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July 31, 2022
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「教育の道 文化の橋——私の一考察」北京大学 1990 5 28

時代背景と講演の意義

1990 5 28 日、池田先生は中国第一の〝知性の府〟北京大学で 3 度目となる講演を行った。

当時 の中国は、 78 年から開始された改革開放政策によって近代化に取り組み、市場経済に移行、国際社会への復帰が進められていた。しかし、 89 6 月に起きた第 2 次天安門事件により、世界各国から強い非難を浴び、孤立していた。

そのような状況の中で、池田先生は約 300 人の大交流団を率いて中国を訪問し、同大学での講演に臨んだ。

先生は講演で、国際化の時代を迎えている現代において、教育こそ「地球の未来を開く大業」と語り、中国における教育思想に言及。深き人間洞察に基づいた中国文明の〝人間教育〟の伝統が、新たなる世界像の形成の多大な貢献をなしゆくと展望した。

また、日中の交流について「両国の間に如何なる紆余曲折が生じようと、私たちは断じて友好の纜から手を離してはならない」と訴え、より永遠なる友好を支えるのは民衆と民衆を結ぶ〝心の絆〟であると強調した。

講演に出席した学生たちからは、「池田先生の話された平和の展望は、まさに私たちの国の民衆の展望です」「池田先生の教育に関するお考えと中国文化に対する情熱に感動いたしました」など称賛の声が多数寄せられた。

本日は、北京大学を訪問し、多くの教員や学生の皆さま方にお会いでき、大変うれしく思います。また、ここに、北京大学初の「教育貢献賞」を賜り、まことに光栄に存じます。

王学珍校務委員会主任、呉樹青学長はじめ、さらには私の著作の刊行にご尽力くださった北京大学出版社の麻子英社長、またここにお集まりの学生の皆さまに、衷心より感謝申し上げます。大変にありがとうございました。

なお、創価大学の教職員、学生一同も「くれぐれもよろしくお伝えください」と申しておりましたので、お伝えいたします。(拍手)

ご存じのように、創価大学は、貴大学との間に学術交流を結んだ、日本で最初の大学であります。協定の調印以来、本年ではや十年の歳月を刻むに至りました。これもひとえに、貴国並びに貴大学の友誼の賜物にほかなりません。この席をお借りいらしまして、謹んで御礼を申し上げます。

既に私は、貴大学より名誉教授の称号のほか、日本研究センターでは顧問として栄誉をいただいております。また、これまでに六回にわたって、貴大学を訪問するたびに、皆さま方は何時も変わらぬ友誼の笑顔で温かく迎えてくださいました。

いわば〝北京大学の一員〟として遇してくださる皆さまの心に包まれ、私も懐かしき〝わが母校〟の恩に報いるためにも、私は貴大学のより一層の発展のために今後、更に力を尽くしてまいる決心であります。

さて、本日は「教育貢献賞」受賞の記念講演を、ということになっておおりますが、大学での講演は、いつもつくづく難しいものだと思っています。

それは、話が長くなれば飽きられてしまいますし、短くては、学問的蓄積がないのではと笑われてしまう(笑い)。また、あまりにやさしすぎては最高学府の大学には、ふさわしくないと言われ、難解すぎると、あまり咀嚼しないで話をしているのではないかと非難される(笑い)。まことに大学での講演は難しい(爆笑)。しかし、本日は、講演者の宿命的ともいえるこの課題に挑戦しながら、少々、お時間をいただき、「教育の道 文化の橋——私の一考察」と題し、お話させていただきたいと思います。(拍手)

以前より私は、教育こそ〝我が人生の総仕上げの事業〟と心に決めておりました。未来を開き、未来を育むといっても、その主体は「人間」にあるといってよい。「人間」をつくりあげる事業こそ、すなわち教育にほかなりません。「人間」の内なる無限の可能性を開き鍛え、そのエネルギーを開き鍛え、そのエネルギーを価値の創造へと導くものこそ教育です。いわば教育は、社会を築き、時代を決する〝根源の力〟であります。

とりわけ現代は、高度に細分化された「知識」が氾濫している。他方、それらを統合しうる人間の「知恵」の力、深き人格の力が求められる時代ともなってきた。また、史上かつて見ない「国際化」の時代を迎えていることから、教育は今後、一国のみならず、地球の未来を開く大業として、ますます重要度を増すでありましょう。

では、教育の未来を考えていくうえで、拠るべき〝礎石〟は何か——。それを思うとき、私の脳裏には、中国における教育思想の光機に満ちた伝統が浮かんできてやみません。私はそこに、「人間」の完成への向けられた滔々たる〝情熱の大河〟を見る思いするからであります。

人間教育に関する英知において、古代ギリシャ人と中国人は双璧をなしたといっても過言ではありません。事実、人間性の完成、人格の陶冶を目指す教育の「理念」、「カリキュラム」をめぐっては、両者とも、まことに精緻・深遠を尽くしたといえましょう。

