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第 8 回 耳と鼻の持つ可能性
耳鼻咽喉科 田崎クリニック院長 田崎 洋さん
においや音を通して状況を認識
眼には見えぬ世界を感じ取る器官
新型コロナウイルス感染症の症状の一つに、収穫・味覚の障害があることが知られています。日本耳鼻咽喉科学会と金沢医科大学の研究グループは本年 2 月から 5 月にかけ、感染者を対象に臭覚と味覚に関する調査を行い、感染者の約 6 割に臭覚障害が起こっていることが明らかになりました。また味覚の違和感を覚える方の多くが、味覚の違和感を覚える方の多くが、味覚の検査上では正常値を示しており、実は味覚障害ではなく、〝臭覚異常による風味障害〟の可能性が高いことも分かりました。
臭覚異常は風邪などでも起こり、その主な原因は鼻の炎症などによる鼻詰まりです。しかし、新型コロナ感染者には、そうした症状がないのに臭覚障害となることが多く報告されています。 6 割以上の患者の臭覚は早期に改善していますが、感染から回復して数カ月たっても、臭覚障害が残る患者さんも少なくありません。ウイルスが直接、においを感じる嗅細胞や臭覚神経周辺に影響を及ぼしている可能性もあり、今後、さらなる調査や治療法の検討が求められています。
現在、接種が進められているワクチンは重症化予防効果があり、鼻の機能を守る上でも効果が期待できます。そうした意味からも、一人でも多くの方に接種を前向きに考えていただければと思います。
◆◇◆
コロナによる影響は、耳にも及んでいます。それは自粛生活の長期化で、難聴の患者が増えていくのではないかと指摘されているたんです。
最近、在宅による運動不足を解消しようと、イヤホンやヘッドホンをつけながらランニングする人も見掛けるようになりました。それらは〝自分の世界に入る〟には効果的ですが、音が直接耳に入るため、大音量で聞き続けると耳へのダメージが大きくなります。
使用する際は、周囲と会話ができる程度の音量にし、聞こえにくいとか、耳鳴りがするといった違和感に気付いた場合は、早めに受診し、治療を受けていただくことをお勧めします。
それぞれの機能
さて、今回のテーマは「鼻」と「耳」ですが、それぞれの機能を見ていきましょう。
まず鼻についてですが、その役割は〝空気洗浄機〟の機能と、「におい」を感知することです。
華は、私たちの呼吸の際、空気の通り道となりますが、単に空気を通過させているわけではありません。鼻毛や湿り気のある の汚れを取り除き、新鮮な空気にして体内に入れていきます。それとともに、その空気中に含まれる匂い物質を臭細胞が感知し、神経を通して脳に伝達しています。
普段の生活で、この嗅覚が、味覚や資格などに比べて重要と感じるきかいは少ないかもしれません。しかし、その感覚がもし失われてしまったら、感じる世界は全く異なるものになるでしょう。
例えば、食事は風味を重視しますが、臭覚がなくなってしまえば、感じる味が変わり、味そのものを感じられなくなることもあります。においの感じない景色も、その場にいるのに映像を見ているような感覚になるでしょう。
実は五感の中で、臭覚には、ほかの感覚器官にはない特徴があります。それは認識された情報が、自律神経の調節を行う視床下部を経由せず、直接、記憶をつかさどる大脳辺縁系に送られることです。
皆さんも、ある香に触れ、〝懐かしい〟などと過去の記憶が呼び起こされた経験があると思いますが、そうしたことも、この脳との関係が影響していると考えられます。
この大脳辺縁系は本能や情緒とも深く関わっており、そこで情報が処理される鼻は、周囲の状況をもっとも直接的につかむ機関であると思います。
次に耳の機能ですが、その主な役割は、空気の振動、つまり「音」を感知することです。
耳は三つの部分からなり、外から見える耳、いわゆる普段、私たちが言う耳から鼓膜までは「外耳」と呼ばれ、ここは集音の役割があります。
