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その後の福島第1原発(6)

その後の福島第1原発(6)

 処で、今回の東北大震災で事故を起こした福島第1原発は、事故処理も満足に出来ない状態から廃炉にせざるを得なくなってしまったが、全国にある他の原発は未だ廃炉が決まって居ず、殆どが小さな事故を起こしてばかりいて点検中で半分以上は運転休止中である。そういう背景もあって今回の事故で慌てた政府は、東海大地震が起きる可能性の高いとされる静岡の浜岡原発を急きょ運転休止に決定し、中部電力もそれを渋々受け入れ運転は休止された。が、廃炉と決まった訳ではない。だから当初の歓迎ムードから一転して菅首相の支持率回復の為のパフォーマンスではないかと言われている。電力会社9社(北海道、東北、東京、中部、北陸、関西、四国、中国、九州)にすれば大事な稼ぎ頭を失う事は経営の根幹にかかわる。

玄海原発(九州佐賀) 玄海原発(九州佐賀)

 たまたま沖縄電力に原発が無かったのは幸いだが、確かに電力会社の原発には問題はあるものの今すぐ廃炉にするにはバックアップ態勢が整わない限り難しい問題ではある。存続は心情的には分かるが、冷静に考えれば何時起きるか分からない大地震に備えるには運転休止とするのが人間の理性と知恵というものである。但し、代替発電として従来の水力と火力による発電に加えて風力やその他の発電方式を大至急に補強すべきとするのが常識的な線だ。しかし、大事な事を忘れている。それは燃料電池という個別発電方式を早く全国に普及させる事である。水を電気分解すれば水素と酸素に分かれる。その原理を逆にしたもの(水素と酸素を結合させる方式)が燃料電池である。既に実用化されている。

川内原発(九州鹿児島) 川内原発(九州鹿児島)

 それなら直ぐに普及しそうに思えるが、現実は太陽光パネル方式の方が普及している。その訳は経済産業省のやり方が偏っているからだ。小型の風力発電方式も実用化しているのに不採用となり燃料電池も不採用のままである。電力会社の横やりで普及が遅れているのだ。そもそも電力会社は大量に発電する事で成り立つ商売である。消費者が自前で個別に発電すれば商売は上がったりという事になる。更には発電のみならず配電も事業に入っていて、実に大量のロスを生じる遠方からの送電方式を採って居るのも問題だ。配電だけを電力会社に任せ、発電は別の組織が行う事にすれば電力会社の体質も変わると言われる。昔はそうだった。しかし戦後の財閥解体で電力会社は全国に分散され9社となった。

伊方原発(四国松山) 伊方原発(四国松山)

 後に沖縄が米国から返還されて10社の電力会社になったが、基本は9社である。中でも関西電力が一番歴史が古く、力をもっている。琵琶湖から流れる宇治川に水力発電が明治期に出来て以来の会社であり、関西電力の前の名前は関西配電であった。発電と送電とは別組織であった。会社の名称は変わったが、今でも大阪に宇治電ビルが残っていて電力会社の象徴になっている。水主火従(水力発電がメインで火力発電は次という状態)の名残である。今は火主水従というよりも原主火水従というところである。如何に原発が普及したかが分かる。原子力政策とそれまでの膨大な資産で電力会社が戦後の財界で優良企業のトップであった訳である。国鉄も電電公社も郵政も民営化し分社化し巨大な企業だが、未だ歴史は浅い。

志賀原発(北陸石川) 志賀原発(北陸石川)

 郵政なぞは再び国営化にしようという動きがあるぐらい不安定である。要は之も権力闘争の一つであるという事で国民の目線で観た政策では無い。政治家の利権の構造が此処にも見られる。つまり、原発も全く同じ構図であるという事だ。我々は自分で選んだ政治家によって国の命運を任せている訳だから結果的に悪ければ選び直せば良いのだが、一旦路線が敷かれてしまうと容易にはそれは廃止できないという事を肝に銘じておかなければならない。まして長期展望の政策なら尚更だ。幾ら誤った路線だと分かっていても改革・変更するには相当の年月が掛かるのである。今回の首相交替劇を観ても「辞めろ、辞めない」だけでは決まらない事がよく分かるだろう。一旦、政権奪取すれば容易に手放さないのは当然である。

柏崎刈羽原発(中部静岡) 柏崎刈羽原発(中部静岡)

 結論として、福島原発が廃炉になったところで日本の原発を全部廃炉にするまでには相当な年月が掛かるだろう。最低でも20年はかかるのではないかと言われている。福島のメルトダウンした原子炉の沈静化にしても20年は掛かると現政権が白状してしまったぐらいである。20年後にボクは生きているかどうか分からないが、子孫の代で今以上に悪くならない事を願うしかない。その為には、現在の政治と官僚機構を是正しておかなければトンネルの出口は見えないままである。役人や政治家が自分と自分の一族の事しか考えない生き物だとしても、巡り巡って自分達の子孫にも同じような暗い将来しか巡って来ない事が分かれば彼等も少しは考えるだろう。公職にある者が我が身の事ばかり考えていては将来の展望は絶対に無い。

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