一例をあげれば、古代ギリシャ人にとって教育の眼目の一つは、個性の開発にあった。すなわち、一方的に〝教えること〟ではなく、一人一人が秘めている可能性を〝引き出す〟点にありました。いわばこうした「学習者の自発能動性」の重視は、かのプラトンが自ら主宰するアカデメイア(学園)で、学習者相互の啓発と個性の発現をもたらす「対話」を重んじたところにも表れております。

同じく東洋においても、人間教育の思想がここ中国に芽吹き、大きく開花いたしました。例えば諸国を遊説し、政治に希望を失ってなお、後進の人材育成に心血を注いだ貴国の先達は、「教」つまり「教える」人ではなく、「育」、「育てる」人として述べております。「啓発」という言葉のもととなった「悱ぜざれは啓さず、緋せざれば発せず」(学び苦しむ熱情がなければ、何事も変わらない)と。また「一隅をあげて三隅を以て反さざれば、即ち復びせざるなり」(四角いものの一つの角を教えて、他の三つの角を悟らないものには、何を教えてもむだである)など、ほとばしらんばかりの学びの意欲と自立を厳しく求めた指導法。「学問」、すなわち学ぶことと問うことの双方に同じ比重を置いたうえでの対話の勧奨など、いずれも深き人間洞察から発する卓見であり、中国文明に宿る人間教育の〝祖型〟の光を、私は強く感ぜざるを得ないのです。

近年、こうした東洋の教育思想の光源に世界の識者も改めて注目するようになってまいりました。

その一人、アメリカ・コロンビア大学のウィリアム・ T ・ドバリー教授は『朱子学と自由の伝統』(山口久和訳、平凡社)と題する著書の中で、中国思想の底流にある〝自由主義〟の系譜をたどるとともに、たとえば、互いが持論を交換し合う「講学」という教育の在り方を通して培われた、学問の場における相互扶助・相互啓発の精神を論じております。

こうした古代ギリシャや中国の教育思想で、私が感嘆してやまないのは、ギリシャ神話にあっては、神々のために人間が血を流しあったのではなく、人間のために神々が戦ったのであったし、また、貴国においても先哲が「怪力乱神を語らず」と、超越的なものを拒否したことは、申すまでもありません。

第二に、人間の内面的陶冶が第一義とされているものの、そこにはとどまらず、すぐさま経世済民への実践へと転じゆく、強い倫理性を帯びていたということであります。

〝人間教育〟が新たな世界像の形成に貢献

古代ギリシャにあっては、例えば、もっぱら魂の位階秩序を整えんとするかのようなプラトンの主著は、何よりも「国家」論として構想されたものでありますし、プラトン自身、晩年にいたるまで燃えるような政治的関心と情熱を抱き続けました。中国の伝統にあっても、有名な『大学』八条目のうちの前半部分——すなわち「格物」「致知」「誠意」「正心」は、後半部分の「修身」「斉家」「治国」「平天下」の条目に示されているのは、いわば〝平和への王道〟を歩むための、欠かすことのできない前提とされてきました。

ここに留意すべきは、私があえて「古代ギリシャ」と言わざるを得ないように、プラトンやアリストテレスの思想は、ギリシャ社会のなかでの歴史的継承という点では明らかに断絶があり、主として文明的・知的遺産として受け継がれてきた。

それに比べて中国にあっては、あのような巨大な版図圏のエートス(道徳的気風)として、しかも三千年の長きにわたって、断絶することなく生き続けているという事実であります。その人間教育への情熱は、単に儒教的なるものに限らず、広い意味での教育という人間的営為を通して、カオス(混沌)のなかからコスモス(秩序)を作り出そうとする、たゆまざる意志と言い換えることもできましょう。

その大河のような流れのなかには、文化の発展と社会の安定の基盤は「民衆」にこそ求められねばならぬとする王陽明の民衆教育論、あるいは明末清初の激動期に『明夷待訪禄』を顕して学校における自治や実力本位の人材登用の必要を説いた黄宗義の学校論など、今なお刮目すべき所論が少なくありません。

もとよりそれが、常に全うに実現できたわけではない。教育の振興は、一面、試験地獄ともいうべき「科挙」の制度をも産み落とした。しかも、その儒教的教養は、もっぱら支配者層にのみ独占され、秦に民衆のものにはならなかった。

そうした点を考慮に入れつつも、人間の自己完成に即してコスモスの形成しゆかんとする中国の人々の秩序感覚、歴史感覚、さらに言えば宇宙感覚は、例えば、マルクス主義導入に当たっての永久革命の思想に見られるように、今もなお脈打っていると思います。のみならず、それは、フランスの中国学の第一人者として知られる L ・ヴァンデルメールシュ教授が「西欧文明に匹敵する一文明形態の出現が準備されつつある」(『アジア文化圏の時代』福鎌忠恕訳、大修館書店)とした「新漢字文化圏」形成のための地下水脈となっていくに違いない。

