけれど、あの息子とはどうがんばっても親子には見えない。迫力のあるビジュアルだったけれど、なんか、それだけだったな。スパーク嬢、今となってみたら、全盛期に仕事を選んでないなぁ。のちのジリ貧もまぁ、納得ですね。
2011年09月01日
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1982年の香港映画です。26歳のレスリーがまたしても高校生役って、無謀な設定で。けど、特に浮いてなかったので、こんな設定もアリなのかな。レスリーってほんとうにエイジレス。まぁ、共演の女子高生たちが80年代趣味のキテレツなルックスで、素のままのレスリーが輝いて見えたような気がします。同じ年に製作された「嵐の青春」に較べたら、ごくオーソドックスな青春映画だったので、安心して見ていられました。面白味には欠けるかもしれないけれど、アイドル映画はこのくらいのクオリティで充分です。けど、この程度のクオリティの作品をありがたがって見ているのは、レスリーが出ているから、に過ぎないってことなんですよね。話の主体は4人組の女子高生といっても、レスリーってばフェンシング姿まで披露する王子様っぷりで。だけど、ヴィスコンティの作品では必然と思えるフェンシングも、胡散臭く見えるのが香港映画なんだよな。原題がおそらく、「レモン・コーラ」で、こちらの方が良くできたタイトルと思います。予告編が明るくさわやかなアイドル映画らしくて、要チェックです。
2011年08月27日
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1990年のフィンランド映画です。アキ・カウリスマキ色の使い方がうまいなー。これだけの表現が出来るのだから、なにもモノクロやサイレントの方向に走らなくても良いかと思うのだけど。冒頭のブルーにオレンジの照明を使った街の寒々しさ、抑えに抑えた色彩の中でカウリスマキ的には珍しい美形女優さんの登場。(いつものあの人・・・カティさんじゃなくて良かった)彼女の存在だけが赤く引き立つように作られているんだろうな。主人公のアンリの寂しい生活に彼女の存在が彩りを加えていくのが良くわかったです。それにしてもカウリスマキのぶさいくフェチはどうにかならないのかな。せっかく美形な女優さんに出てもらったのに、クローズアップでお肌の劣化をイヤってほど見せるし、メイクがヨレヨレで擱きぬけの素顔とか、女性として隠しておきたい部分ばかり写されて、気の毒。アンリを演じるのが、挙動不審さを表現させたら欧州一と思われる、ジャン=ピエール・レオで、この人って、無駄に口数が多いチャラ男役が多いと思うのですが、寡黙なこんな役もやれば出来るじゃん、みたいな。この人を見るときはついつい、大丈夫かな?と、ハラハラしてしまうのですが、ダテにヌーベル・ヴァーグの寵児と呼ばれていたわけではないですね。よーく考えたら、ちょっとありえないだろうって設定なのに、説得力のある演技で、充分監督の期待に応えていたと思います。色調が美しいので、もうちょっと長尺にしてもいいかと思いました。
2011年08月17日
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1992年のフィンランド映画です。アキ・カウリスマキが描く夢と口だけは大きな男3人の貧乏暮らし物語。慎ましくて、貧しさを恥ともしないし、上昇志向みたいなものが感じられない、カウリスマキらしいミニマムな世界が淡々と進行していきます。マッティ・ペロンパー(日本人の耳には奇異な名前と聞こえるのではないでしょうか)はじめ、登場人物がみんな人相良くない+挙動不審で紙芝居を見ているような感じがするのは、カウリスマキ映画作法に則っていると思います。それにしても、挙動不審と言ったらこの人でしょう、と思われる、ジャン=ピエール・レオがマトモなイケメンに見えたくらいだから、美のハードルは相当低いです。(レオ君、声だけは甲高くて全然老いを感じさせないな)それなりに話に引き込まれて、小技使いなギャグに微笑しつつのエンディング・・・ちょ、あれは何だ!?過去のない男でのクレイジー・ケン・バンドでも、たっぷり恥ずかしい思いをさせていただきましたが、まさか、ああなっちゃうとはねぇ。ある意味衝撃的なエンディングかも。
2011年08月15日
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1972年のイタリア映画です。トリュフォーが足フェチのむっつりスケベだとしたら、フェリーニがデブ専で、随所に湧き上がるデヴ賛美が止められない、ような感じ。まぁ、ロジェ・ヴァディムみたいなわかりやすい女ったらしが一番、映画監督としては俗っぽい作品ばかりだけど、人として健康かも。すべての道はローマに続く、ってことわざがありましたよね。そのローマという街に対するオマージュとして作られたらしいこの作品。うーん、たしかに思い入れはわかるのだけど、主題の据え方が広範囲すぎたというか、散漫な仕上がりに感じました。この作品を通してフェリーニは笑いを取りたかったのか、そうだとしたらめちゃくちゃシニカルな笑いだな、と思いました。デヴに対する盲愛っぷりも笑えるし。わたしはフェリーニが天才と呼ばれるに値すると思っているし、あの頭脳はどんな構造になっているのか知りたいですが、おっそろしく孤独な自己との相克の末に出来上がる世界観と思います。スタジオ撮影への固執など、この作品ならではの見所があるのでしょうが、フェリーニの表現者としての孤独に心が打たれました。
