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「サッカサッカサッカサッカ」と、夫。それを聞いて、「作家」とか「サッカー」という言葉が私の頭に浮かんだ。どうして夫はそんなこと言うんだ? と不思議に思う。「お前がよく言ってるじゃん」と答える夫。言ってないよ、サッカサッカなんて。「ほら、これ」と、夫、音の方に注意を向ける。音の主は、子供。仰向けに寝転がったかたちで、脚をバタバタ。規則的に紙オムツがこすれる音が聞こえる。カサッカサッカサッカサッ、って。この音が聞こえると、私、カサッカサッカサッカサッ、って、音を真似て言うんだけど、夫はそれを、サッカサッカサッカサッカ、と理解したよう。彼の中ではその音が、サッカサッカと聞こえるようになってしまった。確かにさ、カで始めるかサで始めるかの違いだけで、続けて言ったら中間はまったく同じなんだけど。感覚、違うよね。日本人の感覚では、この手の音は、カサッカサッ、でしょう? サッカサッカ、じゃなくて。音の感覚が違うといえば、動物の鳴き声。日本ではイヌは「ワン」、ネコは「ニャー」って鳴くと表現されるけど、イタリアではそれぞれ、「バウ」と「ミャウ」。英語の犬猫もこう鳴くっけ?面白いのが、ニワトリ。イタリアのニワトリは、「キッキリキー」と鳴く。日本は「コケコッコー」だよ、と言うと、「日本のニワトリはおかしい」って言われてしまう。イタリアのニワトリがおかしいんじゃないか。何だよ、キッキリキーって。いや、ニワトリがおかしいんじゃない。毎朝、隣の農家のニワトリが鳴いているのを聞いても、私には「コケコッコー」と鳴いているように聞こえる。イタリア人がおかしいんだ。一体あれのどこがキッキリキーなんだ??人間、自分の感覚が普通だと思ってしまいがちだって、分かってはいる。バウとかミャウは、確かにそう聞こえるけど、キッキリキーだけはおかしいと思っても、私は別に変じゃないでしょう? ねえ、日本の皆さん?
Nov 28, 2003
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今日は子供の9ヶ月半の定期検診の日。思いっきり雨!! しかも、激しく降っている。こんな中をベビーカーで行かなきゃならないのかと思っていたら、夫が送り迎えしてくれるって。ここ数日、ただでさえ鼻をズルズルさせているので、本格的に風邪でも引かれちゃ困ると言うことで、会社を30分抜け出してくれた。9ヶ月半にして身長74cm、体重9800g。今回の検診でも順調な成長。大声で喋っているのを聞いて、小児科の先生、「この音量は男の子ってすぐに分かるわね。女の子じゃこんな声は出せないわ」。ってことは、女の子だったら、こんなに元気じゃないのか・・・。今回は寝付かせるのに苦労すると相談。寝ないんだ、うちの子供、ベビーベッドで。ベッドに降ろした途端、ギャーって泣き叫ぶ。いつまでもいつまでも物凄い音量で泣き叫ぶから、耐え切れない。一度、試しにどのくらいで疲れるかなと放って置いたら、2時間も泣き叫び続けていた。さすがにこっちも我慢できなくなったよ。ベッドに降ろした途端、ベビーベッドの手すりにつかまって立ち上がって、一生懸命ジャンプしてジャンプして、キャーキャー喜んでいることもある。全然寝るどころじゃない。でも、そのうち疲れて、ギャーっと泣き叫び出す。そういうわけで、夜は私たちのベッドの真ん中で寝てる。いけないと分かっていつつも。何度も何度もベビーベッドで寝かせようと努力したんだけど、全然寝ない!! いくら眠くて疲れていても、泣き叫んで訴える。日本の血が流れているだけあって、頑固で、絶対こんなところでは寝るものかと、頑張る。いや、そんなに頑張らなくても良いのに・・・。そういうわけで、小児科の先生に相談した。まずは母乳を与えながら寝付く癖を絶対に取るよう言われた。いつまで経っても、おっぱいがないと眠れなくなってしまうから。そして、ベッドに降ろして、柔らかいぬいぐるみか何かを枕元に置いて、安心させるようにして寝かせて下さいって。でもさ、ベッドに降ろした途端、ギャー、なんだよね。ぬいぐるみどころじゃないんだ。安心するみたいで、顔を私の身体のどこかに埋めて寝付くことはできるんだけど、ベビーベッドじゃそれもできない。・・・とにかくこの歳にひとりで寝付くのに慣れないと、後が大変だから何とか頑張ってと言われた。結局どうすりゃ良いんだ?経験のある方、良いアドバイスがあれば教えて下さい。
Nov 27, 2003
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乳腺炎のこと、昨日書いたけど、私の熱が下がった当日の夜、今度は子供が鼻水を垂らしだした。垂れるだけならまだ良い。日中ならまだ良い。夜だったから、子供は眠い。なのに、鼻水が出て鼻で息ができなくて苦しい。口で息をしながら眠りにつくんだけど、たまに寝返りを打った拍子に鼻で息をしようとする。鼻が詰まっているので、苦しくて目が覚める。仰向けになって口で息をしているときでも、喉に鼻水が下がってきて突然息ができなくなってビックリして目が覚める。とにかく、何かって言うと目が覚める。でも、子供は眠くてたまらないから、グズグズ、グズグズ言うはめに。こういう時は、Acqua fisiolosica、要するに塩水を鼻に注入して鼻の通りを良くしてあげて、と小児科の先生に言われていたから、その手を使うことに。あんまり使いたくないんだけど。子供、泣き叫ぶから。大人だって、水が鼻に入ったら嫌じゃん。5mlのチューブを使い切って様子を見るものの、改善の様子はなし。もう一本使ってみたけど、まだだめ。3本目にしてようやく何となく鼻の通りが良くなった感じ。でも、子供が物凄く泣き叫ぶ。さすがに3本は多いもん。鼻の通りが良くなるまで何本でも使えってアドバイスを受けたから。かわいそうだけど、やらなきゃならない。いびきみたいに鼻をズゴズゴ言わせながら、それでもようやく眠った子供。私もようやく眠れる。時計を見ると、3時。子供が再びグズグズ言いはじめたのが、4時過ぎ。一時間ちょっとしか寝てない。どうやらまた鼻水で鼻が詰まってしまったらしい。そんなわけで、また塩水の出番!! また2本使って、泣き叫ぶ子供をあやしながら、どうにか寝かしつけた。そして6時にまた息ができないと起きる子供・・・。翌日の日曜日はすっかり眠かった。日曜日は一日中、子供、鼻垂らしに。よーく見てみたら、ヨダレもよく出る。たまたま鼻水が切れて、鼻の通りが良くても、機嫌が悪い。いつもみたいにいっぱい笑って遊ぶんだけど、簡単に機嫌が悪くなる。熱はなし。熱を計ってみたら、むしろ、平熱よりも低い。これは、一気に6本生えはじめてきた歯が痛いんじゃないか、と夫。子供の歯の生えはじめは鼻水とヨダレが沢山でることがあるって、どこかで読んだって。日曜日の夜も、月曜日の夜も、上に書いた土曜日の夜ほどじゃないけど、やっぱり鼻水が出て息ができなかった子供。寝付くのに苦労した。昨日、月曜日は結構すんなり寝たな。1時半から朝までぐっすり。明後日の木曜日、定期検診の予約を入れているから、小児科の先生にこういうときはどうするのがベストなんだか訊いてみよう。塩水注入はかわいそうすぎる。私の従姉は、スポイトみたいなので吸い取ってたって言ってたけど、イタリアではそういうことってあんまりしないのかな? 誰に聞いても塩水を使うって答え。
Nov 25, 2003
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うちの夫は職場が家から近いから、お昼ご飯を食べに家に帰って来る。金曜日のお昼過ぎ、お昼ご飯の支度をしていたら、胸が張ってきた。私はまだ母乳をあげているのだけど、たまーにあるんだ、これ。乳腺が詰まって、乳腺に母乳が溜まってしまう。そうするとおっぱいの一部がパンパンに張って、岩みたいに固くなって、痛い。ヒリヒリ、ジンジンする。それを取るために、一生懸命子供に吸ってもらったり、搾乳機で母乳を取ったり。1時半前、夫を仕事に送り出して子供を寝かしつけたら、急に、寒くなった。手足がしびれてきて感覚がなくなってきた。胸が焼けるようにヒリヒリして、神経、とってもイライラ。寒いししびれるしイライラするし、分けが分からないと思っていたら、どんどん寒くなって来る。そのうち全身が震えだした。家の中の気温は22度。寒いはずなはい。私の体調がおかしいんだ。全身が震えまくる。歯がガチガチ言う。胸が焼ける。こりゃイカンということで、とりあえず、コートを着て暖炉の前に座ってあったまることに。全然あったまらない。相変わらず震えが止まらない。そのうち頭がふらふらしてきた。こりゃイカン。薬を飲んで、もう、寝ちゃえ、と、熱の薬を飲んで、寝かしつけた子供と共にベッドに入る。子供が起きても、側にいるから起き上がらないで済むから。2時から5時まで3時間、良く寝た。薬が効いたみたいで、気分が良くなった。痛み止めにも効く薬だから、胸の痛みもあんまり感じない。起き上がってみると、頭がちょっとクラクラ。汗びっしょり。熱が下がったんだ、と、早速熱を計ってみると、38.6度。そんなはずはない。こんなに具合が良くなったのにと、もう一度計ってみても同じ事。・・・ってことは、39度以上あったってことだよね?38.6度という目盛りを見て、頭がクラクラしてきた。病は気から、ってやつなのかな。小学校の頃にも、元気だけどちょっと頭がクラクラするからと、保健室に行って熱をはかったら、39.2度。目盛りを見てベッドに倒れ込んだ記憶がある。時刻はすでに5時。どうしよう、夫に助けを求めた方が良いのかな、今日は6時まで仕事をするって言ってたけど。まあ、邪魔することないか、また寝よ、と決め込んだ。なのに、子供が、お昼寝3時間もしたものだから、すっかり元気になってしまった。ベッドの上で遊びたがる。9ヶ月というのは行動範囲が広がって遊びが広がって来る頃。見るもの何にでも興味が湧いて、触ってみたくなる頃。ベッドの上をあっち行ったりこっち行ったり、落ちやしないかとヒヤヒヤで、私は寝るどころじゃない。自分の具合が悪いときに子供を見ないといけないって、かなり辛い。1時間、そんな状態で我慢。夫が仕事から出るのを見計らって携帯に電話。「どうしてもっと早くに職場に電話しなかったんだ。すぐに家に帰ったのに」と怒られた。だって、大した事ないし。仕事の邪魔しちゃいけないし、と思う私は日本人?夜ご飯の支度を、夫がしてくれて、それを食べて薬を飲んでちょっとだけ寝たら、熱が36度まで下がった。一気に熱がおかげで、頭が割れるように痛い。薬には痛み止めの作用もあるのに、その頭痛にはちっとも効かなかった。さて寝よう、と思ったら、子供がちっとも寝てくれない。そうだよな、お昼寝3時間もしたもんね。一生懸命おっぱいを吸ってもらって、母乳のシコリがなくなった。良かった。子供がようやく眠ってくれたのは、1時過ぎ。翌日の朝は、11時までグッスリ寝て、すっかり具合が良くなった。はぁー、具合悪かった。母乳をあげている皆さん、乳腺炎には注意しましょう。痛いもんね。
