Junk Factory ~コトノハ紡ぎの工場~

Junk Factory ~コトノハ紡ぎの工場~

こちらJPIK宮ヶ浜高校支部

「やっべーっ!またまた遅刻すれすれ!」

 壊れて音が出なくなった目覚まし時計に並ぶ、7:45の文字列が目に入った途端、先ほどまで俺を支配していた眠気は吹っ飛んだ。

 その勢いで自分に掛かっている布団を蹴っ飛ばし、パジャマを脱ぎ捨て、この一分一秒を争う朝の習慣で会得した制服早着を俺の足元で寝ていたネコのチビに見せ付けると、置き勉のおかげで宿題と筆記用具と多少の遊び道具しか入っていないスクールバックを肩にかけて、階段を猛ダッシュ。

 居間で構えていた母さんが、ちょうどトーストし終わった食パンを俺の皿に乗せて、もう冷えてしまったコーヒーやサラダのラップを外したとろに滑り込んだ。

 用意してもらった朝食を食べないわけにもいかず、全て口に詰め込んでコーヒーで流し込み、居間と玄関の間にある洗面所へ飛び込んで顔を軽く洗い

「いってきま~~~す!」と叫んだ。

 え?歯を磨いたかって?

 昨日の夜にな。

 駅まで歩いて7分。自転車を出すより、走っていった方が速い!

 足には多少の自信があり、今まで遅刻ギリギリの最終列車を逃したことはない。

 普通はこの時間に家を出たら、電車に間に合うはずはないのだが、火事場の馬鹿力が手伝ってくれているのか、一瞬で駅に着く感覚すら最近感じている。

「電車ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめ下さい。」

プッシュー ガタン

「あはは。ギリギリ乗車記録、また更新したな俊司。」

「うるせえ。時間の有効活用だよ。時間は大切に使えって、学年主任が言ってたろ?」

 この俺を笑っているやつは、富津延人(フッツ ノビト)。宮ヶ浜高校に入学して、初めて出来た友達であり、それなりに仲は良い。こいつの事は、親友ではなく、悪友と呼ぶのがふさわしいだろう。

「つーか、毎日電車閉まる一秒前に飛び込めるって、ある意味すごいよな。お前、超能力でも持ってんじゃねぇの?」

「んな能力聞いたことあるか。普通に早起き出来る能力を授かりたかったとこだよ。」

 電車に乗ってしまえば、後は学校の最寄り駅から普通に歩いてギリギリ教室に入れる。今日も朝の熱い時間は、俺の勝利で幕を下ろした。

 電車を降りると、潮のにおいが肺を満たした。

 我が宮ヶ浜高校は、海岸沿いにある学校で、毎日海を見ながら登下校を楽しむ事が出来る、青春を謳歌するに相応しい立地だ。まぁ、帰宅部の俺たちには、縁が遠い話ではあるが。

  ザザッザ~ ザッバァーン

 今日も穏やかな波が立っている。

 うむ。今日も良い一日に・・・

「おい。俊司あぶねぇぞっ!」

「ふぇ?」

  ドカッ

「あったた。ゴメン!ちょっと急いでるから。」

 そう言うと、俺に真正面からぶつかってきた少女は俺達と逆方向に走り去っていった。

 薄い栗色のショーっトカットの髪。小柄でクリリとした大きな目。五段階評価で4以上は確実にもらえる美少女だった。

「・・・ってか、あのセーラー服、うちの学校だよな?」

「あぁ。俺たちが遅刻ギリギリ最終組なのに、逆走したら確実アウトだろ。」

「忘れ物か?家近くて取りに行ったとか。」

「いや、遅刻覚悟してまで取りに行くか?普通。」

 その少女について様々な憶測を立てながら、延人と教室の扉をくぐった。

キーんコーンカンコーン

 HR始まりのチャイムが鳴り響いた。

 いつもと同じギリギリセーフ。


「俊司くんってさ、どこも部活入ってないよね?」

 昼休みのお昼寝タイム。

 突然、聞き覚えのある可愛い声に話掛けられて、一瞬ドキッとした。

「えっ...あ~いや。」

「俊司は、縛られるの嫌いだからな。まぁ、他に特に理由も無く帰宅部やってるけど。」

「ふぅん。もし良かったら、陸上部どうかなって。この前、走るの嫌いじゃないって言ってたから。」

 そう言い残すと、小井野真彩(コイノ マヤ)は自分の席に戻っていった。

 ちょうど肩に掛かるか掛からないかくらいのセミロングの黒髪から香る、柑橘系の甘い匂いが、俺の鼻腔をやけに突いて放さない。会話と言えるような返事を返しはしなかったが、心は妙に弾んでいた。