2011年08月15日
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1987年の疾走プロダクション制作作品のドキュメンタリー作品。今まで何度も見る機会はあったのだけど、なんとなく腰が引けて、見られていなかった作品です。80年代後半の作品と思えないくらい、70年代風なビジュアルで、(撮影は82年から始まっていたらしい)極端にキャラが立った奥崎謙三という人物を、良し悪しに拘らず無言で撮り続けるカメラ。前作、「極私的エロス・・・」で、かつての恋人、武田美由紀にボロカスに言われ続けて、しまいにはブレブレのフィルムをクランクアップさせてしまった、ヘタレの「原クン」らしいなぁ、と感じたりしました。けど、この監督っていつもおいしい素材を扱っているんですね。ドキュメンタリーでありながらキャラ過剰な素材ばかり、どうやって集めて来るのか、その嗅覚を知りたい。トークショーで監督を見かけたことがありますが、温厚そうなネズミ男みたいな風貌で、こんな凄い人たちと恋い交流を持っているとは思えないくらいの人でした。自己の責任に於いて暴力を行使すると宣言する奥崎氏の言動は、今、見ると電波来ちゃってる系なのだけど、自らの戦争体験を執拗に追う、誰にも真似の出来ない反逆児さは、ドキュメンタリーの枠を軽く飛び越えて、エンタテイメント作品としても、充分鑑賞に値する作品となっている、この普遍性。そんな奥崎氏にも実は姉さん女房がいて、バッテリー商という日常があるわけで、周囲との軋轢を生みやすい夫の行動を柳に風と受け流す、あの嫁さんの強さって何?前面には出ず、カメラに向かって語ることもなかったけれど、彼女の存在が一番凄いと思いました。昭和のサブカル系究極の一本かも知れません。
2011年08月07日
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1986年の香港映画です。チョウ・ユンファ主演の「よろめきドラマ」です。こんなこと言っちゃ失礼ですけれど、これが娯楽作品だとしたら微妙に民度が低いような。音楽の使い方がコントみたいで、笑うしかなかったです。まだ若いユンファ(ツバメ君みたいな役回り)には、太陽のようなオーラがあるんだけど、まぁ、こんなドロッドロの不倫話にも意外と納まりが良かったです。あの乾燥した持ち味が無かったら、相当湿度の高い話になってたと思う。刈り上げヘアーとか、20センチ幅ほどのベルトとか、いちいち笑いを取ってくれるアイテム満載で、ついでにユンファの髪型も役回りに対しては固め過ぎで、これってビジュアル的には、やっぱりお笑いだわ。
2011年07月25日
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1998年の香港映画です。日本のテレビドラマにインスパイアされて作られんだとか。そのドラマは見ていないから、ガラスのリンゴが出てくるドラマでしょ、程度の認識。話の内容はおそらく香港オリジナルと思います。あの内容だったら、日本の若い子は喰い付かないはずです。レオン・ライは、それなりに2枚目の風格があったと思うけれど、カリーナ・ラウの枯れっぷりは一体何?「欲望の翼」で、日活時代の白木マリのようにわかりやすいお色気部門担当だった、あの人が?!って思うくらいの変貌っぷり。お色気部門担当にしてはちょっとガタイが良過ぎるので、年齢と共に枯れていく路線にしたのか、やや生活に疲れたようなしっとりとした演技が出来るようになっていましたね。気になってしょーがなかった下っ腹もキレイにシェイプアップされていました。だけど、ショートカットの髪型がもっさりしていて、似合わない。他の女優さんとの対比でそうなったのかもしれないけれど、やたら、年増風が吹いていました。この人って何をやってもおそらく女ウケしないと思うから、もうちょいヴァンプ系にして、情念ドロドロみたいな設定が良かったかも。意味がわからなかったのはスー・チーの雑な扱い。話の内容から言っても相当どうでもいい役で、見せ場が無いのでちょっと気の毒でした。なんか、やっぱり彼女にはちゃっちゃと脱いでいただきたいと、ついついセクハラ目線で思ってしまう。話の内容が無理に無理を重ねたような感じで、失笑しながら見ていましたが、挿入されるギャグがいちいち寒い。日本人には理解できない笑いの世界なのかも。で、結局、親友の妹ってポジションが実は一番オイシいんだよな、と再確認。「俺たちの旅」での岡田奈々みたいな立場ね。みんなの愛を一身に受けつつ、欲しいものはタナボタ式に手に入る、みたいな。あー、わたしもブサイクでいいからお兄ちゃんが欲しかった。
