椿 その1



 つばきは子供の頃から家の小さな裏庭にあってよく母がいけていたので馴染みもあり、また寒い間ずっと咲いているのでその点でもありがたい花である。花も葉も色が渋い割にははっきりとしていてぼけていないところがよい。
 花器は最近手に入れた炭焼き仕事の窯道具で長い棒の先に付けられていたはずの窯の中を捌くための二股に別れた鉄である。鉄とはいえ高温の窯の火熱におかされて既に先端は変質している。
 これを見付けたのは京都の大変眼のいい若い道具屋さんを他の用事で訪ねたときのことで、こういう誰もが予想だにしないうつくしいものを探してくるということは評価の定まった名品を売買するというのとは違う本当の意味で実に創造的な仕事だという気がする。普通の茶人が使うようなどうにもやるせない花入にばかばかしほどの値段が付いていることを思えばほんとうにもったいないくらいに安い値だったのだが、その時には自由になるお金もなくあきらめたつもりで帰ったものの家でつばきを見た途端にあれはやはりどうしてもわけて頂かなきゃならないと思い返してすぐに電話を入れたのである。
 それはともかくとして、ここでもまたこういう鑑賞を少しも期待しないで生れてきた実用本位の道具が花入のための花入以上の仕事をしてくれる。こういうものを突き付けられては作り手としての自分は何とも恥ずかしいばかりでただただ頭を下げるしかないのである。
 実のところいわゆる花入の花入には案外ろくなものが無く、名品と名高い備前や伊賀の花入もむしろわざとらしい嫌みなものだという感じさえして好きにはなれない。やきものならばむしろなんでもない徳利や小壺を、あるいは漁夫や山人の使った魚籠や鉈の鞘などの竹や樹皮のカゴなどから見立てて用いたほうが余程よいという気がするのは事実である。花のことを書くつもりが花入の事ばかり書いているが「はなをいける」という場合に花と器は切り離せるものではなく、花が器を求めるのと同時に器は花を呼んでいる。
(2004.12.27)

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