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ジョージ・ルーカス

映画

ジョージ・ルーカス

プロフィール
1944年5月14日、カリフォルニア州モデスト生まれ。父親はオフィス危惧の小売り業を営んでいた。ハイスクールー時代、カーレースに夢中になりプロを目指すが競技中の事故でひざを痛めて断念。モデスト・ジュニア・カレッジで美術を専攻するが2年で中退。8ミリ映画の製作に熱中し始める。USCの映画科に進み自主映画を製作。奨学金を得てワーナーのオブザーバーとなる。コッポラの助監督を経て、71年に映画監督デビューを果たす。たった3本の映画を監督しただけで映画史上に偉大な足跡を刻み伝説的存在となった男ジョージ・ルーカス。彼を映画の世界へと導いたのは3人の男の存在である。最初の出会いはカメラマンのハスケル・ウェクスラーである。ルーカスと製作グループを通じて知り合ったハスケル・ウェクスラーは当時を振り返って、「私は彼の中に何か光るものを感じた、ひょっとしたら・・・そう神童に値するようなものを感じたんだ」と語る。そしてルーカスを南カリフォルニア大(USC)の映画科へと導くのである。USCの入学後、ルーカスは浴びるように過去の映画を見まくる。その中で彼は自ら師と仰ぐべき人物を発見する。その名は黒澤明。「僕は仕事に行き詰ると必ず”七人の侍”を観ることにしている。 もう何度観たかは忘れてしまったけどね」。そしてUSC時代に製作した6本の自主映画が評判になり、プロの映画作家としての道が開けた彼に3人目の人物との出会いが訪れる。相手はフランシス・フォード・コッポラ「フィニアンの虹」の助監督を務めたルーカスは、「彼の演出法からはとても得るものが多かった。USCの教授たちより遥かに魅力的で優れた師を見つけたと思った」。そして学生時代に製作した自主映画を発展させたSF作品「THX-1138」でプロの映画監督としてのスタートを切ることになる。続いて発表した「アメリカン・グラフィティー」の成功によってルーカスは、壮大なスペース・ファンタジーの製作に乗り出す。準備に3年を費やし完成したのが「スター・ウォーズ」である。

作品(平均59.0点) 製作年度 *
THX-1138 1971年【米】 監督
アメリカン・グラフィティ 1973年【米】 監督
スター・ウォーズ 1977年【米】 監督
アメリカン・ショート・ショート1999 1999年【米】 監督
スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス 1999年【米】 監督
スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃 2002年【米】 監督
スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐 2005年【米】 監督







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