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長生き(6)
長生き(6)
老人と一緒に暮らした事が無かったせいもあるのだろう、老人と同居して居る友達の家で老人を見掛けると何か得体の知れない物を見る様な目でボクは盗み見をするのだった。が、大抵は友達に笑い掛け優しい言葉を掛けているのが常だったから老人にも二種類あって、この世には良い老人と悪い老人が居ると想った。しかし、良い老人に観えても実際はどうか分らなかったから決して自分から近づいて行く事は無かった。ボクにとっての老人は、父の会社に顧問としてたまにやってくる母方の祖父だけだった。今思えば彼は娘の主人に雇われているという卑屈な素振りなぞ出さず寧ろ威張っている風にさえ観えた。が、ボクには毎度のように土産をくれ優しくしてくれた。多分それは可愛い孫への手土産というよりもボクの父に対して、それなりに気を使っていたのだろう。考えて見れば彼の歳は、その頃で60歳前後の筈だった。
それは今のボクよりも若い年齢にも拘わらず相当な老人に想えたものだった。矢張り時代のせいなのだ。60年以上も昔の事だから当然ながら平均寿命も違い、人々の意識も今とは雲泥の差があるから比較のしようも無いが、ボクが老人というものをよく知らなかっただけに遠い記憶を想い出す度に隔世の感を覚える。ファッションも違った。当時の祖父はお洒落で、夏だった記憶が強烈で、白っぽい麻の背広にパナマ帽という井手達で金縁の丸い眼鏡を掛け、そのツルの跡が頬に残っているのだった。汗かきだったから帽子を脱ぎメガネを外してハンカチで顔を拭う時にメガネの型が分るのだった。それがボクには痛そうに観え、その頃、流行って居た鼈甲なら肌に喰い込まず型が残らないたのにと想ったりもした。父方の祖父よりも見掛けはその祖父の方に似ていたから、一緒に外出なぞすると「お爺さんと、そっくりですネ」という声が頭の上でよくしていた。
母方の遺伝子が強かったのだろう、よく「段々と、亡くなったお爺さんに似て来た」と言われる様になっても、学生時代が終わり社会人になってからは両親と疎遠になった以上に祖父とも疎遠になっていたから、最後に観たボクの結婚式での祖父の記憶も今では希薄なものでしかない。つまりはボクにとって老人というものが生活実感として残って居ないという事なのだ。自分が祖父の歳になっても孫が居ないという事も自覚として老人意識を起こさせない事も多少は影響しているのかも知れない。だから孫の自慢をしていた同窓生の気持ちが実感として理解出来なかったのもそういう理由からだろう。全くの他人事の様にしか聴こえなかったのだ。そういう意味では老人と言う自覚が無い以上、老け込む事も無く何時までも若々しい格好で居られるのも当然と言えば当然なのだ。因みに20年以上も前の服が今でも着られるのだから経済的ではある。
経済的であるというよりも、爺むさい格好が嫌で、そういう格好で居る事自体、加齢臭というものが漂う気がして自然に拒絶反応が出てしまうのだ。日本人は自覚しないまま爺むさい格好をする様になるものらしく、地味でダサいスタイルが日本人の老人の特徴の様になっているのがボクには分らない。もっと明るく活動的なスタイルにでもすれば良いのにと想っても、その方が落ち付くという人が多いのだろう。つまり、華やかさの無い薄暗い色の方が日本の風土に合っていると想っているらしい。欧米大陸のような乾燥した空気ではなく湿った空気の中では沈んだ色の方が汚れが見えにくく目立たず自然の中に同化する事こそ安心出来るのだ。空気に溶け込むという考え方は日本の美意識の原点であるからなのかも知れない。言わば、わび、さび、しぶさ、幽玄がその原点であるとする考え方があるからであろうか。
例えば、寺院建築を見れば、創建当初は華やかな色彩が施され、仏像なぞも金ぴかの眩いばかりのけばけばしさの物であったものが、千年、数百年もの経年経過で表面は剥離、剥落し薄汚れた色合いになっているものを我々は当然のように観、それが元々の姿であるかの様に想っているが、そうではなかった事実を解体・修復作業で知るのである。元はそういう派手な化粧であったものが気候風土的な理由から自然変化し、わび、さび、しぶさ、幽玄という表現が適切なものになってしまったせいで、それが日本の美の原点に迄なってしまっただけの事だとしたら、老人の薄汚れた色合いが出来上がったとしても不思議では無い。あのセピア色というものも成りたちは似ていて、十字軍遠征に出掛けた夫の無事を願って下着を替えなかったせいで汗まみれになっただけの色が高貴でしとやかな色ともてはやされる様になっただけの事なのだ。
人の想い込みは意外にも単純な事が原因している事が多く、その背景に在る悠久の時間を経て人々が気付かない様な僅かな変化では変化した事が分らないだけに、地球時間とでもいうべき人間の持つ時間概念を遥かに超越した長さに対しては全く無関心であり動じもしないのである。それが生きとし生けるものの瞬時における生命の反応であり、寿命でもあるのだ。高が100歳とした処で有史の上からしてもほんのこの前の明治・大正生まれの一瞬の事でしかなく、あの名門・細川家に言わせれば「この前の戦で家財が焼け、宝物というのはこの程度のものしか残って居ないのです」と言う「この前の戦」とは第二世界大戦の事では無く応仁の乱を指すのだ。時間の観念と言うのはその物理的意味よりも感覚的なものだけに、長生きの定義も様々なのであろう。(つづく)
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