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からだの錯覚が生む きもちわるさ
名古屋市立大学准教授 小鷹 研理
薬指が長く伸びる
皆さんは錯覚と聞くと、そのようなものをイメージしますか。静止画面なのに明らかに動いているようにしか見えない 2 次元パターンや、時間とともに勝手に消失と出現を繰り返す小さな点、等々。インターネット上で動画像の共有が常態化して現代にあって、視覚の錯覚に接していて驚いた経験の錯覚に接して驚いた経験の一度や二度は、誰しもあるでしょう。
近著『からだの錯覚』(講談社ブルーバックス)で扱っている錯覚は、そうした、皆さんが慣れ親しんでいる錯覚とはかなり経路が異なります。書籍の中でも紹介している 2 人で行う錯覚の例を一つ上げましょう。手続きは、いたって簡単です。
まずは、机の上で自分の薬指と相手の指を向かい合わせに一直線上に並べます。この状態で、互いの指の先端付近を、あいているもう一方の手の人差し指と中指で同時にぐりぐりと触ります。
目を閉じて、このぐりぐりをしばらく続けていくと、 50 ~ 70 %くらいの人は、自分の薬指と相手の指がつながり、薬指の長さが中指を追い越したと感じるようになります。薬指がクーデターに成功したのです。どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。
伸びたり、変形したり…
自分を見失わせる感覚のズレ
それぞれの感じ方
自分の体が文字通り自分のものと感じられているとき、複数の感覚がまるでオーケストラのように協働して、調和的なメロディーを奏でています。
例えば、自分の左手をまじまじと見て、確かにこれが自分の体と感じられるのは、内側から感じられる手の位置感覚と、見た目の手の位置が整合して知るためです。仮に、この二つの感覚にずれが生じれば、目の前の手は、まるで協和音のように〝よそよそしく〟なり、不気味なものに映るでしょう。自分で自分に触れるときも、複数の部位にまたがる資格・触覚・位置感覚が時間的・空間的に重なることで、初めて「じぶんにふれた」という確かな感覚が生まれます。
実は、先の「薬指クーデター」を含むからだの錯覚の多くは、こうした認知特性にうまく取り入ることで、身体の外にある空間を、身体という名のオーケストラの舞台へと招き入れようとするものを整理できるのです。
からだの錯覚の場合、同じ手続きでも人によって感じ方がまるで異なることがあります。
例えば、実際には離れている両手が接合しているように錯覚する「セルフタッチ感覚」を背面で行うと、典型的には左右いずれかに腕や指が伸びる感覚を得ますが、どちらの手指が変形するかは人それぞれです。
それどころか、人によっては肩甲骨が柔らかくなったり、上半身がつぶれたりするような感覚を持つ人もいます。
破戒への防御反応
からだの錯覚を体感する際に付帯する独特な感覚の一つに「きもちわるさ」が挙げられます。これは、乗り物酔いで想像されるような生理的な不調ではなく、どちらかというと「こわい」「やばい」という言葉から想起される恐怖の体感に近いものです。
実のところ、この「きもちわるさ」は、錯覚が自分の奥深くに届いている聴講でもあります。というのも、このとき無意識が感受している恐れは、今の自分のレイアウトが破壊されてしまうことに対する防衛反応と考えられるからです。
逆に言えば、現実の自分のシステムが構造的に不調な状態にある時、「きもちわるさ」は、現状を改善するきっかけを与えるものでもあります。実際、からだの錯覚を医療に応用しようとする試みは各所で進められています。
こうした効用は、近年話題となっているメタバース(仮想空間)の設計にも大いなる示唆を与えてくれるでしょう。というのも、仮に「きもちよさ」で満たされたメタバースに誰もが競って入り浸るようになれば、現実は急速に荒廃し、人々は幻想の中に閉じ込められてしまうからです。
メタバースに求められるのは、現実を切断することではなく、むしろ現実に対して鋭利な処方箋を提示し続けることにあります。
「きもちわるさ」は、そのようなメタバースの設計にとって、なくてはならない基調音といえるでしょう。
筆者としては、本書が、そのような「きもちわるさ」に親しむ入門書として、より多くの読者の目に触れることを願っています。
こだか・けんり 1979 年生まれ。名古屋市立大学芸術工学研究科准教授。工学博士。「からだの感覚」を通じてミニマルセルフを探求する小鷹研究室「注文の多いからだの錯覚の研究室」(講談社)がある。 https://lab.kenrikodaka.com
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