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2003年05月05日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日はユ・ウ・ウ・ツです。


それに、どうもいまひとつなんですよね。内容的にも。
原稿作るのに10日も費やした難産だったのに。。。。

でも、「研究」は私の留学にとって大事なことの1つ、
いやいやいやいや、一番大事なことですから、がんばって進めてみましょう。


さて、前回の「私の研究」(4月20日の日記)では、

「政治」とは
(ア)ある生活空間内で、

(ウ)それによって得する人と損する人がある状況の時に、
(エ) ある規準に合わせて、
(オ) その分かれた意見を1つにする、
という作用のことだという話をしました。

そして、これに対して掲示板にこのような書き込みをいただきました。

>(政治って)いろんな意見をひとつにまとめてしまうんですよね。
>それってみんなが満足できるのでしょうか・・・
>難しいですね・・・

これは大変鋭いご指摘です。
そう、意見をまとめてしまおうとすると、満足できない人が出てきます。

ディナーが「フランス料理」に決まってしまうと、「イタリア料理」が食べたかった人も「フランス料理」を食べないといけないのですから。



そして、「フランス料理」という決定に対して反対だった人にも、満足はできないまでも納得してもらうために、決定には「ある基準」が必要になるのです。

そこで今回は、この「政治」が、「ある基準」に合わせて、「分かれた意見を1つにする」ということについて説明してみたいと思います。


決定に必要な「ある基準」というのは、例えばまず最も我々におなじみなものとしては「多数決」がありますね。

イタリア料理派が3人、フランス料理派が4人。
この場合ならば、フランス料理派が多いので、ディナーはフランス料理に決定、ということです。


実際私の学校内で、友達数人と何食べに行こうかってとき、「民主主義だぜ。多数決で決めよう」って言う奴に、私は国籍問わず何人にも会いました。

結構、これは世界共通の分かれた意見を1つにする基準なのかもしれません。

しかしながら、この「多数決」だけが、分かれた意見を1つにする基準ではありません。

例えば、「年上の意見を尊重する」という時があります。
イタリア料理派3人は45歳、40歳、31歳、
フランス料理派4人は35歳、33歳、29歳、25歳とします。
最年長はイタリア料理派の45歳ですから、彼のこれまで様々な世界中の料理を食してきた深い経験に敬意を表して「イタリア料理」決定すると。

あるいは、そんな難しいことは言わなくても、
「単純に年上の言うことを聞くもんだ」ということで
「イタリア料理」に決定ってことでいいのかもしれませんね。

また、1人レストランの質を見抜くことにかけて大変能力の高い人がいて、誰もが彼の鑑定眼に一目置いているとします。
その彼が「このイタリア料理屋より、フランス料理屋のほうが味がいいに間違いない」と言ったので、
他のみんなが納得して「フランス料理屋」に行くということがあるかもしれません。

これら「ある基準」のうち、どれがある採用されることになるかは、その集団の置かれた状況に影響されて異なります。

ディナーに向かう集団が、全員同じ年齢であり、特殊な能力を持つ人間がいないならば、「多数決」が採用されるだろうし、
逆に集団に特殊な能力を持つ人間がいたり、人望のある年長者がいれば、「多数決」より、その人の言うことを聞くようになるということはあると思います。

要するに、「ある基準」とは、
「集団内で決定に際し一般的に正しいとされる考え方のこと」で、それは「集団のメンバーを自発的に納得させる力を持つ」というものです。


この「ある基準」のことを、政治学では別の言葉で「正統性(LEGITIMACY)」といいます。

「正統性」という言葉は実は今、新聞やテレビでよく使われていますね。

「国連決議のない米英のイラク攻撃には正統性があるのか?」

この場合は、イラク攻撃について、
「国連の安全保障理事国がそれを認める決議をしているかどうか」が国際社会にとって、「一般的に正しいとされる考え方」で、
イラク攻撃の「正統性」となるということです。

ところが、今回は米英がこの戦争に「正統性」を得るプロセスを経ないまま開戦してしまったために、国際社会の納得を得られず、大規模な反戦運動が起きたとも言えます。

ドイツの社会学者、マックス=ウェーバーはこの「正統性」の種類を3つに分けています。

(1) 伝統的支配:身分制的秩序に対して正統性を与えるもの。
(2) カリスマ的支配:カリスマ(超人的英雄)の呪術的能力や啓示・弁舌に対して正統性を与える。
(3) 合法的支配:制定された法律に対して正統性を与える。

これは例えば、上の「ディナー」の話で言えば、
「年上のいうことを聞く」が(1)
「誰もが認める高い鑑定眼を持つ人のいうことを聞く」が(2)
「多数決」が(3)となります。

これで「決定に際して必要なある基準=正統性」について理解いただけましたでしょうか?

最後に、「政治」を語る際に、欠くことのできない言葉「権力」について説明します。

「権力」という言葉には、なにやら怖い、あるいは汚いマイナスのイメージを抱きがちですが、本来の意味を突き詰めると以外にシンプルです。

「権力」とは、
まさにこの「正統性」が持つ「集団のメンバーを自発的に納得させる力」、のことなのです。

もう一度ディナーの例を使いますと、
(1)では、「年上」は正統な「権力」を行使して、
(2)では、「高い鑑定眼を持つ人」は正統な「権力」を行使して、
(3)では、「多数派」は正統な「権力」を行使して、
ディナーを何にするか、決定することができるのです。

「権力」は使い方によっては、集団内の人間にとって、恐ろしい力になる危険がありますが、「政治」には必要不可欠のものであります。「権力」なくしては、集団内の意見をまとめることはできません。

つまり「政治」とは、
(A)ある生活空間内で、
(B)お互いに仲間だと思っている人々の間で意見が反対に分かれ、
(C)それによって得する人と損する人がある状況の時に、
(D)その分かれた意見を1つに決定する。
作用のことです。

そしてこの時、誰もが納得する決定をするために、「政治」では、
(E)決定に際し、その生活空間内で一般的に正しいとされる考え方に「正統性」が与えられ、
(F)「正統性」の持つ「権力」(=集団のメンバーに自発的に言うことを聞かせてしまう力)が行使されるのです。

こりゃ難しい。
すみません。

ひとことでまとめます。

政治とは
「正統な権力により、社会内の秩序を維持する行為」
ということです。

う~~んん。いまひとつ。
でも、これに懲りずに続けますね。






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最終更新日  2003年05月06日 20時54分48秒


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