Nov 24, 2003
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今年はクリスマスの飾り付けが早くから見られる。いつもなら12月8日の祭日の後から飾り付けがされるのに、今年は11月中旬から、もうクリスマス準備モード。カルフールのクリスマスの売り出しは11月13日から。気が早い、と思いつつも、昨日、週末にバーニャ・カウダをする準備をしなくちゃならなくて、アンチョビとニンニクと野菜を買いに行ったついでに、クリスマスプレゼントを買ってしまった。子供には、イヌの車。イヌの形をしているんだけど、下に4輪がついている。子供がおまるみたいな状態で上に座って、イヌの耳の横の棒につかまって、足で車を前に送って遊ぶ。+尻尾の後ろにつかまって、車を押せるようにもなっている。+子供がまだ歩けない頃には、イヌの頭から尻尾までをグルッと囲む輪を付けて、歩行器みたいな状態で遊ばせることもできる。3通り遊ぶことができて、生後8ヶ月から36ヶ月まで遊べるって書いてあったから、それを買うことにした。今は歩行器みたいな状態で遊ばなきゃならない。歩行器って、本当は、与えないつもりだったんだけどね。あんまり良くないって言うから。まあ、これは歩行器のような作りだけど、歩くのを目的に作られたものじゃないから、良いかなと思って・・・。昨日早速子供をその中に入れたら、足を前の車輪の上に乗せて、後ろから大人に押してもらって喜んでいた。「うほー」とか言って。鼻の下が伸びていた。じいさんみたい・・・。夫には、ラジコンカー。小さい頃からの夢だったんだって。フオーリストラーダ、とイタリア語で書いてしまうけど、日本語で何ていうのか、どうも頭に浮かんでこない。畦道とか走れちゃう車、何ていうの? パジェロとか。フオーリストラーダ仕様で、ちょっとした障害物、人の足の上とかも軽々と超えて行ってしまう。早速イーゴルに見せたら、イーゴルも今日同じ種類の色違いを買いに行って、二人で競争するって張り切っている・・・。イーゴルがちょっと操縦したら、上手いんだ、これが。イーゴルは昔、ラジコンカーを持っていたんだって。うちの夫は一度も操縦したことがなくて、下手! イーゴルとの競争の前に練習しなきゃと張り切っている。・・・26歳、パパ、子供そっちのけで楽しんでいた。子供も、ちょこまかと動くフオーリストラーダを見て、「うほー」とか「きー」とか、叫んで喜んでいた。私も、そんな二人を見て、すっかり楽しんでしまった。だって、反応が面白いんだもん。特に子供の。「さー、クリスマスプレゼント、買った、買った」と、夫。ちょっと待ってよ、私のは? 私は何もなし?「お前のは、なし」それってヒドイじゃん!! 差別だ!!「あ、そうだ。あったぞ、お前のプレゼント」と、カルフールのカートを押し進める夫。ちょっと先で立ち止まって、「これこれ」。箱を掴んで、カートの中に入れる。持ち運びOKな、小さなCDラジカセ。これって、私のためなの? 前からこれが欲しいって言ってたのは夫なんだけど・・・。山に欲しいって。まあ、良いか。どうせ、私も一台、家の2階に欲しいと思っていたところだし。うちのステレオは1階にあるだけだから。11月もまだ下旬に入ったばかりなのに、もうクリスマスプレゼントを買ってしまった。皆さんはもうクリスマスプレゼント、考えてますか?
Nov 21, 2003
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昨日、「中国が恐いですか?」というテーマの番組がTVでやっていて、思わず観てしまった。ちょうど、卓球を紹介しているところだった。二人の中国人がカコンカコンと台打ちを続けているところ。一体、これのどこが中国が恐いに繋がるんだろう? と不思議に思って、思わず観てしまった。どうやら、中国という国を紹介しているらしかった。なるほど。卓球=中国、か。中国、卓球、強いもんな。イタリア=サッカー、みたいなもので、国民に広く愛されているスポーツとして紹介されたわけか。ローマの中国人会の人たちがやってきて、司会者とトーク。「どうして中国人は中国人だけで固まってしまうのか? イタリアという国に生きながら、中国人は中国人社会だけで生きているから、どうも中国人はミステリアスな存在になりやすい」と司会者。これって、言えてる。日本人も、大きな街では固まりやすいって聞いた。大きな街には一度も暮らしたことがないから分からないけど、ローマなんかには、日本語だけ喋って生活しているなんて日本人もいるんだって。しかもそれが、駐在さんの奥さんなら分かるけど、イタリアが好きでわざわざ自らローマに来たって言う人まで。それって、気持ち、全然分からないなぁ。だって、イタリアが好きでイタリアに来たんでしょう? 何で日本人社会の中だけで生きるわけ? それじゃイタリアに住んでる意味ないじゃん。従姉のカルラが前、日本の企業で働いていたときも、日本人は日本人だけで固まるって言ってた。それを私に、「どうしてなの?」って訊ねてきた。何かっていうと日本人同士で日本語で話すし、帰りとかも、日本人同士は食事に誘い合うのに、イタリア人同僚はほとんどお誘いなし、って。どうしてって言われても、そうする気持ち、私にはあんまり分からない。日本人同士、同じ言葉同士、同じ国同士、で通じるものが沢山あるから、やっぱり一緒にいると、イタリア人といるときとは全然違った感覚を楽しめる。それが楽しいから、私も日本人と一緒にお喋りしたり、お出かけしたい。でも、別にいつもそうしたいわけじゃない。せっかくイタリアという異国にいるんだから、現地の人とも交わってみたい。それとも、日本人同士で固まるようになったら、そっちが楽で、イタリア人と交わるのなんてどうでもよくなっちゃうのかな?さて、中国人同士で固まるのはなぜ? という質問の回答は、「80年代に中国人がイタリアに移って来だして、多くの中国人は中華料理屋で働くことに。=現地イタリア人と友達になるような機会がない。だから自然と中国人同士が集まってしまう傾向になる」。確かに言えてる。普通の企業で働いている中国人って、他の外国人労働者に比べて少ない。ヴェネツィアの近くのミラノ(Milano じゃなくてMirano)から、視聴者のおばちゃんが一言言いたくて電話をかけてきた。「ヴェネツィア郊外は、中国人の店だらけ。今までそこで働いていたイタリア人はどこへ行っちゃったの?」。彼らは中国人が進出したおかげで職をなくした、みたいなことを言っていた。それに、中国人、「中国人は、売りに出ていた店を買ったまでで、別に元々そこにいたイタリア人に出て行くことを強制したわけではありませんよ」。そりゃごもっとも。被害妄想もいいところだ、おばちゃん。おばちゃん、どうにか中国人が悪いんだ、と訴えたかったみたい。中国人がこんなにイタリアで商売をしているなんて間違っている、イタリア人がそれだけ職をなくすんだ、みたいなことをつらつらと言っていた。・・・って言うか、中国人って大抵が中華料理屋経営してるわけで、イタリア人が中華料理屋経営してもしょうがないでしょう。だから、彼らはイタリア人の職を奪っているわけじゃない。イタリア人の職を奪うとか言うけど、それもどうかと思うんだ。だって、夫の会社、もう2年も前から溶接できる人を募集しているんだけど、だーれも来ないんだ。来るのは、溶接したこともないような、何でもいいから職を求める人か、経験はあるけど物凄く高い給料を求める人か、外国人労働者だけ。社長が外国人は雇わない方針なので、結局いまだに誰も入社してこない。つまりさ、こういう汚い仕事、イタリア人はしたくないんだ。そこへ穴埋めで、安い給料で働く外国人労働者が入るわけだ。これって日本でもそうだよね。国では貧しいから日本に働きに行く中国人て沢山いるけど、イタリアに働きに来る中国人は、さすがに距離が遠いだけあって、あんまり貧しい人はいないみたい。日本では中国人が組んで犯罪を起こすなんてことがあるけど、イタリアにはそういうことってない。イタリアの中国人は、皆真面目に働いている。次の電話は、ミラノ郊外から(Milanoの方)。「私は国籍はイタリア人だけど、アジア系の血が入っていて、道を歩いていると中国人に間違えられて、いろいろ失礼なことを言われることがある」それって、私もある! 中国人に間違えられる。私の場合は日本人だからしょうがないけど。「イタリア人はどうして中国人と見たら『珍しい』『自分たちと違う』ということで、声をかけないとならないのか? 中国人もイタリア人も、お互いもっとオープンマインドで付き合っていくべきだ。そしたらこういう差別的なことって起こらないだろう」どうなんだろうね。イタリア人は基本的に人種差別をするからな。国内同士でも、出身地がどこだから、ということで差別がある。こういう国民が外国人差別をしないはずがない。どこの街だったか、中国人家族に家を貸した大家さん、近所の人たちに「中国人に家を貸すなんて、やめた方が良い」って言われたそう。最初のうちは、近所の人たち、中国人家族のすることをいちいち伺って、「中国人の家から変な物音がする」などと大家さんに逐一報告していた、というか、「何か起こる前に彼らを追い出した方が良い」という意味で警告していたそう。でも、この中国人家族、とっても落ち着いた普通の家族で、そのうち、近所の人たちも皆分かってくれたって。大家さん、「何から何までしっかりした家族で、その辺のイタリア人家族に貸すよりもよっぽど良い」って。司会者の「イタリア人の中国人に対する接し方は、この20年でどう変わりましたか?」という質問に、「80年代、イタリアに来たばかりの頃は、イタリア人、もっと中国人に対して親切だった。今は警戒心を感じる」と答える中国人。これが、たくさんの外国人がイタリアに流れてきた結果。外国人犯罪が多くなって、イタリア人は外国人にあまり良い目を向けないようになった。番組の最後に、会場の観衆に「中国が恐いですか?」と訊ねると、36%は「恐い」と答えた。中国人が、じゃなくて、外国人が恐いと答える人は、きっともっとずっと多いんだろうな。イタリアって、そんな国です。
Nov 20, 2003
