いつかどこかで

いつかどこかで

ハード・ボイルド考

『 長 いお別れ 』 とハードボイルド考

2006.12.16


ハード・ボイルドと呼ばれる分野の小説が好きです。
ハード・ボイルドってどういうの ? との問に、私なりの定義を言えば、

叙情、感傷 ( センチメンタリズム とか ロマンチジズム とか ) を排した、簡潔な文体による小説手法

ってとこです。
例えば、今これを書くために手元に置いた チャンドラーの 『 長いお別れ 』 ( 清水俊二訳 )を適当に開いて目についた文章です。

彼女は芝生の道を歩いて、もどって行った。私は彼女が家へ入るのを見とどけた。ドアが閉まった。玄関の灯りが消えた。
私は何にふるともなく手をふって、車を走らせた。

ね ? 事実の羅列のみ。感情に関する表現 ( 「 悲しい 」だの「 愛しい 」だの ) は一切なし。
にもかかわらず、“ 私 ” ことマーロウの “ 切なさ ” と “ 諦め ” が胸に迫ってきませんか ?
これがハードボイルドだと私は考えています。

日本では、「 ハード・ボイルド = 犯罪もの ( 私立探偵もの ) ≒ 冷酷・非情・暴力的 」というふうに小説のいちジャンルと思われている
ふしがあり、私はこれが大変不満です。
あくまでハード・ボイルドとは、文体と手法だと考えたい。

Wiki をみると、ハード・ボイルドの代表作家 ( と誰かが考えた )
のリストがのっていました。

ジェイムズ・クラムリー 『 酔いどれの誇り 』『 さらば甘き口づけ 』 ***

ギャビン・ライアル 『 深夜プラス1 』
他 **

マイケル・コナリー 『 ハリー・ボッシュ 』
シリーズ

ミッキー・スピレイン 『 マイク・ハマー 』
シリーズ

レイモンド・チャンドラー 『 フリップ・マーロウ 』
シリーズ 代表作  『 長いお別れ 』 ****

ロバート・B・パーカー 『 スペンサー 』
シリーズ *

ダシール・ハメット 『 サム・スペード 』
シリーズ 代表作  『 マルタの鷹 』

ローレンス・ブロック 『 マット・スカダー 』
シリーズ **

ロス・マクドナルド 『 リュウ・アーチャー 』
シリーズ

マイケル・Z・リューイン 『 アルバート・サムスン 』
シリーズ ***

カート・キャノン=エド・マクベイン 『 カート・キャノン 』
シリーズ *

アンドリュー・バクス 『 バーク 』
シリーズ

                                                      ( 順そのまま  * は、私の好き度 )

おかしいやら悲しいやら、複雑な気持ちになってしまいました。

まず、是非、 ハドリー・チェイスは加えて欲しい。
逆に、これハード・ボイルドかい ? というものも。
嫌いなんじゃなくて、例えば、エド・マクベインは、 『 78分署 』シリーズなど全部読んだけど、むしろ感傷的な文章だと思います。
マイケル・Z・リューイン も好きで 『 アルバート・サムスン 』 シリーズのみならず全作読んでるはずだけど、ハード・ボイルドかっていうと、どうかな ?

いろいろな定義があって、そのひとなりの定義を以ってしても、いろいろな感じ方があるってことですね。


さて、本題。 ( 長い前置き )
何故今日はハード・ボイルドなのかというと。



『 AERA 』 最新号に 『 期待 vs 心配 ? 春樹のマーロウ 』と題した記事が載りました。
長いこと清水俊二氏の訳で親しまれてきた 『 長いお別れ 』 ですが、村上春樹氏が訳したものが刊行されるとのこと。

記事自体はお笑い種。
有名なふたつの場面、バーVictor’s でギムレットを飲むシーンと、リンダとの別れのシーンを、原文と、清水氏の訳文と、チャンドラーファン3人が
村上春樹氏ならと考える訳文を載せているのですが、お、面白そうと思って読むと、3人の訳はおふざけで書いたもの。
馬鹿馬鹿しい。

しかし、原文と清水氏の訳文は興味深く読みました。

To say goodby is to die a little.

「 さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ。 」    ← 清水氏
「 “ さようなら ” と言うのは、命を少し削ることだ。 」    ← 向井万起男

どうでしょうね。
私は何となく清水氏のが好きです。
客観的に読めないので ( その前からの続きとして読んでしまうので )、分からないのですが。

村上氏の訳の方が清水氏のより原文に忠実だそうで、それ故長いのだそうです。
刊行されたら、読んでみようかな、と思います。




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