11~15


 インターネットを使うようになってから関心のある事柄について調べても思わぬ幅のある結果が出るようになったように思う。人に尋ねたり、図書館で本を調べたりしていてはたどり着けないところまで簡単に繋がってしまい、それまでなら知らないままで過ぎてしまったような情報や見落としていたような関連性に気が付くのはありがたいことだ。
 スリップウェアというやきものについてもやはり同じで、時々GoogleやYahoo!で「スリップウェア」とか「slipware」とかキーワードを入れて検索しているのだが思い掛けない情報が見付かることがある。暫く前ならGoogleで「スリップウェア」を検索しても一番上にここで自分が書いた文章などがヒットしてしまうというふうな惨憺たる有り様だったが、その後スリップウェア研究会のホームページも出来て頑張っておられるし民藝館でのあの大規模な展覧会に次ぐ雑誌などの特集などのおかげか今では数年前の倍ほどの検索ヒット数で展覧会に行った方のブログとかいろいろと見ていると着実に認知が進んでいるのだなぁとなんとも嬉しい。
 今日もこんな最新の情報をみつけたので紹介しておくことにする。『陶遊』という雑誌の最新号でスリップウェアを特集するようである。やきものを趣味で作るひとも相当多いのでこういうそうに向けての雑誌がスリップウェアを特集するというのはこれは今までのものとはまた違った意味で有意義なことだという気がする。この雑誌の存在自体は知っていたがちゃんと見たことも無いので今回のものを今度街に出た時に見るのが楽しみだ。そのうちに新しい作者による日本の新しいスリップウェアが見られることもおおいに楽しみにしている。 (05.7.22)


12. 




和蘭陀スリップウェア鉢 h:6cm w:20.7cm



 スリップウェアと言えば第一はイギリスのものに違いないとは思いますが、実際はヨーロッパの各地やアメリカでもやはり同じような技法のやきものが作られています。アメリカのものはやはりイギリスからの移民と共に伝わったのではないかと思いますが、フランスやオランダのスリップウェアとイギリスのスリップウェアとの関わりについては自分には何も書くことが出来ません。
 オランダのものについてはいくつも見ることが出来るよい機会があったのですが、イギリスのものと比べればどこか優しく軽やかな調子のものが多いように思います。逆に言えばイギリスのものには軽やかさと共に他のものには見られないある種の骨太な重厚さを感じるのです。この理由はきっと民族の違いによる精神文化が関係しているには違いないとは思いますがこの辺りも不勉強な自分に書き切れる内容ではありません。
 ただやきものに現われた結果からのみ言うならばひとつは黄色く描かれた紋様の地になっている色の違いです。イギリスのものは黒々と深い色をしたものが多いのに対してオランダのものにはもっと明るい色のものが多いようです。これは下掛された化粧土の鉄分の多寡によるものと考えられます。これを土地ごとの原料の差異と取るかあるいはそういう原料を選択したある種の美意識の違いと取るかは議論のあるところとは思いますが、自分はもちろんこの両面が考えられはするもののこういうものはあまり細かい美意識を突き詰めたものでは無いように思いますし、やはりたまたまそういう原料があってこういう結果が出たのではないかと考えています。ここで書いては余談になりますが自分の作るものもやはりそういう気持ちで取り組んでいるために日本の原料と技術によって日本のやきものとしてのスリップウェアを見付けることが出来ればということを念じております。
 そしてもうひとつ重要な違いはイギリスのものは型作りのものがほとんどであるのに対してオランダのものは轆轤作りのものが多いという点です。轆轤で出来ないような角鉢などはもちろんのことなんでもないような丸い鉢や皿さえもイギリスでは型で作っています。型作りというのはその習得に特別な訓練を要せず誰でも簡単にかたちすることが出来るのですが、手慣れた陶工にとってはむしろ轆轤で作るほうが余程手早く簡単なのです。それぞれ一長一短はありますがこの型作りであるということがイギリスのものにかたちの静けさを与えているのではないでしょうか。轆轤の回転を利用して土を延ばしたかたちはどうしても動的なものになり、型に押し込んだかたちは静的な印象を受けます。またスリップウェアの場合はかたちの問題だけではなく、型に入れる前の平面に紋様することによってのみあのうねうねと続くイギリススリップウェアの長い線や自在な紋様表現が実現していることも重要な要素です。オランダものは轆轤でかたちした後に装飾をするので立体に描く以上はどうしても泥は重力に従って流れてしまいある種の制限を迫られてしまいます。ここが一番の違いかもしれません。