 つくづく自分でも思うわかりやすいやつだと。

「へぇ。あれは、脈アリってレベルじゃないぞ?俊ちゃんよ。あんなに積極的に誘ってきたじゃないか!」

「ば、ばか。ちげぇだろ。あーいうのは、部活の人数が少ないから、話出来る男子をとりあえず誘ってみるって...それだけの話だろ。別に大した意味があるわけじゃ...。」

「自らそこまで口にするとは!やっぱ、大した意味を期待してたんだな。この延人様が応援してやる!頑張れ青少年!」

 1人で盛り上がってるやつの事は放っておこう。

 でも...陸上部か。

 別に、運動が嫌いなわけじゃない。

 少し検討してみても良さそうだな。

 小井野とは、帰り道が同じ方向だ。下手したら、入部するだけで美味しい特典がやってくるかもしれん。

 その後、午後の授業もいつもと同じ様に時間を消費してくれ、教師に言われた通りにノートに文字を走り書き、放課後という名の自由へと放たれた。

 大半のクラスメイトが、各々の部活動へ足を向ける中、俺と延人は、そそくさと帰り支度を整え、岐路についた。

 今日も、海岸で軽く駄弁って、駅前のクレープ屋でおっちゃんにサービスしてもらって、家に帰って退屈しのぎに宿題をしよう。

 そう、これが俺の日常生活だ。

 俺はこの時、帰り道の楽しみを頭に巡らせることに必死で、次の日から俺の学校生活が変わってしまう事を知るよしもなかった。








「おはよー。」

「よっす。珍しく今日は余裕の登校だな。」

「俺だって、年中無休で寝坊してるわけじゃねーよ。」

 確かに、今日は珍しく寝坊せずに歩いてきた。駅前のロータリーを久しぶりにゆっくり眺めた気がする。毎朝見てるハズなのに、なぜか懐かしささえ覚えた。

 しかし、なぜこいつは、俺が乗ろうとする電車にいつでも乗っているのだろうか。確かに、いつもと違う時間に家を出るときはメールを入れるように心がけているが、朝の忙しい時間に、電車の時間を調べ直している暇があるとは思えないが・・・。

 そんな事を考えている内に、我らが宮ヶ浜駅に到着した。

「俊司、そーいや、知ってるか?」

「ん?何が?」

「昨日さ、駅の反対側で、小学生の女の子が車で轢かれちゃったらしいぜ。今日の新聞に載ってた。」

「マジか・・・そりゃ、知らなかった。」

 そんな朝の清々しさに似つかわしくない話題をチョイスしなくても良いのにと思いつつ、新聞を全然読んでいない自分を多少反省した。政治やら経済やらの話はチンプンカンプンだが、自分の身の回りで起きている事件事故くらいはしっかり把握しておくべきだろう。

 そういえば、昨日の朝といえば、例の美少女にぶつかったのも昨日の朝だな。まだ記憶に新しい。駅の方へ全力で走っていってたが、学校には間に合ったのだろうか。

 キーンコーンカンコーン

 4時間目を終了するチャイムが鳴り響いた。やっと3時間目から空腹を主張していた腹を満たすことが出来る。

 延人と、購買で買ってきたパンを広げる。

 宮ヶ浜高校の購買の手作りパンは、他校にも少し名が売れているほど有名で、噂通りかなり美味い。
 特にコロッケパンが美味しいらしく、あまりの人気商品ぶりにすぐ売切れてしまい、買うことが出来ずに涙をのみながら卒業していく先輩方も少なくないという伝説の商品だ。

 伝説の域まで昇華されると、コロッケパン購入必勝法は、学校七不思議と同等のレベルで扱われており、それに詳しい生徒が毎年出現しては、卒業間際に仲の良い後輩に口伝していくのは、もはや宮ヶ浜高校の伝統だとも言える。

「って、おい。あいつが食ってるのコロッケパンじゃないか!?」

「えっ?ああああああ!!」

 俺のクラスメイトが、一年にしてその伝説のアレを口にしていた。

「おい、留輝!なんでコロッケパンお前が食ってんだよ!」

 延人の問いただしに、面倒くさげに顔を上げたそいつの名前は、永禮留輝(ナガレ トメキ)。少し長めの前髪で片目だけしか覗かせないが、なかなかイケメンに分類される顔立ちだ。なかなか発言にも表情にも出さないタイプで、2学期の今となってもこいつの事はまだよくわからない。