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昨日仕事から帰って来た夫、車なしで帰ってきた。車通勤なのに。最近エンジンのかかりが悪いって言ってたけど、とうとう何か駄目になってエンジンがかからなくなってしまったのかな、と思えば、「そうだ。エンジンのかかりが悪いから今日はメカニックのところに車を持って行こう」と思って、持って行ったんだって。今日の夕方には直してもらえるとのこと。じゃあ、車なしで職場から家まで7キロほどの距離をどうやって帰ってきたのか訊ねると、「メカニックが送ってくれた」。あるのか、そんなこと。ずいぶん親切なメカニックだわ。親切かと思えば何のことはない。話を聞いていたら、メカニック、車の試運転がてら夫を家まで送ってくれたらしい。何だ、そういうことか。一体何がいけないのか?7月にモーターを変えたばかりなのに。メカニック曰く、「モーターはまだ変える必要なかったのに。この問題はFIATパンダにありがちで、オイルをうまく送れなくて起こる問題」。7月にモーターを変えた他のメカニックのところへ行ったら、原因はモーターだと言われた。モーターが古くなってるから変えようって。その後、寒くなってこの問題が起こるようになって、そのメカニックのところへ行ったら、「寒いところに車を置いているからだ。ガレージに入れてみろ」。って言われても、うちにガレージなんてない。何だかんだ理由をつけられて直してもらえなかった。6ヶ月の保証付きなのに。まだ6ヶ月以内なのに。このメカニックは信用できないと言うことで、夫、違うメカニックのところに行くことにした。そうそう、前まではティツィアナのお兄さんのアレッシオのところに行っていた。彼もメカニックだから。アレッシオは、問題解決ができない、仕事が遅い、友達(親戚)なのに値段が高い、で、最悪。彼はこの問題、鎖がいけないって言ってたっけ。昨日夫が行ったメカニックには、また違うことを言われたわけで、これじゃ一体誰を信じていいんだか、ということになる。今度こそは問題解決できるといいな。今までかなり無駄にお金をかけてきたから。ステのフォード、エスコートも、というか、彼女の車は、本当に問題だらけ。2ヶ月に一回はメカニックのところへ行っているような状態。イーゴルとステも良いメカニックにまだ巡り合えていなくて、いろいろなメカニックのところを転々としている。難しいんだな、腕が良くて正直なメカニックに巡り合うのって。そういうわけで、夫、今朝は自転車で仕事に行った。うちから仕事に行くのは良いんだ。下りだから、こがなくて済んで、楽。帰りが大変。登りだから。本来なら、今日の夕方には車が戻って来ることになっているけど、何か問題があって明日に流れたりすると、夫、仕事で疲れているところ、更に7キロの坂を登らないとならない。しかも、最初の4キロくらいはほとんど気付かないような緩やかな坂なんだけど、その後2キロは、坂。登らないとならない。追い討ちをかけるように、最後の600mが、前半半分は下り坂なんだけど、後半半分が、階段のような急な登り坂!! ここは私、歩いているだけでも疲れる。息が切れる。ただでさえ寒いのに、これは地獄だ。疲れているのにこんな辛い思いするんじゃかわいそうだから、ちゃんと今夜には車で帰ってきてくれることを祈ろう。
Nov 19, 2003
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サイトをまたいじってみた。デザインを変えて。前は青とピンクだったのを、冬らしく、青と銀とにしてみた。ピンクじゃちょっと春っぽいからね。ちなみにまだ構想を練っているところなので、そのうちまた変えると思う・・・。ひとまずこの辺で落ち着いておこう。実はこのサイトのタイトル『For Tomorrow -イタリア田舎生活-』と言う。どうしてFor Tomorrowなのかと言うと、まあ、一応、挫けることも多いけど、頑張って明日へ向かって生きているよ、という願いが込められている。『風と共に去りぬ』の、明日は明日の風が吹くさ、じゃないけど。前向きに生きてるよ、ってことで。実はもうひとつの意味があったりする。この言葉は、私の大好きなバンドの曲の名前であり、彼らの公式ファンクラブの名前でもある。このバンド、私、大好きなので、そのうち彼らのページも作りたいんだけど、何せ書きたいことが多すぎて、ページ制作がなかなか進まない・・・。この間、ようやく妊娠・出産ページの3話目を更新したけど、これって3週間ぶりくらいの更新? 育児のページや田舎生活のページ作りはいつになることやら・・・(遠い目)。まあ、ぼちぼち更新していきますんで、お付き合い下さい。さてと、今日は季節物のリンゴをいっぱい手に入れたから、これからシュトゥルーデル作ろうっと。
Nov 18, 2003
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うちの子供、9ヶ月過ぎにして、ようやく歯が生えてきた。しかも、下の歯、2本とも。一緒に生えた。ずいぶん前から、下の歯茎の下に歯があるのは見えてたんだけど、それがようやく外に出てきた。昨日子供をベッドの上にうつ伏せにして、大笑いさせてた夫、「おい、上の歯も生えてる」。下の歯が生えてきたばかりなのに、そんなことってあるの? と私も子供を大笑いさせて、よく見ると、確かに上の歯も2本、ちょこっと顔を出している。数日前まではなかったものなのに。・・・一気に4本も歯が生えてきた。なのに、子供はいつもと変わらず。特にグズることもなし。よく、歯が生えるときは痛くてグズるって言うけど。きっと、あまりにもゆっくりとしたペースで歯が生えてきたから、あんまり気にならなかったんだろうな。その方が好都合。昨日一昨日と、一日中、「あっばっばっばっばっばっば」と言っていた子供。日によって、彼の言葉のブームがあるらしい。よく口にすることが、日によって違う。「まんまん」系の日、「ぱっぱっぱ」系の日、「ばんばん」系の日、「ぎんぎん」系の日、「きー(奇声)」系の日、「ぶー(唇を閉じたまま息を出すから、唇が震えて音が出る)」系の日、「あおー、うおー、おおー」系の日。母にメールで、最近はいっつも喋っているよ、って報告したら、「子供がいっぱい喋るようになってきたら、語彙を増やすために、赤ちゃん言葉じゃなくて普通の大人の日常会話の喋りかたで喋ると良いらしいよ」だって。うーん、実は、前々から、「ワンワンでちゅねー」みたいな赤ちゃん言葉で話し掛けてなかった。「イヌだねぇ」とか、あんまり考えないで普通に話し掛けていた。私は一日中子供と二人だから、暇で、いろいろ喋りかけると、「んぎぎ」とか「おおう」とか「まんま」とか、いろいろ返事が返って来る。何て言ってるのか、私には理解できないんだけど(「まんま」=イタリア語でママ、なので、それを言ってもらえると嬉しい)。笑顔で、そうだよねー、と返してあげると嬉しいらしくて、「んげっ」って笑う。子供って小さいからどうせ何言っても分からないのかな、と思ったら大違い。うちの子供、実はまだ一度もこの日記に名前を書いていなかったけど、タイキ、という名前。いっつも名前を連呼していたら、6ヶ月の頃、「いんぎ」と言いはじめた。「タイキ」と呼ぶと、その都度、「いんぎ」って返す。これって、発音を真似てるつもり??自分の名前分かってるのかなぁ、と思って、試しに子供の後ろでネコの名前を大声で呼んでも振り向かない。ちゃんと子供の名前を呼ぶと、振り返る。これって、自分の名前が分かってるってこと?ちなみに、大声で子供の名前を呼ぶと、子供だけじゃなくて、ネコまでやって来る・・・。あんたじゃないよ。子供の成長って、見ていて楽しい。ついでにネコの知能も成長してくれないかな・・・。もう4歳だから無理か。
Nov 17, 2003
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書くことが多くて、もう今週も土曜日だと言うのに、まだ先週末の話を書いていた・・・。先週末の話の途中だけど、気になるニュースがあったので、話題変更。12日にイラクでイタリア軍警察現地本部への自爆テロが起きたということは、日本でもニュースになっていると思う。全部で19人のイタリア人が亡くなった。12日の朝は、どこのテレビ局でも、緊急速報を流していた。事の重大さが覗える。12日、13日と、イタリア中が怒りの声、悲しみの声。来週火曜日、ローマで犠牲者の葬儀が国を挙げて行われる。負傷者が「自分はここに来ることを自ら望んで来た。こんなことになっても、ここに来られたことが嬉しい。名誉に思っている」なんて言っていたけど、亡くなった犠牲者も、皆、そう思っていたんだろうか? 遺族は泣くばかり。「あと3日で家に帰って来るって言ってたのに、もう二度と帰ってこないなんて・・・」「たったひとりの息子をこんな風にして取り上げられてしまった。自分にはもう何も残ってない・・・」「残された小さな子供たちに何て説明すればいいのか・・・」「帰ってきたら結婚しようって、電話でいつも言ってたのに・・・」。それぞれの辛い想いを涙に濡れて語る遺族の姿をテレビで観ていると、こちらまで辛い。来週火曜日、ローマで犠牲者の葬儀が国を挙げて行われる。その日は追悼のため、店などは休み。国を挙げて追悼しても、遺族の大切な人は、もう二度と帰らない・・・。イタリア中がこの話題で持ち切り。こんなニュースの中、気になるニュースが。国内に住むイスラム教の偉い人が(何て言うのか、位の名前を覚えていないけど、キリスト教の神父みたいな)、10月22日、「あと約10日後にイタリアは攻撃を受けるだろう」と発言したそうだ。つまり、彼は何か知っていたんじゃないか? TG5(カナーレ5のテレビニュース)が、12日、彼にインタビュー。知っている風な喋り方。今後もイスラム圏のイタリア大使館などが的になる。今のところイタリア国内への攻撃はなく、イタリア国内へ直接攻撃をするにはあとまだ6ヶ月はかかるだろう。どこが攻撃の的になるか分からないが、多分ローマが的になるのではないか、と淡々と語る。彼は何か知っているに違いない。このインタビューが流れた翌日、早速、彼と彼の家に取り調べが入った。国内の諸要地の警備も強化。これで何かが変わると良いけど。イタリアにはモロッコなど、イスラム圏から働きに来ている人が多い。私は彼らを恐いと感じることがある。と言うのも、スリに気をつけろ、というのはあるんだけど、そういうことだけじゃなくて。イーゴルとイヴァンの会社にモロッコ人たちとナイジェリア人がいる。9月11日のNYテロ事件があったとき、イタリア人同士が「カミカゼなんてやることが狂ってる。自分まで死ぬなんて冗談じゃない。そんなことできるなんて病気だ。頭がおかしい」と話していた脇で、モロッコ人たち、「してやったり!! 良くやった!!」とテロ事件を喜んでいた。それを聞いたイタリア人たちが、「何言ってんだ。お前たちだったら、カミカゼやったか?」と訊ねると、3人のうち2人は、「俺ならやった。俺達の強さを見せてやる」って。口先だけだったのかもしれないけど、そういう話を聞くと、恐い。そういう人たちと同じ社会に生きているんだなって。犠牲者に、追悼。R.I.P.
