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この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。
Copyright(C) 2008-2010 Kazuo KAWAHARA All rights reserved.
ヒルトンの勝手口にもチェックポイントはあるが、正面に比べれば簡素なものだった。それは、勝手口には一般車両の進入がなかったからだ。訪れる人間も限られている。
裏門から入って勝手口まで歩いて来るのは、厨房関係者や取引先などに限られる。裏門でも、チェックはするが、商用車両が中心だ。取引先、知り合いなど徒歩の者と、ごく少数の宿泊客が裏門を通ったが、それほど厳しいチェックは無かった。
スレイマンは、勝手口のガードマン、ハーミトとメフメトが二人の若い女性と話しているのが目に留まった。二人は、スレイマンの姿を見ると、陽気に手を振って迎えた。
若い女性達は、まだ、高校生くらいにしか見えなかった。二人とも、あどけない顔をして、ビニールのジャンバーにジーンズという若者らしい出で立ちに身を包んでいた。
スレイマンには、その女性達が自爆テロリストとはとても思えなかった。しかし、他には、それらしい姿が見えなかった。
ハーミトが"スレイマン様"と呼びかけると、その若い女性達が満面の笑みでスレイマンを見た。まさか、と思ったが、そのあどけない顔をした女性の一人が声を掛けてきた。
「スレイマン様ですね。ヤセミーンでございます」
「おう、ヤセミーンか、良く来たな」
スレイマンはヤセミーンと握手をした。手の感触はどこまでもふわふわと柔らかい。
「イゼルです」
続いて、隣の女性もスレイマンに手を差し出した。
「おう、君がイゼルか。噂には聞いていたよ。よろしくね」
同じように柔らかな感触だった。
ヤセミーン、イゼルと言うのは、ムスタファの伝えて来ていたとおりの名前だった。イゼルの手を握ったまま、もう一度、スレイマンは、ヤセミーン、イゼルの姿を見た。にこやかな笑顔が印象的だ。
スレイマンが手懐けていなくとも、ガードマンは彼女達が自爆テロリストなどとはとても思い付かないことだろうと思えたくらい、テロと言う言葉からはほど遠い姿だった。
「ハーミト、メフメト、ご苦労様」
スレイマンは、今度は、ハーミト、メフメトと軽く握手をした。いつの間にか、スレイマンは小さくたたんだ紙幣を手に持ち、握手の時に、二人に渡していた。
「スレイマン様。いつも済みません」
二人は、それをそのままさっとポケットにしまった。
「ヤセミーン、イゼル。それでは、まず、美味しい料理でもご馳走しよう」
スレイマンは、二人を従えて歩き出した。
「スレイマン様、いつもお気遣い頂き、済みません。有難うございます」
「わ~。ヒルトンでお食事なんて。嬉しいな」
イゼルは陽気だった。
スレイマンには、もう直、こんな若者が自爆するとはとても思えなかった。そして、スレイマンは、ヤセミーン、イゼルが疑われないために、わざと陽気に振舞っているのかもしれないと思ったりしていた。
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