 さて実は最近この写真のものを手に入れることが出来ました。厚手でたっぷりとしていることもあって受ける調子は明るく穏やかで、かたちも轆轤か型かにわかには区別がつかないようなぽってりとした静かなもので、また紋様表現も一見イギリスのものにも似ていますがやはり地色の明るさとかたちした後の装飾であること、また器の裏側にも施釉されている点からやはりこれはオランダの作ではないかと思います。白い泥で横線を引いた後それと直交するように針か羽のようなものの先か何かで撫でてやればこのような矢羽根紋が出来上がるのです。長年使い込まれて白泥の上の釉薬はかなり剥がれてしまっています。低火度の釉薬というのはどうしても地の土との食い付きが弱いのでこういうことが起こりやすいのです。黒泥の上の分はなんとか食い付いていますが白泥の上の部分だけが剥落しているということからこの場合は黒泥の方がより耐火度の低い材料であることがわかります。
 やきものの状態としてはあまりよいとは言えないのですが、それでもこういう使い込まれたことによる経年の自然の痛みはその美しさの方からすると全体の美を損なうことも少なく、オランダスリップウェアとしては上々の大変美しいものだと想わない訳にはゆきません。(06.7.6)

13.



この前はシュトーレンというクリスマスの時期のドイツのパンを紹介しました が、今日紹介するのはドイツのスリップウェアです。スリップウェアはイギリスにあり、オランダにあり、フランスやルーマニアにもあるのだからドイツにもないわけはないと思っていたらやはりこんなものがありました。焼成や装飾技法からするとまさに イギリスやオランダのスリップウェア の仲間です技術的には轆轤で挽いたかたちにくすんだクリーム色の化粧土を内側と外は腰まで掛け、そして見込みの部分に4色を垂らしてマーブルに紋様しています。口辺とそのやや下に鉄絵の具で筆書きの線が入って全体を締めています。これは割合深さのある碗型の器なのですが外側にはやはり鉄で波線が引かれこれがこの鉢をおおらかなものにしていると思います。そしてそういう装飾の後、透明に熔ける釉薬を掛けて低火度で焼いたものだろうと思うのです。
 簡単な説明通りの何も面倒な仕事はしていないなんでもないものですが、この地味な色はいかにもドイツのものらしい質朴な静けさが感じられて好ましい様に思います。が、しかしそれと同時にあのイギリスのスリップウェアの明るさとおおらかな骨っぽさはここには見られないことが寂しいような気もするのです。そう想うとやはり黒地に黄色のたおやかな線の魅力は格別ですね。
 この鉢のひとつのポイントは唯一彩度の鮮やかな緑釉ですが、こんなところにいかにもむずかしい色を使ったものだというような気もします。これが結果としてはたしてよかったのか悪かったのかよくわからないのですが、もしこの色がなければこの鉢はさらに地味な印象のものであったとは思います。
 技術的なことであんまりここに細いことを書いても仕方がないとは思いますが、この緑の色ははたして化粧土といってよいものかどうか、あるいは釉薬としてとらえるべきものを使った可能性もあるとは思います。もっとも釉薬と化粧土には明快な境界が引けるものではなく、どちらともとれる中間的なものもあるわけですがもしも自分がこれを再現しようとするならばそのファーストチョイスは銅分を混ぜた白土を使い上掛けの透明釉の中で緑色が発色するのを期待するかなとは思います。
そういう方法で実際に白地に赤紋様という自分好みのものを試作したこともあるのです。
 この鉢も譲って下さった方によると19世紀のものとのことですが、その辺は自分にはよくわかりません。西洋アンティークなどを扱うお店などは沢山あってもこういう産業革命以前のヨーロッパの土ものはまだまだ日本では見る機会も少ないように思います。中国や朝鮮のものならば古代から近世に至るありとあらゆる古陶が美術館や図録などで紹介されつくし、また古美術店などでも手に取って見る機会もいくらでも作れますが、西洋のものは自分の手元にあるささやかな資料もこうして公開することで何かの役に立つこともあるのではないかというようにも思っています。もののうつくしさについて書くというのはむずかしいものでここでも作陶家として技術的なことばかりになってしまいましたが、あとは写真で立体を手に取るように想像して下さい。(07.2.28)

14.


 これは求めて以来日々使っているフランスの古い茶碗です。以前ヨーグルトを家でこしらえていた時はこの碗がしっくりと来るのでもっぱらヨーグルトに用いていましたが今は本来の生れのままにカフェオレに使うことが多いです。また時には抹茶を点てたりもしています。ケーキやクッキーなどの洋菓子で抹茶を楽しむ時にはこういう茶碗もなかなかよいものです。さすがにこの色では白米はむずかしいのですがワラビご飯や大根葉のご飯などには案外悪くありません。
 作陶家には自作ばかりをもっぱら使うという人もいますが、自家では自作のものももちろん使いはしますが気に入って求めた他の人の作やこういう昔の器もどんどん使っています。自分のものも実際に使ってみなければその使い勝手などわからないのと同様に、こういうものもただ図録の写真や美術館のケースの中のものを眺めるだけでなく、手に取り口を付け、他との取り合わせや盛りつける料理を工夫したり、使った後洗ったりして共に暮らしてみなければわからないものです。うつくしいものを知るということは作陶家にとって技術的な訓練と同じ以上に必要なことなのです。