Nov 15, 2003
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月曜日にミラノのコンサートに行った帰り、夜開いている屋台のようなバールでパニーニを買うことになった。私は前日からお腹の調子が悪かったので、暖かい紅茶を頼む。紅茶を作っている間、私の顔をチラチラと見る、バールのおじさん。何か言いた気。会計をする際、「君は日本人?」と訊ねられた。なるほど、このタイミングを伺っていたのか。そうだと答えると、「いや、実はちょうど新聞の旅行の広告を見て、日本に行くのも悪くないな、と考えていたところなんだ」。そうなのか。新聞の旅行広告に日本旅行の案内なんて載ってるのか? マニアックな旅行会社だな、と思った。中国旅行やタイ旅行の広告なら見たことがあるけど。「ほら、これなんだけど・・・」とおじさんが持ってきた新聞は、ピンク色。初めてこの紙がピンク色の新聞を見たときは、何だこのピンク新聞は、エロ新聞か? などと思ったものだ。実はこれ、スポーツ新聞。独り暮らしをしていたとき、朝これをキヲスクで買っては学校に持って行ってたっけ。それで、学校で「オヤジみたいに朝っぱらからスポーツ新聞なんて買ってないでよ」と友達に笑われた。懐かしい新聞。おじさんが見せてくれた広告を見ると、何だ、単なる旅行の広告じゃないじゃないか。「日本にミランを応援に行こう!!」というツアーの広告。内容は、ミランの横浜での試合の応援ツアーということで、マルペンサ-成田往復飛行機代、成田から品川の4つ星ホテルへの往復電車代、品川から横浜までの往復電車代、スタジアム入場料、ホテル2泊代、全て込みで、おひとり様1.000ユーロ。安いじゃないか。全部込みで1.000ユーロって。と、感心していると、おじさん、「だろう? だから、日本に観光に行くのも良いなと思って」。つまり、試合はどうでも良いらしい。でもさ、2泊4日じゃ、何も見られないじゃん。時差もあって、デロデロになってて、観光どころじゃないよ。試合をすっぽかしたとしても。せっかく日本に行くんだったら京都も見ないと、と諭すと、「そうかぁ。日本ツアーなんてなかなかないし、あっても2.500ユーロくらいするだろうから、これは良いチャンスだと思ったんだけど・・・」とおじさん。ほんとに観光したいんだったら、いくら安くても、こんなツアーはいけないだろう。このツアーは純粋にミランを応援しに行きたい人のため、でしょう。しかし、2泊4日って本当に厳しい。マルペンサ午後発で、成田に翌日の朝到着。ホテルに移動。その日は自由。翌日試合観戦。翌日の朝早くには日本を発つ・・・っていうスケジュールでしょう? 厳しいなぁ。ホント、観光どころじゃないぞ、おじさん!!
Nov 14, 2003
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日曜日で、子供が9ヶ月になった。あと3ヶ月でもう1歳!! 早いものだわ。順調に成長していて、すっかり重たい。抱えると、ズッシリ、と来る。9ヶ月だから、もう3ヶ月の頃みたいには急激には成長しないんだけど、やっぱり大きくなったな、と感じる。9ヶ月記念に体重を量ったら、9.600gあった。7ヶ月半で9キロくらいだったから、実際には、あんまりは成長してないんだよね。 ただ、最近はすっかりつかまり立ちが様になって、伝い歩きしている。あんまりスピードはないにしても、はいはいもしている。こういうのって、数ヶ月前にはまったく見られなかったから、成長したんだなと感じる。いつも立っていたいみたいで、抱っこの状態から下に降ろそうとすると、足から降りて、座りたくない、と一生懸命脚を真っ直ぐ伸ばしている。座らせると、怒る。 この間まで後追いが凄くて、子供、ボックス(サークル)の中でひとりで遊んでいるからちょっと違う部屋へ行こうと私がすると、すぐに気付いて、ギャー、って。ひとりで遊んでいたときにも、たまに、私の姿を確認しては、遊びに戻る。トイレにも行けなかった。解決法は、テレビ。動きがあるテレビにはしばらくの間夢中になってくれるから、テレビをつけておいて、家の掃除などをする。本当は、小さい子供にテレビを見せるのはあんまり良くないって言うけどね。そうでもしないと何にもできない。最近は、ひとりで熱中して遊べるようになって、サークルの中で大人しくひとりで遊んでくれる。ちょっとだけ手がは離れて助かる・・・。 人見知りも、7ヶ月前から始って、髭の男の人、年寄り、声の大きい人が恐いらしい。そういう人が笑顔で近づいて来ると、ギャー、って突然泣き出す。笑顔なのに・・・。この間、夫が毛糸の帽子をかぶったら、その姿を見て、ギャーって・・・。パパだって分からなかったんだね。試しに帽子を取ってみたら、訝し気な顔をして夫の顔を眺めていた。また帽子をかぶった夫(遊んでる)。子供、すぐさま、ギャー。夫が帽子をかぶったまま、「パパだよ~」とあやしても、全然駄目。子供、ますます泣き叫ぶ。・・・帽子の人も恐いのかな? 1ヶ月前まではサークルの中でひとり遊びがあんまりできなくて、ずっと一緒にいないといけなかったけど、最近はサークルの中で遊ぶのが好きになってきて、サークルの中に置いておけて助かる。って言うのも、畳やフローリングの日本の家だったら、そういうところで遊ばせるのも安心だけど、イタリアの家では、私、どうもそういう遊びが安心できないから。イタリアの家って、普通、全部タイル張りなんだよね。だから、堅い。冷たい。子供が転んで頭ぶつけたら危ないじゃん。普通は、床に絨毯か毛布を敷いて、その上で遊ばせる。でもさ、絨毯、あるんだけど、ダニが心配。ネコの毛も心配。掃除機じゃ吸い取りきれない。分厚くて洗えないし。毛布だと薄いから、子供が引っ張って引っ張ってグチャグチャにしてしまう。毛布の外に出てタイルの上に行ってしまうこと、しばしば。だから、絶対にいつも監視してないとならない。家事をするときは、絶対にサークルの中に入れておく。そうしないと、危ないから。たまに様子を見に行くと、サークルの縁につかまって、中をグルグル伝い歩き回ったり、縁を齧ったり、網に顔を押し付けてみたり・・・(何だかストッキングを被ったような顔になって笑える)。おもちゃをバンバン叩いてみたり、投げてみたり、ひとりで喋ったり、いろいろしている。ああ、サークルの中で遊んでくれるおかげで、ちょっとは手がかからなくなった気がする。でも、結局昼間ほとんどお昼寝しないから、あんまり変わってないかな? あんまり長い間サークルの中で大人しくはしてないし。 8ヶ月のときにも書いたけど、まだ歯が生えていない!! ほんと、少しづつ少しづつ生えてきている様子。まだ、表面に歯が出てきてない。一気に歯が成長してないから、あんまり痛くはないのかな。あんまり気にする様子なし。ちょっと遅いけど、本人が痛がらないならそれで良いか。かわいそうだもんね、痛がってるのを見るのは。 あと3ヶ月で1歳かぁ。ホント、早いなぁ。3ヶ月なんてあっという間だよね。
Nov 13, 2003
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ああ、首が痛い・・・。肩も痛い。歳取ると治りが遅いね。今日はもう水曜日だけど、週末はいろいろあった。書きたいことも多い。昨日はその中でも一番新しいライヴについて書いたから、新しいことから古いことに向かって書いて行こう。月曜日、実は夫、仕事を休んだ。11月最初の週末、祭日の土曜日、日曜日と仕事をした夫、代わりに金曜日に休みをとることにした。でも、急な仕事が入って、それが月曜日に繰越し。金曜日、私の歯の治療の予約を入れていたのだけど、それも月曜日に繰越し。そういうわけで、月曜日の朝は歯医者へ。歯医者の話はこの間も書いた。歯の被せが取れちゃって、それをくっ付けて欲しいって。でも、取れてから時間が経ってしまったので、もう被せははまらない。歯に残った被せを奇麗に取り去り、白いセラミックの歯を模って、新しく治療。これと全く同じ治療を、イタリアですでにしたことがある。夫の歯医者で。同じなのかなと思っていたら、これが、違った。まず、歯茎の根元に麻酔を打たれた。注射で。麻酔が廻ってきた頃、平べったくて固めのゴムを、治療する部分に被せる。治療する部分だけがゴムの表面に出るよう、ゴムを歯の上に押し付け、歯で破って、うまくキツク歯にかぶるように、ギュウギュウ・・・。これがちょっと痛い。ピーンと引っ張られて、痛い。「痛いですか? じゃあもっと麻酔打ちましょう」と、更に麻酔を打つ先生。痛いという感覚がすっかりなくなった。治療が始る。このゴム、日本では一度も体験したことなかったけど、なかなか良いアイデアだと思った。だって、日本だと、っていうか、イタリアの他の歯医者でもそうだけど、治療中、唇や舌をグイーっと指か何かで引っ張って治療の邪魔にならないようにするじゃないか。ところがこのゴムは固いから、指などでそうする必要がない。必要な部分だけゴムの表面に出ているから。今回治療してもらった歯、歯の半分が金属の被せとなっていた。だから、かなり大きい。どうしてこんなに大きいかと言うと、その歯、表面の中心に虫歯ができた。まだ小さいし、忙しくて歯医者に行ってる時間がないからとしばらく放っておいたら、穴が、まるで井戸のように下に下に長くなってしまった。これはマズイ、と歯医者に行くと、穴は、単なる井戸だけじゃなかった。底に秘密の横穴のある井戸になってしまった。つまり、下に広がった穴が、さらに横にも広がっていた。だから、見かけは小さかったけど、実は大きは虫歯。そんなわけで、歯を半分削る羽目に。・・・皆さん、虫歯に気付いたら早めに歯医者に行きましょう。そんな半分の歯、今回は白いセラミックの被せを補ってもらったのだけど、ブオーラ先生、奇麗に歯を造ってくれた。麻酔を沢山打ったから全然痛くなかったし。全部で110ユーロのところを、95ユーロに割引してもらった。これも、嬉しい。歯医者にはとてもお金がかかるから。ついでに、この間から気になっていた親知らずも見てもらった。この間、右上に親知らずが生えてきているのに気付いたんだ。親知らずが生えるなんて初めて。まだ痛くも何ともないんだけど。痛くないんだったらしばらく様子を見ましょう、ということで帰された。痛くならないことを祈りたいけど、またお世話になる可能性、あり。ああ、もう、イタリアで歯医者のお世話になるの、すっかり慣れちゃったよ。あんまり嬉しいことじゃないけど。
Nov 12, 2003