そして、鼓膜の内側は「中耳」と呼ばれ、そこにある骨が鼓膜に伝わった空気振動を約 30 倍に増幅し、さらに内側にある「内耳」と呼ばれる部分につなぎます。内耳には、液体で満たされた蝸牛という部分があり、そこにある毛のような細胞が振動することで電気信号に変換され、その信号が脳に伝わることで私たちは音を認識しています。
また、私たちは耳が二つありますが、そこにも大切な意味があります。
音の発生場所によって、左の耳と左の耳に入るタイミングには、わずかな差が生じます。加えて、左右の耳に入ることで、その発生源がどこにあるのかを立体的に捉えています。
◆◇◆
鼻と耳は、まったく別の機能のように思えますが、共通の特徴があります。それは、においや音を通して「周囲に触れることなく、その状況を認識できる」という点です。これは眼も同じで、「遠隔感覚」と呼ばれます。
その上で、人間は、このえんかく感覚の中で、鼻よりも耳、そして耳よりも眼で得た情報を優先することが知られています。一説には、私たちは情報の 8 割以上を視覚に頼っているともいわれますが、眼では例えば、壁の向こう側は、回り込まなければ見ることができません。一方、鼻と耳は、たとえ距てるものがあっても、その先にあるものを感じ取ることができます。この鼻と耳の持つ可能性に目を向けていったとき、これまでとは違った世界を感じられるのではないかと思うのです。
心の変化を察知する嗅覚と聴覚
この力を周囲の友のために
六根清浄の功徳
では仏法では、鼻と耳のもつ特徴を、どう捉えているのでしょうか。
法華経では、六根のうち、鼻が清らかになる功徳について、「香を聞(か)いで悉く能く知らん」 ( 法華経 538 ㌻ ) などと説かれており、あらゆる香りを嗅ぎ分け、それだけでなく、楚の香から相手の心や生命状態なども読み取ることができると教えています。
あらゆる香りを嗅ぎ分ける——私たちの身近な存在で、嗅覚が秀でた動物にイヌがいます。犬の持つ嗅細胞は人間の 40 倍ともいわれそのイヌと比べれば、私たちは嗅ぎ分ける力は劣ると思うかもしれません。
しかし、アメリカで興味深い実験が行われました。それは、ある香を人に嗅がせ、犬と同じように地面に鼻を近づけながら香の跡をたどる実験です。その結果、多くの被験者が正確にたどることができ、中には訓練を繰り返すうち、犬よりも早くこなせるようになった人もいたというのです。
だからといって、犬よりも臭覚がいいということにはなりませんが、調香師が 1 万種類もの香りを嗅ぎ分けられるといわれるように、私たち一人一人の嗅覚も、訓練することで鋭くなるのです。
その上で、仏教で教える心や生命の香も、感じられるようになるのでしょうか。
これは、あくまで個人的な実感ですが、そうしたものも、神経を研ぎ澄ましていけば感じられるのではないかと思っています。
私は、幼い頃から多彩な国々の人とふれあってきました。国によって食べるものや生活習慣も変わりますが、そうした違いが、人それぞれのもつ香りに影響することを感じてきました。
また病院で診察する際も、どんな疾患を抱えているかによって、患者さんのにおいが変わることも難じてきました。あった瞬間、どんな疾患か分かったということも、一度や二度ではありません。
実は嗅覚には、におい物質に慣れると、そのにおいを感じにくくなる特徴があります。自分のにおいを感じにくくなるという感覚は、だれもが持っているでしょう。それは、そのにおいに気をとられると、周囲の臭いに気付きにくくなってしまうからです。
むしろ嗅覚は、周囲の変化を敏感に察知するために発達したとも言えます。その意味では、一人一人に寄り添い続ける中で、香りの変化から心の変化を感じられるようになることは、十分に考えられるのではないでしょうか。
◆◇◆
次に、耳の功徳について、法華経には「三千大千世界の全てのあらゆる声を、父母から生まれながら受けた、いまだ神通力を得ていない耳で、全てを聞き、知ることができるであろう」(同 530 ㌻、通解)と説かれています。
