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第二章 山里「コンタ」発見
第二章 房総のチベットに、山里「コンタ」発見
野生の鹿を喰う
「高石さん、鹿を捕まえたんだよ、鹿を」
電話口から幸ちゃんの素っ頓狂な声が飛び込んできた。
「どこで」
「いつも話してんだろ、亀山の小母さんとこだよ」
「引っ掛かってたんだよ鹿よけの柵に」
「オレも行きたいけど、今、東京なんだよ。それで、どうすんの」
「食っちゃうんだよ。後で持って帰るから」
「今晩は鹿鍋かな、バーベキューがいいかな。刺身って手もあるよね」
「美味いんだよ。おいしいよ」
でも、それって違法なんじゃないの……。聞いてみよう。
真夜中になって、スーパーのビニール袋に鹿肉を詰め込んで、幸ちゃんは意気揚々と凱旋してきた。
早速、調理を始めた。まず骨を取り除き、次には筋を取り始めた。
結構面倒な作業のようで、血まみれになって格闘している。
この幸ちゃん、体重も100キロはあって、こと食べることに関しては人後に落ちない。
孤軍奮闘、2時間ほどかかって持ち帰った鹿の肉を整理してしまった。
「美味いんだよ。2歳児で、今頃の季節のは……」
と言うものだから、以前にも鹿肉を食ったことがあるのだと思っていた。
でもどうやら、今日、鹿を射殺してもらった地元の猟師さんからの請け売りらしい。
結構な量があるものだから、一部を残して冷蔵庫に放り込んだ。
どうせならと炭火を熾して、しちりんで焼いて食ってみる。
特別美味いとは思えないが、臭みもなく、脂身のまるっきりない牛肉といった感じだ。
「すごいね。千葉県にも鹿がいるんだ」
と聞いたら、鹿が大量発生しているという。イノシシもサルも大量発生しているそうだ。
「一度連れて行ってよ、そこへ」
目の前に鹿肉をつき付けられたのでは信じない訳にもいかない。
鹿の棲む里へ
「高石さん、空いてる、明日」
幸ちゃんからお声が掛かったのは10日ほどしてからだった。鹿肉もほとんど食べ尽くした後だ。
「初ちゃんが迎えに来てくれるから、行こうよ」
イチもニもなく飛びついた。
実は、佐倉に棲みついてから考えていたことがあるのだ。
昔から田舎暮しには憧れていた。でも、イマイチ踏み切れない。
仕事をほっぽり出す訳にもいかない。
一方で、友人で田舎暮しを始めたけれど、結構大変だという声も聞いていた。
佐倉に棲みついて、まだ4ヶ月もたっていない。
東京からこんなに近いところに田舎があるんなら、これなら田舎暮しも絵空事ではないと思い始めた。
事件屋の中村さんに聞くと、千葉県なら土地も暴落して、安い土地も一杯あるという。
「千葉駅より先は、過疎なんだよ、過疎地」
「田舎だよ、千葉は……」
「競売の土地など、入札者もいないよ。ホント」などなど。
外房の方まで行けば、潰れたペンションがゴロゴロあるそうだ。
そうか、『房総半島の田舎暮し』って本が面白そうだ。
これなら趣味と実益を両立させることが出来そうだ、と物書き浪人の眠っていた頭がピンと跳ねた。
山並の、さらにまた奥の『山里』
「いいじゃない。最高だよ」を連発する。
クルマは林道を走り続けている。
千葉県には標高300メートルを超える山はないそうだ。
でも、房総半島の中央部は結構起伏があって、深山幽谷の趣がある。
林道とはいえ道路も舗装されていて、初ちゃんの年季物BMWも軽快にエンジン音を響かせている。
佐倉からは2時間近くかかった。
房総半島の中央部、亀山という地域の一番奥深いところの、山の中の1軒家でクルマは止まった。
この辺りを『コンタ』と呼ぶそうだ。
「この道、どこまで行ってるの」
「この先で行き止まりだよ」
「へー、この家のために道路があるんだ。専用道路を持ってるなんて凄いね」
「前は、ほかにも家があったんだよ。今住んでいるのはこの家だけだけどね」
初ちゃんが「コンチワ、小母さん居る?」と声をかけながら家の中へ入っていった。
「こちらが高石さん。東京の出版社の社長で、自分でも本を書く人なんだよ」