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首が痛くて眠い日ってある。最近ずっとそんなことってなかったけど、今日は首が痛くて眠い。ホント、久々だなぁ、こんな朝って。どうして首が痛いのかというと(眠いのはいつも!)、昨日はアメリカのスラッシュメタルバンド、OVERKILLのライヴに行ったから。またまたミラノへ。いつものメンバーの、イーゴルとステ、私たち夫婦、イヴァン、それからマヌエーレ、プラス、ファブリツィオという、イーゴルの友達の7人で。ミラノに行くに当たって、車は、イーゴルとファブリツィオが提供。夫と私はイーゴルとステに同行。イヴァンとマヌエーレはファブリツィオと。私たちはカップル同士。あちらの3人は、ムサく、男だらけ。ミラノの高速道路の料金所に着いて、私たちの後ろを追っていたはずの彼らを待つ。ところが、全然来ない・・・。携帯に電話をして、どこにいるんだと問うと、「ミラノの料金所」。このミラノの料金所、ちょっとややこしくて、そこからヴェネツィア方面の高速道路に向かうときは左側の料金所に入って料金を支払い、ボローニャ方面に向かうときは、右側で支払う。普通、料金所って払ったああとにこういう行き先の選択をするものだけど、ミラノの料金所はあらかじめ料金所に入る前にその選択をしないとならない。なんせ、料金所を出た後、右側と左側がガードレールで区切られてしまっていて、進路を変えることができないから。いや、ヴェネツィア方面に向かいたかったはずの人が間違ってボローニャ方面に向かってしまったときは、料金を払ったときすぐにそれに気付けば進路が変えられるようになっている。でも、逆はできない。そんな状態の料金所。間違ってヴェネツィア方面に向かわないでね、ボローニャ方面だからね、と彼らに念を押したら、「え? 真っ直ぐそのまま来たんだけど・・・。今料金払ってるところ。今出るから・・・」。ボローニャ方面の料金所に彼らの車は見当たらない・・・。もしや・・・。もしやだ。ガードレールの向こう、ヴェネツィア方面に出てきたよ、彼ら。マヌエーレ、道知ってるはずなのに・・・。「何やってるんだよ!! ボローニャ方面だろうが!! どうすんだよ!?」と窓を開けて叫ぶイーゴル。たまたま、横に駐車場があって、そこから何とかボローニャ方面に彼らが入ってこられるということに気付いて、難なかったけど、ああ、ビックリした。マヌエーレ、免許は持ってるけど、車持ってなくて自分で運転しないから、きっと、道、覚えてないんだろうな。それとも、彼、弾丸みたいによく喋るから、喋るのに夢中になってて気付かないのかも。ファブリツィオもよく喋るから・・・。二人は昨日知り合ったばかりのメタラー同士。きっと、お互いのメタル話に花を咲かせているに違いない。ちょっと後ろを振り返ってみると、二人とも、喋っている。またちょっとして振り返ってみると、まだ喋っている。きっとそんな調子で道を間違えたに違いない。高速の出口を出て、左に曲がる。後ろを振り返ると、彼らがいない!! おい、どうして!? 信号とか何もないのに!! まさかまた間違えたんじゃ!!?急いで電話。ちゃんと左に曲がったかと訊ねると、曲がったけど、その後、見失ったって・・・。おいおい・・・。二人とも、喋るのちょっと止めようよ。今度も何とか合流。ああ、ヒヤヒヤする人たちだわ。会場に着いたのは8時。早い。オープニングの知らないバンドが演奏していた。私たちは、そのバンドのことは全然無視。バンドTシャツをすぐに見に行く。珍しくたくさんある。しかも、女物の小さいTシャツもある!!!!! 普通、ないのに。これはすぐに買い。ステとおそろいで。マーチャンを売っている男の子に思いっきりイタリア語で話し掛ける夫。なのに返ってきた答えは、英語。そういえば、顔がイタリア人じゃない。すぐに私に通訳に入れと指示する夫。って言われても、私だって英語なんて分からないよ・・・。夫はどうも私が英語できると信じているらしい。3年半もイタリア語生活してたら、もう全然使うことのない英語なんて忘れるに決まってるのに。語学は生きたものなんだから。頑張って、片言で何とか意志の疎通くらいはできるけど、これで英語が出来るなんて恥ずかしくて絶対に言えない。今回も、そんな調子。相手も、訛りからしてドイツ人らしかった。英語があんまり流暢じゃない。私よりもずっと流暢なのは確かだけど。イタリアにヨーロッパツアーとしてやってくるバンドのマーチャンの売り子、ドイツ人だったりすることが多い。大抵がドイツのエージェンシーがヨーロッパツアーを企画するものだから、ヨーロッパをバンドと一緒に回るスタッフもドイツ人。そういうわけで、イタリア語が通じない場合が多い。今回の男の子は、ちょっとイタリア語が分かるという感じ。たまにイタリア語の単語を口にしていた。だからこそ売り子に駆り出されたんだろうけど。夫と私とそれぞれTシャツを一枚づつ購入。買い物が済んで、夫が「ありがとう」と日本語でお礼。男の子、「もしもし」と夫に返す。何でもしもしなんだ!? ・・・それがふと頭に浮かんだ日本語なんだって。もしもしを知っているなんて、ちょっとマニアじゃないか、と関心してしまった。別にマニアじゃないって?OVERKILLの演奏が始ったのは、9時20分頃。会場は満員とまでは行かないけど、80%くらいは埋まっていた。始るに当たって、私たちは前の方にいたのだけど、周りを見渡すと、ごっついアニキたちが沢山。このゾーンは激戦区になってマズイかなと、ちょっと後ろに下がる。見渡すと、女の子が結構いる。目の前に、女の子たちだけが3人のグループ。この手のバンドのライヴに女の子だけで来ているって、イタリアでは結構珍しい。なんせスラッシュメタルだから。アニキが多い。もっと軽い音楽のバンドのライヴでも、女の子は男の子と来ているのが普通だし。懐かしいな。私も女友達同士でこんな風にしてライヴに行ったものだ、日本では。タバコの煙が、凄い。ドラッグ吸ってる奴等もいる。ライヴ始る前から、ワキガが凄い奴等がいる。異様な臭いで、頭が痛くなる。もう、どうしてタバコを吸う人がこんなに多いわけ? ワキガが臭いのもたまらない。メタラーってムサイのが多いけど、ムサくてさらにワキガではたまらない。こんなんだから彼女できないんだよ、あんたたち。だってさ、カップルで来ているメタラーの男の子を見ると、やっぱりムサくてワキガって感じじゃないもん。彼女ができないメタラーには何かいけないところがあるんだろうね。ワキガ、とか。ライヴは物凄い盛り上がって、ステージ上のメンバーたちも嬉しそうだった。いや、しかし、彼らを観るのは2回目だけど、凄いんだわ。例えば、ヴォーカリスト、もう40歳で、18歳くらいの息子がいるんだけど、凄いパワフル。この間書いたIRON MAIDENのブルース・ディッキンソンも目じゃないほどのパワフルさ。パワフルすぎて、ライヴ中に倒れたことがある。こんなにオーディエンスが盛り上がるバンドっていうのもあんまりいない。音楽が音楽だからっていうのもあるんだけど。人が人の上を飛び交う。激戦区では、もみくちゃ。何がなんだか分からない。私はいつも通り、腕を振り上げて、ヘッドバンギングして、跳ねて、歌って・・・。3曲目にしてすっかり疲れて、歳を感じた・・・。もう30歳目の前だもんなぁ。そういうわけで、首が痛い。頭の振りすぎ。日本ではライヴ中かなりヘッドバンギングしていたのだけど、イタリアではあんまりしないものらしい。こっちに来て日本と同じようにしていたら、「あんた、頭振りすぎで馬鹿になるよ」って言われたことがある。もう馬鹿かも・・・。イタリアに来て、あんまりヘッドバンギングしないようになったけど、昨日は久々に沢山した。なので、久々のライヴ痛。満足な痛み。それだけライヴが激しくて楽しかった=楽しめたってことで。本当に、久々にとっても楽しいライヴだった。さすがOVERKILL。ギターが一本抜けていたからちょっと音楽の質は落ちていたけど、激しさやカリスマ性でカバー。凄いバンドだわ。新しい曲でも古い曲でも、オーディエンス、かなり盛り上がってた。帰り道、再び、ファブリツィオの車が消えた。おいおい、よっぽど方向音痴、というか、単に私たちの後をつければ良いだけなのに、どうして見失うよ!?後でイヴァンに聞いたら、ファブリツィオとマヌエーレ、二人で音楽話に花を咲かせていて、イヴァンは眠くて寝たかったのに、二人とも声が大きくて眠れなかったって。と言うことは、やっぱり二人とも音楽の話に夢中になって、私たちの乗る車を見失ってたんだ。しょうがない奴等・・・。
Nov 11, 2003
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昨日の続き。今日でようやくこのお話はお終いです!! 長かった・・・。しばらくして、彼女からの連絡は少なくなり、途絶えた。でも、半年に一回くらいは姿を現わす。一番最後は1年前だった。ポストに、彼女からの封筒。中には、夫の若い頃の写真が2枚。彼らが別れたとき、9年間の付き合いの間の写真はほとんど全て彼女が管理していた。それを、夫はくれないかと頼んだそうなんだ。ところが彼女、「あなた、写真は私のもの」、と、一枚も返してくれなかった。それを、別れて3年半後、彼女はそのうちの2枚の写真を夫に返した。しかも、ボケてるものを・・・。これって何か意味あるんだろうか? そして、他の写真はどこへ?時を同じくして、イーゴルに彼女からメッセージ。イーゴルとは、彼女が夫と別れて以来、一度も連絡を取っていなかったのに。「会おうよ」というメッセージ。イーゴルは、何を言ってんだ、誰が好き好んで会うか、って無視。別れた彼氏の兄に、3年半後に一体何の用があるのよ? 夫曰く、「あれは、イーゴルと俺がいつも一緒に遊びに行くのを知ってるから、また昔みたいに皆で一緒に出かけられたらとか思ってんじゃないのか?」。っていうことは、あの写真の意味は・・・。自分の存在をちょっとアピールしてみたかったってこと? そして、残りの写真は、きっとまだ捨ててないよ。それよりずいぶん前に、彼女はもうウントとは別れて、誰とも付き合っていないって風の噂に聞いた。・・・まさか、まだ夫とのことにわだかまりがあるだなんて。3年半も経って・・・。彼女の噂はそれ以来、もうずっと聞いてなかったけど、先日ウントを見た後、立て続けに彼女の話を聞いた。まず、ステ。従妹が働いている店に服を買いに行ったら、彼女とバッタリ。夫に子供が出来たってことを知った、って、あちらから振ってきた。狭い街だからな。噂が広まるのが早い。話の中で私のことを「giapponesina」と呼んだそうな。そう呼ばれると馬鹿にされた気分。普通は小さな子とか年下の子に使う「日本人」という言葉で、見下されているのは、確実。ムカツク。まあ、前は「プッターナ(売春婦)」って私のことを呼んだことがあったから、それよりマシか。プッターナはあんただろうに。彼女は昔から私に引っかかる。私のことをつけたときとか、「お嬢様じゃあるまいし、ちょっとお高くとまりすぎじゃない? 感じ悪いわ」って。別にお高くなんてとまってないよ。あんたの方が感じ悪くないのか? 人の後ろでコソコソそういうメッセージを一生懸命打ってるって。暗すぎるよ。夫と結婚することになったときも、夫の従妹に遭遇して、「結婚なんて早すぎるわ。私とは9年も付き合って一度も結婚したいなんて言わなかったのに、どうして彼女とはこんなに早くに結婚するの?」とか、どこで知ったのか、夫が私に婚約指輪をくれたのについて、「私には9年間も付き合ってて一度もそういう確かな絆の証をくれなかったのに、彼女にはすぐにあげちゃうの? 間違ってるわ」。・・・あなたはその程度の人間だったってことじゃないか、と従妹、思いつつも言えなかったって。ごもっとも。そんな話を書いていたらキリがないので、さっき書いていた話を先に進める。・・・そう、立て続けに彼女の噂を聞いてしまった2番目が、ペッピーノとマニョーラからのもの。この間、ディスコテカへ行ったんだって。そしたら、その夜はヘヴィメタルのディスコ(イタリアではいまだにディスコと言う)と普通のディスコの2つが1会場の中にあった日だったんだって。