ココ の ブログ

晩秋(3)

晩秋(3)

 珍しく年賀状を早々に作成し終わった。何時も年末のギリギリになってから書きあげるのに、たまたま暇な事もあったのだろうが、ふとその気に成って一気に作り上げたのだ。表も裏も全部パソコンで仕上げた。これまで宛名は手書きだった。こだわっていたのだ。それなのに、その昔、未だパソコンが一般化していない30年前頃にワープロで宛名をシ―ルで仕上げて相手を驚かせていたのを想い出したのと、近年は殆どの人がパソコンで宛名を書いているのが見易く、ボクも想い切ってパソコンでやってみたのだ。やってみると実に楽に出来た。「何だ、こんな事ならもっと前からやっておくべきだった」と少しばかり悔しく成った。わざわざ一所懸命に筆で宛名書きをした意味を分かってくれる相手が何人居るだろうかと想い直してみた。多分一人も居ないのでは無いだろうか。一人で粋がっていたのだ。

啼き龍(1)
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 郵便配達人には良いだろうが、人は手書きの宛名書きなぞ有難くも思っていないのだ。要は裏面の画面か文面を観て終わりだ。1年ぶりの便りで、元気にしているかどうかを感じ取るだけの事だから最近はミニ通信のように成って近況報告の様なものが増えている。中には細かい文字でビッシリ書きこんだものまであって、自分の事や家族の事を知らせている。ホノルル・マラソンに出たとか、何処其処の山に登ったとか、ゴルフが楽しかったとか健康面に関する事が一番多い。一緒に酒を飲もうというのは流石に減って、久しぶりに会いたいというのが社交辞令にしても多いのは年齢的なものもあるのだろう。ボクも昨年辺りから自分の近況を簡潔に書いて世相にも少し触れて少しばかりユーモアとウイットを入れている。今年は干支である龍の縁起に因んで文章の背景に昇り龍の啼き龍を入れた。

啼き龍(2)
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 絵が目立っては興ざめだから文字が浮かびあがる様に薄く仕上げた。パソコンだから簡単に色を変えられる。元の絵は京都の或る禅寺の天井に描かれた啼き龍の墨絵である。それを何回もカラ―・モデュファイしたから誰の作か分からなくなった。有名寺院だから元図を見れば知っている人もいるだろうが、古くからある公共性のものだけにカラ―・モデュファイしてしまえば誰からも文句は出ないはずである。絵よりも文字が主体だから背景に薄く入っている龍が何処の誰の描いたものか分からない様にしなければ年賀状の意味もなくなる。言わば壁紙の柄の様なものである。コラージュ手法は多くあって、油絵には多用されている。プロの世界でも世界的に承認されている手法だから商用ではない個人の趣味でやる分には許されるのだ。一種のお遊びだから貰った方は其処までは考えないだろう。

啼き龍(3)
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 辰年というのはボクの父親がそうだった。享年73歳だったから生きて居れば96歳になる勘定である。先日、小学校の同窓生から父親の忌中の為、年始の挨拶を遠慮する旨のハガキが来ていた。何と95歳とあった。最近は長生きの人が多くなった。彼の場合、父親の介護が長かったらしく大変だったろうと想う。この前の小学校の同窓会に父親の介護で出席出来ないと欠席のコメント集の中にあったが、介護の理由以外にも東京に住んでいる事もあって中々出て来れないのだろう。引っ越しをしてもう50年にもなり、今では完全に東京人になってしまったという。学生時代に東京へ遊びに行った際、泊めて貰った事があって御両親とも懐かしく話をしたのが懐かしく想い出される。京都では近所に住んでいた関係でよく遊びに行って可愛がってもらったものだった。優しい人だった。

啼き龍(4)
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 それに引き換えボクの親父は怖い存在だった。中学時代に事業の失敗で没落して父親と別居生活になり、それ以降は年に何回かしか会わなくなかったから父親の権威は丸潰れになり子供時分の怖さは消えてしまったが、それまでは父親というものは何と怖いものかと想って居た。それなのに、その友人の両親は実に優しく、世の中にはこんな優しい親も居るのかと全く別の世界があるのを不思議に想ったものだった。それだけに反動が強く、社会人になってからは両親とも没交渉になり他人の様な存在になってしまった。一旦、地に落ちた両親のイメージは結婚後も回復する事も無く、親の死に目にも会わないままの別れになってしまったが、仏になってしまえば話は別で、高野山に墓を建立して両親の供養をして良い想い出だけを想い返す様にしている。相性の合わない親子というものは不幸である。

啼き龍(5)
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 辰年に成ると父親の事を想い出すというのも因果なものだが、この歳になってみて怖かった父親の子供に対する下手な接し方や不器用な性格をじっくり想い返す事が出来るのも、人生の経験を経たせいだろう。少なくともボクの両親よりも上手く世の中を観る事が出来るのも反面教師として学んだお蔭だろうと想っている。といって、何が人生の成功か分らないのも事実である。金だけしか眼中に無い人生も虚しいが、経済的な基盤を伴わない人生も虚しい。程々の経済的ゆとりを持って教養も身につけ、人とも上手く接しられる人生がベストなのだろうが、そういう人は案外少ないものである。夫々の人生には傍目には分らない悩みは付き物である。どんな幸せそうな人にも何か悩みの一つはあるものである。そう想えば世の中は皆同じなのかも知れない。(つづく)

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