Nostalgie

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第九章 「冒険」


こうして日記を書く事ができる。まかりまちがえば、小生があの悪魔たちの毒牙にかかるところであった。しかし、小生の知恵の方が、悪漢ばらの悪知恵よりも、ほんの少し優っていたのだ。
既報のとおり、小生はてんのじ村の見せ物小屋通りに探索にでかけた。のぞきからくりや、娘泥鰌すくい、大いたちなど、今は懐かしい見せ物小屋が並ぶ。眉唾の口上で客をひく兄やんの声。赤や黄色や青色の、色とりどりにはためく幟。ここはもう、現実の世界ではない。あの寺山修司描くところの、猟奇幻想の世界なのだ。

てんのじ村の毒気にあてられながら、フラフラと歩きまわる。
小生の頭脳に、ピンと響く看板。
「笑う道化師の大魔術ショウ」
笑う道化師・・・・?
おどけた化粧はしていても、目だけは決して笑っていない、あの底冷えのするようなフリーズした笑い。悪魔の道化師を彷佛とさせるタイトルではないか。小生は迷わず、木戸銭を払って、小屋にもぐりこんだ。
耳をつんざく、懐かしのジンタの響き。
奏でる曲は「天然の美」。
客席には、かふぇーの女給を横抱きにした酔い客や、ねじり鉢巻きの土工や仲仕たち。決して、上品とは言えぬ面々でうめつくされていた。
舞台では、ジンタの調べにのって、風船男の一輪車、火吹き男と一寸法師のマジックなど、不思議で妖しいショウが次々と披露される。
そして、最後に登場したのは・・・・。

やや!

やはり、小生の想像は間違っていなかった。極彩色の手風琴をゴロゴロ押しながら登場したのは、あのフリーズした笑い。悪魔の道化師、その人ではないか。
道化師の魔術は、例の手風琴の中に水着の美少女をおしこめ、外から剣を差し込んでいく、ありきたりのマジックであった。変わっていたのは、その演出である。剣を差し込むたびに、断末魔の悲鳴が響き、照明が、毒々しい赤に変わっていくのである。吐き気がするほど、まがまがしい演出である。
だが、小生は、そんな子ども騙しの手品を見ている暇はない。この小屋のどこかに、あの妙麗のエナメルの君が拉致されているかもしれないのだ。小生はかねて用意のピストールの安全装置をはずすと、息を呑んで、楽屋口に忍び込んだ。
まるで、八幡の薮知らずのようにまがりくねった、迷路のような通路を抜けていく。今にも、悪漢の手下たちと鉢合わせせぬともかぎらないのだ。手に汗を握りつつ、楽屋や道具置き場を覗いて行く。そうして、舞台下の奈落室まで来た時、鉄格子のはまった窓のあるドアに気がついた。おそるおそる中を覗き込むと、エナメルのタイツを履いた足が見える。

「ああ、やはりここであったか。」
あの可哀想なYさんに違いない。

悪者どもに気づかれぬよう、小声で呼び掛けてみた。
が・・・・、眠り薬でもかがされているのだろうか。ピクリとも動かない。
しばし、待て。今、助けてやるぞ。小生が来たからには、もう安心である。
意気込んで、ドアに体当たりをくらわそうとした時である。首筋に尋常ならざる衝撃を感じた。目から火が出るとは、このことである。うすれ往く意識をふりしぼって、後ろを振り返った小生の網膜に、最後に像を結んだのは、黒のビロードの支那服に黒眼鏡、つば広シャポゥのひきつった笑い顔であった。哀れ、小生までもが、捕われの身となってしまったのである。

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