動く重力

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エーテルとグラタン(6)

エーテルとグラタン(6)

<三日目_夜_長岡(1)>



 放課後。
 俺は朝に楓に言われたとおり、楓の家へ向かっている。目的地が同じだから楓も一緒だ。
 下校中の俺達の間には妙な緊張感があった。さっきからずっと考えているのだが、俺は楓の家に行って何をするんだろうか? これは俺ばかりではなく、誘った方の楓でさえ、そう思っているようだった。
 俺は楓がその話を切りだしてくるのを待った。しかし、一向に切り出される気配がない。俺がどれほど待ったかを考えていると、いきなり楓が口を開いた。
「さあ、着いた。入って」


 結局、楓の部屋の中まで入ってきたものの、楓が何もしゃべらないので俺から切り出す事にした。
「なあ、どうしようか?」
「うん、何も思い付かないんだよね」楓の返事はそっけなかった。
 お前が呼んだんだろう? と思わなくもなかったが、俺はあの少年の言う通りに動かなくてはいけないため、一緒に案を考えた。
 30分くらい考えた結果、楓はこう言った。
「よし、映画を見よう」

 俺達は映画を見る事になった。そのためにはDVDを借りてこなくてはならない。俺達は近所のレンタルショップに行って、映画を二本借りた。今から映画を二本も見てしまったらもう真夜中になってしまうのだが、俺は一体どのくらいまで楓の家にいればいいのか分からなかったので『二本見よう』と提案した。すると、何故かすんなり楓も納得して二本借りることになった。そんな夜中まで人の家に上がりこむのも悪いとは思うが、すべては俺の命のためである。楓も『もっと居てくれても構わない』と言い出す始末なのでここは遠慮なくお邪魔する事にしよう。



「ちょっと買い物に行きましょう」
 そう言い出したのは他でもない楓だった。
 俺達はすでに映画を二本見終えて、一時間くらい二本目の映画の感想を言い合っていた。魔王と勇者の話で、最初は『何も考えずに見られる映画なんだな』と思わせておいて、最後は人間を皮肉ったような展開で終わるという少し変わった展開の映画だった。楓も始めは勇者の仲間である盗賊に『何で犯罪者が勇者の仲間なのよ』と言っていたが、最後には『まあ、それならしょうがないね』と納得していた。
 そんな映画評論ももうどうでも良くなってきて、ふと時計を見ると真夜中の十二時を回っていた。俺は未だに何の事件も起こらない事で、これからどうしようか考えた。さすがにもう帰らないとまずいだろう。若い男女が同じ部屋にいていい時間ではない。しかし俺の死がこれからで、家に帰ってから事が起こるのでは、と思うと帰りたくなくなった。本当ならいっその事泊めてくれ、と言いたいところだが、当然そんな事は言えない。だから俺はいつ家に帰るかを真剣に考えていた。
 そのときに楓は言った。『ちょっと買い物に行きましょう』
 本心を言えば、俺は外に出るのも嫌だった。もはやこの世界で安全なのは楓の部屋だけで、信じていいのは楓だけなのだと思っていた。だからこの部屋を出るのには少し抵抗があったのだが、考えてみれば映画を見終わった俺達にもうやる事なんて無い。ただ部屋に居座るというのは俺には耐えられそうも無かったので、俺は楓の言う事に従った。

 とりあえず俺達はコンビニへ向かう事になった。話によると楓はもう一本映画を見る腹積もりらしい。何でだかは分からない。俺が『その映画、俺も一緒に見ていいかな?』と言うと『あんたがいないと見る意味が無いでしょ』と言われた。何でだかは分からない。
 そういう事で俺達は、コンビニで何か適当に菓子や飲み物を買ってから、再びレンタルショップへ行き、DVDを一本借りて楓の部屋に戻るという事になった。


 深夜のコンビニに俺達以外の客はいなかった。入り口から入ると、右側にはコピー機、その奥にレジカウンターがあり、左側には熾烈な生存競争を勝ち抜いている商品が並ぶ、陳列棚がある。俺達は思い思いの品物を手にしてレジに向かった。
「こちら、温めますか?」
「あ、はい」
 バイトの人は俺が買った商品を電子レンジで温め始めた。
「ねえ、長岡」それを見ながら、楓は俺に言った。「あんた、やっぱりグラタンが好きなの?」
「グラタンは素晴らしいよ」
 俺は電子レンジの中で回っているであろうグラタンに思いを馳せながら、楓にグラタンへの思いの丈をぶつけた。
 すると、入り口から一人の客が入ってきた。俺にはその様子が分かるが、楓には分からない。なぜなら俺達は向かい合う格好をしていて、楓は入り口に背を向けていたからだった。
 だから、反応できたのは俺だけだ。

 つい先程まで楓がいた場所に、少し大きめの刃物が振るわれた。つい先程までそこにいた楓は、既に俺に突き飛ばされて陳列棚の奥に消えた。
 刃物を振るった男がこちらを見る。
 俺は思った。何だ、これは?
 俺は急に訪れた場面転換に付いていけず置いていかれそうになった。目の前に立っている刃物を振るった男は、今しがた店に入ってきた客だ。黒いフルフェイスのヘルメットを被っていて、見た目はまるでコンビニ強盗のようだった。
 そして、男は俺に狙い定めた。
 つい先程まで俺がいた場所に、少し大きめの刃物が振るわれていた。つい先程までそこにいた俺は、辛うじてカウンターを飛び越え、刃物をかわす事に成功した。そして俺は低い姿勢のまま強盗らしき人物からは遠い方へ移動し、少しの間、強盗らしき人物を見ていた。
「金を出せ」
 強盗らしき人物は、もはや俺と楓など無視してレジの前で硬直していた店員にそう言った。店員は刃物と黒いフルフェイスのヘルメットを見てから、『は、はい』と言ってレジを操作し始めた。
 さすがにここまで来れば誰でも分かる。強盗らしき人物は、強盗だ。
 俺はここで、あるフレーズを思い出した。

『何も見えない暗い夜
 夜を照らすコンビニの明かり
 明かりに群がる無数の人間
 僕は思った
「人か虫か分からないな」』

 これはいつか幽霊の少年に教えてもらったスリープスの曲『エーテル』の歌詞だ。なんとなくこの状況は今の状況と合っているな、と役に立つ情報をまったく寄越さなかった少年に腹を立てながら、俺はそう思った。

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