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2011年10月14日
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3月14日

朝6時
今日もヘリの音で起床。
外へ出ると、重油の匂い・・・。
避難所から被災した自宅の様子を見に行く人
家族を探しに行く人など
たくさんの人が行き交う。

母と姉を探しに避難所へ。
小学校で市役所の方に

小学校にも中学校にもケーウェーブにもいないんですが・・。」と話しかけた。
「気仙沼N高校にも運ばれていますよ。
名簿があるはずですから確認して見て下さい。」
「え???N高???分かりました。」

名簿がある場所へ

主人と手分けして探しました・・。
そして・・。
気仙沼N高等学校と書かれた名簿発見・・。

実はこの高校は、私の母校。そして娘が4月から通う高校でもありました。

急いでめくる。母と姉の名前が書いてあった。

主人と

(生きてる事を確信できた)
2人でその場に座り込みました。

安心して涙が止まらなかった・・・。

急いで自宅に帰り、迎えに行く準備!

おにぎりと温かいお茶を持って西高へ


名簿らしきものが貼られていました。

係りの方が、「こちらにいらっしゃる方の名簿ですよ。」と声をかけてくれました。

そこでももう一度確認して。
名簿にある2人の名前を指差し
「この2人はどこにいますか?」と聞くと
「こちらです。」と足早に案内してくれました。

避難所と書かれた紙の扉を
ガラガラと開けると

入り口の左側に母と姉が座っていた。

私達の顔をみて母と姉が声をあげて泣いた。
その場で泣きつくした。

姉が
「地震の後に、すぐそばの大川が滝のように引いていったのを見て、大津波が来る。と会社の人と言っていて、急いで会社から帰った。
自宅にいる母を車に乗せてすぐ目の前の中央公民館に行こうとしたが、すでに大渋滞。
渋滞している車の間をぬって、中央公民館に車をを停めて、中に入って5分後ぐらいに津波が来た。渋滞していた車は津波にのまれていった。

中央公民館の3階に避難したけど2階まで海水が入り、また津波がくるかもしれないから、
みんなで屋上へ逃げた。
雪の中、凍えながら津波が来るのを何度もみていた。

どんどん家が流され、車が流され、
人も流されているのを見た。

「助けて」と叫ぶ声がどんどん遠のいていく。

あの津波の速さでは、飛び込んで助ける事もできず・・・。

ただ見ているだけしか出来なかった。

日が暮れ寒くなってきたので、3階へ戻った。
保育所の子供達も避難していた。
周りは海水がそのまま残っていた。
燃えてたガレキが中央公民館に迫ってきた。

その様子を子供達には見せないように
大人たちで子供達の周りをブルーシートで覆った。たくさんの人たちが避難してきたので、
毛布や食料は2人で1つ配られた。


次の日ヘリで救助され始めた。
高齢者の人・体調の悪い人を優先的に救助し始めてくれて、母が具合いが悪そうだったから、最初に救助された。
救助のヘリが浜松県警のへりで暗くて、
ケーウェーブと西高校を間違えたみたい。

西高校側は、避難所ではないのに
迎えてくてた。

避難用品などは毛布とかないので、
先生が個人の洋服などを貸してくれた。

近所の人が炊き出ししてくれて
温かい味噌汁を食べさせてくれた。

とても親切にしてくれて
温かいものを口にすると
心も温まった。と
話してくれました。


この日真っ暗な家で

ろうそくの明かりの中

家族で食べた夕飯。

とっても美味しかった。





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最終更新日  2011年10月14日 11時38分40秒
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