ある先哲は、中世的世界観を打ち砕いたコペルニクス革命のもたらしたものは、新たな世界像ではなく、世界像なき時代である、と述べております。そうした世界像なき時代が、ようやく黄昏時を迎えようとしている現代、教育思想に集約的に表れている中国の伝統正心は、普遍的ヒューマニズムを不可欠の機軸とするであろう新たなる世界像の形成に、多大な貢献をなしゆくであろうことを、私は信じてやみません。

さて、時流は今、日中の交流に新たなる章節を求めております。それは同時に、中国に対する日本の姿勢を、根本から問い直すことにも通じましょう。

申すまでもなく、日本は貴国より教育思想はじめ文化全般において大恩をこうむってまいりました。その恩に、どう報いていくべきなのか——。日中交流においては、この一事が日本に問われていると思われてなりません。

人はもとより国もまた、今日のグローバルな時代には、孤立して生きることはできない。この世界に生きる限り、無数の人々、国々から恩恵をこうむっていかねばならない。「恩」とは、いわば人間と社会の営みを相互に支え育んでいくべき精神性の発露であり、人間性の精髄と申せましょう。

草創期の北京大学に奉職した魯迅は、かつての日本留学時代における恩師の思い出を、名作『藤野先生』に綴っております。

一度こうむった恩は、それが如何なるものであれ、終生消えはしない。恩とは本質的に、授ける側より設ける側の〝心の問題〟であります。文豪の心に宿った、死への恩愛の念——私はそこに、人間の高貴なる精神が奏でる内なる調べを聞かずにはおられません。恩を「感じ」、恩を「報ずる」ことは、まさしく人間の「正道」であります。それゆえ〝文化の恩人〟である中国の発展と幸福のために、誠心誠意、努力を傾けていくことが、日本人にいやまして求められている、と確信してやみません。

特に日中両国は、地理的に近い。古来、「一衣帯水の国」とも呼びならわせてまいりました。こうした両国の深き絆を思えばこそ、共に活力ある真の平和と安定へと力を合わせていくことが、両国のみならず、アジア、さらに世界の平和実現にも大きく貢献していくことになる、と私は強く信じているものであります。

民衆という「大海」の上に交流の「船」は進む

友情は、貫いてこそ〝真実の友情〟へと高められます。日中の友好も、貫いてこそ〝真金の友好〟となるでしょう。両国の間にいかなる紆余曲折が生じようと、私たちは断じて友好の纜から手を離してはならない。今、私たちにとって何より大切なことは、日中友好の「金の橋」を将来にわたっていかに盤石にしていくか、永続ならしめていくか、という現実の課題であると思います。政治や経済における往来も重要であることは、論をまちません。

しかし、より永遠なる友好交流を支えるのは、何より民衆と民衆を結ぶ〝心の絆〟でありましょう。民衆次元の信頼関係を書いては、政治・経済上のいかなる結びつきも砂上の楼閣になってしまう恐れがあります。民衆という「大海」の上にこそ、政治・経済の「船」は浮かび、進むのです。

民衆と民衆の心の絆は、目には見えない。しかし、見えないがゆえに強い。無形であるがゆえに、普遍的・恒久的な紐帯である。それを形成しゆくのは、人間の精神に〝永遠〟〝普遍〟への飛翔の翼を与えてくれる「文化」の光彩であります。

なかんずく「教育」は、人間の持つ無限の可能性を開き、人と人とのうちに〝平等性〟〝共感〟の絆を育む。そうした「文化」「教育」の交流こそが、日中の民衆の絆を永遠ならしめる根本の力となりましょう。その意味で、私はここで再び申し上げたい。より一層の「文化」「教育」の交流で、日中友好の「金の橋」に第二期の往来を——と。

北京大学は、あと八年で創立百周年の佳節を迎えます。新たなる〝第二世紀〟へ向かって、東洋有数の伝統を誇る貴大学の世界へ果たす役割は、いやまして大きくなりましょう。貴大学のモットーに私どもの「創価」の理想とも相通ずる「創新」(新しきものの創造)の一項目があります。貴大学の「創新」の光り輝く壮大な未来を心に描きながら、私もさらに力を尽くしてまいる所存であります。(拍手)

最後に、長時間にわたり、拙い講演にご清聴くださいました、北京大学の諸戦線型、またご来賓の皆さま、新世紀を担って立ちゆく若き偉大なる指導者であられる学生の皆さま方に、栄光あれ、ご多幸あれとお祈り申し上げ、私の話とさせていただきます。

【創造する希望=池田先生の大学・学術機関講演に学ぶ=】創価新 2021.6.16





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Last updated  July 31, 2022 04:35:37 AMコメント(0) | コメントを書く
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