ヘヴィメタルのコーナーの方に、ペッピーノの実家のご近所の女の子がいたから喋っていたら、側に夫の元彼女もいたんだそうな。そこでも彼女、夫に子供が出来たって話を振る(この表現だと、夫が妊娠したみたいだな・・・。まあ良いか、分かるから)。夫と彼女のストーリーを聞き知っているマニョーラ、「そう、とっても可愛い赤ちゃんなのよ。この世でいちばん可愛いわ。彼はとっても幸せだわ。あんなに可愛い赤ちゃんと、とっても良い奥さんがいて。あんなに良く出来た奥さんは今時なかなかいないわ。イタリア女じゃこうは行かないわ」。いや、彼女、別に本気でそう思っていたわけではないと思う。とりあえず必要以上に誉めまくったんだろう。彼女にイヤミを言いたかったから。「私はね、二股かけるようなやつが大っ嫌いなのよ。とくにイタリア女!! 大して美人でもないくせに、世界征服でも出来ると思ってるんだから、ムカツク!!」。マニョーラは美人なのに、アルバニア人っていうだけで損してるもんねー。夫と彼女が別れてもう4年半経つんだけど、まだ、吹っ切れてないのかな、彼女。いろんなことがあって、私は彼女が大嫌い。彼女も私が大嫌いなんだろうな。でもさ、彼女はいろいろして、鬱憤を晴らせたかもしれないけど、私は溜まったストレスをいまだに晴らしていない。殴り込みに行けなかったから。これ、一体どこで晴らせばいいの?ウントを見て、お前がちゃんとしてなかったから事が余計にこじれたんじゃないか? などと思った。私たち夫婦の後ろには、こういうストーリーがある。夫曰く、「ああいうストーリーさえなければ、俺達は凄く幸せでいられたのに。ああいう邪魔が入ったから、嫌な思いを沢山したり、それが元で喧嘩したよな」。うーん、でもね、私はむしろ、ちょっとウントに感謝しないといけないと思ってる。だってね、きっと夫があそこで彼女のことを最初に捨てていたら、彼女、すぐに夫とウントとどちらが大切か気付いて、夫の元に戻ってきたでしょうに。ウントとのストーリーのことは知らさないまま。それで、彼女とはそれまで通り別れたりくっ付いたりを繰り返していたでしょう。浮気、でもない限り、夫は彼女のことを完全に切り離せなかったと思う。夫がよく、「お前とはもっと早くに知り合いたかった」って言う。そうしたら彼女に浮気されてあんなに苦しい思いはしなくて済んだって。でもね、それって違う気がする。①出会った年の2月20日、私たちは同じコンサート会場にいた。小さな会場に、夫は彼女と、私は友達といた。しかも、お互い近くでコンサートを観た。そのときは私たち、出会わなかったし、夫は彼女と一緒だったから私には見向きもしなかったでしょうよ。②浮気されて苦しい思いをしたから、夫の目が覚めたわけで、そうでなかったら、夫、きっとまた彼女の元へ戻っていたと思う。現に、何度も別れた彼ら、夫はフリーになった途端違う女の子と遊んでいた。でも、最終的にはいつも彼女が泣いて謝ってきたので、彼女の元に戻っていたって。だから、私たちの出会いは、そんな影なくしてはなかった。夫は自分で、そういう体験をして成長したと言う。あのストーリーが、夫の人生を変えた。ある種、ウントは救世主。ウントがいなければ、違う人生を送っていたんだろうから。夫も、私も。ヴァレーリオのライヴでたまたま見かけたウント。顔は覚えた。今度見掛けたら、お礼がてら、ビールくらいおごっちゃおうかな、と思う。ついでにあの頃のストレスもぶつけてやる。そのくらいしないと気が済まない。
Nov 8, 2003
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またまた昨日の続きです。夫が日本人と付き合いだしたという話は、あっという間に広まる。小さい街だから。当然、彼女の耳にも入った。その当時彼女は、夫と別れたことを後悔していた。ウントはなんせ、女の腐ったやつだから、付き合っていても全然面白くない。しかも、元来ギターオタクなもので、日曜日はギターの練習があるから一緒に出かけられないとか言い出す。・・・そりゃ、嫌だわ、彼女として。夫と寄りを戻したいと思っていた矢先、夫に彼女ができたということで、彼女の嫉妬心、爆発。夫は全然取り合わない。無視。どうにかしたいと思った彼女、夫の携帯に電話したりメッセージ入れたり、ポストにメッセージが入っていたり、家の前で待っていたり、夫の職場の前で待っていたり、夫が良く行く店で待っていたり・・・ほとんどストーカー。夜中の4時に泣きながら電話かけてきたり、夜の11時に家に訪ねてきたり。ストーカーだよね、これじゃ。一度、私が電話に出たら、すぐに切られちゃって、でもどうにか夫と話したかったらしく、その後連続で50回以上も電話してきた。それって凄いよ。良くめげなかったな。数えちゃった私も私だけどさ。私、前に電話でそういうストーカー行為に遭ったことがあった。最初のうちこそ、彼女、かわいそうだな。でも、自分で夫のことを捨てたんだから非があるのは彼女なわけで、当然その報いを受けるのも当たり前だから、そのうち諦めるだろうな、って思ってたけど、私、我慢ならなくなって、夫にどうにかするよう頼んだ。夫が、彼女に、私が迷惑がっているから止めろ、と何度警告しても、彼女の行動は納まらない。そのうち大胆になってきて、「(私のことを)そんな女よりも私の方がずっとあなたのことを愛しているのよ。私以上にあなたを愛せる人間なんてこの世にいないの」と夫にキスしようとしたり・・・。いや、だったら今もなお夫のことを大切にしていて、別れるようなことにはならなかったでしょうよ。私の後をつけてみて、夫に逐一報告してみたり。なんかさ、迷惑なんだよね、そういう女。本当に、最初はかわいそうだな、夫はもう信用できない彼女の元になんて戻らないってことが分かったら、彼女、引き下がるだろうな、と私は思っていたのに、全然引き下がらない。夫はきっと彼女の元に戻るんだって信じ込んじゃってる。精神病だね、あれじゃ。彼女はウントとうまく行ってなかったから、余計に私たちのことが悔しかったみたい。夫を取り戻そうとしていた傍ら、ウントとも付き合いを続けていたけど、そのうち、違う男の子と知り合って、ちょっと態度が変わった。「新しく男の子と知り合ったの。カッコイイわ。付き合って欲しいって言われてるんだけど、どうしようかな・・・」って逐一夫にメッセージで報告。いや、そんなこと報告されても困っちゃうね。どうでも良いし。「今さっき初めてキスをしたわ」って、そういう、友達に報告するようなことを再三報告。どうでも良いってば。いや、ちょっと待てよ。むしろ、ここでこの男の子とうまく行ってくれたら、ストーカー行為がなくなるかもしれない。ここは穏便に喜んであげた方が良いかも。「良かったな、満足な相手が見付かったみたいで俺も嬉しいよ」と喜ぶ夫。それを聞いた彼女、何を思ったか、「ねえ、じゃあ、4人で一緒に出かけましょうよ! 昔みたいに一緒に遊ぼう! 私もKatìaと知り合いたいわ!」。おいおい、それって何か違うぞ。私はあんたなんかと知り合いたくないよ。人のこと付け回すような暗い人間とは。夫が「お前は何か勘違いしている」と言うと、「どうして? 私たち9年も付き合ったのよ? 友達としてで良いから昔みたいに一緒にいたいの」。ほら、やっぱり目的は夫じゃないか。我慢していた私、そのうち切れて、彼女の家に殴り込みに行くと宣言。夫に「そんなことして何になる」と止められ、じゃあ、ウントに電話して彼女をシッカリ捕まえておくようガツンと言ってやる、と言うと、「捨てられそうなウントにそんなこと言ってどうする?」。じゃあ一体私の怒り、どこにぶつければいいの?納得行かないまま、黙っていると、彼女、ウントと別れて新たな彼氏と付き合うように。新しい彼氏とはうまく行かなかったみたい。そりゃそうだよ、そんな、違う男の子とで頭がいっぱいな女と付き合うなんて、よっぽどその女の子とが好きでないとできないよ。どういういきさつか知らないけど、再びウントと付き合うことになった彼女。何だ、結局誰かが側にいないと寂しいんだ、彼女は。そんな彼女と付き合うウントもウントだ。ストーカーは、一時ほど酷くはなかったけど、相変わらず続いていた。彼女、「結婚式に招待してくれたら行くわ」とか、わけの分からないことを言っていた。誰があんたなんか招待するか。とことん夫に叩きのめされた彼女の最終的な言い分は、「彼女として付き合うのはもう無理と諦めた。友達としても今は無理。でも、せめて私を許すと言って。私がしたこと(二股かけて夫を捨てた)は悪いことだって分かってる。私が間違ったって分かってる。せめてそれを許して欲しいの」。夫はそれを絶対に許さないと言い張った。許せる行為じゃないでしょう。しかも、ここで許しでもしたら、彼女、また付け上がる。続きはまた次回・・・。長くなっちゃったなぁ・・・。
Nov 7, 2003
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昨日は、ヴァレーリオのライヴに行ったら、ウントを初めてちゃんと見たという話を書いた。さて、このウントの正体はと言うと、夫の前の彼女の元彼氏。話が長いので覚悟して下さい。時は、1999年に遡る。このサイトのプロフィールに、私、1999年に会社を退職して、夢だった世界放浪の旅に出かけたって書いたんだけど、私は2月に旅立った。イタリア、オーストリア、フランスと行って、それからアメリカに旅立ち、その後は南米に行く予定だった。なぜイタリアかというと、私の大好きなブラジルのバンドのコンサートがミラノで予定されていたから、それを観たかったし、イタリアの友達に会いたかった。2月19日、20日と、ミラノでそのバンドのコンサートを観る。その後、オーストリアへ。けどまた再びイタリアに戻ってきて、中部イタリアの小さな町に腰を落ち着け、語学学校へ通った。帰国前に、例のブラジルのバンドが再度イタリアのフェスティバルに出演することになっていたので、それを観に。そこで、そのバンドのTシャツを着ていた夫と知り合った。最初は義姉ステが私に話し掛けてきて、「友達紹介するわ」って。紹介されたのが、今の夫。夫は遠くから私の姿を見て、「あの日本人、美人だなぁ」って言ったんだって(別に私は美人じゃないのに、彼の目にはそう映ったらしい)。夫は彼女に一週間前に別れを告げられて、ちょっと不安定な時期だったから、ステはそんな夫を元気付けようと、「ちょっと待ってて、あたしが紹介してあげるから」って私の方に駆け出した。駆け出すステを夫は止めようとしたんだって。紹介されて、その後どうすればいいんだ、恥ずかしいじゃん。どうせ日本人がイタリア語なんて話せるはずないし、自分は英語話せないし、って。でも、駆け出したステを止めることは出来ず、結局、そういうことになった。私の目には、夫、恥ずかしがってる様子は全然なかったけど。その辺、イタリア人なんだね。こういうのは慣れてるんだ。皆で喋っているうちに、ステに「彼氏いるの?」って訊ねられて、いるよ、と思いっきり嘘を言った私。ホントはしばらく前に別れたから、完全フリーだったんだけど、知らない男の子にそう訊ねられたら、いつもそう答えていた。なんせ、ここはイタリアだから。イタリアにいる、と言うと、ナンパされることが多いと思う方もいるでしょう。その通り。ナンパされることが物凄く多い。これはこの国の文化だな。特に、物珍しい東洋人は、彼らの目には美しいものと映るんだろうな。珍しいから人気があるって言うのは、まるで動物園の猿状態。