いつかどこかで

いつかどこかで

『ゴースト・ワールド』

『 ゴースト・ワールド 』 2001米

        監督 テリー・ワイコフ
        出演 ソーラ・バーチ スカーレット・ヨハンセン スティーヴ・ブシェミ

高校を卒業したばかりのイーニドとレベッカは親友同士。特にやりたいこともなく、不満だらけで、人をからかい悪口を言ながら、
だらだらと毎日を過ごしている。
ある日二人は、新聞の恋人募集の記事で目をつけた中年男シーモアに偽電話を掛けて待ちぼうけを食らわし、ふざけて尾行する。
その後もイーニドは何故かその男が気になって家を訪ね、古いレコードコレクターで変わり者の彼に次第に惹かれていく。
レベッカはイーニドと2人でアパートを借りる計画のためアルバイトを始めるが、イーニドはバイトをしてもうまくいかず、2人の気持ちはすれ違っていく。
一方、イーニドとシーモアは奇妙な形の親友となりある夜肉体関係を持つが、その気持ちもだんだんと離れてしまう。


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予備知識もなく、期待もなくたまたま観ましたが、大当たりでした。
調べてみたら掘り出し物でもなんでもなく、良作の呼び声高い話題作でした。(恥

“ 全米ティーンエイジャーのバイブル、完全映画化 ! ここに等身大の青春がある ”  というキャッチコピーで、

“ 全米の若者の間でカリスマ的人気を誇るダニエル・クロウズの新感覚コミックを映画化した
お洒落でキッチュでとびきり切ない低体温系青春ムービー ”
( allcinema )

ということらしいです。まさに “ それ ”。エキセントリックでブラックでシュール。私の中で “ 最高 ” のひとつになりました。


自分を、何となく周りに馴染めない、どこか普通と違う、と感じている人間にとっては心の琴線に触れられまくり、の映画です。
何をやってもいまひとつ上手くいかず、夜ベッドで天井を眺めて呟く、「 また、やっちまった ・・・・ 」 みたいな感覚。挫折感。
同類と思っていた友人たちが、それなりに上手くやっていくのを見て感じる、「 おいていかれた ・・・・ 」 という喪失感。

その “ 違和感 ” は、大きいか小さいかの違いこそあれ、誰もが持つ感覚だと50歳を迎えた今となっては、だいぶ見えてきています。
が、10代では “ 自分 ” が全て。
誰とも仲良く、人気者の “ 彼女 ” の中にもその感覚があるなんて夢にも思わないものです。
だから途轍もなく孤独です。

とはいえ、やはりその感覚が、大きいか小さいか、は重要なポイントであり、
“ 大きい ” ものを抱えた人間はいくつになっても “ 大きい ” ものを抱え続けます。
大抵、折り合いをつけることは上手になります。でも消えることはない。
それどころか、更に大きくなっていくことも。

10代の頃の孤独感と無力感を思い、50の今を思い、そんなことを考えた一本でした。

もうひとつ、大事なファクター。

『 ちびくろさんぼ 』的な黒人のイラストに対する、ヒステリックとも思える一般の反応です。
イーニドはそのイラストを美術の授業で問題提起として発表し、他のクラスメートは、 「 非常に不快 」 と非難します。
問題提起として価値ありと考えた教師は展示会にそのイラストを出しますが、
観衆のあまりの非難に校長から外すよう強制され、イーニドはその後大学への推薦をも取り消されます。

欧米に2週間以上居たことのない、べたべたの日本人の私には、
「 きっとそうなんだろうなあ 」 と思うしかない、感覚として全く分からないところです。

そもそもそのイラストポスターをひと目見ただけで、イーニドは持ち主シーモアに、「 あなた、KKK ? 」 と尋ねますが、
そのこと自体がピンときません。
そしてシーモアの答え、「 そうだよ 」 が比喩なのか、事実なのかさえ分かりません。
ただ、イーニドのアプローチには共感できたのですが。

とにかく音楽が素晴らしいです。
ブルース、と言いたいところですが、ラグタイム ? スティーヴ・ブシェミ演じるシーモアに突っ込まれそうです。



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