 フランスにもスリップウェアはあるようですが、これは紋様こそありませんが技術的にも感覚的にもまさにそういうものと同類のやきものでやはり19世紀頃の仕事ではないでしょうか。そういう訳でこの碗についてはスリップウェアとは言えませんが何度かこのページで触れながらも未だもの自体をしっかりと写したことがなかったので 先日のドイツの鉢 に次いでスリップウェアと同系統のものとして改めて紹介してみました。


参照
・ 高麗茶碗とフランスの茶碗
・ ある日の朝ごはん
・ ヨーグルトとブドウ

(07.3.5)


15.


 これはアメリカのスリップウェアです。イギリスのものとは技術も材料も違うのでやはりその結果としてのやきものの調子も違うわけですがやはりどちらもうつくしい。自分とやきものを決定的に結んだもののひとつは学生時分に見たスリップウェアで、スリップウェアに対する想いは親しくまたはるか高く、日々情愛を感じて過ごしています。
 美術館のケースの中で見たスリップウェアも普段は東京駒場の日本民藝館や栃木の益子参考館に所蔵されている品々の写真を眺めては想いを込めて想像していたのですが、ある日1枚のスリップウェアが東京のとある道具屋さんの雑誌広告に出ていたのを見付けてしまいました。外国の古いやきものが実際に販売されているとは当時の自分にはずいぶん思い掛けないことで驚いたのですが、心を躍らせて取り急ぎすぐに問い合わせの電話を入れたのです。告げられた値段はその頃していたアルバイトの時給の1000時間近くの価格で、心底欲しく想いながらもなんともならなかった悔しさは今もありありと思い出されます。
 ところがこの大鉢のことをぼくから聞いた当時の友人が思い切って買い求めました。苦学生の彼がこれを求めたことはどんなに大変だったろうと想像は付きます。思い出してもほんとうに立派なことだと感服するしかありません。受取りに行った東京からの帰りに彼がそのままぼくの家にきて二人で感激して遅くまでいつまでもその鉢を手に語りあったことは20年ほどもたった今でも忘れられません。それは大変立派なイギリスのスリップウェア角鉢でした。
 機を逃すというのはほんとうにいけないことで、それから今に至るまで未だ結ばれないのがイギリスのスリップウェアとのご縁ですが、数年前に京都で催された 「スリップウェアと流掛釉展」 で分けて頂いたアメリカのスリップウェアが今日の写真のものです。これを日々眺めながら仕事が出来るということはなんともありがたく幸せなことだと想っています。アメリカのスリップウェアについてはまたあらためて書きたいと思っていますが、オランダからあるいはイギリスから新大陸にひとが渡った時にやはりやきものをはじめとする暮らしの道具が伝わり彼の地で作られるようになったのがアメリカのスリップウェアなのです。ヨーロッパからアメリカに沢山のひとが渡った開拓時代がちょうどスリップウェアの時代と重なっているのです。ひとが来るということはその暮らしと共に暮らしの道具も伝わるということなのです。渡航の経緯は同じとは言えませんが、新羅のやきものが日本で須恵器に、会寧が唐津に、朝鮮の甕器が黒薩摩や能野になったのと同じようなことではないでしょうか。
 ともかく、この展覧会を企画された杉本さんは普段は京都寺町二条の角にある大吉というお店でご家族と共に伊万里や、欧米や日本の民窯物などを扱うお店をなさりながら、年に何度か見ごたえのあるものを集めてよい展覧会を企画されましたが、今月末から今度は東京で「american folk art - 米国工芸展」を開かれます。その案内状には「十八・十九世紀の米国工芸品は、欧州の華やかさとは違う日本的なたたずまいのある物が多々見受けられます。この度、米国スリップウェアを中心に開拓時代の慎ましくも美しい、生活より生み出された陶器や木工品、鉄器、布等々を展示販売させて戴きます。」とあるようにまた多くの素晴らしいものを集めた会を催されます。このブログを御覧のスリップウェアに関心のある方は是非当日会場へ行って御覧下さい。見るべきものはスリップウェアだけではないはずですが、まだまだ知られていない素晴らしいアメリカの工芸に出会えることと想います。

 ちなみに今回出されるもののうちからただいま発売中の雑誌『小さな蕾 4月号』にて数ページ紹介されているようですのでこちらも是非御覧下さい。アメリカのスリップウェアをまとめた貴重な資料です。

場所:港区青山6-1-6 パレス青山アーケード内 「東青山」 tel03-3400-8167
   根津美術館のすぐ近くのようです
日時:3/31(土)~4/8(日) 12:00-20:00

(07.3.13)

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