猿って別に可愛くも美しくもないけど、毎日見られるものでもないから、何となくバナナとかあげてみたくなっちゃうでしょう。東洋人は、そんな感じ。それを、自分は美人なんだと勘違いしちゃう人もいるんでしょうけど、とりあえず私はそうは思わない。でもね、小さい頃からナンパされまくりのイタリア人の女の子なんて、美人じゃなくても自分は美人のつもりでいたりすることがある。あれってある種、悩みとかなくて良いよな、と思う。幸せだよ。猿の話はちょっとあっち置いといて、何の話だっけ? ああ、そうだ、夫と出会ったときの話だ。最初、夫と知り合ったとき、私は夫のこと、何とも思わなかった。面白い人だな、って思ったくらいで。いや、正直言って、私の好きなバンドのTシャツ着てたのはポイント高かったけど。夫の方も、最初、どうせ、私は彼氏持ちだし、って真面目に相手にしてなかった。それが話をしているうちに、物凄い意気投合。3ヶ月後に再開したとき、恋に落ちた(「故意に落ちた」って一発変換で出てきちゃった・・・。故意にどこに落ちるんだ? 普段「恋」なんて言葉は使わないからな。故意に落ちた、の方が私に合う言葉なんだろうな・・・)。付き合い始めの頃って、幸せいっぱい・・・なはずだったんだけど、影があった。と言うのも、夫の元彼女が夫を取り戻したいという嫉妬に燃えていたから。そもそも夫と元彼女、付き合いが長い。夫は私と知り合ったとき21歳。あと1週間で22歳になろうという頃。1週間前に、9年付き合った彼女と別れたばかり。21歳で9年って凄いでしょう? 彼らはお互いが13歳のときに付き合いはじめたんだって。関係は、あんまり良くなかったみたい。最初の5年間は、彼女の家は厳しくて、彼女、週末しか外に出られなかったから、ほとんど付き合っていないような状態。彼女が18歳になったときにようやく普通に付き合いだして、1・2年はうまく行っていたけど、そのうち喧嘩ばかり。月に一度はくだらない理由で別れてはまたくっ付いて、という状態を繰り返していたんだって。そんな状況が変わったのは、彼女が21歳になって働きに出たとき。それまで学校に行っていた彼女、ついに自分の職を持って、自分の車を持って、独立した女を感じはじめたそう。それまでは親の金で遊び、どこへ行くにも彼氏に送り迎えしてもらっていたから、それは自分の行動範囲が広がるよね。新しい人たちと知り合って、大好きだったギターを友達に習いはじめて・・・。そのギターの先生というのが、ウント。それまで9年間、夫としか付き合ったことのなかった彼女、二人だけの個人レッスン中にウントに告白されて、クラっと来てしまったらしい。それで、夫との関係に疑問を抱いたんだって。いつも喧嘩してばかりで、きっと夫はもう自分のことは愛してないんだって思ったんだって。夫曰く、彼女のわがままの喧嘩してただけならしいけど。さすがに長い付き合いだけあって、夫はすぐに彼女がおかしいって気付いた。しかも、相手はウントなんじゃないかって、すぐに分かった。だから二人を別々に摘まんで、「何かあるんじゃないのか? 本当のことを言ってくれ」ってきいたら、彼女、「私がウントと!? 冗談じゃないわよ。あんな不細工な男と!!」、ウント、「そんなことあるはずないよ。友達の彼女を取るだなんて卑怯なことできない!!」。そんな二人に、「本当だな? その言葉に嘘があったらただじゃ済まさないぞ」と、夫。その頃夫は、ちょうど両親が離婚するから家を出て独り暮らしをしようとしていたところ。ただでさえ大変な時期に、態度がおかしな彼女と喧嘩ばかり。今までも別れようと思ったことが何度もあったらしい。後々のいざこざが面倒くさく別れずにいたけど、今度こそはもう我慢出来ないから別れたいと思っていた矢先、彼女から「あなたとの関係に自信がない」と別れを告げられた。自分がしようと思っていたことを相手にされると、拍子抜けってやつ。しばらくはまあ、別れられたから良いかと思っていた夫。それでもやっぱり9年間付き合った彼女にそんな風に別れを告げられるなんて納得行かない。そんなとき、彼女とウントが一緒に歩いているのを見かけた。なるほど、やっぱりそういうわけか、と、夫、怒る。そんなことはない、と彼らが否定したのは、やっぱり嘘だった。2人を捕まえた夫。「警告したよな?」と、まず、ウントに一発食らわせてやると、「俺じゃない。彼女が悪いんだ」と、彼女ひとりをその場に置いて、走って逃げてしまったそう。ずいぶんカッコイイ男じゃないか、ウントってやつは。女の腐ったやつ、とは、ウントのこと?それから、夫はちょっとうつ状態に陥った。彼女にそういう形で裏切られて、悔しかった。長く付き合った相手だから、余計に。もうほとんど、家族の一員みたいだったから。長く付き合ってなくても、そういうときって悔しいよね。私も前の彼氏とは、そのパターン。悔しかった。彼は苦しみからひとりで這い出て、私と再会。よく、新しい恋人が傷を癒してくれたってことってあるけど、彼はひとりで傷を癒し、その数日後に新しい恋人を見つけた。長くて入りきらなくなってしまったのでまた次回。中途半端で済みません。
Nov 6, 2003
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この間、友人ヴァレーリオがライヴをやるって言うので、観に行った。イーゴルとステと私たち夫婦とマヌエーレという面子で。ヴァレーリオはメタル仲間。ベーシストで、普段はMETALLICAのカヴァーバンドをやっているのだけど、今回はもうひとつ、最近始めたバンドのライヴとのこと。はっきり言って、METALLICAのカヴァーバンドは好きじゃない。だって、ヴォーカリストの女が下手クソだし、何よりも、METALLICA自体、私は初期しか好きじゃない。今回は、ハードロックバンドだって言ってたけど、久しくヴァレーリオのライヴに行ってないから、久々に観たいなと思って、行った。場所は、知らないパブ。この辺でメタルを演奏するパブって、大体知ってるはずなんだけど。入ってみると、メタルパブではないにしても、とってもワイルドな感じのパブ。壁に斧とか飾ってある(笑)。入り口付近にヴァレーリオ発見。ステージの準備をしている最中だった。二言三言言葉を交わして、メンバーを見ると、あれ、どっかで見た顔がいる・・・。あれって、アルミタワシその①じゃん?今はもうなくなってしまったけど、この辺で有名だったメタルパブの常連だったうちのひとり、アルミタワシその①。凄い名前だけど、髪の毛が、まるでアルミタワシみたいなんだ(笑)。物凄い細かいグルグルで、しかも中途半端に長髪で。何度か話したことがあるんだけど、名前を覚えてないので、私たちの中では、「アルミタワシその①」というあだ名がついていた。その①と言うくらいだから、実はその②もその③もいる(笑)。アルミタワシみたいにクルクルした髪の人、結構いるからね。しかもそれが長髪となると、余計にアルミタワシみたい・・・。ところが、アルミタワシその①、もうアルミタワシその①じゃなくなっていた。髪を短く切っちゃったんだ。同じく長かった髪を夏に切ってしまった夫と、「お互い変わったな」なんて話していた。アルミタワシその①はいつもワイルドな彼女を連れていたんだけど、見当たらない。彼女とは別れちゃったんだって。3年もずっと一緒に仲良さそうだったのを見ていたから、ちょっとショックだった。アルミタワシその①よ、ほんとに変わっちゃったんだね。何か、悲しいな。変わっちゃったけど、君はアルミタワシその①というあだ名のままだろうけど。本名分からないし、今更訊くのも失礼でしょう? 実はヴァレーリオも、最初、名前を知らなくて(覚えてなくて)、でもピネローロという町に住んでいるというのだけ覚えていたから、「ピネローロ」と呼んでいた。彼もアルミタワシその①と同じで、もうなくなってしまったメタルパブの常連で、お互い知り合ったうちのひとり。家が近かったし、音楽の趣味が近かったから、アルミタワシその①みたいな単なる知り合いじゃなくて、友達になった。空いているテーブルを確保し、ビールを頼む。母乳をまだ子供にあげている私は、ジュース。飲み屋に行ってジュースって、悲しい。ああ、早く赤ビール沢山飲みたい!!ビールが入って、普段から陽気なのに、更に陽気になって来る私以外の4人。笑談。ジュースの私まで酔ったように笑いまくる。やがて始ったライヴ。DEEP PURPLE、OZZYなどのカヴァーだけじゃなく、MANOWAR、PRIESTなどのメタルのカヴァーもふんだんに演ってくれた。どう聴いても、ヴァレーリオ、ひとり浮いてる。ひとりで上手い。アルミタワシその①はギターを弾いていたけど、彼って確か普段はヴォーカリストだった気がする。彼がヴォーカル取った方が良かったんじゃないか? このヴォーカリストも下手じゃないけど、別に、普通。途中、ステがトイレに行きたいというので、一緒について行った。トイレのドアを開けると、目の前に洗面台があって、左側に個室のドアが。一個しかないみたい。私たちがトイレのドアを開けたとき、洗面台で手を洗っていた男の子がいた。手を洗い終わって、トイレから出ようと踵を返した彼、ステを見てビックリしたように「チャオ!!」と挨拶。彼を見て、同じくステもビックリしたように、「チャオ!!」。彼の顔を、よくは見なかったけど、多分私の知らない顔。見覚えがない。彼が出て行った後、心臓に手を当てるステ。あ、やっぱりビックリしたんだ。私を見て、笑う。何がおかしいんだろう?「ああ、ビックリした。今の、誰だか知ってる?」。知らないよと、誰? と訊ねると、「ウントよ」。 私の目の色が、変わってしまった。あれが、ウント!! あの有名な!! もっとちゃんと見たい!!トイレから出て、イーゴルに今起きたことを伝えるステ。私も夫に、同じように伝える。夫の目の色も、変わる。「今、どこだ?」。知らないよ。人込みの中でしょう。その後、イーゴルとマヌエーレと夫の男3人でトイレに行ったとき、ステが、「ウントの顔、見た?」と訊いてきた。見てないと答えると、「もうすぐ私たちの目の前を通り過ぎるよ。グレーのセーター着た人」。どこだろうと周りを見渡すと、いた、グレーのセーター。20年くらい前のアイドルみたいな髪型。そういえば、トイレで見かけたのはこんな感じの人だった。通り過ぎた瞬間、「不細工だよね」とステ。うーん、確かに、不細工といえば不細工。・・・まあ、私の中では普通の人だな。この間書いた、ラグビーのワカルワよりはマシだろうか? うん、あれよりはマシだ。ワカルワはホント、不細工だった。ステには不細工だとは答えなかった。むしろ、気になったことが。ウントのくせにウントじゃない。「ウント」というのは彼のあだ名。本名はアンドレアって言う。ではなぜウントかというと、ウントはイタリア語で「油っこい」という意味。脂ぎっていたんだって、彼。肌とか髪とか、ベトベト、って感じで。実は私、彼のこと、何度か見かけたことがある。彼もメタラーなので、当然。メタルパブにたまにいた。ライヴにもいた。ただし、そういう場所は、①薄暗い、②大抵遠くにいるときに「あれがウントだ」って言われて、視力が悪い私は全然よく見えない。あとは、通り過ぎてから「今のがウント」って言われたこともあった。だから、一度もちゃんと間近で見たことがなかったんだ。でも、確かに髪の毛がベタッとしていたのを覚えている。だから、なるほど、ウントなんだ、って納得していた。トイレから帰ってきた夫に、ウント見たよ、と告げると、「俺達もすれ違った。イーゴルにはちゃんと挨拶したのに、俺とすれ違うときは視線を落としてた。嫌われたな、俺」。嫌われてるんじゃないよ、きっと、恐いんだよ。「残念だなぁ。コーヒーでもおごってやろうと思ったのに。ま、金を無駄使いしなくて済むから良いか」。いや、私から是非、コーヒーどころか、ビールおごってあげたいくらいだよ、ウントには。直接知らない人だけど。さて、今これを読んで下さっている方は、一体このウントとやらは何者なんだと思っていることでしょう。ウントとの関係は長い話になるので、また次回。
