ココ の ブログ

ネット映画(2)

ネット映画(2)

 韓国映画や韓国ドラマを毎日の様に観ていると簡単な言葉を覚えてしまう。「おはようございます・今日は」を丁寧に言えば「アンニョンハシムニカ」だが、少し簡単には「アンニョンハセヨ」又は「アンニョン」となる。「はい」は「デ―」で「分かりました」は「アイエス二ダ」となる。父親は「オモニー」とか「オッパー」で母親は「オンマー」となる。だから日常会話で簡単なものは翻訳の字幕が出ない。画面から当然ながら分かるだろうと省略されてしまうらしいのだ。聴いていると日本語に深く入り込んでいる言葉の多いのに驚かされる。考えて観れば隣国なので当然自然の成り行きなのだろう。かつての台湾の様に日本の植民地であった事や山口県下関市から毎日、関釜フェリーが出ているぐらいであり、釜山は地図で観れば実に日本に近く、台湾よりも近いのである。それなのに戦前の植民地政策に依る後遺症で、近くて遠い国になっている。

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 普通に使って居る言葉で「独身者」の事を「チョンガ」と言ったり「平気だヨ」とか「ヘイチャラだ」と言うのもそのものズバリ「ヘイチャラヨ」と言うので驚いた。韓国語(朝鮮語)も元は漢字を使って居たから日本語と同じ発音の言葉があっても不思議はない。会話の節々にそういう言葉が出て来て「おや、日本語が韓国語になったのか」と想わせるのもある。建築関係で陰語として使う「現場事務所」の事を「ハコバン」と呼ぶのもそのままだし、兎が「ピョンピョン」と跳ねると言う形容詞もそのままである。場所の名前でも、ボクの郷里の京都の「東洞院(ひがしのとういん)」とか「西洞院(にしのとういん)」通りに使われている「洞(とう・ほら)」も韓国や中国でも地名に使われている。そもそも「奈良」という意味は「ナラ(国の中心)」という意味である。言葉の文法や構文も日本語と同じである。

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 ところで、大阪市内に鶴橋という処があって其処には朝鮮人・韓国人・在日の人々が多く住んでいる。東京では新宿の北方面(大久保)にも多くの韓国人が居る。現在の韓国の李明博大統領が鶴橋で生まれ育った事は有名だし、北朝鮮の新たな将軍になった金正日の三男の母親も鶴橋が故郷である。そういう意味では日本は南北朝鮮に良い面でも悪い面でも大きな影響を与えている事になる。ヨーロッパで言えば各国の国王や貴族が殆ど縁戚関係にある様なものである。要するに日本は極東の掃き溜めの様な位置にあるからシルクロードを通って絶海の孤島である日本にたどり着いたという事であろう。その先の太平洋は古代人には越す事が出来なかった訳で、中には小さな船で決死の想いで大海原に漕ぎだしてハワイの方へ向かった人々も居たかも知れない。尤も、太古の事は分からないが、その昔、太平洋の真ん中にム―大陸があったという。

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 その伝説を信じれば大いなるロマンを感じ、もし仮に、それが在ったとする考え方で推し進めれば、ム―大陸は地殻変動で沈んだとされ、ハワイやポリネシア等はム―大陸の山々の一部だったと考えられない事も無い。その証拠に海底から古代の文化都市があったとされる遺跡や遺物が発見されているという。それは沖縄近海においても似た様な石の構造物が海底から発見されている事でも有力な証拠に成ると想うのだ。いづれ埋蔵文化財が海底から次々と発見されれば研究成果も上がる事だろうが、今は単なるロマンでしか無いから、遥か50億年前に地球上に生き物が発生したという人類の先祖の事を考えてみるのも面白く、精々その辺りが人間が想像する限界であり現代科学の考えが及ぶ関の山であろうとボクは考えるのだ。確定した証拠が在る訳でも無い以上、想像の域を出ないが、太古の時代に地球上をさ迷った人類の事を考えてみるのも面白い。

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 人類の最初は黒人としてアフリカに出現し、それ等から白人種と黄色人種が派生し、地球を移動して行ったというのが定説になっている。日本人のルーツは黄色人種のモンゴロイドとされ、ロシアと中国の中間辺りに生息していたのが更に東進し、日本や南アジアやアメリカに移動して行ったと言う。そういう観方をすれば北方のイヌイットやネイティブ・アメリカンや南米の現地人もオ―ストラリアのアボリジニも皆ルーツは同じ様に観える。日本で言えば縄文人と弥生人が夫々大陸から渡って来て数千年の時間を掛けて融合して行ったのだろう。一方、白人種はヨーロッパで生息し、過酷な自然条件の中を生き抜き、文明も発達し、やがては黄色人種と同様に南北アメリカ大陸やオーストラリアへ移住して行き、大航海時代にはアジア・アフリカを次々と植民地にして行くのである。文明の利器を大いに活用して人類は急激に地球上に広がって行き、地球上で一番ずる賢く強い生き物として君臨して行くのである。

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 そういう背景を考えてみれば現代の我々の文明や文化はほんの僅かな期間の事でしか無い事が分かる。50億年もの太古から延々と生きて来た人類も、たった数千年か一万年程度の歴史しか持たないのである。しかしながら果たして人類は急激に目覚め発展して行ったのかという疑問も当然ながら湧いて来る。別の観方をするなら人類は破壊と建設を何度も経験して来たのだとも考えられるのである。核戦争を何度も経験し人類は何度も生まれ変わったとする考え方が案外有力な説となっているのも其処に現実味が感じられるからだろう。それは何と愚かな生き物だろうと想えるものの、それが人間の本質であるなら今後も同じ様な事を繰り返して行くのではないかという疑念も湧く。そして諦め絶望し、又もや延々と時間を掛けて地球の歴史は始まり同じ様な事を繰り返して行くのだろう。まさしく其処に仏教思想が感じられるのである。(つづく)

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