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この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。
Copyright(C) 2008-2010 Kazuo KAWAHARA All rights reserved.
「シェイク。いえ、私達は、決してシェイク・イスマイルのことを恨んではおりません。あのアブドルアジズの不当な要求には応じられないだけのことです」
ファリファの顔は、蜂起した養蜂業者のリーダーの顔へと変わって行った。
「シェイク。どうか私達の生活をお守りください。アブドルアジズは利権料の引き上げを求めただけではありません。自分のフトコロに入るバクシーシを求めて来たのです」
スルタンにはそれは初耳だった。イスマイルもそんなことを話してはいなかった。
「えっ、バクシーシを」
「そうです。バクシーシです」
「父上からは、そんな話は聞いていなかったが」
「シェイク・イスマイルも調停のために、ここに来られましたが、それを話すことが出来ませんでした。これは私達とアブドルアジズの問題ですし、シェイクは血圧で入院されていたとお聞きしていましたので、ご心配を掛けたくは無かったのです」
スルタンは、確かに、イスマイルがそれを聞いたら相当に悩んでいただろうと思っていた。アブドルアジズに腹を立てても、それをアブドルアジズにぶつけることなど出来ない。板ばさみになるだけだ。
「有難う。ファリファ」
「それでも、どうしてでしょう。シェイク・スルタンには、助けて下さいと実情を訴えることが出来ましたのは」
ファリファは、自然にそれを口に出していた。アルミナを亡くした、自分の苦境を救ってくれた、スルタンはきっと自分達のために何かしてくれると心の底で確信していたのだろうか。
「不思議です。本当に」
ファリファは頬を紅潮させていた。また、ふっと、普通の女性の顔に戻っていた。
「ファリファ。皆さんの声をきっとアブドルアジズに伝えましょう。彼には有り余るほどの収入がある。何故、そんなことまでしなければならなかったのか、私には分からない。私は養蜂業の窮状を十分に承知している。アブドルアジズにはそれを正確に伝えよう」
スルタンは、アブドルアジズがアルバハの養蜂業を潰しに掛かっているとしか思えなかった。シバの女王の時代から連面と続く歴史と伝統を持つ、この町の主たる産業を一旦灰燼に帰して、そこから自分の好みの新たな産業を興そうと考えているのか、皆目見当も付かなかった。あるいは単なる引け目を核にした腹いせにしか過ぎないのか。
「シェイク。有難うございます。ぜひ、お願い致します」
スルタンはいつの間にか、蜂起した養蜂業者の一員になったような気分でいた。
「ところで、ファリファ。あの断崖付近でヤシンというシェイク家の人間を見掛けなかったかい」
スルタンは、いよいよ本題へと入った。
「あの方はシェイク家の方だったのですか。蜂起している仲間の一人が昨日自殺未遂者を保護したと連絡して来ていました。確か、その人の名前がヤシンでした」
それを聞いて、スルタンは、ホッと一息ついた。
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