2011年07月16日
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1986年の香港映画。チョウ・ユンファにプロポーズされる夢をわりと最近見たので借りてみましたが、髪型がダサくて、あまりカッコ良くなかったのが残念。服装もほとんど冴えないカジュアルさだったし。いや、香港ノワールばかりがこの人の持ち味ではないはず、と、かなり譲歩して見ていたら、ラストの手紙のシーンで惚れた!って、本人出てないし。けど、タッパがあって、スクリーン映えするので、スターのオーラが出まくりなので、どんな女優さんが相手役でも見劣りしないのが、この人の良いところですよね。笑顔もなかなかチャーミングだし。それにしても香港映画って二枚目と脇役の落差が激し過ぎて、同じ人種にはとても見えないのはいったいどうしたことか。チョウ・ユンファには香港に戻ってもらって、のびやかに二枚目スターとしてふるまって欲しいです。まぁ、そんなことを思いながら見ていました。
2011年06月28日
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1985年の香港映画。80年代趣味の、今見たら痛いこと。質より量を絵に描いたような、やっつけ仕事な作品です。脚本をウォン・カーワイが担当しているようなのですが、この人って脚本を使わない監督ではなかったですかね。大丈夫なんだろうかと、ちょっと心配。この頃の数年間で高校生だったり、今でいうフリーターだったりと、年齢設定の上下が目まぐるしいレスリー様が、この作品では刑事を演じているのですが、クールさを狙ってか、やたらガン飛ばしてるのと、セリフが吹き替えなのが、違和感アリアリ。声が違うんだもん。ひどいわ。歌はレスリー様でしたが、どうもレスリー様の歌い方って好きじゃない。刑事のレスリー様と、台湾の刑事のコンビに絡む、スリの姉妹のファッションが墳飯もの。当時の流行を忠実に表現しているのはわかるけれど、恥ずかし過ぎたのと、(でもって、ブサイク)悪役の殺し屋が登場するときに流れる効果音が、ドラクエのモンスター登場みたいな感じで笑えました。一応、それなりに話にオチは付いて、まとまった作品ですが、乱暴に括ってしまうと、大陸のイナカもん向け娯楽作品、ってテイストの作品です。良くも悪くも、香港はアジアのハリウッドと実感。
2011年06月25日
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1994年の香港映画です。レスリー様が出ているので見たのですが、これって、映画にするほどのクオリティなのか、疑問。ムダに長くて、結構飽きた。山師なレスリー様のバブリーなスーツ姿と、似合わないメガネにまず苦笑。髪型もなんかヘンだったし。これで木戸銭とられたら、ちょっとイラっとしたかも。まぁ、過激なシーンもないし、時間潰しにちょっと見に行く、程度のスタンスなら良いのかも。邦題が、どうしてこうなっちゃうの?ってレベルですが、レスリー様の名前を付けないと、誰も見ようとしないって、確信犯的な感覚なのでしょうね。エンディングの、俺たちの旅のカヴァー曲。小学生のときに好きで見ていたドラマなので、ちょっと懐かしかったです。なんでもカヴァーしちゃうのね、華人社会って。
2011年06月20日
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1962年のイタリア映画です。カトリーヌ・スパークがとことんかわいいアイドル映画ですなー。スパーク嬢のメイクテクを真似したら、なんとなくそれっぽくなりそうな気がする自分がいたりするあたり、近寄りやすいアイドル顔なところが良いんだろうな。内藤ルネのイラストから出て来たようなスパーク嬢は無敵にかわいい。コケティッシュなんだけど、イノセントな輝きにあふれてて魅力的でした。けど、話の内容がね。20年前に見ていたらさほど傷付かなかったと思うけれど、39歳でトシヨリ扱いされて、コケにされるのって傷付くわー。多勢に無勢だもの、アントニオ良く頑張ったといってあげたい。こんなオヤジ狩りみたいな話がまかり通るのなら、中高年は安心して生活が出来ないと思います。世代間の対立みたいなものを描いた作品だったら、水の中のナイフの方が良くできていたと思う。スパーク嬢が裸馬に乗るシーンがあったのだけど、お馬さんごっこはここから来ているのかな?この人とお馬さんは切っても切れない縁があるのでしょうか。
2011年06月19日
