日々のあぶく?

日々のあぶく?

July 22, 2009
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カテゴリ:
"ディア ドクター"

彼が姿を消したことにより浮かび上がるそれぞれの人生、医師のついた嘘―

のどかに見える農村、しかし、過疎化、高齢化が進む村に住む人々には問題が。
凄腕医師が僻地で活躍!というわけではない地味な映画だったが、
それこそが現実のように見え、だからこその住民の願い、
医師のついた嘘がいろいろ考えさせられ、いい人ばかりでないことに納得しつつも
嘘の中の優しさ、自分を守ろうとする人の弱さに胸打たれた映画。

だが、ぼやけた輪郭の所もあり、小説を読めばいくらかハッキリするかと思ったのだが、

映画の小説化というよりは、映画のアナザーストーリーが楽しめる作りとなっている。

この本単独でも楽しめるのだろうが、個人的には映画を観た後に読んで良かったと思った。
読みながらあのシーンの重みはこんなにも深かったか!と振り返る場面あり。
・・・映画と同じ時間、シーンは無いのだが。

~ネタバレメモ~

・1983年のほたる
二時間に一本のバスに乗り塾に通うりつ子。
村で珍しい塾通いに姉たちは良い顔をしない。
バスの運転手の一人を胡散臭く思っていたのだが―

鳥飼りつ子(井川遥)の中学受験の頃の話。

・ありの行列

僻地医療、孤独・退屈を倦む老女に翻弄される医師の姿が描かれる。

代診に来たのは瑛太のやっていた役のその後か?

・ノミの愛情
優秀な小児科医で、同僚、部下からも信頼の厚い医師である夫は非の打ち所がないように見える。
外では。家では家族をぞんざいな扱いをするのだが。


乃木朱美(映画のころには離婚したんだっけか?大竹朱美as余貴美子)の結婚時代の話。
医療に全力を尽くしすぎる夫を見てれば、映画での「医者はもういい」の台詞は
初めの印象よりも重く響く。喘息の息子が幼稚園生の頃の話。

・ディア・ドクター
元医師だった父が倒れた。
病院に駆けつけたぼくは父に憧れながらも、その眼差しを父に受け入れられなかった兄のことを想う。

これはおそらく兄が伊野治(笑福亭鶴瓶)なのだろう。
兄は父ではない何かに心を捧げることが出来るようになったのだろうか―
これが治の嘘の原点だったのかもしれない。

・満月の代弁者
僻地医療に携わるものの理想と現実のギャップ、島民の願いに巻き込まれ
島民の都合の良い"いい先生"と化し、早くも辟易してしまい、
4年で別の医師にバトンタッチして島を離れることにした医師が最後についた嘘。
頼りないと思われた引継ぎ医師は彼の嘘を受け継いでくれると言う。

as瑛太の医師のその後もその後。
僻地医療の中で生きる老人、介護する家族の現実はどこも厳しい。
彼もかつての伊野のことを考えることはあるのだろうか?

島を離れた彼の下に急に今の医師が村を離れてしまったので、臨時で村に来てくれとの電話が。
それは、今更かかるはずの無い朱美からの電話だった。
朱美の息子ももう(瑛太が次に働く予定の)病院の人事を担当するような年になっている頃。
共犯ではないのだが、そのような、時を越えた会話を交わす二人に何か救いをもらった気分になるラスト。
気になる伊野治のその後はないのだが、それがあると映画の余韻が打ち消されてしまうからだろうな。





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Last updated  July 22, 2009 09:23:14 PM


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