「田舎暮しの本を企画してるんだって。協力してやってよ」
「ここからなら、ハイキングコースもいっぱいあんだろ。高石さんの企画にピッタリだって話したんだ」
「ほう、そうなの」「ほう、そうなの」と相槌を打つ小母さんに、一生懸命説明している。
「まあ、お茶でも入れるから」
「いやあー、静かですね。今、佐倉にいるんですけど、こっちの静けさとは比べ物にならないですよ」
木々を渡る風のそよぎと、飛び交う小鳥の鳴き声、表に繋がれた犬たちの「クーン」と鼻を鳴らす音。
小母さんがお茶を沸かすために水を汲んでいるのだろう水道の「シャー」という水音以外、何も聞こえない。
「こっちだよ、こっち」
初ちゃんの促す声に引っ張られ、段々畑の後のような、斜面を登る。
この辺りはすべて畑の周りを、麻の網や電流を通した金網で囲ってある。
「鹿だろ、イノシシだろ、それからサルが凄いんだ。野菜なんて1発だよ」
「今は、あの小母さんと小父さん、小父さんは上の部屋で寝込んでんだよ」
「2人しかいないから、人間さまが檻の中で暮らしているようなもんだよ」
見渡すと廃屋が2軒ほど見える。
「もうだいぶ前から誰も住んでないよ」
「どう? この家を借りて住めたら最高だろ」
初ちゃんは得意になって説明してくれる。
初ちゃんは屋根屋をしていたそうだ。
藁葺き屋根をメタルの屋根に葺き替える仕事をしていたそうだ。
この辺りの家は、ほとんど手掛けたという。
「凄かったんだよ。昔は道がなくてサ」
「さっき通ってきた道の、うんと下のほうから、材料をみんなで担いであがったんだ」
「県の山岳会の人たちに応援してもらったんだ」
「こんなとこだろ。飲みにも行けないジャン。女も連れ込めないしさ」
「二ヶ月間ここで寝泊りしてたんだ」
「ここ、ここ。ここに鹿が引っ掛かってたんだ」
「ほら、あそこにも鹿の骨があるだろ。あれも前に引っ掛かって死んだ鹿の残骸だよ」
麻の網に鹿の頭蓋骨がぶら下がっていた。
地面のあちこちに、黒くて丸い、甘納豆か干し葡萄のような鹿のフンが固まっている。
ところどころフキノトウが顔を覗かせている。
後で採って帰って天婦羅にしよう。
房総のチベット
亀山の小母さん、お茶請けにと、お菓子や漬物を次から次へと出してくる。
底抜けに明るい小母さんだ。
初ちゃんがコケにされている。
クルマの話になったら、
「初ちゃんは、クルマも奥さんも外車ばっかし。よく取り替えるし」
とクスクス笑い出した。
初ちゃん。結婚と離婚を繰り返しているそうで、今の奥さんは韓国人だそうだ。
クルマもカッコつけて外車を乗り回している。
食いしん坊の幸ちゃんは、小母さんが
「野菜を持って帰れ」
と言うものだから、キャベツやネギや、ブロッコリーや夏みかんを、口癖の、
「これ、おいしいんだよ。美味いんだよ」
を連発しながら、クルマのトランクへ次々と押し込んでいる。
「先まで行ってみようか」
道路の行き止まりまで行ってみようと初ちゃんが言い出した。
「行こう」「行こう」と衆議一決。クルマを走らせた。
7、800メートルで行き止まり。
『おっ、ニワトリがいる』
「ウコッケイだよ。ウコッケイ」
確かにウコッケイだ。五羽のウコッケイが山の斜面でエサをついばんでいる。
「何で、こんなとこにいるんだよ。野生化したのかな」
幸ちゃん、晩飯のおかずにと思ったのか追いかけ始めた。
が、敵もさるもの、急斜面へと逃げてしまった。
「卵を産まなくなった鳥を、捨てていくんだ」
後で、小母さんから聞いた。
小母さんちには5頭のイヌのほかに、白ネコが2匹いる。
サルや鹿やイノシシや、最近増えたハクビシン除けだそうだが、ネコが子供を産んだ。
「1匹残して捨ててきた」
小母さん、ケロっと言う。
「すぐ、何かに食われちゃうよ」と当たり前のように言われてしまった。
また来よう。この辺りを『房総のチベット』というらしいが、ここは『房総の桃源郷』だ。
第三章 知らないってことは
につづく
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