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1992年の台湾映画です。脱ぎっぷりの良さそうなスー・チーの映画だし、タイトルもエッチっぽいので、まぁそんなテイストの作品と信じて見ていたら、たしかにエロい。エロいっていうかエグいんだな。だいたいが、元ゴルファーで実業家のオッさんをめぐって、女たちが愛欲に悶えるわけなのですが、オッさんが女たちを執拗に愛撫するシーンが延々と続いて、それを暗いトーンで撮っているので、余計に泥臭い表現でした。それでいて、このオッさんがインド映画のスターみたいなルックスで、オマケに女に対して身勝手だったし、どこがそんなに良いんだ?と思いました。で、雰囲気を盛り上げる音楽の使い方も一時代前って感じで、まったくコントみたいな作品でした。オッさんをめぐって恋のさや当てを演じる女性実業家も、美的レベルでいったら水準高いと思うのですが、スー・チー脚が長いしボディラインが美しくて、あの時代らしい産毛ぼうぼうのおデコをどうにかすれば、見た目完璧。開き直って、もっと破天荒にエロ寄りにした方がおもしろかったかと思います。
2011年05月29日
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2003年のアメリカ映画です。ヴィンセント・ギャロ監督・主演作品。策士策に溺れた、というか、作ってる途中で手に負えなくなって、やけくそで完成させた作品?と思いました。これもギャロの自伝的作品なのかな?ギャロ的花物語というか、出て来る女の子はみんなお花の名前。コワモテの割にはストイックなギャロの質感を生かしたロードムービーで系したが、ストイック過ぎるのか過剰にナイーブなのか、ギャロの女扱いってばかなり挙動不審。最初の女の子なんか、職場から無理やり連れだしたくせに、彼女の家で荷造りさせている5分間で逃げてしまうんだから、女の子の失望は相当大きいと思う。田舎の純朴な女の子にあんなに酷いことをするなんて、この作品があまり好きになれないのは、こんなところなんだろうな。なにもかも中途半端な作品だったと思います。デイジーがしゃぶり付くシーンだけが執拗に撮られていたけれど、ボカシ入りだったから、残念でした。
2011年05月23日
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1968年のイタリア映画です。主演のカトリーヌ・スパーク がの魅力が炸裂した、エッチなアイドル映画。スパーク嬢のかわいさってどこにあるのか、あれって目ヂカラなのかな、つけまとアイラインの描き方が、あの時代にしては過激ではない清楚なルックスで、ヌードカラーの口紅もやり過ぎじゃない、かわいさを残したところに勝因があったんだろうな。厚めの前髪も目をパッチリと見せる効果があったと思う。男ウケしたかったらあのルックスを盗め、かな。スレンダーな体型で、そこそこの脱ぎっぷりの良さだったのだけど、今見ると、身長に対して若干胴が長めな気がする。て、ことはそれだけ脚が短いってことで、そんなところも等身大のアイドルだったのかな。公開当時は男の子たちが胸とアソコを期待に膨らませて見に行ったのでしょうが、今見ると、スパーク嬢の衣装やキッチュなインテリアがかわいらしくて、お色気部門も幼い描写で、女子向け作品と思いました。て、いうか、この作品って、とどのつまりはスパーク嬢を男に馬乗りにさせてみよう!って、思い付きだけで撮られたのではないかしら。それはそれで良いと思うけれど、結果的にこの思い付きだけが独り歩きして、スパーク嬢のキャリアを頓挫させたのかと思います。この仕事を引き受けなかったら、もうちょっとスパーク嬢のスター生命は長く続いたと思うのだけど。今も昔も評価は当然、B級と思いますが、ちょうど同じ頃、日本でも「痴人の愛」という原作の風情を台無しにした、お馬さん映画があったのが偶然ですね。馬乗り=倒錯美の極致という認識が世界的にあったのか、いや、そもそもこんなことを真剣に考えるのもバカバカしいですが、話のタネに見較べてみると良いかも知れません。
2011年05月23日
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1983年のフランス映画です。フランソワ・トリュフォー監督の遺作となった作品です。かねてよりヒッチコックへ傾倒していたらしい、トリュフォー的なミステリー映画です。っていうか、ミステリー的な要素はどうでもいいんです。お手付きの情人=ファニー・アルダンに主演させる臆面の無さに困惑してしまいました。自分に撮れるのは恋愛映画だけだ、みたいなことを公言していたトリュフォーですが、ここまで来たらロジェ・ヴァディムと大した変りはないかも。最後の最後まで、むっつりスケベくさいショットが各所に見られたので、次はコテコテの恋愛映画を撮って欲しかったです。まだまだ枯れる境地ではなかったはずです。
2011年05月17日
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