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この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。
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スレイマンは、アルカイダの下部組織の仲間と言うよりも、自分の身を組織に捧げた美しくも可憐な女性を哀れんで、手を握り締めたというのが正直な気持ちだった。
統領としては、そんな感情を抱いてはいけないことは、十分に承知していたが、そこが月の欠片、スレイマンの限界でもあり、組織の中で慕われているところでもあった。ヤセミーンはムスタファとは違う何かを直感的に感じ取っていた。
「スレイマン様。統領に、ヤセミーンとイゼルの最期をお伝え願います。潔い最期だったと」
ヤセミーンとイゼルは、制服の男の方にゆっくりと歩いていった。制服の男は、二人の仲間に違いないと思われた。暫く前から、ヒルトンに従業員として潜入していたのだろう。
スレイマンがその男を見ると、その男はスレイマンに軽く会釈をしていた。
ヤセミーンとイゼルは、男のところに着くと、スレイマンの方を振り返った。二人の顔には、清々しい笑顔があった。
三人の姿が廊下の向こうに消えると、スレイマンは足早にさっきの勝手口に向かった。
勝手口には、ハーミト、メフメトの二人が立っていた。まだ、交代までには時間がありそうだった。
「スレイマン様、どうも先ほどは有難うございました。いつもお目に掛けて頂いて光栄です」
二人は、スレイマンがサウジの地方豪族の息子と伝え聞いていた。そして、スレイマンの気前の良さから、それは間違いのないことだと確信していた。
「いやいや。たいしたことはしていない。こちらこそ、いつも迷惑を掛けて来た」
そう言いながら、スレイマンはさっと、二人に最後のチップを手渡した。二人はにやにやしながら、それを受け取った。
「いつもいつも済みません」
二人は声を揃えて言った。
「行ってらっしゃい」
足早に遠ざかって行く、スレイマンに呼び掛けた。
スレイマンが見えなくなると、二人はそっとチップを確かめた。いつもは一〇ドル札だったが、それは一〇〇ドル紙幣だった。二人は、目を丸くして見詰め合った。
ドル紙幣は、一〇ドルも一〇〇ドルも同じ大きさだったから、貰った時には、二人ともいつもの一〇ドルだと思っていた。二人ともそうだったから、間違えた筈はない。二人とも、しまうのを忘れて、呆然とその紙幣を眺めていた。
アルバハのスルタンとファリファは、ヤシンの居る城の前まで辿り着いていた。その城は、谷に掛かった吊り橋の向うに聳え立っていた。周りは深い霧で包まれていたが、その霧の上に搭、館など高い部分を覗かせていた。
スルタンとファリファはゆっくりと、慎重に吊り橋を渡って行った。やがて、ファリファのフラッシュライトが城の門を照らし出した。
「シェイク。大丈夫でしょうか。お足元をしっかりと見てください」
ファリファは、スルタンの足元を照らした。スルタンは、吊り橋が思ったより華奢なものであることが分かった。
「ファリファ。有難う。お蔭で、ようやく、城に辿り着くことが出来た。それにしても足場の悪いところばかりだった」
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