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この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。
Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved.
「ヤシン様、ただ今、ベイルートで、ヤシン様の再デビューについて鋭意折衝中です」
ターハはベイルートからアルバハのターハに電話を入れてみた。
「有難う。是非宜しく」
ヤシンは、スルタンに再デビューの話はしていなかった。相談すれば、反対されるに決まっている。いつものことだが、ツケが回ったところで、怒られることになる。もう、慣れっこだ。ヤシンは、大ヒットにでもなれば、あっと言う間に、借りを返すことが出来る、などと考えていた。
「それで、エイブル・レコードの販売担当・ムハンマドは乗り気なんですが、プロデューサーのハキムがいまいちなんですよ。一流の人間を動かすのは難しいものです。でも、今回は何とか彼に動いて貰いたいと思っているんですよ。確か、母上の義兄・サード・ハリーリー様がハキムと親しかったんですよね」
ターハは、ヤシンの母・ラミアを使って、ハキムを今回の再デビュー・プロジェクトに取り込みたいと考えていた。
「母に頼んで、伯父上に協力して貰ってくれとでも言いたいの」
「そうなんですよ。ヤシン様は話が早い」
「母に話すと、シェイクに相談したのか、と言われそうだ」
「ヤシン様。そこは率直に、相談すると反対されると思ってとか何とか仰られたらどうでしょう」
ターハは、無神経な男だ。至って、気楽だ。しかし、ハキムを取り込むためには、それしか無いかもしれない、とヤシンも思い始めた。
「ついでに、ラミア様に金策を頼まれたらいかがでしょう」
ヤシンもそれが出来れば、言うことは無いと思っていた。しかし、仮に、シェイク・スルタンがその話を聞けば、ラミアに資金提供をさせるようなことは無いだろう、と思われた。あの故シェイク・イスマイルがそうだった。シェイク家は、誇りある家系だ。金があろうが、なかろうが、シェイク家の者にはシェイク家が金を出す、そんなところがあった。
イスマイルは、カシム、カラムの場合にもそうだった。膨れ上がった二人の借金を全て払った。そうかと言って、二人の曲が世界的大ヒットになっても、ラミアからお金を貰おうとはしなかった。ラミアが申し出ても、一切受け取らなかった。アブドルアジズに養蜂業の利権を召し上げられて、台所が火の車だったが、それでも、受け取らなかった。それがイスマイル、いや、シバの女王の時代から連綿と続く、長い伝統を持つシェイク家の矜持だった。
「それは辞めとこう。ただ、ハキムのことを伯父上に頼む件は考えさせてくれ」
ハキムは、決してお金では動かない。ヤシンの才能を認めない限り動くことはない。たとえ、親友のサード・ハリーリーが働き掛けても、動くかどうか、分からない。
ヤシンは、自分の新しい曲に自信があったが、ハキムがそれを認めてくれるかどうかは分からない。ターハはデモテープを持参している筈だから、それを聴いて貰えば良かったのだが、聴いて貰った後では、全て終わってしまう。
「それで、デモテープは、誰まで聴いて貰っているの」
ヤシンは恐る恐る聞いてみた。
「それが、まだ、ムハンマドに聴いて貰っただけなんです」
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