訓練を重ねた音楽家は、わずかな音の違いも、 1000 分の 1 秒の音のずれも聞き分けられるそうですが、聴覚も嗅覚と同じように、鍛えられることが分かっています。
さらに人間の嗅覚は、雑音などで会話が聞きにくても脳が音を補正し、必要な音を聞き分けることができるのが特徴です。つまり、聞きたいと思って集中した分、それがきけるようになるのです。
人それぞれ、声には、その時の微妙な心の変化があらわれますが、そうしたものも、感じ取れるようになっていくと思います。
御書 「此の娑婆世界は耳根得道の国」
今こそ希望の励ましを強く
動物に共通の感覚
その上で、日蓮大聖人は「此の国の娑婆世界は耳根得道の国」 ( 御書 415 ㌻ ) と仰せです。
先ほど、私たちは眼や鼻、耳と言って遠隔感覚の機能を使い、周囲の状況を認識していると述べましたが、逆を言えば、私たちが人々に影響を与えるには、周囲の人が持つこれらの感覚に訴えることが大切ということです。
なぜ、大聖人は眼でも鼻でもなく、耳によって成仏すると仰せなのでしょうか。
生物学の観点で言えば、この世には、眼を持つものや持たないものなど、多種多様な動物が存在しますが、実は地球上に生きる動物が、遠隔感覚の中で共通して持っている感覚器官があります。それが耳なのです。
ここで言う耳とは、聞くということではなく、平衡感覚の機能を持った器官のことです。全ての動物が平衡感覚を持つ理由は、地球に重力があるからです。この重力に対する傾きを覚知することで、動物は前後左右、自分がどの方向に進んでいるのかを感じ取っています。そして人間などが持つ耳は、この平衡感覚器として生まれた耳に、進化の過程で音を覚知する力が加わったものです。
もちろん、人間の耳にも平衡感覚器の役割があります。先ほど述べた通り、人間の耳にある蝸牛は液体で満たされていますが、その液体の傾きによって、私たちも耳で平衡を感じ取っています。
地球上で暮らす動物たちに共通する耳によって成仏する——これは、興味深い点ではないでしょうか。
その上で、人間の耳について言えば、例えば、生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声は、生まれた国の言語によって抑揚が微妙に違うことが分かっています。それは体内にいる時から、周囲の声を感じ取っているからだと考えられています。また、死ぬ介護の瞬間まで活動するのも、聴覚だと考えられています。
こう見ると、「耳根得道の国」との仰せには、生命の心音を心で聴くという重要な意味があると感じずにはいられません。
会うことの大切さ
多くの人が将来に不安を抱えるコロナ禍の中にあって、今こそ声にならない声に耳を傾け、一人一人の耳に希望の励ましを届けていくことが大切だと思っています。当に、耳の力が求められています。
その上で、私は感染症対策に万全を期すことを前提として、対面で会えるなら、短時間であっても会っていくことが大切度と感じます。
それは、鼻の持つ機能と関係します。
嗅覚は記憶と密接に結び付いていますが、その嗅覚で感じた情報は、視覚で得られた情報よりも記憶に強く残ることが分かっているからです。つまり、孤独に悩む友がいるのなら、直接会った方が、相手の記憶に残る励ましを送ることができるのです。
鼻と耳の持つ力は、眼だけでは決して分からない人々の微妙な心を感じ取り、人々の絆を結んでいくものだと思っています。この力を地域の同志と伸ばしながら、広布前進のために全力を尽くしていきたいと決意しています。
たざき・ひろし 1958 年生まれ。医学博士。耳鼻咽喉科専門委。韓国・高麗大学医学部卒業。名古屋市立大学医学部耳鼻咽喉科勤務、米セントルイス大学医学部研究員などを経て、 2000 年に耳鼻咽喉科田崎クリニックを開院。創価学会中部ドクター部長。区副書記長。
【危機の時代を生きる■創価学会ドクター部編■】聖教新聞 2021.10.15
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