Nov 5, 2003
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イタリアではアルバニア人と言うと、「泥棒」みたいに思われている節がある。アルバニア人と聞くと、嫌ーな顔をするのが一般的なイタリア人。私の友人、マニョーラは、アルバニア人。苦労することが多いって、話はこの間書いた。この前、アルバニアについていろいろ話していたんだけど、すっかり違う世界を感じた。私が生まれ育った日本とも、現在住んでいるイタリアとも違う世界。マニョーラは私と同い年の29歳。アルバニアは、彼女が15歳のときまで、まるで刑務所みたいだったって。15歳と言うと、1989年。ベルリンの壁が崩壊したり、東ヨーロッパに変化があった頃。アルバニアにも変化があった。それまでの政権が崩壊。国が大きく変わった。それと共に、過去の歴史的建造物まで破壊されちゃったんだって言うから、凄い。人々はそれまであったものをもう見たくもなかったんだって。だからって歴史的建造物まで壊すことないじゃん・・・。おかげで今のアルバニアには観るものが何にもないんだって。家や会社があるだけで。15歳のとき、彼女は初めて外国の音楽を聴いた。それまで、外国の音楽を聴くことは禁止されていたんだって。何もかもが目茶苦茶になった国で、仕事なんてなくて、アルバニアで泥棒して生きるか、外国で泥棒して生きるか、真面目に外国で働いて生きるか、という選択肢しかなくて、その頃、少しづつ、国民が外国に流れ出した。最初は男の人たちだけ。更に少しづつ女の人たちも。将来を考えて、マニョーラも1990年、高校を中退してギリシャに働きに出たそう。その頃はまだ女の人の出国が珍しい時代だったから、堅い考えの両親に大反対された。でも、将来が見えないからと、家出同然で出国。その後マケドニアに6年いて、イタリア人と結婚したお姉さんがいたヴェネツィアへ。一旦国に帰って高校を卒業、再びイタリアに戻ってきたそう。仕事探しには、アルバニア人というだけで、苦労したそう。生きるために、イタリアに泥棒をしに来るアルバニア人が沢山いるから。当然、世間の受けるイメージも悪くなる。年を重ねるごとに、世間の目がどんどん冷たくなって行った。仕事が見付かったとしても、大した仕事は見つけられないし、社員として雇ってもらえることなんてまずない。いつも、いつでも切り捨てられる、バイトとしてか、正規な雇い方でない形で。マニョーラは苦労しているだけあって、甘い考えがない。イタリアに生きているけど、イタリアが好きでここに生きているわけじゃない。好きな人がイタリア人だったからイタリアに来たというパターンでもない。生きるために、職を得るためにイタリアに来ただけで。日本人の私たちには、こういう感覚って分かろうにも分かれない。私たちは恵まれた国に生まれ育っていて、アルバニアの人たちのように「自分の祖国で泥棒を働いて食べていくか、それとも外国に行って泥棒をして生きていくか(アルバニア人はすでに仕事を見つけるのが大変なので、そのくらいの覚悟も必要だとか。女性なら、売春婦という手もある)」の選択を迫られることなんてない。私は自分がそういう選択を迫られる立場になったらどうするんだろう? あまりに違う世界のことで、考えられない。こうするかもしれないし、ああするかもしれない、なんて、仮定形、実際には当てにならない。マニョーラはアルバニアでは普通の家庭で育ったそう。両親は一軒家を持っていて、兄弟はちゃんと皆学校に行っていて・・・。日本の同和問題の話になったとき、アルバニアにもそういう、えた・ひみん、みたいな階級があるんだって言ってた。普通の家庭はそういう家庭出身の人と結婚するとなったら、絶対に親戚に反対されるって。日本じゃもうあんまりないと思うんだけど・・・。マニョーラは、自分はアルバニア人としては恵まれているって言ってた。普通の家庭出身で、しかも、両親がイスラム教徒じゃなかったから。アルバニアでは、キリスト教徒とイスラム教徒が多いそうなんだけど、もし両親がイスラム教を信じていたら、両親の反対を押し切って外国に行くことなんてできなかったって。マニョーラからこういう話を聞くたび、私は切なくなる。どうして世界はこうも違うものか・・・。
Nov 4, 2003
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義姉ステの職業はエステティシャン。今はもうそんなにたくさんは来ないそうだけど、夏の時期は毎日毎日、脱毛のお客さんばっかりなんだって。そりゃそうだよな、夏っていえば肌の露出度が高いから。・・・でもさ、夏だけエステに脱毛に行っている人って、冬は脱毛しないの?? どうせ長いパンツ履いちゃうから見えないし、良いかぁ、っていうことになるの?ずっと前、ステと二人で買い物に行ったとき、スーパーで、彼女の夫イーゴル目当てに過去にしつこく付きまとっていた女っていうのを見かけた。今風の格好をした女の子。小奇麗にしていた。その時ステ、「ああいう女って、パンツの下は毛だらけなんだよね」と一言。嫌いな女に対する、イヤミ、ってところ? でも、テステティシャンが言うんだから、いろんなお客さんを見ていてそういう判断ができるのか?脇の下ものばしっぱなしなのか、と突っ込みを入れてみると、「有り得るわ」。イタリア人て、無駄毛に対して、無頓着というか・・・同じ女として、恐ろしい。夏とか、特に、見たくないものを見てしまう。夏ってノースリーブを着ることが多い時期。両腕をバッと挙げたときに、脇の下に男の人並みな立派な毛が・・・。ううっ・・・気持ち悪い。若い今風の格好をしている女の子はさすがにそういうことないけど、30歳以上になると、そういう人も多い。ちゃんと処理しないんだったら、ノースリーブ着るなよな。恥ずかしいと思え!!イタリアには天然の金髪の人もいるけど、色素が濃くて天然の真っ黒な髪の毛の人も多い。イコール、日本人顔負けの毛深い女の子も多い。すっごい剛毛。私は自分で、日本人としては剛毛な方かなと思う。無駄毛が。なのに、ステ曰く、「とっても柔らかい毛ね。取り易いわ。お客さんが皆katiaの毛みたいだったら楽なのに」。友達と見せ合いし回ったら、私より毛が薄いのはエリカだけ。彼女は金髪だから。他の人たちには、「良いわね、無駄毛薄くて」と羨ましがられる。そんな国なので、スーパーに行くと髭専用の脱毛剤があったりする。もちろん、女性用ね。男性用じゃなくて。しかも、結構種類があったりする・・・。髭脱毛なんて日本では聞かないよね。エステティシャンのステからは、いろんなお客さんの話を聞くんだけど、いちばん笑えるのが、Tバックの話。イタリアでは若い子はTバックを履くのが普通。私はあの食い込み感が気になって、どうも履けない。日本によくある、アウターに響かないショーツを探すんだけど、これがなかなかない。バックにラインのない、あれね。どうも見つからないので、日本で買ったのを長持ちさせたり、仕方なくTバックを履いてる。みんしゃさんの日記で前、Tバックの話が書かれていたけど、そう、私もこっちに来たとき、女の子たちのパンツの後ろから覗くTバックが気になっていた。恥ずかしいことだと思っていた。しゃがんだときはもちろんだけど、普通に歩いているときでも見えてる人がいて・・・。ところが、夫に言わせると、「どこが恥ずかしいんだ?」。白いパンツの下に黒いショーツを履いていて、ショーツのラインも色も丸見えな人とかいて、恥ずかしいと夫に言うと、それも、「どこが?」という反応。友達と買い物に行ったとき、彼女、ブランド物のTバックがセールなのを見つけた。全体にそのブランド名が沢山入っているやつ。デザインも色もあんまり気に入らないけど、買うわ、と彼女。どうして気に入らないのに買うのか訊ねたら、「だって、しゃがんだときにパンツの下にブランド名をチラッと覗かせるのが良いんじゃない」。つまり、あの下着覗かせは一種のファッションなんだ。ところで、ステが語ったTバックの話なんだけど、そんなファッションとはまったく関係のない話。お客さんで、Tバックを前後反対に履いてる人がいるんだって!! TバックじゃなくてTフロントだよ、それじゃ。履き心地、そうとう悪いだろうに、本人、それが正しい履き方じゃないっていうのに気付いてないみたい。今度、勇気のある方は、Tフロント、試してみてください。私にはそんなことする勇気、ない・・・。そんなもの見せられて、笑わずに黙ってないといけないステも大変だな。ただでさえ、仕事、大変だろうに・・・。
Nov 3, 2003
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今日はもう11月1日。ってことは、日本では年賀状が発売されはじめたんでしょう??年賀状って言うと、今年ももうすぐ終わりなんだなぁって気になる。実際にはあと2ヶ月もあるんだけど。年賀状って、人の性格が出ているよね。毎年元旦にちゃんと年賀状が届く人は準備が良い人。3日ごろに届く人は、いつもギリギリにことを済ます人。年末にまとめて一生懸命書いたんだろうなって想像できる。5日くらい以降に届く人は、これ、きっと年賀状を書いてくれた人にだけ返事を出すタイプなんだろうな。私は、3日ごろタイプ。年賀状はいつも自分で描いたイラストを、印刷会社で働いていた母に頼んで11月下旬に印刷してもらって、その後自分で一枚づつ違う着色。まず外国にクリスマスカードとして出し、その後年賀状の準備。クリスマスカードは12月10日ごろまでに、年賀状は、だいたい、12月28日か29日に出していた。なので、遠方だと、元旦にちゃんと着かない。皆さんは、どのタイプですか?懐かしいな、年賀状。このシーズン、いつも絵を考えていたシーズンだったっけな。イタリアには年賀状なんてもの、ない。クリスマスカードを出す習慣もあんまりないみたい。いや、もちろんあるにはあるけど、私の周りではすっかり携帯でメッセージを送るのが習慣になってしまっている。時代は進化したんだな。何か味気ないね。去年、ライコスの日記に「ブラジルの友人にクリスマスカード出さなきゃ~」って書いた覚えがある。ギリギリに。今年は、もっとちゃんと早く出そう。イタリアに来てから出さなくなっちゃったけど、例の7月にマルケで会ったブラジル人ミュージシャンたちにも出そう。こういう機会じゃないとメッセージを送る機会なんてそうそうないからね。最近ご無沙汰な人にも出そうかな。ほんと、こういう機会じゃないと連絡取る機会ってないもんね。それにしても、メリー・クリスマスにはまだちょっと早すぎか??
Nov 1, 2003
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