「騒ぐな。ただ、買ってきただけだ。」

「どーやって買ってきたんだよ?俺らは4限終わって速攻行ったけど、もう既にコロッケ狙い組みが退散してるくらいだったぞ?」

「フッ。俺は、普通に歩いて行ったけどな。」

「何!?なんか必勝法とかあんのか!?教えてくれよ!!」

「確かに、美味いな。群がる理由はわかる。」

 最後の一口を口に入れると、延人の質問に答えずに教室を出て行った。

 キーンコーンカンコーン

 昼飯を食べた後の眠たい授業は終わり、今宵もまた、放課後という名の自由へと我らは放り出された。

 机の中を整頓し、カバンを持って、延人と共に教室を出ようとドアに手を掛けようとした時、ドアが自動的に勢い良く開いた。

「1年E組3番、井藤俊司くん居る!?」

 俺の目の前で、そう叫んだのは、昨日のあのショーカットの美少女だった。

「えっ...あ...その...?」

 突然の訪問に俺が身を硬直させていると、延人が俺と彼女の間に割り込んできた。

「はいはいはーい!俊司はコイツっす!イケメン度中の中よりちょい上・遅刻ギリギリ大魔王の帰宅部推奨委員。そんなコイツになんか用ですか?ついでに、貴女のクラス・番号・名前・ご趣味諸々も教えて頂けるとありがたいので...」

「あなたが俊司くんねッ!えーっと。君の力がどうしても必要なの!だから、来て!!」

 そう言うと、その小柄な少女は、俺の右手を掴むと、全力で走り出した。

「えーっと?俺は!?」

「ゴメンね!用は、俊司くんだけ!私の名前は時渡ミカ!クラスは2年C組34番!それじゃーねッ!!」

 俺は、自分の意思に関係なく、レッカーされた廃棄車のように引きずられ、延人からドンドン離れていった。

 てか、この小柄美少女は先輩だったのか。なら、尚の事逆らえないじゃないか。

 1年E組のある第2棟3階を駆け下り、第1棟の2階まで今度は駆け上がる。

 なんなんだ!?この人の小学生的な無尽蔵な体力と勢いは!?

 普通教室がメインの第2棟とは違い、第1棟は特別教室がずらりと並ぶ。

 家庭科室・理科室・自習室・図書室...2階といえば、目ぼしい所は、雨が降ったとき校庭で体育をしていた輩が体育の授業と称して遊ぶ為にあるようなだだっ広い多目的室があるくらいなものだが...。

 案の定、時渡と名乗る可愛い先輩は多目的室にズカズカと突入した...が、その勢いは止まらず、未だに走り続ける。

 いや、多目的室に入ったじゃん。ここが最終目的地ではないの?

 そうこう考えていると、時渡先輩はおもむろに多目的室の倉庫を開いて、中に侵入した。

 え?えええ!?いや、こんなとこまで来るのは、異常を通り越してやばいんじゃないのか?愛の告白をするにしたって、呼び出し方と場所を選べよ。いや、まぁ、そっち系のイベントならむしろ良いシチュレーションかもしれないが!?

 居てもたってもいられず、足に思い切り力を加えて、急ブレーキ!己の身を静止させた。

 ...と同時に、時渡先輩も急停止。『JPIK宮ヶ浜高校支部』と書かれた札が貼られているドアに手を掛けていた。

 どうやら、ここが目的地らしい。

 時渡先輩が手を掛けているドアは、普通の教室のドアとして採用されているスライド式の物だった。

当然の様に、うちの学校が教室のドアが、多目的室の倉庫の奥の奥に設置されていた。

この学校にいれば、この目の前のドアと同じ物を一日中目にするわけだが、入学以来、こんなに不自然なドアを見たのは初めてだった。

 なんで、倉庫の奥なんかに...スライドドアが?...というより、JPIKってなんだ?

