劇場通いの芝居のはなし

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2019.06.28
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カテゴリ: 演出ノート(3)
ネズミはぐったりと横たわっています。ブンナが近づく。ネズミはもう自分が駄目なことを悟っています。そしてブンナに、この木の土の中で、冬をすごすように言います。トビはブンナがいることを知りません。だから、安全なはずです。でも、冬眠するためには、食べ物が要ります。それはどこにあるでしょう。

ネズミは言います。自分が死んで腐ってゆけば、そこから羽虫が生まれてくるだろう。それを食べて、生きて行くのだ。遠慮してはいけない。自分が死ぬことを気の毒がってはいけない。自分が死んでも、それで君が生きて行くなら、それで良い。自分は君の中で生きて行くのだ。
そしてネズミは死にます。やがてその身体から、無数の羽虫が飛び出してきます。

この場面は、青年座で初演されたとき、演出の鈴木完一郎さんがとても素晴らしい工夫をされました。みんなでネズミを取り囲み、シャボン玉を吹いて、虫が飛び出してくるのを表したのです。舞台の進行にピッタリと添い、とても簡素であり、輝くシャボン玉が美しく。おそらくこれは、ベストの演出でしょう。
それは解っていますが、やはり演出者の意地で、別の演出を考えました。「演劇ワークショップ」のときは人手もなかったので、竹ひごの先にチョウチョを切り抜いてつけたものを幾つも作って、ネズミの身体からヒラヒラと舞い立たせました。
「シアター生駒」のときは、その前の場面で登場した踊り手たちをネズミの身体の上に覆い被さらせ、一人ずつひらりと漂って離れて行くようにさせてみました。ダンスのテクニックで考えるとうまく行くはずだったのですが、出演者がそうした動きに慣れていなかったせいで、わたしの意図したような場面は作れませんでした。いまだに残念です。

この場面に、芝居のテーマがはっきり示されています。人はどのように生き、どのように死ぬのが良いのか。自分の死が、他者を生かすようになることはできないか。そして命は、個々で終わってしまうものではなく、後の世代へと引き継がれてゆく。

サス明かりの場面に戻ります。冬眠からさめたブンナは、無事に木のてっぺんから降りてきたのですが、まだ十分に動けないところを、子どもたちに捕まえられたのです。木の上での出来事を聞いた子ガエルたちは、スズメは非道い奴だとか、モズは口ばかりだとか、いろいろ感想を述べますが、ブンナは何も言いません。死にたくないのは、誰もが抱く思いです。死がまだ自分の遠くにあるときは、何とでも言えますし、自分を立派なものに見せたいという態度もとれます。しかし、死が現実に目の前に迫ったとき、生死の境目で思わずとってしまう行動、それを彼は見てきました。それは決して非難すべきことではないと、知ったのです。
by 神澤和明





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Last updated  2019.06.28 09:00:10


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