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諦観(5)

諦観(5)

 では、人生で最も価値があるものが金以外に何があるのだという意見があっても不思議はない。尤も、それは金を持たない人間の寝言の様なものかも知れない。生活に困らない程度のそこそこの金を持っている人は欲を言えば切りが無いのを知っているから大人しく冒険もせず生活している。質素で地味な中に落ち着いた物腰がある。ところが、そういう人でも魔がさすというか資産を増やしたく想って詐欺に引っ掛かる事がある。そもそも騙されるのは欲があるからで、欲が無ければ引っ掛かる事も無い。そんな事は分かっているのに言葉巧みに騙す天才が居るのだ。そういうニュースは事欠かない。人間の弱みに付け込んだ事件は後を絶たないのだ。本来、言葉巧みに騙すのに長けた天才の大御所は官僚では無いだろうか。

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 政治家を上手く乗せて何とか税金を取り立てる法律を作るからだ。役人の財源は税金か宝くじしか無いから金を稼ぐという事を知らないだけに頭がそちらの方にしか向かないのだ。そういう意味では政治家は二流の天才という事になる。官僚に上手く操られるからだ。では、三流の天才は誰かと言えば評論家か教師と言う事になるのだろう。勿論、全部が全部そうでは無いのは誰もが知っているから敢えて誇張して言っているのである。教師なんかは生徒の成れの果てと言うのも自分が歳をとってみると分かる事だ。あんな教師に教えられていたのかと久しぶりに同窓会で会って知ったとすれば不幸な事だが、その程度の教師であったという事になる。恩師というものは懐かしさで有難い存在の筈なのに嫌な人間性を知った途端に見下してしまい尊敬の念は急激に冷めてしまうものだ。

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 教師も、かつての生徒のイメージで観て気楽に軽率な態度を取ったり弁解したりして口先で誤魔化してはいけないのだ。生徒の方が数段上を行く人間になっている事もあるからだ。そういう生徒はしかし、恩師に恥を書かせたく無いから黙っているものだ。その場の空気を察知すれば分かろう筈だが、批判めいた事は決して言わない。ところが次が無いのである。過去の懐かしい想い出だけを大切にそっとしまっておき、自分の大事な残りの人生を大切にして生きて行こうとするからだ。完全な人間なぞ居ないのだから少々の事は目をつぶっていれば良いのだろうが、幼い頃に教師に言われた言葉がトラウマになっている場合は尚更そういう事が起き易い。子供心は純粋なのだ。だから小学校の教師は中学の教師よりも難しい仕事だと言える。

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 中学の教師は高校の教師よりも難しく、高校の教師は大学の教師よりも難しい。高学年になるほど人間性は大人になって行くから教師は楽になるのである。その代り高学年に成れば成るほど生徒の即応性のある反撃もあるだろう。純粋な理詰めで来るのだ。本来、教師はうかうかとしていられない仕事なのである。教室はそういう意味で新鮮で神聖な場所なのだ。其処には教師の人生もあるが、生徒の人生も掛かっているのである。言わば裁判官や検事、弁護士にとっての法廷であり、外科医の手術室なのだ。建築家で言えば設計室でありアトリエである。其処は必ず禁煙になっている。神聖な場所だからだろう。が、設計室で煙草を飲んでいる処もある。気分転換の為に飲むのだろうが、ボクの様に禁煙を何十年も続けている人間には煙たくて仕方が無い。

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 話を戻して、人生での価値のある事の代表は、ひょっとすれば記憶であろうか。例えば東北大震災の津波で流された跡地からアルバムを探し出している人々のニュース画像を観て、家や金も大事だが、大事な記憶を留めてくれるアルバムこそ記憶の金庫を開くキーである事を再認識させられたのだった。人生にとって記憶がどれ程大切なものであるか、写真に限らず風景も物も人も総て記憶の要素となり、それによって心の平安を得て励まされ勇気づけられるのだ。記憶を無くした人が抜け殻のようになるのを観れば一目瞭然である。因みに第二次世界大戦で都市を完全に壊滅させられたドイツは、戦後、戦前の風景を再現する為に古い資料や人々の記憶を駆使し建設し続けて行き、それが出来上がってやっと戦後が終わったのだった。

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 日本の場合、復興はなったが、戦前の東京や大阪を再現するまでには至らなかった。焼け野原は都市の姿を取り戻したが、戦前には無かった高層ビルや高速道路が走り、全く別の新しい都市に変貌してしまったのだ。それは欧米の石の文化と日本の木の文化との違いもあった。焼け野原になった経験から燃えやすい木造建築は耐火建築物や不燃建築物に替わり、燃えない建物こそ近代化に貢献するものとして奨励されたのだった。お蔭で都市を上空から観れば墓石群のようになってしまった。緑が極端に少なくなって機能性ばかりを追求する都市が出来上がってしまった。効率だけが価値のある基準になってしまったのだ。だからこそ人々は未だ木の香りが辛うじて残る昭和のスタイルに憧れ、不燃都市の中にレトロ調の町の再現を渇望するようになるのである。(つづく)

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