 俺が疑問に対して思考をめぐらせるよりも先に、時渡先輩は勢い良くドアを開けた。

「紹介するわね!ここが、我々の活動拠点、JPIK宮ヶ浜高校支部よ!」

 ドアを開けた先には、教室半分くらいの小さな部屋があり、そこに男女5人ほどの集団が部屋の中央に寄せてある机に向き合って座っていた。

 その中の一人がこちらを睨む。留輝だ。

 その睨む先は、俺の右手...。

 時渡先輩の手が、いまだにしっかりと握られていた。

 留輝の視線に恥ずかしくなり、強引に手を振りほどいた。

「な、なんなんですか?ここは?」

「ここ?ここは、JPIK宮ヶ浜支部!表に書いてあったじゃない。略して、ジャピックで良いよッ。」

「ジャピ...ク?部活ですか?なんか、引き抜かれたみたいっすけど、俺は中学の時からバリバリの帰宅部なんで、誰かと人違いしてるんじゃないですか?」

「なるほどな。はぁ~。ミカ、また何も説明せずに連れてきたのか。お前ってやつは...。」

「何よ、真!何か文句でもあるの?」

 一番奥の椅子に座っていた背丈が大きめで、ガッチリとした体格の男子が、立ち上がって歩をこちらに進めながら、喋り始めた。

「いや、俺は文句ないさ。文句があるのは彼の方だろ。説明もなしに。」

「今から説明するとこだもんッ!良い?井藤くん。ここジャピックは、あなたみたいに超能力を持った人間が集まって、事件や事故を解決する人助けの為の集団なの。」

「JPIKってのは、Japan Psychic Investigator Kyokai...つまり、日本超能力捜査官協会の略ってわけだ。」

「ジャパンサイキックインバスチゲーター協会??」

「ここが、その日本協会の宮ヶ浜高校支部の本拠地よ!すごいでしょッ☆」

 超能力捜査官...あぁ、テレビとかで時々やってるFBIの特殊機関で、どんな難事件も予言やらなんやらで解決しちまうっていう電波人間の事か。

 まさか、普通を絵に描いたような俺にそんな電波集団からの誘いが来るとは思わなかったぜ。

 てか、留輝、お前ってそーいう趣味があったのか。クールな感じで、どことなく常人とは違うやつだとは思っていたが、こっち系の一面を持ち合わせてるとは、これっぽっちも思わなかったぞ。

「えーっと。気悪くしないで下さいね?俺は、こっち系のネタにはそんなに興味ないんで、入部ってのは丁重にお断りしたいのですが...。まぁ、見学くらいなら今日くらいなら...あぁ、延人のやつ連れてきても良いですか?俺一人じゃ、空気に耐え切れなさそうなんで...。」

「ん?話が噛み合わないな。絢子~、こいつで間違いないんだろ?」

 奥の方で、髪を三つ編みにした地味目の女子が、ボソっと無愛想に口を開いた。

「...間違いない。」

 続いて、部屋の隅の方で、一人別の机でパソコンをカチャカチャやっていた眼鏡の男子が口を挟む。

「んっはっは。自覚症状がないタイプみたいだねぇ。まだ開花前なんじゃねーの?」

「いや雄太、それはないだろ。絢子が見間違えるわけは...。」

「...間違いではない。能力の開花はもう既に終えている。それどころか、力を幾度となく酷使してかなり性能が高くなっているはず。自覚レベルはとうに過ぎている。」

 俺には理解に苦しむ会話が目の前で繰り広げられると、留輝がヤル気なさげに言った。

「自分の力にも気付かないような天然はいらねぇっすよ。」

「そう言ってくれるな。どんなもんかはわからないが、性能が高まっているなら戦力に成り得る。」

「トメキ、そんなソッケナイ言い方ダーメダーメです!持つべきものは仲間デースよ?」

 片言の日本語...中国人だろうか?アジア美人というか...スタイルがなかなかの女子が留輝に割ってはいる。

「でも、チェン先輩。どっちにしろ、自覚すらしてないんだ。戦力になんかなりゃしない。まだ泳がしといて良いんじゃないっすか?」

「んっはっは。まぁ、留ちゃんの言うことも一理ありじゃな。もうちょいっと彼について調べてから誘えば良かったんじゃね?」

 なんだか、勝手に期待されて、勝手に期待はずれな扱いを受けてるな。

 こんな電波集団に絡まれるくらいなら、いっその事何も考えずに陸上部へ駆け込んでしまおうか?

「えーっと...。なんだかよくわからないから、帰りますね。それじゃ。」

 俺は、逃げるようにして多目的室を後にした。

 時渡先輩が「なんで仲間に入れないんだ。」と騒いでいるのが聞こえたが、聞かないことにした。

 時渡先輩も可愛かったけど...やっぱ、小井野の方が可愛いもんな。

 きっと、延人が不満をグチグチ言いながら、チンタラと通学路を歩いているハズだ。

 早歩きで追っかけても、きっと追いつくさ。



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